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2017.06.11

みね子の歴史年表 ―『ひよっこ』の日次・その1―

・はじめに
 平成29年度前期放送の連続テレビ小説『ひよっこ』では、いたって普通に生きていこうとする市井の人々が描かれています。とりわけ主人公のみね子は、特段に何か自ら目立って多くの人の目を引こうとする行動は取りません。その場その場で起こることに対して、黙々と取り組みつつ、感情を素直に表して生きていきます。それは刹那主義的な生き方ということではなく、自らの力を惜しまず、起こったことをそのまま受け入れて今を生きることで、むしろ、一歩ずつ先につなげていく姿を描いているように見えます。
 みね子とその周りの人々の姿を観ていると、視聴者である自分が彼女たちのすぐそばに居て、時と場所を共有しているかのような感覚に捕らわれます。そのようにして物語を追いかけていくと、「あの時は楽しかったねえ」とか、「あれは大変だったよねえ」と語り掛けたい気持ちまで沸いてきます。例えば、「奥茨城村聖火リレー大会のテレビは楽しかったけど、なんか感じ悪かったねえ」とか、「あの時食べたラーメンは美味しそうだったねえ」とかです。そうすると、「奥茨城の聖火リレーって、本物のオリンピック前、いつ頃に行われたんだっけ?」とか、「ラーメンてどの時の? 綿引くんが雄大にたかられた時? 澄子がぶったおれたときの? あれ? どっちが先だっけ」というちょっとした疑問が浮かんできます。「オリンピックの前だから、10月の初め頃かな。三人組が高校生だった時の」「綿引は結局何回も雄大にラーメンをおごってたよな」というように、“まあだいたいこのころ”という具合に思い出します。
 この「だいたい」が分かっているだけでもだいたい面白く観ることができますが、「だいたい」をだいたいで済ませずに、きちんと日付を踏まえてみると、物語の面白みが俄然増してきます。密に描かれた日、省略された期間が分かると、みね子たちの心の動きをよりしっかりと捉えることができるようになります。
 良い物語に触れるとその物語の時の流れを知りたくなるものです。長編小説や、古典の物語の本をめくると、終わりの方のページに「年表」が載っています。物語や小説世界により深く入り込むための手助けとなる本当にありがたい部分です(作品の年表と共に著者年表も収録されていることがあります。これがまた作品と同じくらい面白いので、私は著者年表を目当てに本を開くこともあります)。
 『ひよっこ』は現在、第二章の終わりから第三章の始まりといえるところまで進みました。奥茨城村での高校生活、向島電機での仕事と青春の日々、そして突然の別れ、新たな仕事と暮らしの始まり。放送日程では三分の一の二か月、作品内では約一年四か月が過ぎました。この区切りの良いところで、一度物語の流れを振り返ることにより、これからのみね子たちの新しい生活を見守っていきやすくなるのではないかと考え、ここまでの年表(日次・ひなみ)を作りました。この年表を傍らに置き鑑賞することで、現状の把握や物語を振り返りやすくなるのではないか、そして、なによりも、『ひよっこ』の人々により近づけるような感じを覚えることができるのではないかと考えております。

・凡例
 本記事は、2017年6月10日時点で、連続テレビ小説『ひよっこ』第1週から第9週までの日次を作成したものです。よって、第1週から第9週までの作品内容に触れています。また、第10週の一部を参考としています。作品の中途で作成したものですので、今後の作品内容とは合わない部分が出てくる可能性があります。
 視聴に際し興を削がないよう、出来事の記述は簡略なものとし、台詞や場面の説明は最低限度に留めることを心掛けました。
 日次作成は、連続テレビ小説『ひよっこ』の総合テレビでの本放送(月曜日から土曜日の8時から15分間)をもととしました。
 総合テレビの再放送、BSプレミアムの各日の本放送と再放送、土曜日午前の一週間分の連続放送、および総合テレビ日曜日の『ひよっこ 一週間』を適宜参照しました。
 日付の確定、推定は、登場人物の台詞、作品に随時出てくるテロップ、解説放送、小道具等に印刷、記述されているもので行いました。台詞以外の情報には虚偽が無いことを前提としました。台詞についても、特別の理由が無い場合はその他の情報と同じく、虚偽はないものとしました。
 「テロップ」は映像に直接重ねて表示される文字情報を指し、データ放送で台詞などを表示する同時字幕とは区別しています。
 日付が明示されない場面は、ほかの場面の情報、一次的資料・文献などを総合して、日付を推定しました。
 日付を定めるために用いた情報のうち、特に注意すべき点がある場合は、注を入れ、各週ごとにまとめました。
 作品内で明示される日付と、他場面からの推定との間に明らかな齟齬が生じる場合は、各週の末尾の注で説明しました。
 日時が絞り込めない場合は「日付不明」として、可能性のある日付もしくは期間を付記しました。
 曜日は特に重要と思われる場面に限り、日付の後に記しました。
 公式ガイドブックや公式サイトの情報は参考に留め、放送された内容を主として判断しました。
 日付と曜日の対応などカレンダーの情報は、主に「こよみのページ」(http://koyomi.vis.ne.jp/)を参照しました
 その他、日付の推定に参考とした資料・文献等は、文末にまとめました。
 各回の順番と、それらの内容が前後する場合は、その都度、注により補足しました。

