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2020.03.22

居座る霊を圧倒した声音 ―国宝で『今昔物語集』を読んでみよう(1)

 今は昔のお話しでございます。河原の院は、もともとは、左大臣源融さまがお造りになり、住んでいらっしゃったお屋敷で、そこはたいへんに趣深い造りになっていました。例えば、陸奥の国の塩釜に似せた池を掘り、海の水を汲み入れて、満たしたとか。これだけでも見ものでありますが、ほかにも、雅やかな目を見張らんばかりのこしらえをして、日々を過ごしておられたということです。
 左大臣が亡くなったのちは、息子の昇の大納言さまが、宇多院にそのお屋敷を差し上げました。こうしたいきさつで、宇多院が河原の院にお住みになったのです。時折、御子であらせられた醍醐帝が行幸なさり、お屋敷の内はそれは素晴らしい気色であったようです。
 そのように、宇多院がいらっしゃった時の、夜中の頃合いに起こったことでございます。西の対の屋、塗籠の戸を開き、さらりさらりと衣擦れの音とともに歩き来る、なにかの気が起こりました。院がそちらをご覧になると、束帯をぴしりと着た人が、太刀を帯び、笏を手に取り、二間ほど離れたところで畏まっていたのです。院はその人に、静かに短く問われました。その人は畏まったまま申し上げます。
「おまえは何者だ?」
「この家の主の年寄りでございます」
「融の左大臣か?」
「さようでございます」
「何故来たのか?」
「ここが我が家でございますので、住んでおります。こうして院がいらっしゃいますと、心が縮こまり、身の置き所に困っております。いかが致せばよろしいでしょうか?」
 すると、院はさっと厳しいお顔付きになられ、
「ほう……、それは、おかしなことを言うものよ。私は人の持っていた家を奪い取って住んでいたか? 融の左大臣の亡き後、その子が譲ってくれたから住んでいるだけであろう。ものに過ぎない霊ではあるが……、この世の中の理を分からず、なにゆえそのようなことを口にするか!」
 と、声音高らかにおっしゃいますと、霊はふっと消え失せました。このことがあってから、融の左大臣だという霊は、ふたたびは現れなかったのです。
 その時のひとびとは、院のお振る舞いを耳にして、恐れ多く思い、
「やはり、院は、そこらのただの人とは違っていらっしゃる。あの融の左大臣だったという霊に会って、このように真っ向からお話しできる人などいない」と語り伝えられております。

――――――――――

 『今昔物語集』巻27第2話、「川原の院の融の左大臣の霊を、宇陀の院見給ふ語」の現代語訳です。
 『今昔物語集』は仏教説話集ですので、怪異のものを、仏様やお坊さん、お経が払いのけるなどして、人を救う話が多く収められています。しかし、「世俗部」と呼ばれている巻にはそれに当てはまらない話も、これまた、たくさんあります。今回訳した巻27第2話は宇多上皇が源融の霊を叱りつけて引き下がらせています。しかも、「所有権は正しく譲渡された」と、当たり前の理由を突き付け、霊は「確かにそうです。申し訳ありません!」と、宇多院の発言を認めたかのように消え失せるのが興味深いところです。
 ただ、誰もがそうはできないよね、という感想が終わりに書かれています。説話に出てくる霊の力は、生前の地位や知性にだいたい比例します。源融は、嵯峨天皇の第十二皇子で左大臣、勅撰和歌集に4首(その中の古今集の1首は、小倉百人一首の第14番歌に収められています)入るほどのスーパー時めき給うお方ですので、ふさわしい霊力を持っていたはずです。それほどの霊を、冷静に理詰めでさっさと退散させた宇多院は「もっとすげえ!」と話を締めているところが、仏教説話集でありながら、それだけではない「今昔物語集」の面白さです。
 巻27は、京都大学付属図書館の「貴重資料デジタルアーカイブ」で、現存する最古の『今昔物語集』=『鈴鹿本 今昔物語集』の全文を写真で見ることができます。

 「今昔物語集(鈴鹿本) | 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ」
 https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00000125

 「川原の院の融の左大臣の霊を、宇陀の院見給う語」は、画像通し番号443から444にかけて書かれています。古い本を見慣れていない方でも、思いのほか読めるのではないでしょうか。くねくね文字ではないですし、漢字がぱっと目に入るような書かれ方がされています。『鈴鹿本 今昔物語集』は、漢字で書けるところは可能な限り漢字で書き、そうではない箇所(活用語尾や、助詞、助動詞など)は小さくカタカナ書きをするスタイルになっています。
 カタカナにもう少し注目してみましょう。カタカナは右寄せで小さく書かれます。通し番号443の右から16行目にある「微妙カリケリ(めでたかりけり)」のように、カタカナ部分が長くなる場合は、1行を半分に割って、カタカナを2行にして詰め込んで書くこともあります。
 もう一か所、17行目、先ほどの「微妙カリケリ」の左上を見ると、「人ノソヨメキテ」と書かれています。「人ノ」の「ノ」は助詞ですので右に小さく書くスタイルが当てはまります。ところが、続く「ソヨメキテ」は、着ている衣の擦れる音や気配がする、という意味の動詞「そよめく」に、助詞「て」がくっついたものです。活用語尾、助詞、助動詞をカタカナで小さく書くというスタイルに、「そよめ」の部分が合いません。これは、「そよめく」ということばを漢字で書くことが不可能だった、「そよめく」に当てはまる漢字が無かった、それで仕方なくカタカナスタイルにしていると考えられています。
「『そよめく』……、衣擦れを表すあのことば、普段使っている『そよめく』に漢字が無い! あー、もう! カタカナで書くしかないじゃん!」
 と思ったかどうかは分かりませんが、このような箇所にぶつかるたび、スタイルを乱さずに書いていた編者(「今昔物語集」の場合、「作者」ではなく「編者」と呼ぶことが多いです)は、ちょっとは、イラッとしたのではないかな、などと想像がかきたてられます。
 こうして、現代に出版されている本の祖先である、昔々に書かれた元の本を見ると、編者の苦労が、手触りのようにして感じられると思っています。

・参考文献等
 新日本古典文学大系37『今昔物語集 五』 岩波書店 森正人校注 1996年1月30日(現代語訳の底本。注釈を参照)
 『今昔物語集を学ぶ人のために』 世界思想社 小峯和明編 2003年1月20日
 別冊國文學『今昔物語集宇治拾遺物語集必携』 學燈社 三木紀人編 1988年5月1日
 『今昔物語集(鈴鹿本)』 京都大学図書館機構 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ  https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00000125

・更新履歴
 2020/03/30
 誤字を修正しました。

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