2008.11.30

3の倍数か3がつく数字かどうかマクロ

 今年、世界のナベアツ(渡辺鐘、渡辺あつむ)さんが「完全に売れかけて」(ご本人談)いました。「2008年ユーキャン新語・流行語大賞」にも「世界のナベアツ」としてノミネートされています。
 ナベアツさんの代表的な持ちネタに「3の倍数と3が付く数字のときだけアホになります」というものがあります。このネタは好評を博し、お子さまを中心にして、各地で「さぁ~~ん!!」という声がこだましていたようです。

 ナベアツさんは、1から順番にカウントしていき、普段は「40! オモロー!!」で締めくくっています。これを真似した場合、2桁の数字くらいならば、アホになるかどうか判別しやすいのですが、暗算が得意でなければ、カウントする数字が増すにつれ、だんだんと苦しくなってきます。

 そこで、アホになるべきか否かを判別するMS-Excelのマクロを作ってみました。私自身数字が得意でなく、プログラミングの知識がかなり未熟で、なおかつ、お手軽に作ったものなので、非効率的だったり、不備がある可能性が高いです。ご容赦の上、ご利用くだされば幸いです。

――――――――――

1.セル"A1"に入力規則を設定します。
 判別する数字を、Excelで普通に計算できる範囲に収め、入力エラーや指数表示にしたくないので、「入力規則」を設定します。

 メニューから[データ]→[入力規則]→[設定]タブ
 入力値の種類:整数
 データ:次の値の間
 最小値:1
 最大値:2147483647

 [エラーメッセージ]タブ
 スタイル:停止
 タイトル:入力エラー
 エラー メッセージ:1~2,147,483,647の整数を入力してください

3の倍数と3が付く数字のときマクロ・1

3の倍数と3が付く数字のときマクロ・2

2.コマンドボタンの作成します。
 [コントロール ツールボックス]ツールバーを表示して、[コマンドボタン]を選択。
 任意の場所に「コマンドボタン」を作成。
 [コマンドボタンのプロパティ]
 オブジェクト名:q_three
 Caption:1。2。…

3の倍数と3が付く数字のときマクロ・3

3.[Visual Basic]ツールバーから、[Visual Basic Editor]を起動
 以下のコードを入力します。

3の倍数と3が付く数字のときマクロ・4

―――――

 (General)(Declarations)

 Sub call_three()
'3の倍数か3が付く数字の時
  MsgBox "さぁ~~ん!!", vbOKOnly, "アホになる!"
  End
 End Sub

―――――

 q_three Click

 Private Sub q_three_Click()
 Dim num As Long
 Dim string_num As String
 Dim i As Integer

 num = Range("a1").Value
 string_num = Str(num)
 i = Len(string_num)

'3が付くかどうか
 Do While i > 0
  If "3" = Mid$(string_num, i, 1) Then
  call_three
 End If
 i = i - 1
 Loop

'3の倍数かどうか
 If 0 = num Mod 3 Then
  call_three
 End If

'3の倍数でも3が付く数字でもない
 MsgBox "…", vbOKOnly, "普通"

 End Sub

―――――

4.実行します。
 セル"A1"に1~2147483647までの整数を入力、確定してから、作成した[1。2。…]コマンドボタンをクリックします。

 3の倍数と3がつく数字の時には左のメッセージボックス、そうではない時には右のメッセージボックスが表示されます。

3の倍数と3が付く数字のときマクロ・5

 [OK]ボタンをクリックすると、メッセージボックスが閉じます。再度、判定をする時は、セル"A1"に数値を入力→コマンドボタンをクリック、を行ってください。

 入力値が不適切である場合は、以下のメッセージボックスが表示されます。

3の倍数と3が付く数字のときマクロ・6


 ※【使用上の注意】※
 このマクロの実行により発生した障害に対して、私は一切の責任を負いかねます。全て使用される方個人の責任に基づくものといたします。
 本記事の内容を実行するに当たり、MS-Excel及びExcelVBAの基本操作に関するご質問には、お答え致しかねる場合があります。
 以上、ご了承ください。

――――――――――

 新語・流行語大賞の発表は、明日、12月1日です。今年を表わすことばがどれになるのか…、楽しみですね。


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2008.10.30

スターバックスの緩衝材を解読する

 私はマグカップ集めを趣味としております。雑貨店、デパートやショッピングセンターの食器売り場、観光地のおみやげ売り場などに行きますと、自然とマグカップのコーナーに向かってしまいます。そこで、気の効いたマグカップを見付けますと、それだけでその日の買い物や観光の良さが3割増しくらいになった気がします。
 他にも、洋菓子店やコーヒーショップでも、マグカップが売られていることが多いようです。中でも、スターバックスさんは、定期的に期間限定マグカップを販売されていて、マグカップコレクターとしては、たいへん魅惑的なお店です。
 スターバックスさんでは、夏場はホットコーヒーを飲まれる方が少ないからか、限定マグカップはあまり出てきません。紅葉前線の南下がニュースになる頃から、限定マグカップが頻繁に登場するようになります。私にとって散財の時期の始まりです。
 しかし、ためらうことなく、この秋もマグカップを求めて、スターバックスさんに立ち寄りました。そして、ためらうことなく、しっかりと「自宅用です」と宣言して、マグカップを購入しました。
 帰宅後、早速、開封です。

 この瞬間が嬉しいのです。中身は分かっているのですが、改めて、家で落ち着いて見るのが楽しいのです。それでは、中を見てみましょう。がさがさがさがさ…。

 「ハロウィン限定・ナイトフクロウマグ」です。大ぶりで、カフェオレにぴったりです。内側に「hoo!」とプリントされているのがポイントですね。気に入りました。
 さて、後片付けをして、早速、新入りマグカップで何か飲みましょう。

 …

 自宅用と言って購入すると、箱無しの簡易包装にしてくださるのですが、緩衝材として「プチプチ」で包む場合と、今回のように、数枚の薄紙を重ねたもので包む場合があります。

 数枚の薄紙は、白とベージュの薄い紙を重ね合わせたもので、しわを入れて、クッションが効くようにしています。

 この白・ベージュの紙は無地ではなくて、スターバックスの象徴「サイレン」と船の紋様と、何かの文言が書かれています。

 英文だというのは、英語が苦手な私にも分かります。ただ、一面いっぱいにそれが書かれているので、今まではただの模様だとしか認識していませんでした。しかし、よくよく見ると、新たなことが分かったのです。

 この英文は、それほどの長文ではなくて、短い文、単語の繰り返しになっています。上の写真の、青い下線の部分が繰り返しになっているのです。
 これくらいの長さならば、私にも訳せそうです。訳す気にさせられる短さです。では、私の有する最大限の英語の知識と、それよりも遥かに頼りになる電子辞書、ネット辞書、普通の辞書の力で、解読してみましょう。

 ひたすら同じ文章が続いているので、どこが文頭なのか分かりません。便宜的にサイレンのマークの次を先頭とします。
 これは…、かなりクセのある筆記体です。読みづらいです。その中から、分かりやすい文字から判別していきましょう。
 この下線の部分は、比較的分かりやすいと思います。"of"と"something"という頻出重要単語が字形と位置から分かるためです。これら頻出英単語に含まれているアルファベットから、芋づる式に読んでいきます。
 "of"の前の文字は、形容される名詞のはずです。したがって、さらにその前は、普通は、冠詞か限定詞が来ることが分かります。その中で、一文字で、この字形のものは、"A"が当てはまると考えられます。
 冠詞の次の名詞は、先に分かった"something"から類推すると分かりやすくなります。同じ形のアルファベットがあるからです。"something"の中から、"s","h","m","i","e"が同じです。よって、

 "shimme?"

まで分かります。ここまで分かれば、電子辞書で前方一致で引けば、"shimmer"という単語が当たります。これで、ここの下線が、

 "A shimmer of something"

と分かりました。後の解読のために、判別のついたアルファベットを抜書きしておきます。

 A_________________________
 ____efghi___mno___st______

 では、次の部分です。

 ここもかなりクセが強いです。鍵は、二つ目の単語でしょう。これは、形だけで、"and"ではないだろうか、と推測されます。実際に、二つの単語の間をつなげるように位置しているので、可能性は高そうです。その前後がやや厄介です。"something"に近い、後ろの単語から解いてみます。一か所目で分かったものと、"and"と合わせて、重なる部分を当てはめると、

 "?ra??ings"

というところまで埋まります。次は、"a"と"i"の間の、下に長く伸びる同じ形の二つのアルファベットが分かりやすそうです。筆記体小文字で、下に伸びるアルファベットは、普通は、"f","g","j","p,"q","y","z"です。これらを総当りで、当てはめてみてもそれほど時間は掛からないでしょうが、文字の、右上が丸型、左下に伸びる、という特徴から、"g","p","q"が適当だと思われます。このうち、"g"は既に分かっています。残る"p"と"q"を比べると、英語においては、圧倒的に"p"の出現頻度の方が高いということから、"q"を外します。すると、

 "?rappings"

が出てきます。ここまで分かれば、逆引きができます。丁度良さそうなものがありました。

 "wrappings"

です。"w"は緩衝材に書かれた字形と比べても違和感は無さそうです。
 "and"の前は、

 "?iss?e"

まで当てはめることができます。"e"の手前のカップ型のアルファベットは、形から候補を挙げて、それぞれ当てはめてみます。これまで出てきていないアルファベットの中からは、"u"か"v"のいずれかになるでしょう。それぞれを当てはめて、逆引きしてみます。"?issve"では該当するものは出てきませんでした。対して、"?issue"では、

 "Tissue"

が、当たりました。字形も合います。二番目の部分は、

 "Tissue and wrappings"

となりました。これで表がまた少し埋まります。

 A__________________T______
 a__defghi___mnop_rstu_w___

 まず、最初は、"and"が分かります。その次も、今まで分かっているアルファベットが全て当てはまり、"surprises"が出てきました。"and"の前は、"?e?rets"となり、あと少しです。
 二つ目の?の部分を考えます。くるっ、と丸みのあるボール状のアルファベットです。これに当てはまりそうなのは、"a","c","e","o"のどれかでしょう。しかし既に、"a","e","o"は出てきて、字形が分かっています。よって、残りは"c"だけになります。ここを"c"だと仮定しますと、

 "?ecrets"

となるので、逆引きをします。なお、この単語の最後の"s"は、先に判別した"surprises"から、複数形の"s"だと思われるので、その"s"を除いて検索します。結果、"S"だけが該当し、

 "Secrets"

が出てきました。字形も合っているようです。これで、三番目は、

 "Secrets and surprises"

となり、残りは、

 A_________________ST______
 a_cdefghi___mnop_rstu_w___

 ここまでで、小文字のアルファベットはかなり埋まりました。これでペースが上がりそうです。

 ちょっと、難解な部分に当たりました。前出のアルファベット以外のものが、結構あります。最後の単語を足がかりにして読んでいきます。

 "?idden"

 "d"はクセが強いのですが、先に"and"を解いていたので、かえって分かりやすいです。先頭の大文字以外は、前出のもので埋まりました。これで逆引きすると、

 "Ridden"、"Hidden"、"Midden"

が候補に挙がりました。"H"か"M"か"R"のいずれが当てはまるでしょうか。緩衝材の文字を見ると、縦線が二本、それを横切るように横線が一本です。この点から、三つの候補のうち、"H"が一番近いようです。
 次は、一つ目の単語です。

 "??sterious"

と、最初の二文字が分かりません。それでも試しに逆引き検索してみます。上手い具合に一つしか該当しませんでした。

 "Mysterious"

 大文字"M"は分かりにくいですが、"M"だということを前提として緩衝材の文字を見ると、確かに"M"の形です。次の"y"は、下に伸びるアルファベットです。それらのアルファベットで、ここまでに分かっていなかったものは、"j","q","y","z"の四つですが、総当りすると、手元の辞書では、"My"でしか、意味の通る単語は出てきません。
 二番目の単語は、

 "e?usi?e"

までは前出のアルファベットで埋まります。
 では、不明文字を見ていきましょう。一つ目は、下から大きく上に跳ね上がって、また下に戻って次の"u"に続いています。上に長く伸びる筆記体小文字は、"b","d","f","h","k","l"です。この中から既に判別できているものを除くと、"b","k","l"の三つです。さらにこの中で、下に下がった後に、直接、次の文字につながらないものは"l"だけです。字形も問題ないでしょう。
 次に、二つ目の不明文字ですが、かなりクセの強い字ですね。丸い山があって、谷ができて、右上にはねるアルファベットです。これに該当しそうな筆記体のものは、"n","r","s","u","v"でしょう。この中から既に判別の付いているものを除外すると、"v"しか残りません。では、"v"を当てはめて、辞書をを引いてみましょう。該当する単語がありました。

 "elusive"

です。"v"の筆記体としては、字形に見づらさがありますが、おおよそ合っています。これで、この部分の3つの単語が分かりました。

 "Mysterious. elusive. Hidden."

