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2017.09.24

みね子の歴史年表 ―『ひよっこ』の日次・その3―

 「『ひよっこ』の日次・その2」の続きです。第18週から第25週までを扱っています。第26週(最終週)は最終回放送後に追記する予定です。第18週からの凡例は、第1週から第10週までのものに準じています。

・「ひよっこ」の日次 第18週~第25週(2017年7月31日放送~2017年9月23日放送)

第18週「大丈夫、きっと」

  • 第103回
    • 昭和42年(1967年)4月第5週(日付不明。23日か[1]。第102回終了時点の続き)午後、世津子のマンションの前で、実は記憶を失ってからの経緯をみね子に話す。世津子は実と過ごした日々を思い返す。
  • 第104回
    • 昭和42年(1967年)4月第5週(日付不明。23日か。第103回終了時点の続き)夕方[2]、すずふり亭裏の広場で、鈴子、愛子、時子がみね子の帰りを迎える。みね子は3人に実と世津子のことを話す。
    • 同日夜、みね子は美代子に手紙を書く。
    • 4月第5週(日付不明。24日か[3])午前、あかね荘、あかね坂商店街の人々が、それぞれにみね子を温かく励ます。
    • 4月第5週(日付不明。25日か[4])昼、美代子がみね子からの手紙を受け取る。
  • 第105回
    • 昭和42年(1967年)4月第5週(日付不明。25日か。第104回終了時点の続き)夜、美代子がみね子から届いた手紙を茂に見せる。
    • 同日夜、すずふり亭に電話が掛かり、みね子は美代子が上京することを聞く。
    • 同日夜、みね子は管理人室の電話で世津子に電話を掛ける。
    • 4月第6週(日付不明。30日日曜日か[5])朝[6]、美代子は東京に向かう。
    • 同日朝、裏の広場で、みね子は愛子に見送られて出かける。
    • 同日午前、みね子は上野駅で美代子と会う。
    • 同日午前、みね子と美代子は、世津子のマンションを訪れる。
  • 第106回
    • 昭和42年(1967年)4月第6週(日付不明。第105回終了時点の続き)午前[7]、世津子のマンションで、美代子が実と再会する。みね子、美代子、実、世津子が話し合う。
    • 同日昼頃、実は美代子とみね子に引き取られ、世津子のマンションを去る。
  • 第107回
    • 昭和42年(1967年)4月第6週(日付不明。第106回終了時点の続き)午後、みね子、実、美代子はそば屋に立ち寄る。みね子と実がしばらく東京で共に暮らすことを決める。
    • 同日午後、美代子が奥茨城に帰る。
  • 第108回
    • 昭和42年(1967年)4月第6週(日付不明。30日日曜日か[8]。第107回終了時点の続き)夕方、みね子は実と共にすずふり亭を訪れる。実は鈴子、省吾と再会する。
    • 同日夕方、みね子は実を連れて、あかね荘に帰る。
    • 同日夕方、あかね荘の人々が揃い、2号室で実の歓迎会を開く。
    • 同日夜、あかね荘5号室で、みね子と実の東京での生活が始まる。

[1]みね子が「夜の気まぐれショー」のコマーシャルに出演した4月21日以降最初の日曜日。第17週注7および注8参照。
[2]「雨上がりの空に夕焼け」の解説音声が入る。
[3]前項の翌日と考えた場合。
[4]25日に投函、翌日配達とする場合。みね子から美代子に宛てた手紙とは別の郵便物(茂宛ての封書)に「42.4.24」の消印が押されている。
[5]みね子の次の休日。第107回で、みね子たちがそば屋にいるときと同時間の谷田部家の場面で、ちよ子と進が家にいる。この時、掛け時計が12時40分頃を指している。平日では学校にいる時間であるため、日曜日もしくは祝日休みである4月29日と考える。
[6]美代子が次郎に「6時39分発の上りに乗りたい」と言う。
[7]リビングルームの時計が「11時55分」を指している。
[8]すずふり亭は営業していない。第110回の語りから逆算すると26日頃。やや不審。

