2017.09.24

みね子の歴史年表 ―『ひよっこ』の日次・その3―

 「『ひよっこ』の日次・その2」の続きです。第18週から第26週(最終週)までを扱っています。第18週からの凡例は、第1週から第10週までのものに準じています。

・「ひよっこ」の日次 第18週~第25週(2017年7月31日放送~2017年9月23日放送)

第18週「大丈夫、きっと」

  • 第103回
    • 昭和42年(1967年)4月第5週(日付不明。23日か[1]。第102回終了時点の続き)午後、世津子のマンションの前で、実は記憶を失ってからの経緯をみね子に話す。世津子は実と過ごした日々を思い返す。
  • 第104回
    • 昭和42年(1967年)4月第5週(日付不明。23日か。第103回終了時点の続き)夕方[2]、すずふり亭裏の広場で、鈴子、愛子、時子がみね子の帰りを迎える。みね子は3人に実と世津子のことを話す。
    • 同日夜、みね子は美代子に手紙を書く。
    • 4月第5週(日付不明。24日か[3])午前、あかね荘、あかね坂商店街の人々が、それぞれにみね子を温かく励ます。
    • 4月第5週(日付不明。25日か[4])昼、美代子がみね子からの手紙を受け取る。
  • 第105回
    • 昭和42年(1967年)4月第5週(日付不明。25日か。第104回終了時点の続き)夜、美代子がみね子から届いた手紙を茂に見せる。
    • 同日夜、すずふり亭に電話が掛かり、みね子は美代子が上京することを聞く。
    • 同日夜、みね子は管理人室の電話で世津子に電話を掛ける。
    • 4月第6週(日付不明。30日日曜日か[5])朝[6]、美代子は東京に向かう。
    • 同日朝、裏の広場で、みね子は愛子に見送られて出かける。
    • 同日午前、みね子は上野駅で美代子と会う。
    • 同日午前、みね子と美代子は、世津子のマンションを訪れる。
  • 第106回
    • 昭和42年(1967年)4月第6週(日付不明。第105回終了時点の続き)午前[7]、世津子のマンションで、美代子が実と再会する。みね子、美代子、実、世津子が話し合う。
    • 同日昼頃、実は美代子とみね子に引き取られ、世津子のマンションを去る。
  • 第107回
    • 昭和42年(1967年)4月第6週(日付不明。第106回終了時点の続き)午後、みね子、実、美代子はそば屋に立ち寄る。みね子と実がしばらく東京で共に暮らすことを決める。
    • 同日午後、美代子が奥茨城に帰る。
  • 第108回
    • 昭和42年(1967年)4月第6週(日付不明。30日日曜日か[8]。第107回終了時点の続き)夕方、みね子は実と共にすずふり亭を訪れる。実は鈴子、省吾と再会する。
    • 同日夕方、みね子は実を連れて、あかね荘に帰る。
    • 同日夕方、あかね荘の人々が揃い、2号室で実の歓迎会を開く。
    • 同日夜、あかね荘5号室で、みね子と実の東京での生活が始まる。

[1]みね子が「夜の気まぐれショー」のコマーシャルに出演した4月21日以降最初の日曜日。第17週注7および注8参照。
[2]「雨上がりの空に夕焼け」の解説音声が入る。
[3]前項の翌日と考えた場合。
[4]25日に投函、翌日配達とする場合。みね子から美代子に宛てた手紙とは別の郵便物(茂宛ての封書)に「42.4.24」の消印が押されている。
[5]みね子の次の休日。第107回で、みね子たちがそば屋にいるときと同時間の谷田部家の場面で、ちよ子と進が家にいる。この時、掛け時計が12時40分頃を指している。平日では学校にいる時間であるため、日曜日もしくは祝日休みである4月29日と考える。
[6]美代子が次郎に「6時39分発の上りに乗りたい」と言う。
[7]リビングルームの時計が「11時55分」を指している。
[8]すずふり亭は営業していない。第110回の語りから逆算すると26日頃。やや不審。

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2017.08.22

みね子の歴史年表 ―『ひよっこ』の日次・その2―

 『ひよっこ』の日次の続きです。第10週以降の凡例は、第1週から第10週までのものに準じています。

・「ひよっこ」の日次 第10週~第17週(2017年6月5日放送~2017年7月29日放送)

