土用餅よ、はらわたのことは任せた(あんころ こしあん・つぶあん:仙太郎)
私は夏に弱いです。一年がロールプレイングゲームだとしたら、栗きんとんが出回る時期がプレイ開始で、ゴールデンウイークが中ボスラッシュ、梅雨のジメジメがラスボスです。そして、梅雨明け、厳暑がエンドコンテンツの裏ラスボス。削りに削れ、わずかに残った体力、気力をこそぎ落とすのが、私にとっての夏です。勝てるわけがありません。
各種の力がこそぎ落とされるのは、動かしがたい天の働きだけに依ってはいません。いや、私の行動にかなりの要因があります。少し暑さを感じると、アイスコーヒーをごくごくごくごく飲んだり、リットルアイス(スーパーマーケットの冷凍ケースの端っこで1リットル、2リットルの武骨な容器に入り鎮座している業務用みたいなアイスクリームを私はこう呼んでいます)をもりもり食べてしまうのです。結果は火を見るよりも明らか。お腹が弱ります。まともな食事ができなくなります。夏に負けます。
ですが、今年の私は少し違います。ここ数年の行動を猛省し、白湯での水分の補給を徹底し、塩をなめ、リットルアイスを食べる時期をかなり遅らせました。今、私のお腹の働きはそこそこです。
リットルアイス
さらには、日々、エメラルドのようなゴーヤーと、むちむちの豚肉を沖縄の叡智であるチャンプルーにしてたらふく食し、結構、元気さー。ただ、苦みにちょっと飽きたさー。脂にも飽きたさー。
飽きたからと言って、シロップを入れてアイスコーヒーを湯水のごとく飲んだり、リットルアイスを数百ミリリットル食べてしまったら元も子もありません。そういうことを避けて、冷やかさと甘みを嗜まねばなりません。
はてさてどうしたものやらと悩みつつ本を繰っておりますと、
「暑さに負けないよう、エネルギー源となる甘いものを摂取するという生活の知恵でもあろう」(『事典 和菓子の世界 増補改訂版』)
という一文に出会いました。その頼もしいお菓子こそ「土用餅」。夏の土用の入りに食べることで夏をたくましく乗り越えられる餅。夏の餅。
お餅はお正月だけではありません。お餅はいつでも私たちを見守ってくれているのです。その手があったかとはたと膝を打ち、土用餅探索に出かけました。
土用餅に決まったスタイルはありません。一応、お餅を小豆あんで包む、というのがスタンダードのようですが、地方ごと、お店ごとに姿は変わるようです。短時間の探索でも、こしあん、つぶあん、お汁粉風、あんで包む、掛ける、といろいろありました。
なんと楽しい悩ましさでしょうか。あんことお餅だけでもこれだけ選べるのです。選択の時点でエネルギーに満ちています。
あんころこと土用餅
数店舗巡った果てに選んだのは、仙太郎さんの「あんころ」です。あんころという商品名で売り出されていましたが、店頭の墨書には「土用ノ入 あんころ」とあり、ただのあんころではないことがうかがい知れました。あとは、私の
「土用餅ありますか?」
という問いかけに、
「はいっ、こちらです! こしあん、つぶあんございますようっ!」
と、お答えくださった店員さんの力強さ、頼もしさが決め手となりました。土用餅のエネルギーは声の張りにまで影響を与えるものなのかと嘆息しました。
両方あるとどちらかを選びきれないのが私の良さであり、良くなさでもあります。
こしあんとつぶあんを共に
食後まで軽く冷蔵庫で冷やしておいて、「こし」と「つぶ」を並べました。いずれも深い赤色をまとっているものの、しっとりなよよかなこしあんと、とっしりときらめくつぶあん。どちらを先に食べるのが正解か。それは解かれることの無い永遠の問い。気の向いた方から食べます。こしあんから行きましょう。
直径約4.5cm、高さ約3cm。おはぎよりもやや小ぶりでしょうか。他のお店の土用餅も心なしか小ぶりなものが多かったように思います。それも特徴なのでしょう。小ぶりなものを複数個食べる。これまたエネルギーに繋がるような気がします。
こしあんのさらりとした舌ざわりに、はっきりした甘み。近頃は控えめな甘さが好まれる向きもありますが、この土用餅は明確な甘みを持っています。夏の暑さに対するにはこれくらいの甘さがよいです。たっぷりとまとわれたこしあんを楽しむと、内から餅が強く弾みました。ここしばらく、あんこを食べたくなったらおはぎを選んでいたので、忘れかけていました。お餅はこの強さだったと。密なる口当たり。舌の上で舞う力強い甘さと弾みは一噛みごとに全身に染みていきます。小豆のあんともち米のシンプルな組み合わせなのに、これだけの高揚感が得られるなんて。
