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2017.08.22

みね子の歴史年表 ―『ひよっこ』の日次・その2―

 『ひよっこ』の日次の続きです。第10週以降の凡例は、第1週から第10週までのものに準じています。

・「ひよっこ」の日次 第10週~第17週(2017年6月5日放送~2017年7月29日放送)

第10週「谷田部みね子ワン、入ります」

  • 第55回
    • 昭和40年(1965年)12月27日[1]夜、せっけん工場の社長・原田が乙女寮を訪れ、みね子と澄子のどちらか一人しか雇えなくなったことをみね子たちに伝える。みね子と澄子は話し合い、澄子がせっけん工場で働くことを決める。
    • 28日[2]昼、澄子が乙女寮を去る。
    • 同日昼、みね子はすずふり亭へ向かう。
  • 第56回
    • 昭和40年(1965年)12月28日午後、みね子がすずふり亭の前で島谷と出会う。みね子がすずふり亭裏の広場で、福田五郎・安江夫妻、柏木一郎・ヤスハル親子と出会う。
    • 同日午後、鈴子がみね子をすずふり亭で雇うことを決める。
  • 第57回
    • 昭和40年(1965年)12月28日午後[3]、みね子がすずふり亭の「最終面接」を受け、合格する。
  • 第58回
    • 昭和40年(1965年)12月28日[4]夜、みね子はすずふり亭で就職が決まったことを愛子に伝える。
    • 29日[5]昼、みね子と愛子がすずふり亭を訪れ、鈴子に採用の礼を述べる。
    • 同日昼、鈴子の紹介でみね子は富に会い、あかね荘へ入居を決める。
  • 第59回
    • 昭和40年(1965年)12月29日昼、みね子はあかね荘で入居の契約をし、5号室を借りる。
    • 30日[6]、みね子と愛子が乙女寮の大掃除をする。
    • 31日[7]夜、みね子と愛子は二人で年越しをする。
    • 昭和41年(1966年)1月1日[8]午前、みね子は愛子から「お年玉」[9]を受け取る。
    • 同日夜、みね子が奥茨城の谷田部家に帰り着く。
  • 第60回
    • 昭和41年(1966年)1月1日夜(第59回終了時点の続き)、みね子は東京での出来事を家族に話す。
    • 1日夜から2日、みね子は眠り続ける。
    • 2日昼、宗男、君子、三男、きよ、田神が谷田部家を訪れる。
    • 2日[10]夜、みね子が東京に戻る。

[1]「1965/昭和40年12月27日」のテロップが入る。
[2]原田が乙女寮を訪れた12月27日夜より後、みね子があかね荘入居の契約をした12月29日昼(第59回)より前。
[3]第58回で、みね子がすずふり亭を去る時、夕方になっているため、「採用面接」が午後の休憩時間に行われたことが分かる。
[4]みね子が愛子にすずふり亭で採用されたことを伝える時、「明日、アパート、紹介してくれるって」と言う。第59回のあかね荘入居の契約書に「昭和四十年十二月二十九日」と記されている。したがって、3日間の流れを簡略にすると以下のようになる。
 12月27日……夜、原田が乙女寮を訪れる。
 12月28日……澄子が乙女寮を去る。みね子がすずふり亭を訪れ、就職が決まる。
 12月29日……みね子のあかね荘入居が決まる。
[5]みね子と愛子、二人だけの食事の場面の後、「次の日、すずふり亭に行く前に、愛子さんと寄り道をしました」の台詞が入る。
[6]「1965/昭和40年12月30日」のテロップが入る。
[7]「大みそか」のテロップが」入る。
[8]「1966/昭和41年1月1日」のテロップが入る。
[9]みね子が受け取った「つくば号準急行券 座席指定券」に「41.-1月-1日(下り) 上野駅発 14時40分」と印字されている。
[10]みね子が東京のことを話す時、「仕事のことを考えると、家にいられるのは、一晩だけ」の語りが入る。第58回でみね子と愛子がすずふり亭を訪れた際、ドアに「歳末のご挨拶」として「十二月二十九日から一月三日」の休業を知らせる紙が貼られている。第61回でみね子が富に「私、一日だけ茨城に帰ったんです」と言う。第11週注1参照。『ドラマ・ガイド』では「みね子はよく眠った。そして、翌日には夜行列車に乗り、東京へ戻っていった」(105ページ)となっている。

