多くの方は、この文章をパソコンの画面を通して読んで下さっていると思います。もしかしたら、プリントアウトしてまでご覧下さっている方も、いらっしゃらないとも限らないと思っています。いや、いないでしょうか…。いや、少しは私めに「いる」と希望を持たせてやってください。
しかし、仮にプリントアウトして読んでくださる方がいたとしても、文章だけをワープロソフトなどにコピー&ペーストして、縦書きに変更してから印刷するという手順を踏んで読まれる方は皆無だと思います。
●書字方向とは何か?
画面上で読む場合も、印刷したものを読む場合も、横書きの文字を左上から右下方向に読み進めるはずです。右から左に読んだり、無理矢理縦に読んでも、何が書いているのやら、さっぱりわけが分からなくなります。
このような、ある言語体系において、正しく文字を読み進めるための方向のことを「書字方向」と呼びます。現代の日本語の場合、左から右に読み進める「左横書き」と、上から下に読み進める「縦書き」が併用されています。パソコンやワープロの普及によって、今後は左横書きが主流となり、特定の場面で縦書きが用いられる形態になっていくと考えられています。
以上の書字方向に関する考察は、屋名池誠著『横書き登場―日本語表記の近代―』(岩波新書)でなされているものです。日本では長い間、縦書きのみで表記されていたのですが、19世紀初頭に西洋の影響を受けて、初めて日本語の横書きが登場しました。その後は、左右の書字方向が混在していた時期がしばらく続いたのです。
ここで、「もっと昔に書かれたもので、右から左に書いてるものを見たことある」と思われる方もいらっしゃることでしょう。「山火林風」なんて書いてある額がありますね。でもそれは「一行一字の縦書き」と考えなければならず、二行以上にわたって書く場合は必ず、縦書きをしていたらしいのです。

横書きに見えても横書きではない
そうなのです。左右どちらから書くにしても、日本語の横書きは登場から200年しか経っていないのです。でも、現代の日本で、右から左方向に書く「右横書き」の文章を見ると、とても古臭く感じ、太古の昔から続く書き方のように見えます。これは、戦後に一気に広まり、横書きの大勢を占めるようになった「左横書き」に、私たちが馴染んでしまったせいでしょう。
●車の右横書きがなぜ面白いのか?
そんな「右横書き」衰退の現代にあって、右横書きが多用されるケースがあります。それが「車体右側面上右横書き」です。有名な例を一つ挙げてみましょう。

右横書き代表「ターャジス」
「スジャータ」のトラックの右横書きは、多くの方が目にされたことがあると思います。あの村上春樹さんも「スジャータ」の右横書きに言及されたことがあると聞いています。
なぜ車体の右側面上には右横書きがいまだに根強く残っているのでしょうか。『横書き登場』によると「人間は、身の回りに自分の似姿を見つけださずにはいられない習性をも」つため、乗り物にも進行方向から頭と尾を見て取り、「乗り物の頭に文字の列の末尾がくれば、落ち着きの悪さを感じないわけにはいかない」からだということです。
現在、「左横書き」が主流となっているが故の「左→右書字方向」の自然さと、人間の習性に基づいた「左←右書字方向」の自然さが拮抗することにより、右横書きには一種独特の混沌状態が生まれ、そこに思わず目を惹く力が宿っていると考えることができるでしょう。
では、この魅力的な「車体右側面上の右横書き」の世界を詳しく見ていくことにしましょう。
●内容による右横書き分類
・パターン1―「社会式株」型(社名型)
街で目にすることが最も多いのが、このパターンです。「○○株式会社」などの社名が右横書きをされているものです。

パターン1の例1(「社会式株」型)

パターン1の例2(「社会式株」型)

パターン1の例3(社名型)
・パターン2a―運送会社
「社会式株」パターンに近似しており、一部は重なっている場合もあります。
これは「運送会社のトラックの右側面上の横書きは、右横書きの場合が多い」というものです。このパターンの代表格は、なんといっても「佐川急便」のトラックでしょう。

パターン2a・佐川急便銀版O型

パターン2a・佐川急便銀版K型
佐川急便のトラックの右横書きには数種類の別あることが分かりました。私はこれを「銀版O形」「銀版K型」(Oは大人の飛脚、Kは子供の飛脚)「青版」と呼ぶこととします。なお今回、青版は写真に収めることができませんでした。青版では、ローマ字の社名は左横書きですが、「車ドッリブイハ」などの付加文が書かれていることがあります。(2006.02.23追記:青版の左横書き付加文は見間違いだったようで、このレポートの以降、何度も佐川急便青版を見ましたが、すべて右横書きでした。訂正して、お詫びいたします) 運送会社パターンは他にも、このようなものがあります。