・「ひよっこ」の日次 第1週~第9週(2017年4月3日放送分~2017年6月3日放送分)

第1週「お父ちゃんが帰ってくる!」

  • 第1回
    • 昭和39年(1964年)9月4日[1]、みね子たち谷田部家一同は父の帰りを待ちわびる。みね子、時子、三男は高校生活最後の年を過ごす。
  • 第2回
    • 昭和39年(1964年)9月上旬(日付不明[2]。4日から12日までのいずれか)、時子の就職先が決まる。
    • 同日夜、みね子、美代子が電話で実と話す。
  • 第3回
    • 昭和39年(1964年)9月上旬(日付不明[2]。4日から12日までのいずれか)、宗男が谷田部家を訪れる。
    • 12日[4]朝、実が奥茨城村に帰省の日。谷田部家一同が実の帰りを待つ。実が赤坂のすずふり亭を訪れる。
  • 第4回
    • 昭和39年(1964年)9月12日[4]、実がすずふり亭で食事をする。
    • 同日夕方、実が奥茨城村に帰ってくる。
  • 第5回
    • 昭和39年(1964年)9月12日、谷田部家は家族揃って夕食を食べる。
    • 同日夜、みね子は茂、実、美代子の話しに加わり、谷田部家の経済状況を知る。
    • 13日朝、谷田部家の田の稲刈りを始める。
  • 第6回
    • 昭和39年(1964年)9月13日、谷田部家は助川家、三男、宗男の手を借りて稲刈りをする。

[1]第1回で、実が立ち寄った靴店に「オリンピックまであと36日」の貼り紙がある。
[2]第3回で、実が子供たちへの土産を買うために立ち寄った赤坂の靴店に「オリンピックまであと28日」の貼り紙があるため、9月4日(第1回)から12日(第3回後半)の間となる。
[3]注2参照。
[4]ハヤシライスの注文伝票に「9/12」と記されている。開店直後なので正午前か。

第2週「泣くのはいやだ、笑っちゃおう」

  • 第7回
    • 昭和39年(1964年)9月14日午前[1][2]、実が東京に戻る。谷田部家一同は名残を惜しむ。
    • 同日夕方、実がすずふり亭を訪れ、鈴子らにお礼の品を渡す。
    • 同日夜、実が宿舎に戻る。
  • 第8回
    • 昭和39年(1964年)9月21日午後[3]、三男、みね子、時子が奥茨城村で聖火リレーをする計画を立てる。
    • 同日夕方、みね子たち三人は茂に聖火リレーの相談をする。
    • 22日以降(日付不明)、みね子たち三人は聖火リレーの準備をする。みね子らが実に宛てた郵便物が谷田部家に返送される。
  • 第9回
    • 昭和39年(1964年)9月下旬(日付不明。22日以降[4])、みね子たち三人は、聖火リレーのための取材と調査を続ける。
    • 翌日(日付不明。23日以降)午前、美代子は実を安否を確かめるために、東京に電話をする。
  • 第10回
    • 昭和39年(1964年)9月下旬(日付不明。第9回終了時点と同日。23日以降)午後、茂、美代子、宗男は実のことを話し合う。美代子は実の安否を確かめに東京に行くことを決める。
    • 翌日(日付不明。9月24日以降)早朝、美代子が東京に向かう[5]。
    • 同日朝、みね子が美代子の嘘に気づく。
    • 同日昼、美代子が上野駅に着く[6]。
  • 第11回
    • 昭和39年(1964年)9月下旬(日付不明。第10回後半と同日。24日以降)、みね子、三男、時子は教室で聖火リレーの相談をする。
    • 同日昼、美代子が実の住んでいた宿舎に行く。
    • 同日夕方、美代子が赤坂警察署に行く。
    • 同日夕方、美代子が赤坂警察署に実の捜索願を出す。
  • 第12回
    • 昭和39年(1964年)9月下旬(日付不明。第11回終了時点と同日。24日以降)、赤坂警察署で美代子は綿引と出会う。
    • 同日夜、美代子はすずふり亭を訪れ、鈴子と省吾に会い、実のことを話す。
    • 同日深夜から翌日未明[7]、上野駅で美代子は、鈴子と省吾が持ってきた夜食を食べながら話をする。
    • 翌日(25日以降)午後、みね子が学校から帰ると美代子は畑仕事をしている。

[1]「お昼前の汽車で東京に戻ってしまいます」の語りが入る。
[2]実が東京に戻る日と同じ日に三男が授業中読んでいる新聞が「昭和39年9月17日」付けとなっており不審。
[3]三男たちが聖火リレーの相談をする教室の黒板に「二一(月)」と記されている。
[4]第8回および注3から22日以降と考えられる。第10回で美代子が「実さんがずっと泊まっているとこの人の話だと、稲刈りが終わって東京さ戻ってきて、3日目に仕事が終わっても帰ってこなくて…。連絡もないんだそうで」と話す。また、第11回で実が最後に工事現場に行った日が「昭和39年9月19日」と帳簿に記録されている。したがって9月20日以降に実は行方不明になっていると考えられるが、第10回と第11回との間に齟齬があり、やや不審。宿舎に戻らなかった日と最後に出勤した日に開きがあるか。第3週注2参照。
[5]美代子が6時39分発の上りの列車に乗ることを次郎に話す。
[6]美代子が出口を探す場面で、正午ごろの発車時刻表が映る。
[7]鈴子が「(美代子は)始発まで駅にいるんじゃないかって」と話す。美代子が奥茨城にいなかったのは一晩ということが第10回のみね子と美代子、また、みね子とちよ子、進との会話から分かる。

