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2020.04.07

桜に感動する建物 ―国宝で『今昔物語集』を読んでみよう(5)

 今は昔のお話。上東門院さまが京極殿にお住まいになっていらっしゃった時でございます。三月二十日過ぎ、花が最も美しい頃合いですから、南面にあった桜は、とりわけ素晴らしく、ことばでは言い尽くせないほどの咲きかたでありました。上東門院さまは、その桜の姿を、寝殿から愛でていらっしゃいました。
 すると、南がわの階がある日隠しの間のあたりから、とても気高く、神懸った声で歌を詠む声が響いてきました。
「こぼれてにほふ花ざくらかな」
 歌をお聞きになった上東門院さまは、
「そこに誰かいるのか」
 とお思いになり、開けられた格子の向こうを、御簾の中からご覧になりましたが、人が居ないどころか、跡さえもありません。
「これは、どういうこと? 先ほどの歌は誰が言ったの!」
 上東門院さまは怪しまれ、多くの人をお呼びになり、声の主を探すようお命じになりました。ところが、
「あちらこちら、隈なく探しましたが、人は全く居りません」
 と人々が申し上げたので、驚かれ、
「これは、何があったのでしょう。鬼神などが言ったということなのでしょうか……」
 と、ひどく怖がられました。
 上東門院さまは、すぐに、「このようなことがありました」と、関白でいらっしゃった弟君の頼道さまにお知らせ申し上げなさいました。すると、関白さまから、短いお返事がありました。
「それは京極殿の日隠しの間の『くせ』で、いつもそうやって歌を詠むのですよ」
 訳をお知りになった上東門院さまは、ますます怖がられ、
「あれは、誰かが桜の花を見て心が浮き立ち、つい、そのように詠んだだけで、そのあと、多くの人を使って罪人を見つけ出すかように厳しく探させたのを恐れ、逃げてしまったのであろうと思っていたのに。それが、『日隠しの間のくせ』だなんて。これはなんと恐ろしいことでしょう!」
 とおっしゃいました。そのため、こののちは、あまりに恐れなさったので、京極殿の近くにお寄りになることもありませんでした。
 この「くせ」は、狐などが化けて言ったのではないと思います。何かの霊や魂といったものが、この歌を素晴らしいと思って大きく心を動かしたので、桜を見るたびに、常にこのように詠んだのだろう、と人々は考えるようになりました。それにしても、霊といったものたちは、おおかたは夜に現れるものですのに、真昼に、よく通る声で歌を詠んだなんて、心底恐ろしいことでございますよ。
 歌を詠む霊が、もともと何者だったかというのは、とうとう分からないままになってしまったと語り継がれております。

――――――――――

 『今昔物語集』巻27第28話「京極殿に於て、古歌を詠むる声有る語」の現代語訳です。
 上東門院は藤原彰子のことです。彰子自身が秀歌を多く残していることに加え、紫式部、和泉式部、伊勢大輔、赤染衛門といった優れた文人・歌人が仕えていたので、この話も「いかにも」な感じがします。彰子の周りでは、常々、歌が飛び交っていたのでしょうが、さすがに「日隠シノ間」が歌を詠んだら、「怖い!」と思ったようです。
 この話で「日隠シノ間」が詠んだ歌は、下の句しか出てきませんが、三番目の勅撰和歌集『拾遺和歌集』「巻第一 春」に上の句も含めて、きちんと収められています。

  浅緑 野辺の霞は 包めども
  こぼれてにほふ 花桜哉

 遠近感と色の濃淡によって、手は届かないけれども桜はそこに咲いている、と感じられる素敵な歌です。ちなみに「よみ人知らず」です。
 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ『鈴鹿本 今昔物語集』では、画像通し番号470から471にこの話が載っています。

 「今昔物語集(鈴鹿本) | 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ」
 https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00000125

 『鈴鹿本 今昔物語集』は、漢字、カタカナそれぞれが、ほぼ同じ大きさで書かれいますし、「漢字で書くことができる単語は、できる限り漢字で書く」という編集方針のおかげで、漢字を拾い読みするだけでも、話のあらましが分かったりします。ただ、現代日本語で使われる、句読点、かぎかっこ、改行などがないため、読みにくさもそれなりにあります。特に改行が無いのがつらいかもしれません。そのため、会話文と地の文の区切りを見つけましょうとなると、目を凝らす必要があります。
 画像番号471の2行目の真ん中よりちょっと下から、5行目の上の三分の一くらいまでに、「日隠シノ間」の秘密を知った上東門院の反応が書かれています。

