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2020.04.01

不気味なお堂にしけこむ ―国宝で『今昔物語集』を読んでみよう(4)

 今は昔。正親の司で大夫を務めていた男の話です。
 大夫が若かったころ、とあるお屋敷に仕えていた女と恋仲になり、毎晩のようにその人のもとへ通うようになりました。ところが、物事が立て込んでしまい、しばらく会えなくなりました。男は事を片付けて身が空くとすぐ、間を取り持っていた女に、
「今夜、彼女に会いたい。伝えてもらえないか」
 と、持ちかけました。すると女は、
「あのお方をこちらにお呼びするのは難しいことではないのですが、あいにく、今夜はこの家に古くからの知り合いが来ておりまして、泊まることになっております。こちらには、お二人に過ごしていただけるようなところがありません。申し訳ないことです」
 と断ったのです。それを大夫は「嘘をついているのではないか」と疑いましたが、女の家に寄ってみると、馬や下々の者たちが多くいたので、「まことに、隠れるとこさえないな」と分かりました。
 そこで、女はしばらく考えたのち、大夫に尋ねました。
「このようなこといかがでしょう。ここから西の方に、人が居ないお堂があります。今宵だけは、そちらの堂にお二人でいらっしゃっては」
 大夫が、それはいい、とうなずくと、すぐに女は彼女を迎えに行きました。
 大夫がしばらく待っていると、彼女が手を引かれてやってきました。「では、こちらへおいで下さい」と、女は、二人を連れて西へ一町ほど行くと、古いお堂がありました。女は、そこの戸を開け、家から持ってきた薄い布を一枚敷き、
「また、暁にお迎えに参ります」
 とだけ言い残し、彼女を大夫に任せて、帰って行きました。
 大夫と彼女、二人だけになると、身を寄せて敷物に横たわり、恋心を言い交しました。従わせている者もいなくて、二人だけで、古いお堂にいましたので、時が経って、ふと我に返ると、背中が冷えるような気味悪さがありました。
 大夫が、そろそろ真夜中だろうか、などと考えておりましたら、お堂の奥、仏様の後ろに、ぽつり、と火が灯りました。「人が居たのか」と思っていると、一人の女童が火を持って現れ、仏様の前に捧げ置いたのです。
 大夫が、「これは大ごとになった」と困っているうちに、仏様の後ろから、気高いをまとった女房が現れました。おかしなことだとも、恐ろしくとも思って、敷物から起き上がり座っていましたら、その女房は、一間ほど離れたところで、顔を横に向けたまま、いっとき、大夫を見ていました。そして、
「ここに、どなたさまがいらっしゃったのでしょうか。とても良くないことです。わたくしは、ここの主でございます。なぜ、わたくしにひと言も無く、お入りになったのですか。ここは、いにしえから人が宿るところではありません」
 と言いました。その声は、氷のように冷たく、大夫は、ことばが出せなくなるほど恐ろしくなりました。
 大夫は、震える声でなんとか答えました。
「私は、あなたの、ような、方が、いらっしゃる、ところとは、存じ上げ、なかったのです。知り合いの、女、に、『今宵だけは、こちらで』、と、言われて、連れて、こられたのです。なんとも、申し訳、ない、ことをいたしました」
「そうですか。分かりました。それでは、すぐにここから出てゆきなさい。出ないと言うのならば、きっと良くないことがありますよ」
 女房の姿でしたが、なんとも言えない恐ろしさで、大夫はすぐに恋人を起こして、お堂から出ようとしました。ところが、恋人は雨に濡れたように汗をかき、足に力が入らなくて、立つこともできません。それでも、強く引っ張るようにして、二人はお堂から出ました。
 大夫は、力の抜けた恋人の腕を肩に掛けて、急いで帰ろうとしますが、やはり、恋人のは歩くことができません。それでもなんとかして、恋人が仕えている屋敷まで連れて行き、門を叩いて開かせ、中に押し込みました。大夫は、後も見ないで、みずからの家に帰りました。
 家に帰りついた大夫でしたが、お堂であったことを思い出すと、髪の毛が逆立つほど気持ちが悪くなり、次の日も、ずっと寝床で横になっていました。。
 陽の沈むころになり、ようやく、歩くこともできなくなっていた恋人のことが気掛かりになってきました。そこで、間を取り持ちお堂へ連れて行った女の家に行き、そのあとのことを聞きだしました。
「あちらのお方は、お屋敷に帰ったあとも、ぐったりとして何か分からないうわごとを口にするばかりで、すぐに死んでしまうように見えたそうです。『何があったのか!』と周りの方が声を掛けましたが、一言もお答えになることができないまま。家の主さまも騒ぎに気が付かれ、驚いていらっしゃったとか。ただ、しまいには、治る見込みが無いということで、身寄りがいらっしゃらなかったあのお方は、すぐに作られた仮の小屋へ入れられ、そのまま亡くなりました……」
 大夫は、とても驚き、実は昨夜このようなことがあったのだ、と女に話し、また、
「あんな、鬼が住んでいるところに私たちを連れて行ったのか。こんなむごいことをして!」
 と責めたのですが、女も、まさか、そのようなところだとは知らなかったと答えるばかりで、こうなってしまってはどうしようもない、とそれきりになりました。
 このお話は、大夫みずからが、年老いてから語られたことだと、聞き伝えられています。そのお堂ですか? ええ、いまでも残っていて、七条大宮の辺りにあるとか……。それより他は、詳しく存じ上げません。
 そのようなことがありましたので、人が居ないと言われている古いお堂には、泊まってはいけない、と語り継がれております。

