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2011.12.29

月の兎は跳びはねない

 今は昔のお話しですよ。天竺に兎、狐、猿、三匹の獣がいました。この獣たちは、共に、心の底から仏の道を求めて、悟りを得るための修行、菩薩道ですね、その行いを始めました。
 はじめに、三匹が思ったのは、
「僕たちは、前世で罪深いことをしてしまったために、このような獣の身で生まれてきてしまった。罪というのは、命あるものに思いやりを持たなかったり、自分の持っているものとかお金を惜しんで人に与えなかったことだ。そんな罪を重くして、ついには地獄に落ちた。そして、そこで責め苦を長く受けたけど、罪の重さはそれで無くなりはしなかった。残りの報いは、この世で獣として生きることでつぐなわなければならない。でも、今はもう違う。菩薩の道を進むことにしたのだから、この身を全て投げ打とうじゃないかないか」
 そう決めると、三匹は、年がずっと上のものを親のように手厚く振る舞い、少しでも上だったら兄のように敬う。少し下のものでも、弟のように優しく接して、どんなことでも、自分たちのことは後回しにして、他のものたちのことを先に思って、そのものたちのために働くようにしたのです。
 その姿を、帝釈天がご覧になり、
「あのものたちは、獣の身を受けてしまったが、なかなかない美しい心を持つようになった。しかし、どうであろうか。人であっても、ある者は生き物をつぶし、ある者は盗みを働き、ある者は両親であっても殺し、ある者は兄弟を仇のように憎み、ある者は笑顔の裏に悪い心を隠し、ある者は恋しく想いながらも奥底には怒りを潜めている。まして、獣であるのだから、菩薩の道を行っているように見えても、真の心はどうか分からない。あのものたちを、試してみることにしよう」
 とお思いになられました。そこで、帝釈天はおじいさんに姿を変え、力弱く、疲れ果て、動くのもきつそうなさまです。
 弱々しい姿のおじいさんは、獣たちの前に現れ、言いました。
「私は見ての通り、年老いて、疲れ、もう、なにもできません。皆さん、どうか私の世話をしてくれませんか。私には子はなく、家も貧しい。一口の食べ物もありません。聞くところによると、あなたたちは、思いやりの心が深いというので、ようようやってきたのです」
 これを聞いた、三匹の獣たちは、
「私たちは真の心で菩薩の道を行っています。さあ、ご覧にいれましょう」
 すぐに、それぞれ、得意なことでおじいさんのお世話を始めました。
 猿はするすると木に登り、栗、柿、梨、なつめ、みかん、橘、こくわ、椿、桑、あけびなどを取ってきました。それから、里に駆け下りて、瓜、茄子、大豆、小豆、ささげ、粟、ひえ、きびなども取ってきました。それらを、おじいさんの好みを聞いて差し出しました。
 狐は、祠に行き、人がお供えした、餅、ごはん、鮑、鰹、その他たくさんの魚を持ってきて、これまた美味しく食べられるようにして、おじいさんの前に出しました。おじいさんは、猿と狐の持ってきた食べ物でおなかいっぱいになりました。
 猿と狐は、日ごと次々と、食べ物を持ってきて、おじいさんのお世話をしておりました。おじいさんは、
「猿さんと、狐さんは、本当に深い慈悲の心をお持ちです。あなた方は、もう、菩薩そのものですな」
 と、声を掛けました。
 これを聞いた兎は、このままではいられない、と心を奮い起こして、ともしびなどを持ち出し、夜昼問わず探せるように身支度を整え、飛び出していきました。兎は、耳を、ぴん、と立てて、体を丸めて力を入れて、目は見開き、前足をちょこまかと素早く動かし、お尻の穴は目一杯に開いて、東西南北駆け回りました。それでも、おじいさんのお世話の役に立ちそうなものは、何一つ見つけることはできませんでした。
 すると、猿と狐、果てはおじいさんまでが、兎に力が無いことを情けないと言い、もっと頑張るようにと少し馬鹿にしたように笑いながら励ましました。けれど、やはり兎は何もできませんでした。
 とうとう、菟は、
「僕は、猿さんや狐さんみたいに、おじいさんのお世話が出来るように、ためになりたい。野山を駆け回りたいけど、僕は弱いから、そんな危ないところに行くと、人に殺されたり、他の獣に食い殺されたりしてしまう。僕が望まない形で死んでしまうのはよくないことだ。それならば、僕自身の思いで、この身を投げ打って、おじいさんに食べられることで、この獣の身を離れ、生を全うしよう」
 と、思い詰めたのです。そして、そのままおじいさんの前に行き、
「おじいさん、おじいさん。僕はいいところを見つけました。そこには美味しいものがあります。ちょっとそこに行ってきます。持ってきたらすぐに食べられるように、木を集めて、火をおこして、待っていてください」
 そう言い残して、兎は出て行きました。兎の言ったとおりに、猿は木を集め、狐は火を焚きました。「そろそろ兎さんは戻ってくるだろうか」と皆が思っていると、兎は何も持たずに現れました。
 それを見て、猿と狐は、
「おまえさん、何を持ってきたと言うんだい。まあ、はじめからそんなことだろうとは思っていたんだ。今までなんにもできなかったんだから。嘘をついて僕たちに焚き火を起こさせて、おまえさんはそれでぬくぬくと暖まろう、っていう狙いだったんだろう。ああ、憎らしい」
 と、兎を責めました。しかし、兎は、ぽつり、と言いました。
「僕は、食べ物を持ってくる力はちっともありません。……だから、僕を焼いて食べてください!」
 瞬間、兎はぼうぼうと燃えさかる火に飛び込み、焼け死んでしまいました。
 その時、おじいさんは、元の帝釈天の御姿に戻られました。そして、火に飛び込んだ兎の御影をそのまま月に上げたのです。月の中に哀れみ深い兎の姿を映して、仏道を求める全ての者に見せるためです。
 月をご覧ください。ぼんやりと雲のようなものが掛かっているのは、その悲しい火から立ち上った煙です。月に住んでいるというのは、か弱く慈しみ深い兎です。皆が、月を見るたびに、あの兎のことを思い出せますように……。