 然れば(されば)、院、弥よ(いよいよ)恐ぢ(おぢ)させ給て、此れ(これ)は、人の、花を見て興じて然様に長め(ながめ)たりけるを、此く(かく)蜜く(きびしく)尋ねさすれば、怖れて、逃げ去ぬるにこそ有めれとこそ思ひつるに、此(ここ)の□にて有ければ、極く(いみじく)怖しき事也となむ被仰ける(おほせられける)。然れば、其の後は、弥よ恐ぢさせ給ひて、近くも不御ざり(おはせざり)ける。

 句読点を入れ、カタカナをひらがなに、読みにくい語にはふりがなを付けて書きだしてみました。この中から、上東門院の発言を見つけてみます。
 発言=会話文を探す手がかりでよく利用されるのが、「~と言ふ」のような、「と」を見つけることです。たいていは「と」の前までが会話文です。
 上の文では、「こそ有めれ『と』こそ思ひつる」、「極く怖しき事也『と』なむ被仰ける」のふたつがあります。一つめは「と」の直後が「思ひつる」ですので、上東門院が思ったことがどこから始まるか、文をさかのぼります。そうすると、「此れは、人の」ところから、それまでの出来事を上東門院が回想していることが分かります。二つめの「と」のところは、「(このようなことは)たいへん恐ろしいことです、と(上東門院が)おっしゃった」の意味ですので、「恐ろしいこと」を話し始めているところを、さかのぼって探します。するとやっぱり「此れは、人の」で区切りができています。これらのことを、かっこ付き、改行ありですっきりさせてみます。

 然れば、院、弥よ恐ぢさせ給て、
「『此れは、人の、桜を見て~逃げ去ぬるにこそ有めれ』と思ひつるに、~極く怖ろしき事也」
 となむ被仰ける。然れば~近くも不御ざりける。

 「」で囲った部分が上東門院の発言=会話文で、さらにその中の『』の中が、心の中でこう思った、という心内文(心話文)です。会話文と心内文の始まりが同じところなので、やや見つけづらいかもしれません。かっこや、二重かっこ、改行のおかげで文章はかなり分かりやすくなります。もし会えるのならば、日本語で初めてそれらを使ってくれた人たちに、深くお礼を言いたいです。
 あとちょっと、重要な単語について。
 「日隠しの間」から歌が聞こえてくる場面、

 「コボレテニホフ花ザクラカナ」ト長メケレバ、其ノ音ヲ、院、聞サセ給ヒテ

 の短い中に、「にほふ」「ながめ」「きこしめす」と要注意単語が連続して出てきます。
 にほふ……色が美しい。視覚の意味で使われます。いい香りがするという嗅覚の意味もあります。
 ながめ(ながむ)……声を出して歌をよむこと。漢字で書くと「詠め」。「眺め」「長雨」は同音異義語。(『鈴鹿本 今昔物語集』に書かれている「長め」の表記は、もともとは声を長く伸ばして歌を詠んだことからとされています)
 きこしめす……「聞く」の尊敬語だけではなく、「食ふ」「飲む」「(土地を)治む」の尊敬語でも使われます。

・参考文献等
 新日本古典文学大系37『今昔物語集 五』 岩波書店 森正人校注 1996年1月30日(現代語訳の底本。注釈を参照)
 新日本古典文学大系7『拾遺和歌集』 岩波書店 小町谷照彦校注 1990年1月19日
 『古語辞典 第十版』 旺文社 松村明・山口明穂・和田利政編 2008年10月24日
 『今昔物語集(鈴鹿本)』 京都大学図書館機構 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00000125

・更新履歴
 2020/04/09
 かぎかっこの付け方(「日隠しの間の『くせ』」→『日隠しの間のくせ』)を修正しました。
 改行を修正しました。(「ながめ」について書いている箇所に、余分な改行が入っていたため削除)

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