2013.04.13

『多崎つくる』の巡礼地を巡礼するための雑考

 ※以下、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(村上春樹著・文藝春秋・2013年4月)の内容に触れています。

 「もう、3年も経っていたのだなあ」というのが、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』発売決定のニュースを目にしたときの思いでした。『1Q84』の印象があまりに強く、あまりにボリュームがありました。そのためか、目の前に、ぽん、と置かれている一冊が村上春樹さん三年ぶりの長編作品に思えません。
 事前の情報がほとんど無かったためかもしれません。予告や広告などはほとんど何も無く、さあどうぞ、と目の前に置かれました。何も構えることなく、それを開きました。最初の一文で、瞬間、引き込まれました。あとは、終わりまでひといきに読み進めるだけでした。
 読み終えた皆様は、それぞれ感想と、それぞれの読み解き方をされていることでしょう。私も、それに漏れておりません。
 本作品では、私と関わりの深い地名が二つ出てきました。それで、つい、にやけてしまいました。「喪失と再獲得」が作品のテーマと言えるのかもしれません。それは的確では無く、もっと深遠なものがそうなのかもしれませんが、どちらにしても、軽いものではありませんので、「にやけ」てしまうのは相応しくないでしょう。でも、にやけてしまいました。
 折角、知った場所が出てきたのです。難しい読み解き・考察は抜きにして、私がにやけた箇所を辿っていきます。

 1.つくるとアオが久しぶりに会った名古屋
 つくるは、沙羅の勧めから、十六年ぶりに高校時代の友人四人に会う決心をします。最初に会うことにしたアオは、名古屋市内のレクサス販売店でセールスマンになっていました。三日間の休みを取ったつくるは、名古屋に帰郷し、二日目にアオの働くレクサスショールームに向かいます。
 そのショールームの場所は、「名古屋城に近い静かな一画」(152ページ)と書かれています。
 さて、どのレクサスショールームでしょうか?
 レクサスの販売店検索により、名古屋市内には、「レクサス星ヶ丘」「レクサス守山」「レクサス高岳」「レクサス名古屋西」「レクサス昭和」「レクサス中川」「レクサス植田」「レクサス緑」の8店舗があることが分かります。(愛知県 レクサス販売店
 この中で、「名古屋城に近い」が当てはまるのは、東区の「レクサス高岳」(名古屋市東区東桜2-1-1(Googleマップ) レクサス高岳詳細)か、西区の「レクサス名古屋西」(名古屋市西区児玉3-8-13(Googleマップ) レクサス名古屋西詳細)でしょう。他ショールームの住所は「近い」とは言い難いです。
 ショールームで対面したアオから、つくるは、場所を変えて話しをしよう、と言われます。

 三十分くらいなら話ができるだろう。ここを出て左にしばらく歩いたところにスターバックスがある。そこで待っていてくれ(156ページ)

 さて、どのスターバックスでしょうか?
 これもまた、スターバックスの店舗検索から近づいてみます。仮に、アオが「レクサス名古屋西」に居たとしたら、一番近いスターバックスは、「スターバックス 名駅地下街 サンロード店」(名古屋市中村区名駅4-7-25(Googleマップ) 店舗詳細)か「スターバックス 名駅地下街 ユニモール店」(名古屋市中村区名駅4-5-26先(Googleマップ) 店舗詳細)です。2店舗はかなり近い場所にあるため、よりショールームに近い方の判断を付けにくいのですが、店舗名から分かるように、どちらも「地下街」にあるため、目印になりにくく、待ち合わせの場所には適していません。
 次に、アオが「レクサス高岳」に居た場合を考えます。最寄りのスターバックスは、「ベストウェスタンホテル名古屋栄4丁目店」「栄公園 オアシス21店」「桜通り大津店」です。このうち、「オアシス21店」は地下(吹き抜けですが、高岳からの歩道沿いにはありません)にあるため、ここも目印にはできません。また、「ベストウェスタンホテル名古屋栄4丁目店」も、「レクサス高岳」から、名古屋高速に沿って南下した後、一度交差点を曲がり100mほどのところにあるため、候補から外します。残った「桜通り大津店」(名古屋市中区丸の内3-20-17 店舗詳細)は、「レクサス高岳」前から桜通に沿って西に約850mのところあります。桜通を横断しなければなりませんが、一本道ですし、角地で歩道に面した店舗ですので、目印にできます。850mという距離も「しばらく歩いたところ」の範囲内でしょう。
 つくるとアオは、スターバックスで飲み物と食べ物を買った後、「二人で歩いて近所にある公園」(157ページ)に、移動します。
 さて、どの公園でしょうか。
 アオは昼休みに出てきています。ショールームからスターバックスまでは800m以上あるため、そこからさらに遠く移動はできません。帰りやすいように、ショールーム方面の公園へと移る可能性が高いです。そこで、「スターバックス 桜通り大津店」と「レクサス高岳」の間にある公園を探します。……が、探す手間など必要もなくすぐに目立つ公園に行き当たります。名古屋の商業の中心地・栄地区に南北に広がる「久屋大通公園」です。名古屋テレビ塔があることでも知られる公園です。前記のようにアオがショールームに戻りやすいようと考えていれば、「スターバックス 桜通り大津店」から桜通を渡り、久屋大通公園の名古屋テレビ塔のすぐ下辺りに座ったとするのが自然です。そこでしたら、「何人かのジョガーが、城の方に向かって走っていった」(160ページ)、「制服姿の女子高校生が三人、グループで公園を横切っていった。短いスカートの裾を元気に振り、大きな声で笑いながら、二人の座ったベンチの前を通り過ぎていく彼女たちは、まだほんの子供のように見えた」(167ページ)は、久屋大通公園の地理的特性に適っています。(ただし、私は12時頃に久屋大通公園でジョギングしている人を見掛けたことはありません)
 以上から、

 ・アオは、名古屋市営地下鉄高岳駅前の「レクサス高岳」のショールームに居て、
 ・つくるとアオは、高岳駅から西に約850mの「スターバックス 桜通り大津店」で飲み物、食べ物を買い、
 ・「久屋大通公園の名古屋テレビ塔下」辺りで、座って話しをした

 と推測できます。
 高岳のショールームでアオと別れたつくるは、「六年前の新聞の縮刷版を請求」(177ページ)するために、図書館に向かいます。名古屋市内の大きな図書館というと、「愛知県図書館」か「名古屋市鶴舞中央図書館」が思い浮かびます。つくるはすぐに新聞を調べたい気持ちがあったでしょうから、高岳駅前から名古屋高速沿いに一直線に南下したところにある「鶴舞中央図書館」名古屋市昭和区鶴舞1-1-155 Googleマップ)を選んだ可能性が高いと考えられます。

 ・灰田父が緑川と会った大分県の山中
 つくるは、二学年下の灰田から、彼の父が体験した不思議な話しを聞きます。灰田父が1960年代末に放浪生活を送り、一時期、「大分県山中の小さな温泉で下働きの仕事をしてい」(74ページ)ました。そこで、緑川という四十代半ばのピアニストと出会います。
 大分県には温泉が多いです。由布院温泉、別府温泉がよく知られています。この二つのうちのどちらかが灰田父が居た温泉でしょうか。どちらも、1960年代より前から温泉地として知られていたため、「何よりそこは世間から隔絶された場所だった」(74ページ)には当てはまりません。また、別府は海に面し、由布院は盆地であるため、「山中」ということばに適いません。
 大分県で、「山中」のイメージの強い場所はいくつかあります。熊本県との県境にある「九重連山」、大分県北東部に丸く広がる「国東半島(くにさきはんとう)」、宮崎県との県境「祖母山・傾山(かたむきさん)」です。
 地の利の表現から考えると「九重連山」「祖母山・傾山」なのでしょうが、私は、灰田父が居た大分県の山中は「国東半島・両子山(ふたごさん)」と考えます。
 第一の理由は、「九重連山」「祖母山・傾山」は、熊本・宮崎の両県の県境に位置しているため、本文中で「大分県山中」と特筆していることとそぐわないように見えるためです。
 第二の理由は、こちらがメインの理由ですが、タイトルの「巡礼」とのつながりです。国東半島は古くから山岳信仰の場であり、国宝の大堂がある「富貴寺」など、多くの寺院が存在します。それらは「六郷満山」と呼ばれ、今でも信仰の場となっています。
 そして、10年に一度、国東半島の寺院を巡る、「峯入り」という修験が行われています。まさに、「巡礼の年」があるというわけです。本作品内では、そのような場面は描かれていませんが、主人公の死の意識した冒頭の一文から始まる、全体を覆う宗教的イメージは、国東半島の様相と重なってきます。

 ・多崎つくるの色
 名古屋市と大分県という自分と関わりの深い場所が次々と出てきましたので、にやけながらページを繰っていったのですが、場所以外にも、とりわけ気が惹かれたことがありました。本作品の顔とも言うべき「色」です。
 つくるの高校時代の友人四人の色。アオ、アカ、シロ、クロ。
 これは、「陰陽五行」と対応しています。木火土金水、というアレです。安倍晴明とかが、いろいろ操ったというアレです。
 青は、木で、東で、春。
 赤は、火で、南で、夏。
 白は、金で、西で、秋。
 黒は、水で、北で、冬。
 12章、13章で、沙羅に会う場面を挟んで、つくるは季節の順番に会いに行っています。特に「クロ」はそれがはっきりと表れていて、「北欧・フィンランド」に住み、つくるが訪問した時は、「湖」の近くのサマーハウス(夏が出てきてしまいました……)に居ました。
 では、つくるは何色でしょうか。
 つくるを追放したグループは徐々に崩れていきました。つくるという中心を欠いたからでしょう。陰陽五行では、東西南北の他に「中」があります。「中」は「土」です。つくるは土木建築のスペシャリストです(今度は「木」の字まで入ってきてしまいました……)。
 つくるは黄色なのでしょう。たぶん。それに、一応、「たざ『き』つくる」で、名前に「き」が入っています。