第10週「谷田部みね子ワン、入ります」

  • 第55回
    • 昭和40年(1965年)12月27日[1]夜、せっけん工場の社長・原田が乙女寮を訪れ、みね子と澄子のどちらか一人しか雇えなくなったことをみね子たちに伝える。みね子と澄子は話し合い、澄子がせっけん工場で働くことを決める。
    • 28日[2]昼、澄子が乙女寮を去る。
    • 同日昼、みね子はすずふり亭へ向かう。
  • 第56回
    • 昭和40年(1965年)12月28日午後、みね子がすずふり亭の前で島谷と出会う。みね子がすずふり亭裏の広場で、福田五郎・安江夫妻、柏木一郎・ヤスハル親子と出会う。
    • 同日午後、鈴子がみね子をすずふり亭で雇うことを決める。
  • 第57回
    • 昭和40年(1965年)12月28日午後[3]、みね子がすずふり亭の「最終面接」を受け、合格する。
  • 第58回
    • 昭和40年(1965年)12月28日[4]夜、みね子はすずふり亭で就職が決まったことを愛子に伝える。
    • 29日[5]昼、みね子と愛子がすずふり亭を訪れ、鈴子に採用の礼を述べる。
    • 同日昼、鈴子の紹介でみね子は富に会い、あかね荘へ入居を決める。
  • 第59回
    • 昭和40年(1965年)12月29日昼、みね子はあかね荘で入居の契約をし、5号室を借りる。
    • 30日[6]、みね子と愛子が乙女寮の大掃除をする。
    • 31日[7]夜、みね子と愛子は二人で年越しをする。
    • 昭和41年(1966年)1月1日[8]午前、みね子は愛子から「お年玉」[9]を受け取る。
    • 同日夜、みね子が奥茨城の谷田部家に帰り着く。
  • 第60回
    • 昭和41年(1966年)1月1日夜(第59回終了時点の続き)、みね子は東京での出来事を家族に話す。
    • 1日夜から2日、みね子は眠り続ける。
    • 2日昼、宗男、君子、三男、きよ、田神が谷田部家を訪れる。
    • 2日[10]夜、みね子が東京に戻る。

[1]「1965/昭和40年12月27日」のテロップが入る。
[2]原田が乙女寮を訪れた12月27日夜より後、みね子があかね荘入居の契約をした12月29日昼(第59回)より前。
[3]第58回で、みね子がすずふり亭を去る時、夕方になっているため、「採用面接」が午後の休憩時間に行われたことが分かる。
[4]みね子が愛子にすずふり亭で採用されたことを伝える時、「明日、アパート、紹介してくれるって」と言う。第59回のあかね荘入居の契約書に「昭和四十年十二月二十九日」と記されている。したがって、3日間の流れを簡略にすると以下のようになる。
 12月27日……夜、原田が乙女寮を訪れる。
 12月28日……澄子が乙女寮を去る。みね子がすずふり亭を訪れ、就職が決まる。
 12月29日……みね子のあかね荘入居が決まる。
[5]みね子と愛子、二人だけの食事の場面の後、「次の日、すずふり亭に行く前に、愛子さんと寄り道をしました」の台詞が入る。
[6]「1965/昭和40年12月30日」のテロップが入る。
[7]「大みそか」のテロップが」入る。
[8]「1966/昭和41年1月1日」のテロップが入る。
[9]みね子が受け取った「つくば号準急行券 座席指定券」に「41.-1月-1日(下り) 上野駅発 14時40分」と印字されている。
[10]みね子が東京のことを話す時、「仕事のことを考えると、家にいられるのは、一晩だけ」の語りが入る。第58回でみね子と愛子がすずふり亭を訪れた際、ドアに「歳末のご挨拶」として「十二月二十九日から一月三日」の休業を知らせる紙が貼られている。第61回でみね子が富に「私、一日だけ茨城に帰ったんです」と言う。第11週注1参照。『ドラマ・ガイド』では「みね子はよく眠った。そして、翌日には夜行列車に乗り、東京へ戻っていった」(105ページ)となっている。

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2017.06.26

実は「帰れなくなった」のか? ―『ひよっこ』の日次から考える―

 折り返し地点の第13週に入り、『ひよっこ』最大の謎であり、この作品の芯とも言える「実は何故行方不明になったのか」、その理由の一端が語られようとしています。第12週までにみね子が(=視聴者が)分かっていることは、実が家族と連絡を絶った後もどこかで生きているらしいということです。その示し方も綿引が得た「実らしき人を見掛けた人がいる」という聞き込みの結果と、実らしき人が黙って振り向くワンシーンだけです。
 しかし、他に手がかりはないかと、疑り深く物語のおさらいをすると、ほんの少しだけ「何故か」が見えてきます。それを、前回作成した日次をたよりに整理してみます。
 まず、実の存在が確認されているのがいつまでかを考えてみます。まず、実は稲刈りのために奥茨城に帰省する前に、すずふり亭を訪れています。その時、彼はハヤシライスを食べていますが(第4回)、その注文伝票に「9/12」と記されています。ここから、この後の3日間の流れが分かります。実はすずふり亭の開店直後の11時頃に食事をしたあと、その日の夕方、奥茨城に帰ってきます。翌日の9月13日に谷田部家は総出で稲刈りをします。実は稲刈りの一日だけ休みを取っていたので、翌14日朝には東京に戻ります。この朝が谷田部家一同が実と顔を合わせた最後の時ですが、同じ日の午後に実はすずふり亭を訪れて、お礼の品が入った重箱を鈴子たちに渡しているので、みね子の知人にまで広げると、これが彼の足取りを確認できる最後の時点です。実の移動を簡単に書くと、

