2011.04.29

エヌ氏力で話を短くする4つの心得「ボタンを押せない近未来人をアピールせよ」等

 Mars Photo(flicker)

 こんにちは。対宇宙人ネゴシエーションを専攻している桜濱です。私は微分積分も有機化合物の組成式も分かりませんし文系ですが、妄想科学小説に関してはプロフェッショナル。今回は、タイムマシンで未来に行っても、他の惑星に放り出されても数ページで解決できるエヌ氏力を身につけるための4つの心得を皆さんにお教えしたいと思います。

1.あえて2~3世代前の銀色の玉を赤い惑星に持っていく
 犯罪を犯したら処刑地の赤い惑星にあえて2~3世代前の銀色の玉を持っていくようにしましょう。そして、喉が渇いたら、独り言をつぶやきつつ、銀色の玉のボタンを見つめましょう。そして「あ~ん、この銀色の玉、チョームカつくですけどぉぉお~!」と言って、銀色の玉に「どうしたの?」と言わせましょう。言われたら銀色の玉の思う壺です。「銀色の玉とか詳しくなくてぇ~!これしか使うものがないから使っているんですけどぉ~!使いにくいんですぅ~!ボタン押したら爆発するかもしれないからぁ~!ぷんぷくり~ん(怒)」と言いましょう。だいたいの犯罪者は新しい銀色の玉を持ちたがる習性があるので、古かったとしても1世代前の銀色の玉を持ちたがるはずです。
 そこで銀色の玉が「どうして新しい銀色の玉にしなかったの?」と語りかけてくるはず(語りかけてこない銀色の玉は、空気と同じくらい大切なものだけどその時点でボタン連打OK)。そう言われた犯罪者のあなたは「なんかなんか~ぁ! 最近、ボタン星からの贈り物が人気なんでしょー!? あれってどうなんですかぁ? ボタンを押しても爆発のおそれがない銀色の玉が欲しいんですけどわかんなぁぁああい!! 私かわいそーな犯罪者✝」と返します。すると銀色の玉は「わたしでいいでしょ? ボタン星の機械は思惑が見え隠れしてるわよ。本当によく分かっていないみたいね。どれだけお水が欲しいの?」という話になって、次に銀色の玉のボタンを押す時は、また飢渇と死の恐怖に襲われているわけです。あなたのエヌ氏力が高ければ、幸せな気分のまま周囲が輝きに満ちるかも!?

2.宇宙船との交信では地球語を使うとおみやげをもらえる
 「キャー!」とか「悲しい!」などの表現は無理せずに地球語で言いましょう。他の銀河系の宇宙人は「どうやらこの星の住人は高い文明を持っていないな」や「私たちの星の技術で発展させてあげたいかも」と思ってくれます。宇宙空間では地球人の文明の程度の低さが増幅されて宇宙人に伝わるので、地球語を多用することによって、宇宙人は地球人が能力を無駄な使い方しかしない愚かな生物と認識してくれるのです。そういうキャラクターにするとほぼ絶対に鏡や壺から出てきた悪魔に呪われますが、気にしないようにしましょう。

3.とりあえずバーの女性には「それは何だい? 知りたいな」と言っておく
 バーなどで男がボッコちゃんに話すことは、ボッコちゃんの名前や年齢のことばかり。よって、ボッコちゃんにとってはどうでもいい話ばかりです。でもそこはマスターの対策済みで名前と年齢だけは答えられるようにしています。「ボッコちゃん」とか「まだ若いのよ」と返すと男はさらにボッコちゃんのことが気になります。ロボットだとばれたら終わりです。テンションを上げようにもロボットなので「えー! なにそれ!? 知りたい知りたーい♪」とも言えず、男に言われたことをおうむ返しする機能だけ。でもそれで正解。ロボットにはそもそも興味もなにも無く、やや突き放した単調な受け答えでその場を乗り切るでしょう。あとはバーのマスターがどうにかします。少し冷たい女子にも男は弱いのです。
 そのうち一人の男がいろいろ話しをするので、それを聞きます。
「覚えたかい」
「覚えたわ」
「メモしたかい」
「メモしたわ」
「本当はそうじゃないんだろう」
「本当はそうじゃないの」
「きみぐらい冷たい人はいないね」
「あたしぐらい冷たい人はいないの」
「飲むかい」
「飲むわ」
 と、一連の会話の後、ボッコちゃんは内蔵のタンクのモーターをくるくる回しつつ、口からキュンキュンキュンと男が薬を入れた酒を飲むはずです。男は「どうかしたかい?」と言うのもアリ。ボッコちゃんが「どうかしたわ」と言えば男のエヌ氏力アップ! そこで男は「勝手に死ねばいいさ」と思ってしまいます。ボッコちゃんはおうむ返しと酒を飲み続けるしかできないロボットですが、二足歩行するものよりも充分にモテたりするのです。バーに残された他の男性客は、酩酊感に浸りたいからと、マスターのおごりの酒を飲んではいけないですからね。

4.生活維持省に入ったら人間の心情を否定し計算機の判断の公正さをアピールせよ
 生活維持省では、何枚かのカードの中から、真っ先に、若い娘を持つ親を探して「あーん! 私あなたのお嬢さん光線銃で撃ちたくないんですよねぇ~(悲)」と言いましょう。するとほぼ100パーセント「いまでなくてもいいではありませんか」と聞かれるので、「撃ちたくないしお気の毒だとおもいますっ✝」と返答しましょう。ここでまた100パーセント「なんでこんな方針に従わなければならないのでしょう?」と聞かれるので、その質問の語尾にかぶせ気味で「人々が平和に生活できる社会のためは(中略)この方針を止めたら人口が増え、事故、無教育、騒音(中略)人間はもとよりヒヨコがピヨピヨとすら鳴けない世界になります。戦争です」と、いつも通り一気にしゃべります。

 その瞬間、あなたのエヌ氏力がアップします。きっと母親は「でも、でも…」としか答えることができず、あなたを「死神のような男だ…」と心の中で思い、あなたの振る舞いと生活維持の仕組みに絶望するはずです。あなたは、引き金をひいた後、同僚の運転する車に乗り込み、ポケットから次のカードを一枚ひっぱり出したら、「ああ、オムライスを食べながらがいいな」と言えば大丈夫です。「なんだい、いいな、っていうのは」と言われたら、「いいよ自分で決めた順番なんだから」と言っておけばOKです。

(文=対宇宙人ネゴシエーター・桜濱)

画像:flickr=http://bit.ly/jz9hx7

――――――――――

 お久しぶりでございます。
 最近、少々流行っているようで、それに乗っかり、やっつけ仕事で書いてみました。書いている途中で、元ネタの質の高さを再確認致しました。あまりに高いハードルです。
 前半は、オムライス文、の雰囲気をどうにか保てましたが、後半までは無理でした。
 何度読んでも、名文です。いいですね、星新一。

・参考
 モテる女子力を磨くための4つの心得「オムライスを食べられない女をアピールせよ」等
 (Pouch 2011/04/26 http://youpouch.com/2011/04/26/162331/



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2008.10.10

超人っぽい会社

 今年は漫画『キン肉マン』の29周年記念です。今、改めて『キン肉マン』の素晴らしさが語られています。
 そのような時、「どの超人が一番好きか?」は必ずと言ってよいほど俎上に上げられる話題だと思われます。
 皆様、色々なご意見があることでしょう。
 私は、ウォーズマンが好きです。あの憂いに満ちた存在に惹かれます。後に、正義超人、アイドル超人と呼ばれるようになりますが、元々は「残虐超人」に属していました。余りに非情なファイトスタイルからです。
 戦闘における最小限のフォルム、力強さ、寡黙さ。全てが憂いに満ちています。普段の口ぐせは、

コーホー
 息づかいが聞こえる…

です。まさに「ファイティング・コンピューター」の名に相応しい発言だと思います。
 彼のテーマ曲があります。タイトルは『悲しみのベアー・クロー』。歌詞は下記のリンク先をご参照ください。

 『悲しみのベアー・クロー(ウォーズマンのテーマ)』
 (「うたまっぷ」(http://www.utamap.com/)より

 あまりに、悲しい。あまりに、愁える。心痛止みません。

 ウォーズマンの必殺技は、ベアー・クローの他に、「パロスペシャル」というものがあります。『キン肉マン』で色々なキャラクターが繰り出す必殺技の中で、最も常人が真似しやすい必殺技の一つだと考えられます。実際、あちらこちらの学校で、児童・生徒がパロスペシャルを真似したようです。しかし、パロスペシャルは「必殺技」ですから、現実世界でも、たいへん危険な技なのです。これで怪我をした児童・生徒が多かったろうと推察されます。学校から「パロスペシャル禁止」の達しが出たところもあったと風の噂で聞いたような気がします。