 私は、ネットで注文して、この本を購入しました。昨年、「本の短冊で七夕飾り」を作って以来、短冊(売上カード、スリップ)がどうしても気に掛かってしまい、できる限り、それが挟まったまま購入できるネット書店を利用しています。
 そして、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の中に在ったスリップとその色ですが……、

 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』とその短冊
 「初版」の文字入り短冊です

 黄緑色でした。惜しいです。

 (本文中では、一部敬称を省略いたしました。ご了承ください)

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2012.08.22

本との七夕 その三

 前記事(その二)へ。

 ●いよいよ飾り付け

 笹を手に入れるのに苦労しました。七月七日の前でしたら、そこここで手に入れることができたようです。ところが、八月も下旬になりますと、ありません。全く無い。本当に無い。ありません。ここまで無いとは思いませんでした。
 困ったなあ……、と思いながら、調べると、生花店で扱われていることが多いということが分かりました。しかし、それも七月七日頃の話しです。困ったなあ……、と、とぼとぼといくつかのお花屋さんの店先をのぞいてみました。笹が生い茂っているはずもありません。困ったなあ……。
 困ったなあ……、とぼやいてばかりでは仕方ないので、一軒のお花屋さんに入ってみました。綺麗な生花が並んでいますが、笹はやはりありません。
「ご、ごめんくださーい」
「はーい、ちょっと、お待ちくださいねー」
 十数秒の後、お姿を現したマダムに、旧暦に合わせて七夕飾りを作りたい、よって笹を探し求めている次第をお伝えしました。すると、困ったお顔で、
「笹はねえ、もう、無いですねえ。市場にももう出ていないはずですよ。ううん、どうしようかしらねえ」
 生花に囲まれて、困ったなあ、という二人。
 ところが、一転、光明が。
「あら、そうだわ。うちのお庭の奥に、まだ切っていない笹があったはずだわ。もし、それで良ければ」
 もしそれで、も、何も、それです。それが欲しいのです。是非是非、とお願いして、用意できたのがこちらの笹。


 千金に値する笹です

 今後、旧暦に合わせた七夕のおまつりを催すことをお考えの方は、あらかじめ笹を植えていらっしゃるお宅におうかがいして、予約しておくことをお勧めいたします。売っていません。
 これを、隣の竹垣に竹立てかけるように、笹を立てかけます。


 案外と、ふわりと先が広がるように見せるのは難しいです

 紆余曲折ありましたが、準備完了です。みずみずしい笹が天への祈りを支えてくれるのです。まずは、色紙で作った長いのを飾ります。

 夕暮れせまる中で、涼風にあおられて、まさに、笹の葉さらさら、です(後で、これが悲運をもたらします)。
 次いで、じゃばらから変じた天の川と、かっこいい赤い菱形、カササギも飾りました。いよいよ気分が高まってきました。風はますます涼しく心地よくなっていきます。

 色紙の飾り付けが終わり、スリップ短冊の飾り付けです。準備は万端整えておりましたので、素早く、糸を通し、つまようじを引っかけ、笹にくくりつけます。

 次々に、くくりつけます。素早く。しかし、夕闇もそれ以上に素早く迫ってきます。

 素早く、つまようじ、糸、絡む、風吹く、外れた、素早く、暗くなる、見えにくい、焦る、ヤブ蚊。……できました。

 笹の葉、さらさら。飾りはなびき、短冊は舞う。
 ここで、手持ちのデジカメの限界です。以降、心は満足感で明るいですが、写真は暗いです。

 ●飾られたスリップ短冊は……


 暗闇に映えるタイトルです。


 「たのしみは……」


 甘いもの! 甘いものは楽しいです。


 最新刊です。登場人物がいろいろするのが面白かったです。


 コミカライズ版です。最新十巻。佳境に入りました。


 桜とあれば、つい買ってしまいます。下の『浪漫図案』は、昔の商品ラベルやポスターなどの写真が満載で、眺めるだけで楽しい本です。


「伝染るんです。」や「中の人」などのことばは、どのような暮らしを送ることで生み出せるのか知りたいです。


 豊島ミホさんは、今、電子書籍の可能性を試していらっしゃるようです。


 「紙の本」でなければ成り立たない作品。きのこだらけの名作を集めた名作です。

 他にも数冊分のスリップ短冊を飾ったのですが、笹の葉をさらさらさせすぎる風がひっきりなしに吹いていたため、ぶれた写真ばかりになってしまいました。以上がかろうじて判別できるものです。
 できる限り広い範囲、興味の幅を持てるよう、本を読むことにしています。しかし、こうしてみると、かなり偏りがあることが分かりました。その反省を込めて、天に祈りを。
 もっと本を読めますように。もっと本の世界が広がりますように。もっと本が親しまれますように。本よ永遠なれ!

 
 とどきますように

 ―カーテンコール―
 今回、ご登場いただいた、書籍諸氏です。ありがとうございました。
 

 あ……、

 

 お星様きらきら、金銀するの忘れてました。

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本との七夕 その二

 前記事(その一)へ。

 ●本のための短冊

 現在、本を読む方法は拡がって行っています。従来のように、町の本屋さんで買う、図書館で借りる、だけではなく、ネット書店で取り寄せる、データをダウンロードして電子書籍で読む、など……。もしかしたら、今後は、これ以外にも、思いもよらない方法で、本を読むことができるようになるかもしれません。本に限ったことではありませんが、新しい方法が生まれれば、得られることがあり、失われることもあります。
 本の場合、何が得られて、何が失われるか、少し考えてみましょう。町の本屋さんに行けば、欲しかった本、目的の本の他に、つい目にとまる本があり、それを先に買ってしまうことがあります。どのようなことが書かれているのか、立ち読みで目を通すこともできます。本屋さんに行けばこのようにして本を見て買うことができますが、そもそも、そこに行く労が必要になります。遠くにしか本屋さんが無い場合は、特にそれが難です。一方、ネット書店は配達をしてくれますし、その時々の売れ筋の本、全国的に話題になっている本が何かも分かりやすくなっています。けれども、本との思いがけない運命的な出会いはネット書店では起きにくいように思われます。立ち読みもできないため、届いて、手に取ったら、印象と違っていた、ということもあるでしょう。
 町の本屋さんでもネット書店でも、手に入れた本は、棚に並べたり、積んでおくことで、どれだけ読んだのか、手元にあるのかという、「量」が感覚的に分かります。読んだ実感が強く味わえるように思います。ただし、その実感が大きくなればなるほど、物理的なスペースは小さくなっていきます。電子書籍はそれを解決してくれます。部屋はすっきり広くなります。「あれは、何の本のどこに書いていたことだったっけ?」という場合も、検索して、すぐに見つけ出すことができます。数多くの本の内容も端末一つで持ち運ぶことができます。一方、「情報量」以外の感覚で「本を持つ」という印象が薄らぎます。装丁、紙の手触り、帯の有り無しなども、本の楽しみ方のひとつ、と考えていらっしゃる方には物足りないかもしれません。
 先に書いたように、どんな方法でも、一長一短があります。それまでのものと新しくできたものとの間で、善し悪しや要不要をすぐに断ずることはできないでしょう。
 しかし、ある一点、「電子書籍ばかりになれば、さすがに、あれは無くなってしまうだろうなあ」と思うものがあります。


 あれ

 これです。見覚えがおありなのではないでしょうか。立ち読みをしていて、中程のページに至ると、数ページまたいでいて、「邪魔だな、この紙」と思う、あれ、です。出版社のしおりや、新刊案内以外に入っている、あれ、です。
 ところが、本屋さんで、本の検分を済ませて、「では、今日はこの本を買うことにしよう」とレジスターまで持って行き、お会計を済ませて、帰宅し、書店の袋から本を取り出し、ページを開くと、あの邪魔な紙は消え失せています。
 時間を巻き戻してみましょう。レジスターに本を持って行きます。店員さんに本をお渡しします。価格が告げられます。
 その時です。
 シュッ、とされます。このように。


 挟まっているのを……


 シュッ!!

 抜き取られます。あの邪魔な紙を抜き取ってくれてありがとうございます、と思いますか? それとも、あの邪魔な紙込みで本は売ってもらえないのだろうか、と思いますか?
 あの紙は、本屋さんでは一般的に「売上カード」や「売上スリップ」、さらに略して「スリップ」と呼ばれたりしています。名前の通り、売り上げ管理のためのものでしたが、最近では、売り上げはPOSで管理していることが多いため、このカードで売り上げ管理をすることは少なくなっているらしいです。スリップは細長い紙片の二つ折りで、一方は売り上げ管理に使われますが、もう一方は、売れた本を補充するための伝票としての役割を持っています。他にも、スリップにはいくつか役割がありますが、いずれにせよ、本屋さんのためにあるもので、本を買った人のため、という意味合いは弱いと言えます。


 半分ずつ、役割が違います。書店でアルバイトをしていた時、連続してスリップを抜き取り忘れ、えらく叱られたことがありました…

 「それならば、なにゆえに、桜濱は、抜き取られ、本屋さんの元に残されるはずのスリップを持っているのか?」と問責されるかもしれません。悪いことはしておりません。言い訳はあります。スリップは、町の本屋さんで本を買った場合は、上記の理由により抜き取られますが、ネット書店で購入した場合は、スリップを用いた補充や売り上げ管理の必要が無いため、それが入ったまま送られてくるのです。
 購入者にとってほとんど意味のないものであるため、廃棄したところで、何ら支障は無いのですが、せっかく本と一緒にやってきたものなので、そうするのも忍びなく、「本屋さんで買ったら、入っていないものだし、捨てちゃうのも、もったいないなあ」という、極めて世俗的な理由で、本の奥付けの辺りに挟んだままにしております。
 お話を七夕に戻しましょう。意味なく、長々とスリップのことを書いたわけではありません。スリップには「別名」がいろいろとあります。本名の「売上カード」、又の名の「補充注文カード」、紙片という形状から「売上スリップ」、その略称「スリップ」まで書きました。他には、本から抜き取りやすくするために、半円状にくりぬかれた部分に由来して「坊主」。