第19週「ただいま。おかえり。」

  • 第109回
    • 昭和42年(1967年)4月第6週頃(日付不明)夜、みね子は世津子から届いた手紙を読む。
    • 5月第1週前半[1](日付不明)、実がみね子に付き添われ、帝和大学病院医学部付属病院神経科で診察を受ける。
    • 同じ頃、みね子が赤坂警察署に出されていた実の捜索願を取り消しに行く。
    • 同じ頃、みね子は綿引に実が見つかったことを手紙で知らせる。綿引からの返事が来る。
    • 5月第1週(日付不明)昼[2]、谷田部家で奥茨城母の会が開かれ、美代子は君子、きよに東京での出来事を話す。
    • 5月第1週(日付不明。3日か[3])午前、すずふり亭裏の広場で、みね子は、実、富、元治、秀俊、柏木親子に田植えのことを話す。
  • 第110回
    • 昭和42年(1967年)5月3日(第109回終了時点の続き[4])夜、みね子は実に「谷田部実」について話す。
    • 5月4日[5]朝、共同炊事場で、みね子はあかね荘の人たちに、実が奥茨城に帰ると言ったことを話す。
    • 同日午前、みね子は休みをもらい、すずふり亭の人たちから送り出される。みね子は5号室に戻り、実に奥茨城に帰ることを伝える。
  • 第111回
    • 昭和42年(1967年)5月4日午後[6]、みね子と実が奥茨城に向かうバスに乗る。
    • 同日[7]午後、みね子と実が奥茨城の谷田部家へ帰る。
    • 同日夕方[8]、実が谷田部家一同と久しぶりに対面する。
  • 第112回
    • 昭和42年(1967年)5月4日[9]夕方[10]、谷田部家は久しぶりに一家揃って食卓を囲む。
    • 同日夜、板の間で、みね子は、茂、美代子と話をして、2年半前の稲刈りの前の晩を思い出す。
    • 5日朝[11]、雨の中、谷田部家一同は田植えの準備をする。
  • 第113回
    • 昭和42年(1967年)5月5日[12]、谷田部家は、宗男、助川夫妻、角谷夫妻の手を借りて、田植えをする。
    • 第114回
      • 昭和42年(1967年)5月6日[13]朝、朝食の場で、みね子は東京に帰ることを、家族に告げる。
      • 同日午前[14]、みね子が谷田部家を発つ。みね子は角谷家に立ち寄り高子に会う。
      • 同日午後、休憩時間に、みね子がすずふり亭に戻る。
      • 同日夜[15]、みね子は気持ちを新たにして仕事に励む。
      • 7日[16][17]朝、みね子は時子と話をして、今はあかね荘が自分の家だという思いを強くする。

    [1]1日か2日。診察室に「1967年5月」のカレンダーが掛かっている。日曜日・祝日が休診とした場合、この後の日次からは1日か2日しか該当しない。
    [2]「美代子が奥茨城に戻ってから数日が経ちました」の語りが入る。この時、ちよ子、進はおらず、学校にいると考えると、5月1日、2日、4日か。第110回の語り参照。
    [3]すずふり亭は営業している。裏の広場で柏木堂の柏餅を食べるとき、ヤスハルが「かしわ餅の季節だからね」と言うので5日(こどもの日)頃。
    [4]柏餅をたべる回想場面で「みね子が実と暮らし始めて、1週間がたちました」の語りが入る。
    [5]みね子が「ゆうべ、お父ちゃんが「茨城に帰ってみっかな」って」と言う。
    [6]バス停に到着したとき、掛け時計が4時10分を指している。
    [7]みね子と実が谷田部家に着いたとき、「庭にこいのぼり」の解説音声が入る。
    [8]実の腕時計が5時25分頃を指している。ちよ子が中学校の制服を着ているので、平日の下校後と考えられる。
    [9]田植えについて茂は「新しい年の始まりみでえなもんだ、明日は」と言うため、みね子と実が奥茨城に帰った日と田植えの日は連続している。
    [10]居間の掛け時計が6時の時報を鳴らす。
    [11]居間の掛け時計が6時40分を指している。
    [12]ちよ子と進が田植えに加わっているので、小中学校は休みである。該当するのはこどもの日。
    [13]「雨の中の田植えが無事終わり、翌日の朝になりました」の語りが入る。ちよ子が制服を着ているため登校日。
    [14]この時点まで、谷田部家の庭にはこいのぼりが揚げられている。
    [15]注文伝票の日付の「日」の箇所に2桁の数字(判読不能)が書き込まれており不審。
    [16]「明くる日。みね子、疲れてない?」の語りと、「赤坂も日曜日は静かだね」の時子台詞が入るため、前場面と連続した日であり日曜日と分かる。『ドラマ・ガイド Part2』には、「夜、仕事を終えたら、慌ただしかった三日間の疲れがどっと出てきた」(91ページ)とある。
    [17]実がみね子に奥茨城に帰りたいと話してから、みね子が再び東京に帰るまでは、以下の流れとなる。
     5月3日……昼、みね子が田植えの話をする。夜、実がみね子に奥茨城に帰りたいと言う。
     5月4日……朝、みね子が休みをもらう。午後、奥茨城に着く。夜、谷田部家は久しぶりに一家揃って食事をする。
     5月5日……谷田部家の田植えをする。
     5月6日……朝、みね子が谷田部家を発つ。午後、みね子がすずふり亭に戻る。
     5月7日……休日。