第3週「明日に向かって走れ!」

  • 第13回
    • 昭和39年(1964年)9月下旬(日付不明。第12回終了時点と同日。9月25日以降[1])午後、みね子は美代子から実が行方不明になっていることを聞く。
    • 翌日(日付不明。26日以降)朝、登校中のバス車内で、みね子は、時子と三男に実が行方不明になっていることを話す。
    • 同日、みね子、時子、三男は聖火リレーの計画を進める。
  • 第14回
    • 昭和39年(1964年)9月下旬(日付不明。27日以降の日曜日[2])、奥茨城村青年団の会合が行われる。みね子、時子、三男は団員たちを説得して、聖火リレー大会の開催が決まる。
  • 第15回
    • 昭和39年(1964年)9月下旬(日付不明。27日以降)から10月初め(3日以前)、奥茨城村の人たちは聖火リレー大会の準備を進める。
    • 10月3日土曜日、聖火リレー大会の準備の仕上げをする。
    • 4日日曜日、奥茨城村聖火リレー大会が開催される。
  • 第16回
    • 昭和39年(1964年)10月上旬(日付不明。5日から9日の間)、谷田部家、助川家、角谷家一同が集まり、テレビで奥茨城村聖火リレー大会のニュース映像を観る。
    • 10日、谷田部家一同は東京オリンピック開会式をテレビで観る。
  • 第17回
    • 昭和39年(1964年)11月5日木曜日[3]、みね子、時子、三男はそれぞれ悩み事を話す。
    • 11月上旬、綿引は実を探し続ける。
    • 11月上旬(5日以降)[4]、美代子は綿引から実の手がかりがつかめない旨が記された手紙を受け取る。
    • 同日夕方、ちよ子が家出をする。
  • 第18回
    • 昭和39年(1964年)11月上旬(日付不明。第17回終了時点と同日。5日以降)、夜、次郎がちよ子を谷田部家へ連れ帰る。
    • 同日夜、みね子は、正月に実が帰ってこなかったら東京に行くと、美代子と茂に告げる。
    • 12月下旬、みね子は実の帰りを願いつつ年末年始の支度をする。

[1]第8回から第12回参照。
[2]三男が奥茨城村青年団の会合が「次の日曜日」に行われると話す。昭和39年(1964年)9月は27日が最終日曜日(第4日曜日)のため、第2週から第3週前半は以下の日次となるか。
 9月14日(月曜日)…実が東京に戻る。
 9月16日(水曜日)…実が宿舎に帰らなくなる。(実が奥茨城から東京の宿舎に戻って3日目)
 9月19日(土曜日)…実が工事現場に姿を見せた最後の日。明示されているため確定。
 9月21日(月曜日)…みね子たちが聖火リレーの計画を立てる。明示されているため確定。
 9月22日(火曜日)…みね子たちが聖火リレーの調査・検討を進める。美代子が東京に電話をする。
 9月23日(水曜日)…茂、美代子、宗男が話し合いをする。
 9月24日(木曜日)…美代子が東京に行く。
 9月25日(金曜日)…美代子が奥茨城に戻る。みね子が実の行方不明を知る。
 9月26日(土曜日)…みね子は時子と三男に、実が行方不明になっていることを話す。
 9月27日(日曜日)…奥茨城村青年団の会合が行われる。10月4日以前の9月の日曜日は6日、13日、20日、27日のため。ただし、土曜日に翌日のことを「次の日曜日」(第13回での三男の台詞)と言い表すのは不自然さがあるため、やや不審。しかし、この日程でなければ10月4日(日曜日)の奥茨城村聖火リレー大会が行えない
[3]みね子たち三人が話をしている教室の黒板に記されている。
[4]美代子が受け取った綿引からの手紙に「赤坂 39.11.2 8-12」の消印が押されている。また、手紙文の末尾に「一九六四年十一月一日」と記されている。