 くりくり坊主

 そして、見たままの形から「短冊」とも呼ばれます。
 ようやく、つながりました。


 七夕よりもよく見かける短冊です

 そうです。今回は、スリップを短冊として使います。本の情報が書き込まれたスリップ。謂わば、スリップとは、本の魂の記録なのです。その魂を天の川に捧げれば、とこしえに本があり続けますように、という願いが叶えられるような気がします。
 それでは、スリップ短冊を飾り付ける準備をしましょう。坊主の部分に、ぶすり、と穴を開けて、こよりや糸を通すのは、これまたなんとなく憚られ、せっかく捨てずに挟んで取っておいたのに、という思いもあり、傷つけずに短冊化させます。
 穴は空いています。坊主のくりぬかれた穴です。これを利用します。

 つまようじをスリップ短冊の長さに合わせて切り、真ん中辺りに糸をくくり付けます。

 短冊を開いて、坊主をくりぬいた穴の裏側から糸を通し、スリップ短冊を元通りに折ると、

 ぶらーん、と、七夕カスタマイズ・スリップ短冊のできあがりです。これでしたら、紙を傷めません。外すのも簡単です。我ながら良くできました。


 スリップ短冊のできあがり

 これで、飾りも、短冊もできました。笹に着せて、さあ、星に願いを。

 その三に続く。

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本との七夕 その一

 避暑、ということばを聞いて思い浮かぶのは、白樺と、テニスと、白樺と……、というくらいに、避暑とは縁が薄い半生でした。九州で産湯につかり、豊後水道のお魚を食べて育ちましたので、夏というのは、遠くの空で、白く大きな雲がもくもくと盛り上がり、草の匂いとじめりとした湿り気を含んだ風が通り抜ける季節である、という観念を受け入れておりました。それを避けよう、避けることができるなどということは思いもしませんでした。
 しかしながら、近年の夏は、度を超えています。避けられるものならば避けたいです。残暑お見舞い申し上げます、も、もう飽きたという頃合いでも、とても暑く、何らかの回避手段を講じなければ、身体に異常をきたす恐れがあります。白樺やテニスは無くてもいい、そもそもテニスをしたことがない、暑さを避けられればそれで構わない、ただ、許されるならば、静かでゆっくりとした時間を過ごせるところがいい、という我が儘な願望を抱きます。
 それを叶えてくれる場所があります。その名は図書館。涼しい。座ることができる。本もたくさんあって自由に読むことができる。名古屋市鶴舞中央図書館愛知県図書館であれば、スガキヤさんが入っているので、小腹が空けば、クリームぜんざいを食べることもできます。楽園です。
 こんな良い思いをできるのも、本という存在がゆえにです。ありがとう、本。本の世界よ、永遠に。浅薄な我が脳に麗しき知識をお与え下さいますよう、なにとぞ、特に一番最後をどうかよろしくお願いします、と、このように常々思っておりましたが、本の世界が揺らいでいる、ようなのです。

 ●最近よく聞くようになった本屋さんの話題

 電子書籍ができました。それが広まっています。町の書店が減少傾向にあるそうです。小さな書店ばかりでなく、都市部の大型書店も例外ではないようで、ジュンク堂書店新宿店さんの閉店は、ニュースになりました。
 どれくらい、本屋さんで、本が売れなくなっているのか、手元に資料が無いため、はっきりしたことは分かりませんが、右肩上がりでぐんぐんと売り上げが伸びている、ということでは無さそうです。
 ですが、本屋さんで本が売れなくなったから、急激に本が無くなった、ということも無く、本はまだまだあります。まだ全てが電子書籍とはなっていません。では、どのようにして本が人々の手に渡っているか、といいますと、ネット書店、らしいです。話題の本があれば、その紹介記事とともに、ネット書店のその本の購入ページへのリンクが貼られています。書名を検索すれば、最上位は、ネット書店内のページが表示されることも多いです。
 ネット書店は便利です。私もよく利用しています。町の本屋さんと、ネット書店。どちらが良く、どちらが良くない、とは言い切れません。どちらにも良いところがあります。願わくば、上手い具合に共存してほしい、手に取りたい本が手に取りやすいようになっていてほしい、と思っています。

 ●本の安泰を願いたい

 この願い、流星に祈ってもいいのですが、流星に祈る場合は、現れてから、消えるまでに三回唱えねばならないそうです。そんなに口が回りません。もっと、ゆっくり、願いたいです。お正月ならば、初詣、という手もありますが、この季節に詣でて願っても神さまは「え、今頃、来たのかい!?」とお思いになるような気がします。
 ところが、世の中、良くできたもので、「みんな、そろそろ願いたい頃なんじゃないのかい?」と狙い澄ましたようなイベントが設定されています。
 七夕です。
 短冊にゆっくりと願い事を書いて、ゆっくりと笹にくくりつけ、ゆっくりと夜空に祈ります。お願いします。本をできるだけ長く読めますように。
 その願いをあざ笑うかのような、大雨。短冊は湿り、水性ペンで書いた願いは流れ落ちます。そうです、七月七日、七夕の日は、おおよそにして、梅雨まっただ中です。毎年、七夕の夜は晴れるのか、曇り空なのか、雨降りなのか、が天気予報されています。晴れだと、それだけで「運が良い」ということになっているように見受けられます。晴れにするだけで、願い力、を使い果たしているのではないか、という気にさせられてしまいます。
 それを、避ける手段として、「月遅れの七夕」を催す地域があります。八月七日に七夕を行う、ということです。良い考えだと思います。八月に入れば、梅雨も明けていて、青空が見込め、星空に願いを、ということができます。ただひとつ残念なのは、七が並んでいないため、ちょっと心中もやもやしてしまう、ということでしょう(奇数は「陽」であり、月日でそれが並ぶため吉日とされています)。
 七月七日は雨、八月七日は居心地が少し良くない。でも、諦めるにおよびません。最終手段が残っています。「旧暦の七月七日」です。現行の暦(太陽暦)では七月七日は梅雨のただ中であっても、旧暦(太陰太陽暦)の七月七日ですと、立秋も過ぎ、梅雨もとうに明けていることが多いようです。
 今年の旧暦七月七日は、七月二十四日です。明後日です。近頃は、昼間は酷暑でも、日が落ちると、秋をほのかに感じさせてくれる風が吹くようになりました。夕立、通り雨はありますが、晴れている時間はかなり長いです。
 七夕日和です。いざ、星に願いを。

 七夕の願いは、短冊に願い事を書いて、笹にくくり付けますが、それ以外にも、いろいろな飾りを笹にまとわり付けさせます。それらの飾りは、紙製のものが多いです。ケーキもろうそくも要らないので、実に容易に行動に移せます。


 セットの色紙と、少し厚手のA4サイズ

 東急ハンズさんでこれだけ入手すれば、短冊以外の七夕飾りは成立します。これらを切ったり貼ったり折ったりすればいいのです。さて、切りましょう、折りましょう。
 ……輪っかをつなげたものしか思い出せません。あとは、単純に色紙をつなげたものくらいしか。自らの創造力と想像力と記憶力を嘆きつつ、キーボードを打ちますと、ありがたいページが見つかりました。こちらを参考に作っていきます。

七夕特集|七夕飾り(かざり)と短冊|縁結び祈願 京都地主神社
http://www.jishujinja.or.jp/tanabata/kazari/kazari.html

 まずは、簡単で、見た目が「いかにも七夕」というような飾りです。折って切って広げるだけです。左右交互に「へ」の字形に切って、

 広げると、

 できました。かっこいいです。いかにも縁起が良さそうです。


 縁結び神社推奨っぽさが出ています

 次は、定番のものを作りましょう。これは、見なくても分かります。細切りにしたものを輪っかにしてしてつなげる、小さい四角に切ってつなげる、の繰り返しで、


 定番の飾り二種類

 できました。懐かしいです。しばし、童心に返りました。
 あとは、数十枚の色紙があれば、その中の数枚は、この運命を辿るであろうものを作ります。

 折って、広げて、

 鶴、ではありません。カササギ、です。七夕の空、天の川の架け橋の役目を担っているのは、カササギです。「かささぎの渡せる橋におく霜の白きをみれば夜ぞふけにける」という大友家持作とされる百人一首にも収められている有名な和歌からも、カササギの役目と人の良さが分かります。ただし、カササギの折り方は「鶴を参照」です。

 小学生の頃、先生が色紙を取り出すと、各一枚ずつ入っている「金」と「銀」の争奪戦が始まりました。金と銀の希少価値は、色紙界にも及んでいます。今回は、一人で作っておりますので、贅沢に、我が身一つで金と銀をもてあそぶことができます。贅沢に使いましょう。
 色紙に入っていた台紙を星形に切ります。定規とコンパスで五角形を作ったのは何年ぶりでしょうか。かなり頭を悩ませてくれました。これだけで、輪っか飾りと四角をつなげた飾りを作る時間くらい要しました。この苦労して作った星形の裏表に、星形に取った金と銀の色紙を貼り付けます。

 贅沢です。小さい頃にはできなかった代物です。しばらく、輝く星飾りを見遣ります。金に目がくらむ、とはこのようなことなのでしょう。


 あこがれの金と銀をどちらも使った逸品

 色紙セットの飾りはこれくらいにして、別に用意したA4の紙を使います。これを四つ折りにして、互い違いに左右からはさみを入れます。

 びよーん、としたじゃばらのようなものができます。こんなのが飾りになるのか、叱責を受ける前に、ささっ、と折り目を広げると、

 天の川のできあがりです。これを「網」ということもあるようです。天の川に棲むものを捕らえるための網らしいです。……なんとなく、「天の川」としたい気持ちです。
 これで、飾りは一通りできました。では、肝心の短冊を用意することにいたしましょう。