となります。ここまでで埋まっているアルファベットは、

 A______H____M_____ST______
 a_cdefghi__lmnop_rstuvw_y_

です。

 サイレンマークの前の部分です。最初から順に、前置詞"for"、代名詞"She"、動詞"has"、定冠詞"the"までは前出の文字で埋まります。最後の単語は、下に伸びるアルファベットが二つあります。そのうち後の方は、"of"で出てきた"f"です。その前後は"i"と"t"なので、"?ift"まで埋まります。残った一つ目の、下に伸びるアルファベットは、"-ing"の形で出てきた"g"だと思われますが、上の部分がくっついていないので、他の文字にも見えます。下に伸びるアルファベットを総当りで当てはめてみます。"f","j","p,"q","y","z"を、"?ift"にそれぞれ入れて単語を作ってみましょう。

 "fift","jift","pift","qift","yift","zift"

のうち、辞書では、"fift","zift"が項目として立てられていました。ただし、"fift"は方言、"zift"は医学専門用語で、大文字で"ZIFT"か"Zift"としてしか用いられないとあります。どちらも今回のパターンには当てはまらないと考えてよいでしょう。これで最後の単語の先頭は、"g"の筆記体だと確定しても良さそうです。これで、

 "She has the gift"

の文が出てきます。

 やや長めの文章です。ここまでくれば、前出のものでどうにかなりそうです。先頭から順に見ていきましょう。

 "The unveiling of the une?pected"

 長文でしたが、不明のアルファベットは一文字だけでした。"e"と"p"の間で、線が交差しています。ここまでで不確定の小文字を挙げると、"b","j","k","q","x","z"の六つです。緩衝材の文字を見れば、下に伸びるアルファベットは除外できそうです。そうすると、"b","k","x"の三つが残ります。
 この文章を書いている人は、クセのある字ですが、筆記体で下に伸びる文字は、ちゃんと下に伸ばし、上に伸びる文字はちゃんと上に伸ばしています。この特徴から、不明の文字は上にも下にも伸びていなくて、線が交差しているので、該当するのは"x"だけです。辞書でも、"unexpected"の項目が立てられていました。これで、一文字だけ欠けていた文章が、

 "The unveiling of the unexpected"

となり、ここまでで、

 A______H____M_____ST______
 a_cdefghi__lmnop_rstuvwxy_

が判明しました。

 いよいよ最後です。二つ前に見た"for"の前の部分です。既に挙がっている文字で埋めてみましょう

 "The Siren holds the ?ey"

 ここも、あと一文字だけです。残っている小文字は、"b","j","k","q","z"です。不明の一文字は、上に伸びていて、丸みがありません。その特徴から、"k"が最も適していると判断できます。

 これで、全ての単語が埋まりました。解読した順に挙げると、

 "A shimmer of something."
 "Tissue and wrappings."
 "Secrets and surprises."
 "Mysterious. elusive. Hidden."
 "for She has the gift."
 "The unveiling of the unexpected."
 "The Siren holds the key"

です。これをさらに、緩衝材に書かれている通り、文意が分かるように並べ替えましょう。先に書きましたように、サイレンマークを先頭としておきます。

――――――――――
 □ A Shimmer of something. Mysterious. elusive. Hidden. Tissue and wrappings. □ Secrets and surprises. The unveiling of the unexpected. The Siren holds the key for She has the gift.
――――――――――

と、いう文章になりました。
 さて、これを日本語に訳してみます。

 「何かの微かな光。神秘的な。とらえどころのない。ひそんだ。薄絹と包み紙。秘密と驚きのもの。思いもよらない除幕式。サイレンには贈り物があります。彼女はその鍵を手にしています。」

 英語が苦手ですので、辞書を介しての、ほぼ直訳です。それでも、おおよそ、意味は通りました。ただ、英語は本当に、心底、苦手で下手なので、間違い(特に英文和訳の部分)は、なんなりと、ご指摘くださいませ。
 これは、徐々に贈り物の正体が浮かんできて、中に包まれたものを開ける喜びを盛り上げる、幻想的な雰囲気の文章だったのです。緩衝材・包装紙として、ぴったりの、気の効いた文です。この文章そのものが、スターバックスさんからの贈り物だったのです。紙が緩衝材であることの他に、このようなメッセージも含んでいることも分かれば、なおさらマグカップへの愛着が沸いてきます。ありがとう、スターバックスさん。
 この解読で、ますます、マグカップコレクションに熱が入りました。これからもどんどん集めたいと思います。

 ちなみに、今のところ、コレクションの一部はこのようになっています。

 部屋がマグカップで埋まっていきます。集め始めて分かりましたが、マグカップは、存外に、かさばります。


参考にした辞書:
 研究社『新英和中辞典 第6版』
 大修館書店『ジーニアス英和大辞典』 SEIKO電子辞書版
 三省堂『EXCEED 英和辞典』 goo辞書


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2008.09.30

梓弓

 そういえば、朝の天気予報で、夕方くらいから雨が降る、って言ってたっけ。部屋、暗いもんね。もう降り始めてるのかもしれない。ああ、そうだ。「帰る頃には雨降るから、傘、持っていってね」って、声、掛けたんだった。あの人、傘、持っていってたかな。よく覚えてない。
 アズサは、反対側の壁にある掛け時計に目を遣った。暗い雲ばかりで、レースのカーテンだけを掛けている部屋には陽は入ってきていない。蛍光灯も点けていない。部屋のところどころにある家電が、待機を知らせるために、緑だったり、赤だったりの光を、小さく灯している。部屋を一番明るくしているのは、携帯電話の液晶画面だ。その光の力で、ようやく読み取った掛け時計の針は、まだ夕方間もない時間を指していた。
 まだだ。こんなに暗いのに、まだこんな時間なんだ。もっと待っていないと。
 時計を見るために少し起こした身体を、再び、ベッドにもたせ掛けた。
 いつからこうしていたんだっけ。何時から?何日前から?何週間前から?そう、三年前からだった。この時間が長いのか、短いのか、私にはわからない。毎日、ただ、こうしてベッドにもたれ掛かっているだけじゃない。朝は、ごはんを作って、あの人と食べて、見送る。天気予報を見て、雨が降りそうだったら、傘を持っていくように言って、暑そうだったら角を揃えて折りたたんだタオルハンカチを渡して、寒そうだったらコートを用意して。
 その儀式が終わったら、食器を洗って、掃除をして、洗濯物を片付けて、晩と明日の朝の食材が少なかったら、近くのスーパーに買いに行く。それで、午前中が終わる。同時に午後も終わる。もう、することが何も無くなっているから。あとは、あの人が帰ってくるのを待っているだけ。最初の頃、待つのは楽しかった。夕食を食べながら、私にはよく分からないあの人の仕事の話を聞くのも楽しかった。私は、あの人には分からないはずの、スーパーでの些細なハプニングなんかを話すのが楽しかった。あの人は、喜んで聴いてくれているように見えていた。
 今でも、そんな一日は何も変わっていない。だけど、どこか違う気がする。毎日していることが変わっていないから、余計に気になる。こんな気になるのはいつからだったかな。それは覚えていない。三年よりも短くて、一日よりも長い間にこんな気を持つようになったんだと思う。
 三年前は、そんな時間は無かった。違う。ほんの少しだけあった。茫漠とした時間は、私の一日に、一秒にもならないくらいの染みを付けていた。私が決めた私の仕事を全部終わらせて、あの人が帰ってくるまでの時間のどこかに、それがあった。
 テレビニュースで原油タンカーの事故を見たのは、いつだったかな。事故現場の海面には、深い海の底の船から湧き出してくる黒い油で膜が作られ、それが時間と共に広がっていっていた。私はヘリコプターからのその映像に見入った。それは、私だと思った。油でぬめる海面は光を反射して、ところどころ虹色に輝きながら、波に漂い、水平線のほうへ広がっていった。
 そこまで見たら、テレビも電灯も消して、ベッドにもぐりこんだ。あれは私なんだ。身体を洗っても洗っても、粘りのある黒い油は落ちない。どうしよう。あの人が帰ってくるのに。朝、せっかく床も水拭きしたのに。毎日毎日そうしているのに。どうしよう。こんな体は見せられない。
 アズサは携帯電話を掴み取り、番号を登録しているあの人のボタン押した。そうしたら、全身を包んでいた布団の中がまぶしいくらいに明るくなった。液晶の光が、体を包んだ。すると、波が引くように落ち着いていった。
 それから、どれくらいケータイを抱いていたんだろう。いつの間にか眠ってしまってた。目覚めた時は、夕暮れだったな。
 アズサは、急いで起きて、携帯電話をベッドの上に放って、夕食の支度を始めるために、蛍光灯を点けた。初めて一緒に撮った写真の待ち受け画面は、その光に紛れてしまった。
 それから、毎日、午前中の仕事を済ませると、携帯電話を持って、布団をかぶり、眠った。
 眠っている間は、黒い染みは消えていた。しかし、目が覚めた後は、頭が働かなかった。このままじゃいけない、とだけは思って、ベッドから降りるのだけど、立ち上がれない。座り込んで体を投げ出すようにベッドにもたれ掛かった。あの人が帰ってくる、そのことだけを思って、ただ力なく座っていた。
 カーテン、閉めないと。陽の光はもう無い。雲はもっと深くなっていっているみたい。窓の外は、ただわずかな白を含んだ灰色があるだけだ。
 枕元に置いた携帯電話が、振動音と光を放った。この振動パターンはあの人のものだ。

From:優哉
Subject:無題
帰ったよ。カギ開けて。

 部屋のカードキーは、一枚しかない。合鍵を作ろうか、と話したけど、あの人が帰る時に、私がいないことは無いということ、それに、カードキーの合鍵は、作るのに手間が掛かると入居時に不動産屋から聞いていたことから、合鍵は作らないままだった。カードキーは私が持つことにして、あの人は、マンションの玄関前に着いたらメールを送り、それを見たら、部屋の中からオートロックを開けるようにしていた。そして、毎日、私はあの人が帰る時間は部屋に居た。
 アズサは携帯電話の液晶画面をちらりと見ただけで、立ち上がろうとはしなかった。数分後、再び、振動音が鳴った。

From:優哉
Subject:無題
帰ったよ。カギ開けて。

 繰り返し。文面をケータイに登録してるんだろうな。
 外で葉が鳴り始めた。やっと雨が降り出したんだ。雨が降る前にあの人は帰り着いたから、朝、傘、要らなかったな。細かい水音が、徐々に膨らんでいく。

From:優哉
Subject:無題
どこに出かけてる? まだ帰られないの?