    第20週「さて、問題です」

    • 第115回
      • 昭和42年(1967年)6月10日[1]夜、あかね荘前まで、さおりが時子に会いに来る。
      • 11日午後[2]、幸子、豊子、澄子があかね荘を訪れ、裏の広場で、みね子、時子、愛子たちと乙女寮同窓会を開き、それぞれ近況を報告する。
    • 第116回
      • 昭和42年(1967年)6月11日夕方、乙女寮メンバーは、あかね荘6号室の愛子の部屋で、優子は秋田の自宅で、豊子が出場したテレビのクイズ番組を観る。
    • 第117回
        昭和42年(1967年)6月上旬[3](日付不明。「実さんが奥茨城に戻って、1か月」の語りが入る。実は奥茨城で暮らしつつ、失われた過去を取り戻そうとする。
      • 同じ頃(日付不明)、奥茨城の谷田部家を綿引が訪れる。
      • 同じ頃(日付不明)、実は美代子から、自分が行方不明になったあと谷田部家に起こったことを聞く。
      • 6月中旬頃(日付不明)、みね子は、実が奥茨城に帰ってからの出来事を記した手紙を、美代子から受け取る。
    • 第118回
      • 昭和42年(1967年)6月中旬(日付不明)夜、みね子は由香に、バー・月時計に連れて行かれる。
      • 同日夜、時子、早苗もバー・月時計に行き、みね子、由香、邦子とともに5人で会議を始める。
    • 第119回
      • 昭和42年(1967年)6月中旬(日付不明。第118回終了時点の続き)夜、バー・月時計で、みね子、由香、時子、早苗、邦子は会議を続ける。
    • 第120回
      • 昭和42年(1967年)6月中旬(日付不明。第119回終了時点の続き)夜、バー・月時計での、みね子たちの会議が終わる。
      • 同日夜、あかね荘の人たちは、漫画家コンビが3号室からいなくなっていることに気付く。

    [1]時子が「いや、昨日ね……」と言った後に、回想場面として描かれる。
    [2]「1967/昭和42年6月11日」のテロップと、「みね子が東京に戻って1か月」の語りが入る。共同炊事場で準備中に、みね子が豊子からの電話のまねで「6月11日の16時でお願いいだします」と言う。
    [3]美代子がちよ子の夏の制服の大きさを気にかけているため、衣替え直後の6月第1週頃か。第117回は第116回よりも前を描いているとも考えられる。

    第21週「ミニスカートの風が吹く」

    • 第121回
      • 昭和42年(1967年)6月中旬(日付不明。第120回終了時点の続き)夜、富が啓輔と祐二がいなくなっていることに気付く。あかね荘3号室の漫画家コンビの部屋で、富と他の住人たちはその理由を考える。みね子は自分をモデルにした漫画に気付く。
    • 第122回
      • 昭和42年(1967年)6月中旬(日付不明。第121回終了時点の続き)夜、啓輔と祐二が3日ぶりにあかね荘に帰って来る。
      • 同日夜、あかね荘3号室で、漫画家コンビから、みね子は自分をモデルにした漫画の進捗が芳しくない理由を知り、肩を落とす。
    • 第123回
      • 昭和42年(1967年)6月中旬(日付不明。第122回終了時点の続き)朝、裏の広場で、みね子は秀俊に励まされる。
      • 6月中旬頃[1](日付不明)午後、休憩時間に、秀俊が休みをもらう。
      • 6月中旬頃(日付不明。日曜日を含んだ2日間[2])、秀俊は佐賀に行き、島谷と会う[3]。
      • 7月24日[4][5]午後、奥茨城の谷田部家で、茂、実、美代子、宗男、滋子がミニスカートについて話をする。
      • 同日午後、休憩時間に、すずふり亭の人たちはミニスカートの話題に花を咲かせる。
    • 第124回
      • 昭和42年(1967年)7月24日[5]午後(第123回終了時点の続き)、谷田部家で、茂、実、美代子、宗男、滋子が、みね子を案じ、収入面での解決策を考える。
      • 同日午後、谷田部家の縁側で、実は美代子に近頃の心持ちを話す。
      • 同日午後、みね子と秀俊は出前に行ったテレビ局で、世津子を見掛ける。
    • 第125回
      • 昭和42年(1967年)7月24日午後(第124回終了時点の続き)、みね子は秀俊に促され、世津子に声を掛ける。メイク室で、みね子は世津子に、実、ミニスカート、三男の話をする。
      • 8月6日[6]昼、安部米店で、さおりがミニスカートをはく。
    • 第126回
      • 昭和42年(1967年)8月6日[6][7](第125回終了時点の続き)朝、時子が日本橋へアルバイトに出掛ける。
      • 同日午後、安部米店で、さおりが三男に謝る。三男はさおりに、時子への片思いの気持ちを話す。時子は店の前で立ち聞きをする。さおりが三男をデートに誘う。
      • 同日夕方、共同炊事場で、時子はあかね荘の人たちに、「ツイッギーそっくりコンテスト」に応募することを告げる。

