◆きっかけは○○
名古屋に移り住んだ当初から気になっていた場所がありました。
その場所を知ったのは、一冊の本がきっかけでした。その本とはコレ。
地図のメジャーメーカー「昭文社」の「でっか字まっぷ 名古屋」
初めての都会生活をする地方人にとっては、欠くことができないものです。日本一複雑といわれる地下街。どこでどう繋がっているのかを考えると三日三晩は眠れなくなりそうなバス&地下鉄路線。遥かに続く家々によって、ラビリンスのようになっている町並み。ここにはダイダロスはまだ生きているのかもしれないという錯覚に陥ります。
でも、この地図さえあれば大丈夫。北を確かめ、電柱の住所案内をみればほとんど迷うことはありません。地図を持ち歩くことで迷い人になる確率は1桁台まで減っているはずです。反対に、地図を持っていないと、即座に迷い人になってしまいます。3度ほど自宅の半径100mの範囲で迷ったことがあります。
ここまで書くと、問題は名古屋の町並みにあるのではなく、私自身の方向感覚にあるのではないかと思われる方がいらっしゃるでしょう。はい、正解です。自覚しております。その自覚があるために、私は家でこの地図を広げ、名古屋の地理のお勉強をしておりました。そのとき、ぱらぱらと開かれるページの上に見つけてしまったのです。そこを。
あまりに唐突な登場でした。
なぜ、それがそこにあるのか地図だけでは見当が付きません。
「一度実際に行ってみなければならない」
そう心に決めたのですが、現住地からは距離がありました。現在、交通手段が限定されている私にはひょいひょいと行ける所ではありません。
そのため、心の隅には置きつつも、一ヶ月たち、二ヶ月たち、半年たち、一年たち…。なかなか行く機会が持てず、延び延びになってしまっていたのです。
◆風に吹かれて、約束の地へ
しかし、一年半が経とうとした夏のある日、ふと「行こうかな」と思い立ったのです。その日は台風一過の晴天、軽い吹き返しの風が吹いていました。
「行こうかな」
風に揺れる木を見て、それまで鉛のように重かったはずの腰が、フェザーのように軽く上がったのです。
以前から用意していた「そこの訪問グッズ」をかばんに詰め、太陽とそよ風の名古屋の町へ出たのです。
…
2時間後、やっと着きました。この地に。
バス停です
漢字だとこうなります
ローマ字だとこうです
何か深いいわれがありそうな地名です。昔、ここで戦いがあったとか、修験者の修行が行われていたとかが考えられます。そのような推測を立てて、私はこちらを訪問する前に図書館でこの場所について少々調べておきました。
◆基本知識を仕入れる
日本の地名について調べる際に、最もオーソドックスな資料は、
『角川日本地名大事典』(角川書店)
『日本歴史地名大系』(平凡社)
でしょう。これらは各都道府県ごとに分冊され、細かく項目が立てられており、たいがいの地名ならば調べることができます。どちらも23巻が愛知県です。
まずは角川の方から見てみましょう。
ほらがい ほら貝<名古屋市緑区>
〔近代〕昭和51年〜現在の名古屋市緑区の町名。1〜3丁目がある。もとは緑区鳴海町の一部。町名は字螺貝にちなむ。(1216ページ)
肝心の部分が載っていません。字螺貝の部分を知りたいのです。それならば、歴史的に遡ったらなにか分かるのかもしれません。そこで平凡社を見ると、
項目すら立てられていない…。
手がかりの糸がぷつりと切れた気になりました。どうしようか…。
でも、そこで探索精神(サーチスピリッツ)がしぼんだわけではありませんでした。もっと地元密着型で調べれば良いのではないか。事典棚を離れ、地方史棚へと向かいました。
引っ張り出したのは『新修 名古屋市史 第8巻 自然編』(名古屋市発行)です。これならばもう少し詳しくいわれについて言及しているかもしれません。
天白区南部から緑区北部に広がる鳴子丘陵は、本来は60〜80m程度の丘頂高度をもつ多くの谷に刻まれた丘陵であった。しかしながら、昭和40年代末には鳴海駅の北側から鹿山・池上・鳴子町にかけての地域や、ほら貝・久方・大根から原・平針にかけての地域などで大規模な開発が進行し、その後も黒石・滝の水などの地域で宅地化が進行している。(41ページ)
1968(昭和43)年には宅地造成が進行中で街路だけ完成していたほら貝や御前場町付近に、住宅が建設され、それぞれ新しい町並みとして完成するとともに、さらに造成中の地区がその南部や島田住宅の周縁に拡がっていく様子がわかる。(259ページ)
残念ながら、こちらでも地名のいわれには触れられていませんでした。しかし、この資料からここは比較的新しい町であることが分かりました。新しく町が造成された後も、ほら貝という字が使われたのは、やはりよほど古い歴史があったために、そのまま用いられたのだと考えることができるでしょう。
◆ぐるりとまわる
では、文献資料からだけでは分からなかったいわれを、実地調査してみたいと思います。付近を訪ねれば、石碑のようなものが見つかるかもしれません。
ぐるりと町を一周すると、公園に着きました。公園の入り口などには、石に文字が彫られたものがよくおいてあるものです。探してみましょう。…あっ!