 心配してる。でも、私の心配、自分の心配、どっちなんだろう。

From:優哉
Subject:無題
帰ったよ。カギ開けて。

 私って何なのだろう。鍵を開けるため無題の人ってどんな人? 雨の音が頭に響く。

From:優哉
Subject:無題
男か?

 「男」って誰のことなんだろう。うん、そうね。男よ。さっきまで一緒にベッドにいたの。いつからか忘れたけど、毎日毎日、私を明るく包んでくれてた。安心して眠れた。だから、今までここに居ることができたんだと思う。でも、あなたの考えている「男」とは違う!

To:優哉
Subject:おかえり
ずっと待ってたよ。今、開けるから

From:優哉
Subject:無題
前から分かってたよ。もう、僕がいなくても梓はいいんだと思う。梓は僕に縛られることないよ。今、梓に必要なのは、僕じゃないんだ。君を必要としている人のところに君の心を置いていなければならない。もう僕の役割は終わったんだよ。楽しかったよ。ありがとう。

 「おかえり」って言ったのに、「いなくてもいい」ってどういうこと。いないと駄目に決まってる。ずっと一緒にいたでしょう。さっきも一緒にいた。私を明るく照らしてくれていたのは、あなたじゃない。勝手なこと言わないで。

To:優哉
Subject:おかえりおかえりおかえり
おかえりなさい。開けるから、おくなったけど、ばんごはんつくるまってててあけるから、あしたもごはんつくれしそうしもせんたくもそのあといっしょにねむらないといけない

 雨がますます強く葉を叩いている。アズサはレースのカーテンを開けて、ベランダから身を乗り出す。朝、手渡したバーバリーチェックの傘が遠ざかっていく。
 アズサは携帯電話を握り締め、部屋を出た。エレベーターは待てない。数階分の階段を駆け下りる。内側から鍵を外し、雨水をはじいているアスファルトを走る。裸足にアスファルトが絡みつく。タンカーの油が思い出された。
 なんで、追いつかないのだろう。痛い。さっきから何度か転んでいるような気がする。あれ、変だな。私、走っているのかな。
 温かい雨が髪を伝い、口に入る。
 ああ、そうか、私、倒れてるんだ。だから痛いんだ。だから痛くないところなんてないんだ。

To:優哉
Subject:Re:
朝も、昼も、夜も、一緒にいてくれてありがとう。大事にしてくれてありがとう。私も同じくらい大事にしてたと思うんだけどな。だって、いつもあなたと一緒にいたよ。すぐそばにいつもいたよ。あなたはそれを見てないけど、そうだったよ。そうだったんだよ。あなただけの一日だったんだよ。それを見てないのに、何故「役割は終わった」なの?終わったことなんて何も無いよ。

 早く、これを送らないといけない。
 アズサは雨の滴る左手を開いて携帯電話の画面を見た。黒い液晶画面しかなかった。どのボタンを押してもあの明かりは点らなかった。ただ、油と夜が詰め込まれた黒だった。

――――――――――

 こちら↓のブログ記事を参考にして、私も書いてみました。
http://blog.goo.ne.jp/koneeta/e/0a5c0cb24c588de73c6e5c74f1868e48
http://blog.goo.ne.jp/koneeta/e/73fe2117704983433c8d8e10770caf9f
http://blog.goo.ne.jp/koneeta/e/696676f689923c5b8d4e5aec4b73235a

 『伊勢物語』第二十四段の「翻案」です。原文はこのようになっています。

―――

 第二十四段 梓弓

 昔、男、かた田舎に住みけり。男、宮仕へしに、とて、別れ惜しみて行きにけるまゝに、三年来ざりければ、待ちわびたりけるに、いとねむごろに言ひける人に、今宵あはむ、と契りたりけるを、この男来たりけり。この戸あけたまへ、と叩きけれど、あけで、歌をなむ詠みて出だしたりける。
  あらたまの年の三とせを待ちわびて
  たゞ今宵こそ新枕すれ
と言ひ出したりければ、
  梓弓真弓槻弓年を経て
  我がせしがごとうるはしみせよ
と言ひて、往なむとしければ、女、
  梓弓引けど引かねど昔より
  心は君によりにしものを
と言ひけれど、男帰りにけり。女、いとかなしくて、後にたちて追ひゆけど、え追ひつかで、清水のある所に臥しにけり。そこなりける岩に、指の血して書きつけける。
  あひ思はで離れぬる人をとゞめかね
  我が身は今ぞ消えはてぬめる
と書きて、そこにいたづらになりにけり。
(神野藤昭夫・関根賢司編 『新編 伊勢物語』 おうふう 平成11年1月 より引用)

―――

 古典を現代風に翻案するというのを、『今昔物語集』で出来ないかと考えておりましたら、『伊勢物語』のものがあると分かりましたので、力試しのつもりで取り組んでみました。
 慣れない書き方なので、いろいろと突っ込み可能なところがあると思いますが、大目に見ていただければ、ありがたく存じます。

 歌の解釈とその翻案が難しかったです。


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2008.07.20

右横書きゼミナール・後編

 「右横書きゼミナール・前編」のつづきです。前編を先にご覧ください。


 ●文字種ごとの書字方向問題

 結局、この夏の限定ケーキ『豊田猿投の桃のタルト』は七海が取り、桜濱は定番の『季節のフルーツタルト』を食べることになった。
 「何度食べても、季節のフルーツタルトは美味しいですね。選択権が無くてもこっちを選んでましたよ」
 「いや、桜濱さんなら、こっちの新作を選んでいたはずです。限定品とか、新しいもの好きですよね」
 「ま、まあ…、そうですが。どちらも美味しいと思いますよ。食べ比べてみたいので、少しください」
 「当然、駄目です」
 「…分かりました。ごめんなさい。今度、自分で買って食べます」
 「はい、そうしてください。ところで、桜濱さんの『把握し辛い右横書き』がまだですよ。早く、見せてください」
 「あ、そうでしたね。うーん、と。これなんてどうでしょうか?」

右横書き19

 「『電子氷』って何ですか?」
 「いやいや、問題はそこじゃないです。その上の『WEN』を見てください。これは『NEW』の右横書きですよね。アルファベットの右横書きは珍しいですよ。『氷子電』は『電子氷』とすぐ分かっても、『WEN』が『NEW』だとは、一瞬じゃ分からないんじゃないですか?」
 「そう言われてみれば…、そうですね」
 「それに、右のロゴを見てください。『Precious』は左横書きなんです。あと、左下の電話番号も左横書きです。仮名、漢字、アルファベットが左右両方向、そして数字。いろんな文字種が入り混じっている右横書き車なんですよ。これは頭が混乱してしまうくらいの上質の右横書きだと思います」
 「一つ一つの単語だけだと可読性は低くないと思いますが、いろんな文字種、書字方向がいっぺんに書かれていることで、可読性が低くなってしまっているわけですね」
 「そうです。この車の場合、『落ち着きの悪さ』を受け入れて、全部を左横書きにした方が、分かりやすかったでしょうね。それぞれは長い文章ではないので。むしろ右横書きにした英単語の落ち着きの悪さを感じてしまいます。英単語の右横書きには、こんなのもありましたよ」

右横書き20

 「なんですかこれ? 分かりにくい」
 「写真の撮りかたが悪いのは許してもらうとして。これは、アルファベットの綴りが裏焼きになってるんです。ほら、救急車のフロント部分で『急救』という風に、反転しているのを見たことがありませんか? あれと同じような感じで、右側面のアルファベットが反転しているんです」
 「『急救』は、前の車がバックミラーで見たときに、正しく『救急』と読めるようにしているんですよね。でも、側面だと意味が無いじゃないですか」
 「そうなんです。分かりにくいだけなんです。アルファベットの綴り方よりも、『右から始まる落ち着きの良さ』の方を優先した結果なんでしょう。ただ、ロゴを右から左に描いていくと、形を変えたりする手間とか厄介な問題が出てくるんでしょうね。それで仕方なく、型を裏返しにしてペイントしたんでしょう。アルファベットの右横書きでは、稀にこの『裏焼き右横書き』が見られますよ」
 「私、見たことありませんよ」
 「僕もほとんど見たことありません。だから、この観光バスを見つけた時は、見にくい位置だったんですけど、無理矢理に写真に撮ったんです。あと、交差点で青になるのを待っていたときに、目の前を『裏焼きアルファベット』が通過していくのを見かけたことがあるだけです。あの時はカメラを取り出す時間がありませんでした。悔しかったなぁ…」
 桜濱は、その時のことを思い出して、ややうつむき加減になり、ケーキをゆっくりと口に運んだ。
 「そんなに落ち込まないでくださいよ。またチャンスはあります。待てば海路の日和あり。鳴くまで待とうホトトギス。信じるものは救われる、です」
 七海の言い方が妙ににおさおさしいと思ったが、それを言うと、また失点になりそうだと思ったので、桜濱はそれは口には出さずに、軽くうなずいた。
 「ありがとうございます。次の機会を気長に待つことにします。七海さんもこのタイプの右横書きを見つけたら、すかさず捕獲してください」
 「はい、分かりましたっ。…と、これって、『引越のサカイ』じゃないですか。桜濱さん、前のブログ記事で書いていましたよね。珍しくないんじゃないですか」

 ●ロゴマークと書字方向

 桜濱は、七海が指差した「引越のサカイ」のトラックの写真と、以前に撮った写真とを並べて置いた。

右横書き21

 「ほら、右側面でも、前に取り上げたのは左横書き、新しい方は右横書きなんです。僕は、はじめは『引越のサカイ』さんのトラックは、左横書きしかないのかと思っていたんですが、右横書きも存在していたんです。でも、これで問題にしたいのは、パンダのロゴマークの方なんです。見比べてみてください。ロゴマークは一緒ですよね。それで、こっちを見てください」

右横書き22

 「西濃運輸さんは、「ールガンカ」と右横書きになっていて、カンガルーマークも裏焼きになっているんです。そして、こっちも」

右横書き23

 「佐川急便さんの飛脚マークも、右横書きに合わせて、裏焼きになってます。そしてこれが、クロネコヤマトさん」

右横書き24

 「クロネコマークは裏焼きになっていませんよね。どう思いますか?」
 「えーと…、裏焼きになっているロゴとそうじゃないロゴがあるってことですよね…。あ、走ってますっ」
 「そうなんです。カンガルーマークも飛脚マークも、裏焼きになるロゴっていうのは、走る方向、つまり頭の向きに大きなベクトルがあるんです。パンダマークやクロネコマークは、それほど大きなベクトルは感じられませんよね。このことからも、右横書きの大原則『人間は、身の回りに自分の似姿を見つけださずにはいられない習性を持つ』というのが当てはまっているんじゃないかと考えました。むしろ、ロゴのベクトルの大きさが、書字方向にも強い影響を与えているんじゃないかと思うんです。つまり、『頭と尾の意識』があるので、右横書きになったというわけです」
 「なるほど。反転ロゴマークが、『横書き登場』の記述の証明になっているということですね」
 「これだけでは明言はし辛いですが、可能性は高いと思います。では、次は、勝負は抜きしにして、他に気になる右横書きとか印象に残っている右横書きを見てみませんか?」
 「はい。えーと、これはちょっと気になりますね」