――――――――――

 『今昔物語集』巻5・第13話「三つの獣菩薩道を行じ、菟身を焼ける語」の現代語訳です。
 今年、このブログに載せた『今昔物語集』現代語訳が、6月の、『今昔』の中でも下劣の極みにある説話だけでした。それでは、あんまりなので、去りゆくうさぎ年に、有名な説話を訳して、捧げることにしました。
 仏教には「捨身行」というものがあります。その言葉の通り、身を捨てて他に尽くす修行です。捨身行を題材にした説話は数多くありますが、いくらなんでも、普通の人がその通りできるはずはありません。「動物でもこうなのだから」「もともと立派なお坊さんでもさらにこのようなことをしたのだから」と、極端な例を出すことで、他者に対する思いやりを心を人々の中に喚起させる意味合いがあるのでしょう。
 だから、現代で、
「うさぎでも思い切ってやったのだから」
 と、鵜呑みにして他の人に無理強いしてはいけません。
 もう一つ、この説話の注目点は、月の陰影の起源説話である、ということだと思います。
 月の陰が何故生まれたのか、それの語りは、世界各地にあります。それこそ、世界中と言っても過ぎないほどです。手元の『世界神話事典』(角川書店・1994年)には、「月の陰影の由来」の項目があり、インド・ミャンマー・アフリカ・フランス・中国・日本・ブラジル・インドネシア・ポリネシア・ドイツ・北アメリカにおける月の陰影神話について解説されています。
 インド・ミャンマー・アフリカの神話・伝承では、月と兎が関係しているとあります。インドとミャンマーは、ひとつところから派生したのかもしれない、と思いますが、アフリカでも兎が出てくるというのは、不思議な縁です。
 他の地域の神話・伝承を見ると、それが月の特性と関連づけられていることが分かります。

 1.満ち欠けを繰り返す
  a.不死性 ― 新月(死)の後に復活を果たすことから、不死をテーマにした語りが生まれる。
  b.永遠性 ― 月が終わりのないものとされる。そこから、罰を受けた者が永遠に赦されることなく封じ込められる、など。
 2.生命のイメージ
  女性の生理と関連し、実りや繁栄の語りなされる。海の満ち引きから、水が呼び起こされる。水は生命の源である。

 大きく分けて、上の二つのパターンに分かれるようです。
 では、日本に伝わる、「月のうさぎの餅つき」はどうでしょう。もともと、この伝承は、中国伝来のもので、本来は兎ではなく、ガマガエルでした。不死の薬を盗んだ女が、その罰でガマガエルに姿を変えられてしまいます。しかし、逃げ込んだ先の月で、持っていた不死の薬の力により生き続けることになりました。
 日本にそれが伝わりましたが、いつの間にか、ガマガエルが兎に変わっています。これは、古くは薬は「搗いて」作るものでした。その「搗く」行為が日本では「餅」と関わりが深かったために変化したからと思われます(弥生時代から水稲栽培が盛んであったため)。
 また、ガマガエルは、冬眠することから、死と再生を繰り返す存在であり、月の満ち欠けとつながっています。さらに、柳田国男は、餅は心臓を象ったものである、としています。
 日本の「餅つきうさぎ」は、永久不変・死と再生・実り、豊饒・不死……、月の特徴が山盛りになった伝承です。


 参考文献
 『世界神話辞典』 大林太良・伊藤清司・吉田敦彦・松村一男編 角川書店 1994/01
 『岩波仏教辞典』 中村元・福永光司・田村芳朗・今野達編 岩波書店 1989/12

 『今昔物語集 一 (新日本古典文学大系33)』 今野達校注 岩波書店 1999/07/28 ISBN:4002400336
 現代語訳には、この本の原文・注釈を参考にしました。

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