すわ!くりきんとん(栗きんとん:すや)
私が中京地方に移り住んでから不思議に思ったことの一つです。
この地方の方々は、秋を感じると、栗きんとんを召し上がる、ということです。
九州に住まっていた頃は、栗きんとんのテレビCMというのは見たことがありませんでした。他の中京地域外でも見たことがありません。
栗きんとんと言えば、おせち料理の中に入っていて、栗が一粒、もしくは半粒入っている、金色に輝く練物しか思い浮かびませんでした。ところが、中京地方では、それはおせち料理の栗きんとんであって、秋の栗きんとんは別物なのだそうです。そして、秋はその別物の栗きんとんを召し上がることが恒例になっているらしいのです。
私も既に名古屋に住まい始めてから4年半になろうとしています。そろそろ、この恒例行事に参加することが許されるような気がしてきました。
そこで、先日、岐阜に住まっている友人に「最近、栗きんとんが気になっている。お正月のじゃなくて、この地方で秋に食べる栗きんとんが。私は栗きんとんは、おせちの黄色くて甘いお菓子のしか知らないのだけど、あれとは違うものなのか?」と問いかけましたら、「違う。おせちのは、栗のじゃない栗きんとんでしょ。あれじゃなくて、栗の栗きんとんがあるのだよ」という教えを受けました。そして、
「栗きんとんなら、『すや』だよ。私、『すや』の栗きんとん食べたくなってきた。買いに行ってくる」
と、百貨店へと向かいました(この時、既に夕方だったので、売り切れで友人は購入できなかったそうです。しかし、後日、無事入手した。そして食したという連絡を受けました)。
『すや』。
不思議な響きです。秋になると栗きんとんをいただくという恒例行事の不思議さと同じくらいの不思議さです。
『すや』。
しかし、中京地域に長年住まっていらっしゃる方々には、お馴染みのお店なのだそうです。
『すや』
繰り返すと、だんだんと心地良くなってきました。「す」と「や」から、清流と紅葉が目に浮かんできました。そのせせらぎの音に誘われるようにして、私も、「さあ、栗きんとんへ!」という気分になってきました。
包装紙の表面に「栗なっと」と書かれていますが、折り目の部分にちゃんと「栗きんとん」と書いていました
「栗なっと」も気になりますが、今回は「栗きんとん」をいただきます。
包装紙を取り、白い箱を開けると、白い包み紙で、きゅっ、と上をしぼった小袋が整然と並んでいます。可愛らしいです。お正月の栗きんとんには無いたおやかさです。
これを開けると、ふわりと滋味に満ちた香りが立ちます
上でしぼっている紙を解くと、茶巾しぼりになっている、明るい黄色の丸いものが、ころり、と出てきました。
おっ、確かに、私の見知った「栗きんとん」ではない!
黄金色ではありません。ねっとりとしたペーストに栗が丸々入ってもいません。これは、確かに、全くの別物と見るべきでしょう。以下、「栗きんとん」の表記は、私が新しく邂逅した、この茶巾しぼりになっている丸いお菓子を指すことといたします。
素材を生かした風貌
「すや」さんの栗きんとんは、まさに栗の実色、ほくほくに茹でたあの栗の実の色です。薄いベージュです。上から見ると、楕円状になっており、長径は約40mm、短径は約35mm、底から頂点までの高さ約20mm。
ちょっと濃い黄色の粒が効果的
中を見てみましょう。栗を栗としての最小限のレベルの大きさの粒にして、それを練ってゆるく固めています。そして、その再び整えられた栗の粒のところどころには、約2,3mm角の栗の粒が入っており、食感が単調にならないようにされているようです。
それでは、いただきます。
と、ここで、迷うのが、手づかみか、くろもじを使うか、です。半分にした写真を撮るためにくろもじを使いましたが、果たして、このままくろもじを使って良いものか。くろもじで、この「ほろほろさ」を支えきれるのだろうか。お皿から口に移動するまでに、崩落するような気がしてなりません。そういえば、テレビCMでも指でつまんで召し上がっていたような覚えがあります。
郷に入っては郷に従え。手づかみでいただきます。
崩落の危険は回避でき、無事に栗きんとんが口へと移動できました。
まず、茹で栗のような「ほくほく」「ほろほろ」とした食感が伝わります。おや、これは、栗そのものじゃないか、と思っておりましたら、瞬く間に栗きんとんは口中の水分を吸収し、しっとり、ねっとりとした食感に変わります。最初の「ほくほく」「ほろほろ」の食感は、一つ間違えば「粉っぽい」となりそうですが、そのラインを割らずに「ほくほく」を実現させる妙技を見せてくれます。
「ほくほく」「ほろほろ」から「しっとり」「ねっとり」の食感へと移る間に、「ぽくぽく」とした2,3mmのあの栗の粒の食感が出てきます。あくまで主役は、前者の食感で、小粒の栗は主役を際立たせつつ、味わいの変化をしっかりと見せてくれる、見事なバイプレイヤーっぷりを発揮しています。