公園の入り口です
トーテムポールがありました。これにはいわれは彫られていないようです。
ジョギングできます
近づいたら当然のように逃げられました
のどかないい公園です。まさに市民の憩いの場。でもいわれは書かれていないようです。残念です。
結局、元のバス停まで戻ってきました。新しく閑静な町には古めかしいいわれの石碑はないようですし、あってもふさわしくなかったでしょう。
◆地球の反対を吹く
ここでもう一つ、地名探索とは別の目的を果たすことに切り替えました。
上の地名のいわれを推測するところで、「戦い」や「修験者」を挙げました。むろん、ほら貝が吹き鳴らされるところからの連想です。
しかし、時に、固定化されたイメージは思考の単線化につながることがあります。そこで、常に柔軟な思考を持てるようにとの自戒の意味を込めて、あえて違うものを吹いてみることにしました。
まずは、同じ音を吹き鳴らすものでありながら、地球の反対側からやってきた「ケーナ」を吹いてみましょう。
南米の調べ
これは、先日リトルワールドに行った際に購入したものです。「入門用に」というポップと共に置いていました。ケーナ初体験どころか、たてぶえを吹くのは義務教育のリコーダー以来です。上手く吹けるだろうかと心配していましたが、運指表付きの楽譜をおまけでくれました。助かります。
ラ・ケーナ
上手く吹くコツは、口角を引っ張り上げ、吹き出し口は小さく、息を強く吹きすぎないこととあります。
ふひー、ふひー、ふー、ぷふー、ぷー…、ポーッ!
しばらく練習していると、みごとに南米の音が響き渡りました。これでコンドルを飛んで行かせられるわ、と思ったのですが、この楽譜には「さくらさくら」しか載っていませんでした。たぶん、コンドルを飛ばすのは初心者には適わないことなのでしょう。その教えに逆らわず、「さくらさくら」を演奏することにします。
ぽー、ぽー、ぷー。ぽー、ぽー、ぷー。(さーくーらー。さーくーらー)
やや頼りない音ではありましたが、演奏会を無事に終えることができました。観客はいません。
◆体育を吹く
学校行事では、楽器の演奏などが行われる文化祭に対応するように、体育祭というものがあります。今度はその方面で吹いてみましょう。
赤が欲しかったのですが、売り切れていました
東急ハンズで買ってきたホイッスルです。これで一気に健康方面へアプローチします。そのためにはもっと気分を高めなければ、
紅白に分かれていても、いるのは一人
はちまきです。夏休みが運動会シーズンだからでしょう、近所のスーパーに置いていました。意図しないところで需要と供給のバランスが取れています。
今日は白組で。でもやっぱりいるのは一人
ぎゅっと締めて気合をいれましょう。ついでにそれっぽく着替えてみました。
では、選手入場です。
ピッ、ピッ。ピッ、ピッ。
ピーッ、ピッ!
ピ、ピーッ、ピ、ピ、ピッ!(まえー、ならえっ!)
