若鮎の夏色(若鮎、鬼まんじゅう:梅花堂)
暦の上で秋になれば、その後の日々の暑さは残暑と言われます。でも、暦の上で秋になるのは八月の初め。夏が本気を出すのは、それからだいたい、一週間から十日後くらいです。なんだか、暦に欺されているような、化かされているような気になります。
「残り香」は本体が去った後に、ほのかに香るものですが、「残暑」は、そんな、手加減はしません。しっかり残業をします。働き過ぎです。
しかし、働き者の「暑」に、ぐうたらな私が食ってかかるのは、道理・道徳に合いませんので、甘んじて「暑」を受け入れることにいたします。
どのように「暑」を受け入れるべきか。自動販売機の「つめた~い」や、スーパーマーケットの冷凍風呂桶に詰まっているアイス、「1コ98円、3コ284円」と書かれてあれば、3コかごに入れる、「氷」の旗が下がっている門扉を見つければ、そこに入っていく、などの手段を取るのが、心に優しいです。
心に優しいですが、こういうたらふくを続けていると、体にはあまり優しくありません。おなかが疲れます。
「暑」を受け入れ、心に優しく、体にも優しい。そんな方法があるのか、と、しばし黙考すると、足は和菓子屋さんに向かいます。
鬼まんじゅうでとても有名
梅花堂さんは、覚王山の入り口でどっしりと出迎えてくれます。鬼まんじゅうで有名ですが、もちろん、他の和菓子も取り扱っていらっしゃいます。
次々とお客様が鬼まんじゅうを求めていらっしゃいました
あります、あります。涼しげなのが。キンキンに冷たくはないけれども、ひえひえな雰囲気のお菓子が並んでいます。見た目で涼を感じる、という、古くからの知恵の結晶が並んでいます。ぷるぷるのひえひえのお菓子たちです。
こうしてショーケースの中をなぞって、目を冷やしておりますと、「ん?」と引っかかる一点があります。
茶色なのです。焼き色なのです。他から浮いています。涼しさの感じでは無いのに居るのです。「おかしい、何故、こんな色合いが居るのだ」と、一瞬思い、二瞬考え、三瞬くらいで、「ああ、君だったのか」となります。「君ならいいよ」となります。むしろ「君に会いたかった」とさえなります。
彼らは訴えかけてきます。
「茶色ですが、買ってくれませんか?」
と。それで、私は注文します。
「若鮎を三匹ください。あ、それと、鬼まんじゅうを二つ、お願いします」
鬼まんじゅうは二つ。若鮎は三匹。
どうしても、彼らは「匹」になってしまいます。焼き菓子なのに、活きていたかのように思えてしまいます。このように考えてしまうのは私だけなのか、と不安に思っておりましたが、後日、スーパーマーケットの和菓子コーナーで、パック入りの若鮎を見て安心しました。ラベルシールに「4匹入り」と印字されていました。
梅に包まれた鬼と鮎の重み
鬼まんじゅう二個と若鮎三匹は一包みにされました。鬼と鮎の異種極まった同棲です。ひとなつのあやまち、では許されないような背徳感です。
早く別れさせなければいけません。どっちから引き離すか、と言ったら、やはり鬼からでしょう。
ごつごつしているから鬼
でこぼこの形ゆえに、「鬼」と言われていますが、表面はつやつや、ほんのりと甘く香ります。天然の嫌みの無い香りです。しかし、現実世界では、得てしてこういう存在の方が鬼だったりします。
つやつやもっちりが魅力です
鬼まんじゅうは、いきなりかぶりつくと楽しさがやや落ちます。一度、半分に割りましょう。
お芋のほっくりも魅力です
断面の黄色のお芋の楽しいのなんの。
鬼まんじゅうは、ごつごつを表出させているお芋が多い方が好きです。ぽくぽくとした食感がねっとりに変わり、柔らかい甘みを残して、少しのどに詰まりながら去っていく。この一連の動きはお芋が多めでないと実現しません。
生地は、つなぎ、で良いのです。脇役。でも、にっちり、としたつなぎが無いのもいけません。にっちり、と、ぽくぽく、が、交じりあって、大人しいけれども雄大な甘みが展開されます。
のどの詰まりを冷茶で流して、若鮎に行きましょう。
大ぶりな若鮎
ご覧の通り、若鮎は茶色の焼き菓子です。本来、涼しさを有しません。有すはずがありません。しかし、有しました。全ては、その体に刻み込まれた焼き印です。
焼き菓子に、焼き印がプラスされているにも関わらず、涼しいのです。山間の清流を想起させ、ここには無いはずのせせらぎを聞かせしめる鮎の絵の力。
名前も良いですね。「若」とはよく付けたものです。これが「鮎菓子」などという名前でしたら、涼し度は、ぐん、と下がったでしょう。
体長14cm、おなか周り9cmの、ぷっくりとした若鮎を横たえます。描かれるだけでこうも涼しくなるのか、と改めて驚かされます。
並べてみると……
彼らはどこかを見ています。二匹並べたのに、何故だか寂しそうな目です。あどけないようでもあります。
どこか寂しげな……
ああ、寂しい。こんな目をした彼らを食べて良いのか。
食べましょう。もう、この目を見ていられません。
一匹取り上げ、頭からぱくり、と。
どら焼きやパンケーキと同じく、表面のさっくり、が歯に伝わり、気泡のふっかり、が分かると、ねちもちっ、がやってきます。
中は求肥。若鮎には、求肥のみと餡入りがありますが、私は求肥のみの方が、なんとなく、若い感じがしていいなあ、と思います。
梅花堂さんの若鮎は、皮の生地は少し甘みが強めで、玉子の風味がしっかりはっきりしているように感じました。
求肥はしっとりと粘り。ほっくりとした皮とは対照的な食感です。つややか、きらきら水面のような涼しさ。それは内にあり、表に出さない。その慎ましさが寂しげな顔を、また思い出させ、涙をこらえて、しっぽをぱくり、と。
炊きたてのお米のような艶
「見立て」で涼しくさせるお菓子の優しさを感じながら、お皿に乗せなかった三匹目を、もぐもぐ、と。
……と、これを書き始めたのが、一ヶ月ほど前です。「後で、後で」と、先延ばしをしているうちに、暦の上の秋が、肌で感じられる秋になりました。
この夏、私は、若鮎を何匹も食べました。何件かの和菓子屋さんに行き、いろいろな寂しい目と会いました。
それぞれのお店で、
「いつ頃まで若鮎はありますか?」
と、お訊きしました。
「毎年、八月いっぱいくらいですねえ」
「お月見の前には無くなってしまいます」
というお答えでした。ここ数日の間、和菓子屋さんのショーケースを見ましたが、「若鮎」の札は、もうありません。
今宵の円い月を眺めながら、また来年会おう、と、あの目を思い出しました。寂しいのではなく、「夏は、おなか、大事にね」といたわってくれる優しい目だったことにようやく気づきました。
◎店舗・商品データ
・商品データ
商品名:若鮎
価格:¥130
商品名:鬼まんじゅう
価格:¥120
・店舗データ
店舗名:梅花堂
住所:名古屋市千種区末盛通1-6-2
営業時間:8:00-17:00
定休日:不定休
アクセス:名古屋市営地下鉄・覚王山駅1番出口から本山方面(東方向)へ約50m。
更新履歴
2018/05/21
画像のリンク切れを修正しました。
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