 その二に続く。

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2011.04.29

エヌ氏力で話を短くする4つの心得「ボタンを押せない近未来人をアピールせよ」等

 Mars Photo(flicker)

 こんにちは。対宇宙人ネゴシエーションを専攻している桜濱です。私は微分積分も有機化合物の組成式も分かりませんし文系ですが、妄想科学小説に関してはプロフェッショナル。今回は、タイムマシンで未来に行っても、他の惑星に放り出されても数ページで解決できるエヌ氏力を身につけるための4つの心得を皆さんにお教えしたいと思います。

1.あえて2~3世代前の銀色の玉を赤い惑星に持っていく
 犯罪を犯したら処刑地の赤い惑星にあえて2~3世代前の銀色の玉を持っていくようにしましょう。そして、喉が渇いたら、独り言をつぶやきつつ、銀色の玉のボタンを見つめましょう。そして「あ~ん、この銀色の玉、チョームカつくですけどぉぉお~!」と言って、銀色の玉に「どうしたの?」と言わせましょう。言われたら銀色の玉の思う壺です。「銀色の玉とか詳しくなくてぇ~!これしか使うものがないから使っているんですけどぉ~!使いにくいんですぅ~!ボタン押したら爆発するかもしれないからぁ~!ぷんぷくり~ん(怒)」と言いましょう。だいたいの犯罪者は新しい銀色の玉を持ちたがる習性があるので、古かったとしても1世代前の銀色の玉を持ちたがるはずです。
 そこで銀色の玉が「どうして新しい銀色の玉にしなかったの?」と語りかけてくるはず(語りかけてこない銀色の玉は、空気と同じくらい大切なものだけどその時点でボタン連打OK)。そう言われた犯罪者のあなたは「なんかなんか~ぁ! 最近、ボタン星からの贈り物が人気なんでしょー!? あれってどうなんですかぁ? ボタンを押しても爆発のおそれがない銀色の玉が欲しいんですけどわかんなぁぁああい!! 私かわいそーな犯罪者✝」と返します。すると銀色の玉は「わたしでいいでしょ? ボタン星の機械は思惑が見え隠れしてるわよ。本当によく分かっていないみたいね。どれだけお水が欲しいの?」という話になって、次に銀色の玉のボタンを押す時は、また飢渇と死の恐怖に襲われているわけです。あなたのエヌ氏力が高ければ、幸せな気分のまま周囲が輝きに満ちるかも!?

2.宇宙船との交信では地球語を使うとおみやげをもらえる
 「キャー!」とか「悲しい!」などの表現は無理せずに地球語で言いましょう。他の銀河系の宇宙人は「どうやらこの星の住人は高い文明を持っていないな」や「私たちの星の技術で発展させてあげたいかも」と思ってくれます。宇宙空間では地球人の文明の程度の低さが増幅されて宇宙人に伝わるので、地球語を多用することによって、宇宙人は地球人が能力を無駄な使い方しかしない愚かな生物と認識してくれるのです。そういうキャラクターにするとほぼ絶対に鏡や壺から出てきた悪魔に呪われますが、気にしないようにしましょう。

3.とりあえずバーの女性には「それは何だい? 知りたいな」と言っておく
 バーなどで男がボッコちゃんに話すことは、ボッコちゃんの名前や年齢のことばかり。よって、ボッコちゃんにとってはどうでもいい話ばかりです。でもそこはマスターの対策済みで名前と年齢だけは答えられるようにしています。「ボッコちゃん」とか「まだ若いのよ」と返すと男はさらにボッコちゃんのことが気になります。ロボットだとばれたら終わりです。テンションを上げようにもロボットなので「えー! なにそれ!? 知りたい知りたーい♪」とも言えず、男に言われたことをおうむ返しする機能だけ。でもそれで正解。ロボットにはそもそも興味もなにも無く、やや突き放した単調な受け答えでその場を乗り切るでしょう。あとはバーのマスターがどうにかします。少し冷たい女子にも男は弱いのです。
 そのうち一人の男がいろいろ話しをするので、それを聞きます。
「覚えたかい」
「覚えたわ」
「メモしたかい」
「メモしたわ」
「本当はそうじゃないんだろう」
「本当はそうじゃないの」
「きみぐらい冷たい人はいないね」
「あたしぐらい冷たい人はいないの」
「飲むかい」
「飲むわ」
 と、一連の会話の後、ボッコちゃんは内蔵のタンクのモーターをくるくる回しつつ、口からキュンキュンキュンと男が薬を入れた酒を飲むはずです。男は「どうかしたかい?」と言うのもアリ。ボッコちゃんが「どうかしたわ」と言えば男のエヌ氏力アップ! そこで男は「勝手に死ねばいいさ」と思ってしまいます。ボッコちゃんはおうむ返しと酒を飲み続けるしかできないロボットですが、二足歩行するものよりも充分にモテたりするのです。バーに残された他の男性客は、酩酊感に浸りたいからと、マスターのおごりの酒を飲んではいけないですからね。

4.生活維持省に入ったら人間の心情を否定し計算機の判断の公正さをアピールせよ
 生活維持省では、何枚かのカードの中から、真っ先に、若い娘を持つ親を探して「あーん! 私あなたのお嬢さん光線銃で撃ちたくないんですよねぇ~(悲)」と言いましょう。するとほぼ100パーセント「いまでなくてもいいではありませんか」と聞かれるので、「撃ちたくないしお気の毒だとおもいますっ✝」と返答しましょう。ここでまた100パーセント「なんでこんな方針に従わなければならないのでしょう?」と聞かれるので、その質問の語尾にかぶせ気味で「人々が平和に生活できる社会のためは(中略)この方針を止めたら人口が増え、事故、無教育、騒音(中略)人間はもとよりヒヨコがピヨピヨとすら鳴けない世界になります。戦争です」と、いつも通り一気にしゃべります。

 その瞬間、あなたのエヌ氏力がアップします。きっと母親は「でも、でも…」としか答えることができず、あなたを「死神のような男だ…」と心の中で思い、あなたの振る舞いと生活維持の仕組みに絶望するはずです。あなたは、引き金をひいた後、同僚の運転する車に乗り込み、ポケットから次のカードを一枚ひっぱり出したら、「ああ、オムライスを食べながらがいいな」と言えば大丈夫です。「なんだい、いいな、っていうのは」と言われたら、「いいよ自分で決めた順番なんだから」と言っておけばOKです。

(文=対宇宙人ネゴシエーター・桜濱)

画像:flickr=http://bit.ly/jz9hx7

――――――――――

 お久しぶりでございます。
 最近、少々流行っているようで、それに乗っかり、やっつけ仕事で書いてみました。書いている途中で、元ネタの質の高さを再確認致しました。あまりに高いハードルです。
 前半は、オムライス文、の雰囲気をどうにか保てましたが、後半までは無理でした。
 何度読んでも、名文です。いいですね、星新一。

・参考
 モテる女子力を磨くための4つの心得「オムライスを食べられない女をアピールせよ」等
 (Pouch 2011/04/26 http://youpouch.com/2011/04/26/162331/

 参考文献
 『ボッコちゃん』 星新一 新潮社 1971/05/27 ISBN:4101098018
 『ようこそ地球さん』 星新一 新潮社 1972/6/19 ISBN:4101098026

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2008.10.10

超人っぽい会社

 今年は漫画『キン肉マン』の29周年記念です。今、改めて『キン肉マン』の素晴らしさが語られています。
 そのような時、「どの超人が一番好きか?」は必ずと言ってよいほど俎上に上げられる話題だと思われます。
 皆様、色々なご意見があることでしょう。
 私は、ウォーズマンが好きです。あの憂いに満ちた存在に惹かれます。後に、正義超人、アイドル超人と呼ばれるようになりますが、元々は「残虐超人」に属していました。余りに非情なファイトスタイルからです。
 戦闘における最小限のフォルム、力強さ、寡黙さ。全てが憂いに満ちています。普段の口ぐせは、

コーホー
 息づかいが聞こえる…

です。まさに「ファイティング・コンピューター」の名に相応しい発言だと思います。
 彼のテーマ曲があります。タイトルは『悲しみのベアー・クロー』。歌詞は下記のリンク先をご参照ください。

 『悲しみのベアー・クロー(ウォーズマンのテーマ)』
 (「うたまっぷ」(http://www.utamap.com/)より

 あまりに、悲しい。あまりに、愁える。心痛止みません。

 ウォーズマンの必殺技は、ベアー・クローの他に、「パロスペシャル」というものがあります。『キン肉マン』で色々なキャラクターが繰り出す必殺技の中で、最も常人が真似しやすい必殺技の一つだと考えられます。実際、あちらこちらの学校で、児童・生徒がパロスペシャルを真似したようです。しかし、パロスペシャルは「必殺技」ですから、現実世界でも、たいへん危険な技なのです。これで怪我をした児童・生徒が多かったろうと推察されます。学校から「パロスペシャル禁止」の達しが出たところもあったと風の噂で聞いたような気がします。