福山通運の右横書きもよく見かける

カンガルーの絵が描かれているため読み間違いは少ない

地域限定型か?
もちろん、右横書きではない運送会社も多くあり、「ヤマト運輸」「引越しのサカイ」の各社などは左横書きです。

左横書きの運送会社も数多い
「日本通運」は大半が左横書きなのですが、例外的に右横書きのトラックも存在しています。

日通の左横書きと右横書き
・パターン2b―建築会社
建築会社の車もまた右横書きの多数派です。こちらは当然のことながら「建」の字が目立っています。

一般的な建設会社の車の右横書き

やや特殊例。技ありのアメリカ人「トム」が想起される
パターン2の特徴は、
・パターン1との複合型が多い。
・社名には太くて硬いイメージのフォントを使っている。
・社名のみの場合が多い。
が、挙げられるでしょう。
以上の2パターンは、よく見かけるだけあって、やや面白さに欠けるきらいがあります。しかし、これらのパターンも次の要素が加わることで格段に面白さが上がる場合があります。
・パターン3―アドカー
アド、つまり広告に類する文句が右横書きで書かれていると、その車の魅力が急上昇するのです。たとえばこちら。

中央の右横書きが「アド」要素
この右横書きはパターン1とパターン2bの複合型なのですが、社名の右側に取り扱い業務が右横書きされています。注目すべきは2行目の「事工スンェフ」です。言うまでもなく「フェンス工事」の意なのですが、右横書きすることにより「工事」と読み取り難くなり、「工(こう)」ではなく、カタカナの「エ」と読んでしまうのです。そうすると「えすんぇふ」という語のようにも見え、まるでロシア語を読んでいるかのような気になります。これは非常に高い「言語ポテンシャル」を持つ右横書きなのです。
パターン3はパターン1,2に比べると、「読み」を要求する右横書きです。こちらはどう読むべきでしょうか。

漢字2行書きをどう読むか
漢字で大きく、取り扱い品目が2行で書かれています。疑うことなく「小麦粉」に「手延麺」なのですが、しばらくじっと見続けてください。だんだん中国語のように見えてきます。「ふんばくしょう」という人が思い浮かぶはずです。その人は「麺延手」と呼ばれる職人さんなのです。こちらもまた、潜在的なインターナショナルの要素を含む右横書きだったのです。
次は少し雰囲気が違うアドカーパターンです。

おなじみのブランドが大変化
CMでおなじみのあのブランドも、右横書きすると「勝十」に「治明」のように男性の名前に変貌するのです。また、右下の取り扱い品目もご覧下さい。「ムーリクュシッレフ」と「ムーリクスイア」。「エスンェフ」と同様、最後に「フ」が付くとロシア語っぽくなります。「ムーリ」という語も、人名に使われていそうです。「『ムーリ兄弟』っていう体操選手がいたような…」という気にさせられる右横書きです。
●文字種別による右横書き分類
ここまでは、パターン1〜3の内容による右横書きの分類を見てきました。右横書きはさらに、漢字、ひらがな、カタカナ、アルファベットの「文字種別」によっても分類することができます。実際は複数の文字種が使われて右横書きを構成している場合がほとんどです。文字種別による分類では、右横書きの中で主要な役割を担っている文字種を「種名」として挙げることにしました。
・漢字種
パターン1,2は漢字種であることが多く、「パターン1,2≒漢字種」としてもほとんど問題はありません。したがって、漢字種の右横書きは面白さの面では、他の種に引けをとると言わざるを得ません。その分、漢字種で面白さがある右横書きは貴重であるとも言えます。

貴重な行書体漢字種の右横書き
「御影」が右横書きされ「影御」となっています。行書体で書かれていることもあり、「影御」という単語が存在しているかのような錯覚に陥ります。この幻惑的な右横書きはたった二文字でありながら、江戸川乱歩の世界に到達していると言っても過言ではありません。
・カタカナ種
社名にカタカナ語が使われていることが多い現在では、ひらがな種よりも多く存在している種です。この種は右横書きになっていることで、原語とは異なる言語のように見えるという特徴を有しています。最初に挙げた「スジャータ」が好例でしょう。

遠い大地を思い起こさせる
世界には「ン(n音)」が語頭に置かれる言語が使用される地域もあります。「ンコマナ」は日本語を母語とする人にとっては、発音がしづらい語です。それゆえに異国感を強く有する右横書きになっているのです。また「生コン」と書かれるタンクローリーは多いのに対し、「ナマコン」は数が少なく、その面でも貴重な例だと言えます。

地球外の言語か?
こちらは上記の例とは対照的に、長い語を右横書きしているために、原語の意味が取りづらくなり、未知の言語で使われる単語のように見える例です。「ムエ・イア」の部分がボクサーにいそうな雰囲気を出しています。
同じ人名に見えるカタカナ種でもこちらは日本人です。

日本人には親しみやすい右横書き
芸名で見かけたような気になる右横書きです。
・ひらがな種
カタカナの役割の一つに「外来語の表記」があります。一方ひらがなは、汎用的に用いられ、カタカナよりもはるかに広い使用範囲を持っているため、ひらがな種は和語や長い文章のものが多くなっています。