じゃ、次はつぶあんね、と安易な気持ちで暑気を払おうとしたら、その安易さははね除けられます。こしあんに比べて甘さが抑えられているような気がしたのです。しっかりした甘さはあります。でも、口いっぱいに舞う感じではありません。小豆の皮がとんとんと跳ねているようで、その一足ごとに甘さの緩急が感じられます。同じお店の同じ小豆、同じあんころという名前でも振る舞いの違いを楽しめたのですから、どちらかを選びきれず、こしとつぶの両方引き受けた選択は、私の性格が良い方面に働いたと言えます。優柔不断でもいいのです。
力が満ち満ちているお餅
中のお餅は、みっしりとよく搗かれていることが分かります。お米の力がぎゅっと詰まっていて、大地が凝縮されたようなふくよかさです。あんとの組み合わせは素朴そのものではありますが、それゆえに存在の確かさが感じられます。
二つのあんころを食べ終え、ぬるい緑茶を二口三口。一息つくと、体の最中から、じんわりと力が広がっていきます。土用餅の別名は「はらわたもち」。『広辞苑』によれば、「佐渡ではヨモギを入れて食べ、はらわたになるという」のだそうです。このお餅はお腹が元気になるように内臓に働きかけるのではなく、お餅がはらわたそのものになるのです。なんと力強い。
赤色は邪気を払うと言われます。土用餅は、形で、口当たりで、甘みで内から力を与えてくれるとともに、色味によって外からやってくる困難を撥ね返してくれるのでしょう。土用の暑気対策にはいろいろありますが、気軽に手にでき、それでいて総身で助力をもらえるあんころのさらなる活躍を願わずにはいられません。
今回の土用餅探索には、たまたま近くで用事があった友人が同行してくれました。その時、これから土用餅を見ていきたいと思うのだけれども、見て回って良いかな、美味しそうなのがあるらしいのだが、と尋ねたら、
「土用餅ってあれでしょ。要は赤福だよね」
そうだけれども、違うのだ。
◎店舗・商品データ
・商品データ
商品名:あんころ こしあん・つぶあん
価格:各216円
・店舗データ
店舗名:仙太郎 松坂屋名古屋店
住所:愛知県名古屋市中区栄3-16-1 松坂屋名古屋店本館 地下1階(Googleマップ)
営業時間:松坂屋名古屋店に準じる
定休日:松坂屋名古屋店に準じる
公式サイト:https://www.sentaro.co.jp/
アクセス:名古屋市営地下鉄・矢場町駅5番・6番出口直結
◎参考文献等
『事典 和菓子の世界 増補改訂版』 中山圭子 著 岩波書店 2018年3月28日
『和菓子歳時記』「土用ノ入あんころ」 直中護 著 株式会社仙太郎(配布用リーフレット) 1992年7月
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コメント
>みんたさん
お餅の力強さがこれほどとはという驚きと共に、そういえばそうだった、という納得が入り交じった感覚でした。おはぎ・ぼたもちと構成はほぼ同じなのですが、明らかに違いますね。
呼び名に関して。おはぎはそのように多方面で使われることもあるのですね。あんこ文化をよく調べると、「今川焼き呼称問題」のように地域分けができそうな気もします。ただ、わたしの出身地(九州)では、あんこよりもきなこの方が幅を利かせていたような。大豆の存在も無視できない複雑な問題になりそうです。
投稿: 桜濱 | 2018.07.23 18:17
ナイスです!ゆうべテレビ番組ではじっこに映っていた気になるあの子じゃありませんか^^
こんなに力強いお方だったのですね。近くにあって羨ましい、餅とはんごろしは違うのよねえ…と言いながら、スーパーで年中売ってるぼた餅を買って食べます。三十五日・四十九日などの「これで成仏」という法要のとき墓前に供えるわらじに塗るのは「おはぎ」と称するただのあんこだし、あんこ乗せごはんをおはぎと称する地域もあるし、どうもわが茨城県は東海とは違う方向にあんこを愛しているらしいなと思います…
投稿: みんた | 2018.07.20 06:29