第4週「旅立ちのとき」

  • 第19回
    • 昭和39年(1964年)12月23日、谷田部家一同は年始を迎える準備を進める。
    • 24日、餅つきをする。
    • 12月下旬(24日以降31日以前)、君子が美代子にお歳暮を持ってくる。
    • 31日夜、みね子、ちよ子、進はバス停で実の帰りを待つ。
    • 昭和40年(1965年)1月1日、谷田部家一同は新年を祝う。みね子は卒業後東京に行く決心を固めたことを家族に告げる。
  • 第20回
    • 昭和40年(1965年)1月初め(日付不明。三が日か)、宗男が谷田部家に新年のあいさつに来る。宗男がみね子にビートルズについて熱く語る。
    • 7日朝、三学期が始まる。みね子は時子と三男に、卒業後東京で就職する意思を告げる。
    • 同日夕方、みね子は担任の田神に就職の相談をする。田神は採用枠の空きを尋ねるために、向島電機の永井愛子に電話をする。
  • 第21回
    • 昭和40年(1965年)1月7日夜、田神は愛子から急遽採用枠が空いたという電話を受ける。
    • 同日夜、田神はみね子の就職先が見つかったことを知らせるために、谷田部家に駆け付ける。
    • 同日夜、みね子は向島電機に就職できることを知らせるために、時子に会いに行く。
    • 8日朝、みね子、時子、三男は共に東京で就職できることを喜ぶ。
  • 第22回
    • 昭和40年(1965年)3月15日、みね子、時子、三男が常陸高校を卒業する。卒業式の間、三人の母たちは谷田部家に集まり、子供のことを語り合う。
  • 第23回
    • 昭和40年(1965年)4月4日夜[1]、みね子はちよ子、進と名残を惜しむ。
    • 同日夜、みね子は美代子からすずふり亭のマッチとコートを贈られる。
    • 同日夜、みね子は母の横で眠りにつく。
    • 5日朝、みね子は茂から激励と餞別を受ける。みね子、時子、三男は家族の慈しみを感じつつ朝食を食べる。
    • 同日朝、三人はバス停で家族に別れを告げ、東京へ向かう。
  • 第24回
    • 昭和40年(1965年)4月5日、みね子、時子、三男は田神に引率され、集団就職列車に乗る。みね子たちは列車内で澄子に出会う。
    • 同日午後[2]、上野駅に到着する。
    • 同日午後、三男は安部米店の店主・善三に、みね子、時子、澄子は向島電機乙女寮舎監の愛子に迎えられる。「金の卵」たちは初めて東京の地を踏みそれぞれの職場に向かう。

[1]第23回冒頭に「みね子が奥茨城で過ごす最後の夜です」の語りが入る。また、第25回の冒頭、上野駅に着いたときの回想場面に「1965/昭和40年4月5日」のテロップが入る。
[2]上野駅の中央改札前に「15.54」以降の発車時刻案内が掲示されている。

第5週「乙女たち、ご安全に!」[1]

  • 第25回
    • 昭和40年(1965年)4月5日(第24回終了時点と同日)、奥茨城三人組が上京する。
    • 同日午後、みね子、時子、澄子は上野駅で同じく新入社員の豊子と出会う。
    • 同日夕方、向島電機新入社員の四人は愛子に連れられ乙女寮に入る。みね子たちは乙女寮の乙女たちや和夫に歓迎される。
    • 同日(月曜日)夕方、みね子たちは乙女寮の食堂でカレーライスを食べる[2]。
  • 第26回
    • 昭和40年(1965年)4月5日夜、みね子、時子、澄子、豊子は、先輩社員の幸子、優子と同室になり、こすもす部屋での6人の暮らしが始まる。
    • 6日朝、みね子たち新人四人は初出勤を前に慣れない手つきで準備をする。
  • 第27回
    • 昭和40年(1965年)4月6日[3]、みね子たち新人四人は幸子に説明を受けたのち、ベルトコンベヤーの前で仕事を始める。
  • 第28回
    • 昭和40年(1965年)4月第2週(6日から8日の間)、みね子と澄子は仕事で失敗を続ける。ライン長・松下は気をもみ、愛子は明るく励ます。
    • 9日[4]夜、こすもす部屋でみね子は時子、幸子、優子に励まされる。
  • 第29回
    • 昭和40年(1965年)4月9日夜、こすもす部屋でもめ事が起こるが、それをきっかけにして6人の仲が深まる。
    • 10日、みね子と澄子が初めて失敗せずに仕事を終える。
  • 第30回
    • 昭和40年(1965年)4月11日[5]日曜日、三男は安部米店で仕事に励む[6]。
    • 同日午前、こすもす部屋の新人四人は上京後初めての休日に心躍らせる。みね子はこすもす部屋の仲間と愛子に実のことを話す。
    • 同日午前、綿引正義が乙女寮を訪れる。

[1]第5週から第9週までの日次および注では、みね子、時子、三男は「奥茨城三人組」、みね子、時子ら乙女寮で同室の6人は「こすもす部屋の6人」、向島電機向島工場の工員は「乙女たち」とする。
[2]第25回で、優子が「カレーライスだば、毎週月曜日だ」と新入社員四人に説明する。よって、以降、特に言及が無い限り、乙女寮でカレーライスを食べるときは月曜日と判断する。
[3]みね子のタイムカードに打刻されている。
[4]第30回前半に「今日はみね子たちにとって初めてのお休みの日」「このころの工場は休みは日曜日だけ。週休1日制でした」の語り、第29回最後に「明日は初めてのお休みです」のみね子の台詞が入る。したがって、第28回の後半および第29回の前半が4月9日金曜日と分かる。以降、こすもす部屋の6人が昼に外出しているときは、特に言及の無い限り、日曜日もしくは祝日と判断する。
[5]注3参照。
[6]第41回で、善三が「日曜は、おめえ、定休日じゃねえだろうが」と三男に話す。