第11週「あかね荘にようこそ!」

  • 第61回
    • 昭和41年(1966年)1月3日昼、みね子があかね荘に入居し、富に新年の挨拶をする。みね子が1号室の早苗、3号室の啓輔と出会う。6号室の島谷と再会する。
    • 同日午後[2]、みね子がすずふり亭を訪れ、鈴子と省吾に新年の挨拶をする。
    • 同日夜、みね子があかね荘5号室で初めて就寝する。
  • 第62回
    • 昭和41年(1966年)1月4日[3]朝、みね子がすずふり亭に初めて出勤する。みね子は秀俊と共に開店前の準備を始める。
    • 同日午前、すずふり亭裏の広場で、みね子は、秀俊、元治、五郎、安江、ヤスハル、一郎と共に開店前の準備を続ける。
    • 同日午前、みね子は高子からホール係の心得を聞く。
  • 第63回
    • 昭和41年(1966年)1月4日午前、みね子が高子からホールの仕事を教わる。
    • 同日午前、みね子はまかないを食べながら、鈴子からすずふり亭の方針を聞く。
    • 同日午前、すずふり亭の仕事始め。
    • 同日昼頃、みね子はホールの仕事に戸惑う。
  • 第64回
    • 昭和41年(1966年)1月4日午後(第63回終了時点と同日)、みね子はホールの仕事に戸惑う。
    • 同日午後、休憩時間に、鈴子が、高子、安江を誘い、柏木堂でみね子の新人歓迎会をする。
    • 同日夜、みね子は昼よりも落ち着いてホールの仕事をする。
    • 同日夜、みね子はすずふり亭での初仕事を終え、楽しさと激しい疲れを覚える。
  • 第65回
    • 昭和41年(1966年)1月上旬(日付不明[4])朝、みね子は眠気を払い、出勤する。
    • 同日昼、みね子はホール係の仕事に慣れてくるが、初めて皿を割る。
    • 同日午後、休憩時間に、省吾が修業時代、軍隊時代のことをすずふり亭の人たちに話す。
  • 第66回
    • 昭和41年(1966年)2月下旬から3月上旬頃(日付不明[5])夜、すずふり亭の人たち、商店街の人たちは、いつものように仕事を終える。
    • 同日夜、みね子は親しい人々を思いながら眠りにつく。
    • 2月下旬から3月上旬頃(日付不明。前項の翌日)朝、みね子は、目覚まし時計を掛け忘れて、遅刻しそうになるが、早苗の立てた物音で目が覚めて、普段通り出勤する。
    • 2月下旬から3月上旬頃(日付不明。前項の翌日[6]。すずふり亭の定休日)朝、あかね荘の住人たちが共同炊事場にたまたま集まる。島谷、啓輔と早苗がお互いに内情を暴露し合う。あかね荘の住人たちは、富が彼らの実家と頻繁に電話をしていることを知る。

[1]みね子が就寝する時、「いよいよ明日は初出勤です」の台詞が入る。午後に訪れたすずふり亭のドアに新年の挨拶とともに「本年は一月四日より営業致します。」と書かれている。したがって、みね子が奥茨城に帰省してからあかね荘に入居するまでは以下の日次となる。
 1月1日……夜、奥茨城の谷田部家に着く。
 1月2日……前日夜からこの日の昼まで眠り続ける。夜、奥茨城を発つ。
 1月3日……朝、東京に着く。昼、あかね荘に引っ越す。午後、すずふり亭を訪れる。
[2]帳場の掛け時計が1時15分を指している。
[3]「1966/昭和41年1月4日」のテロップが入る。
[4]すずふり亭のドアにしめ飾りがあるため、松の内か。
[5]「東京に来て、もうすぐ1年」というみね子の台詞がある。
[6]早苗が「何で、昨日じゃなくて、今日、鳴るの?」と言う。

