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2012.02.07

幻の雪降る石畳(パヴェ・ド・ジュネーブ:ステットラー)

 九州で生まれ育った、と言うと、
「それなら、冬も暖かいんでしょ。いいなあ」
 とお答えをいただくことがあります。しかし、日本各地の例に漏れず、夏は暑く、冬は寒く設定されており、四季を堪能できるようになっております。
 でも、雪が何十センチメートルも積もることはありません。まして、家屋の一階が埋まるほどの積雪も、一寸先は真っ白というほどの吹雪にも見舞われることはありません。ただ、「寒いなあ、寒いなあ。灯油はまだ残ってる?」と背を丸め、コタツに両手を潜らせながら、今晩は水炊きでたらふくになりたいなあ、などと、のんびりぼんやり頭を働かせる程度の寒さです。
 そんな、位の低い寒さを甘受している人々の上に、雪を降らせたらどうなるでしょう。それはそれは大騒ぎ。粉雪にもなれないほどの、微塵の雪しか降ってきませんので、交通機関の乱れ、休校などとは縁の遠い、雪とのじゃれ合いです。
 窓外に白い舞いが見えると、狂喜乱舞、欣喜雀躍、コタツの上に乗っかったリモコンを取るのもおっくうだったのに、電熱器であぶっていたその手を素早く抜きだし、窓を開け、飛び出し、手のひらを天に向けます。雪の粒は、右に左に逸れて、なかなか手の上に落ちてくれません。それで、手を動かして、右に左に雪の粒を捕らえようとしますが、軽いそれらは、右に左にくるくるとすり抜け、やはり手の上には来てくれません。もどかしく思いながら、手のひらをひらひらとさせていると、ぽつり、と雨とは違う水気を感じます。慌ててその一点を見ると、白みの強い半透明の粒が、わずかな冷たさと、小さな痛みを与えます。
「あ、雪だ」
 と、頭が判別する頃には、それは水の半球に変わっています。最初に覚えた冷たさと痛みが弱く残り、それが小さな水の球の前世が雪であったことの物語です。
 緩やかな寒さの冬を過ごす人にとっては、雪はこのような有りや無しや、目には見えても触れることの適わない朧気な存在です。
 スイスという国名を耳にすると、一万尺のアルプスと清澄な雪原が思い浮かびます。しかし、スイスの方々からしたらこのように声をかけられるのと同じことでしょう。
「スイス? あっ、それなら夏は涼しいんでしょ。いいなあ」
 スイスの気候情報を見ると、山間部は雪がしっかり積もるくらいの平均気温で、地中海側の平地はしっかり汗っかきになるくらいの平均気温のようです。
 それが分かっても、スイスと雪のイメージを離すことは難しいです。しんしんと降る雪が街を覆っていく、ような気がします。その雪は、核に塵は無く、純水のみで構成されている、ような気がします。

パヴェ・ド・ジュネーブ 外箱
 小ぶりで大人しい雰囲気

 ステットラー社は、スイス・ジュネーブのチョコレート店です。ジュネーブはスイス南部の標高の低い都市らしいので、夏はそれなりに暑く、冬は冬だと分かるくらいに寒い、のだと思います。雪は降る、はずです。以降、降る、を前提として書いていきます。
 このパヴェ・ド・ジュネーブは、日本語訳すれば「ジュネーブの石畳」、もっと日本語訳すれば「寿府の石畳」です。その名の通り、きっちり四角に切り取られています。一辺20mmの立方体。親指と人差し指で20mmの幅を作ってみてください。大きさの確認はよろしいでしょうか。
 箱に行儀良く並んだパヴェの一つを取り上げます。指に、静かな冷たさと堅牢さが伝わります。

パヴェ・ド・ジュネーブ 6個入
 手作りらしいシンプルさ

 20mmは、判断に迷う大きさです。半分だけかじるのが良いのか、まるまる口に放り込むのが良いのか。一旦、上下の前歯で、かしり、と挟みます。くっ、と力を入れて噛もう、としましたが、それをするには、やや小さく思われ、歯の力を緩め、ふっ、と息を吸うように、一個、まるごとを口に入れます。
 舌の上に座るパヴェ。取り上げたときと変わらず、冷たさと堅さが続いています。少し変だな、と思いました。普通だったら、熱でとろけていきそうなものなのに、それがありません。少し経っても、やや熱を含むものの、元からの堅さを保ち続けています。とろけないので、チョコレートの香りも甘さもそれほど感じられません。
 おかしいな、このままでは埒があかないな、と思われ、再び前歯の方へと転がしました。かしっ、と挟んで、くっ、と力を入れます。すると、
「ぽくっ」
 と口に響きました。煉瓦が割れるように、パヴェが割れます。
 すると、甘みが来ます。チョコレートの香りが立ちます。ああ、やっぱり、チョコレートだったんだ、とここでようやく確信が持てます。
 その確信が頭に浮かんだ瞬息、溶けていきました。いや、溶ける、ということばが合っているようにも思えません。消える、とも違います。あえて言うならば、清流のように、流れ去っていきました。チョコレートそのものは、春の雪解け水のように、離れていきます。後に残るのは、堅い中に在った香りと甘み。割れたときの残響が香りとなって、口の中でいつまでも廻ります。これほどまでに印象深く残るのに、一切の重量がありません。最初の石畳の堅牢さが嘘のようです。