    [1]前項と同日か。
    [2]「そして、ヒデ君、一日だけ店を休み、定休日と合わせ、2日間でどこかへ行きました」の語りが入る。
    [3]第130回で、秀俊の回想として描かれる。
    [4]「1967/昭和42年・夏」のテロップが入る。
    [5]第124回のテレビ局の香盤表に記されている。
    [6]第22週注1参照。
    [7]日曜日。すずふり亭に「CLOSED」の札が掛かっているのは不審。休業日は札を店内のレジ横にしまうことが多い。

    第22週「ツイッギーを探せ!」

    • 第127回
      • 昭和42年(1967年)8月6日(第125回終了時点の続き)夕方、共同炊事場で、あかね荘の人たちは、「ツイッギーそっくりコンテスト」の応募の締め切りが過ぎていることに気付く[1]。
      • 同日夜、時子はみね子に、コンテストに応募する決心をした理由を話す。
    • 第128回
      • 昭和42年(1967年)8月7日[2]朝、あかね荘5号室で、みね子は時子を励ます。
      • 同日夜[3]、時子に「ツイッギーそっくりコンテスト」の書類選考通過のはがきが届き、共同炊事場であかね荘の住人たちは理由を考える。
      • 同日夜、助川家で、君子が勝手にコンテストに応募したことが正二と豊作にばれて、たしなめられる。
      • 同日夜、時子は管理人室で助川家に電話を掛け、君子に礼を言う。時子はあかね荘の人たちと書類選考通過を喜ぶ。
      • 8月中旬[3](日付不明)昼、みね子と時子は、安部米店を訪れる。
    • 第129回
      • 昭和42年(1967年)8月中旬[3]昼(日付不明。第128回終了時点の続き)、安部米店で、みね子と時子は、さおりが三男の住み込み先の米屋の娘だと分かる。時子とさおりが言い合いを始め、みね子も巻き込まれるが、間もなく落ち着く。さおりも時子を応援するようになる。
      • 同日午後[4]、あかね荘5号室で、住人の女性たちは、時子のコンテスト用の衣装を選び始める。
    • 第130回
      • 昭和42年(1967年)8月中旬頃(日付不明)午後、みね子は給料日に、客としてすずふり亭のハンバーグを食べる。
      • 8月中旬頃(日付不明)午前、開店準備中に、元治は秀俊が6月に休みをもらった理由を尋ねるが、秀俊は答えない。
      • 8月中旬頃(日付不明)、由香は、鈴子と省吾に内緒で柏木堂で働く。
      • 8月中旬頃(日付不明)、みね子はトキワ堂薬局のポスターが貼りかえられるのを目にして、世津子のことが気にかかる。
    • 第131回
      • 昭和42年(1967年)8月20日[5]夜、みね子、時子、早苗、由香は、バー・月時計で会議をする。由香は柏木堂で働いていることを話す。時子はコンテストへの意気込みを話す。早苗が月時計の前を通り過ぎた男を追いかける。みね子は世津子にトラブルが起こっていることを知る。
      • 同日夜、管理人室で、富が胸騒ぎを覚える。鈴子が富に松永の死を知らせる。
    • 第132回
      • 昭和42年(1967年)8月20日夜(第131回終了時点の続き)、管理人室で、富は鈴子、愛子とともに、松永をしのぶ。
      • 同日夜、裏の広場で、みね子、時子、早苗を交え、富は松永との思い出を語る。
      • 8月26日[6]朝[7]、みね子は出勤前に、松永の告別式に行こうとする富を目にする。
      • 同日朝、すずふり亭で、みね子は鈴子に富の様子を話す。鈴子は富を心配して、告別式に付き添って行きたいと思う。
      • 同日朝、みね子は由香をすずふり亭の手伝いに引っ張っていく。

