長引く秋をお見送り(サバラン・オ・フリュイ・ルージュ、和栗のモンブランプリン:レニエ・リヴゴーシュ)
秋になっても、時おり、汗がにじみました。もちろん、少しずつ空気は冷えていきましたが、「秋だっ、葉っぱも華のように煌めくっ」と思えるほど秋めいたようには思えず。「秋……、そう言われてみれば秋なんだよなあ」と、しぶしぶ扇風機をしまい、コタツとヒーターを出したものの、スイッチは入れずに専ら鑑賞して「暖かい、暖かい」と、エコロジーな晩秋の日々を送っておりました。
でも、そんな、秋らしくない秋には飽きて明らかな秋らしさを求め「さあ気の済むまで秋の気を体中に」と空き屋を残して全身を澄んだ空へとフォール出しました。
「空が高いな、心地良いな、秋だ、やっぱり秋だ」
と、のこのこ歩いていますと、首の辺りがもぞもぞします。背中ももわもわします。
「暑い……」
保温九分袖シャツがひたりひたりと肌に張り付きます。気の持ちようだけではどうにもしがたい秋らしくない秋の責めです。この暑さは気分だけでは解決できない、と判断し、百貨店の地下に潜ります。
ハロウィンが終わるとともにクリスマスケーキの予約が始まりました。「ケーキだ。ケーキだ」と楽しみにエスカレーターを降りますと、
「おせち予約中」
既に、クリスマスを飛び越えて、来年になっていました。ケーキのカタログもありません。まだ11月なのに……。やはり百貨店のケーキは人気高いです。
くるくるとショーケースの甘い風貌に目をやりますと、こちらはまだ秋気配をたたえています。
この地域で秋のお菓子と言えば、やはり、くりきんとん、でしょう。棹物や煉りきりのお菓子にも、幾人もの栗がゲスト出演を果たしています。
洋菓子はちょっと押され気味かな、と思いましたが、栗の手広さを甘く見てはいけません。
モンブラン。
欧州の白き霊峰を名にし負う彼のお菓子は、極東のこの国でも絶大な人気を誇ります。和菓子の栗のほろほろとした風合いに対して、欧州のそれは、ぽってりと肉感たっぷり、ねっとり重厚。貴婦人がなまめかしくグラマラスな肢体をシックなドレスに包んでいるようです。
どちらが好みですか? と問われましたら、1,2秒の黙考の後、「……どちらもお願いします」と答える節操の無さを露呈させるでしょう。
なので、B1Fの和菓子コーナーと洋菓子コーナーを、うろうろ行ったり来たり。店員さんが「あ、また、この人、こっち来た」なんてことは思っていないと軽く心に言い聞かせつつ、往来を続けます。
和菓子のエリアで栗入り羊羹におおかた心傾いた頃、最後の確認のつもりで洋菓子エリアに行きました。
ショーケースに一つだけ残っていた、紅くしっとりと座っていた、それ。
「サバラン、食べたかったんだ! 忘れてた!」
栗そっちのけです。いきなり、ブリオシュにラム酒ひたひたのケーキに鞍替えです。
初めてサバランを食べたときは、幼い頃、初めてチョコレートケーキを食べたときに近似した思いを持ちました。心がステップアップしたような思いです。
お酒を使ったお菓子はたくさんありますが、ここまで、じゅわり、とたっぷりに沁みたものはそうは無いはずです。
夜、御飯を食べ終わって、甘いものが欲しいな、香りのいいお酒も飲みたいな、その思いを共に叶えてくれるのが、サバラン。
「サバラン一つと、和栗のモンブランプリンを一つお願いします」
「Régnié」で「レニエ」さんです
欧州の霊峰とフランスの伝説的な美食家が住まう箱は、それにしては軽く、お菓子にしては重く。
ショーケースでサバランを目にした瞬間から、「サバラン、サバラン」と気が昂ぶってしまいましたので、モンブランは後に控えてもらいます。
レニエさんのこのサバランの正式名称は「サバラン・オ・フリュイ・ルージュ」。赤いフルーツのサバラン、の名の通り、ルビーのようにベリーがつやつやと輝いています。もっと、間近でと思い、カップを持ち上げ、目の高さでゆっくりと回すと、反射した赤い光が濃淡を持って目に入ってきます。その光の揺らめきは、ブリオシュをほんの少しだけ揺動させ、内に収まっていたラム酒を醒まし、空気を割り、舞い出てきます。その存在は、強く甘く、だけどピリピリするようなアルコールはほとんど感じさせず、ただ、酔うともなく、どこか深いところに落とされます。
サバランは『美味礼賛』を著したブリア・サヴァランから
カップをお皿に戻すと、ふわふわした気持ちが治まり、蘧蘧然として座しています。香りと姿だけで桃源郷に放り込ませるとは、何とも危うく素敵なお菓子です。
小粒の果物、どれから食べたら良いのか、ちょっと、迷い、一口目は果物を避けて、ブリオシュにスプーンを入れます。
「ジュッ」と小さく、湿度のある音を立て、スプーンが下り、一口分をすくい出すと、中からカスタードクリームが姿を現しました。ブリオシュ、ラム酒、カスタード、いずれも甘みの強者。よくぞ一同に会してくれた、と感謝もそこそこに味わいます。