 ウォーズマンは悪くないのに、禁止扱いになったのです。それを思うと、さらに愁いが増します。そして、ウォーズマンへの愛も深まります。


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2008.09.30

梓弓

 そういえば、朝の天気予報で、夕方くらいから雨が降る、って言ってたっけ。部屋、暗いもんね。もう降り始めてるのかもしれない。ああ、そうだ。「帰る頃には雨降るから、傘、持っていってね」って、声、掛けたんだった。あの人、傘、持っていってたかな。よく覚えてない。
 アズサは、反対側の壁にある掛け時計に目を遣った。暗い雲ばかりで、レースのカーテンだけを掛けている部屋には陽は入ってきていない。蛍光灯も点けていない。部屋のところどころにある家電が、待機を知らせるために、緑だったり、赤だったりの光を、小さく灯している。部屋を一番明るくしているのは、携帯電話の液晶画面だ。その光の力で、ようやく読み取った掛け時計の針は、まだ夕方間もない時間を指していた。
 まだだ。こんなに暗いのに、まだこんな時間なんだ。もっと待っていないと。
 時計を見るために少し起こした身体を、再び、ベッドにもたせ掛けた。
 いつからこうしていたんだっけ。何時から?何日前から?何週間前から?そう、三年前からだった。この時間が長いのか、短いのか、私にはわからない。毎日、ただ、こうしてベッドにもたれ掛かっているだけじゃない。朝は、ごはんを作って、あの人と食べて、見送る。天気予報を見て、雨が降りそうだったら、傘を持っていくように言って、暑そうだったら角を揃えて折りたたんだタオルハンカチを渡して、寒そうだったらコートを用意して。
 その儀式が終わったら、食器を洗って、掃除をして、洗濯物を片付けて、晩と明日の朝の食材が少なかったら、近くのスーパーに買いに行く。それで、午前中が終わる。同時に午後も終わる。もう、することが何も無くなっているから。あとは、あの人が帰ってくるのを待っているだけ。最初の頃、待つのは楽しかった。夕食を食べながら、私にはよく分からないあの人の仕事の話を聞くのも楽しかった。私は、あの人には分からないはずの、スーパーでの些細なハプニングなんかを話すのが楽しかった。あの人は、喜んで聴いてくれているように見えていた。
 今でも、そんな一日は何も変わっていない。だけど、どこか違う気がする。毎日していることが変わっていないから、余計に気になる。こんな気になるのはいつからだったかな。それは覚えていない。三年よりも短くて、一日よりも長い間にこんな気を持つようになったんだと思う。
 三年前は、そんな時間は無かった。違う。ほんの少しだけあった。茫漠とした時間は、私の一日に、一秒にもならないくらいの染みを付けていた。私が決めた私の仕事を全部終わらせて、あの人が帰ってくるまでの時間のどこかに、それがあった。
 テレビニュースで原油タンカーの事故を見たのは、いつだったかな。事故現場の海面には、深い海の底の船から湧き出してくる黒い油で膜が作られ、それが時間と共に広がっていっていた。私はヘリコプターからのその映像に見入った。それは、私だと思った。油でぬめる海面は光を反射して、ところどころ虹色に輝きながら、波に漂い、水平線のほうへ広がっていった。
 そこまで見たら、テレビも電灯も消して、ベッドにもぐりこんだ。あれは私なんだ。身体を洗っても洗っても、粘りのある黒い油は落ちない。どうしよう。あの人が帰ってくるのに。朝、せっかく床も水拭きしたのに。毎日毎日そうしているのに。どうしよう。こんな体は見せられない。
 アズサは携帯電話を掴み取り、番号を登録しているあの人のボタン押した。そうしたら、全身を包んでいた布団の中がまぶしいくらいに明るくなった。液晶の光が、体を包んだ。すると、波が引くように落ち着いていった。
 それから、どれくらいケータイを抱いていたんだろう。いつの間にか眠ってしまってた。目覚めた時は、夕暮れだったな。
 アズサは、急いで起きて、携帯電話をベッドの上に放って、夕食の支度を始めるために、蛍光灯を点けた。初めて一緒に撮った写真の待ち受け画面は、その光に紛れてしまった。
 それから、毎日、午前中の仕事を済ませると、携帯電話を持って、布団をかぶり、眠った。
 眠っている間は、黒い染みは消えていた。しかし、目が覚めた後は、頭が働かなかった。このままじゃいけない、とだけは思って、ベッドから降りるのだけど、立ち上がれない。座り込んで体を投げ出すようにベッドにもたれ掛かった。あの人が帰ってくる、そのことだけを思って、ただ力なく座っていた。
 カーテン、閉めないと。陽の光はもう無い。雲はもっと深くなっていっているみたい。窓の外は、ただわずかな白を含んだ灰色があるだけだ。
 枕元に置いた携帯電話が、振動音と光を放った。この振動パターンはあの人のものだ。

From:優哉
Subject:無題
帰ったよ。カギ開けて。

 部屋のカードキーは、一枚しかない。合鍵を作ろうか、と話したけど、あの人が帰る時に、私がいないことは無いということ、それに、カードキーの合鍵は、作るのに手間が掛かると入居時に不動産屋から聞いていたことから、合鍵は作らないままだった。カードキーは私が持つことにして、あの人は、マンションの玄関前に着いたらメールを送り、それを見たら、部屋の中からオートロックを開けるようにしていた。そして、毎日、私はあの人が帰る時間は部屋に居た。
 アズサは携帯電話の液晶画面をちらりと見ただけで、立ち上がろうとはしなかった。数分後、再び、振動音が鳴った。

From:優哉
Subject:無題
帰ったよ。カギ開けて。

 繰り返し。文面をケータイに登録してるんだろうな。
 外で葉が鳴り始めた。やっと雨が降り出したんだ。雨が降る前にあの人は帰り着いたから、朝、傘、要らなかったな。細かい水音が、徐々に膨らんでいく。

From:優哉
Subject:無題
どこに出かけてる? まだ帰られないの?

 心配してる。でも、私の心配、自分の心配、どっちなんだろう。

From:優哉
Subject:無題
帰ったよ。カギ開けて。

 私って何なのだろう。鍵を開けるため無題の人ってどんな人? 雨の音が頭に響く。

From:優哉
Subject:無題
男か?

 「男」って誰のことなんだろう。うん、そうね。男よ。さっきまで一緒にベッドにいたの。いつからか忘れたけど、毎日毎日、私を明るく包んでくれてた。安心して眠れた。だから、今までここに居ることができたんだと思う。でも、あなたの考えている「男」とは違う!

To:優哉
Subject:おかえり
ずっと待ってたよ。今、開けるから

From:優哉
Subject:無題
前から分かってたよ。もう、僕がいなくても梓はいいんだと思う。梓は僕に縛られることないよ。今、梓に必要なのは、僕じゃないんだ。君を必要としている人のところに君の心を置いていなければならない。もう僕の役割は終わったんだよ。楽しかったよ。ありがとう。

 「おかえり」って言ったのに、「いなくてもいい」ってどういうこと。いないと駄目に決まってる。ずっと一緒にいたでしょう。さっきも一緒にいた。私を明るく照らしてくれていたのは、あなたじゃない。勝手なこと言わないで。

To:優哉
Subject:おかえりおかえりおかえり
おかえりなさい。開けるから、おくなったけど、ばんごはんつくるまってててあけるから、あしたもごはんつくれしそうしもせんたくもそのあといっしょにねむらないといけない

 雨がますます強く葉を叩いている。アズサはレースのカーテンを開けて、ベランダから身を乗り出す。朝、手渡したバーバリーチェックの傘が遠ざかっていく。
 アズサは携帯電話を握り締め、部屋を出た。エレベーターは待てない。数階分の階段を駆け下りる。内側から鍵を外し、雨水をはじいているアスファルトを走る。裸足にアスファルトが絡みつく。タンカーの油が思い出された。
 なんで、追いつかないのだろう。痛い。さっきから何度か転んでいるような気がする。あれ、変だな。私、走っているのかな。
 温かい雨が髪を伝い、口に入る。
 ああ、そうか、私、倒れてるんだ。だから痛いんだ。だから痛くないところなんてないんだ。

To:優哉
Subject:Re:
朝も、昼も、夜も、一緒にいてくれてありがとう。大事にしてくれてありがとう。私も同じくらい大事にしてたと思うんだけどな。だって、いつもあなたと一緒にいたよ。すぐそばにいつもいたよ。あなたはそれを見てないけど、そうだったよ。そうだったんだよ。あなただけの一日だったんだよ。それを見てないのに、何故「役割は終わった」なの?終わったことなんて何も無いよ。