  • 9月12日…実は午前中にすずふり亭を訪れ、夕方、奥茨城に帰る。
  • 9月13日…稲刈りをする。
  • 9月14日…朝、実は奥茨城を発ち、午後、すずふり亭を再訪する。
 となります。

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2017.06.11

みね子の歴史年表 ―『ひよっこ』の日次・その1―

・はじめに
 平成29年度前期放送の連続テレビ小説『ひよっこ』では、いたって普通に生きていこうとする市井の人々が描かれています。とりわけ主人公のみね子は、特段に何か自ら目立って多くの人の目を引こうとする行動は取りません。その場その場で起こることに対して、黙々と取り組みつつ、感情を素直に表して生きていきます。それは刹那主義的な生き方ということではなく、自らの力を惜しまず、起こったことをそのまま受け入れて今を生きることで、むしろ、一歩ずつ先につなげていく姿を描いているように見えます。
 みね子とその周りの人々の姿を観ていると、視聴者である自分が彼女たちのすぐそばに居て、時と場所を共有しているかのような感覚に捕らわれます。そのようにして物語を追いかけていくと、「あの時は楽しかったねえ」とか、「あれは大変だったよねえ」と語り掛けたい気持ちまで沸いてきます。例えば、「奥茨城村聖火リレー大会のテレビは楽しかったけど、なんか感じ悪かったねえ」とか、「あの時食べたラーメンは美味しそうだったねえ」とかです。そうすると、「奥茨城の聖火リレーって、本物のオリンピック前、いつ頃に行われたんだっけ?」とか、「ラーメンてどの時の? 綿引くんが雄大にたかられた時? 澄子がぶったおれたときの? あれ? どっちが先だっけ」というちょっとした疑問が浮かんできます。「オリンピックの前だから、10月の初め頃かな。三人組が高校生だった時の」「綿引は結局何回も雄大にラーメンをおごってたよな」というように、“まあだいたいこのころ”という具合に思い出します。
 この「だいたい」が分かっているだけでもだいたい面白く観ることができますが、「だいたい」をだいたいで済ませずに、きちんと日付を踏まえてみると、物語の面白みが俄然増してきます。密に描かれた日、省略された期間が分かると、みね子たちの心の動きをよりしっかりと捉えることができるようになります。
 良い物語に触れるとその物語の時の流れを知りたくなるものです。長編小説や、古典の物語の本をめくると、終わりの方のページに「年表」が載っています。物語や小説世界により深く入り込むための手助けとなる本当にありがたい部分です(作品の年表と共に著者年表も収録されていることがあります。これがまた作品と同じくらい面白いので、私は著者年表を目当てに本を開くこともあります)。
 『ひよっこ』は現在、第二章の終わりから第三章の始まりといえるところまで進みました。奥茨城村での高校生活、向島電機での仕事と青春の日々、そして突然の別れ、新たな仕事と暮らしの始まり。放送日程では三分の一の二か月、作品内では約一年四か月が過ぎました。この区切りの良いところで、一度物語の流れを振り返ることにより、これからのみね子たちの新しい生活を見守っていきやすくなるのではないかと考え、ここまでの年表(日次・ひなみ)を作りました。この年表を傍らに置き鑑賞することで、現状の把握や物語を振り返りやすくなるのではないか、そして、なによりも、『ひよっこ』の人々により近づけるような感じを覚えることができるのではないかと考えております。

