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2010.06.07

年の功は国の幸

 今は昔のお話しです。天竺に七十歳を過ぎると国を追い出されて、よその国に捨てられてしまうというきまりのある国がありました。
 その国に一人の大臣がおりました。大臣には年を取った母親がいたのです。その大臣はたいへんな親思いで、一日中母のことを気に掛け、大切にしていました。その母親も七十歳になり、国のきまりに従って国の外に追い出さなければなりませんでした。しかし、大臣はどうしても母親を捨てることができなかったのです。
「朝、お母さんの顔を見て夕方会わないだけでも心配でならない。それなのに遠くの土地にお母さんを置き去りにして別れなければならないなんて、耐えられるわけがない」
 と思い、母親を捨てずに、自分の家の裏に穴を掘って部屋を作り、母親をそこに隠して住まわせることにしたのです。そのことは、世間の人はもちろん、家の人たちにも知らせずに内緒にしたのです。
 数年が経ち、その国にたいへんな出来事が起こりました。隣の国から、一通の手紙を持った使いがやってきたのです。その使いは同じような体つきの雌馬を二匹連れていました。
「この二匹の馬のどちらが親で、どちらが子か、印を付けて返事をもらいたい。もしそれができなければ、軍を上げて貴国を攻めて、七日で滅ぼしてしまおう」
 と告げてきたのです。国王は困り果てて大臣を呼び寄せておっしゃいました。
「どうしたものか見当もつかない。もし何かいい考えがあれば申しなさい」
 大臣は、
「すぐにはよい案が思いつきそうにありません。いったんこちらを下がり、考えさせてください」
 と申し上げ、考えました。
「難しい問題だが、長生きしているお母さんなら、この答えを聞いたことがあるかもしれない」
 大臣は、急いで家に帰り、人に見つからないように奥の部屋に行き、母親に尋ねました。
「隣の国からこのような難しい問いが出されました。どのように返事をすればいいでしょう。この答えが分かりますか?」
 すると母親はすぐに言ったのです。
「若い時に、この話しを聞いたことがあるよ。同じような二匹の馬の親子を決めるには、その馬たちの間にえさの草を置いてみればいいわ。先に草を食べ始めるのが子供で、後から残った草を食べるのが親なのよ」
 これを聞いた大臣は、すぐに国王の元に戻りました。国王が、
「何か思いついたのか?」
 と、問われたので、大臣は母親の考えだいうことは隠して、答えを申し上げました。国王は、
「なるほど、もっともな話しだ」
 とお思いになり、その通りに二匹の馬の間に草を置かせました。すると、片方の馬がすぐに草を食べ始め、もう一方の馬が残りを食べ始めました。このようにして分かった馬の親子にそれぞれ印を付けて、隣の国に送り返しました。
 しばらくして、ふたたび隣の国から手紙が送られてきました。そこには、
「これのどちらが根本でどちらが先か分かるでしょうか?」
 とあり、漆が塗られた一本の木の棒が添えられていました。国王はまた大臣に答えを問われたので、大臣は家に帰り母親に、このような問題がある、と尋ねました。母親は、
「それは簡単な話ですよ。木の棒を水に浮かべてみればいいのよ。少しだけ沈むのが根元の方。根元に近い方が重くなるからね」
 と、答えました。大臣は国王にその答えを申し上げ、すぐにその通りにしてみました。すると、片方だけが少し沈んだので、そちらに根元という印を付けて、隣の国に送り返しました。
 その後、また隣の国から問いの書かれた手紙が来ました。今度は一頭の象と共にです。
「この象の重さはどれくらいだろうか?」
 というものでした。国王は、
「いっこうに答えが思いつかない。だが、答えられなければ攻め滅ぼされてしまう。一大事だ」
 と悩まれて、大臣を召し出しました。
「これは、どうしたらよかろうか。今度ばかりはなんとも答えようがないように思う」
 と、おっしゃるのを聞き、大臣は、
「まことに難しいことです。しばらく考えさせていただきたいと思います」
 と答え、王宮を出て行きました。国王は、前のように家に帰ってしまう大臣を見て、
「私の前で考えても良さそうなものなのに、大臣はいつも家に帰ってから答えを出してくる。なんともおかしなことだ。家に何かあるのだろうか」
 と、疑いをお持ちになったのです。
 大臣が家から戻ってきたので、国王は怪しみながらも、何か答えが思いついたのか、と問われました。すると、大臣はこのように答えたのです。
「まず象を船に乗せます。その船を水に浮かべて沈んだところに印を付けます。そのあと象を下ろして、同じ船に石を積んでいき印のところまで船を沈ませます。それから石を下ろして一つ一つ重さを量り、最後に全ての石の重さを足します。その石の重さが象の重さと同じということになるでしょう」
 国王はさっそくそのようにして象の重さを量り、答えを書いた返事を隣の国に送りました。
 三つの手紙を送りつけた隣の国では、難しい問いであるにもかかわらず、少しの間違いも無く正しい答えを送り返されてきたことに、たいへん驚き、
「あの国は賢い人々が多くいるようだ。ありきたりの知恵では知りようがないことを、このようにぴたりと答えてきた。このような賢い人がいる国に攻め入っては、かえってやられてしまうことだろう。そうなっては大変だ」
 と考えて、争うことは止めて、お互いに手を結びたいと言ってきました。
 国王はこのような運びになったことを喜び、大臣を召し出しておっしゃいました。
「わが国が恥をかかずに済み、攻められることもなくなった。喜ぶべきことだ。これもすべてお主の力である。それにしても、あれほど難しい問いの数々を、いともたやすく答えることができたのはどうしてなのか?」
 これを聞いた大臣は、涙を流して申し上げたのです。
「国王さま。この国には昔から七十歳を超えた者をよそへ捨てなければならないというきまりがあります。ですが、私には七十歳をとうに超え、七十八になる母がいるのです。わが家の奥に作った部屋に、誰にも知られないようにして住まわせております。その母に隣の国からの問いの答えを聞いていました。年を取った者ならば、いろいろなことを知っているかもしれない、と考えたからです。そのため、いつも王さまの前を下がり、家に帰り母に答えを聞いて、それを申し上げておりました。もし、母がいなければ……」
 国王は、そのようなわけがあったのか、とお分かりになり、
「年を取った者をよそに捨てるというのは、わが国に昔からあるきまりである。なぜこんなきまりができたのか、今となっては分からない。だが、このたびのことで、年を取った者を大事にしなければならないということがはっきりした。よって、このきまりを止め、今まで国の外に追い出した老人たちを、身分も男女も問わず、みんな呼び戻すことにする。また、この国は老いを棄てる国『棄老国』と呼ばれていたが、これからは老いを養う国『養老国』と名を変えることにする」
 と、命令を下されました。
 それから養老国は平和に治められ、民はおだやかに暮らすことができ、国は豊かになっていったと語り継がれておりますよ。