 早く、これを送らないといけない。
 アズサは雨の滴る左手を開いて携帯電話の画面を見た。黒い液晶画面しかなかった。どのボタンを押してもあの明かりは点らなかった。ただ、油と夜が詰め込まれた黒だった。

――――――――――

 こちら↓のブログ記事を参考にして、私も書いてみました。
http://blog.goo.ne.jp/koneeta/e/0a5c0cb24c588de73c6e5c74f1868e48
http://blog.goo.ne.jp/koneeta/e/73fe2117704983433c8d8e10770caf9f
http://blog.goo.ne.jp/koneeta/e/696676f689923c5b8d4e5aec4b73235a

 『伊勢物語』第二十四段の「翻案」です。原文はこのようになっています。

―――

 第二十四段 梓弓

 昔、男、かた田舎に住みけり。男、宮仕へしに、とて、別れ惜しみて行きにけるまゝに、三年来ざりければ、待ちわびたりけるに、いとねむごろに言ひける人に、今宵あはむ、と契りたりけるを、この男来たりけり。この戸あけたまへ、と叩きけれど、あけで、歌をなむ詠みて出だしたりける。
  あらたまの年の三とせを待ちわびて
  たゞ今宵こそ新枕すれ
と言ひ出したりければ、
  梓弓真弓槻弓年を経て
  我がせしがごとうるはしみせよ
と言ひて、往なむとしければ、女、
  梓弓引けど引かねど昔より
  心は君によりにしものを
と言ひけれど、男帰りにけり。女、いとかなしくて、後にたちて追ひゆけど、え追ひつかで、清水のある所に臥しにけり。そこなりける岩に、指の血して書きつけける。
  あひ思はで離れぬる人をとゞめかね
  我が身は今ぞ消えはてぬめる
と書きて、そこにいたづらになりにけり。
(神野藤昭夫・関根賢司編 『新編 伊勢物語』 おうふう 平成11年1月 より引用)

―――

 古典を現代風に翻案するというのを、『今昔物語集』で出来ないかと考えておりましたら、『伊勢物語』のものがあると分かりましたので、力試しのつもりで取り組んでみました。
 慣れない書き方なので、いろいろと突っ込み可能なところがあると思いますが、大目に見ていただければ、ありがたく存じます。

 歌の解釈とその翻案が難しかったです。


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2006.07.14

助詞「ゎ」の効果 ―「ギャル文字『ゎ』の一般化の可能性―

 「わたしは買い物をしたかったけど、彼は海へ行こうって言った。」

 上の文章は何の変哲もありません。これを、少々変えてみます。

 「わたしゎ買い物をしたかったけど、彼ゎ海へ行こうって言った。」

 助詞「は」を「ゎ」と表記した文章を最近良く見かけます。特に若い女性が書いたと思われる文章によく現れるようです。この現象は、音韻(発音)と、仮名遣い(書き文字)を一致させた結果と考えることができそうです。

 歴史的仮名遣いと現代仮名遣いでは、音韻と仮名遣いが異なるものがあります。「顔」は、「かお」と発音しますが、歴史的仮名遣いでは「かほ」、同様に「火事」は「かじ」と発音しますが、歴史的仮名遣いでは「くゎじ」と表記していました。
 このような、音韻と仮名遣いの差は、現代では埋められていき、音韻と仮名遣いが一致するようになってきました。

 しかし、現代でも、音韻と仮名遣いが一致していない、しかも、それがごく自然に、多く使用されているのです。その代表格が、助詞の「は」「へ」「を」です。
 小学校に入学してすぐのひらがなの書き方で「『は』は『は』と言うのに、『わたしわ』は間違っている」「『がっこうえいく』もダメ」と教わった時、なぜだろうと思いませんでしたか?

 『岩波国語辞典 第五版』を見ると、助詞「へ」は「動作や作用の向きを示す。動作の帰着点。動作の相手」を表す格助詞、助詞「を」は「動作の対象を動的に見て示す」格助詞とあります。
 「格助詞」は、「事柄と事柄との関係(「格」)の認定を表現するもの」(『築島裕 『国語学』 東京大学出版会)という説明されていますが、分かりにくいです。「が」「へ」「に」「を」などが格助詞に分類されているところから、「助詞がくっついたものがどのような役割かをはっきりとさせ、そのほかのものにどのような意味合いをもって関係しているのかを表すもの」と考えることにしました。「『が』がくっつく語は、主語になって、動作する人、物をあらわす」「『に』がくっつく語は、動きが最終的に向かう物事をあらわす」という具合にです。助詞の種類が今回の主題ではないため、これ以上、深くつつかないこととしましょう。ぼろがでます。

 そして、今回の主役「は」は、「物・事を他と区別し取り立てて示すのに使う。他の物事(や状態)と対比して言うのに使」い、格を示さない「係助詞」と説明されています。「係助詞」は「陳述をなす用言に関係ある語に附属して、その陳述に勢力を及すもの」(『国語学』)と定義されています。これまた、よく分からない説明です。「読書百遍意自ずから通ず」ということわざをよりどころにして、上の説明を百回読んだ結果、「格助詞は文章の中の語の役割を決めるものだけど、係助詞は文章全体に影響を与えるもの」であると解釈しました。

 以上の助詞についての説明は、おそらく不完全だと思いますが、私には、これ以上考えることができませんでした。ご専門の方のご教示をお受けしたいと思っております。

 あらためて、助詞「は」の方に戻ることといたします。
 よく、外国人の方が日本語を学ばれるとき「『が』と『は』の使い分けが分からない」ということを耳にします。そして、その違いを説明するように求められたとき、日本人もよく分からないということも耳にします。
 悩んだ挙句、「『が』も『は』も主語にくっつくものなのだけど、ちょっとだけニュアンスが違うのよね…」という説明になってしまいます(実際は「は」は格助詞ではないので、主語を示すものではないようです)。
 前述の引用に拠りますと「は」は「他と区別し取り立てて示す」とあるので、「が」とは違って、「は」が付くものは強調されているように思えます。

 「は」についてのもう一つの大きな疑問は、小学校の例に挙げたものです。「なぜ、『わ』と言うのに「は」と書かないといけないの?」です。こちらは、いくらか説明が容易でしょう。「助詞のときは「わ」と言うけど、書くときは「は」なのよ」と。しかし、そのあとの質問が来たときに困ります。「なぜ、どっちも「わ」なのに、書き方を変えているの?」という質問です。ここでグッと答えに詰まります。なぜ「は」なのに「わ」なのか。なぜでしょう? 日本語史をたぐれば答えがでるかもしれません。日本語学の専門家の方にとっては説明が容易なのかもしれません。
 しかし、日本語学を専門的に勉強をしていない大多数の人にとっては、非常に難しい問題です。ニュアンスはなんとなく分かるのに、説明が上手くできないもどかしさがあります。

 ここで一番最初に戻りましょう。

 「わたしゎ買い物をしたかったけど、彼ゎ海へ行こうって言った。」

 この「は」を、「ゎ」に変えた文章は、そのもどかしさを無くして、文章を書いた人の個性を表現する手段だと思うのです。
 助詞「ゎ」は、若い女性が書いたと思われる文章に多く出てくると書きました。それをGoogleで検証してみましょう。自称(一人称)語に「ゎ」を付加したワードを検索し、そのヒット件数を比較します。

―――――――――――――――
 「私ゎ」…437,000件
 「僕ゎ」…25,100件
 「俺ゎ」…39,400件

 「わたしゎ」…25,900件
 「わたくしゎ」…1,070件
 「あたしゎ」…107,000件
 「ぼくゎ」…2,600件
 「おれゎ」…4,260件
 「おいらゎ」…205件

 「ワタシゎ」…707件
 「ワタクシゎ」…116件
 「アタシゎ」…30,900件
 「ボクゎ」…592件
 「オレゎ」…931件
 「オイラゎ」…3,626件

 「私ヮ」…11,900件
 「僕ヮ」…851件
 「俺ヮ」…1,100件

 「わたしヮ」…188件
 「わたくしヮ」…23件
 「あたしヮ」…1,490件
 「ぼくヮ」…27件
 「おれヮ」…21件
 「おいらヮ」…3件

 「ワタシヮ」…404件
 「ワタクシヮ」…1件
 「アタシヮ」…426件
 「ボクヮ」…379件
 「オレヮ」…370件
 「オイラヮ」…70件
―――――――――――――――
 自称語「おいら」は、「ブログの女王・眞鍋かをりさん」が使用されていらっしゃるので、加えてみました。

 この結果を見ると、明らかに女性の自称語の方に「ゎ」が使用されているのが分かります。自称語「わたし」「ワタシ」「私」は、中性的であると見ることができますが、自称語「あたし」「アタシ」は、女性の自称語の意味合いが強いとみられ、それをふまえると、「私ゎ」「あたしゎ」「アタシゎ」の、他に比べて飛びぬけて使用数の多い自称語は、女性の手によるものと考えることができるでしょう。