ブリオシュは粒状感がやや大きめで、ざらざらの二歩手前くらいのさらさら感。細かな穴、一つ一つに入り込んだラム酒は香りで感じたように、アルコールの気配は少なく、香りに専念してシロップと合わさり、強い甘みがのどから鼻に抜けていきます。「控えめ」ではありません。しっかり頼りがいのある甘みと香りです。対して、カスタードは、やや穏やかです。ブリオシュ生地の後ろで、なめらかさを担当しているのでしょう。大切なお仕事です。
次の一口、今度はベリー類も含めて行きます。
甘みの姿がガラリと変わります。果物の酸味がこれだけ強いと、ラム酒に匹敵することが分かりました。ブリオシュ、カスタードの甘さと香りを尊重しつつ、酸味が加わることで、ともすれば、体中に散り広がってしまいそうな甘みと香りを、再び舌の上に集約させ、甘さに規律を与えて、しっかりと引き締めを行っています。
紅いサバラン
サバラン・オ・フリュイ・ルージュは、天然自然のベリーを甘みと刺激的な酸っぱさの冠に戴き、その主は、豪奢に人の手が丁寧十分に加えられたラム酒の甘みと香りの二重構造になっています。
紅いベリーをつっつき、ラム酒たっぷりのブリオシュをすくう。それぞれはほのかな距離を取りつつも、互いの手は離れることなく、重層的で幻想的な世界を見せてくれます。
サバラン一カップを食べ終わり、一息。最近、お酒に強くないので、もう一息。お茶を少し。今度は当初の目的だった、栗、行きます。
「和栗のモンブランプリン」。和栗に、モンブランに、プリン。「一つの中にいろいろあった方が、たらふくになれて、うれしい」という、悲しい性格を持っている私には、願ったり適ったりです。
頼もしい大きさの器
まず、目を引いた、いや、手にしっくり来たのは、その重さと温かさ。もちろん、モンブランプリンはよく冷やされていました。でも、その器を下から持った時の安心感の温かさは、しみじみ落ち着きます。
直径95mm、高さ58mm。やや大ぶりの湯飲み茶碗くらいでしょうか、そこにたっぷりとプリン、モンブランが盛られ、その上に、栗、豆、求肥が配されています。
日本庭園のようなモンブラン
決して派手ではありません。飾られているのですが、それぞれが際立つ風ではありません。むしろ、モンブランプリンのみでは、大きく、仰々しくなっていたであろうものを、軽くなだめ、泰然自若様たらしめています。静かで長い秋の夜に似つかわしく、好感が持てます。
たっぷりのモンブランをスプーンで一すくい。根雪のような生クリームを伴い、一口。するりと生クリームは溶け、流れ。
しかし、モンブランはとっしりと残ります。微細な栗の粒子が、さらり、さらり、と動き、口の奥の方でちょっと引っかかり、その引っかかりが、果実としての栗の表情を見せ、みっしりとした濃い味と、生まれ持った甘さの素のようなコクを残して、また、さらり、さらり、と消えていきます。
物静かなモンブラン
モンブランです。モンブランですが、モンブランではないようなこの感じ。
重さはありますが、幽玄な香りとすっきりした甘さ。このモンブランは、確かに、くりきんとんの脈に連なっています。
モンブランを支えるプリンは、これもまた、栗の味です。とろとろのなめらかタイプで、上のモンブランよりも明度の高い甘さ。それでも栗の香りはいっぱいに感じられます。
てっぺんの半粒の栗、モンブラン、プリン。これらが大ぶりの器にめいっぱいに詰まっていて、三者三様の秋の山の香りを与えてくれました。
これでようやく、秋を送り出すことができます。今度こそ、冬をお出迎えすることができます。再び、保温九分袖シャツ、ニット、ダウンを着用。さあ、木枯らしの中へ。
「……暑い」
今年は秋がしぶといです。
と、数日、思っておりましたら、今日はやけに寒かったです。やっと本格的に冬が来たようです。
コタツとヒーターを、観賞用から実用に切り替えよう、と思いながら、青と白の電球の間を抜けて、家路を急ぎました。
◎店舗・商品データ
・商品データ
商品名:サバラン・オ・フリュイ・ルージュ
価格:¥420
商品名:和栗のモンブランプリン
価格:¥588
・店舗データ
店舗名:レニエ リヴゴーシュ
住所:名古屋市中村区名駅1-1-4 ジェイアール名古屋タカシマヤ・地下1階
営業時間:ジェイアール名古屋タカシマヤに準じる
定休日:ジェイアール名古屋タカシマヤに準じる
アクセス:JR名古屋駅直結。名古屋市営地下鉄・東山線及び桜通線名古屋駅直上。
公式サイト:http://www.regnie.jp/
更新履歴
2018/05/21
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