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2019.02.11

琥珀の纏うショコラ(トロワフリュイ(オランジェット・シトロネット・パンプルムース):ドゥバイヨル)

 柑橘類の皮を食べることを忌んでいたのは何故か、きっかけは何だったか。遠い記憶なので掘り起こすことが難しいのですが、「みかんのたぐいの果物の皮は食べたくない」という気にさせた原因になるであろう出来事を二つ覚えています。
 順不同でそれらを挙げますと、まず一つは金柑。
「これは、実ではなく皮を食べるものだ。皮が美味しいものなのだ。だまされたと思って食べてみよ」
 と教えられ、その教えの通りに口に放り込んだら、
「うぐっ!」
 と、だまされました。
 もう一つはマーマレード。小学校入学から間もない頃、給食のパンに付属した状態で初対面しました。それまでジャムと言えばイチゴで赤くて甘いものでしたので、太陽色をしていてジャムとは呼ばれないジャムに興味と期待を抱きました。いただきますの号令の後、ビニールの小袋の端をちぎり、中のそれをずんぐりしたパンに擦りつけ、口にしました。
「うぐっ!」
 往々にして、子供は苦いものを嫌います。二つの出来事のどちらが先か、今となっては曖昧模糊としていますが、金柑もマーマレードもみかんの仲間で、甘さに紛らせ、その外皮を食べさせようとする一派がこの世の中には居るということが刷り込まれたのです。
 このような呪縛があり、長いこと柑橘類の皮を使った甘いものに積極的には手を出せずにいました。ところが数年前のチョコレート催事で大転換が起こったのです。「ご試食どうぞ」と出されたオレンジピールのチョコレート掛けを何の気なしに受け取り、口にしたところ、
「うわっ!」
 みかんの類の皮はこんなにも豊かな風味だったのか。苦味の向こうはうま味だったのか。美味しかったのか!
 長い間、遠ざけていたことが心底悔やまれました。

ドゥバイヨル・トロワフリュイ 2019年版ボックス
 毎年テーマに合わせて描かれています。

 ドゥバイヨルさんの「トロワフリュイ」は、オレンジピール、レモンピール、そしてグレープフルーツピールのチョコレート掛け3種が組み合わさったものです。オレンジピール、レモンピールまでならまだ分かりますが、グレープフルーツの皮にもチョコレートを掛けてしまうとは。グレープフルーツは包丁でもって胴体部分を横に断ち切り、露わになった房の内部を匙で奮闘して刳り抜き食すものではなかったのか。皮がもうちょっと物腰柔らかならば気楽に食べられるのにね、という感想を持たれる果実のはずです。それが「皮こそうま味」と為されるとは。

ドゥバイヨル・トロワフリュイ 2019年版ボックス・内部
 オランジェットとシトロネットは単体でも販売されています。

 まずは、比較的理解の得やすい「オランジェット」から味を見てみましょう。およそ半分の3.5cm部分をかじると、高さ1cmの移動の間に、覆いのチョコレートがパキッと割れ、その後ににっちりとした感触が伝わってきます。この中身がピール……、皮のはずなのですが、柑橘類のえぐみや引っ掛かりのようなものはまるでありません。オレンジ一玉全体を極限にまでぎゅっと押し詰めたかのようなつややかな味と香りが現れます。この柔らかなオレンジピールの味が徐々に大人しくなっていくと、ビターチョコレートの澄んだ苦みが働き始め、オレンジピールの味をまた引き戻します。ビターチョコレートが強めの苦味を担当することにより、対比される形でオレンジピールの「引っ掛かり」がほんのわずかに感じられるようになっています。この一連の流れで、甘くはあるが甘いだけではなく、苦味はあるが苦味ではない、というような幻惑がもたらされます。オレンジだから理解が得やすいだろうと取っ掛かりましたが、とんでもないことでした。