第12週「内緒話と、春の風」

  • 第67回
    • 昭和41年(1966年)3月上旬[1](日付不明)頃。みね子はすずふり亭のホールの仕事が一通りできるようになる。
    • 3月中旬頃[2][3](日付不明。前項とは異なる日)午前、みね子が赤坂の料亭に出前に行く。みね子は鈴子から赤坂っ子の気風を聞く。
    • 同日[4]午後、休憩時間にすずふり亭裏の広場で、みね子は、秀俊、元治、ヤスハルと家族や仕事のことを話す。
  • 第68回
    • 昭和41年(1966年)3月下旬(日付不明。20日前後か[5][6])午後、みね子は家族友人に手紙を書く[7]。
    • 同日午後[8]、みね子、早苗、島谷、啓輔が食材と部屋を提供し合い、夕食を共にする。
    • 同日夕方[9]、啓輔が漫画に懸ける思いを住人たちに話す。祐二があかね荘3号室に戻って来る。
  • 第69回
    • 昭和41年(1966年)3月下旬(日付不明。第68回終了時点の続き)夕方、祐二が、啓輔、みね子、早苗、島谷に、なかなか東京に戻らなかった理由を話す。みね子は、啓輔と祐二が描いたつまらない漫画を読み、哀れに思い、励ます。
  • 第70回
    • 昭和41年(1966年)3月下旬(日付不明。第68回、第69回の翌日か)夜、あかね荘の部屋の前で啓輔と祐二が仕事終わりのみね子を出迎え、感謝の思いを伝える。
    • 同日夜、共同炊事場でみね子は啓輔と祐二に嘘の励ましをしたことについて、早苗と島谷から漫画家コンビに与えた影響を聞かされる。
    • 3月下旬(日付不明)午後、休憩時間に、すずふり亭裏の広場でみね子は省吾から由香に金を届けるよう頼まれる。
    • 同日午後、喫茶白猫でみね子は由香と会い、金を渡す。
    • 同日午後[10]、すずふり亭に戻ったみね子は、帳場で鈴子から由香に金を届けるよう頼まれる。
  • 第71回
    • 昭和41年(1966年)3月下旬(日付不明。第70回終了時点の続き)午後、喫茶白猫で、みね子は由香に金を渡す。
    • 同日午後、休憩時間に、みね子は秀俊から、省吾と鈴子がそれぞれ「内緒で」由香に金を渡していることを、すずふり亭の人たちや近所の人たちが知っていることを聞かされる。
    • 同日[11]夜、みね子は省吾から誘われて、バー・月時計に行き、邦子と出会う。
  • 第72回
    • 昭和41年(1966年)3月下旬(日付不明。第71回終了時点の続き)夜、バー・月時計で、省吾はみね子に、戦時中から戦後にかけてのすずふり亭の歴史と、妻子のことを話す。
    • 同日夜(前項と同時刻)、すずふり亭裏の広場で、鈴子と一郎が終戦以降を振り返る。

[1]「みね子がすずふり亭働き始めて2か月たちました」の語りが入る。
[2]出前から帰ってきたみね子に、省吾が「悪かったな、開店前に」と言う。
[3]回想場面でみね子が富から渡された郵便物に「41.3.9」の消印が押されている。
[4]島谷の服装が午前(出前の帰りに寄り道をしているみね子を見掛けたとき)と同じ。
[5]みね子、早苗、島谷がともに休日であるため、21日(月曜日。春分の日)か。これ以降のすずふり亭の休日の扱いから、20日(日曜日)とも考えられる。ただし、みね子が向島電機で働いていた時は、日曜日の昼の営業時間にすずふり亭を訪れていたため、不審。
[6]昭和41年(1966年)の東京のさくら(ソメイヨシノ)の開花日は3月20日( http://www.data.jma.go.jp/sakura/data/sakura003_01.html 気象庁「生物季節観測の情報・さくらの開花日」)。1956年から1975年の20年間で最も早い。そのため、3月中旬にあかね荘の窓外に多くの桜の花びらが舞う様子は不自然とは言えない。
[7]みね子が時子宛ての手紙に「私もすずふり亭で働き始めて四か月が経とうとしています」と書いている。
[8]管理人室に置かれている時計が4時頃を指している。
[9]3号室の時計が5時頃を指している。
[10]帳場の掛け時計が3時40分頃を指している。
[11]省吾が「みね子。今日は悪かったな」と言う。

