青く熟れた五番街の風(生チョコレート・メロン:フィフスアヴェニューチョコラティア)
もともと、「菓子」はくだものを指していた、ということは良く知られています。それを承けて、「お菓子をあげるよ」と言われ、心弾ませ、手を差したところ、そこにザクロが一個載せられたらどうなるでしょう。ふんわり甘いスポンジと生クリームの組み合わせを思い浮かべていたら。あるいは、もちもちのお米にバーガンディの小豆の組み合わせを思い浮かべていたら。そこに、九割方が酸っぱさで構成されている、小さいつぶつぶがみっしりと内側に詰まっていて、それをぷちぷちと取りだして口に入れると、さらに小さいぷちぷちの種を避けるようにして、味わってください、と手に載せられるのです。
わき起こるのは、落胆でしょうか。憤怒でしょうか。
ザクロが悪いわけではありません。菓子とくだものという二つのことばの関係が問題をこじらせてしまったのです。そのような問題を発生させないために、くだものを「水菓子」と呼んだりします。一品ずつ順番にお料理が出てくる和食のお店では、お品書きの一番左端に「水菓子」が書かれています。
生々流転。この水菓子のところに、シャーベットや、ゼリーや、ババロアなどが出張ってきていることもあります。彼らはまごう事なきお菓子です。しかし、水菓子ではありません。
混乱の極みです。
私は見たことがありませんが、もし、水菓子でさつまいものふかしたのが出てきたら、どうなるでしょうか。植物で、狭義の果実では無いけれども可食部で、甘い。しかし、水菓子として出てきたら、
「ここは、おぬしの出る幕ではない!」
と、腕を胸元から外側に向けて振り払う力を以て、はね飛ばされるやもしれません(さつまいものふかしたのが悪いわけではありません)。
様々なパターンを呈示しましたので、まとめてみましょう。
1.くだものっぽいくだもの。
2.くだものっぽくないくだもの。
3.くだものっぽいくだものじゃないもの。
4.くだものっぽくないくだものじゃないもの。
の、四つのパターンがあると考えられます。1は、容易に思い浮かべることができます。桃とか、蜜柑とかです。「もぎる」果実はだいたい1に当てはまるでしょう。2は、果実だけれども、お菓子の雰囲気とはちょっと違うかも、と思うものたちです。栗(くりきんとんにはなります)がその代表的な存在です。3は、狭義では果物ではないけれども、広義にはくだものとして差し支えないものです。イチゴ、西瓜などは、果実では無いですが、果物と捉えられることが多く、水菓子の肩書きで出てきても、許されると思われます。4は、1から3以外のものです。鰹のたたきなどが当てはまります。まとめてみましょう、と書いてみましたが、ちっともまとまったように見えませんので、皆様各自でベン図を書いて、整理していただければと思います。
注目したいのは3です。3が水菓子で出てくれば、八方円満におさまりそうです。
メロンです。
ウリ科の一年生果菜。木になる果実ではありません。蔓に生ります。狭義のくだものではありませんが、広義のくだものです。しかし、狭義のくだものの上に立つ程の威を持って、くだもの界に君臨しています。初セリがニュースになる数少ないくだものです。木の箱に入っている数少ないくだものです。
お食事が終わって、最後の水菓子でメロンが出てきたら、「狭義のくだものではないけれども、れっきとした水菓子であると見なす。よって、いただきます」となるはずです。2ではありますが、くだものとも、菓子とも、水菓子とも名乗れる存在なのです。
ここで、4の分野から、異論が出てきます。その声は、今や菓子と言えばお砂糖や小麦粉や玉子などで作ったものであり、私たちの中にいるそれらをないがしろにするのはいかがなものであろうか、ということのようです。その意見はもっともで、それならば「くだものっぽくないくだものじゃないもの」も、お菓子として迎え入れましょう、となります。連立です。そうすると、曖昧で、元の木阿弥のようですが、後につなげるために、そうします。
2007年に5thアヴェニューさんの「シャンパン生チョコ」をご紹介しております。シャンパン生チョコは依然として高い人気を持っています。オリジナルの生チョコレートと、シャンパン味は、定番でこの毎年この季節に百貨店の催事に出場していますが、それ以外の味も、期間限定として出品されています。今年は、「生チョコレート・メロン」が登場です。
5thアヴェニューさんのチョコレートの美味しさは、前に書いているし、改めて書くこともないでしょう、と思いつつ、微笑みを絶やさない店員さんに渡されたひとかけの試食を口にしたところ、涅槃に誘われているかのような多幸感に包まれました。催事会場の喧噪と熱気が一瞬にして消え去りました。無辺の草原に横たわり、冷たい光を総身に浴びているように感じた次の瞬間、片手に紫の紙袋を提げて、部屋に立っている自分がありました。下見のつもりだったのに。
後悔は後にして、もう一度あの感覚を、とがさがさと包装紙を払うと、見覚えのあるあの木箱が出てきます。シャンパンの時には無かったシールが、この中身がメロン味であることを瞭然とさせています。
5th Avenue Chocolatiereさんと言えば木箱、メロンと言えば木箱
シールを切って、木箱のふたを開けると、雨上がりの朝のような潤いを持った香りが立ち上ります。すっ、と、さっ、と、数時間前の涅槃が甦ります。しゃらりとしたココアパウダーを指先に感じ、半分のところに歯を立てて、いや、それは性急すぎる、と、三分の一のところに立て直します。すると、かすかな抵抗のみで、するり、とチョコレートに沈んでいきます。
その途端に、風格を見せるメロンの風味。さらに濃く香り、さらに潤う。摘んだばかりの玉をその場で半分に割ったのではないか、と思わせるほどの、密度の高さ。
口中を転がる三分の一の欠片は、ころころと舞踏を始めます。柔らかいのに、どこかにしがみつくような感じはありません。全てが軽やかに、涼やかに進んでいくのです。しっとりとした甘味を振りまきながら、少しずつ欠片は小さくなっていきます。