しばし、「しっとり」「ねっとり」で口を躍らせていると、森の甘みともいえそうなお味が口いっぱいに広がります。もちろん、お砂糖で味付けされていて、その甘みがかなりあるのですが、お砂糖が、栗としての甘さを追い出しても、消してもいません。なおかつ、栗としての甘みが長い間続くのです。この甘さがかなり強いです。栗の微細な粒子が舌の各所に柔らかい刺激を与えて、そこから離れないからでしょう。
もう、このあたりまでくると、口の中の水分はすっかり、栗きんとんに持っていかれています。水分を吸った栗きんとんはさらに「ねっとり」を増し、のどの奥にまで、甘さを与えます。かなりの「質量感」です。あの小粒の栗きんとんにこれほどの、たくましさがあるとは思いもよりませんでした。これが「森の力」なのかもしれません。
口、舌、のどに軽く残る栗きんとんを、日本茶で緩める至福。はー、たった一個なのに、おなかいっぱいです。たらふくです。しかしながら、次の一粒に伸びる私の右手。ボリュームがあるのにやめられないお味。箱に貼付されていた「原材料名」を見ますと「栗、砂糖」のみです。まさに直球勝負。このシンプルさから、あれほどの複雑な味わいを作り出す栗きんとん。この地方の方々に愛される訳が分かったような気がします。
私の疑問を解決してくれるウェブページがありました。おなじみのWikipediaさんです。以下、引用いたします。
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栗きんとん
この項目では岐阜県東濃地方名産の和菓子である栗きんとん(栗金飩)について記述しています。サツマイモを炊いて練り、栗の甘露煮を加えて作り、おせち料理などに入れられる栗きんとん(栗金団)については栗金団をご覧ください。
(Wikipedia「栗きんとん」の項目)
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なんと、私が今まで「栗きんとん」だと思っていたものは、「栗金団」。今回いただいたものは、「栗金飩」。違う漢字が当てられていたのです。つまりは別物扱いだったのです。
また、「東濃地方のうち中津川市・恵那市が主」(Wikipedia「栗きんとん」の項目)ということで、中京地域でこれほどまでに浸透しているのも納得いたしました。
「手作業のため(中略)まれに栗の渋皮が入る事がございます」それもまた好し!
◎店舗・商品データ
・商品データ
商品名:栗きんとん(6個入り)
価格:¥1260
・店舗データ
店舗名:すや 松坂屋本店・直営店 (名古屋ではジェイアール名古屋タカシマヤ(直営店)でもお取扱いされています)
住所:名古屋市中区栄3-16-1 松坂屋本店・本館地下1階
営業時間:10:00-20:00
定休日:松坂屋本店に準じる
公式サイト:http://www.suya-honke.co.jp/
アクセス:名古屋市営地下鉄・名城線・矢場町駅6番出入口直結。
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コメント
>みんたさん
そこまで著名なのに、すやさんのことをこの秋まで知りませんでした。聞いていたのかもしれませんが、栗きんとんに興味が向いていなかったので、聞き流していた可能性もあります。失敗でした。
中京地域の方々は並々ならぬ栗きんとんの想いがあるようですね。圏外者からしたら「ここじゃないとダメ」ということに「凄いな、この想い」という感を抱きます。
すやさんの日持ちは3日なので、生菓子にしては案外もつな、と思いました。すやさんの他のお菓子も、他のお店の栗きんとんも美味しそうでした。最近、和菓子にやや心が傾いています。
投稿: 桜濱 | 2008.10.17 01:03
「すや」さんが来ましたね。ああ秋だわ…。ここ10年くらい東濃の栗菓子に参っているのですが、地元の方にうかがうとまずこちらのお店の名前があがりますね。わたしは他のお店のものを同じように美味しくいただいているのですが、「絶対すやでなければだめ!」とおっしゃるかたもあり…よそ者なのでまあいいか、と思っています。恵那の川上屋さんのものも、おみやげにしたところお茶をやっている知人には受けがよくて、あとでお茶会で出すために送ってもらったとききました。関東でもよく知られている名産栗菓子は信州小布施の羊羹や落雁が主なので、美濃の栗きんとんは別世界ですよね。
栗きんとんは保存がきかないので地方発送はしていないお店もありますから、デパートで買えるのはいいですねえ。わたしもそろそろ、おなじみの店にメールをすることにします。
投稿: みんた | 2008.10.16 08:42