・凡例
 本記事は、2017年6月10日時点で、連続テレビ小説『ひよっこ』第1週から第9週までの日次を作成したものです。よって、第1週から第9週までの作品内容に触れています。また、第10週の一部を参考としています。作品の中途で作成したものですので、今後の作品内容とは合わない部分が出てくる可能性があります。
 視聴に際し興を削がないよう、出来事の記述は簡略なものとし、台詞や場面の説明は最低限度に留めることを心掛けました。
 日次作成は、連続テレビ小説『ひよっこ』の総合テレビでの本放送(月曜日から土曜日の8時から15分間)をもととしました。
 総合テレビの再放送、BSプレミアムの各日の本放送と再放送、土曜日午前の一週間分の連続放送、および総合テレビ日曜日の『ひよっこ 一週間』を適宜参照しました。
 日付の確定、推定は、登場人物の台詞、作品に随時出てくるテロップ、解説放送、小道具等に印刷、記述されているもので行いました。台詞以外の情報には虚偽が無いことを前提としました。台詞についても、特別の理由が無い場合はその他の情報と同じく、虚偽はないものとしました。
 「テロップ」は映像に直接重ねて表示される文字情報を指し、データ放送で台詞などを表示する同時字幕とは区別しています。
 日付が明示されない場面は、ほかの場面の情報、一次的資料・文献などを総合して、日付を推定しました。
 日付を定めるために用いた情報のうち、特に注意すべき点がある場合は、注を入れ、各週ごとにまとめました。
 作品内で明示される日付と、他場面からの推定との間に明らかな齟齬が生じる場合は、各週の末尾の注で説明しました。
 日時が絞り込めない場合は「日付不明」として、可能性のある日付もしくは期間を付記しました。
 曜日は特に重要と思われる場面に限り、日付の後に記しました。
 公式ガイドブックや公式サイトの情報は参考に留め、放送された内容を主として判断しました。
 日付と曜日の対応などカレンダーの情報は、主に「こよみのページ」(http://koyomi.vis.ne.jp/)を参照しました
 その他、日付の推定に参考とした資料・文献等は、文末にまとめました。
 各回の順番と、それらの内容が前後する場合は、その都度、注により補足しました。

・「ひよっこ」の日次 第1週~第9週(2017年4月3日放送分~2017年6月3日放送分)

第1週「お父ちゃんが帰ってくる!」

  • 第1回
    • 昭和39年(1964年)9月4日[1]、みね子たち谷田部家一同は父の帰りを待ちわびる。みね子、時子、三男は高校生活最後の年を過ごす。
  • 第2回
    • 昭和39年(1964年)9月上旬(日付不明[2]。4日から12日までのいずれか)、時子の就職先が決まる。
    • 同日夜、みね子、美代子が電話で実と話す。
  • 第3回
    • 昭和39年(1964年)9月上旬(日付不明[2]。4日から12日までのいずれか)、宗男が谷田部家を訪れる。
    • 12日[4]朝、実が奥茨城村に帰省の日。谷田部家一同が実の帰りを待つ。実が赤坂のすずふり亭を訪れる。
  • 第4回
    • 昭和39年(1964年)9月12日[4]、実がすずふり亭で食事をする。
    • 同日夕方、実が奥茨城村に帰ってくる。
  • 第5回
    • 昭和39年(1964年)9月12日、谷田部家は家族揃って夕食を食べる。
    • 同日夜、みね子は茂、実、美代子の話しに加わり、谷田部家の経済状況を知る。
    • 13日朝、谷田部家の田の稲刈りを始める。
  • 第6回
    • 昭和39年(1964年)9月13日、谷田部家は助川家、三男、宗男の手を借りて稲刈りをする。

[1]第1回で、実が立ち寄った靴店に「オリンピックまであと36日」の貼り紙がある。
[2]第3回で、実が子供たちへの土産を買うために立ち寄った赤坂の靴店に「オリンピックまであと28日」の貼り紙があるため、9月4日(第1回)から12日(第3回後半)の間となる。
[3]注2参照。
[4]ハヤシライスの注文伝票に「9/12」と記されている。開店直後なので正午前か。

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2012.08.22

本との七夕 その三

 前記事(その二)へ。

 ●いよいよ飾り付け

 笹を手に入れるのに苦労しました。七月七日の前でしたら、そこここで手に入れることができたようです。ところが、八月も下旬になりますと、ありません。全く無い。本当に無い。ありません。ここまで無いとは思いませんでした。
 困ったなあ……、と思いながら、調べると、生花店で扱われていることが多いということが分かりました。しかし、それも七月七日頃の話しです。困ったなあ……、と、とぼとぼといくつかのお花屋さんの店先をのぞいてみました。笹が生い茂っているはずもありません。困ったなあ……。
 困ったなあ……、とぼやいてばかりでは仕方ないので、一軒のお花屋さんに入ってみました。綺麗な生花が並んでいますが、笹はやはりありません。
「ご、ごめんくださーい」
「はーい、ちょっと、お待ちくださいねー」
 十数秒の後、お姿を現したマダムに、旧暦に合わせて七夕飾りを作りたい、よって笹を探し求めている次第をお伝えしました。すると、困ったお顔で、
「笹はねえ、もう、無いですねえ。市場にももう出ていないはずですよ。ううん、どうしようかしらねえ」
 生花に囲まれて、困ったなあ、という二人。
 ところが、一転、光明が。
「あら、そうだわ。うちのお庭の奥に、まだ切っていない笹があったはずだわ。もし、それで良ければ」
 もしそれで、も、何も、それです。それが欲しいのです。是非是非、とお願いして、用意できたのがこちらの笹。


