« 長引く秋をお見送り(サバラン・オ・フリュイ・ルージュ、和栗のモンブランプリン:レニエ・リヴゴーシュ) | トップページ | 喫茶マウンテンのメニュー・2011年12月版 »

2011.12.20

クリスマスケーキの予約を逃した方のために、デコレーションういろのご案内(2)

 ケーキ屋さんで、「和風のケーキ」と名づけられていると(「~ジャポネ」「~ド・ベール」など)、抹茶や小豆が使われていることが多いようです。今回は、本職の方々のその方式に倣います。既に「素人+創作和風ケーキ」なので、これ以上、冒険するわけには参りません。
 頭の中には、もう、デコレーションが出来上がっています。それにいかに近づけるか、が勝負です。
 近づくように、各部分ごとにレシピを調べます。そして、「一番大変そう」なのは、小豆だと分かりました。「明日できることは今日しましょう」の格言とおりに、大変そうなのは、早めに仕上げることにします。
 小豆は、袋に、煮る方法が表記されていました。ありがたいことです。もう、クロース翁がプレゼントを贈ってくださったようなものです。
 それを見ますと……、


 袋の裏面に小豆煮詳細。煮ようとして、困る人が多いのでしょう

 仕上がりまでに、四時間以上掛かることが判明しました。心が折れきってしまう前に、小豆を洗います。


 小豆あらいにとりつかれたように洗います

 「小豆あらい」という妖怪がいます。小豆あらい伝説は全国に広がっていて、川に引き込んだり、福をもたらしたりと、様々なタイプがいるようです。このような多様性を見せているのは、小豆がそれだけ、古くから日本で親しまれた甘味だったからではないでしょうか。小豆の風味と甘味に魅せられる人がたくさん居て、小豆を大切にしていたからこそ、その味に感謝し、ばちがあたらないように、たとえ一粒でも心を込めて扱ったのではないかな、と思いつつ、洗った豆を鍋に移し、くつくつと煮える豆を見つめます。


 これくらいの火加減でじっくりと

 小豆が煮える間は、アクを取り、差し水をする、のくり返しです。大変です。和菓子屋さんに敬意を表します。


 アクを取って


 差し水。というのを10分おきくらいにひたすら

 煮汁から小豆が出ないように気をつけつつ、軟らかくなるなるまで煮ます。ひたすら煮ます。二時間ほどして、煮上がった小豆を味見してみますと、
「豆だ……」
 まだ、あんこにはなっていません。煮豆です。そこはかとない、つま先からゆっくりと温かくなるような甘さはありますが、豆です。味付けをしましょう。
 家に上白糖がありましたが、後ほど別のものに使用するために新規に導入した「きび砂糖」がありますので、こちらを使ってみます。小豆レシピの注意書きによると、砂糖を一気に入れると、小豆が固くなるので、三回くらいに分けて入れるように、とのこと。言われるがままに三回に分割しました。そもそも、こんなに大量のお砂糖を一気に入れる、度胸の良さはありません。そんな豪気を持ち合わせていたら、既に世界に羽ばたいているはずです。


 お菓子作りをすると、こんなに、大量の、お砂糖が、使われているのかと、見せつけられます

 弱火にして、くたくたと煮つつ、十数分ごとにきび砂糖を入れていきます。分割しましたが、それでも結構な量です。一回……、二回……、少々の塩を入れて、三回……、数十分過ぎた頃、胸が高鳴ってきました。徐々に強まるきび砂糖の甘い香り、小豆のふっくりとした匂い。勢い良く入っていく大量の褐色の結晶。
 危うさ、楽しさ。
 砂糖の魔力、でしょうか。宴の前に近い気分になっていきます。クロース翁の微笑みが見えます。


 やっと、煮詰まった!