 では、「ゎ」はなぜ使用されるのでしょうか。一つは、前述の音韻と仮名遣いを一致させた結果と見ることができます。一致させるうえで、助詞であることを明確にするために、「わ」ではなく「ゎ」となったのでしょう。
 また、「は」に比べて「わ」は丸みを帯びているため、文字の印象が和らぎます。これは、角を持つカタカナの「ヮ」の方が、ひらがなの「ゎ」よりも格段に使用数が少ないことからも裏付けられます。それに加えて、「わ」を「ゎ」と小文字化することで、「かわいらしさ」の強調が為されていると考えられるでしょう。もともとの助詞「は」の強調の意味に加えて、書き手によって「かわいらしさ」の強調が意図的になされているのです。
 漢字では同じ「私ゎ」でも、「わたしゎ」より「わたくしゎ」がはるかに少ないのは、「わたくし」という読み方がフォーマルな要素を持ち、「かわいらしさ」とは逆ベクトルにあるためと言えるでしょう。

 助詞「は」から助詞「ゎ」への変化は、単純に、流行の一つ、一過性のものと断ずるには早いと思われます。「ゎ」が助詞であることを示すために小文字化させていること、音韻と仮名遣いの差を埋めていることから、一般化する可能性を大きく含んでいると思います。

 それでは最後に、「ゎ」を使えば、文章がかわいらしくなるのか、実験をしてみましょう。よく知られる文章に使われている「は」を「ゎ」に変えてみます。

―――――――――――――――
 吾輩ゎ猫である。名前ゎまだない。(夏目漱石『吾輩は猫である』)

 Kゎ自殺して死んでしまったのです。私ゎ今でもその光景を思い出すと慄然とします。(夏目漱石『こころ』)

 御釈迦様ゎ地獄の容子を御覧になりながら、この犍陀多にゎ蜘蛛を助けた事があるのを御思い出しになりました。(芥川龍之介『蜘蛛の糸』)

 小僧ゎ少し思い切った調子で、こんな事ゎ初めてじゃないというように、勢よく手を延ばし、三つほど並んでいる鮪の鮨の一つを摘んだ。(志賀直哉『小僧の神様』)

 今戸口を出ようとするごんを、ドンと、うちました。ごんゎ、ばたりとたおれました。兵十ゎかけよって来ました。(中略)ごんゎ、ぐったりとめをつぶったまま、うなずきました。兵十ゎ、火縄銃をばたりと、とり落しました。(新美南吉『ごん狐』)

 隴西の李徴ゎ博学才穎(中島敦『山月記』)

 「それじゃ断然お前ゎ嫁く来だね! これまでに僕が言っても聴いてくれんのだね。ちええ、腸の腐った女! 姦婦!!」
 その声とともに貫一ゎ脚を挙げて宮の弱腰を礑と踢たり。(尾崎紅葉『金色夜叉』)
―――――――――――――――

 名作の力が強いか、「ゎ」の力が強いか…。ご覧下さった皆様のご判断にお任せいたします。

・参考文献
 築島裕著 『国語学』 東京大学出版会 1964年5月
 西尾実他編 『岩波国語辞典 第五版』 岩波書店 1994年11月


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2005.10.22

怖いマンガはやっぱり怖かった

 デイリーポータルZの「駄洒落フーリガン」でMVPを取ったのが8月の終わり頃。ようやく、その賞品が届きました。
 賞品は「怖いマンガ」。駄洒落と何のつながりも感じられませんが、そこが日刊デイリーっぽさとして受け取ることにしましょう。
 モノがモノなので「恐怖新聞」みたいに、夜中に「賞品で〜す…」なんて届けば面白いのだけどと思っておりましたが、普通に佐川急便でやってきました。

 中身を想像しながら震える手で開封すると、恐怖マンガの他に、ニフティのロゴが入った「シャーボ」(登録商標だと思いますが正式名称を知りません。軸を左右にねじると、ボールペンとシャープペンシルが切り替わるやつです)、「ボールペン」(シャーボもあるのに…)、デイリーポータル謹製スケジュール帳用シール×2も入っておりました。

 正賞の恐怖マンガは、『呪われたふたつ顔』(さがみゆき著、1988年1月、ひばり書房、定価380円)というもの。副賞のシャーボには、[500]のプリントがあるところを見ると、副賞の方がお値打ちモノだと思われます。

 さて、「ふたつ顔」に呪われたらしい女子のお話を読んでみましょう。

 うわっ!

 えっ!!

 ひーっ!!!

 こんな怖がらせ方はずるいよぅ!

 初っ端のカバーの折り返しからこれです。

 「ゲームデンタク」って何よ!? 「怪談絵はがき」の当選者!? 37回も続いてるの? 当選者の住所氏名がはっきりと載っています。個人情報保護という言葉が新語であることを認識させられました。
 (締切日なし)。太っ腹ですわ。昔は良かったというべきでしょうか。

 いかにして、お話に引き込むかは、冒頭部分にかかっています。

 あまりに呑気な顔です。火事が起きているんですよ。
 それに、世界が歪んだような遠近感。
 右からの風に流されているような書き文字。
 話に引き込む力は十分に持っているといえるでしょう。

 冒頭部分をどうにか乗り切ると、火事のきっかけとなった、過去の恐ろしい物語が回想されます。見開き2ページで、必ず一ヶ所はつっこみどころを入れておくという、盛りだくさんな構成となっております。
 後半、かなりの盛り上がりを見せるところで、とんでもない文章が目に入ってきました。

 「●ひばり書房の本に君の名前がのっていたら、その本の題名を葉書でしらせてよ。」
 半分切れていますが、右の人は血を流して倒れているのです。それなのに「しらせてよ」ってあまりにもフレンドリーな語り口。販促手段としては明らかに失敗です。
 そして、追い討ちを掛けるように、その下はこう続くのです。

 「次回のゲームデンタクが当る抽選に優先参加できちゃうんだよ〜ん。(コマーシャル)」

 そこまで、ゲームデンタクを推したいのですか?そんなにゲームと電卓がくっついたものがいいのですか? この文章を書いた人が、今の携帯電話を見たとしたら卒倒するかもしれません。
 「できちゃうんだよ〜ん」に至っては、もうこのテイストに慣れてきた自分を感じましたが、「かっこ コマーシャル かっことじる」で気が遠くなってきました。柱の部分に恐怖を埋め込んでいるとは思いもよりませんでした。
 このゲームデンタク抽選告知は、なんと、もう一ヶ所あるのです。忘れた頃にもう一度恐怖を呼び起こさせるという、高等手段を用いているのです。

 腹筋を痛めながら、どうにかこうにか読み終えると、奥付にこんな一文が。

 「このこわい物語は」? 「このこわい物語は」!? 「このこわい物語は」!!
 なにを言っているのでしょう。もうわけが分かりません。

 怖いというのはどのようなことなのでしょうか? 人外の者が跋扈する世界が怖いのでしょうか。猟奇的な殺人事件などを見聞きすることが怖いということなんでしょうか。
 この本を読んで、恐怖とは「自分の理解を越えた思考に接すること」が一つの要素であると考えたのでございます。

 人はばけもの。世にないものはなし。 井原西鶴

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2005.09.19

右横書き試論 ―「車体右側面上右横書き」の考察と鑑賞―

 多くの方は、この文章をパソコンの画面を通して読んで下さっていると思います。もしかしたら、プリントアウトしてまでご覧下さっている方も、いらっしゃらないとも限らないと思っています。いや、いないでしょうか…。いや、少しは私めに「いる」と希望を持たせてやってください。
 しかし、仮にプリントアウトして読んでくださる方がいたとしても、文章だけをワープロソフトなどにコピー&ペーストして、縦書きに変更してから印刷するという手順を踏んで読まれる方は皆無だと思います。

●書字方向とは何か?