 ウォーズマンは悪くないのに、禁止扱いになったのです。それを思うと、さらに愁いが増します。そして、ウォーズマンへの愛も深まります。


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2008.09.30

梓弓

 そういえば、朝の天気予報で、夕方くらいから雨が降る、って言ってたっけ。部屋、暗いもんね。もう降り始めてるのかもしれない。ああ、そうだ。「帰る頃には雨降るから、傘、持っていってね」って、声、掛けたんだった。あの人、傘、持っていってたかな。よく覚えてない。
 アズサは、反対側の壁にある掛け時計に目を遣った。暗い雲ばかりで、レースのカーテンだけを掛けている部屋には陽は入ってきていない。蛍光灯も点けていない。部屋のところどころにある家電が、待機を知らせるために、緑だったり、赤だったりの光を、小さく灯している。部屋を一番明るくしているのは、携帯電話の液晶画面だ。その光の力で、ようやく読み取った掛け時計の針は、まだ夕方間もない時間を指していた。
 まだだ。こんなに暗いのに、まだこんな時間なんだ。もっと待っていないと。
 時計を見るために少し起こした身体を、再び、ベッドにもたせ掛けた。
 いつからこうしていたんだっけ。何時から?何日前から?何週間前から?そう、三年前からだった。この時間が長いのか、短いのか、私にはわからない。毎日、ただ、こうしてベッドにもたれ掛かっているだけじゃない。朝は、ごはんを作って、あの人と食べて、見送る。天気予報を見て、雨が降りそうだったら、傘を持っていくように言って、暑そうだったら角を揃えて折りたたんだタオルハンカチを渡して、寒そうだったらコートを用意して。
 その儀式が終わったら、食器を洗って、掃除をして、洗濯物を片付けて、晩と明日の朝の食材が少なかったら、近くのスーパーに買いに行く。それで、午前中が終わる。同時に午後も終わる。もう、することが何も無くなっているから。あとは、あの人が帰ってくるのを待っているだけ。最初の頃、待つのは楽しかった。夕食を食べながら、私にはよく分からないあの人の仕事の話を聞くのも楽しかった。私は、あの人には分からないはずの、スーパーでの些細なハプニングなんかを話すのが楽しかった。あの人は、喜んで聴いてくれているように見えていた。
 今でも、そんな一日は何も変わっていない。だけど、どこか違う気がする。毎日していることが変わっていないから、余計に気になる。こんな気になるのはいつからだったかな。それは覚えていない。三年よりも短くて、一日よりも長い間にこんな気を持つようになったんだと思う。
 三年前は、そんな時間は無かった。違う。ほんの少しだけあった。茫漠とした時間は、私の一日に、一秒にもならないくらいの染みを付けていた。私が決めた私の仕事を全部終わらせて、あの人が帰ってくるまでの時間のどこかに、それがあった。
 テレビニュースで原油タンカーの事故を見たのは、いつだったかな。事故現場の海面には、深い海の底の船から湧き出してくる黒い油で膜が作られ、それが時間と共に広がっていっていた。私はヘリコプターからのその映像に見入った。それは、私だと思った。油でぬめる海面は光を反射して、ところどころ虹色に輝きながら、波に漂い、水平線のほうへ広がっていった。
 そこまで見たら、テレビも電灯も消して、ベッドにもぐりこんだ。あれは私なんだ。身体を洗っても洗っても、粘りのある黒い油は落ちない。どうしよう。あの人が帰ってくるのに。朝、せっかく床も水拭きしたのに。毎日毎日そうしているのに。どうしよう。こんな体は見せられない。
 アズサは携帯電話を掴み取り、番号を登録しているあの人のボタン押した。そうしたら、全身を包んでいた布団の中がまぶしいくらいに明るくなった。液晶の光が、体を包んだ。すると、波が引くように落ち着いていった。
 それから、どれくらいケータイを抱いていたんだろう。いつの間にか眠ってしまってた。目覚めた時は、夕暮れだったな。
 アズサは、急いで起きて、携帯電話をベッドの上に放って、夕食の支度を始めるために、蛍光灯を点けた。初めて一緒に撮った写真の待ち受け画面は、その光に紛れてしまった。
 それから、毎日、午前中の仕事を済ませると、携帯電話を持って、布団をかぶり、眠った。
 眠っている間は、黒い染みは消えていた。しかし、目が覚めた後は、頭が働かなかった。このままじゃいけない、とだけは思って、ベッドから降りるのだけど、立ち上がれない。座り込んで体を投げ出すようにベッドにもたれ掛かった。あの人が帰ってくる、そのことだけを思って、ただ力なく座っていた。
 カーテン、閉めないと。陽の光はもう無い。雲はもっと深くなっていっているみたい。窓の外は、ただわずかな白を含んだ灰色があるだけだ。
 枕元に置いた携帯電話が、振動音と光を放った。この振動パターンはあの人のものだ。

From:優哉
Subject:無題
帰ったよ。カギ開けて。

 部屋のカードキーは、一枚しかない。合鍵を作ろうか、と話したけど、あの人が帰る時に、私がいないことは無いということ、それに、カードキーの合鍵は、作るのに手間が掛かると入居時に不動産屋から聞いていたことから、合鍵は作らないままだった。カードキーは私が持つことにして、あの人は、マンションの玄関前に着いたらメールを送り、それを見たら、部屋の中からオートロックを開けるようにしていた。そして、毎日、私はあの人が帰る時間は部屋に居た。
 アズサは携帯電話の液晶画面をちらりと見ただけで、立ち上がろうとはしなかった。数分後、再び、振動音が鳴った。

From:優哉
Subject:無題
帰ったよ。カギ開けて。

 繰り返し。文面をケータイに登録してるんだろうな。
 外で葉が鳴り始めた。やっと雨が降り出したんだ。雨が降る前にあの人は帰り着いたから、朝、傘、要らなかったな。細かい水音が、徐々に膨らんでいく。

From:優哉
Subject:無題
どこに出かけてる? まだ帰られないの?

 心配してる。でも、私の心配、自分の心配、どっちなんだろう。

From:優哉
Subject:無題
帰ったよ。カギ開けて。

 私って何なのだろう。鍵を開けるため無題の人ってどんな人? 雨の音が頭に響く。

From:優哉
Subject:無題
男か?

 「男」って誰のことなんだろう。うん、そうね。男よ。さっきまで一緒にベッドにいたの。いつからか忘れたけど、毎日毎日、私を明るく包んでくれてた。安心して眠れた。だから、今までここに居ることができたんだと思う。でも、あなたの考えている「男」とは違う!

To:優哉
Subject:おかえり
ずっと待ってたよ。今、開けるから

From:優哉
Subject:無題
前から分かってたよ。もう、僕がいなくても梓はいいんだと思う。梓は僕に縛られることないよ。今、梓に必要なのは、僕じゃないんだ。君を必要としている人のところに君の心を置いていなければならない。もう僕の役割は終わったんだよ。楽しかったよ。ありがとう。

 「おかえり」って言ったのに、「いなくてもいい」ってどういうこと。いないと駄目に決まってる。ずっと一緒にいたでしょう。さっきも一緒にいた。私を明るく照らしてくれていたのは、あなたじゃない。勝手なこと言わないで。

To:優哉
Subject:おかえりおかえりおかえり
おかえりなさい。開けるから、おくなったけど、ばんごはんつくるまってててあけるから、あしたもごはんつくれしそうしもせんたくもそのあといっしょにねむらないといけない

 雨がますます強く葉を叩いている。アズサはレースのカーテンを開けて、ベランダから身を乗り出す。朝、手渡したバーバリーチェックの傘が遠ざかっていく。
 アズサは携帯電話を握り締め、部屋を出た。エレベーターは待てない。数階分の階段を駆け下りる。内側から鍵を外し、雨水をはじいているアスファルトを走る。裸足にアスファルトが絡みつく。タンカーの油が思い出された。
 なんで、追いつかないのだろう。痛い。さっきから何度か転んでいるような気がする。あれ、変だな。私、走っているのかな。
 温かい雨が髪を伝い、口に入る。
 ああ、そうか、私、倒れてるんだ。だから痛いんだ。だから痛くないところなんてないんだ。

To:優哉
Subject:Re:
朝も、昼も、夜も、一緒にいてくれてありがとう。大事にしてくれてありがとう。私も同じくらい大事にしてたと思うんだけどな。だって、いつもあなたと一緒にいたよ。すぐそばにいつもいたよ。あなたはそれを見てないけど、そうだったよ。そうだったんだよ。あなただけの一日だったんだよ。それを見てないのに、何故「役割は終わった」なの?終わったことなんて何も無いよ。

 早く、これを送らないといけない。
 アズサは雨の滴る左手を開いて携帯電話の画面を見た。黒い液晶画面しかなかった。どのボタンを押してもあの明かりは点らなかった。ただ、油と夜が詰め込まれた黒だった。

――――――――――

 こちら↓のブログ記事を参考にして、私も書いてみました。
http://blog.goo.ne.jp/koneeta/e/0a5c0cb24c588de73c6e5c74f1868e48
http://blog.goo.ne.jp/koneeta/e/73fe2117704983433c8d8e10770caf9f
http://blog.goo.ne.jp/koneeta/e/696676f689923c5b8d4e5aec4b73235a

 『伊勢物語』第二十四段の「翻案」です。原文はこのようになっています。

―――

 第二十四段 梓弓

 昔、男、かた田舎に住みけり。男、宮仕へしに、とて、別れ惜しみて行きにけるまゝに、三年来ざりければ、待ちわびたりけるに、いとねむごろに言ひける人に、今宵あはむ、と契りたりけるを、この男来たりけり。この戸あけたまへ、と叩きけれど、あけで、歌をなむ詠みて出だしたりける。
  あらたまの年の三とせを待ちわびて
  たゞ今宵こそ新枕すれ
と言ひ出したりければ、
  梓弓真弓槻弓年を経て
  我がせしがごとうるはしみせよ
と言ひて、往なむとしければ、女、
  梓弓引けど引かねど昔より
  心は君によりにしものを
と言ひけれど、男帰りにけり。女、いとかなしくて、後にたちて追ひゆけど、え追ひつかで、清水のある所に臥しにけり。そこなりける岩に、指の血して書きつけける。
  あひ思はで離れぬる人をとゞめかね
  我が身は今ぞ消えはてぬめる
と書きて、そこにいたづらになりにけり。
(神野藤昭夫・関根賢司編 『新編 伊勢物語』 おうふう 平成11年1月 より引用)