第13週「ビートルズがやって来る」

  • 第73回
    • 昭和41年(1966年)4月23日[1]朝、ちよ子はみね子から贈られた通学鞄を持って中学校に通う。
    • 4月第5週前半[2][3](日付不明)午後、綿引がすずふり亭を突然訪れ、みね子と再会する。綿引は、みね子とすずふり亭の人たちに、新しく得た実の手がかりを伝えた後、奥茨城の谷田部家へ向かう。
    • 同日夜、あかね荘に美代子から電話がかかり、みね子と共に実の無事を願う。あかね荘の住人たちは実が行方不明になっていることを初めて知る。
  • 第74回
    • 昭和41年(1966年)4月第5週前半[3](日付不明)夜、共同炊事場であかね荘の住人たちが言い争いをする。
    • 同日夜、みね子は東京で働いている事情をあかね荘の住人たちに話す。
    • 4月27日[4]正午頃[5]、宗男が谷田部家を訪れ、美代子と茂から実の新しい手がかりがあったことを聞く。宗男がビートルズの来日を知る。
    • 同日午後[6]、みね子に宗男から電報が届く。
  • 第75回
    • 昭和41年(1966年)4月27日午後[7]、宗男は自作のビートルズ小屋で興奮を抑えきれない。
    • 同日午後、休憩時間にすずふり亭裏の広場で、みね子は、すずふり亭の人たち、柏木親子、福田夫妻とあんみつを食べながらビートルズの話をする。
    • 同日夜、みね子はあかね荘の住人たちとビートルズの話をする。
  • 第76回
    • 昭和41年(1966年)5月4日[8]、宗男はビートルズのコンサートが日本武道館で行われることを知る。
    • 5月第2週中頃[9]、宗男はビートルズのコンサートの会場決定が紛糾していることを知る。宗男はビートルズ会いたさが募りもどかしさを覚える。
    • 5月中旬(日付不明[10])午後、休憩時間にすずふり亭の人たちが、ビートルズの話に花を咲かせる。みね子がすずふり亭の人たちに歯磨き粉を売りつける。
    • 5月中旬、みね子はあかね荘の住人たちや福田夫妻に売りつけた歯磨き粉から得た応募券で、コンサートチケットプレゼントの応募はがきを書く。
    • 5月中旬[11]、宗男は滋子に内緒で大量の歯磨き粉を買いだめて、コンサートチケットプレゼントに応募する。
    • 6月中旬[12]、柏木堂に何らかの依頼が来る。
    • 6月18日[13]午後、みね子はコンサートチケットプレゼントの応募結果が気になり、落ち着かないまま仕事をする。
  • 第77回
    • 昭和41年(1966年)6月18日[13]午後、みね子がコンサートチケット応募の結果を知る。
    • 同日午後、休憩時間にすずふり亭裏の広場で、商店街の人たちがみね子を慰める。
    • 同日夜、共同炊事場で、早苗、啓輔、祐二がみね子を慰める。
    • 同日夜[13]、みね子は宗男に落選を知らせるはがきを書く。
    • 6月第4週[14]夜、宗男はビートルズ小屋でみね子からのはがきを読む。自分の応募も外れ、傷心する。
    • 6月25日[15]夜、宗男があかね荘にやって来る。
    • 同日夜、宗男は富から部屋を借り、共同炊事場であかね荘の住人たちと会う。
  • 第78回
    • 昭和41年(1966年)6月25日夜(第77回終了時点の続き)、みね子と宗男はあかね荘5号室で、実や奥茨城の谷田部家の人たちのことを話す。
    • 同日夜、みね子と宗男は、実の手がかりがあった通りに行く。
    • 同日夜、すずふり亭裏の広場で、宗男はあかね荘の住人たちに語り掛ける。

[1]冒頭に「1966/昭和41年4月23日」のテロップが入る。
[2]前半のちよ子、進の登校の場面と、後半のみね子と美代子の電話の場面とでは、美代子の服装が違うため、二つの場面は異なる日と考える。
[3]4月24日以後、26日以前。すずふり亭の定休日を日曜日とするならば25日か26日。綿引から実の手がかりがみね子たちにもたらされた翌日に宗男が谷田部家を訪れたとするならば26日。
[4]第74回で、宗男は持ってきたわらびを包んでいた新聞紙を見て「今日の新聞で包むなっつってんのにね」と言っている。第75回でわらびを包んでいた新聞紙面が映り、「昭和41年4月27日 (木曜日)」と明示される。
[5]「昼、谷田部家」の解説音声が入る。宗男が新聞記事を目にしたとき、サイレンが鳴る。このサイレンは宗男の動揺する心を表すとともに、正午を知らせるものと考えられる。
[6]宗男がみね子に送った電報は、発信時間が「午後1時55分(コ一、五五)」、受信時間が「午後2時12分(コ二時一二分)」となっているため、注5との齟齬は生じない。
[7]第74回の谷田部家の場面と、第75回のビートルズ小屋の場面とは、宗男の服装が同じであるため、同日の連続した時間と考える。
[8]「1966/昭和41年5月4日」のテロップが入る。
[9]「1週間後」のテロップが入る。
[10]トキワ堂薬局のキャンペーンポスターに「〆切 昭和41年5月27日(金)消印有効」と記されているため、それ以前。
[11]宗男のビートルズ小屋で滋子が広げた新聞が「昭和41年5月12日」発行のため、それ以降。
[12]「1か月後」のテロップが入る。
[13]みね子が宗男に宛てたはがきを書く場面で「待望の来日まであと9日に迫りました」とラジオの音声が流れる。実際には、ビートルズは台風の影響で予定より約11時間遅れ、6月29日の未明に羽田空港に到着した。したがって、第77回の時点では来日予定日は6月28日である。
[14]みね子が書いたはがきが翌日投函され、さらにその翌日に奥茨城の小祝家に配達された場合は20日。
[15]「ビートルズ来日まで、あと3日に迫りました」の語りが入る。本作の語りはみね子を中心とした登場人物と同時間的視点に立っているため、注13と同じく、ビートルズ来日予定日が6月28日として語られている。