 画面上で読む場合も、印刷したものを読む場合も、横書きの文字を左上から右下方向に読み進めるはずです。右から左に読んだり、無理矢理縦に読んでも、何が書いているのやら、さっぱりわけが分からなくなります。
 このような、ある言語体系において、正しく文字を読み進めるための方向のことを「書字方向」と呼びます。現代の日本語の場合、左から右に読み進める「左横書き」と、上から下に読み進める「縦書き」が併用されています。パソコンやワープロの普及によって、今後は左横書きが主流となり、特定の場面で縦書きが用いられる形態になっていくと考えられています。

 以上の書字方向に関する考察は、屋名池誠著『横書き登場―日本語表記の近代―』(岩波新書)でなされているものです。日本では長い間、縦書きのみで表記されていたのですが、19世紀初頭に西洋の影響を受けて、初めて日本語の横書きが登場しました。その後は、左右の書字方向が混在していた時期がしばらく続いたのです。
 ここで、「もっと昔に書かれたもので、右から左に書いてるものを見たことある」と思われる方もいらっしゃることでしょう。「山火林風」なんて書いてある額がありますね。でもそれは「一行一字の縦書き」と考えなければならず、二行以上にわたって書く場合は必ず、縦書きをしていたらしいのです。

風林火山の例
 横書きに見えても横書きではない

 そうなのです。左右どちらから書くにしても、日本語の横書きは登場から200年しか経っていないのです。でも、現代の日本で、右から左方向に書く「右横書き」の文章を見ると、とても古臭く感じ、太古の昔から続く書き方のように見えます。これは、戦後に一気に広まり、横書きの大勢を占めるようになった「左横書き」に、私たちが馴染んでしまったせいでしょう。

●車の右横書きがなぜ面白いのか?

 そんな「右横書き」衰退の現代にあって、右横書きが多用されるケースがあります。それが「車体右側面上右横書き」です。有名な例を一つ挙げてみましょう。

スジャータの例
 右横書き代表「ターャジス」

 「スジャータ」のトラックの右横書きは、多くの方が目にされたことがあると思います。あの村上春樹さんも「スジャータ」の右横書きに言及されたことがあると聞いています。

 なぜ車体の右側面上には右横書きがいまだに根強く残っているのでしょうか。『横書き登場』によると「人間は、身の回りに自分の似姿を見つけださずにはいられない習性をも」つため、乗り物にも進行方向から頭と尾を見て取り、「乗り物の頭に文字の列の末尾がくれば、落ち着きの悪さを感じないわけにはいかない」からだということです。

 現在、「左横書き」が主流となっているが故の「左→右書字方向」の自然さと、人間の習性に基づいた「左←右書字方向」の自然さが拮抗することにより、右横書きには一種独特の混沌状態が生まれ、そこに思わず目を惹く力が宿っていると考えることができるでしょう。

 では、この魅力的な「車体右側面上の右横書き」の世界を詳しく見ていくことにしましょう。

●内容による右横書き分類

・パターン1―「社会式株」型(社名型)

 街で目にすることが最も多いのが、このパターンです。「○○株式会社」などの社名が右横書きをされているものです。

パターン1の例1
 パターン1の例1(「社会式株」型)

パターン1の例2
 パターン1の例2(「社会式株」型)

パターン1の例3
 パターン1の例3(社名型)

・パターン2a―運送会社

 「社会式株」パターンに近似しており、一部は重なっている場合もあります。
 これは「運送会社のトラックの右側面上の横書きは、右横書きの場合が多い」というものです。このパターンの代表格は、なんといっても「佐川急便」のトラックでしょう。

佐川急便の例1
 パターン2a・佐川急便銀版O型

佐川急便の例2
 パターン2a・佐川急便銀版K型

 佐川急便のトラックの右横書きには数種類の別あることが分かりました。私はこれを「銀版O形」「銀版K型」(Oは大人の飛脚、Kは子供の飛脚)「青版」と呼ぶこととします。なお今回、青版は写真に収めることができませんでした。青版では、ローマ字の社名は左横書きですが、「車ドッリブイハ」などの付加文が書かれていることがあります。(2006.02.23追記:青版の左横書き付加文は見間違いだったようで、このレポートの以降、何度も佐川急便青版を見ましたが、すべて右横書きでした。訂正して、お詫びいたします) 運送会社パターンは他にも、このようなものがあります。

福山通運
 福山通運の右横書きもよく見かける

西濃運輸
 カンガルーの絵が描かれているため読み間違いは少ない

シルバー特急便
 地域限定型か?

 もちろん、右横書きではない運送会社も多くあり、「ヤマト運輸」「引越しのサカイ」の各社などは左横書きです。

左横書きの運送会社
 左横書きの運送会社も数多い

 「日本通運」は大半が左横書きなのですが、例外的に右横書きのトラックも存在しています。

日本通運
 日通の左横書きと右横書き

・パターン2b―建築会社

 建築会社の車もまた右横書きの多数派です。こちらは当然のことながら「建」の字が目立っています。

建設会社の例1
 一般的な建設会社の車の右横書き

建設会社の例2
 やや特殊例。技ありのアメリカ人「トム」が想起される

 パターン2の特徴は、
 ・パターン1との複合型が多い。
 ・社名には太くて硬いイメージのフォントを使っている。
 ・社名のみの場合が多い。
が、挙げられるでしょう。

 以上の2パターンは、よく見かけるだけあって、やや面白さに欠けるきらいがあります。しかし、これらのパターンも次の要素が加わることで格段に面白さが上がる場合があります。

・パターン3―アドカー

 アド、つまり広告に類する文句が右横書きで書かれていると、その車の魅力が急上昇するのです。たとえばこちら。

アドカーの例1
 中央の右横書きが「アド」要素

 この右横書きはパターン1とパターン2bの複合型なのですが、社名の右側に取り扱い業務が右横書きされています。注目すべきは2行目の「事工スンェフ」です。言うまでもなく「フェンス工事」の意なのですが、右横書きすることにより「工事」と読み取り難くなり、「工(こう)」ではなく、カタカナの「エ」と読んでしまうのです。そうすると「えすんぇふ」という語のようにも見え、まるでロシア語を読んでいるかのような気になります。これは非常に高い「言語ポテンシャル」を持つ右横書きなのです。

 パターン3はパターン1,2に比べると、「読み」を要求する右横書きです。こちらはどう読むべきでしょうか。

アドカーの例2
 漢字2行書きをどう読むか

 漢字で大きく、取り扱い品目が2行で書かれています。疑うことなく「小麦粉」に「手延麺」なのですが、しばらくじっと見続けてください。だんだん中国語のように見えてきます。「ふんばくしょう」という人が思い浮かぶはずです。その人は「麺延手」と呼ばれる職人さんなのです。こちらもまた、潜在的なインターナショナルの要素を含む右横書きだったのです。

 次は少し雰囲気が違うアドカーパターンです。

アドカーの例3
 おなじみのブランドが大変化

 CMでおなじみのあのブランドも、右横書きすると「勝十」に「治明」のように男性の名前に変貌するのです。また、右下の取り扱い品目もご覧下さい。「ムーリクュシッレフ」と「ムーリクスイア」。「エスンェフ」と同様、最後に「フ」が付くとロシア語っぽくなります。「ムーリ」という語も、人名に使われていそうです。「『ムーリ兄弟』っていう体操選手がいたような…」という気にさせられる右横書きです。

●文字種別による右横書き分類

 ここまでは、パターン1〜3の内容による右横書きの分類を見てきました。右横書きはさらに、漢字、ひらがな、カタカナ、アルファベットの「文字種別」によっても分類することができます。実際は複数の文字種が使われて右横書きを構成している場合がほとんどです。文字種別による分類では、右横書きの中で主要な役割を担っている文字種を「種名」として挙げることにしました。

・漢字種

 パターン1,2は漢字種であることが多く、「パターン1,2≒漢字種」としてもほとんど問題はありません。したがって、漢字種の右横書きは面白さの面では、他の種に引けをとると言わざるを得ません。その分、漢字種で面白さがある右横書きは貴重であるとも言えます。

漢字種の例
 貴重な行書体漢字種の右横書き

 「御影」が右横書きされ「影御」となっています。行書体で書かれていることもあり、「影御」という単語が存在しているかのような錯覚に陥ります。この幻惑的な右横書きはたった二文字でありながら、江戸川乱歩の世界に到達していると言っても過言ではありません。

・カタカナ種

 社名にカタカナ語が使われていることが多い現在では、ひらがな種よりも多く存在している種です。この種は右横書きになっていることで、原語とは異なる言語のように見えるという特徴を有しています。最初に挙げた「スジャータ」が好例でしょう。

カタカナ種の例1
 遠い大地を思い起こさせる

 世界には「ン(n音)」が語頭に置かれる言語が使用される地域もあります。「ンコマナ」は日本語を母語とする人にとっては、発音がしづらい語です。それゆえに異国感を強く有する右横書きになっているのです。また「生コン」と書かれるタンクローリーは多いのに対し、「ナマコン」は数が少なく、その面でも貴重な例だと言えます。

カタカナ種の例2
 地球外の言語か?