先頭はバス停です。腰に手を当てているのが見えます。私は二番目であり、なおかつ最後尾です。一人だから。
よし、これで健康方面へのアプローチが成し遂げられました。心なしか肺もいままで以上に活発に動き始めたようです。
◆筒を吹く
それならば、もっとアグレッシブに肺に活躍してもらいましょう。つぎは「吹き矢」の登場です。ですが、いくらなんでもバス停前で吹き矢を飛ばすわけにはいきません。安全面を考慮して、一旦場所を変える事にしました。移り先は先ほどの螺貝公園です。
…
移動しました。これが今回使用する「吹き筒」です。
ポリ製の筒。1メートル
そして、矢は、
安全面を最大限に考慮しています
水につけた新聞紙です。「吹き矢」と書きましたが、本当に「矢」を使うわけにいかないことは重々承知です。そもそも吹き矢用の矢がどこで手に入るか分かりません。もちろん入手手段が分かったとしても決して使うことはありません。
この濡らした新聞紙をちぎって、丸めて、
くるくるっと
筒に詰めれば、準備完了です。
ぴったり。
では、辺りに人がいないことを確認して(安全のため)、腰をすえて…、
腹の底から
ふいーっ!
これだけ飛びました
息の力に対して、こんなに遅いスピードで飛び出すとは…。下降の一途をたどるグラフのような軌道を描いて地面に到達しました。
公式記録
記録は3メートル62センチですが、筒の長さ1メートルを引かねばなりません。ですが、おそらく「新聞玉吹き出し競技・1メートル筒部門」では世界記録になっているはずです。
来たときよりも美しく
もちろん、あとかたづけはきちんとしましたよ。
◆童心を吹く
ここまですこしアクティブ吹きに偏っていた気がします。すこし方向性を変えて吹いてみることにしましょう。そのために、再びバス停に戻り、作業に取り掛かります。
用意したのはこれ。
これが吹かれるものに変わる
この材料で作ったものは、以前の記事でも別のことに使いました。こうなって…、
切って、折る
こうなります。
2回目の登場
風車の回転の面白さは、以前の実験で実証済みです。これほど手軽に作れて、吹き甲斐のあるものは、そうは無いでしょう。さて、童心に帰って吹き回しますよ。
ほっぺをふくらませて
ふーっ。くるくるくる。ふー。くるくるくる。ふー。くるくるくる。くるくるくる。
…よく回りますよ。回りすぎるくらいです。吹かなくても、風で回っています。写真では回っていないように見えますが、回っていたのです。シャッター速度が速すぎたために止まったようにしか撮れませんでした。これでは、風車を見ている人にしか見えないではありませんか。非常に悔やまれる結果です。
◆日本を吹く
ここいらで、遅い昼食を取ることにしました。お昼なので、
ひるげは赤だしだったのか
「ひるげ」です。熱い味噌汁をふーふーしようというわけです。
…「湯」が無い。
このままお椀を吹いても、乾燥具材の粉末が飛び散るだけです。こんな吹き方はしたくありません。なんとか味噌を溶かすだけでもしなければ。でもこんな熱い季節に湯を好き好んで提供しているところなんてありません。冬場でも「湯」のペットボトルを見かけたことは皆無です。どうしよう…。
そうだ、「水」を使おう。
現代日本、水ならば手に入りやすいです。スーパー、コンビニエンスストアで数種類の水が売られています。これを使えばよいのです。「お湯が無ければ、水を使えばいいじゃない」とマリー・アントワネットも言っていたような気がします。
図らずもフランスの水を買ってしまいました。マリーの導きか。
水を買ってきました。ついでにこれも。
太陽に輝く熱い奴
これではさめば、水が温まってお湯になるのではないかという名案を、買い物中に思いつきました。これならば安全も考慮していることになります。さあ、加熱を開始です。
カイロ・水・カイロのサンドイッチ式過熱装置
…かなり退屈な上に、暑いです。こんなに暑いのに、水を熱い湯に変えようと躍起になっているのですよ。それで味噌汁を作ろうとしているのですよ。大丈夫ですよ。
うん、もうこれ以上待てません。でも結構温まっているはずですよ。
ぬるいかも…
…容易に手で持てるほどの温かさです。仕方ないです。これで味噌汁を作って、ふーふーすることにします。
やっと溶かせます
「湯」を注いで、
さあ、召し上がれ
いただきます。
ふーふーしてます。
せっかく温めたものを、また冷やそうとしています。大丈夫ですよ。
ずずず。
思った通りの温度でした。でも、ここでふーふーすることが重要だったのです。これでも案外、シズル感が伝わりませんか?
◆吹きの聖地、さようなら
真っ先に思いつくもの以外を吹いたことは、非常に貴重な経験になりました。観念の固定化を戒めるという目的は達成されたと感じております。
ほら貝の皆様、おじゃまいたしました。
どうもありがとうございました
お世話になったバス停を「ふいて」おきました。最近、変なくせが付いたかも。
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