右横書き25

 「確かに、なんだか自然と気が引かれますね。でも、これは、右横書きに、というよりも、車体の色が問題じゃないんですか」
 「はい、そうなんです。あまりのピンクっぷりに驚いたんです。これを見てても思うんですけど、住所は右横書きにすることがあっても、電話番号はやっぱり左横書きなんですよね」
 「電話番号の可読性は落とすとなると抵抗感が生まれるんでしょう。アルファベットの右横書きはあっても、電話番号の右横書きはまず見られませんね。例えば、これも」

右横書き26

 「あっ…、これって、例の…」
 「はい…。例の…です。今となってはレアでしょう。これも『牛騨飛』と右横書きにしていても、電話番号の部分はやっぱり右横書きです。電話番号はもともとは意味の無い数字の羅列なので、左横書きという原則を崩すわけにはいかないんだと思います。ある一つの文字体系に組み込まれている人にとって、共通意識になっていると考えるべきなんでしょう。電話番号の他には、僕はこんなのが気になりました」

右横書き27

 「パトカーの右横書きはよく見るじゃないですか。そんなに印象に残っているんですか?」
 「だって、パトカーの写真を撮っていたら、怪しまれるじゃないですか。でも、一つは押さえておきたかったんですよ。どうしたらいいかな、といつも思っていたところ、幸運にも、松坂屋の前で、警察車両のキャンペーンみたいなのをやっていたんです。それで、乗り物ファンのふりをして、ちゃんと許可をいただいて、写真を撮ったものなんです。長い間、欲しかったものが手に入ったので、嬉しかったですよ。しかも、高速隊の三菱GTOですよ。かっこいいじゃないですか」
 「そ、そうですね」
 七海はやや付いて行けないという感がある。しかし、桜濱は勢いがついたらしく、次の写真を広げた。
 「ほらほら、これもかっこいいですよ」

右横書き28

 「…」
 「すっごい鼻ですよねーっ。『伸び』が素敵ですよ。憧れるなぁ、かっこいいなぁ。『ムハ狗天』ですよ、『むはいぬてん』。毘沙門天みたいじゃないですか。かっこいいなぁ。あまりにかっこよかったので、これは左側面も撮りました」

右横書き29

 「ちょっと、桜濱さんっ! 天狗だけ撮っても、右横書きとは、関係ないじゃないですかっ! いい加減にしてください」
 「ひっ、ご、ごめんなさい。つい調子に乗ってしまいました。…でも、全く右横書きと関係ないわけじゃないんですよ。この天狗も反転ロゴですよ。もともとのロゴは左側面の方なんです。右側面は裏返しになっている。と、いうことは、やっぱりベクトルが意識されていると思うんです。鼻の伸びる方向が頭だという意識が働いているので、それにつられて、『天狗ハム』も右横書きになった可能性があるんじゃないですか?」
 桜濱は、言い訳をしながら、どうにかして右横書きと関連付けて、七海の機嫌を取ろうとしている。
 「はぁ…、まぁ、そうかもしれませんね。分かりました。そういうことにしておきましょう。じゃ、ケーキも食べ終わったことですし、そろそろ、さっきの続きに戻りましょう」
 七海は、てきぱきとフォークと皿を片付けて、改めて、右横書きの資料を広げなおした。

 ●インパクトと異化効果

 「じゃ、次は何をテーマにしますか?」
 「インパクトの強い右横書きにしましょう。これが、右横書き鑑賞の一番の醍醐味だと思います。七海さんからどうぞ」
 「インパクトですか…。これはかなりパワーがありますよ」

右横書き30

 「無理矢理に右側面を端から端まで埋めた感じですね。それにテンポがいい。『ーヒーコ』は『コーヒー』のことだと分かりますね。この『ーヒーコ』を二度重ねて『ウトイ』としているので、『ウトイ』が『イトウ』だとすぐに判別がつきます。畳語のようにすることで、可読性が高まっているんですね。インパクトを持たせつつ、きちんと社名が分かるようにして、さらに広告効果も高めている。なかなかの秀作ですね。…では、僕はどうしましょうか。これに見合うだけのものってなかなか見つからないですよ。えーと、これなんて如何でしょう?」

右横書き31

 「普通じゃないですか」
 「やっぱり、そう見えますか。けど、ほら、ぱっと見で、あの双子の女優さんが思い浮かびませんか? NHKの朝の連ドラの」
 「あー、マナカナ。…強引です。」
 「はい、負けです。今回は完敗です。これは見つけたときは嬉しかったんだけどなぁ…」
 桜濱は名残惜しそうに、「マシカナ」の写真を仕舞いながら言った。
 「右横書きでインパクトがあるものは、他のものが連想されたり、なんとなくどこかにありそうと思わせられるんです。そのように、元の意味とは別のものが惹起される右横書きは『異化効果』が現れているということになるでしょうね。分かりにくいながらも、目を引くので、宣伝効果が高まっているんです」
 「じっくりと読ませる右横書きなんですね。前の記事の『んはごくゃにんこ』みたいなものかなあ」
 「あー、そう。そうです。あれも『異化効果』だと思いますよ。ただ、長文の右横書きなので、走行中に見せることを目的としているんじゃなくて、停車中に見せることを意識して書かれているのかもしれませんね」
 「『設建○○』みたいな、ありがちな右横書きだと、走行中のものでもすぐに判別できますが、長いものになるとそうはいかないですよね」
 「『設建○○』とか『送運○○』はたくさんありすぎて、みんな慣れてしまっているので、異化効果は発揮されなくなったんでしょう。それよりも頭と尾を一致させる居心地の良さが優先されて、結果、それが一般化したんだと思います。さて、かなり、右横書きを見てきたので、今日はこれくらいにしましょう。最後にお互いの自信作を披露して、お開きにしませんか?」
 「ええ。私も卒論の材料になりそうなものがいくつか見つかりました。帰ってからまとめることにします。じゃ、最後なんで、同時に出しませんか。いっせーのせ、で」
 「いいですね。僕はもう決まっていますよ。いいですか。では、いっせーのっ、せっ」 二人は後ろに隠していた右横書き写真を前に出した。

右横書き32

右横書き33

 「あっ」と両側から声が上がった。
 「『ン』ですね…」
 「『ン』になりましたね…。やっぱり、初めが『ン』の右横書きだと力があるなあ。前の『ンコマナ』とか」
 「それにしても、『ンチーコ』って、なんか迫力ありますね。しかも、ことごとく右横書きにしているし。『様王の鶏地』とか『ーリトーポト丸』とか、魅せてきますね」
 「七海さんの『田代千ンチッキ』も迫力ありますよ。『ぶゃしぶゃし』も。『しゃぶしゃぶ』自体も危うい雰囲気を持ったことばですが、逆読みすると、その危うさがこんなに増大するとは思いも寄りませんでした。湿度のある擬音になってますね。『ぶゃしぶゃし』な目には遭いたくないな、という気にさせられます」
 「そう考えると、おじさんのマークが意味深になりますね」
 「かわいいおじさんマークなんですけどねぇ…。ところで、『キッチン千代田』って名古屋一と評されるくらいのオムライスがいただけるんですよ。今度、行ってみませんか?」
 「あ、食べてみたいです。私、ぶゃしぶゃし食べますよ」
 「…擬音の使い方、間違っています」


――――――――――

 本稿を、偉大なることばの芸術家、故・大野晋博士に捧げます。

――――――――――

・参考文献
 屋名池誠『横書き登場―日本語表記の近代―』 岩波書店 2003年11月 ISBN4004308631
 桜濱『右横書き試論 ―「車体右側面上右横書き」の考察と鑑賞―』 本ブログ 2005年9月19日掲載



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右横書きゼミナール・前編

 眠い目をこすりながら、ドアを開けると、いつものにこにこ顔が待っていた。彼女はとっくにいつもの調子だ。
 「おめでとうございますっ! お誕生日プレゼントを持ってきましたよ」
と、茶色の地に空色の絵が描かれたキルフェボンの紙袋を顔の高さまで持ち上げた。しかし、今日は僕の誕生日ではない。全く違う日だ。寝起きで頭がぼんやりしている上に、彼女のことばの意味がまるっきり飲み込めない。
 「あ、七海さん、おはようございます。おめでとうございます。いらっしゃい。いただきます」
 何とか彼女のペースに合わせようと、思いつく限りの返事をしたが、回らない頭なので、文脈がおかしくなっている。
 「もう、お昼過ぎてますよ。なのにパジャマなんて。まだ、眠ってたんですかっ?」
 「いや、眠っていませんでしたよ。目は覚めて、寝てただけです」
 「同じことです。折角のお誕生日なんですから、早起きしてください」
 「あれこれと立て込んでて、それが片付いたのが明け方近くだったんです。それから眠って、それで、この時間に目が覚めているんですから、奇跡的です。ところで、さっきから気になっていたんですけど、『お誕生日』ってどういうことですか? 七海さん、僕の誕生日を知っているはずですよ。3月にプレゼントをくれたじゃないですか」
 「桜濱さんのお誕生日じゃありません。『九州男児のにくばなれ』のお誕生日ですよ。4歳ですよ。今日から5年目突入ですよ」
 「あー、そうでした…っけ? 何も用意していなかったなぁ」
 「そんなことだと思いました。去年もおととしもさきおととしも忘れてましたよね。だから、ケーキも買ってきましたし、今年はネタになりそうなものを持って来たんですよ。おじゃましますね。外は暑すぎます。はい、これ、どうぞ。」
 「『さきおととし』まで持ち出さなくても…。でも、ありがとうございます。どうぞ上がってください。エアコンは入っていますよ」
 桜濱は、キルフェボンの紙袋を受け取り、七海をリビングに案内した。「ちょっと待っててくださいね」と言い残して、保冷材ごとケーキの箱を冷蔵庫に入れてから、ポロシャツとジーンズに着替え、身繕いを済ませて、リビングに入った。すると、七海は、なにやら印刷されたA4用紙を広げていた。
 「あれ? これは、右横書きの写真じゃないですか。どうしたんですか? こんなにたくさん」
 「これがネタです。桜濱さんの記事を見てから、私も右横書きの写真を集めてたんです。今回は右横書きの第二弾を書いてください」
 七海は、半ば、強制のように言いつけた。
 「右横書きの第二弾ですか…。いいですね。では、僕も準備しましょう。パソコンを点けるので、あの本棚の『横書き登場』を取ってください」

 ●右横書きのおさらい

 桜濱は、自分が集めた右横書きの写真が入っているフォルダを開け、以前の右横書きの記事の印刷を始めた。
 「僕も結構集めましたよ。3年ぶりのお披露目ですね。では、新しい右横書き写真を見ていく前に、右横書きについて、少しおさらいをしておきましょう」
 そう言うと、A4の裏紙に、つらつらと書いていった。