――――――――――

 『今昔物語集』巻27第16話「正親の大夫□、若き時鬼に値ふ語」の現代語訳です。
 見出しでは「鬼」という単語が使われていますが、本文には「鬼」は出てこなくて、古いお堂に「女房」(と、お供の少女)が出てきます。編者が「『女房』の正体は『鬼』だろう」と考えて、その見出しになったのでしょう。
 ただ、状況はとてつもなく怖いです。真夜中のデートでひとけのないところを選んだら、物陰から、少女を連れた、いかにも位の高そうな女の人が出てきて、『なぜ、ここに入ってきた? ここは私のおうち。昔々から人は来ない。……早く、去れ。悪いことが起きても知らない」と言われるのです。
 その後、つい先ほどまでイチャイチャしていた彼女は、汗を大量に流し、足はふらふら。どうにか家に送り届けられたものの、命を落としてしまいます。恋人が亡くなる場面は、「すぐに作られた仮の小屋へ入れられ、そのまま亡くなりました」と訳しました。ここの原文は、「仮屋ヲ造テ被出タリケレバ、程モ無ク死給ヒケリ」です。意識朦朧、体力低下状態の人を、小屋に閉じ込めるなんて残酷に思われますが、注釈には、「死穢を避けるために仮の小屋を造って。回復の見込みのない病人を家の外に出す例は→巻二六・20、巻31・30」とあります。周りの人が「死の連鎖」を避けたいと考えたためで、当時の習慣で珍しくなかったようです。
 以前からある建物に「もののけ」が出る話は、巻27第2話でも訳しました。第16話は、それと裏返しの物語になっています。第2話では、宇多院が建物の所有権を主張して、源融の亡霊を一喝して退散させました。こちらは、「女房」が「丸ハ此ノ主也。何デカ主も不云ズシテ、此ハ来レル」と大夫を淡々と詰めます。真夜中に、得体のしれない女房(のように見えるもの)にそんなふうに言われたら、とっとと逃げるしかありません。第2話の源融の亡霊を改めて考えると、宇多院に「源融か?」と質問されて、「はい、そうです」と素直に答えたのが源融の敗因かもしれません。人は「正体が分からない」ものを恐れるのですから。
 女房の正体は全く分かりませんが、正親の大夫の正体もあいまいです。京都大学貴重資料デジタルアーカイブの『鈴鹿本 今昔物語集』を見てみましょう。

 「今昔物語集(鈴鹿本) | 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ」
 https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00000125

 画像通し番号457の3行目の見出しと、4行目の本文冒頭とに不自然な部分があります。3行目「正親大夫 若時値鬼語」、4行目「今昔正親ノ大夫 ノ ト云フ」と、空白が入れられています。これが『今昔物語集』の大きな特徴「欠字」です。編者がわざと空白を入れたと考えられています。第16話では、正親司という役所に勤めていた大夫の「○○さん」にしているのです。
 なぜ、編者はこのようなことをしたのか。どうやら彼は「分かる限りは固有名詞を書きたい」と考えていたようです。ただ、第16話を編集していた時、「正親の大夫」までは分かっていたけど、名前が分からなかった。そこで、「後で分かった時に書き込もう」と保留にして、空白を入れて数文字分空けたとされています。『今昔物語集』には、このような「欠字」(空白)が至る所にあります。
 そうなると、「名前を調べ上げるだけで、そうとうな苦労があるんじゃないの?」と疑問も浮かんできますが、これまた編者のルールがあるようで、「五位以上の官位を持つ人は名前を明記したい」[1]ということのようです。もともと、正親司はトップでも正六位なので、彼のルールでは書かれないはずです。ただ、この話の主人公は「五位」になっていて「大夫」と呼ばれていたため、編者の本名明記ルールが当てはまってしまった(そして、分からなくて書けなかった)わけです。
 現代に出版されている『今昔物語集』の欠字(空白)部分は、「□」を入れて分かりやすくしてくれています。私がここで現代語訳を書くときは、なんとか、工夫やごまかしをして「□」を残さないようにしています。編者と勝負している気分です。


 注
 [1]「固有名詞のうち、資料にないのにあえて本集が書こうとした人名は位が五位以上とされ、名もない民衆レベルは最初から問題にされない。「男」とか「女」ですまされる。」(『今昔物語集を学ぶ人のために』301ページ)

・参考文献等
 新日本古典文学大系37『今昔物語集 五』 岩波書店 森正人校注 1996年1月30日(現代語訳の底本。注釈を参照)
 『今昔物語集を学ぶ人のために』 世界思想社 小峯和明編2003年1月20日
 『古語辞典 第十版』 旺文社 松村明・山口明穂・和田利政編 2008年10月24日
 『今昔物語集(鈴鹿本)』 京都大学図書館機構 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00000125

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