 千金に値する笹です

 今後、旧暦に合わせた七夕のおまつりを催すことをお考えの方は、あらかじめ笹を植えていらっしゃるお宅におうかがいして、予約しておくことをお勧めいたします。売っていません。
 これを、隣の竹垣に竹立てかけるように、笹を立てかけます。


 案外と、ふわりと先が広がるように見せるのは難しいです

 紆余曲折ありましたが、準備完了です。みずみずしい笹が天への祈りを支えてくれるのです。まずは、色紙で作った長いのを飾ります。

 夕暮れせまる中で、涼風にあおられて、まさに、笹の葉さらさら、です(後で、これが悲運をもたらします)。
 次いで、じゃばらから変じた天の川と、かっこいい赤い菱形、カササギも飾りました。いよいよ気分が高まってきました。風はますます涼しく心地よくなっていきます。

 色紙の飾り付けが終わり、スリップ短冊の飾り付けです。準備は万端整えておりましたので、素早く、糸を通し、つまようじを引っかけ、笹にくくりつけます。

 次々に、くくりつけます。素早く。しかし、夕闇もそれ以上に素早く迫ってきます。

 素早く、つまようじ、糸、絡む、風吹く、外れた、素早く、暗くなる、見えにくい、焦る、ヤブ蚊。……できました。

 笹の葉、さらさら。飾りはなびき、短冊は舞う。
 ここで、手持ちのデジカメの限界です。以降、心は満足感で明るいですが、写真は暗いです。

 ●飾られたスリップ短冊は……


 暗闇に映えるタイトルです。


 「たのしみは……」


 甘いもの! 甘いものは楽しいです。


 最新刊です。登場人物がいろいろするのが面白かったです。


 コミカライズ版です。最新十巻。佳境に入りました。


 桜とあれば、つい買ってしまいます。下の『浪漫図案』は、昔の商品ラベルやポスターなどの写真が満載で、眺めるだけで楽しい本です。


「伝染るんです。」や「中の人」などのことばは、どのような暮らしを送ることで生み出せるのか知りたいです。


 豊島ミホさんは、今、電子書籍の可能性を試していらっしゃるようです。


 「紙の本」でなければ成り立たない作品。きのこだらけの名作を集めた名作です。

 他にも数冊分のスリップ短冊を飾ったのですが、笹の葉をさらさらさせすぎる風がひっきりなしに吹いていたため、ぶれた写真ばかりになってしまいました。以上がかろうじて判別できるものです。
 できる限り広い範囲、興味の幅を持てるよう、本を読むことにしています。しかし、こうしてみると、かなり偏りがあることが分かりました。その反省を込めて、天に祈りを。
 もっと本を読めますように。もっと本の世界が広がりますように。もっと本が親しまれますように。本よ永遠なれ!

 
 とどきますように

 ―カーテンコール―
 今回、ご登場いただいた、書籍諸氏です。ありがとうございました。
 

 あ……、

 

 お星様きらきら、金銀するの忘れてました。

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本との七夕 その二

 前記事(その一)へ。

 ●本のための短冊

 現在、本を読む方法は拡がって行っています。従来のように、町の本屋さんで買う、図書館で借りる、だけではなく、ネット書店で取り寄せる、データをダウンロードして電子書籍で読む、など……。もしかしたら、今後は、これ以外にも、思いもよらない方法で、本を読むことができるようになるかもしれません。本に限ったことではありませんが、新しい方法が生まれれば、得られることがあり、失われることもあります。
 本の場合、何が得られて、何が失われるか、少し考えてみましょう。町の本屋さんに行けば、欲しかった本、目的の本の他に、つい目にとまる本があり、それを先に買ってしまうことがあります。どのようなことが書かれているのか、立ち読みで目を通すこともできます。本屋さんに行けばこのようにして本を見て買うことができますが、そもそも、そこに行く労が必要になります。遠くにしか本屋さんが無い場合は、特にそれが難です。一方、ネット書店は配達をしてくれますし、その時々の売れ筋の本、全国的に話題になっている本が何かも分かりやすくなっています。けれども、本との思いがけない運命的な出会いはネット書店では起きにくいように思われます。立ち読みもできないため、届いて、手に取ったら、印象と違っていた、ということもあるでしょう。
 町の本屋さんでもネット書店でも、手に入れた本は、棚に並べたり、積んでおくことで、どれだけ読んだのか、手元にあるのかという、「量」が感覚的に分かります。読んだ実感が強く味わえるように思います。ただし、その実感が大きくなればなるほど、物理的なスペースは小さくなっていきます。電子書籍はそれを解決してくれます。部屋はすっきり広くなります。「あれは、何の本のどこに書いていたことだったっけ?」という場合も、検索して、すぐに見つけ出すことができます。数多くの本の内容も端末一つで持ち運ぶことができます。一方、「情報量」以外の感覚で「本を持つ」という印象が薄らぎます。装丁、紙の手触り、帯の有り無しなども、本の楽しみ方のひとつ、と考えていらっしゃる方には物足りないかもしれません。
 先に書いたように、どんな方法でも、一長一短があります。それまでのものと新しくできたものとの間で、善し悪しや要不要をすぐに断ずることはできないでしょう。
 しかし、ある一点、「電子書籍ばかりになれば、さすがに、あれは無くなってしまうだろうなあ」と思うものがあります。