    [1]「ツイッギーそっくりコンテスト」の応募の締め切りが過ぎていることが分かったとき、「締め切りは7月末日。もう8月ですからね」の語りが入る。続く場面で、三男が電話の相手に、「えっと、お盆前にはお届けできると思います」と言うため、該当する日曜日は6日と13日となる。「お盆前」の表現できる、より適切な日は6日と考える。
    [2]第127回の翌日とした場合。
    [3]13日か。「お休みの日に、時子と二人で三男に会いに行きました」とみね子の台詞が入る。
    [4]みね子の服装が安部米店を訪れた時と同じ。
    [5]第132回で、富が裏の広場で松永のことを話すとき、「満月の浮かぶ裏の広場」の解説音声が入る。1967年8月20日が満月(十五夜)。
    [6]第134回後半および第135回が休日(日曜日)のため、その前日と考える。
    [7]富が告別式の始まる時間を「11時から」と言う。

    第23週「乙女たちに花束を」

    • 第133回
      • 昭和42年(1967年)8月第4週(日付不明)夜、みね子は週刊誌を買い、世津子について書かれた記事を読む。
      • 26日[1]朝、みね子は由香をすずふり亭に臨時のアルバイトとして連れてくる。
      • 同日朝、時子、早苗、愛子はそれぞれの覚悟と思いを胸にして、出勤する。
      • 同日朝、富は鈴子とともに松永の告別式に向かう。
      • 同日昼、由香がすずふり亭のホールで働く。
    • 第134回
      • 昭和42年(1967年)8月26日(第133回終了時点の続き)午後、休憩時間に、鈴子がすずふり亭に帰って来る。省吾と鈴子は久しぶりに由香と言葉を交わす。
      • 同日午後、休憩中にみね子は口を滑らせたため、由香が柏木堂で働いていることが、すずふり亭の人たちにばれる。
      • 同日夜、すずふり亭で、鈴子と省吾は由香のことを話す。
      • 同日夜、管理人室で、富は松永との思い出を胸にしまう。
      • 27日[2]朝、共同炊事場にいたあかね荘の住人たちの前に、富が派手なワンピースを着て現れる。
      • 同日昼[3]、みね子が世津子の救出に向かう。
    • 第135回
      • 昭和42年(1967年)8月27日(前回終了時点の続き)午後、みね子が世津子のマンションに行くものの、一人で帰って来る。
      • 同日午後、裏の広場で、みね子は、秀俊、ヤスハルと、報道陣に囲まれたマンションから、世津子を救出する作戦を練る。
      • 同日午後、みね子、秀俊、ヤスハルは、世津子のマンションに乗り込み、世津子を助け出す。
    • 第136回
      • 昭和42年(1967年)8月27日[4](第135回終了時点の続き)夜、みね子と秀俊は、世津子を裏の広場まで連れてくる。
      • 同日夜、断続的に停電が起こるなか、すずふり亭の人たち、あかね荘の人たち、福田夫妻、一郎が裏の広場に集まり、即席のビアガーデンの餃子パーティーで、世津子を歓迎する。
      • 同日夜、世津子が、あかね荘の愛子の部屋に一緒に住むことが決まる。
    • 第137回
      • 昭和42年(1967年)8月27日(第136回終了時点の続き)夜、すずふり亭で、世津子はみね子が話していたことを、鈴子と省吾に伝える。
      • 同日夜、富が空き部屋の2号室を開ける。
      • 同日夜、みね子、時子、愛子、早苗はあかね荘2号室に世津子を招き、ひと晩一緒に過ごす。
      • 同日夜、啓輔と祐二は、みね子をモデルに漫画を描き続ける。
      • 同日夜、元治と秀俊はバー・月時計で飲む。
      • 同日夜、裏の広場で、福田夫妻が「何か」を心に決める。
    • 第138回
      • 昭和42年(1967年)9月上旬頃[5](日付不明)、みね子と美代子は、あかね荘に世津子が住み始めたことについて手紙のやり取りをする。
      • 9月上旬頃(日付不明)昼、谷田部家で、茂、実、美代子、宗男、滋子は、花の栽培を始めることについて話をする[6]。
      • 9月上旬頃[7](日付不明)昼、鈴子と省吾が柏木堂を訪れ、由香と和解する。
      • 9月上旬頃(日付不明)午前、鈴子と省吾が、元治と秀俊には新しいメニューを考えることを、みね子には新しい制服のデザインを考えることを、課題として与える。