―――――

 1.「右横書き」とは右から左に読み進める書字方向
 2.一行一字の縦書きとは区別される
 3.日本語の右横書きは衰退の傾向にあるが、(業務用)車両の右側面には頻繁に書かれる。
 4.「人間は、身の回りに自分の似姿を見つけださずにはいられない習性をも」つため、乗り物にも進行方向から頭と尾を見て取り、「乗り物の頭に文字の列の末尾がくれば、落ち着きの悪さを感じないわけにはいかない」(『横書き登場』)
 5.右横書き鑑賞では「別の存在の連想を導き出す」ことが重要であり。この連想は「車体右側面上右横書き」が元々の意味と音のつながりを緩め、あるいは切り、新たな意味と音の結びつきを求めていることから促されている。

―――――

 「こういったところでしょうか。前の記事では、この右横書きの定義を踏まえて、右横書きの分類と鑑賞したんですよね。それからしばらくしてからですね。七海さんが、ご連絡をくださったのは」
 「そうですね。デイリーポータルZで取り上げられていたのを読んで。興味深かったですし、名古屋なので、桜濱さんとコンタクトが取りやすいだろうなと思いました」
 七海は、言語学を専攻しているので、ことばを取り扱ったネタにはことに強い興味を持っているようだ。桜濱は、七海から初めてメールを受け取ってからは、定期的に学校の空いたセミナー室や、喫茶店などで、ことばに関する話題で時間を過ごすようになった。ところが、今日はいきなり家に押しかけてきたので、眠気と相俟って面食らった。
 「もうちょっと、目を覚ましたいんで、コーヒーを飲んでもいいですか? あ…、一緒にケーキも食べましょう!!」
 「ダメです。まだ全然、新しい右横書きを見ていないじゃないですか。あとで、休憩時間に食べましょう。それまでおあずけです。コーヒーだけ飲んでいてください」
 七海のペースに合わせるのは骨が折れるが、逸脱すると、彼女のご機嫌を損ね、厄介な目に遭うことは分かっている。フィルターに豆を多目に入れて、濃いのを作る。
 「ふー、やっと一息つきましたよ。では、見ましょうか」
 「では、基本形からいきましょう。これは定型的な右横書きだと思います」

右横書き01

 「うん、そうですね。街中でよく見かけるのが、この手の右横書きでしょうね。社会式株型・アド型複合、カナ種・漢字種複合の工業系車両。基本的、典型的です。街を走る車の8割くらい右横書きはこのタイプになるんじゃないかな…」
 「統計取ってないんですか? 今度はきちんと統計を取ってください。それが調査です」
 「あー…、はい、分かりましたよ」
 「やる気が無いですね。コーヒーもっと濃くしましょうか」
 「いや、いいです、いいです。統計も取らないと、調査になりませんよね」
 七海は「ようやく分かりましたか」と言って、にこにこ顔に戻った。

 ●何語?

 「前回の記事で右横書きの基本的な定義や、鑑賞の仕方は分かりました。それで、今回は、やや特殊なものを集めてきたんです。見てもらえますか」
 「僕も、大型トラックの右横書きなどは、もう、余程目を引かない限りは撮っていませんね。一ひねりあるものを探しています。では、片方が写真を出して、それに合いそうな写真をもう一人が出して、ゲームみたいにして見ていきましょうか」
 「それは白熱するでしょうね。いいですよ、負けませんよ。じゃ、私からいいですか。まずは小手調べで、こんなのはどうでしょう」

右横書き02

 「やっぱり、仮名が多いほうが見ごたえがありますね。発音できなくはないのですが、実際に読んでみると、違和感がたっぷりです。それに、長いカタカナ用語は、右横書きにすると一見しただけでは何の車なのか分からなくなってしまいますね。電話番号は左横書きか…、294で「フクシ」。中日のお膝元だからかな?」
 「関係ないです。どうですかっ。なかなか良いでしょう」
 七海は自分用に淹れた薄いコーヒーをすすった。
 「それじゃ、僕はこれを出しましょうか」

右横書き03

 「これも、長いカタカナ用語なので、原型が掴みにくくなってますね。それに、このことばの、なんとも言いがたい、いや、思わず言いたくなるテンポの良さ。なんなんですか、これは?」
 「何もかにもないですよ、普通のサービス業の自動車の右側面です。『サービス』に他のことばが付いたものだから、ちょっとおかしなテンポになっているんです。外国人ボクサーに居そうな右横書きですね。このように、『何かに似てくる』というのが、右横書きの良いところなんですよ。だから止められない」
 桜濱はぬるくなったコーヒーを飲み干して、ようやく、頭が回り始めた。
 「どうです、この勝負は? 僕が勝ちですよね。だからケーキを…」
 「はい、桜濱さんの勝ちは認めましょう。私のはもう一息でした。でも、まだ一回戦ですよ。なのに、ケーキ、ケーキって…。もうそろそろ、落ち着いてくださいよ。」
 七海のことばは、最後はため息混じりになった。だんだんと呆れてきている可能性がある。彼女の言うとおり、そろそろ真面目に右横書きに向かい合わないと、鉄槌が下りそうだ。
 「撮った写真を見ると、『スビーサ』ものが案外と多いんですよ。七海さんの撮った中にもありませんか?」
 「あ、そうなんですか。ちょっと見てみますね…。えーと。あ、本当だ、ありました、ありました。こういうのですね」

右横書き04

右横書き05

 「この『スビーサンーリグ』は良いですねー。やっぱり仮名が多いものが見応えがあるな。これは『スビ』『サン』『リグ』をハイフンで結んでいるように見えるというのも得点が高いですね」
 「なるほど。確かにハイフンで結んでいるようにも見えます。どちらにしても、発音しにくいですよね」
 「逆読みしたら、まったく別の言語のようになるのが、面白いですね。これとか、これとか、こんなのとか…」

右横書き06

右横書き07

右横書き08

 「『マツムラ』も『ムライズ』も、左横書きにすると普通の日本語なんですけどね。右横書きにすると、途端にエキセントリックな雰囲気を撒き散らすんです」
 「『グンリトボンイサ』は私の自信作だったんですよ。こっちを出したほうが良かったかなぁ。もともとの『サインボトル』というのが、どういうのか分からないんですが」
 「ちょっと、検索してみましょう。…どうやら、サインの入ったお酒のビンのようですね」
 「それを、事業にしているって、どういうことなんでしょう?」
 「さぁ…、どういうことなんでしょう?」

 ●別の意味になる

 二人は首を傾げていたが、思いついたように、七海は言った。
 「右横書きにはあまり関係無い、と、しませんか」
 「それがいいような気がしますね。じゃ、第二回戦にしましょう。僕はこれを出します」

右横書き09

 「『スビーサ』じゃないですか。まだ、残していたんですか」
 「『りぼしお』の方を見てください。『りぼしお』ですよ。『リボ払い』に『塩』ですよ。素晴らしい」
 桜濱は一人悦に入っている。
 「ちょっと、苦しいんじゃないですかー。でも、『おしぼり』が全く別の意味になっているところがミソなんですね。それなら、私はこれにしますっ」

右横書き10

右横書き11

 「『疎い』…。なるほど。良いですね。しかも、漢字かな交じり文章、カタカナ、ひらがなの混合と来ましたか。完成度が高い右横書きだと思います。これは、七海さんの勝ちとしましょう」
 「なんですか。その回りくどい言い方は。素直に負けを認めてください」
 七海は眉をひそめた。桜濱は慌てて、言い訳をする。
 「い、いや、負けました。僕の負けです。ちゃんと、左右両面の写真を撮っているのもポイントが高いですよ」
 「右横書きを観察していると、右側面しか撮らなくなりますから。こうして、見比べるのも必要だな、と思ったんですよ」
 「うん、そうなんですよね。どうしても、右側しか撮らなくなります。比較するには、こうしなくちゃいけないんでしょうね」
 七海はしてやったり、という表情で、にこにこしている。
 「ふふー。ちゃんと研究しているんですよ。卒論用にはこういうのも必要だと思ったんです」
 「おや。七海さん、右横書きを卒論にするんですか?」
 「材料の一つとして使おうかな、と思ってるんです。駄目しょうか?」
 「僕としては、大歓迎ですよ。なかなか右横書きの資料ってありませんからね。いろいろ調べて、僕にも教えてください」
 「楽なところを持っていこうとしますね。ずるいですよ。桜濱さんもちゃんと右横書きを集めてください」
 「分かってますよ。僕ももちろん調べます。ところで、いい区切りなので、ここらへんで、一休みしませんか? ケーキを…」
 「まだです。もう少し見てからです。他にも、別の意味になっている右横書きがあるんですから。桜濱さんも出してください」
 「ふー…、そうですか。それなら、これなんてどうですか」

右横書き12

 「わー、これは見事に別の意味になっていますね。『きたのさと』が『土佐の滝』なんて。高知県の滝ってことですよね」
 「そういうことになりますね。実際にこの車で高知県まで行ってみたいですね。そして、バックを滝にして写真を撮ったら、それはそれは綺麗でしょう…」
 桜濱はその場面を想像しているのか、遠い目をしている。
 「ちょっと、桜濱さんっ。一人で、旅立たないでくださいっ」
 「あ、すみません。ほらほら、意味が変わるのでしたら、こんなのもありますよ。インパクトはあまりありませんが」

右横書き13

 「『昼間』。シンプルですね。でも、ちゃんと正しいことばになってますね。…思ったんですが、このタイプの右横書きって、短いことばに限られてくるんじゃないですか?」
 「僕もそうだと思います。単語レベルの右横書きじゃないと難しいでしょう。さっきの『きたのさと』は、二つの文節で構成されているから面白くなっていると思います。複数の文節で構成されていたり、文章になっている右横書きは、インパクトが大きくなりやすいようです」
 「こんなのですか?」
 七海は、数枚の写真を取り出した。

右横書き14

右横書き15

右横書き16

 「そうです、そうです。最後のはいいですねー。七海さん、これはお手柄ですよ。内容も名古屋っぽい」
 「原型をとどめていませんよね。正しく読もうと思えば読めなくもないですが、『おに嫁』みたいにも見えますし。文章が文字レベルまでバラバラに分解されているようです」
 「一種のゲシュタルト崩壊と見ることができるでしょう。長文になればなるほど可読性が低くなるのが一般的な右横書き文ですよね。でも、最初の『近藤産興』さんの右横書き、「何んでも貸します」は名古屋ではテレビCMなどでよく知られたフレーズなので、右横書きにしても可読性がそれほど落ちないんです。左横書き、縦書き、もしくは音声で『刷り込み』があらかじめ為されている文は、右横書きにしても、ぱっ、と見て分かるんですよ。これも右横書きが無くならない一つの要因だと思います」
 「キャッチフレーズが右横書きになってもすんなりと読めるようになるということは、企業にとってある種のステータスにもなるんですね」
 「ちょっと大げさな気もしますが、そう言えるでしょう。その点、こっちの『ワカサマのスイ』は『若様の粋』というかっこいいことばがまず連想されますね。右横書きとしては面白いんです。でも、こう言っては悪いと思いますが、元があまり馴染みが無いので、宣伝効果は若干落ちる、と言わざるを得ません」
 「長めの右横書きは、『頭から読める居心地の良さ』を取るか、『可読性』を取るか迷いどころになっちゃいますね」
 「右横書き観察者からしたら、可読性を捨てても右横書きにしてほしいところなんですが」
 「そんな、道楽ばかり言ってちゃいけません。もっとしっかりしてください」
 「保護者みたいに言わないでくださいよ。ささやかな趣味なんですから。では、休憩に入る前の最後の一番といきましょう。可読性のことが出たので、『把握し辛い』右横書きをテーマとします。七海さん、分かりにくい右横書きを出してください。」
 「えーと…、これとか、これは分かりにくいと思います。どうでしょうか」