 あれ

 これです。見覚えがおありなのではないでしょうか。立ち読みをしていて、中程のページに至ると、数ページまたいでいて、「邪魔だな、この紙」と思う、あれ、です。出版社のしおりや、新刊案内以外に入っている、あれ、です。
 ところが、本屋さんで、本の検分を済ませて、「では、今日はこの本を買うことにしよう」とレジスターまで持って行き、お会計を済ませて、帰宅し、書店の袋から本を取り出し、ページを開くと、あの邪魔な紙は消え失せています。
 時間を巻き戻してみましょう。レジスターに本を持って行きます。店員さんに本をお渡しします。価格が告げられます。
 その時です。
 シュッ、とされます。このように。


 挟まっているのを……


 シュッ!!

 抜き取られます。あの邪魔な紙を抜き取ってくれてありがとうございます、と思いますか? それとも、あの邪魔な紙込みで本は売ってもらえないのだろうか、と思いますか?
 あの紙は、本屋さんでは一般的に「売上カード」や「売上スリップ」、さらに略して「スリップ」と呼ばれたりしています。名前の通り、売り上げ管理のためのものでしたが、最近では、売り上げはPOSで管理していることが多いため、このカードで売り上げ管理をすることは少なくなっているらしいです。スリップは細長い紙片の二つ折りで、一方は売り上げ管理に使われますが、もう一方は、売れた本を補充するための伝票としての役割を持っています。他にも、スリップにはいくつか役割がありますが、いずれにせよ、本屋さんのためにあるもので、本を買った人のため、という意味合いは弱いと言えます。


 半分ずつ、役割が違います。書店でアルバイトをしていた時、連続してスリップを抜き取り忘れ、えらく叱られたことがありました…

 「それならば、なにゆえに、桜濱は、抜き取られ、本屋さんの元に残されるはずのスリップを持っているのか?」と問責されるかもしれません。悪いことはしておりません。言い訳はあります。スリップは、町の本屋さんで本を買った場合は、上記の理由により抜き取られますが、ネット書店で購入した場合は、スリップを用いた補充や売り上げ管理の必要が無いため、それが入ったまま送られてくるのです。
 購入者にとってほとんど意味のないものであるため、廃棄したところで、何ら支障は無いのですが、せっかく本と一緒にやってきたものなので、そうするのも忍びなく、「本屋さんで買ったら、入っていないものだし、捨てちゃうのも、もったいないなあ」という、極めて世俗的な理由で、本の奥付けの辺りに挟んだままにしております。
 お話を七夕に戻しましょう。意味なく、長々とスリップのことを書いたわけではありません。スリップには「別名」がいろいろとあります。本名の「売上カード」、又の名の「補充注文カード」、紙片という形状から「売上スリップ」、その略称「スリップ」まで書きました。他には、本から抜き取りやすくするために、半円状にくりぬかれた部分に由来して「坊主」。


 くりくり坊主

 そして、見たままの形から「短冊」とも呼ばれます。
 ようやく、つながりました。


 七夕よりもよく見かける短冊です

 そうです。今回は、スリップを短冊として使います。本の情報が書き込まれたスリップ。謂わば、スリップとは、本の魂の記録なのです。その魂を天の川に捧げれば、とこしえに本があり続けますように、という願いが叶えられるような気がします。
 それでは、スリップ短冊を飾り付ける準備をしましょう。坊主の部分に、ぶすり、と穴を開けて、こよりや糸を通すのは、これまたなんとなく憚られ、せっかく捨てずに挟んで取っておいたのに、という思いもあり、傷つけずに短冊化させます。
 穴は空いています。坊主のくりぬかれた穴です。これを利用します。