第6週「響け若人のうた」

  • 第31回
    • 昭和40年(1965年)4月11日日曜日(第30回終了時点と同日)、みね子が綿引と喫茶店に行く。
    • 同日、みね子と綿引は実が居た宿舎に行く。
    • 同日夕方、思い思いの休日を過ごしたこすもす部屋の6人と愛子は、乙女寮の中庭に集まる。
  • 第32回
    • 昭和40年(1965年)4月11日夕方、こすもす部屋の6人は銭湯に行き、その帰りに駄菓子屋に立ち寄り、日中の出来事をそれぞれ話す。
    • 12日、みね子たち新人四人の上京から1週間が経つ。みね子、澄子も仕事に慣れる。
    • 4月第3週(日付不明。13日以降[1])、奥茨城三人組から家族にはがきが届く。この頃[2]、三男は自分が安部米店に雇われた事情を知る。
    • 12日夕方[3]、綿引が実の手がかりを得る。
  • 第33回
    • 昭和40年(1965年)4月12日月曜日夜、みね子たち新人四人は「向島電機コーラス部」に初めて参加する[4]。
    • 同日夜、みね子たち新人四人が初めて雄大と会う。
    • 同日夜、綿引が乙女寮を訪れる。
  • 第34回
    • 昭和40年(1965年)4月12日夜。みね子は綿引から実の手がかりを聞く。
    • 同日夜、時子、みね子が助川家に電話をかける。
    • 同日夜、綿引と雄大が屋台でラーメンを食べる。
    • 同日夜、みね子、時子からの電話のあと、君子は谷田部家を訪れ、実のことを伝える。
    • 4月19日昼[5]、休み時間に、こすもす部屋の6人と愛子が中庭で昼食を食べつつ話をする。
  • 第35回
    • 昭和40年(1965年)4月19日(第34回終了時点と同日)、向島電機コーラス部の日[6]。
    • 4月後半[7]、こすもす部屋の新人四人が初めての給料日を迎える。
    • 同日夕方[8]、郵便局で仕送りをする。
    • 4月後半(日付不明。給料日の翌日以降の昼[9])、乙女寮に訪問販売が来る。
    • 4月末から5月初旬夕方[10](日付不明)、みね子に美代子からブラウスが届く。
  • 第36回
    • 昭和40年(1965年)4月末から5月初旬[11](日付不明)昼、みね子が赤坂のすずふり亭を初めて訪れる。

[1]進宛てのはがきに「本所 45.4.12 12-18」、君子と角谷家宛てのはがきに「(局名不明)40.4.12 12-18」の消印が押されている。
[2]善三が読む新聞1面に「米中間選挙 民主党が圧勝 両院とも絶対多数 ア政権さらに微妙」とあり不審。アメリカ合衆国中間選挙は大統領選の無い西暦偶数年の11月に行われる。
[3]第32回終了時点と、第33回で走って乙女寮に向かい乙女寮に飛び込んだときとは、綿引は同じ服装をしている。
[4]第26回で「(コーラスを)毎週月曜日の夜にみんなで練習すんの」と幸子が話す。
[5]「1週間後」のテロップが入るため、4月19日月曜日か。
[6]コーラスに合わせて、乙女たちの暮らしぶりが映し出される。
[7]給料日は26日か。第8週注8、第9週注2参照。
[8]昭和40年当時、特定郵便局・無集配局の営業時間は平日17時まで。
[9]乙女たちが制服を着ているため、平日昼休みか。影が長くないため、終業後の夕方ではないと考えられる。
[10]。第8週注8にしたがい給料日を19日とした場合は4月26日から5月1日の間、第9週注2にしたがい給料日を26日とした場合は2日か。
[10](訪問販売から)「1週間後」のテロップが入る。給料日を4月26日とした場合、その1週間後は5月3日であり、祝日(憲法記念日)のため終業後とするのは合わない。
[11]給料日以降のみね子の休日は、4月29日(天皇誕生日)、5月2日(日曜日)、3日(憲法記念日)、5日(こどもの日)となるか。給料日が4月19日だった場合、4月25日(日曜日)も加わる。

第7週「椰子の実たちの夢」

  • 第37回
    • 昭和40年(1965年)5月上旬[1](日付不明。第36回終了時点以降)、みね子が綿引と共に実を探す。
    • 5月上旬月曜日(日付不明。10日か[1][2])、向島電機コーラス部の日。
    • 5月上旬(前の場面と同日か[1])夜、こすもす部屋で澄子がばあちゃんの話をする。
  • 第38回
    • 昭和40年(1965年)5月中旬(日付不明。11日か[2])、澄子が仕事で大失敗をする。
    • 同日夕方、終業後、澄子がいなくなったため、こすもす部屋の5人が上野駅で探す。
    • 同日夜、向島中央病院に澄子が救急車で運ばれる。[2]
  • 第39回
    • 昭和40年(1965年)5月15日[3]土曜日夕方、時子は川辺で一人で演技の練習をする。
    • 同日夜、時子は、こすもす部屋の5人、愛子とともに、オーディションの模擬練習をする。
    • 16日日曜日[4]、時子はドラマオーディション当日を迎える。時子はみね子と共に乙女寮からNHK放送会館に向かう。
  • 第40回
    • 昭和40年(1965年)5月16日日曜日、時子がNHK放送会館でドラマのオーディションを受ける[4]。
    • 同日夕方、時子はこすもす部屋でオーディションの顛末を話す。
    • 翌日(17日)以降、時子はオーディション失敗を引きずる。
    • 5月第4週[5](日付不明)、三男にみね子から手紙が届く。
  • 第41回
    • 昭和40年(1965年)5月第4週(日付不明。第40回終了時点以降)、三男が善三に次の日曜日に休みをくれるよう頼む。
    • 5月23日か30日[6]、奥茨城三人組は日比谷中央公園で会い、銀ブラなどをして、時子を励ます。
  • 第42回
    • 昭和40年(1965年)4月半ばから5月(日付不明)、奥茨城で美代子、君子、きよが女子会をする。
    • 同年7月上旬(日付不明)夕方、乙女たちは猛暑の中、仕事に励む。