パヴェ・ド・ジュネーブ アップ
 生クリームが入っていません。それゆえの軽さ

 甘いことが分かります。カカオの香ばしさと微々たる苦みが分かります。それがしばらく続きます。在ったことが分かります。けれども、その味と香りを追うことが難しいのです。手を伸ばせば届きそうなのですが、あと少しのところで、捉えきれない、たどり着けないもどかしさです。
 もどかしさ、は、悪い意味に思われるかもしれません。それでもそう言いたくなります。つい今し方の風味が分かるのに、それはほんの一瞬の事で、味わう、という間もなく、さらり、と流れていき、それでも幻になりきれず、ここにある、という、不思議な感覚です。
 最小限に、残すべきものが残るように作られています。
 流れゆく水、でも、吹き去る風、でも、どちらでも構いません。そのようなことがあった、という静かで冷たい熱さを覚えるチョコレートです。
 パヴェ・ド・ジュネーブは、厳しくない冬を迎える地で、たまに降る小さな雪が、手のひらに微細な痛みを残して消えるように振る舞います。雪から変わる水滴のように、小さな立方体には、甘い影をいつまでも残してくれるような強さが封じ込められています。

ステットラー カード
 「チョコレートの情熱」ということばが具現化されています


 ◎店舗・商品データ
 ・商品データ
  商品名:Pavés de Genève(パヴェ・ド・ジュネーブ)6個入
  価格:\1785

 ・店舗データ
  購入店
  店舗名:名鉄百貨店・本店催事「サロン・デュ・ショコラ」
  住所:名古屋市中村区名駅1-2-1 7階
  営業時間:10:00-20:00
  定休日:期間中無休
  アクセス:名古屋鉄道・名古屋本線名鉄名古屋駅直結
  公式サイト:http://www.e-meitetsu.com/mds/index.html
  ※サロン・デュ・ショコラは、2012年2月14日まで。最終日は18時閉場。

  製造・販売元
  店舗名:Stettler(ステットラー)
  公式サイト:http://www.chocolaterie-stettler.ch/index.htm
  ※2012年2月現在、日本には、直営店・常設店はありません。

 更新履歴
 2018/05/19
 画像のリンク切れを修正しました。

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コメント

>みんたさん
軽くて、ぱくぱくと食べようと思えばできるのかもしれませんが、大きさに対してお値段がたくましいので、容易にできませんでした。そのため、ちょっとだけ、と口にしたところ、思わぬ食感で驚かされた次第です。
甘みも、カカオの香りも充分なのに、軽い、のに、長く残る、という妙技を見せてもらいました。チョコレートに親しんできた方々の気概にあふれています。

前歯は、たまたまです。軟らかいかな、と思ったら、案外に堅く、ぽろっ、と割れてしまいました。なので、二つ目からは、奥歯で噛んでいます。あと、中に何か入っているかも、と思ったときは、断面を見たくて、前歯で噛みます。行儀が良くないのかもしれない、と考えるものの、そのような時は、好奇心の方が勝ります。

前歯、奥歯、犬歯、全稼働させております。

投稿: 桜濱 | 2012.02.09 20:04

なんと不思議な…軽くて気軽にパクパクと食べきってしまいそうなところを、注意深く捕まえられましたね。チョコレートの歴史が古いヨーロッパの、なかなか出てきてくれない部分がまだ多くありそうなことをうかがわせて、わくわくしてくる楽しい記事でした。いつか出会いたいです、この甘み。

そうか、味わうために噛むとき、桜濱さんは前歯をつかうのですねえ。わたしは何でも奥歯で噛みしめてしまいます。これだと味はわかるのですが喉まで近くて味わいきれないうちに飲み込んでしまうかもしれませんから、今度はまねして前歯を使ってみましょう。(そしてまた太る…)

投稿: みんた | 2012.02.08 15:31

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