 つまようじをスリップ短冊の長さに合わせて切り、真ん中辺りに糸をくくり付けます。

 短冊を開いて、坊主をくりぬいた穴の裏側から糸を通し、スリップ短冊を元通りに折ると、

 ぶらーん、と、七夕カスタマイズ・スリップ短冊のできあがりです。これでしたら、紙を傷めません。外すのも簡単です。我ながら良くできました。


 スリップ短冊のできあがり

 これで、飾りも、短冊もできました。笹に着せて、さあ、星に願いを。

 その三に続く。

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本との七夕 その一

 避暑、ということばを聞いて思い浮かぶのは、白樺と、テニスと、白樺と……、というくらいに、避暑とは縁が薄い半生でした。九州で産湯につかり、豊後水道のお魚を食べて育ちましたので、夏というのは、遠くの空で、白く大きな雲がもくもくと盛り上がり、草の匂いとじめりとした湿り気を含んだ風が通り抜ける季節である、という観念を受け入れておりました。それを避けよう、避けることができるなどということは思いもしませんでした。
 しかしながら、近年の夏は、度を超えています。避けられるものならば避けたいです。残暑お見舞い申し上げます、も、もう飽きたという頃合いでも、とても暑く、何らかの回避手段を講じなければ、身体に異常をきたす恐れがあります。白樺やテニスは無くてもいい、そもそもテニスをしたことがない、暑さを避けられればそれで構わない、ただ、許されるならば、静かでゆっくりとした時間を過ごせるところがいい、という我が儘な願望を抱きます。
 それを叶えてくれる場所があります。その名は図書館。涼しい。座ることができる。本もたくさんあって自由に読むことができる。名古屋市鶴舞中央図書館愛知県図書館であれば、スガキヤさんが入っているので、小腹が空けば、クリームぜんざいを食べることもできます。楽園です。
 こんな良い思いをできるのも、本という存在がゆえにです。ありがとう、本。本の世界よ、永遠に。浅薄な我が脳に麗しき知識をお与え下さいますよう、なにとぞ、特に一番最後をどうかよろしくお願いします、と、このように常々思っておりましたが、本の世界が揺らいでいる、ようなのです。

 ●最近よく聞くようになった本屋さんの話題

 電子書籍ができました。それが広まっています。町の書店が減少傾向にあるそうです。小さな書店ばかりでなく、都市部の大型書店も例外ではないようで、ジュンク堂書店新宿店さんの閉店は、ニュースになりました。
 どれくらい、本屋さんで、本が売れなくなっているのか、手元に資料が無いため、はっきりしたことは分かりませんが、右肩上がりでぐんぐんと売り上げが伸びている、ということでは無さそうです。
 ですが、本屋さんで本が売れなくなったから、急激に本が無くなった、ということも無く、本はまだまだあります。まだ全てが電子書籍とはなっていません。では、どのようにして本が人々の手に渡っているか、といいますと、ネット書店、らしいです。話題の本があれば、その紹介記事とともに、ネット書店のその本の購入ページへのリンクが貼られています。書名を検索すれば、最上位は、ネット書店内のページが表示されることも多いです。
 ネット書店は便利です。私もよく利用しています。町の本屋さんと、ネット書店。どちらが良く、どちらが良くない、とは言い切れません。どちらにも良いところがあります。願わくば、上手い具合に共存してほしい、手に取りたい本が手に取りやすいようになっていてほしい、と思っています。