[1]冒頭に「1965/昭和40年5月」のテロップが入る。第36回終了時点以降で該当する5月上旬の休日は、2日、3日、5日、9日となる。
[2]前日夜に、澄子はばあちゃんを恋しく思い、睡眠不足になっている。この日は向島電機コーラス部の活動があったため月曜日である。しかし、翌日病院に運ばれた澄子はカレーライスを食べられなかったことを悔やんでいる。コーラス部の活動の日とカレーライスの日とが別の曜日として描かれているため、齟齬が生じ、曜日不審となる。第37回で澄子がばあちゃんの話をして寝付けなかった日と第38回の病院に運ばれた日とが連続した日でなければ(どちらも月曜日だが週が異なっているなど)、食い違うことなく成立はするが、5月21日のNHK総合で放送された『ひよっこ 一週間』(ダイジェスト版)では、寝不足の日の「翌日」に澄子が失敗を続けたとナレーションが入っており、設定に反する。また、上野駅の忘れ物を知らせる黒板には5月5日までの分が書かれているため5日以降であり、病院の帰り道にラーメンを食べたことについて、第39回で愛子が「こないだ、ラーメンおごってあげたのに」と話すため14日以前(時子のドラマオーディションの前々日以前)であるため、第38話の内容は、5日から14日までの最長10日間のうち、いずれかの日を描いたもの(回想部分を除く)と絞り込むことができる。
[3]「オーディション前夜」のテロップが出た時と時子は同じ服装をしているため同日である。
[4]第32回で時子が持っていた申込用紙に日時などが記されている。
[5]君子に届いた手紙(東京からのものではない)に「40.5.22」の消印が押されている。三男が手紙を受け取る場面を同時期とする場合、5月第4週が適当である。
[6]5月の第4週以降の日曜日は23日と30日。

第8週「夏の思い出はメロン色」

  • 第43回
    • 昭和40年(1965年)7月下旬[1](日付不明)、乙女たちは仕事に励む。
    • 7月下旬(日付不明)[2]、乙女たちがそれぞれ東京での生活を謳歌する。
    • 8月第1週[3](日付不明)夕方、こすもす部屋の6人が海水浴の計画を立てる。
  • 第44回
    • 昭和40年(1965年)8月8日日曜日[4]、こすもす部屋の6人が水着を買いに行く。
    • 9日夕方、向島電機コーラス部の日。
    • 同日夜、雄大が綿引を海水浴に誘う。
    • 12日[5]、みね子はちよ子と進から送られてきた水彩画を見て、海水浴を楽しもうと思う。
  • 第45回
    • 昭和40年(1965年)8月13日夜[6]、こすもす部屋の6人は海水浴を楽しみにする。
    • 14日朝、大雨が降り、海水浴を取りやめる。
    • 同日午前、こすもす部屋の6人と綿引、雄大は映画『ウエストサイド物語』を観に行く。
    • 同日昼、乙女寮に戻った8人は、食堂でお弁当を食べながら映画を思い返す。
    • 同日夕方、雨が上がったため、急遽、8人は海岸に遊びに行く。
  • 第46回
    • 昭和40年(1965年)8月半ば、三男はお盆休みに奥茨城に帰省する。
    • 同年11月18日[7]夜、こすもす部屋の6人は給料日を楽しみにする。
    • 19日金曜日[7]、給料日に松下が向島電機の業績悪化とそれに伴う給料の減額を乙女たちに告げる。
  • 第47回
    • 昭和40年(1965年)11月19日金曜日[8]、給料が減額となり乙女たちは気が沈む。
    • 21日日曜日[9]昼、みね子がすずふり亭に食事に行く。
    • 28日日曜日[10]昼、みね子が喫茶店で綿引と会う。
  • 第48回
    • 昭和40年(1965年)11月28日日曜日[10]昼(第47回終了時点と同じ)、みね子が喫茶店で綿引と会う。
    • 同日夜[11]、綿引と雄大がラーメン屋台で会う。
    • 29日月曜日、向島電機コーラス部の日。
    • 30日火曜日[12]、綿引が茨城に帰郷する。
    • 12月5日[13]昼、みね子が一人で喫茶店に行く。