ドゥバイヨル・トロワフリュイ 並べて比べる
 一本ずつ形を楽しむこともできます。

 覚悟を持って「シトロネット」も味わってみます。オランジェットはオレンジピールでしたが、こちらはレモンピールです。教科書で育ってきた私たちはレモンと言われるとどうしても、絵具のチューブから出てくる冷たい紡錘形の爆弾が思い起こされましょう。その酸っぱさは口の中が破裂するかの如く。ことばだけで口中が湖沼と化します。その強い個性はシトロネットでどのようになっているか。
 おや、酸っぱくない。いや、酸っぱくはあるがさほど酸っぱくない。目を覚まさせるレモンの香りがぱっと放たれます。この広がりは爆弾というような強烈なものではなく、霧が吹かれた爽快さです。微睡みから瞬時にうつつへ引き戻してくれる酸味。目を覚めさせてくれた後、ほろとして苦さが出てきたかなと思うと同時にミルクチョコレートの甘みが交じり、なめらかにとろけていきます。レモンの皮もこんなに穏やかになれるなんて、と驚かされます。
 もう、柑橘類の皮だからと二の足を踏むことはありません。パンプルムースに手を伸ばします。素手では到底剥き得ないあの皮の強情さはありません。さらさらとした粉糖に出迎えられ、グレープフルーツの甘みが重く、優しく伝わります。ともすれば刺激とも言えるあの酸っぱさは影を潜め、深奥までしっかりと甘いグレープフルーツです。ミルクチョコレートの甘さとグレープフルーツの甘さが相互に働きかけ、長い間、甘さが留まり続けます。
 グレープフルーツ独特のくせがないわけではありません。むしろ「グレープフルーツの皮だな」という確かさがあり、3種類の中で「皮の味」の主張が一番強いのはこれのようにも思えます。ただ、チョコレート、ミルク、砂糖と手を組むことで、ここまで装いを変えられるのかという意外な思いも大きいのです。

ドゥバイヨル・オランジェット 断面
 琥珀のように輝くオレンジピール

 実のところ、この3種類のピールのチョコレート掛けを、ここ数年のこの季節、このように思いながら毎年食べていました。たいそう心惹かれたチョコレートについて、生半可な気持ちで書いてはならない、と腰引け逃げて、ひとりこっそりピールでたらふくになっていました。しかし、ようやく書き付けてみようという心持ちになりました。何故かは分かりません。太陽を包み込んだような3種類の果実の明るい力がようやく働き始めたのかもしれません。感じ取った明るさをそのまま書いてみればいい。己がくせをほんの少しだけ残しながら、と。
 そうそう、金柑はいまだに食べられません。


◎店舗・商品データ
・商品データ
 商品名:トロワ フリュイ(18個入)
 価格:2700円

・店舗データ
 購入店舗名:DEBAILLEUL(ドゥバイヨル)・松坂屋名古屋店催事「CHOCOLAT PROMENADE 2019」
 住所:愛知県名古屋市中区栄3-16-1 松坂屋名古屋店本館(2019年1月16日から2019年2月14日まで)(Googleマップ
 営業時間:松坂屋名古屋店に準じる
 定休日:松坂屋名古屋店に準じる
 公式サイト:https://www.kataoka.com/debailleul/
        https://www.facebook.com/debailleulproducts/(ブリュッセル本店公式facebookページ)
 アクセス:名古屋市営地下鉄・矢場町駅5番・6番出口直結

 2019年2月現在、日本国内では「丸の内オアゾ店」をはじめ4店舗が常設で営業しています。
 また名古屋地区は2019年2月14日まで、ジェイアール名古屋タカシマヤ「2019 Amour du Chocolat!」、三越名古屋栄店「SALON DU CHOCOLAT 2019」でも出店・販売される予定になっています。

 更新履歴
 2019/02/13
 店舗データにブリュッセル本店公式facebookページの情報を追加しました。
 日本国内の常設店舗の情報を追加しました。
 名古屋地区における催事情報を追加しました。

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