メロンの味わいが、やや薄れたか、と思わせた時に、チョコレートの芳ばしさと、かしりと堅い甘さが出てきます。これより早くとも遅くともいけない時に、チョコレートが来ます。
見た目は、シャンパンと変わりはありません。
メロンが舞い、踊った線を、静かに、それでいてしっかりとなぞっていきます。メロンで満たされていた感覚にチョコレートが追いついてきます。メロンがチョコレートにオーバーライトされるのではなく、メロンとチョコレートがマージされるのです。
本来は、味のはっきりした両者です。混交すると、打ち消しあってしまうように思われますが、ここではそうはなりません。きちんとお互いを尊重し、引き立てあっています。なんというバランスの良さでしょう。
溶けきってしまうと、まずは、チョコレートから退場します。甘さを落として、ほのかな渋みを残し、それも消し、あとはメロンに任せます。あとを託されたメロンは、青い甘さをとろりと出し、水気の多い果実が持つ、しゃくり、とした食感を思い出させる後味を残します。「青さ」と「熟れ」という、本来は相容れない味わいを、この一粒で感じることができるのです。さすがはあのシャンパン生チョコレートの香りを作った職人技、とうなることしきりです。
残りの三分の二かけも溶かし終わり、さて、もう一個、となります。気分はそうなるのですが、指先が動きません。もう一個を取りあげることができません。一粒の生チョコレートを食べただけなのに、おなかは、ひとりでメロン一玉を平らげたような豪奢なたらふく感なのです。人差し指と親指の二本指を生チョコレートの上でかざしたまま、しばらくじっとしていると、体の中、どこからともなく、水源間もない清流のように、青い甘さと熟れた芳ばしさが通っていきます。まだ、一粒目が終わっていなかったのです。
心なしか、エメラルド色に輝き始めているように見えます
水菓子に、この生チョコレート・メロンが出てきたらどうなるでしょうか。目にした途端、怪訝な顔をするでしょう。しかし、のどを通ったとき、それは納得へと変わるでしょう。くだものっぽくないくだものじゃないものとくだものっぽいくだものよりもくだものっぽいくだもののようなくだものっぽいくだものじゃないものが、数センチ四辺に封じ込められているのです。さらに、「菓子」と「くだもの」という呼び名問題も解決させています。こういうことを、一挙両得、というのかもしれません。
水菓子、すなわちデザートの役は、生チョコレート・メロンに担ってもらいましょう。では、その前のメインディッシュの役は……、言うまでもなく、シャンパン生チョコレートです。
◎店舗・商品データ
・商品データ
商品名:生チョコレート・メロン(6個入り)
価格:\1995
・店舗データ
購入店
店舗名:ジェイアール名古屋タカシマヤ催事「アムール・デュ・ショコラ」
住所:名古屋市中村区名駅1-1-4 10階催事場
営業時間:10:00-20:00
定休日:催事期間中無休
アクセス:JR名古屋駅直結
公式サイト:http://www.jr-takashimaya.co.jp/
※アムール・デュ・ショコラは、2013年2月14日まで。最終日は19:00閉場
・製造元
店舗名:5th Avenue Chocolatiere(フィフスアヴェニューチョコラティア)
公式サイト:http://www.5thavenuechocolatiere.com/(米国公式サイト)
※2013年2月現在、日本には、直営店・常設店は無い模様です。
以前は、松屋銀座さんに常設店がありましたが、昨年退店したようです。
参考:松屋銀座ブログ「GINZAのおいしいスタッフ日記―バレンタイン2013 vol.3 "幸福のブタチョコレート"」(2013年1月25日付)
http://www.matsuya.com/m_ginza/blog/food/2013/01/20130125_1501002013_vol3.html
更新履歴
2018/05/19
画像のリンク切れを修正しました。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント
>かなめさん
5thアベニューチョコラティアさんの生チョコが無事にお手元に届いて、良かったです。
やはり、日本撤退でしたか……。前から入手は難しかったですが、本当に幻のチョコレートになってしまいました。年に一度バレンタイン催事で買い逃しても、「いざとなれば、銀座に行けば……!」の考えが頭にありましたので、いくらか気持ちに余裕がありました。しかし、さすがに「いざとなれば、ニューヨークに行けば」は難しいです。
メロンは本文にも書きましたが、今期バレンタインの期間限定ということでした。なので、もし、松屋銀座さんの催事で出ていなかったのでしたら、売り切れの可能性が高いと思います。「今期の限定」のようですので、来年もあるかは……。また、美味しい新作が登場することを期待しましょう。(限定商品のご紹介はこのようなことがありますので、難しく思っております)
14日は過ぎましたが、できれば月末までにあと一つか二つ、チョコレートのことを書ければ、と考えています。昨年までにご紹介した他のチョコレートもおすすめですので、お見かけの際は、お召し上がり頂ければ幸いです。
投稿: 桜濱 | 2013.02.18 22:52
こんにちは
12日に松屋銀座で数年ぶりに5th Avenue Chocolatiere購入しました。
定員さんに伺ったら、やはり現在は日本からは撤退したとの事で、イベントの時だけ出店との事でした。
かなり、混みあっていて「これがシャンパンのチョコ?美味しいって聞いて買いに来たのよ」と仰っている方も
私が松屋へ行った時は、メロンは見かけなかったです、売り切れですかね?来年までのお楽しみです
ちなみに、シャンパンとストロベリーを購入し、美味しく頂きました
素敵な情報、ありがとうございましたo(*^▽^*)o
投稿: かなめ | 2013.02.18 11:18