    [1]翌日が日曜日。
    [2]休日。
    [3]みね子の服装が朝と同じ。
    [4]三日月が沈もうとする場面が出てくるが、8月27日の夕方とは、満ち欠けが合わない。第138回に「世津子さんがあかね荘にやって来て、ひとつきがたちました」の語りが入る。第134回後半から第137回が、10月6日のほぼひと月前の9月3日日曜日としても、月の欠け方が合わない。不審あり。
    [5]朝食のとき、ちよ子が夏の制服を着ているため、夏休みが終わり9月からの新学期が始まっていると考えられる。
    [6]宗男が取り出した新聞の切り抜きに「きょねん〔ママ〕三月からことし〔ママ〕九月まで神奈川県茅ケ崎にある坂田種苗茅ケ崎試験場に研究生として」とある。この記事が同年のものとすると、既に9月を迎えていることとなる。
    [7]休日。

    第24週「真っ赤なハートを君に」

    • 第139回
      • 昭和42年(1967年)10月6日[1]夜、あかね荘6号室で、愛子と世津子が仲良く暮らす[2]。
      • 同日夜、みね子は新しい制服のデザインを考える。時子はコンテストの自己アピール文を考える。
    • 第140回
      • 昭和42年(1967年)10月6日(第139回終了時点の続き)夜、共同炊事場で、時子は、みね子、愛子、世津子、富、早苗とともにコンテストの作戦会議をする。女性だけでコンテストのリハーサルをすることを決める。
      • 10月上旬頃(日付不明)昼、安部米店で、さおりは三男に交際を迫る。時子から電話が掛かり、さおりはリハーサルに招かれる。
      • 10月15日[3]昼、省吾、元治、秀俊、柏木親子、五郎、漫画家コンビの手を借りて、裏の広場にリハーサル用の舞台が作られる。
      • 同日昼、あかね坂商店街、あかね荘の女性たちに加え、由香、幸子、澄子、豊子がコンテストリハーサルのために裏の広場を訪れる。
      • 同日昼、富が体調を崩す。
    • 第141回
      • 昭和42年(1967年)10月15日昼(第140回終了時点の続き)、すずふり亭で、祐二と啓輔は、省吾、元治、秀俊、柏木親子、五郎に、みね子をモデルにした漫画を見せる。
      • 同日昼、邦子、さおりが裏の広場を訪れる。
      • 同日昼、福田夫妻は、養子を迎えることを、あかね坂商店街の人たちに告げる。
      • 同日昼、幸子、澄子、豊子が近況を報告する。
      • 同日昼、裏の広場で、時子は女性限定のコンテストリハーサルに臨む。
    • 第142回
      • 昭和42年(1967年)10月15日昼(第141回終了時点の続き)、コンテストのリハーサル後、集まった人たちはそれぞれに時子を応援する。
      • 16日[4]午前[5]、時子が「ツイッギーそっくりコンテスト」の本選に挑む。
      • 同日夕方[6]、時子が「ツイッギーそっくりコンテスト」で優勝する。時子の優勝を知らせる電話があかね荘管理人室に掛かってくる。
      • 同日夕方、三男は、コンテスト会場からの帰り道、嬉しさとともに寂しさを覚える。
      • 10月19日[7]夜、時子があかね荘から去る。裏の広場で、みね子は時子を励まし、送り出す。
    • 第143回
      • 昭和42年(1967年)10月18日[8]、ツイッギーが来日する。
      • 10月下旬、ツイッギーがすずふり亭近くのホテルに滞在し、赤坂がにぎわう。
      • 10月下旬頃(日付不明)夜、時子が仕事の途中で奥茨城の助川家に立ち寄り、家族に芸名を付けることになったと告げる。
      • 10月下旬頃(日付不明)昼、さおりが三男に改めて恋心を伝える。
      • 10月下旬[9](日付不明)昼、すずふり亭のホールで、みね子と秀俊は、鈴子と省吾から与えられた課題を一緒に考える。秀俊がみね子を食事に誘う。
    • 第144回
      • 昭和42年(1967年)10月下旬(第143回終了時点の続き)昼、元・向島電機のライン長・松下がすずふり亭を訪れ、みね子と愛子に久しぶりに会う。
      • 同日[10]夜、みね子、早苗、愛子、世津子が、バー・月時計に行く。早苗は、世津子があかね荘に来てからのことを整理して話す。みね子と世津子が、あかね荘5号室で一緒に暮らすことが決まる。