こちらは一般的なパターン1だが…
この車の前ドアに書かれた右横書きは、典型的な社名パターンなのですが、

後ろは綺麗にまとまったひらがな種だった
後ろの右側面には、ひらがな種(和語型)の右横書きが記されています。赤色の部分は「かぶと印」という語が元なのですが、右横書きにすることで「印飛ぶか?」となり、語から文章へと大転回をするドラマが秘められていたのです。
この写真には有名なねずみと思しき人形が窓の内側から顔を覗かせていますが、右横書きとは関係ありません。

ここまでひらがなにこだわった右横書きも珍しい
こちらは、純粋なパターン3(アドカー)で、ひらがな種(長文型)に分類されるものです。
冒頭のカタカナで書かれた「!ラア」に、まず驚かされます。これほど印象強い導入部を持つ文章は他に例がありません。続く「んはごくゃにんこ」に至っては「蒟蒻御飯」の意味は完全に崩壊し、楳図かずおのマンガに出てくるギャグのような響きになっています。そして3行目「けだく炊にょしぃい」でクライマックスを迎えながらも、「と米お」で唐突かつ理不尽な終局としたこの右横書きは、わずか23文字で不条理な世界観を表現した掌編小説であるとも言えるのです。
・アルファベット種
もともとアルファベットを使う西洋語は左横書きであるため、右横書きにすることは、本来表現したいものの意味さえも崩壊させてしまう結果となるため、不可能なのです。しかし、それを強引に右横書きにしたものも僅少ではありますが存在しています。

アルファベットが社名を構成していたために成り立った右横書き
「OTOT」の元である「TOTO」という社名は、日本国内で広く知られている会社名であるため、アルファベット種の右横書きであっても、かろうじて意味が保たれていると考えることができるでしょう。しかしながら「OTOT」の右横書きは、それを目にした人に、本来の意味を離れ、思わず「おとっと」とつぶやかしめる力を持っています。
●右横書きの秀作を鑑賞する
ここまで見てきた「車体右側面上右横書き」のパターン・種別の分類と考察をふまえて、文学性を持ち、芸術点の高いと思われる右横書きを鑑賞したいと思います。

連想を引き起こす右横書きは面白い
パターン3(アドカー)・漢字種の右横書きです。ここではあえて後半の「岩平」を主要部分と見て漢字種としましたが、助詞「の」の効果、「ルーボ」の音の良さをそれぞれ主眼としてひらがな種、カタカナ種とすることも可能でしょう。
「だんのがんぺい」という音からはある人物が連想されます。『あしたのジョー』の主要な登場人物「丹下段平」です。元の左横書き「平岩の段ボール」からは、なかなかその連想には行き着くことができません。
右横書き鑑賞の重要点として「別の存在への連想を導き出す」ことを挙げることができるでしょう。

主客が転倒することで生まれる面白さ
短いながらも、完成度の高い右横書きです。パターン1(社名型),3(アドカー)複合・ひらがな種に分類します。社名がどちらから読んでも成り立つように見えることから漢字種に分類しても良いと思いましたが、助詞「の」の働きが大きいと見てひらがな種としました。
これも元の意味が薄れ、「本杉という人の肉であると所有権を主張している」ようにしか見えません。「肉の所有を巡って何があったのだろうか」と思わずにはいられない、ドラマ性を含んだ右横書きです。

全体が複雑な様相を呈している右横書きMVP
5ヶ月にわたる観察で出会った中で、最もすばらしいと思われる右横書きです。これを見つけたときはあまりの嬉しさで、10枚ほど写真を撮ってしまいました。パターン3(アドカー)・ひらがな種、漢字種複合型に分類される、長文型右横書きです。
車体右側面上右横書きで、ここまで大々的に業務を主張しているものは稀有な存在です。文字を出し惜しみすることなく、ひらがな、漢字を交え長文を配している車体は美術的な価値をも見出せます。
●「車体右側面上右横書き」の鑑賞の意義
「車体右側面上右横書き」では「別の存在の連想を導き出す」ことが重要であると述べました。この連想は、「車体右側面上右横書き」が元々の意味と音のつながりを緩め、あるいは切り、新たな意味と音の結びつきを求めていることから促されていると考えられます。
人は何の意味も持たない文字の列に不安感を抱くため、「車体右側面上右横書き」の音と、それに似ている語の意味とを結び付けようとします。それが「『〜っぽい』右横書きだ」という感想につながるのでしょう。
右横書きを楽しむということは、新たな言葉を探求し、意味を創造する楽しみなのです。
参考文献
屋名池誠『横書き登場―日本語表記の近代―』 岩波書店 2003年11月 ISBN4004308631

ほめられて伸びるタイプなので、押していただけるとすごく喜びます。
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