[1]前半の作業の場面は16日か18日か。始業時に松下が「皆さんもご存じかもしれませんが、昨夜も巨人が勝ちました。絶好調ですね。(中略)いいですか? 巨人が強い。そうすると後楽園球場は連日満席になります(攻略)」と話している。この発言から、巨人が後楽園球場で連勝した翌朝とするのが適当と考えられる。1965年7月中旬から下旬にかけて後楽園球場では巨人は15日(対サンケイスワローズ)、16日(対サンケイスワローズ、18日(対中日ドラゴンズ)に3連勝している(『プロ野球70年史 記録編』)。14日は対サンケイスワローズで負けているので、松下の「昨夜も」の勝利を15日のこととするのはやや難しい。したがって、前述の松下の「風が吹けば桶屋が儲かる」風の朝の挨拶は、16日か18日のいずれかの日に行われたと絞り込める。
[2]昭和40年の夏土用入は7月20日のため「暑中お見舞い」はそれ以降。
[3]「1965/昭和40年8月」のテロップが入る。第44回でみね子が海水浴に行くことを書いてちよ子と進に送った手紙に「本所 40.8.5 12-18」の消印が押されているため、1日から4日の間のいずれかの日。
[4]第43回で、幸子が「(水着を)じゃ、日曜日、買いに行ぐか」と言う。
[5]その日の工場での作業中、松下が「明日から盆休み」と言う。
[6]第44回で綿引が自分のお盆休みを「14日」と言う。
[7]第49回に合わせると給料日は11月26日となる。注8参照。
[8]こすもす部屋の6人が仕送りのために行った郵便局から帰る途中、焼き芋屋のおじさんのラジオから、昭和40年大相撲九州場所(11月場所)13日目、大鵬の取り組みの中継が流れる。この場所の日程は11月7日から11月22日の15日間であるため、13日目は19日金曜日である(『毎日新聞(東京版)』昭和40年(1965年)11月7日、同11月20日)。したがって、第49回のテロップ「(11月28日の)2日前」)と齟齬が生じる。
[9]第49回に合わせると、みね子がすずふり亭を訪れるのは、11月26日の給料日後の日曜日、28日となる。
[10]第47回ですずふり亭を訪れた時と、第48回(第47回終了時点)喫茶店で綿引に会った時とは、みね子の服装が異なるため、別の日と考えられる。注13参照。
[11]綿引の服装が喫茶店でみね子と会った時と同じ。
[12]綿引が喫茶店でみね子と会った時に「あさってには帰る」と言う。注13参照。
[13]綿引の帰郷後の最初の日曜日は12月5日である。ただし、注8に記したように、第49回以降にテロップで示される日付に従えば、第48回はすべて1週分後にずれることとなる。また、給料日が11月19日、26日いずれであっても、綿引の帰郷後にみね子が一人で喫茶店を訪れるのは、向島電機倒産が乙女たちに知らされた後の日曜日である。

第9週「小さな星の、小さな光」

  • 第49回
    • 昭和40年(1965年)11月28日日曜日[1][2]昼、愛子と和夫がいつものように乙女寮の仕事をする。
    • 同日夜、こすもす部屋の6人は思い思いの時間を過ごす。
    • 11月29日月曜日[3]、乙女たちは普段通りに出勤し、黙々と働く。
    • 同日夕方、松下から愛子と乙女たちに向島電機の倒産が知らされる。
    • 同日夕方、乙女寮で愛子が乙女たちを励ます。
  • 第50回
    • 昭和40年(1965年)12月11日土曜日、乙女たちは残りの材料でトランジスタラジオを作りつつ、次の暮らしに向けてそれぞれ動き始めている。
    • 12日日曜日、みね子と澄子がせっけん工場に採用される。
    • 同日夜、優子が向島電機を辞めた後の身の振り方を、こすもす部屋の仲間に告げる。
  • 第51回
    • 昭和40年(1965年)12月15日水曜日夜、こすもす部屋の6人が浅草の街で夜遊びをする。
    • 16日から18日(日付不明)昼、優子が雄大に会いに行く。
    • 19日日曜日、優子の母が乙女寮に優子を迎えに来る。
    • 同日[4]午後、乙女寮でコーラスをする最後の日。
  • 第52回
    • 昭和40年(1965年)12月19日午後(第51回後半のコーラスの後)、雄大が幸子にプロポーズをする。
    • 同日夕方、優子が母と共に帰郷する。
    • 20日月曜日、乙女たち、松下、愛子は、向島工場での最後の仕事に励む。
    • 同日夕方、終業後、乙女たちは松下から記念の品を受け取る。
    • 同日夕方、豊子が一人作業室に立てこもる。
  • 第53回
    • 昭和40年(1965年)12月20日夕方、豊子が作業室に立てこもるが、間もなく自ら鍵を開ける。
    • 同日夕方、向島工場の設備が業者の男たちによって運び出される。
    • 同日夜、向島工場の乙女たちは乙女寮の食堂で和夫の作ったカレーライスを食べる。
  • 第54回
    • 昭和40年(1965年)12月22日水曜日[5]昼、みね子と時子は喫茶店で三男と会い、向島電機の倒産と、新しい仕事が決まったことを話す。
    • 同日昼、幸子、豊子、澄子はこすもす部屋の整理をする。和夫が乙女寮を去る。
    • 27日[6]昼、幸子、豊子、時子は別れを惜しみつつ乙女寮を去る。
    • 同日夜、乙女寮に残ったみね子、澄子、愛子は三人で夕食を食べる。