――――――――――

 『今昔物語集』巻5・第32話「七十に余る人を他国に流し遣りし国の語」の現代語訳です。「うばすてやま」の名で知られる棄老伝説の基本的な形を取った説話です。
 棄老伝説の要素として「難題」が挙げられます。この説話では、
 1.馬の親子の判別
 2.木の棒の根本を知る方法
 3.象の重さを量る
という、三つの難題を老母が解いています。棄老伝説での難題は、このほかにもいろいろとあるようです。『今昔物語集』巻31・第33話の「竹取説話」に書かれる「打たぬ太鼓に鳴る太鼓」などがよく知られています。
 棄老伝説・難題解決譚は、インドを起源にしているようですが、同様の話型は中国、ヨーロッパ、アフリカにもあるらしく、洋の東西を問わず、親しまれてきた物語となっているようです。
 この説話は棄老伝説・難題解決譚がメインですが、養老譚、改心譚、富国譚などの要素が入り交じり、仏教説話集らしく、孝養により国が繁栄した、というハッピーエンドを迎えています。天竺部のラストを飾るにふさわしい説話と言えるのではないでしょうか。
 『今昔物語集』での棄老伝説は、この説話のほかにも、巻30・第9話「信濃の国の夷母棄山の語」があります。こちらには難題解決の要素は無く、歌徳譚、地名起源譚となっています。


 『今昔物語集 一 (新日本古典文学大系33)』 今野達校注 岩波書店 1999/07/28 ISBN:4002400336
 現代語訳には、この本の原文・注釈を参考にしました。

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