 こちらは上記の例とは対照的に、長い語を右横書きしているために、原語の意味が取りづらくなり、未知の言語で使われる単語のように見える例です。「ムエ・イア」の部分がボクサーにいそうな雰囲気を出しています。

 同じ人名に見えるカタカナ種でもこちらは日本人です。

カタカナ種の例3
 日本人には親しみやすい右横書き

 芸名で見かけたような気になる右横書きです。

・ひらがな種

 カタカナの役割の一つに「外来語の表記」があります。一方ひらがなは、汎用的に用いられ、カタカナよりもはるかに広い使用範囲を持っているため、ひらがな種は和語や長い文章のものが多くなっています。

ひらがな種の例1
 こちらは一般的なパターン1だが…

 この車の前ドアに書かれた右横書きは、典型的な社名パターンなのですが、

ひらがな種の例2
 後ろは綺麗にまとまったひらがな種だった

 後ろの右側面には、ひらがな種(和語型)の右横書きが記されています。赤色の部分は「かぶと印」という語が元なのですが、右横書きにすることで「印飛ぶか?」となり、語から文章へと大転回をするドラマが秘められていたのです。
 この写真には有名なねずみと思しき人形が窓の内側から顔を覗かせていますが、右横書きとは関係ありません。

ひらがな種の例3
 ここまでひらがなにこだわった右横書きも珍しい

 こちらは、純粋なパターン3(アドカー)で、ひらがな種(長文型)に分類されるものです。
 冒頭のカタカナで書かれた「!ラア」に、まず驚かされます。これほど印象強い導入部を持つ文章は他に例がありません。続く「んはごくゃにんこ」に至っては「蒟蒻御飯」の意味は完全に崩壊し、楳図かずおのマンガに出てくるギャグのような響きになっています。そして3行目「けだく炊にょしぃい」でクライマックスを迎えながらも、「と米お」で唐突かつ理不尽な終局としたこの右横書きは、わずか23文字で不条理な世界観を表現した掌編小説であるとも言えるのです。

・アルファベット種
 もともとアルファベットを使う西洋語は左横書きであるため、右横書きにすることは、本来表現したいものの意味さえも崩壊させてしまう結果となるため、不可能なのです。しかし、それを強引に右横書きにしたものも僅少ではありますが存在しています。

アルファベット種の例
 アルファベットが社名を構成していたために成り立った右横書き

 「OTOT」の元である「TOTO」という社名は、日本国内で広く知られている会社名であるため、アルファベット種の右横書きであっても、かろうじて意味が保たれていると考えることができるでしょう。しかしながら「OTOT」の右横書きは、それを目にした人に、本来の意味を離れ、思わず「おとっと」とつぶやかしめる力を持っています。

●右横書きの秀作を鑑賞する

 ここまで見てきた「車体右側面上右横書き」のパターン・種別の分類と考察をふまえて、文学性を持ち、芸術点の高いと思われる右横書きを鑑賞したいと思います。

秀作1「ルーボ段の岩平」
 連想を引き起こす右横書きは面白い

 パターン3(アドカー)・漢字種の右横書きです。ここではあえて後半の「岩平」を主要部分と見て漢字種としましたが、助詞「の」の効果、「ルーボ」の音の良さをそれぞれ主眼としてひらがな種、カタカナ種とすることも可能でしょう。
 「だんのがんぺい」という音からはある人物が連想されます。『あしたのジョー』の主要な登場人物「丹下段平」です。元の左横書き「平岩の段ボール」からは、なかなかその連想には行き着くことができません。
 右横書き鑑賞の重要点として「別の存在への連想を導き出す」ことを挙げることができるでしょう。

秀作2「本杉の肉」
 主客が転倒することで生まれる面白さ

 短いながらも、完成度の高い右横書きです。パターン1(社名型),3(アドカー)複合・ひらがな種に分類します。社名がどちらから読んでも成り立つように見えることから漢字種に分類しても良いと思いましたが、助詞「の」の働きが大きいと見てひらがな種としました。
 これも元の意味が薄れ、「本杉という人の肉であると所有権を主張している」ようにしか見えません。「肉の所有を巡って何があったのだろうか」と思わずにはいられない、ドラマ性を含んだ右横書きです。

秀作3「まじらかた」
 全体が複雑な様相を呈している右横書きMVP

 5ヶ月にわたる観察で出会った中で、最もすばらしいと思われる右横書きです。これを見つけたときはあまりの嬉しさで、10枚ほど写真を撮ってしまいました。パターン3(アドカー)・ひらがな種、漢字種複合型に分類される、長文型右横書きです。
 車体右側面上右横書きで、ここまで大々的に業務を主張しているものは稀有な存在です。文字を出し惜しみすることなく、ひらがな、漢字を交え長文を配している車体は美術的な価値をも見出せます。

●「車体右側面上右横書き」の鑑賞の意義

 「車体右側面上右横書き」では「別の存在の連想を導き出す」ことが重要であると述べました。この連想は、「車体右側面上右横書き」が元々の意味と音のつながりを緩め、あるいは切り、新たな意味と音の結びつきを求めていることから促されていると考えられます。
 人は何の意味も持たない文字の列に不安感を抱くため、「車体右側面上右横書き」の音と、それに似ている語の意味とを結び付けようとします。それが「『〜っぽい』右横書きだ」という感想につながるのでしょう。
 右横書きを楽しむということは、新たな言葉を探求し、意味を創造する楽しみなのです。

参考文献
屋名池誠『横書き登場―日本語表記の近代―』 岩波書店 2003年11月 ISBN4004308631


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ほめられて伸びるタイプなので、押していただけるとすごく喜びます。

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2005.08.24

人の本棚を見るのが好き。だから「ブックバトン」も好き。

 3本目のバトンです。藤田チエさんが渡してくださった「ブックバトン」です。前回の「調味料バトン」の最後で「次は今までもらったバトンについて答える『バトンバトン』が回ってくるんじゃないか」などと書きましたが、ぜんぜん違っていました。まだ2本しかバトンに答えていない段階で「バトンバトン」なんてものが回ってきたら、「どうしたものやら…」と悩んでいたはずです。助かりました。

 「ブックバトン」の項目はバトンの大御所「Musical Baton」とほとんど同じものとなっていますね。質問1を除いて、CDが本に入れ替わっただけです。
 それだけに答えやすいかと思ったらそうでもありませんでした。私の手元にあるのはCDよりも本の方が多かったんです。質問1の回答にやたらと時間がかかることが分かりました。本を数えなきゃならないんです。

 さて、メモ用紙を持って「正」の字を書きながら、カウントをしましょう。PCの中の音楽ファイルの容量だったら検索であっさりわかるのに…。
 鉛筆を持って本棚に向かったところ、はたと手が止まりました。どうやって数えたらいいのだろう。このバトンの「ブック」の範囲があいまいなのですよ。「そんなことはどうでもいいじゃないか。紙を綴じているものを数えればいいのよ」というご意見もあるでしょう。でもそれだと気が済みません。きっちりしたいんです。なので今回も定義づけから参りましょう。

 コミックはどうしましょうか? 入れません。「コミックバトン」という別のバトンもありますし、「ブックバトン」の意図からも外れているように思います。
 では、絵本は? これは難しい。コミックよりも絵の果たす役割が大きいようにも思われますが、こっちは間違いなく「本」の字が付いています。うーん、保留。
 週刊誌、月刊誌などの定期刊行物は? 読み捨ての印象が強いですが、資料として保存しておくのもあります。これらの雑誌の中でも線引きがありますわね。うーん、保留。
 説明書はどうしようか? これはいくらなんでも加えられません。説明書だけを読んでもほとんど意味がないですからね。「本体に付属している冊子・書籍は含まない」としましょう。
 じゃ、本の付録に付いてくる本はどうしましょうか。「現代用語の基礎知識」や「イミダス」などに事典のたぐいが付録で付くことがあります。こっちの方は、本体とは別に読むことができるので含むことにしましょう。学校の図書館でも本体とは別に扱われていました。
 それなら、辞書はどのように考えましょうか? 「ブックバトン」のブックを小説のたぐいとして考えると、離れているように思われますが、「読める辞書」と謳っているものも出ています。それらの「読める辞書」と「普通の辞書」の区別がまた難しいです。これまた「辞書」の中で線引きがあるようです。これは、主観で判断します。私は暇な時たまに辞書を読みます。どんな辞書でも。ぱらりと何気なく開いて、たまたま出てきた項目を読むのも楽しいですよ。なので「辞書・事典」の類いは含むことにします。

 あいまいなのはこれくらいでしょうか。ここまで書いて、保留にしていたものの扱いを決めました。

 「雑誌」は含まないことにします。

 ここでの雑誌は「雑誌コード」がついているものです。ですので、週刊誌、月刊誌などの定期刊行物、ムック、コミックなどが含まれます。これには雑誌に準じるかたちの書籍も含めることにします。定期刊行物やコミックでも書籍扱いのものがありますが、これらは「ブック」には含めません。「コミック文庫」も含まないことになりますね。