―――

 古典を現代風に翻案するというのを、『今昔物語集』で出来ないかと考えておりましたら、『伊勢物語』のものがあると分かりましたので、力試しのつもりで取り組んでみました。
 慣れない書き方なので、いろいろと突っ込み可能なところがあると思いますが、大目に見ていただければ、ありがたく存じます。

 歌の解釈とその翻案が難しかったです。


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2006.07.14

助詞「ゎ」の効果 ―「ギャル文字『ゎ』の一般化の可能性―

 「わたしは買い物をしたかったけど、彼は海へ行こうって言った。」

 上の文章は何の変哲もありません。これを、少々変えてみます。

 「わたしゎ買い物をしたかったけど、彼ゎ海へ行こうって言った。」

 助詞「は」を「ゎ」と表記した文章を最近良く見かけます。特に若い女性が書いたと思われる文章によく現れるようです。この現象は、音韻(発音)と、仮名遣い(書き文字)を一致させた結果と考えることができそうです。

 歴史的仮名遣いと現代仮名遣いでは、音韻と仮名遣いが異なるものがあります。「顔」は、「かお」と発音しますが、歴史的仮名遣いでは「かほ」、同様に「火事」は「かじ」と発音しますが、歴史的仮名遣いでは「くゎじ」と表記していました。
 このような、音韻と仮名遣いの差は、現代では埋められていき、音韻と仮名遣いが一致するようになってきました。

 しかし、現代でも、音韻と仮名遣いが一致していない、しかも、それがごく自然に、多く使用されているのです。その代表格が、助詞の「は」「へ」「を」です。
 小学校に入学してすぐのひらがなの書き方で「『は』は『は』と言うのに、『わたしわ』は間違っている」「『がっこうえいく』もダメ」と教わった時、なぜだろうと思いませんでしたか?

 『岩波国語辞典 第五版』を見ると、助詞「へ」は「動作や作用の向きを示す。動作の帰着点。動作の相手」を表す格助詞、助詞「を」は「動作の対象を動的に見て示す」格助詞とあります。
 「格助詞」は、「事柄と事柄との関係(「格」)の認定を表現するもの」(『築島裕 『国語学』 東京大学出版会)という説明されていますが、分かりにくいです。「が」「へ」「に」「を」などが格助詞に分類されているところから、「助詞がくっついたものがどのような役割かをはっきりとさせ、そのほかのものにどのような意味合いをもって関係しているのかを表すもの」と考えることにしました。「『が』がくっつく語は、主語になって、動作する人、物をあらわす」「『に』がくっつく語は、動きが最終的に向かう物事をあらわす」という具合にです。助詞の種類が今回の主題ではないため、これ以上、深くつつかないこととしましょう。ぼろがでます。

 そして、今回の主役「は」は、「物・事を他と区別し取り立てて示すのに使う。他の物事(や状態)と対比して言うのに使」い、格を示さない「係助詞」と説明されています。「係助詞」は「陳述をなす用言に関係ある語に附属して、その陳述に勢力を及すもの」(『国語学』)と定義されています。これまた、よく分からない説明です。「読書百遍意自ずから通ず」ということわざをよりどころにして、上の説明を百回読んだ結果、「格助詞は文章の中の語の役割を決めるものだけど、係助詞は文章全体に影響を与えるもの」であると解釈しました。

 以上の助詞についての説明は、おそらく不完全だと思いますが、私には、これ以上考えることができませんでした。ご専門の方のご教示をお受けしたいと思っております。

 あらためて、助詞「は」の方に戻ることといたします。
 よく、外国人の方が日本語を学ばれるとき「『が』と『は』の使い分けが分からない」ということを耳にします。そして、その違いを説明するように求められたとき、日本人もよく分からないということも耳にします。
 悩んだ挙句、「『が』も『は』も主語にくっつくものなのだけど、ちょっとだけニュアンスが違うのよね…」という説明になってしまいます(実際は「は」は格助詞ではないので、主語を示すものではないようです)。
 前述の引用に拠りますと「は」は「他と区別し取り立てて示す」とあるので、「が」とは違って、「は」が付くものは強調されているように思えます。

 「は」についてのもう一つの大きな疑問は、小学校の例に挙げたものです。「なぜ、『わ』と言うのに「は」と書かないといけないの?」です。こちらは、いくらか説明が容易でしょう。「助詞のときは「わ」と言うけど、書くときは「は」なのよ」と。しかし、そのあとの質問が来たときに困ります。「なぜ、どっちも「わ」なのに、書き方を変えているの?」という質問です。ここでグッと答えに詰まります。なぜ「は」なのに「わ」なのか。なぜでしょう? 日本語史をたぐれば答えがでるかもしれません。日本語学の専門家の方にとっては説明が容易なのかもしれません。
 しかし、日本語学を専門的に勉強をしていない大多数の人にとっては、非常に難しい問題です。ニュアンスはなんとなく分かるのに、説明が上手くできないもどかしさがあります。

 ここで一番最初に戻りましょう。

 「わたしゎ買い物をしたかったけど、彼ゎ海へ行こうって言った。」

 この「は」を、「ゎ」に変えた文章は、そのもどかしさを無くして、文章を書いた人の個性を表現する手段だと思うのです。
 助詞「ゎ」は、若い女性が書いたと思われる文章に多く出てくると書きました。それをGoogleで検証してみましょう。自称(一人称)語に「ゎ」を付加したワードを検索し、そのヒット件数を比較します。

―――――――――――――――
 「私ゎ」…437,000件
 「僕ゎ」…25,100件
 「俺ゎ」…39,400件

 「わたしゎ」…25,900件
 「わたくしゎ」…1,070件
 「あたしゎ」…107,000件
 「ぼくゎ」…2,600件
 「おれゎ」…4,260件
 「おいらゎ」…205件

 「ワタシゎ」…707件
 「ワタクシゎ」…116件
 「アタシゎ」…30,900件
 「ボクゎ」…592件
 「オレゎ」…931件
 「オイラゎ」…3,626件

 「私ヮ」…11,900件
 「僕ヮ」…851件
 「俺ヮ」…1,100件

 「わたしヮ」…188件
 「わたくしヮ」…23件
 「あたしヮ」…1,490件
 「ぼくヮ」…27件
 「おれヮ」…21件
 「おいらヮ」…3件

 「ワタシヮ」…404件
 「ワタクシヮ」…1件
 「アタシヮ」…426件
 「ボクヮ」…379件
 「オレヮ」…370件
 「オイラヮ」…70件
―――――――――――――――
 自称語「おいら」は、「ブログの女王・眞鍋かをりさん」が使用されていらっしゃるので、加えてみました。

 この結果を見ると、明らかに女性の自称語の方に「ゎ」が使用されているのが分かります。自称語「わたし」「ワタシ」「私」は、中性的であると見ることができますが、自称語「あたし」「アタシ」は、女性の自称語の意味合いが強いとみられ、それをふまえると、「私ゎ」「あたしゎ」「アタシゎ」の、他に比べて飛びぬけて使用数の多い自称語は、女性の手によるものと考えることができるでしょう。

 では、「ゎ」はなぜ使用されるのでしょうか。一つは、前述の音韻と仮名遣いを一致させた結果と見ることができます。一致させるうえで、助詞であることを明確にするために、「わ」ではなく「ゎ」となったのでしょう。
 また、「は」に比べて「わ」は丸みを帯びているため、文字の印象が和らぎます。これは、角を持つカタカナの「ヮ」の方が、ひらがなの「ゎ」よりも格段に使用数が少ないことからも裏付けられます。それに加えて、「わ」を「ゎ」と小文字化することで、「かわいらしさ」の強調が為されていると考えられるでしょう。もともとの助詞「は」の強調の意味に加えて、書き手によって「かわいらしさ」の強調が意図的になされているのです。
 漢字では同じ「私ゎ」でも、「わたしゎ」より「わたくしゎ」がはるかに少ないのは、「わたくし」という読み方がフォーマルな要素を持ち、「かわいらしさ」とは逆ベクトルにあるためと言えるでしょう。

 助詞「は」から助詞「ゎ」への変化は、単純に、流行の一つ、一過性のものと断ずるには早いと思われます。「ゎ」が助詞であることを示すために小文字化させていること、音韻と仮名遣いの差を埋めていることから、一般化する可能性を大きく含んでいると思います。

 それでは最後に、「ゎ」を使えば、文章がかわいらしくなるのか、実験をしてみましょう。よく知られる文章に使われている「は」を「ゎ」に変えてみます。

―――――――――――――――
 吾輩ゎ猫である。名前ゎまだない。(夏目漱石『吾輩は猫である』)

 Kゎ自殺して死んでしまったのです。私ゎ今でもその光景を思い出すと慄然とします。(夏目漱石『こころ』)

 御釈迦様ゎ地獄の容子を御覧になりながら、この犍陀多にゎ蜘蛛を助けた事があるのを御思い出しになりました。(芥川龍之介『蜘蛛の糸』)

 小僧ゎ少し思い切った調子で、こんな事ゎ初めてじゃないというように、勢よく手を延ばし、三つほど並んでいる鮪の鮨の一つを摘んだ。(志賀直哉『小僧の神様』)

 今戸口を出ようとするごんを、ドンと、うちました。ごんゎ、ばたりとたおれました。兵十ゎかけよって来ました。(中略)ごんゎ、ぐったりとめをつぶったまま、うなずきました。兵十ゎ、火縄銃をばたりと、とり落しました。(新美南吉『ごん狐』)

 隴西の李徴ゎ博学才穎(中島敦『山月記』)

 「それじゃ断然お前ゎ嫁く来だね! これまでに僕が言っても聴いてくれんのだね。ちええ、腸の腐った女! 姦婦!!」
 その声とともに貫一ゎ脚を挙げて宮の弱腰を礑と踢たり。(尾崎紅葉『金色夜叉』)
―――――――――――――――