 ●本の安泰を願いたい

 この願い、流星に祈ってもいいのですが、流星に祈る場合は、現れてから、消えるまでに三回唱えねばならないそうです。そんなに口が回りません。もっと、ゆっくり、願いたいです。お正月ならば、初詣、という手もありますが、この季節に詣でて願っても神さまは「え、今頃、来たのかい!?」とお思いになるような気がします。
 ところが、世の中、良くできたもので、「みんな、そろそろ願いたい頃なんじゃないのかい?」と狙い澄ましたようなイベントが設定されています。
 七夕です。
 短冊にゆっくりと願い事を書いて、ゆっくりと笹にくくりつけ、ゆっくりと夜空に祈ります。お願いします。本をできるだけ長く読めますように。
 その願いをあざ笑うかのような、大雨。短冊は湿り、水性ペンで書いた願いは流れ落ちます。そうです、七月七日、七夕の日は、おおよそにして、梅雨まっただ中です。毎年、七夕の夜は晴れるのか、曇り空なのか、雨降りなのか、が天気予報されています。晴れだと、それだけで「運が良い」ということになっているように見受けられます。晴れにするだけで、願い力、を使い果たしているのではないか、という気にさせられてしまいます。
 それを、避ける手段として、「月遅れの七夕」を催す地域があります。八月七日に七夕を行う、ということです。良い考えだと思います。八月に入れば、梅雨も明けていて、青空が見込め、星空に願いを、ということができます。ただひとつ残念なのは、七が並んでいないため、ちょっと心中もやもやしてしまう、ということでしょう(奇数は「陽」であり、月日でそれが並ぶため吉日とされています)。
 七月七日は雨、八月七日は居心地が少し良くない。でも、諦めるにおよびません。最終手段が残っています。「旧暦の七月七日」です。現行の暦(太陽暦)では七月七日は梅雨のただ中であっても、旧暦(太陰太陽暦)の七月七日ですと、立秋も過ぎ、梅雨もとうに明けていることが多いようです。
 今年の旧暦七月七日は、七月二十四日です。明後日です。近頃は、昼間は酷暑でも、日が落ちると、秋をほのかに感じさせてくれる風が吹くようになりました。夕立、通り雨はありますが、晴れている時間はかなり長いです。
 七夕日和です。いざ、星に願いを。

 七夕の願いは、短冊に願い事を書いて、笹にくくり付けますが、それ以外にも、いろいろな飾りを笹にまとわり付けさせます。それらの飾りは、紙製のものが多いです。ケーキもろうそくも要らないので、実に容易に行動に移せます。


 セットの色紙と、少し厚手のA4サイズ

 東急ハンズさんでこれだけ入手すれば、短冊以外の七夕飾りは成立します。これらを切ったり貼ったり折ったりすればいいのです。さて、切りましょう、折りましょう。
 ……輪っかをつなげたものしか思い出せません。あとは、単純に色紙をつなげたものくらいしか。自らの創造力と想像力と記憶力を嘆きつつ、キーボードを打ちますと、ありがたいページが見つかりました。こちらを参考に作っていきます。

七夕特集|七夕飾り(かざり)と短冊|縁結び祈願 京都地主神社
http://www.jishujinja.or.jp/tanabata/kazari/kazari.html

 まずは、簡単で、見た目が「いかにも七夕」というような飾りです。折って切って広げるだけです。左右交互に「へ」の字形に切って、

 広げると、

 できました。かっこいいです。いかにも縁起が良さそうです。


 縁結び神社推奨っぽさが出ています

 次は、定番のものを作りましょう。これは、見なくても分かります。細切りにしたものを輪っかにしてしてつなげる、小さい四角に切ってつなげる、の繰り返しで、


 定番の飾り二種類

 できました。懐かしいです。しばし、童心に返りました。
 あとは、数十枚の色紙があれば、その中の数枚は、この運命を辿るであろうものを作ります。

 折って、広げて、

 鶴、ではありません。カササギ、です。七夕の空、天の川の架け橋の役目を担っているのは、カササギです。「かささぎの渡せる橋におく霜の白きをみれば夜ぞふけにける」という大友家持作とされる百人一首にも収められている有名な和歌からも、カササギの役目と人の良さが分かります。ただし、カササギの折り方は「鶴を参照」です。

 小学生の頃、先生が色紙を取り出すと、各一枚ずつ入っている「金」と「銀」の争奪戦が始まりました。金と銀の希少価値は、色紙界にも及んでいます。今回は、一人で作っておりますので、贅沢に、我が身一つで金と銀をもてあそぶことができます。贅沢に使いましょう。
 色紙に入っていた台紙を星形に切ります。定規とコンパスで五角形を作ったのは何年ぶりでしょうか。かなり頭を悩ませてくれました。これだけで、輪っか飾りと四角をつなげた飾りを作る時間くらい要しました。この苦労して作った星形の裏表に、星形に取った金と銀の色紙を貼り付けます。

 贅沢です。小さい頃にはできなかった代物です。しばらく、輝く星飾りを見遣ります。金に目がくらむ、とはこのようなことなのでしょう。


 あこがれの金と銀をどちらも使った逸品

 色紙セットの飾りはこれくらいにして、別に用意したA4の紙を使います。これを四つ折りにして、互い違いに左右からはさみを入れます。

 びよーん、としたじゃばらのようなものができます。こんなのが飾りになるのか、叱責を受ける前に、ささっ、と折り目を広げると、

 天の川のできあがりです。これを「網」ということもあるようです。天の川に棲むものを捕らえるための網らしいです。……なんとなく、「天の川」としたい気持ちです。
 これで、飾りは一通りできました。では、肝心の短冊を用意することにいたしましょう。

 その二に続く。

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