右横書き17

右横書き18

 「どちらも漢字種ですね。文字数も多い。確かに、漢字は仮名やアルファベットに比べて画数が多いので、集まると黒っぽくなって、読みにくくなる傾向があります。一枚目のは、フォントも入り混じっているので、なおさら読みにくくなってますね。これはテーマに合っています。でも、問題は二枚目の写真です。これは右横書きじゃないですよ」
 「えっ? だって『屋古名』じゃないですか」
 「その前を見てください。地名が全部縦書きですよね。だからこの『屋古名』は『一行一字の縦書き』です」
 「あー、なるほど。そうですね。うっかりしてました」
 「基本事項ですよ。でも、今時、一行一字の縦書きなんて。こっちの方が珍しい。レア物です。コレクションにいただきます」
 「駄目出しをしておきながら、横取りするなんてずるいです。桜濱さんは、これで、ケーキの選択権が無くなりました」
 七海は、すっ、と立ち上がり、キッチンにケーキを取りに行った。
 「ごめんなさいー!」


 後編につづく


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2008.07.07

世界平和は「NICE PEACE」から始まる

 今日から、洞爺湖サミットが始まります。主な議題は、環境とアフリカの問題です。しかし、これらの問題以外についても活発な議論が為されることになると思います。各国の秘めたる思惑はあるのでしょうが、全体的には、世界中の人々が、安心して暮らせる世界を作るような話し合いになるはずです。そうなってほしいです。
 「安心して暮らせる世界」を一言で言うとしたら「平和」で表わされると思います。自分を大切にして、他者を思いやる心を持てば、自ずからその方向へと流れていくでしょう。
 そのためには何をすればよいのでしょうか?
 難しい問題です。太古の昔より、人々は諍いを起こしてきました。諍いに勝つために、相手の上をいく技術を編み出そうと試みた結果、新発見、新発明が生み出され、それが、人々の暮らしを向上させることになった例もあります。
 しかし、技術向上のために争いを肯定することはできないと思います。平和な世の中を構築するために新しい技術を生み出すこともできるはずです。
 肝心なことは、「心持ち」なのだと思います。「是が非でも勝とう」という闘争本能に準じて行動していたら、平和は遠いものになってしまうはずです。そういう考え方をまずは手放して、純粋に、穏やかな心を人々と分け合うように努めていれば、自然と、平和への道筋が浮かび上がることでしょう。

 名古屋は、世界平和を目指す一人の人物を生み出しました。上記のような思いを持っていらっしゃると思います。たぶん。

 その人の名前は、「安穂野香」(あんほのか)。

 二十年程前から、名古屋の中心地、中区・栄のセントラルパークを中心に音楽活動をされていらっしゃる歌手です。この方は自らが作詞作曲した歌を披露するシンガーソングライターです。その歌は、いずれも穏やかな心で生み出されたことが分かる素敵な歌詞とメロディーとなっています。
 Wikipediaによれば、「安穂野香」の芸名も、「『あ』から『ん』まで(五十音の最初から最後まで)を『ほのか』な雰囲気で歌っていきたい」という思いから付けられているそうです。まさに己の身を以って、穏やかな世界を志向していると言えるでしょう。

 先々月末に、安穂野香さんのPVをまとめたDVDがリリースされました。
 様々なジャンルのパフォーマーを紹介するテレビ番組『あらびき団』(TBS系)に、安穂野香さんが出演され、その反響の大きさから、「あらびき団 Presents」という形で世に出ることになったようです。
 私も、安穂野香さんのパフォーマンスの素晴らしさに感銘を受けた一人です。発売後、すぐにHMVさんに出向き、入手いたしました。これがそのDVDです。

安穂野香DVD・ジャケット
 ジャケ写です。隠していますが、一部分出ています

 安穂野香さん。通称「セーラー服おじさん」のファーストDVD。何も間違っていません。
 本作には、
 『NICE PEACE』
 『Pigeon Dance』
 『キュートな☆と・き・め・き』
 『たんぽぽのマンボ』
 『ドキドキしてるの』
 『ハイキング・サンバ』(新曲)
が収録されています。では、中を見てみましょう。

安穂野香DVD・歌詞カード
 歌詞カードです。白抜きです

 まだ、秘密は守られています。
 躊躇いは要りません。ディスクをドライブにインしてください。

 …鑑賞中…

 …『あらびき団』で、免疫が付いていたと思っていたのですが、私の思考の遥か上を行く出来上がりになっています。

 こんなに、すごいミュージックビデオが、今までに存在したであろうか!!

 過去には、「格好良いPV」というものはありました。「美しいPV」というのもありました。
 しかし、穂野香さんのこのPVは、そのような尺度で計れるものではありません。観た人を、「非日常のさらに奥」へと誘ってくれるのです。
 約16分間。一回も笑うことがなかったならば、その方は素晴らしいです。
 このDVDには、特典映像に、『あらびき団』MCの東野幸治さんと藤井隆さんによるPV解説が入っています。本編で一回も笑わなかった方、このPV解説でも笑わなかったら、無我の境地に至っていると思います。もう既に悟りを開いていると思います。もう既に平和の中に身を置いていらっしゃるはずです。

 残念ながら、悟りを開けずに、現世に執着を持っていらっしゃる方。いいのです。お笑いください。このDVDをご覧になって、思いっきり笑ってください。
 わずか16分の映像なのですが、3週間分の笑い(個人的見積り)が詰まっています。3週間経ったら、また再生してください。次の3週間がより笑みに満ちたものになるでしょう。

 このDVDは、日本中、いや、世界中の方に観ていただきたいです。なぜなら、ここにこそ、平和のヒントが秘められている気がしてならないのです。
 平和の足がかりは、このような笑いの中にこそあるのだと思います。

 アーティストのPV集DVDなのに1260円(タックスイン)。6曲も入っているのに1260円。特典映像まで付いているのに1260円。なんというコストパフォーマンスの良さなのでしょう。いいのです。儲けなど無くてもいいのです。世界平和を目指して作られたのですから。

 このPV集は、愛に満ちた穂野香さんの力と、穂野香さんがインスパイアされた荘厳なる山の力と、なんらかの意志が働いた編集の力によって成り立っています。
 皆さん、ひたすらに観れば良いと思います。大人も、子どもも、男性も、女性も、サラリーマンさんも、学生さんも、官僚さんも、政治家さんも。皆さん、ひたすらに観れば良いのです。それが世界平和の第一歩へとつながるっていると強く思っています。

 サミットでは、会談の前に、このDVDを流していただきたいです。

 さあ、皆様、声を合わせて、

 NICE PEACE!!

 普段、本ブログでは特定の商品をご紹介することはないのですが、あまりに感銘を受けましたので、今回、取り上げることにいたしました。
 リンクでAmazon.co.jp内に飛べるようにしておりますが、ご購入を希望の方は、このリンクを利用しなくても全く構いません。もちろんクリックしていただければ、アフェリエイトで私にポイントは入るのですが、それが目的ではないからです。ただただ、「世界平和」のためです。数日間、ランチのランクを少し下げて、このDVDの購入資金に当てていただければと思います。

安穂野香DVD・おまけステッカー
 おまけのステッカーです。全貌が表れています。


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2008.04.01

青い人は右往左往

 名古屋は独特の文化を持っていると、よく言われます。私が推測するに、戦国時代からの伝統と、東西の都の中間に位置しており、その二つの文化が融合したからではないでしょうか。

 名古屋の方々は、とにかく大きいものを好みます。
 私が通わせていただいている「喫茶マウンテン」のお品は大量です。さすが名古屋。
 私が名古屋に住まうようになって、最初に訪れた観光地は「名古屋城」です。大きいです。さすが名古屋。
 その上に鎮座している「金鯱」ももちろん大きいです。さすが名古屋。
 それを模した、エビフライも大きいです。それに美味しいです。さすが名古屋。
 私がよく通る「若宮大通」は、通称「100メートル道路」です。3桁を誇っています。さすが名古屋。
 このような名古屋文化の中で、細かく、ひっそりと、隠れた名古屋名物があるのです。今回はそれをご紹介したいと思います。

 「名古屋走り」ということばをご存知でしょうか。尾張地方のドライバーのマナーの悪さを揶揄したことばです。詳しくは、Wikipediaの「名古屋走り」の項目をご参照下さい。
 私の好きな名古屋で、このようなことが起こるのは大変悲しいです。少しでも、事故が少なくなってほしいです。そのためには、一人一人が、特に公共の場所では、思いやりの心を持って、行動することが大切でしょう。何も、自動車に乗っている方だけではありません。原付バイク、自転車、そして歩行者も気を配るべきでしょう。

 歩行者の方、ちゃんと歩行者用信号機の指示を守っていらっしゃいますか? 道幅が狭い道路で、車が来ていないからといって、赤でも渡ったりしていませんか。いけませんよ。信号機の色をしっかりと見てくださいませ。

 「私は、ちゃんと、見ているわよ」

 そうですか? このような青信号の時にちゃんと渡っていらっしゃいますか?

信号1

 「うん。ちゃんとコレの時に渡っているよ」ですって? そのようにおっしゃる方は名古屋の方かもしれません。名古屋在住ではない方は、

 「ん? あれ?? 」

と、思われるかもしれません。一方、名古屋の方は、「ん? あれれ?? って、何それ??? あれれって??、あれれ???」となるでしょう。

信号2

 はい、こちらを渡ってください、と導かれたら、何の疑いも持たずに、皆さん、右見て、左見て、もう一回右をみて、手を上げて横断されることと思います。
 初めの写真の場面と、次の写真の場面で、なぜこのような違いが生まれるのでしょうか。よくよく、二枚の写真を比べてみてください。もう、お分かりですね。

 「青い人」の歩いていく方向が反対なのです。

 「こんな信号機なんて見たこと無いよっ!」とおっしゃる方がほとんどでしょう。それもそのはずです。名古屋近隣の地域にしか存在しない信号機なのです。
 これにはちゃんとした理由があります。
 電化製品の50ヘルツと60ヘルツの違いはよく知られていると思います。静岡県・富士川と新潟県の糸魚川を境界線にして、それよりも東側が50ヘルツ、西側が60ヘルツと電源周波数が切り替わっているというものです。このような複雑な仕組みになったのは、元々、明治時代に関東ではドイツ製の50ヘルツの発電機、関西ではアメリカ製の60ヘルツの発電機が採用されてから、今まで統一されることなく、続いているためなのです。
 実は、信号機の「青い人」の向きも同じような履歴があるのです。こちらは、一般生活にそれほど深く関わることが無いために、電源周波数よりも知られてはいないようです。
 以前は、信号機も、東海三県と北陸を結ぶラインで東西に分けられていて、信号機を作る会社が違っていたのです。一方の会社では、今では一般的な「左へ向かって歩く青い人」の信号機だけを作っていたのですが、もう一方の会社では、それが統一されておらず、左右の向きが混在していたのです。
 その状態が、約5年続いた後、統一されていない方の会社が「左へ向かって歩く青い人」信号の製造に移行していったのです。
 現在、全国ほとんどが、「左へ向かって歩く青い人」に統一されました。しかし、名古屋とその周辺地域だけは、わずかながら「右へ向かって歩く青い人」の信号を残しているのです。法律で、歩く向きが決められていないため、建て替えの費用を浮かすという理由もあるのでしょうが、私は「名古屋の人の独自性」だと思っています。冒頭に挙げたような、型にとらわれない気骨の現われなのです。

 でも、右と左が半々にはなっていません。「右へ向かって歩く青い人」の方がはるかに少ないです。私が、このことを知ってから、調査をしましたが、300基に1基くらいの割合でしか見かけません。どうやら、古くなってきて、どうしても建て替えが必要になった歩行者用信号機は、「左へ向かって歩く青い人」バージョンに変えているようなのです。したがって、徐々に「右へ向かって歩く青い人」信号機は徐々に無くなってきているのです。

 そんな、絶滅危惧種「右へ向かって歩く青い人信号機」を、いくつかご紹介いたします。

信号3

 スクランブル交差点のなかで、この1基だけが「右へ向かって歩く青い人」でした。

 形と見にくさのため目を引くことで有名な、大須の「赤門通り」と「裏門前通り」の交差点も、実は「右へ向かって歩く青い人」だったのです。

信号4

 形にばかり目が行ってしまい、歩く向きまではお気づきになられていなかったのではありませんか?