 名作の力が強いか、「ゎ」の力が強いか…。ご覧下さった皆様のご判断にお任せいたします。

・参考文献
 築島裕著 『国語学』 東京大学出版会 1964年5月
 西尾実他編 『岩波国語辞典 第五版』 岩波書店 1994年11月


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2005.10.22

怖いマンガはやっぱり怖かった

 デイリーポータルZの「駄洒落フーリガン」でMVPを取ったのが8月の終わり頃。ようやく、その賞品が届きました。
 賞品は「怖いマンガ」。駄洒落と何のつながりも感じられませんが、そこが日刊デイリーっぽさとして受け取ることにしましょう。
 モノがモノなので「恐怖新聞」みたいに、夜中に「賞品で〜す…」なんて届けば面白いのだけどと思っておりましたが、普通に佐川急便でやってきました。

 中身を想像しながら震える手で開封すると、恐怖マンガの他に、ニフティのロゴが入った「シャーボ」(登録商標だと思いますが正式名称を知りません。軸を左右にねじると、ボールペンとシャープペンシルが切り替わるやつです)、「ボールペン」(シャーボもあるのに…)、デイリーポータル謹製スケジュール帳用シール×2も入っておりました。

 正賞の恐怖マンガは、『呪われたふたつ顔』(さがみゆき著、1988年1月、ひばり書房、定価380円)というもの。副賞のシャーボには、[500]のプリントがあるところを見ると、副賞の方がお値打ちモノだと思われます。

 さて、「ふたつ顔」に呪われたらしい女子のお話を読んでみましょう。

 うわっ!

 えっ!!

 ひーっ!!!

 こんな怖がらせ方はずるいよぅ!

 初っ端のカバーの折り返しからこれです。

 「ゲームデンタク」って何よ!? 「怪談絵はがき」の当選者!? 37回も続いてるの? 当選者の住所氏名がはっきりと載っています。個人情報保護という言葉が新語であることを認識させられました。
 (締切日なし)。太っ腹ですわ。昔は良かったというべきでしょうか。

 いかにして、お話に引き込むかは、冒頭部分にかかっています。

 あまりに呑気な顔です。火事が起きているんですよ。
 それに、世界が歪んだような遠近感。
 右からの風に流されているような書き文字。
 話に引き込む力は十分に持っているといえるでしょう。

 冒頭部分をどうにか乗り切ると、火事のきっかけとなった、過去の恐ろしい物語が回想されます。見開き2ページで、必ず一ヶ所はつっこみどころを入れておくという、盛りだくさんな構成となっております。
 後半、かなりの盛り上がりを見せるところで、とんでもない文章が目に入ってきました。

 「●ひばり書房の本に君の名前がのっていたら、その本の題名を葉書でしらせてよ。」
 半分切れていますが、右の人は血を流して倒れているのです。それなのに「しらせてよ」ってあまりにもフレンドリーな語り口。販促手段としては明らかに失敗です。
 そして、追い討ちを掛けるように、その下はこう続くのです。

 「次回のゲームデンタクが当る抽選に優先参加できちゃうんだよ〜ん。(コマーシャル)」

 そこまで、ゲームデンタクを推したいのですか?そんなにゲームと電卓がくっついたものがいいのですか? この文章を書いた人が、今の携帯電話を見たとしたら卒倒するかもしれません。
 「できちゃうんだよ〜ん」に至っては、もうこのテイストに慣れてきた自分を感じましたが、「かっこ コマーシャル かっことじる」で気が遠くなってきました。柱の部分に恐怖を埋め込んでいるとは思いもよりませんでした。
 このゲームデンタク抽選告知は、なんと、もう一ヶ所あるのです。忘れた頃にもう一度恐怖を呼び起こさせるという、高等手段を用いているのです。

 腹筋を痛めながら、どうにかこうにか読み終えると、奥付にこんな一文が。

 「このこわい物語は」? 「このこわい物語は」!? 「このこわい物語は」!!
 なにを言っているのでしょう。もうわけが分かりません。

 怖いというのはどのようなことなのでしょうか? 人外の者が跋扈する世界が怖いのでしょうか。猟奇的な殺人事件などを見聞きすることが怖いということなんでしょうか。
 この本を読んで、恐怖とは「自分の理解を越えた思考に接すること」が一つの要素であると考えたのでございます。

 人はばけもの。世にないものはなし。 井原西鶴

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2005.09.19

右横書き試論 ―「車体右側面上右横書き」の考察と鑑賞―

 多くの方は、この文章をパソコンの画面を通して読んで下さっていると思います。もしかしたら、プリントアウトしてまでご覧下さっている方も、いらっしゃらないとも限らないと思っています。いや、いないでしょうか…。いや、少しは私めに「いる」と希望を持たせてやってください。
 しかし、仮にプリントアウトして読んでくださる方がいたとしても、文章だけをワープロソフトなどにコピー&ペーストして、縦書きに変更してから印刷するという手順を踏んで読まれる方は皆無だと思います。

●書字方向とは何か?

 画面上で読む場合も、印刷したものを読む場合も、横書きの文字を左上から右下方向に読み進めるはずです。右から左に読んだり、無理矢理縦に読んでも、何が書いているのやら、さっぱりわけが分からなくなります。
 このような、ある言語体系において、正しく文字を読み進めるための方向のことを「書字方向」と呼びます。現代の日本語の場合、左から右に読み進める「左横書き」と、上から下に読み進める「縦書き」が併用されています。パソコンやワープロの普及によって、今後は左横書きが主流となり、特定の場面で縦書きが用いられる形態になっていくと考えられています。

 以上の書字方向に関する考察は、屋名池誠著『横書き登場―日本語表記の近代―』(岩波新書)でなされているものです。日本では長い間、縦書きのみで表記されていたのですが、19世紀初頭に西洋の影響を受けて、初めて日本語の横書きが登場しました。その後は、左右の書字方向が混在していた時期がしばらく続いたのです。
 ここで、「もっと昔に書かれたもので、右から左に書いてるものを見たことある」と思われる方もいらっしゃることでしょう。「山火林風」なんて書いてある額がありますね。でもそれは「一行一字の縦書き」と考えなければならず、二行以上にわたって書く場合は必ず、縦書きをしていたらしいのです。

風林火山の例
 横書きに見えても横書きではない

 そうなのです。左右どちらから書くにしても、日本語の横書きは登場から200年しか経っていないのです。でも、現代の日本で、右から左方向に書く「右横書き」の文章を見ると、とても古臭く感じ、太古の昔から続く書き方のように見えます。これは、戦後に一気に広まり、横書きの大勢を占めるようになった「左横書き」に、私たちが馴染んでしまったせいでしょう。

●車の右横書きがなぜ面白いのか?

 そんな「右横書き」衰退の現代にあって、右横書きが多用されるケースがあります。それが「車体右側面上右横書き」です。有名な例を一つ挙げてみましょう。

スジャータの例
 右横書き代表「ターャジス」

 「スジャータ」のトラックの右横書きは、多くの方が目にされたことがあると思います。あの村上春樹さんも「スジャータ」の右横書きに言及されたことがあると聞いています。

 なぜ車体の右側面上には右横書きがいまだに根強く残っているのでしょうか。『横書き登場』によると「人間は、身の回りに自分の似姿を見つけださずにはいられない習性をも」つため、乗り物にも進行方向から頭と尾を見て取り、「乗り物の頭に文字の列の末尾がくれば、落ち着きの悪さを感じないわけにはいかない」からだということです。

 現在、「左横書き」が主流となっているが故の「左→右書字方向」の自然さと、人間の習性に基づいた「左←右書字方向」の自然さが拮抗することにより、右横書きには一種独特の混沌状態が生まれ、そこに思わず目を惹く力が宿っていると考えることができるでしょう。

 では、この魅力的な「車体右側面上の右横書き」の世界を詳しく見ていくことにしましょう。

●内容による右横書き分類

・パターン1―「社会式株」型(社名型)

 街で目にすることが最も多いのが、このパターンです。「○○株式会社」などの社名が右横書きをされているものです。

パターン1の例1
 パターン1の例1(「社会式株」型)

パターン1の例2
 パターン1の例2(「社会式株」型)

パターン1の例3
 パターン1の例3(社名型)

・パターン2a―運送会社

 「社会式株」パターンに近似しており、一部は重なっている場合もあります。
 これは「運送会社のトラックの右側面上の横書きは、右横書きの場合が多い」というものです。このパターンの代表格は、なんといっても「佐川急便」のトラックでしょう。

佐川急便の例1
 パターン2a・佐川急便銀版O型

佐川急便の例2
 パターン2a・佐川急便銀版K型

 佐川急便のトラックの右横書きには数種類の別あることが分かりました。私はこれを「銀版O形」「銀版K型」(Oは大人の飛脚、Kは子供の飛脚)「青版」と呼ぶこととします。なお今回、青版は写真に収めることができませんでした。青版では、ローマ字の社名は左横書きですが、「車ドッリブイハ」などの付加文が書かれていることがあります。(2006.02.23追記:青版の左横書き付加文は見間違いだったようで、このレポートの以降、何度も佐川急便青版を見ましたが、すべて右横書きでした。訂正して、お詫びいたします) 運送会社パターンは他にも、このようなものがあります。

福山通運
 福山通運の右横書きもよく見かける

西濃運輸
 カンガルーの絵が描かれているため読み間違いは少ない

シルバー特急便
 地域限定型か?