    [1]「ツイッギーそっくりコンテストが10日後に迫っています」の語りが入る。時子があかね荘5号室に貼っている「女優への道」カレンダーの10月16日に「ツイッギー本●(判読不能。「番」もしくは「選」か)!」と書き込まれている。また、第142回で、時子の優勝を報じる雑誌記事に「というわけで十月十六日に、東京有楽町の帝都ホールで行われたのが『ツイッギーそっくりコンテスト』――」とある。これらから、第139回が10月6日と分かる。
    [2]「世津子さんがあかね荘にやって来て、ひとつきがたちました」の語りが入る。
    [3]「コンテスト前日」のテロップと、「コンテスト前日、時子のためにリハーサルが開かれました」の語りが入る。
    [4]注1参照。また、第143回で、君子が作ったスクラップブックに貼られた新聞記事に「ツイッギーそっくりコンテスト(太平洋繊維主催)が十六日午後、東京・有楽町の太平洋ホールで開かれた」とある。
    [5]同時刻にみね子がすずふり亭入り口横に「OPEN」の札を出す。
    [6]夕焼けの空に三日月が出ている場面が挿入されるが、月齢は合わない。
    [7]みね子の「時子が慌ただしくアパートに戻ってきたのは、3日後でした」の台詞が入る。
    [8]「昭和42(1967)年10月18日夕、羽田空港に英国から18歳の女の子が降り立った」(「昭和にかえりたい 昭和42年10月18日、「ミニの女王」ツイッギー来日」(毎日新聞))
    [9]すずふり亭定休日。22日日曜日か。
    [10]「この日の夜、早苗さんの提案で月時計に行くことになりました」の語りが入る。みね子と愛子の服装が昼と同じ。

    第25週「大好き」

    • 第145回
      • 昭和42年(1967年)10月下旬[1]夜(日付不明。第144回終了時点の続き)、バー・月時計で、早苗が、みね子、愛子、世津子、邦子に、初恋の話をする。
      • 同日夜、あかね荘1号室で、早苗が初恋のことを初めて人に話した自分に驚く。
      • 同日夜、あかね荘6号室で、愛子が省吾に自分の思いを伝えるかどうか迷う。
      • 同日夜、あかね荘5号室で、みね子と世津子が一緒に暮らし始める。
    • 第146回
      • 昭和42年(1967年)10月下旬夜(第145回終了時点の続き)、あかね荘5号室で、世津子は「雨男」と過ごした日々のことを誰にも話すつもりはないと、みね子に伝える。
      • 同日夜[3]、谷田部家の縁側で、美代子は実に「女心」について話す。実は美代子に「二度目のプロポーズ」をする。
      • 10月下旬(日付不明)昼、谷田部家で奥茨城母の会が開かれ、美代子は君子ときよに「二度目のプロポーズ」のことを話し、のろける。
    • 第147回
      • 昭和42年(1967年)10月下旬[4]午前、裏の広場に、みね子、世津子、鈴子、富、愛子、早苗が集まり、おしゃべりを始める。世津子は叔父のこと、仕事のことを話す。愛子は省吾への恋心を進展させることができないと話す。
      • 同日昼、あかね荘3号室で、啓輔と祐二が編集者に言われたことで悩む。
    • 第148回
      • 昭和42年(1967年)10月下旬(第147回終了時点の続き)午前、トキワ堂薬局の前で、秀俊がみね子への思いをなかなか伝えられないことで思い詰める。
      • 同日午前、裏の広場で、みね子は、鈴子、富、愛子、世津子、早苗の前で、秀俊のことが好きだと話す。
      • 同日午前、みね子と秀俊が横浜へデートに出掛ける。
      • 同日午後、横浜の公園で、みね子と秀俊は、お互いに気持ちを伝える。
    • 第149回
      • 昭和42年(1967年)10月下旬(第148回終了時点の続き)午後、横浜の公園で、みね子と秀俊は浮かれる。
      • 同日夕方、すずふり亭裏の広場で、愛子と省吾が話をする。省吾と愛子は話の続きをするために、すずふり亭ホールへ行く。由香が省吾と愛子を見掛け、みね子、鈴子、世津子、早苗を誘い、こっそり厨房に入る。
      • 同日夕方、すずふり亭ホールで、愛子は好きでいつづけている人のことを、省吾に話す。
    • 第150回
      • 昭和42年(1967年)10月下旬(第148回終了時点の続き)夕方、すずふり亭ホールで、省吾は亡き妻への思いを愛子に話す。省吾と愛子は、お互いに恋心を伝える。厨房で盗み聞きしていた人たちが、愛子と省吾に見つかる。二人は皆に祝福される。
      • 11月上旬頃(日付不明)昼、谷田部家で、実は、茂、美代子、宗男に、花の栽培の具体的な計画を話す。