第14週「俺は笑って生きてっとう!」

  • 第79回
    • 昭和41年(1966年)6月第4週頃(日付不明[1])午後、休憩時間に、一郎がすずふり亭の人たちと福田夫妻に赤飯作りの手伝いを頼む。
    • 6月27日[2]夜 宗男があかね荘3号室の漫画家コンビの部屋で眠り込み、寝言を言う。
    • 28日[3]午後、宗男はすずふり亭で毎日ハヤシライスを食べる。
    • 同日午後、宗男はビートルズを迎えるために羽田空港に向かう。
    • 同日午後、休憩時間にみね子はすずふり亭の人たちに、宗男のことを話す。
    • 29日[4]夜、すずふり亭の人たち、柏木親子、福田夫妻、あかね荘の住人たち、宗男が、すずふり亭裏の広場で赤飯弁当を作る準備をする。
  • 第80回
    • 昭和41年(1966年)6月29日[5]夜、すずふり亭の人たち、福田夫妻、柏木親子、あかね荘の住人たち、宗男が赤飯弁当を作り始める。
    • 30日未明、赤飯が蒸し上がるまでの間、すずふり亭裏の広場で、宗男はビルマで従軍していたときのことを、みね子や商店街の人たち、あかね荘の人たちに話す。
  • 第81回
    • 昭和41年(1966年)6月30日早朝[6]、赤飯弁当が仕上がる。
    • 同日朝、みね子はあかね荘5号室で始業まで仮眠をとる。
    • 同日朝、島谷はあかね荘6号室で眠っていた宗男に、コンサートのチケットを譲ろうとする。島谷は宗男と秀俊に、チケットを持っていたことを言い出せなかった理由を話す。
    • 同日朝、宗男は島谷の持っていたコンサートのチケットを、ビートルズファンの女の子に手渡す。
    • 同日朝[7]、滋子が息子3人を連れて谷田部家を訪れる。
  • 第82回
    • 昭和41年(1966年)6月30日[8]午後、滋子がすずふり亭を訪れる。
    • 同日夜、宗男と滋子はビートルズ日本公演会場の日本武道館の前に駆け付ける。
  • 第83回
    • 昭和41年(1966年)7月3日[9]夜、すずふり亭裏の広場で、みね子と宗男は、日本を発ったビートルズを見送る。
    • 7月第2週前半頃(日付不明[10])午前、宗男は、あかね荘の住人たち、すずふり亭の人たちに別れを告げ、奥茨城に帰る。
    • 同日午前、鈴子が実から預かっていた重箱を、みね子が見つける。
  • 第84回
    • 昭和41年(1966年)7月第2週後半頃(日付不明[11])午前、乙女寮同窓会をすずふり亭で開くことが決まる。
    • 7月17日[12]朝、みね子が乙女寮同窓会の支度をする。
    • 同日午前、みね子は乙女寮同窓会のことを、あかね荘の住人たちに話しすぎていたことを自覚する。
    • 同日午前[13]、すずふり亭にこすもす部屋の仲間5人が訪れる。
    • 同日午前、世津子がすずふり亭を訪れる。

[1]28日の場面で「数日前」のテロップが付され回想として挿入される。宗男がいないため、25日の昼以前か。
[2]「1966/昭和41年6月27日 ビートルズ来日前夜」のテロップが入る。第13週注13、注15と同じく、この時点では6月28日がビートルズ来日予定日である。
[3]「さぁ、いよいよ、今日は1966年6月28日。ビートルズが日本にやって来る日です」の語りと「1966/昭和41年6月28日」のテロップが入る。第13週注13、注15参照。
[4]「1966/昭和41年6月29日 午前3時39分」のテロップと、「ビートルズの飛行機は、台風の影響で10時間も到着が遅れ、羽田空港に着いたのは、翌日の午前3時39分でした。(中略)そして、その日の夜……」の語りが入る。
[5]「1966/昭和41年6月29日 ビートルズ公演前夜」のテロップが入る。
[6]「1966/昭和41年6月30日 ビートルズ公演初日」のテロップと、「6月30日。ビートルズ公演初日の夜明け」の解説音声が入る。
[7]6月30日は平日(木曜日)だが、ちよ子が制服を着ていないため、登校前の朝と考えられる。
[8]「1966/昭和41年6月30日 ビートルズ公演初日」のテロップと、「1966年6月30日。3日間にわたるビートルズの日本公演がスタートしました」の語りが入る。
[9]「1966年7月3日、ビートルズは、日本での公演を終え、次のステージとなるフィリピンへと旅立ちました」の語りが入る。
[10]ビートルズが日本を発った翌日であれば、4日。
[11]島谷の話による回想部分で「1週間前」のテロップと解説音声が入る。7月17日は日曜日であるため、その1週間前も日曜日のはずである。しかし、すずふり亭は営業している。
[12]みね子の部屋に貼られているカレンダーの7月17日に印が付けられ、「乙女寮同窓会」と書き込まれている。回想部分でみね子が「だってその日は、お休みじゃないですか」と言うため、もともと17日日曜日はすずふり亭の休業日である。
[13]共同炊事場で、早苗がみね子に「みんな、11時には店に来るんだろ?」と言う。