 これくらいのルールを決めておけば困ることのないでしょう。よし、数えますわ。

 Q1.持っている本の冊数
 1,2,3…、20…30…、100…、200………あっ、数え間違えたかも。やり直し。1,2,3…と。
 合計は「617冊」でした。手元ですぐ読めるのはこれだけです。

 Q2.今読みかけの本、もしくは読もうと思っている本。
 これまた、やっかいな質問ですわね。私はちょっと読んでは別の本に移るという読み方をしているので、読みかけの本は増える一方なのです。読もうと思っている本も同じくらい。優先度の高いものを書くことにしましょう。

・『語源の快楽』(萩谷朴著 新潮文庫 2000年8月)
 一番最近の読みかけの本です。現状では死語になっているものも多く取り上げていますが、単語からはうかがい知れない語源が紹介されているので面白いです。

・『或日の大石内蔵之助 枯野抄』(芥川龍之介著 岩波文庫 1991年2月)
 近世・近世の人物や作品を題材にした短編集。時間の壁を自由に渡ることができるのはすごいですわ。芥川の作品には、半端じゃない読書量に裏打ちされた広大な世界があります。

・夜のピクニック(恩田陸著 新潮社 2004年4月)
 友人ささのってぃから勧められた本です。「本屋大賞」受賞作品。ある高校の一大イベント「歩行祭」を描いた小説です。これを読むと高校生に戻りたくなるらしいのです。若返りとは別でしょうが、興味はあります。

・相対性理論(アインシュタイン著、内山龍雄訳 岩波文庫 1988年11月)
 何度読んでも、そのたびに頓挫する本です。特殊相対性理論の概要はだいたい分かるのですが、原論文を読んだことがないため手に取りました。完成された美しい論文だということなのですが、それを感じ取るまでに至らないことが悔しい限りです。

 読みかけの本はまだまだあるのですが、以上がぱっと目に付いたものです。
 次は読もうと思っている本を。

・聖書
 西洋の文学作品は聖書を読んでいないと理解しづらいものがあるので、読んでおきたいのです。でも厚い。

・コーラン
 現在の国家間の対立は、宗教の対立を抜きにしては考えられません。日本では仏教、キリスト教の思想はひろまってはいても、イスラム教の考え方はほとんど表に出てくることはありません。世界情勢を把握するためには読んでおくべき本だと思うのですが、やはりこれも厚いです。

・千一夜物語
 『今昔物語集』に比する書物だと思っています。『千一夜物語』との比較は面白いでしょうが、これもまた多い。岩波文庫で13冊です。

・江戸川乱歩全集
 現在、光文社文庫で刊行中です。ちくま文庫の『江戸川乱歩全短編』は読みましたが、長編は角川のアンソロジーだけなので、これを機会に読んでおきたいのです。でも全30巻…。多いですわ。
 あれっ、ちくまの全短編が見つからない…。誰かに貸してたかしら。

・柳田國男全集
 ちくまの文庫が出ています。勉強する上で必要なところだけを拾い読みしているだけなので、そのうち全部通して読みたいです。全部で32冊…、長いです。

 次に読みたいのは長いのばかりです。これらは、正確に言えば、「次に読みたいな」と思っていつも後回しになっている本ということになります。結局は手っ取り早く読める本に行ってしまって、いつになっても手が付けられない。本が腐るものでなくて本当に良かった。

 Q3.最後に買った本
・『ひとりずもう』(さくらももこ著 小学館 2005年8月)
 今回のテーマは青春時代。あいかわらず楽しい文章です。無駄の無い笑える文章は、見習いたい、あやかりたい。

 Q4.特別な思い入れのある本、心に残っている本
・『中島敦全集』(ちくま文庫 1993年1月〜5月)
 中島敦でまっさきに思いつくのは『山月記』ではないでしょうか。教科書によく収められていますよね。『山月記』はよくできた美しい作品ですが、楽しめるかといえばちょっとためらってしまいます。この『山月記』の印象が強すぎるために「中島敦は中国の昔のことを書く、堅苦しい、丸めがねを掛けた作家」と思われているのではないでしょうか。
 中島敦の作品は楽しいのです。おかしいのです。ユーモアに満ちているんです。『山月記』のためにこれが見過ごされているのは惜しくてなりません。『名人伝』『文字禍』『狐憑』『幸福』…。硬質な筆致なのにおかしい、硬質な筆致だからこそおかしい。深い知識と教養に裏打ちされている楽しさは、力強い普遍性を感じます。

・『宇宙のあいさつ』(星新一著 新潮文庫 1985年10月)
 中学生の時の教科書に、この文庫に収録されている「繁栄の花」が載っていました。授業で読んで非常にショックを受けましたわ。こんなに短いのにわかりやすいオチがきちんと付いているなんて。その日のうちに文庫本を買いに行きました。
 星先生の作品は無駄を削り落とした文章なんです。内容にしても言葉にしても。各時代の風俗を表わすものを意図的に排除しているので、いつ読んでも古臭くない。いつでも今のような感覚。あっいうまに世界に引き込まれます。

・『食後のライスは大盛りで』(東海林さだお著 文藝春秋 1992年3月)
 東海林先生のエッセイは「丸かじりシリーズ」に代表される「食」がテーマにされているものが多いです。食べ物の表現ほど難しいものはないはずなのに、東海林先生はそれをいとも簡単に、おもしろく、わかりやすくしてしまうのです。
 そのものにとって決してふさわしいとは思えない表現を使い、それがしっくりと当てはまる。言葉の異化作用を熟知していなければこのような技はつかえません。それがテンポ良く、すぱっと切れるような文章でつぎつぎと繰り出されるのです。
 東海林先生の本はどれも思い入れがありますが、初めて買った本を代表して挙げておきます。

・『深夜特急 1』(沢木耕太郎著 新潮文庫 1994年3月)
 これは全6巻(文庫版)なのですが、特に1巻が印象に残っています。この巻だけは何度も読みました。第三章「賽の踊り マカオ」が面白いんです。旅の途中でふとしたきっかけで入り込んだマカオのカジノ。息抜きのつもりがだんだんとのめり込んで行き、最後はお金が無くなって、ロンドンまで行くという目的さえも放棄しようとします。ギャンブルにはまるのはギャンブルが面白いから。ディーラーとの読み合いの場面の描写は手に汗を握ります。読んでいるうちにカジノの喧騒が聞こえてきそうな臨場感を味わうことができるでしょう。

・『今昔物語集』(岩波書店 1993年5月〜1999年7月)
 ブログに「今昔物語集」のカテゴリーまで作っていて、これを挙げないわけにはいきません。『今昔物語集』はいろんな種類の本が出ていますが、岩波書店「新日本古典文学全集」版がいちばんおすすめできます。これは現代語訳が載っていませんが、詳しい脚注がありますし、原文も他の同時代の古典文学作品に比べると読みやすいと思います。新潮社や小学館からも全集本が出ていますが、全編が収められているのは岩波版だけです。ただ、お値段がちょっとはりますね。一冊が4300〜4800円で全5冊です。
 もっと気軽に「今昔物語集」の世界を味わいたいなら岩波文庫版かちくま文庫の現代語訳がいいと思います。もーっと手軽なのでしたら、中公文庫「日本の古典」で水木しげる先生のマンガ版があります。
 『今昔物語集』にひきつけられるのは、底が見えない混沌としたエネルギーです。ありとあらゆることを飲み込んで、組み立てなおし、全世界を把握しようとする編者の力強さには圧倒されます。『今昔物語集』の編者は一級のコレクターです。お話コレクター。一つのことに集中している人の仕事は見ていて飽きませんね。

 Q5.次に回す5人
 さて、どなたにお渡ししましょうか。

 1人目 べんぞうさん(ノンジャンルの面白ネタ【シュミ2】の兄さん)
 黒帯おめでとうございます。記念にこれを受け取ってください。

 2人目 ささのってぃさん(On A Day Like Today
 毎度お世話になります。これもお願いします。Musical Batonと同じく、あなたにあっていると思いますよ。

 3人目 しまさん(こっそり、しまうまロウ
 いつもコメントありがとうございます。よろしければ受け取ってくださいまし。

 4人目 はぴたんさん(はっぴぃ!はぴたん日記
 先日、ちょっと本屋の話題になりましたね。調味料に続きこちらもお答え頂ければ。

 5人目 まゆぞうさん(お茶にしませんか
 残暑お見舞い申し上げます。お答えくださればと思っておじゃりまする。

 本の事なので長くはなると思ってはいましたが、これほどまでになるとは…。この記事を読むことは、どんな本を読むよりも手間がかかるように思えて仕方ないです。


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2005.07.06

DPZの名古屋本が急に出たので急いで買った。

 デイリーポータルZ編の名古屋本『名古屋の不思議』。いつ出るのかなー?と思っていたら、今日出ました。昨日(7月5日)知りました。って、昨日告知がありました。急だなー。
 今日、いそいそと学校の生協で買ってまいりました。売っていたのは一冊だけ…。何冊か置いていたら、無理矢理に手前の方に平置きしようと考えていたのですが。
 うちの学校の購買は小学館文庫はもともとあまり多く入れないみたいです。フォローです。