    [1]休日。22日か。第24週注9参照。
    [2]10月第4週か。
    [3]居間の掛け時計が10時15分頃を指している。
    [4]休日。すずふり亭定休日。第144回で秀俊がみね子を食事に誘った日が22日とし、第148回がその次の日曜日ならば、29日となる。第24週注9参照。

    ・人物同士の関係と、時代の雰囲気が大きく移り変わった後半
     物語後半の第18週以降は、それまでと比べて、日付が明らかに分かる場面が大きく減っています。明示されるのは、豊子が出場したクイズ番組を乙女寮メンバーが一緒に観る時、時子が「ツイッギーそっくりコンテスト」の本選に出る前後だけです(みね子と秀俊がテレビ局に出前に行ったとき(第124回)、香盤表に日付が記されていますがやや分かりづらい)。他は、場面の状況や小道具などから推測しています。それでも、日付が限定できる場面はそれまでと比べ多いとは言えません。
     日付を確定させるための要素として、郵便物の消印があります。『ひよっこ』では、手紙やはがきを書く場面と、それを読む場面を合わせることで、日付が分かるようなっている箇所が数多くあります。昭和40年代前半に、多くの地域で翌日配送ができるようになりました(『今日の郵政 昭和四二年版』 郵政省・1967年3月)。みね子に関わる郵便物は、ほとんどが東京-茨城間ですので(例外は島谷の父が島谷に宛てた佐賀-東京間の封書です)、投函の翌日に配達されると考えて、日次を作成しています。この物語で重要な位置を占める郵便という要素が、後半になるにつれて減らされていき、。それに対して、電話を掛ける場面が目に付くようになっています。前半、中盤では、「電話ではなく手紙を書く」ことが強調されていたのですが、それが薄れています。これが、物語内の時間の流れと、雰囲気の移り変わりに影響を与えているように思います。
     前述のように、テロップや語りでの日付の明示や、郵便物や新聞、伝票などに記された日付が映し出されることが少なくなった分、場面状況からの推測が必要となってくる箇所が多くなっています。これは、日付の確定には面倒となるのですが、作り手の配慮が読み取れる部分でもあります。第18週以降で、この手法によって、私がとりわけ良くできていると思えるところが二つあります。一つは、みね子が実を連れて奥茨城に帰るところです(第19週)。まず、柏木親子が柏餅を裏の広場に持ってくることで、5月初めということが分かります。そして、田植えを終えてみね子が東京に戻った後、あかね荘5号室で時子とお茶を飲む日曜日(時子の台詞から)の朝までが一日も欠けることなく描かれています。この間の「ゴールデンウィーク」の一日一日が、それぞれ、ちよ子と進が登校しているかどうか(ちよ子が制服を着ているかどうか)で、描き分けられています(昭和42年の時点では、天皇誕生日(4月29日)、憲法記念日(5月3日)、こどもの日(5月5日)が祝日。学校は日曜日のみの週休1日制)。
     もう一つは、裏の広場で富が松永との思い出を語る場面です(第132回)。富が裏の広場で話し始める前に、満月の映像が挿入され、「満月の浮かぶ裏の広場」と副音声で解説が入ります。これにより、8月20日夜ということが分かるようになっています。さらに、富の語りの最中に、夏なのに桜の花びらが舞うという、現実にはありえない幻想的な場面が描かれます。富は語り終えた後、日本酒を口にしますが、これは、「月見酒と花見酒」を一緒にする、という赤坂小町だった富にふさわしい粋な演出と見ることができるでしょう。
     なお、第18週から第25週までで描かれているのは約6か月となっており、第17週以前と比べると、ペースが遅くなっています。

    ・参考文献・資料等
     「連続テレビ小説「ひよっこ」」(公式サイト) http://www.nhk.or.jp/hiyokko/ 2017年9月24日閲覧
     「こよみのページ」 http://koyomi.vis.ne.jp/ 2017年9月24日閲覧

     「昭和にかえりたい 昭和42年10月18日、「ミニの女王」ツイッギー来日」(毎日新聞) http://showa.mainichi.jp/comeback/2008/10/post-96dc.html 2017年9月24日閲覧

     『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説 ひよっこ Part1』 石川夏子・遠山由美子・砂原謙亮・徳田夏子・一井久司 編 NHK出版 2017年4月30日
     『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説 ひよっこ Part2』 石川夏子・遠山由美子・砂原謙亮・徳田夏子・一井久司 編 NHK出版 2017年7月31日
     『今日の郵政 昭和四二年版』 郵政大臣官房秘書課広報室 編 郵政省 1967年3月24日

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