 煮えました。小豆があんこになっています。香りも確かにあんこです。ちょっと味見を。

 我慢できずに、ほんの少しだけ

 このまま、お餅を入れて、おしるこでたらふくになってもいいかもしれない、という気分がわき起こります。私は九州出身なので、丸餅です。焼きません。
 丸餅衝動を抑えて、お鍋に蓋をして、数十分寝かせるように、という指示に従います。美味しくなるのならば、蓋くらい、二枚でも三枚でもかぶせます。
 ようやく小豆の下ごしらえができました。一番大変そうなのが終了したので、あとは楽ちん、のはずですが、いきあたりばったりがそれを阻む、という話しは有名です。
 次は、もう少し甘味を足そうと思います。
 夏場にお世話になった、あんみつや白玉を思い出します。それには、あれが付き従っていました。


 お砂糖二種類とお水

 とろりとした黒蜜とすっきりした冷菓。あの組み合わせは絶品です。しゅるり、と舌の上を舞うあんみつ、白玉を、黒蜜がとろりと引き留めます。ともすれば、のどへと急ぐ彼らを黒蜜は「まあまあ、あわてずに」と小さな分銅のような重みとともに甘みを与えてくれます。
 そんな、安心感のある黒蜜ですが、作り方は意外や、簡単。
 今回は、先程も用いたきび砂糖に登場願います。そこに黒糖を合わせ、水で溶かしつつ煮れば良いだけ。東大寺金剛力士像のようなあんこ作りの厳しさに比べたら、広隆寺弥勒菩薩半跏思惟像の如き穏やかなレシピです。
 さて、全部をお鍋に移して、と、思いましたが、その前に、それぞれのお砂糖の味見します。袋を開けた途端に立ち上った甘い香りに参ったためです。


 黒糖からきび砂糖へと

 黒糖ひとつまみを舌に乗せます。濃いけれども、烈しさはありません。じんわりと沁みる力強い優しさです。明るく素朴なはっきりとした表情が見えたかと思ったら、瞬間、消えていきます。黒糖の去り際の良さには、一種呆然とさせられます。華やかだけれども、遠い昔が見えて、たおやかで、どこか静かな泣き笑いのような悲しい甘さです。
 黒糖から、上白糖に行く途中が、彼女、きび砂糖。黒糖の風味が残っていますが、さらさら、すっきりしています。お料理にもお菓子にも合います。
 しかし、どうしても、「いいのか、それで君はいいのか」と問いたくなります。
 以前のような、深く沈み込んでいくような甘さはありません。黒糖よりも洗練されていて、馴染みやすい甘さです。これが、問わせる原因です。何かが、彼女に起こったような気がしてなりません。見えないところで何かをしている、誰かと付き合っているような感じです。「何かを知ってしまった」雰囲気です。
「お、おい! なんだ、その化粧は、その服はどうしたんだ!」
「別に、なんでもない」
「なんでもない訳ないだろ! 昔は……」
「いいから、ほっといて」
 ドアが、ばたん、と閉じる。
 というような、変化です。誰かに、何かに影響を受けてしまっています。悪い人にはだまされてほしくない、という気が働きます。
 不安を覚えつつ、鍋に、黒糖、きび砂糖、水をまとめて入れて、煮ます。焦がさないように、木べらで混ぜていると、黒糖が香り、きび砂糖がかたまり、丸まり、とろん、とした熱気が辺りをおおいます。


 こちらはすぐに煮えます

 こういうことだったのか。たぶん、水、みたいに無害そうな者が、何もかもを受け入れさせてしまう要注意の存在なのです。
 しばらくすると、どろどろの黒蜜っぽいものになりましたが、蜜と言うには粘りけがありすぎましたので、もう少し水を足します。どんどん、要注意存在を介入させます。こうして、深みにはまっていくのでしょう。
 蜜らしくなったら、目の細かい茶こしで漉して、できあがりです。


 黒い!

 もう、黒糖もきび砂糖もありません。黒蜜です。全てを知ってしまった黒蜜です。だからこそ、あんみつや白玉をあんなに美味しくできたのでしょう。
 いくら清楚に見えても、綺麗なもの、美味しいものには、裏が居ます。


 (3)につづきます


 更新履歴
 2018/05/19
 画像のリンク切れを修正しました。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

|

« 長引く秋をお見送り(サバラン・オ・フリュイ・ルージュ、和栗のモンブランプリン:レニエ・リヴゴーシュ) | トップページ | 喫茶マウンテンのメニュー・2011年12月版 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: クリスマスケーキの予約を逃した方のために、デコレーションういろのご案内(2):

« 長引く秋をお見送り(サバラン・オ・フリュイ・ルージュ、和栗のモンブランプリン:レニエ・リヴゴーシュ) | トップページ | 喫茶マウンテンのメニュー・2011年12月版 »