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2020.03.23

手招きが恐れるもの ―国宝で『今昔物語集』を読んでみよう(2)

 今は昔の話でございます。桃園というところ、ここは世尊寺があるところでございますが、お寺が建つもっと前は、西宮の左大臣、源高明さまが住んでいらっしゃいました。これは、そのころのお話です。
 寝殿の辰巳の方にあった母屋の柱には、木の節が残っていました。それがある日、ぽろっと落ちて、穴が開いたのです。柱にできた穴ですからさほど深くはない、はずでした。しかし、夜になると、小さな子の手がすうっと伸び出て、人を呼び込むように手招きをするのです。
 高明さまはこれをお聞きになると、とても驚き、怪しいことだとお思いになりましたので、その穴の上に、経文を結わえさせました。ところが、全く変わらず、節穴から手は伸び、人を招きます。それでは、と次は仏さまのお姿を彫ったものをその柱にお掛けになりました。しかし、何事も無かったかのように、手は伸び、人を招きます。二晩、三晩の間を空けて、真夜中、人々が寝静まる頃合いになると、中へ迎え入れるかのように、節穴から小さな子の手は現れ、人を招きます。
 そのようなことが続いた夜、ある人が、少し試しに、と矢を一本、穴に入れてみたのです。すると、矢が刺さっている間は、手が出てこなくなりました。その後、矢の幹を抜いて、鋭くとがった矢先だけを穴の奥深くに打ち込むと、招く手が出てくることはぴたりと止みました。
 この話を思うたびに、もやもやしてしまうのです。人を招く小さな手、などというのは、何かのものの霊がすることでしょう。それでしたら、お経や仏さまのお力で払うことができるはずです。なのに、武士の使う矢が効いたのですよ。これでは、仏さまよりも、矢のほうがありがたく力が強くて、霊は恐れているということではありませんか……。話を聞いた人たちはみんな、こんなおかしなことは無い、と語り継いでおります。

――――――――――

 『今昔物語集』巻27第3話「桃園の柱の穴より指し出づる児の手、人を招く語」の現代語訳です。
 ひとつ前の第2話は、源融の霊に対応した宇多院の強さが語られています。そちらは「普通は仏教の力が物の怪を退治するけれども、ことばだけで追い払う帝王の力も同じくらいすごい」というような言いっぷりで、「それなら、まだ理解できる」と思っている様子でしたが、第3話は「なぜ、どうして、分からない!」と驚きに満ちた終わり方になっています。人を招く小さな手は、源融のように権力を持った人に由来していません。招く手の正体は「者ノ霊」、つまり「何かの霊程度」と書いていて、かなり侮っています。そんな大した存在ではないはずなのに、お経が書かれたお札が効かない、仏像も効かなかったのです。
 そんな招く手に、最終的に効いたのは、「或ル人」が試した「征箭ノ身」(矢じり、矢先)でした。名前も伝わっていない人が使った武器の一部のほうが、お経や仏さまよりも効いたのです。仏教説話集を取りまとめているなか、仏教の力が全く効かない話を知った時、編者はどのように感じたでしょう。混乱するだけだったかもしれません。原文では、
「其ノ時ノ人皆此レヲ聞テ、此ナム怪シビ疑ヒケルトナム語リ伝ヘタルトヤ」
 と、この事件があった当時の人が驚いたように書かれていますが、実のところ、これは編者自身の驚きで、
「此レヲ思フニ、心不得ヌ事也」(この話を思うと、納得できないのです)
 が、編者の率直な思いでしょう。
 仏教説話集を編んでいる人にとって、この話は「都合の悪いこと」です。できれば、見なかったことにしたい、書き残したくないはずです。それなのに、巻27の初めのほうに入れています。編者は見過ごせなかった、あるいは「好奇心が勝った」のかもしれません。
 このように、編者の好奇心が突き動かされたのは、自分の周りの雰囲気に影響を受けた可能性もあります。『今昔物語集』は12世紀の前半に書かれたとされています。日本史に重ねると、保元の乱(1156年)、平治の乱(1159年)の直前です。公家の時代から武士の時代へ移りつつある世の中を肌で感じていたからこそ、編者は、過去の話を引き合いに出して、仏教に勝った武力・戦闘力の話を無視せず、書き入れたと考えられます。

 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ『鈴鹿本 今昔物語集』には、画像通し番号444に、この話が書かれています。この話の冒頭に当たる7行目を見ると、「本ハ寺ニモ无クテ」とあります。

 「今昔物語集(鈴鹿本) | 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ」
 https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00000125

 操作画面の右端の「≪MORE INFORMATION」をクリック、タップしてみてください。写真に書かれているものを文字データで見ることができます。先ほどのところは「本ハ寺ニモ無クテ」になっています。「無」と「无」の違いです。言い換えると、「無」と「无」は意味が同じで、書き方が違うだけです。
 現代語では、「む」「ない」を漢字で書くときは「無」が使われます。「それじゃ、『无』は消え失せてしまったの」かというと、そうではなく、なじみ深いものに姿を変えて私たちの身近にいます。「无」をくずし字にしてできたのが、ひらがなの「ん」です。「ム」=「無」=「无」=「ん」ということになります。
 このつながりを踏まえると、任天堂のゲーム『ファイアーエムブレム』を「ファイアーエンブレム」と書き間違えるのは仕方ないことと思えます。

・参考文献等
 新日本古典文学大系37『今昔物語集 五』 岩波書店 森正人校注 1996年1月30日(現代語訳の底本。注釈を参照)
 別冊國文學『今昔物語集宇治拾遺物語集必携』 學燈社 三木紀人編 1988年5月1日
 『今昔物語集(鈴鹿本)』 京都大学図書館機構 京都大学貴重資料デジタルアーカイブ
 https://rmda.kulib.kyoto-u.ac.jp/item/rb00000125

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