信号5

 最近は、上のような、電力消費を抑え、寿命の短い「発光ダイオード(LED)式信号機」が登場しています。この方式の信号機は2002年頃から登場した新しいものなのですが、LED式の「右へ向かって歩く青い人」信号機も作られ、設置されています。どうやら、これは試験的に設置をしているらしく、数は極めて少ないです。

信号6

 この「右へ向かって歩く青い人」は、名古屋一番の繁華街、栄のど真ん中、三越さんとスカイルさんの間にある横断歩道の上に鎮座してくださっています。何故か、三越さん側は「左へ向かって歩く青い人」で、スカイルさん側だけが「右へ向かって歩く青い人」になっています。やはり試験のためなのでしょう。

 「信号機の青い人」。右へ歩んでいても、左へ歩んでいても、その指示は守らねばなりません。

 自動車、バイク、自転車の運転者はもちろんのこと、歩行者も「名古屋歩き」なんてことはなさらないようにしてくださいませ。皆々様が、ちょっとずつ気をつけて、愛知県の「交通事故発生件数の連続ワースト1」などという不名誉は返上しようではありませんか。
 …いやいや、全国、全世界の皆様が交通事故に遭わないように心掛けましょう! お花見、新人歓迎会などが多い季節ですが、飲酒運転なんて絶対にダメですよ。

――――――――――

 この記事の「右向きに歩く青い人信号機」に関する記述はフィクションであり、エイプリルフール用の記事でございます。但し、その他の部分は、本当です。くれぐれも交通事故を起こしたり、遭ったりしないよう、お気を付け下さいませ


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2006.12.10

アメリカンコーヒー専門店? ~入店の日。そして…~

 これの続きです。コメントもご参照下さい。

―――――

 確かにそこは何度も通り過ぎた道だった。間違いないと思って、二度三度と往復した道だった。しかし、その時は、蜃気楼のようにその看板は消え失せていた。
 今はある。目の前にそれはある。蜃気楼のように消えていたそれは、沙漠の湖のごとく再び眼前にある。年季の入った臙脂と紫の看板に、手書きの品書き。初めて私がそれを目にしたときから、いや、何年も何十年も前から一分の違いも無く、その場所に置かれているかのように思われた。

COFFEEうすい・看板
 消えていたのが嘘のように

 「COFFEE 喫茶うすい」は、この店の正しい名前ではないようだ。入り口のガラス、その上に取り付けられた大きな看板には「ミュージックプラザうすい」と書かれている。窓ガラスの文字や上の看板も、長い年月を経ているようだ。

ミュージックプラザうすい

 昭和30年代、「歌声喫茶」というものが流行したと聞いたことがある。喫茶店に集まった、見知らぬ客同士が合唱をする店だったという。昭和40年台に入り、純喫茶が流行するとともに歌声喫茶は衰退する。音楽喫茶というものもある。主にジャズが流されているとのことだが、品書きを見る限り、ジャズの雰囲気は伝わってこない。
 一体、この喫茶店では、どのような音楽が流れているのだろうか。
 私は、重いガラスのドアを引き開けた。先には、階下へと続く階段が伸びている。「うすい」は地下にあった。

ミュージックプラザうすい・ドア

 階段を降りきると、もう一つドアがあった。それを開けて店の中に入る。10数人が座れるほどのカウンター席と、4つ5つのテーブル席。二人一組の客がテーブル席に着いていた。彼等は煙草を吸っていない。しかし、店には紫煙の香りが沁みている。
 二人の客は私を気にすることなく、会話を続けている。カウンターの奥には、誰もいない。棚にはキープされたウィスキーのボトルが並んでいる。この店は、喫茶店というよりも、スナックと呼ぶほうが適当のようだ。
 一分ほど立ち尽くしていただろうか。左手奥のドアから、店の主人とおぼしき熟年の女性が現れた。

 「あら、すみませんね。どうぞ、お好きな席へ」

 私は、カウンターの中心近くの席に着き、脱いだブルゾンと鞄を左横の座席に置いた。

おしぼり、シロップ&フレッシュ

 「何に、なさいますか」

 ミストレスが訊いた。

 「『コーヒ』ト、トースト、ヲ、オネガイシマス」

 初めて気付いた。「コーヒー」を入り口に置かれた品書きの如く「コーヒ」と口に出すと、後に続く言葉は片言になるのだ。

 「はいはい、コーヒーですね。トーストは1枚? 2枚?」

 私の注文した「コーヒ」は「コーヒー」として、きちんと伝わったようだ。
 トーストは1枚100円だ。安い。2枚注文する人もよくいるのだろう。

 「1枚で」
 「はい、ちょっとお待ちくださいね。あら、その席は上の電球が切れているから、暗かったら他の席に移ってくださいね」

 ふいと見上げると、カウンターに沿って点灯している白熱球は、私の座っている上のものだけが切れていた。他の電球は点っている。暗いとは感じない。この席のままで良い事をミストレスに告げる。カウンターの端には、買って来たばかりと思しき電球が箱に入ったまま置かれていた。
 そして、私は、出された氷水をこくりこくりと飲みながら、何という気も無く、カウンターの奥で私の「コーヒ」と「トースト1枚」を用意するミストレスを眺めていた。
 パンが焼きあがる。
 ミストレスはバターナイフにティースプーン一杯ほどのバターをすくい取り、満遍なく、丁寧に、慣れた手つきで塗りつけた。
 その間に、湯も沸いたようだ。カップの上にドリッパーを置き、濾紙に入れた豆にその湯を注ぎ込む。これもまた、丁寧に、慣れた手つきで。

 「お待たせしました。どうぞ」

 私の前に、縦半分に切られた六つ切りのトースト1枚と、コーヒーカップが置かれる。パンの生地目に沁みこんだバターの香りとカップのコーヒーの香りが、紫煙の香りを紛らす。

「コーヒ」と「トースト」

 「COFFEEうすい」の「コーヒ」は、「アメリカン」の「コーヒー」なのか。それを確かめるためにこの店に入ったのだ。淹れたての熱い「コーヒ」をすする。

 薄くは無い。普通の濃さの「コーヒー」だ。
 もう一口すする。芳ばしい香りが鼻をくすぐる丁寧なコーヒーだ。ここは「アメリカンコーヒー専門店」では無かった。だが、それを残念なことだとは思わなかった。

「コーヒ」

 トーストをかじる。薄いきつね色の焼き色が付いている。さっくりとした食感をわずかに残して、バターの脂でゆるやかな口当たりになっている。難しいことはしていないトーストだ。しかし、美味い。
 半分に切られたトーストを四口で食べ終わる。熱さの和らいだコーヒーをカップ半分ほど飲む。残り半分のトーストを、また四口で食べ終わる。残りのコーヒーを飲み干す。

 「ごちそうさまでした。あの…、こちらは何時から開いているんですか?」
 「朝はだいたい10時頃に開けて、昼は3時過ぎくらい…かしら、それくらいに一度閉めて、また夜は夜で開けますよ」
 「あの、すみません。こちらのお店をインターネットのホームページで紹介してもよろしいでしょうか?」
 「あら、インターネットですか…」

 私は、最近はブログでお店を紹介する場合、店主や店員さんに、出来る限り了解を取るようにしている。礼儀であるとも思うし、このように話しかけることで、お店の人々と会話が弾み、食事をするだけでは知りようのなかったことが分かるときもあるからだ。ただ、初めは不審がられることもある。これは仕方が無いと思うようにしている。

 「僕はインターネットのホームページで、自分が食事をしたお店の感想などを書いているのですが、こちらのお店もご紹介できたらと思いまして」
 「インターネットねぇ…。私はインターネットも携帯電話も持っていないのよ。時代遅れね。紹介ねぇ…、どんなものかよく分からないけど、良いですよ」
 「どうも、ありがとうございます。コーヒー、美味しかったです。…実は、こちらのお店の名前が『うすい』さんなので、アメリカンコーヒー専門の、薄いコーヒーが出てくるお店なのかなと思って、前からずっと気になっていたんです」
 「『うすい』は私の名前なんですよ。『薄い』と『うすい』ね。あはは。なるほどね。頼まれれば、アメリカンコーヒーも出しますよ」
 「そうですよね。だから『うすい』さんというお名前と、『薄い』を掛けて、アメリカンコーヒーだけを出すのかな、なんて思ったんですよ。薄くなくて、美味しかったです」
 「いえいえ、どういたしまして。…でもね、実は、今度の22日でお店を閉めちゃうのよ」

 『閉める』って…。えっ!