第15週「恋、しちゃったのよ」

  • 第85回
    • 昭和41年(1966年)7月14日[1]午前、世津子がすずふり亭の人たちやこすもす部屋の乙女たちに非礼を詫びて、すずふり亭を去る。
    • 同日午後、こすもす部屋の乙女たちが近況を報告し合う。
  • 第86回
    • 昭和41年(1966年)7月14日午後、こすもす部屋の乙女たちは再会を誓い、同窓会を終える。
    • 同日夕方、時子がみね子の部屋に転がり込み、あかね荘の住人たちと顔を合わせる。
  • 第87回
    • 昭和41年(1966年)7月14日夜、早苗のおごりであかね荘の住人たちは、バー・月時計で時子の歓迎会をする。
    • 同日夜、みね子と島谷がお互いの気持ちを伝え、恋人同士となる。
  • 第88回
    • 昭和41年(1966年)7月14日夜、バー・月時計であかね荘の住人たちに促され、みね子と島谷のデートが決まる。
    • 7月第4週、みね子は浮かれながら仕事をする。みね子と美代子は島谷のことについて手紙のやり取りをする。
    • 24日[2]朝、すずふり亭裏の広場で待ち合わせて、みね子と島谷が出かける。
    • 同日午前、みね子と島谷は東京タワーを訪れる。
    • 同日昼頃、島谷がみね子を慶應義塾大学・三田キャンパスに案内する。
  • 第89回
    • 昭和41年(1966年)7月24日昼頃、大学のキャンパスで島谷がみね子を友人に紹介する。
    • 同日夜、みね子が時子にデートの様子を話す。早苗、啓輔と祐二がみね子から聞いた島谷の弱点をからかう。早苗が富に、みね子と島谷が付き合い始めたことを話す。
    • 同日夜、バー・月時計で、秀俊が島谷にみね子のことを託す。
    • 7月第5週(日付不明。25日か[3])午後、柏木堂で、みね子は島谷と付き合い始めたことを、鈴子、高子、安江に話す。
  • 第90回
    • 昭和41年(1966年)7月第5週(日付不明[3]。第89回終了時点の続き)午後[4]、みね子と島谷との恋愛を心配する鈴子に、みね子は自分の考えを伝える。
    • 同日午後[4]、管理人室で富が島谷に、みね子との恋愛を気にかけていることを話す。
    • 同日夜、共同炊事場で島谷がみね子に、翌日佐賀に帰省することを伝える。
    • 7月第5週(日付不明[5])午後、休憩時間に、愛子がすずふり亭を訪れ、みね子と再会する。

[1]冒頭に「暑中お見舞い申し上げます」の語りが入るが、番組内容、放送日ともに夏の土用前であり、不適。
[2]みね子の「今度のお休みは、初めてのデートです」という台詞が入る。7月17日以降の最初の日曜日。第89回で大学のキャンパスで会った島谷の友人が「日曜なのにどうした」と言う。
[3]みね子と島谷の初デートの翌日であれば、25日。
[4]管理人室の置時計は3時半ごろを指している。
[5]島谷がみね子に帰省すると伝えた翌日であれば、26日。