デイリーポータルZ編『名古屋の不思議』
 DPZの名古屋ガイド『名古屋の不思議』

 「デイリーポータルZ 制作日記」で古賀さんが書いていらっしゃいましたが、デイリーポータルっぽくない装丁です。帯の顔文字(゜ロ゜;)←コレ が特にデイリーポータルっぽくない気がします。

 今年は愛知万博開催のため、多くの名古屋本が出ており、『名古屋の不思議』に収められているネタのいくつかはそれら先発本と被っているようですが、ほとんどは独自のネタですし、かぶったネタでも目の付け所が秀逸です。
 食べ物ネタが多く収められていますが、そこは味の紹介だけにとどまることなく、と言うよりも、むしろ関連情報の方にページが多く割かれている点が他の名古屋本と違うところでしょう。
 だからといって、役に立たないということはなく、お店の外観、商品の写真、住所、電話番号、営業時間、アクセスが分かりやすく書かれており、しっかりとガイドブックとしての体裁は保っています。
 持って帰ってすぐさま一気読みしました。読み終えた途端に、お店を一軒一軒訪ねたくなりましたわ。おでかけしたくてうずうずします。大須の信号機なんて、なんということもないポイントですが、頭の片隅に刷り込まれてしまって、行かざるを得ない気になってしまいますよ。(実際、去年のコネタで紹介されたあと、見に行ってしまいました)

 カラーページも多いというのもツボを押さえたところ。食べ物の写真はカラーとモノクロでは受ける印象がずいぶんと違いますもの。でも、全編がカラーではありません。効果的にカラーとモノクロを使い分けています。おそらく全編カラーだとお値段が上がったのではないかと推測されます。良心的です。

 とっても、オリジナリティのあるガイドブックになっていて、期待を裏切らない出来です。でも一つ、気になった点がありました。記事の担当者(筆者)が書かれていないんです。記事中に「私」や「僕」という一人称が書かれていても、どのDPZライターさんが書いたのか分かりにくくて、なんだかもどかしいです。記名されていた方が、取材中の雰囲気が想像しやすくて、DPZファンとしては、本を読んでいてもっと楽しかったでしょうに。

 『名古屋の不思議』は数多のガイドの中でもトップクラスの「読める」ガイドです。名古屋にお出かけしなくても楽しめます。もちろん名古屋めぐりのお供にもおすすめです。ですが、普通のガイドブックも合わせて持っていたほうが無難です。

『名古屋の不思議』 @nifty編 小学館文庫 ¥648+税 ISBN4094186719

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2005.03.26

積読本と「丸かじり」

 本屋をぶらついたり、出版社サイトの新刊本紹介を見ると、決まって読みたい本が何冊か出てきます。欲しい本は手にとってためつすがめつ購入を検討して、買ったり買わなかったり。買う場合の決め手は、思い付きが一番、勉強に必要そうだなというのが二番。
 思い切って買った本でも、すぐに読むわけではなく、後で時間がある時に読もうかなと思って本棚に積んでおく。そしたらなかなか読まないのですね。積んでる本がどんどん膨らんできて、結局積んだまま数ヶ月放置したり、悪ければ数年放置してしまいます。なのに本屋に行くとまた面白そうな本を見つけて、買って、積んで、放置。さらには図書館で本を借りて放置。春休みの特別貸し出しで2ヶ月の猶予があったにも係らず、開いてもいないのはどうゆうことなの?と自らに嫌味を言いたくなります。
 最近は、いいかげんこの悪循環に嫌気がさして、ちょっと面白そうな本があっても「家に帰れば他に読むべき本はあるんだから」と購入欲を押し静めて、積んである本を消化する方向に切り替えました。すごく面白そうな本だとやはり買ってしまいますが。
 積み本をなんとか読んでしまおうとしていますが、もともと読書スピードがそれほど速くないため、遅々として進みません。頭には「速読術」という単語が浮かびます。今日も未読本をなんとかしないとなと思って本棚に向かいましたが、手にとった本は既読でしかも何回も読み返した本。何やっているんだ、僕。そこで本を戻せばよいものの、腰を落ち着けて1ページ目から読み進めてしまいました。
 今日の再読本は東海林さだお著の『ケーキの丸かじり』(文春文庫)。「丸かじりシリーズ」は再読率の高い本で、目に留まるとついつい開いてしまいます。東海林さんの食べ物エッセイの表現は実に巧みで、「こんな単語、食べ物を表現するためによく思いつくなー」と三嘆します。でも、その表現がぴたりと合っていて「うーん、この食べ物を表現するにはこれしかないんだよなー」という気になってくるのです。これが文章力なんでしょうね。
 「丸かじり」に収められているエッセイを一本読むごとに胃袋が刺激され、一冊読み終わるといつもお腹が空いてしまいます。ダイエット中の「丸かじりシリーズ」は鬼門でしょう。今日の『ケーキの丸かじり』は、一冊読み終わるどころか、三分の二くらい読んだところで強烈な空腹感に襲われ「これはいかん」と思って本を閉じたものの、空腹感は紛れないまま。お腹が空くと、集中力が失せ、行動力が鈍るのが人間の性。結局未読本の消化はまともにできないまま。あー、本が読めない。「丸かじりシリーズ」、罪作りな本です。(責任転嫁)

 『ケーキの丸かじり』 東海林さだお 文藝春秋 2003/05 ISBN4167177544
 『パンの耳の丸かじり』 東海林さだお 朝日新聞社 2004/11 ISBN4022579633(丸かじりシリーズ最新刊)

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2005.01.21

『犯人に告ぐ』について告げる。

 毎年末、恒例になっているミステリー本のランキング雑誌。特に『このミステリーがすごい!(このミス)』が知られていて、販売効果もあるみたいです。『このミス』発売直後は、『このミス』とランキング入りしているミステリーが平積みになっているコーナーが設けらる書店が多くなっています。

 私は『このミス』などは、ぱらぱらめくってランキングを確認する程度で、本を買うことをはほとんどありません。ですが、今年の『このミス』を見て1冊気になる本があり、しばらく悩んだ挙句、その本を購入してしまいました。2004年週刊文春ミステリーベストテン第1位、このミステリーがすごい!2005年版第8位、ダ・ヴィンチ2004年ミステリー&エンタメ第10位。雫井脩介著『犯人に告ぐ』です。

『犯人に告ぐ』

 まず『犯人に告ぐ』というタイトルに惹かれました。そして帯のあおり「犯人よ、今夜は震えて眠れ」。この台詞がどのように使われているのか…、すっごい気になる!この本はカバーと帯に力を感じました。ところが各ランキング発表後は帯が上のあおりから、ランキングの順位が書かれているものに変わってました。くっ、残念だ。もっと早めに買っておけばよかったな。
 ミステリーを読んだのは綾辻行人著『暗黒館の殺人』以来です。『暗黒館の殺人』はとんでもない分量と入り組んだ構成のために、読了までに一ヶ月近くかかってしまいました。『犯人に告ぐ』は全く逆。帯に書かれた伊坂幸太郎氏の推薦文「一気読み! 二章まで読み終えた僕は、最高だねこれは、と興奮し、つづきが気になるあまり、風呂場でもよんだのでした」のような状態になり(さすがに風呂場には持ち込みませんでしたが)、二日で一気読みです。ストーリーに酔いました。とにかく続きが読みたくて読みたくて。

 主人公巻島を取り巻く各者の思惑。犯人、マスコミ、キャリア・ノンキャリ、管轄…。劇場型捜査という実際にはありえないと思える設定をしていながらも、それがリアルに感じられる。著者の取材と文章力の賜物なのでしょう。
 内容についてもっといろいろ書きたいのですが、ミステリーですので控えておきます。でも、書きたいなぁ。印象的な場面がいろいろあるのです。迫力のある場面がいくつも。二度読みしたくなります。
 ただ一点、残念なことが。消化不良な部分があるのです。これも書きたくても書けない…。もどかしいです。
 この残念な点があるにしても、読んで損はありません。久々に文章に引き込まれ、作品世界にどっぷりとつかることができました。

 『犯人に告ぐ』 雫井脩介著 双葉社 ¥1600+税 ISBN 4575234990
 『暗黒館の殺人 上』 綾辻行人 講談社 ¥1500+税 ISBN 4061823884
 『暗黒館の殺人 下』 綾辻行人 講談社 ¥1500+税 ISBN 4061823892

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