[1]冒頭に「1965/昭和40年11月28日」のテロップが入る。また、愛子は同日について日誌に「十一月二十八日(日)(中略)給料の減額がひびいているのだろう」と記している。
[2]回想場面に「2日前」のテロップが表示され、第48回後半部分(松下が乙女たちに給料の減額を告げる場面)が流れる。したがって、第46回および第47回の内容から推定されるとは齟齬が生じるが、第49回以降は11月26日を給料日として日次を定めることとする。第8週注8参照。
[3]出勤時、みね子のタイムカードに「29 7 42」と打刻される。
[4]特別に日曜日に行われた。
[5]三男とさおりが昼間に外出しているので、安部米店は水曜日が定休日か。
[6]第55回の冒頭(第53回の最後と同じ。三人だけの夕食の場面)で「1965/昭和40年12月27日」のテロップが入る。それぞれの別れの場面で、みね子たちの服装が変わらないため、同じ日に三人が順次乙女寮を去ったと考えられる。

・日次から見える『ひよっこ』の姿勢
 時間経過がどのようになっているのかに注目すると、『ひよっこ』がそれに、とても気を配っていることが見えてきます。作品内では「1965/昭和40年4月5日」のように随時テロップを付して、その場面の日付を明示しています。日次をまとめる気になったのはそのテロップがやけに「引っ掛かったから」というためでもあります。「ここまで日にちを絞り込む必要があるのかな」という思いです。そこで、録画したものを見直していくと、パズルのピースがはまるように、各回が何年何月何日なのかが、ほぼ分かってきました。「日付不明」としたところも少なくないのですが、それも数日の範囲内です。
 日付が明示されなくても、手がかりが散りばめらています。例えば、実がお土産を買うために立ち寄る靴屋さんの「オリンピックまであと36日」の貼り紙だったり、みね子のタイムカードだったり、ラジオから流れてくる大鵬の取り組みだったり。このように「気づけば分かる」という示し方も合わせると、みね子たちが時間軸の上で、いまどこにいるのかを「いつでも」知ることができるようになっています。
 『ひよっこ』の時間の流れはとてもゆっくりです。そして、ゆっくりが際立つように、ほとんどの回はその終わりで区切りが付いています。「次回に引っ張る」ということが極めて少ないのです(意味ありげに引っ張ったのは、東京の街中で実らしき人が振り向くときと、せっけん工場社長の原田が夜に乙女寮を訪れるときくらいでしょうか)。そのような作りになっていることで、観ている自分が作品に入り込みやすくなっているように思われます。描かれている人々のすぐそばで、共に暮らしているような感覚になってきます。
 時間が大切に、丁寧に表されることで、描かれる人々もまた大切に、丁寧に、そして等しい重みを持って描かれていきます。第53回で乙女たちがカレーライスを食べる場面の、

お父さんへの心の手紙では、どうしても私の近くにいる人の話になってしまうけど、ここには大勢の乙女たちがいました。みんなそれぞれに、私とおんなじように物語があります。何だかそれってすごいなぁと思います。そんな物語が、ものすっごくたくさんあるのが、東京なのかなって思いました。
 というみね子のことばは、時間のかけがえのなさと一人一人の重みを見つめるという、この作品のあり方の宣言であるように思えます。
 ただ、注に書きましたが、日付を厳密に描こうとしたがために、食い違いが生まれてしまっているところが二つ三つあります。それを含めて、日次から分かることをもう少し詳しく書ければと思います。長くなりましたので、改めて。

・『ひよっこ』を初めからご覧になりたい方は……
 録画したものをお持ちでない場合は、こちらをご利用ください。
 『連続テレビ小説 5分でひよっこ』
 一週間分の内容を5分にまとめたダイジェスト版。番組公式サイト(http://www.nhk.or.jp/hiyokko/story/)と、NHK・どーがレージ(http://www.nhk.or.jp/d-garage/program/?program=90041)で公開中です。
 「NHKオンデマンド」
 第1回から全編配信中です。(http://www.nhk-ondemand.jp/program/P201600146800000/)
 8月末以降に、DVD/ブルーレイがNHKエンタープライズから発売される予定です。(https://www.nhk-ep.com/)


・参考文献・資料等
 「連続テレビ小説「ひよっこ」」(公式サイト) http://www.nhk.or.jp/hiyokko/ 2017年6月11日閲覧
 「こよみのページ」 http://koyomi.vis.ne.jp/ 2017年6月11日閲覧
 『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説 ひよっこ Part1』 石川夏子・遠山由美子・砂原謙亮・徳田夏子・一井久司 編 NHK出版 2017年4月30日
 『プロ野球70年史 記録編』 ベースボール・マガジン社 編・発行 2004年12月25日
 「毎日新聞 〔東京版〕(縮刷版) 昭和40年11月号』 毎日新聞社 1965年
 『国技 大相撲の一〇〇傑』 株式会社ア企 編 講談社 1980年5月10日
 『今日の郵政 昭和四二年版』 郵政大臣官房秘書課広報室 編 郵政省 1967年3月24日

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