 もちろん、右横書きではない運送会社も多くあり、「ヤマト運輸」「引越しのサカイ」の各社などは左横書きです。

左横書きの運送会社
 左横書きの運送会社も数多い

 「日本通運」は大半が左横書きなのですが、例外的に右横書きのトラックも存在しています。

日本通運
 日通の左横書きと右横書き

・パターン2b―建築会社

 建築会社の車もまた右横書きの多数派です。こちらは当然のことながら「建」の字が目立っています。

建設会社の例1
 一般的な建設会社の車の右横書き

建設会社の例2
 やや特殊例。技ありのアメリカ人「トム」が想起される

 パターン2の特徴は、
 ・パターン1との複合型が多い。
 ・社名には太くて硬いイメージのフォントを使っている。
 ・社名のみの場合が多い。
が、挙げられるでしょう。

 以上の2パターンは、よく見かけるだけあって、やや面白さに欠けるきらいがあります。しかし、これらのパターンも次の要素が加わることで格段に面白さが上がる場合があります。

・パターン3―アドカー

 アド、つまり広告に類する文句が右横書きで書かれていると、その車の魅力が急上昇するのです。たとえばこちら。

アドカーの例1
 中央の右横書きが「アド」要素

 この右横書きはパターン1とパターン2bの複合型なのですが、社名の右側に取り扱い業務が右横書きされています。注目すべきは2行目の「事工スンェフ」です。言うまでもなく「フェンス工事」の意なのですが、右横書きすることにより「工事」と読み取り難くなり、「工(こう)」ではなく、カタカナの「エ」と読んでしまうのです。そうすると「えすんぇふ」という語のようにも見え、まるでロシア語を読んでいるかのような気になります。これは非常に高い「言語ポテンシャル」を持つ右横書きなのです。

 パターン3はパターン1,2に比べると、「読み」を要求する右横書きです。こちらはどう読むべきでしょうか。

アドカーの例2
 漢字2行書きをどう読むか

 漢字で大きく、取り扱い品目が2行で書かれています。疑うことなく「小麦粉」に「手延麺」なのですが、しばらくじっと見続けてください。だんだん中国語のように見えてきます。「ふんばくしょう」という人が思い浮かぶはずです。その人は「麺延手」と呼ばれる職人さんなのです。こちらもまた、潜在的なインターナショナルの要素を含む右横書きだったのです。

 次は少し雰囲気が違うアドカーパターンです。

アドカーの例3
 おなじみのブランドが大変化

 CMでおなじみのあのブランドも、右横書きすると「勝十」に「治明」のように男性の名前に変貌するのです。また、右下の取り扱い品目もご覧下さい。「ムーリクュシッレフ」と「ムーリクスイア」。「エスンェフ」と同様、最後に「フ」が付くとロシア語っぽくなります。「ムーリ」という語も、人名に使われていそうです。「『ムーリ兄弟』っていう体操選手がいたような…」という気にさせられる右横書きです。

●文字種別による右横書き分類

 ここまでは、パターン1〜3の内容による右横書きの分類を見てきました。右横書きはさらに、漢字、ひらがな、カタカナ、アルファベットの「文字種別」によっても分類することができます。実際は複数の文字種が使われて右横書きを構成している場合がほとんどです。文字種別による分類では、右横書きの中で主要な役割を担っている文字種を「種名」として挙げることにしました。

・漢字種

 パターン1,2は漢字種であることが多く、「パターン1,2≒漢字種」としてもほとんど問題はありません。したがって、漢字種の右横書きは面白さの面では、他の種に引けをとると言わざるを得ません。その分、漢字種で面白さがある右横書きは貴重であるとも言えます。

漢字種の例
 貴重な行書体漢字種の右横書き

 「御影」が右横書きされ「影御」となっています。行書体で書かれていることもあり、「影御」という単語が存在しているかのような錯覚に陥ります。この幻惑的な右横書きはたった二文字でありながら、江戸川乱歩の世界に到達していると言っても過言ではありません。

・カタカナ種

 社名にカタカナ語が使われていることが多い現在では、ひらがな種よりも多く存在している種です。この種は右横書きになっていることで、原語とは異なる言語のように見えるという特徴を有しています。最初に挙げた「スジャータ」が好例でしょう。

カタカナ種の例1
 遠い大地を思い起こさせる

 世界には「ン(n音)」が語頭に置かれる言語が使用される地域もあります。「ンコマナ」は日本語を母語とする人にとっては、発音がしづらい語です。それゆえに異国感を強く有する右横書きになっているのです。また「生コン」と書かれるタンクローリーは多いのに対し、「ナマコン」は数が少なく、その面でも貴重な例だと言えます。

カタカナ種の例2
 地球外の言語か?

 こちらは上記の例とは対照的に、長い語を右横書きしているために、原語の意味が取りづらくなり、未知の言語で使われる単語のように見える例です。「ムエ・イア」の部分がボクサーにいそうな雰囲気を出しています。

 同じ人名に見えるカタカナ種でもこちらは日本人です。

カタカナ種の例3
 日本人には親しみやすい右横書き

 芸名で見かけたような気になる右横書きです。

・ひらがな種

 カタカナの役割の一つに「外来語の表記」があります。一方ひらがなは、汎用的に用いられ、カタカナよりもはるかに広い使用範囲を持っているため、ひらがな種は和語や長い文章のものが多くなっています。

ひらがな種の例1
 こちらは一般的なパターン1だが…

 この車の前ドアに書かれた右横書きは、典型的な社名パターンなのですが、

ひらがな種の例2
 後ろは綺麗にまとまったひらがな種だった

 後ろの右側面には、ひらがな種(和語型)の右横書きが記されています。赤色の部分は「かぶと印」という語が元なのですが、右横書きにすることで「印飛ぶか?」となり、語から文章へと大転回をするドラマが秘められていたのです。
 この写真には有名なねずみと思しき人形が窓の内側から顔を覗かせていますが、右横書きとは関係ありません。

ひらがな種の例3
 ここまでひらがなにこだわった右横書きも珍しい

 こちらは、純粋なパターン3(アドカー)で、ひらがな種(長文型)に分類されるものです。
 冒頭のカタカナで書かれた「!ラア」に、まず驚かされます。これほど印象強い導入部を持つ文章は他に例がありません。続く「んはごくゃにんこ」に至っては「蒟蒻御飯」の意味は完全に崩壊し、楳図かずおのマンガに出てくるギャグのような響きになっています。そして3行目「けだく炊にょしぃい」でクライマックスを迎えながらも、「と米お」で唐突かつ理不尽な終局としたこの右横書きは、わずか23文字で不条理な世界観を表現した掌編小説であるとも言えるのです。

・アルファベット種
 もともとアルファベットを使う西洋語は左横書きであるため、右横書きにすることは、本来表現したいものの意味さえも崩壊させてしまう結果となるため、不可能なのです。しかし、それを強引に右横書きにしたものも僅少ではありますが存在しています。

アルファベット種の例
 アルファベットが社名を構成していたために成り立った右横書き

 「OTOT」の元である「TOTO」という社名は、日本国内で広く知られている会社名であるため、アルファベット種の右横書きであっても、かろうじて意味が保たれていると考えることができるでしょう。しかしながら「OTOT」の右横書きは、それを目にした人に、本来の意味を離れ、思わず「おとっと」とつぶやかしめる力を持っています。

●右横書きの秀作を鑑賞する

 ここまで見てきた「車体右側面上右横書き」のパターン・種別の分類と考察をふまえて、文学性を持ち、芸術点の高いと思われる右横書きを鑑賞したいと思います。

秀作1「ルーボ段の岩平」
 連想を引き起こす右横書きは面白い

 パターン3(アドカー)・漢字種の右横書きです。ここではあえて後半の「岩平」を主要部分と見て漢字種としましたが、助詞「の」の効果、「ルーボ」の音の良さをそれぞれ主眼としてひらがな種、カタカナ種とすることも可能でしょう。
 「だんのがんぺい」という音からはある人物が連想されます。『あしたのジョー』の主要な登場人物「丹下段平」です。元の左横書き「平岩の段ボール」からは、なかなかその連想には行き着くことができません。
 右横書き鑑賞の重要点として「別の存在への連想を導き出す」ことを挙げることができるでしょう。

秀作2「本杉の肉」
 主客が転倒することで生まれる面白さ

 短いながらも、完成度の高い右横書きです。パターン1(社名型),3(アドカー)複合・ひらがな種に分類します。社名がどちらから読んでも成り立つように見えることから漢字種に分類しても良いと思いましたが、助詞「の」の働きが大きいと見てひらがな種としました。
 これも元の意味が薄れ、「本杉という人の肉であると所有権を主張している」ようにしか見えません。「肉の所有を巡って何があったのだろうか」と思わずにはいられない、ドラマ性を含んだ右横書きです。

秀作3「まじらかた」
 全体が複雑な様相を呈している右横書きMVP

 5ヶ月にわたる観察で出会った中で、最もすばらしいと思われる右横書きです。これを見つけたときはあまりの嬉しさで、10枚ほど写真を撮ってしまいました。パターン3(アドカー)・ひらがな種、漢字種複合型に分類される、長文型右横書きです。
 車体右側面上右横書きで、ここまで大々的に業務を主張しているものは稀有な存在です。文字を出し惜しみすることなく、ひらがな、漢字を交え長文を配している車体は美術的な価値をも見出せます。

●「車体右側面上右横書き」の鑑賞の意義

 「車体右側面上右横書き」では「別の存在の連想を導き出す」ことが重要であると述べました。この連想は、「車体右側面上右横書き」が元々の意味と音のつながりを緩め、あるいは切り、新たな意味と音の結びつきを求めていることから促されていると考えられます。
 人は何の意味も持たない文字の列に不安感を抱くため、「車体右側面上右横書き」の音と、それに似ている語の意味とを結び付けようとします。それが「『〜っぽい』右横書きだ」という感想につながるのでしょう。
 右横書きを楽しむということは、新たな言葉を探求し、意味を創造する楽しみなのです。

参考文献
屋名池誠『横書き登場―日本語表記の近代―』 岩波書店 2003年11月 ISBN4004308631


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