 「『閉める』って、店じまいということですか?」
 「そうなの。だから、紹介って言っても、22日までなのよ。…41年。ここで41年お店をやっていたのよ。昭和41年から41年間。でもね、私の体が動くうちに止めることにしたのよ。
 …お店ってね、創めるときはそれほど難しくないのよ。止めるときの方が難しいわね。自分で止めることが出来るときに止めるの。それが良いと思うわ」
 「そうなんですか…。ずっと前から気になって、今日こそはと思ってお邪魔したんですが…。残念です」
 「そうね。残念だけど、仕方ないわねぇ」

 そして、私は上を向き、一つだけ消えている電球を見た。
 ミストレスは、あと10日余りで店を閉めるのに、電球を新品のものに取り替えようとしていたのだ。端の目立たない席の上に点っている電球を外し、カウンターの真ん中近くの電球と取り替えても良いはずだ。ほとんどの客は、そうしても気に留めないに違いない。それでもミストレスは、41年間続けていた通りに、あと10日余りを、一点の欠けも無いように、店内を照らし続けようとしているのだ。これも何かの縁だと感じた。

 「もし、よろしければ、ここの電球を替えますよ」
 「いやいや、いいですよ。あとで知り合いが来たときにでも替えてもらうから」
 「いえ、簡単なものですから。取り替えますよ。あれを着ければいいんですよね」
 「すみませんね。じゃ、着けてもらおうかしら」

 私は、椅子の上に立ち上がって、新しい電球をソケットに捻じ込んだ。黄色の暖かい灯りが点る。

 「あら、点いたわ。どうもありがとうございます。お客さんを使っちゃって、悪かったわね。私はこういうのが駄目で、上手く着けられたり、なかなか着けられなかったりするのよね。良かったわ」

 「コーヒ」と「トースト」の代金400円をミストレスに手渡し、階段を上り、ガラス戸を開けて外に出た。夕方が早い冬の日だ。ちらりほらりとクリスマスを祝う白と青の硬い光が点り始めていた。私はその光に背を向けて、傾いた太陽がうすい闇へと変えている街の外れに歩を進めた。


◎店舗・商品データ
・商品データ
 商品名:コーヒ
 価格:¥300

 商品名:トースト
 価格:¥100

・店舗データ
 店舗名:うすい
 住所:名古屋市中区栄3-13-28
 アクセス:「栄交差点」を西(名古屋駅方面)に約200m。「広小路呉服町交差点」を左折(プリンセス大通りを南下)して、約250mの左手。
 ※2006年12月22日をもって閉店。

喫茶うすい・立て看板
 週「刊」誌が揃っていました


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2006.07.03

「ホーロー看板」を観に行った…はずが

 「『ホーロー看板館』というグッとくるところを見つけました。行ってみませんか」

 すっかりと葉桜になった頃、「ササイうをのめ食堂」のササイさんからメールをいただきました。「右横書きフィールドワーカー」の私としましては、見逃すことができない情報です。

 「それでは、お互い、時間ができたときに行ってみましょう」

とお返事してから2ヶ月半。ようやく彼の地を訪れることができました。

――――――――――

 名古屋鉄道・有松駅から、徒歩で約10分。何かが起こることを期待させてくれるような右横書きが迎えてくれたのです。

ホーロー看板館・入り口
 いいフォントです

 「ごめんください」と入ると、そこには、壁面、天井を埋め尽くすホーロー看板。そして、幾種ものキャラクターグッズに、昔の雑貨に、実用品…。とにかく、昔のものが、たんとあったのです。

 「先日、電話で予約した…」
 「あー、どうぞ。ゆっくり見てってください」

ホーロー看板(1)
 「-プンャシ王花」もいいですが、「ひ洗髪」もなかなか

ホーロー看板(2)
 「元気ハツラツ」じゃないです

 素敵です…! 右横書きのホーロー看板があっちにもこっちにも。右横書きじゃないホーロー看板もあっちにもこっちにも。もう書字方向はどうでもよくなってきました。

 これらのモノたちを蒐集されたのは、館長の佐藤さん。なんと40年以上もかけて集めたのだそうです。そして驚くべきは、お金で買ったものが無いということ。

 「自分が『面白いな』と思うものがあったら、誠意を示して、頼み込んで譲ってもらうんだよ。お金を出せばもっといろいろ揃うんだろうけど、俺はそれはしない。そして、俺のところにも『~円で売ってくれ』とか言う人が来るけど、売ることはしない。その代わり『俺の気に入りそうなモノを持って来てくれ』と言うんだ。代わりに持って来たものよりも、ウチにあるものの方が、普通は高い値が付く場合でも、俺が気に入れば、そんなことは関係なく交換するよ。要するに、『自分にとって価値があるかどうか』なんだ」

 おぉ、蒐集家の精神の真髄を見た気がします。

 それにしても、すごい数です。立錐の余地も無いほどにモノモノが集まっています。

 「ここに展示しているホーロー看板は300枚くらいだけど、他に保存している分も合わせると、800枚くらいかな。でも、集めているのは看板だけじゃないから、そんなのも合わせると、もう幾つあるのか分かんないな」

 「この中で一番古いホーロー看板はどれですか?」
 「あの、『仁丹』が古いね。明治時代だよ」

ホーロー看板(3)
 最古のホーロー看板群

 「僕は、今『右横書き』を調べているんですが、ホーロー看板が『右横書き』から『左横書き』に変わったのはいつからですか?」
 「そりゃ、戦後だよ。戦争が終わっていっぺんに全部変わったわけじゃないけど、戦後の短い期間で右から左に変わったみたいだな」

 やはり、横書きの書字方向は戦争が大きく関わっているみたいです。

 展示物を見ながら、佐藤さんのお話をうかがいます。

 「だいたい100件行って、譲ってもらえるのは60件くらいかな。誠意が大切だよ。心を込めて頼み込まなければいけない。」
 「縦長の看板は室内用。裏面が無いんだ。普通の看板は両面に描かれているよ」
 「自分が面白いと思ったものを集めているだけなんで、モノが新しいとか古いとかは問わないんだ。だから、ホーロー看板なんかも、昔は誰も目もくれなかったけど、自分が面白いと思って集めたモノなんだ。そういったモノは今では珍しくなって、みんなが欲しがる。大切なのは自分の感覚なんだ」
 「人の付ける価値なんて、どうでもいいんだよ。自分の遊び心が大切なんだ」

 はーっ…。やはりこれだけのモノを集める方の言ですから重みがあります。佐藤さんのエネルギーは並大抵のものではありません。

 「最近はテレビの取材は断っている。朝っぱらから来て、近所に迷惑をかけることがあるからね。ずっと前、NHKに出たんだけど、NHKでは『しゃべっちゃいけない言葉』があるんだよね。でも俺はそんな言葉をいっこいっこ知らないから、関係なくしゃべっちゃった。ディレクターに『それはちょっとひかえて欲しい』と言われたんだけど、なかなか急にそんなことが治るもんじゃないから、その後もしゃべっちゃった」
 「テレビに出るときは台本をもらうんだけど、俺は台本は全く読まない。自然にしゃべらなきゃ面白くにゃーだろ」

 「君はジーパンはいているだろ。俺はみんながジーパンをはき始めるよりもずっと前からジーパンを集めている。ここには出していないけど、ビンテージ物が30本くらいあるかな。ジーパンは全部水洗いだけだ。色落ちしちゃうからね」
 「とにかく、楽な服装が好きなんだ。スーツは着ない。ネクタイなんて、ほっとんど締めないね。お通夜の時くらいだよ。この前も、息子と買い物に行ったんだが、息子がいいシャツを見つけてね。自分で買おうとしてたけど、その前に俺がさっさと買っちゃった。早いもん勝ちさ」
 「海外旅行にはよく行く。やっぱり世界のあちこちを見ておくのが大切だ。そして、アメリカではジーンズを買って、ハワイではアロハを買うね」
 「子どもからは、父の日、誕生日にはプレゼントをもらっている。やっぱりプレゼントはすべきだな。高いものじゃなくてもいいんだ。持っているお金のほんの少しを使ってでもいい。『贈る』ということで親子のコミュニケーションができるんだ」
 「自分で楽しいと思うことすればいい。だけど貯金はしておくべきだ。俺は20代のころからきちんと貯金をしていたから、今は隠居して楽に暮らしてるんだ」
 「いま住みたいところは、オーストラリア。それかカナダだな」

 「君たちは、一番強い動物を知っているか? トラだ。トラが一番強いんだ」
 「前に、東山動物園に行ったときに、飼育員さんに声を掛けて、肉食動物にえさをやるところを特別に見せてもらったんだ。近くを歩いていた4,5人の女子学生にも声を掛けて一緒に見たよ。あそこは裏に、えさをやるための小さい穴があって、そこからえさを放り込むんだ。それで飼育員さんが『これはブタの肝臓です』って言って、それを放り込むだろ。そうすると、ガーッ! って猛獣がそれに飛び掛る。その隙に『これはウサギです』って言って、放り込んで、別のヤツにえさをやる。すごい迫力だったよ。学生の子たちも驚いてたよ」

 「今度のワールドカップは、日本は一つも勝てなかっただろ。こう言っちゃ悪いが、俺は始まる前からそれが分かってた。なぜなら、日本人はトラみたいに肉を食わないから。米ばっかり食ってるだろ。それに比べて、ヨーロッパ人はみんな肉を食う。もともとのパワーが違うんだ。優勝するのは…ブラジルかフランスか…。とにかく肉を食うところだな。」
 「次は南アフリカでワールドカップがあるだろ。その時はアフリカの国が勝つはずだ。なんせ暮らしている環境が違う。大地に生きているからな。今持っているパワーにテクニックが加われば、優勝する」

 「今まで馬術とか飛行機とか、いろいろとやってきたけど。今度はヨットに乗りたい」

 …とにかく、佐藤さんは凄いパワーの持ち主でいらっしゃいました。3時間もの間、間断無くお話できる方はそうはいらっしゃいません。「コレクター即是パワー」なのです。
―――――――――――

 他にも、このような珍しい展示がありました。

リーバイス・ポスター
 リーバイス501のパッチを模したポスター。かっこいいです。欲しいです。

コカコーラ・ちょうちん
 コカコーラのロゴ入りちょうちん。かっこいいです。欲しいです。

味の素
 「味の素」三段。一番下が右横書きです。

味の素
 「たばこ」三段。一番上が右横書きっぽいですが、文字を斜めにずらしているため、「一行一字の縦書き」と見ることもできるでしょう。

雑誌とマッカーサー
 雑誌などもありました。これは戦時中のものでしょう。右下の箱は「手榴弾消火器」のようです。
 

18禁ガチャガチャ
 アダルトな「ガチャガチャ」もありました。佐藤さん「500円入れれば、まだ出てくるよ」

―――――

 初めは、30分くらいで全部の展示を見て回れるかなと思っていたのですが、気が付けば3時間…。さ、佐藤さん、もうこの辺でおいとまいたします。

 「おっ、そうかい。それじゃ、これお土産に」

テニスボール
 何故か買い物袋いっぱいに黄色いボールが入っていました。

 「これは、ワンちゃんのおもちゃに丁度いいんだ。普通のゴムボールだと、穴が開いて空気が抜けちゃうけど、これは大丈夫。これを投げてやれば、ワンちゃんは喜んで取りに行くぞ」

 私たちは共に借り部屋住まいです。お話の途中で、佐藤さんに住みかを尋ねられて、そのようにお答えしたはずなのですが…。犬飼えない環境なのですが…。でも、ありがとうございます。犬と共に暮らすことになったら、まず最初にこのボールで遊ばせます。

 「いろいろと見せていただきありがとうございました」
 「いやいや、また来てください」

記念写真
 最後に記念撮影

 左が私が撮った佐藤さん、右は佐藤さんが撮ってくださった私たち。佐藤さんから神々しい光が発せられています。

―――――――

 有松駅までの道中。看板の話はちっとも出ませんでした。二人とも佐藤さんの事しか考えられなかったのです。

 「すごかったね。佐藤さん」
 「すごかったですね。佐藤さん」

 館も館主もすごい「ホーロー看板館」。溢れ漲るパワーに圧倒されますよ。

―――――――

 「ホーロー看板館」
 住所:愛知県名古屋市緑区有松町字橋東南2-2
 開館時間:8:00-17:00
 休館日:土・日・祝日
 要予約

 アクセス:名古屋鉄道有松駅から徒歩10分
 イオン有松SC南西側の十字路を南西方向に約300m、長坂南交差点を左折して300m、桶狭間交差点を右折してすぐ。
 詳細はJTBさんのこちらのページでご確認ください。


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