第16週「アイアイ傘とノック」

  • 第91回
    • 昭和41年(1966年)7月第5週(日付不明。26日か[1]。第90回終了時点の続き)午後、休憩時間にすずふり亭裏の広場で、愛子が向島電機倒産後の自らの経緯をみね子に話す。愛子が省吾に一目惚れする。
    • 同日午後、愛子の新しい就職先が決まる。以降、愛子は頻繁にすずふり亭を訪れるようになる。
    • 7月30日[2]、三男がさおりの本名を知る。太郎と豊作が上京して安部米店を訪れる。さおりが三男にプロポーズをする。
    • 同日[3]午後、島谷が佐賀から帰京する。
  • 第92回
    • 昭和41年(1966年)7月30日夕方[4]、すずふり亭でみね子は人生2度目のプロポーズを目撃する。
    • 同日夜、啓輔と祐二がみね子をモデルに漫画を描き始める。
    • 同日夜、バー・月時計で島谷は家族のことを、邦子、早苗に話す。
    • 同日夜、三男が太郎と豊作を連れて、初めてすずふり亭を訪れる。
  • 第93回
    • 昭和41年(1966年)7月30日夜、みね子と島谷はすずふり亭裏の広場で会い、ノックの合図を決める。
    • 31日朝[5]、みね子と島谷が、初めてノックで朝の挨拶を交わす。
    • 同年8月頃(日付不明)、みね子と島谷が順調に交際を続ける。同じころ、啓輔と祐二はみね子と島谷の様子を見ながら、漫画を描き続ける。
  • 第94回
    • 昭和41年(1966年)9月上旬[6](日付不明)、太郎が高子にプロポーズの手紙を送り、高子はその返事を送る。
    • 9月中旬[7](日付不明)、みね子と島谷は順調に交際を続ける。同じ頃、愛子が相変わらずすずふり亭に通い続ける。
    • 同年秋頃(日付不明)、みね子が風邪を引いた島谷の看病をする。島谷が父からの手紙を受け取る。
  • 第95回
    • 昭和41年(1966年)秋頃(日付不明)、みね子と高子は浮かれた気分で仕事をする。
    • 同年秋頃(日付不明)、喫茶白猫で島谷が父と話をする。店内にいた由香が島谷親子の話を偶然耳にする。
    • 同日夜[8]、由香がみね子をバー・月時計に連れて行く。
  • 第96回
    • 昭和41年(1966年)秋頃(日付不明。第95回終了時点の続き)、由香は、自分が聞いた島谷親子の会話の内容や様子を、みね子に伝える。
    • 同年冬頃[9]、みね子と島谷の交際が続く。
    • 同年12月頃(日付不明)朝、島谷は卒業論文を書き上げたことをみね子に伝える。

[1]第15週注5参照。
[2]三男が書き直した伝票に「昭和41年7月30日」と記されている。
[3]第92回のプロポーズの場面で、みね子の「私の好きな人は、今日、佐賀から帰ってくる予定です」の台詞が入る。
[4]プロポーズをする男の腕時計が6時12分ごろを指している。
[5]島谷の服装がノックの合図を決めた時と同じであり、「徹夜明けの島谷」の解説音声が入るため、翌31日と考えるのが自然。
[6]高子が太郎に宛てたプロポーズの返事の手紙に「41.9.8」の消印が押されている。
[7]「みね子と島谷さんがおつきあいを初めて、2か月」の語りが入る。7月14日から数えると9月中旬頃となる。
[8]由香の服装が喫茶白猫の場面と同じであるため、同日と考える。
[9]「季節はいつしか秋から冬へ」の解説音声が入る。

第17週「運命のひと」

  • 第97回
    • 昭和41年(1966年)12月頃(日付不明。第96回終了時点と同日)夜、バー・月時計でみね子は島谷からのプロポーズを断り、二人の恋が終わる。
    • 同年12月頃(日付不明。前場面の翌日)夜半過ぎ、みね子はバー・月時計で20歳の誕生日を迎える。
  • 第98回
    • 昭和41年(1966年)12月頃(日付不明。第97回終了時点の続き)夜半過ぎ、バー・月時計で、みね子は20歳の誕生日を時子、邦子と祝う。
    • 同日[1]朝、時子が、早苗、啓輔、祐二に、みね子と島谷の恋が終わったことを伝える。
    • 同日午後、休憩時間に、高子は太郎と結婚することを、すずふり亭の人たちに伝える[2]。どさくさに紛れて、みね子は失恋したことをすずふり亭の人たちに伝える。
  • 第99回
    • 昭和42年(1967年)4月頃(日付不明[3])、さおりは三男にアプローチを続ける。みね子の給料が上がる[4]。島谷が退去したあかね荘6号室に愛子が入居し、すぐになじむ。
    • 4月中旬頃(日付不明。4月20日以前[5])夜、すずふり亭に世津子が来店し、食事をする。
    • 4月21日[5]午後[6]、すずふり亭を訪れていたテレビ局のアシスタントプロデューサーが、みね子に生放送のコマーシャルの代役を頼む。
  • 第100回
    • 昭和42年(1967年)4月21日[5]夜、みね子がテレビの生放送番組のコマーシャルに出演する。
    • 同日夜、みね子は世津子の車でテレビ局からすずふり亭まで送ってもらう。車内でみね子は世津子に実のことを話し、写真を見せる。
  • 第101回
    • 昭和42年(1967年)4月21日[7]夜、閉店後、みね子はコマーシャルに出た時の様子をすずふり亭の人たちに話す。
    • 同日夜、あかね荘6号室で、みね子は愛子と時子にコマーシャルに出た時の様子を話す。時子はドラマ出演が決まったことを二人に話す。
    • 4月第5週(日付不明。23日か[8])午後、世津子があかね荘5号室にみね子を訪ね、自宅に招く。
  • 第102回
    • 昭和42年(1967年)4月第5週(日付不明。23日か[8]。第101回終了時点の続き)午後、すずふり亭裏の広場で、鈴子と愛子がみね子のことを気に掛ける。
    • 同日午後、みね子は世津子の自宅を訪れ、「雨男」と出会う。

[1]「島谷君、ゆうべは部屋に帰らなかったようですね」の語りが入る。時子が「実はですね、昨日の夜、みね子が島谷さんに、話があるって言われて呼ばれたらしくて」と言う。
[2]同年9月からここまでの間に、高子は奥茨城の角谷家と日本橋の安部米店を訪れている。
[3]「1967/昭和42年4月」のテロップと、「1967年の春になりました」の語りが入る。
[4]「高ちゃんが奥茨城へお嫁に行って数か月」の語りが入る。
[5]第101回で、みね子のアルバイト代の領収書控えに「昭和42年4月21日」と記されている。
[6]15時頃。「夜の気まぐれショー」は18時からの生放送(注7参照)で、代役が必要になったときにテレビ局スタッフが「あと3時間後には始まりますよ」と言う。
[7]第99回でアシスタントプロデューサー・武本が「今夜も6時から生放送なんですけど」、第101回で秀俊が「夜のきまぐれショーは金曜6時って決まってんだから」と言う。
[8]「そして、次のお休みの日」の語りが入る。すずふり亭の定休日が毎週日曜日ならば、23日となる。

・6、7月分は日付がやや分かりにくい
 物語の中盤6、7月は、みね子がすずふり亭に就職が決まったところ(昭和40年末)から、世津子の自宅で運命の再会を果たす(昭和42年4月下旬)までが描かれています。前半に当たる4、5月が昭和39年9月上旬から昭和40年12月末までの約16か月間を描いていたので、時間配分はほぼ同じです。前半部と同じく、各月ごとに1章を割り当てるとすれば、6月は「すずふり亭奮闘編」、7月は「赤坂初恋編」とでもなりましょうか。
 この2章は、前半に比べると、日付の確定が難しい期間が多いように感じられました。2か月分のうち、明確なのは、みね子がすずふり亭で働き始めるようになった前後と、ビートルズ来日と絡めたエピソード部分です。その他は、可能な限り期間を絞って推定しました。昭和41年7月後半のみね子と島谷の初デートから、昭和42年4月にみね子が生コマーシャルに出演するまでの期間は、重要な場面が多いように思えますが、テロップなどで明示されません。特に、みね子の誕生日(第97回、第98回)は大切な情報だと思い、どうにかして定められないかと、作品内や公式情報などでヒントを探ったのですが、見つけられず「昭和41年(1966年)年12月頃」としました。この先、できれば昭和42年の12月の場面で、はっきりと年月日を示してくれることを願っています。伝票や帳簿に書き込まれた日付、新聞の発行日、郵便の消印に目を凝らすのは、日付が分かると楽しいのですが、分からないとがっかりしてちょっと疲れます。

・参考文献・資料等
 「連続テレビ小説「ひよっこ」」(公式サイト) http://www.nhk.or.jp/hiyokko/ 2017年8月20日閲覧
 「こよみのページ」 http://koyomi.vis.ne.jp/ 2017年8月20日閲覧
 「地球環境・気候情報の総合ページ - 生物季節観測の情報 - 生物季節観測の情報」(気象庁) http://www.data.jma.go.jp/sakura/data/index.html 2017年8月20日閲覧
 『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説 ひよっこ Part1』 石川夏子・遠山由美子・砂原謙亮・徳田夏子・一井久司 編 NHK出版 2017年4月30日
 『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説 ひよっこ Part2』 石川夏子・遠山由美子・砂原謙亮・徳田夏子・一井久司 編 NHK出版 2017年7月31日

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