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2010.03.12

中秋の琵琶の音

 今は昔のことでございます。源博雅さまというかたがいらっしゃいました。醍醐帝の御子、兵部卿の親王のご子息でいらっしゃいます。何事にも優れた才をお持ちでしたが、中でも音楽の道には特に長けておられました。笛の上手でいらっしゃり、琵琶もまた実に巧みにお弾きになりました。
 これからお話しすることは、博雅さまが殿上人でいらっしゃったときのことでございます。その頃、逢阪の関に一人の盲目の男が小さな庵を作り、住んでおりました。その男の名前は蟬丸といいます。蟬丸は、敦実親王の元で下働きをしておりました。敦実親王はたいへん音楽の道に通じていらっしゃったおかたです。琵琶もつねづねお弾きになっておられました。蟬丸はその琵琶をおそばで聞き習い、上手になっていったということです。
 博雅さまは、琵琶の奥義を究めたいとお思いになっていたところ、この逢阪の関に住まう蟬丸が琵琶を良く弾くことをお聞き及びになられたのです。そこで、是非とも蟬丸の琵琶を聴いてみたいとお思いになったのですが、蟬丸の庵があまりに粗末でしたので、じかに出向かれることはためらわれ、家来のものを蟬丸の庵に行かせ、「どうしてこのようなところに住むのか。京に住むがよかろう」と告げたところ、蟬丸はそれに答えず、ただ、
 この世の中は、
 あちらに住んでも、こちらに住んでも、
 どんな変わりがありましょう。
 雅な京に住もうとも、ひなびたこの家に居ようとも、
 けして限りと思いはしない。

と、歌を詠んだだけでした。博雅さまはこの次第をお聞きになり、深みがあるように思われて、なおさら蟬丸に会うことを強くお望みになり、
「なんとしても、琵琶の深奥極めたいものだ。必ずや蟬丸に会ってその琵琶を聴こう。蟬丸も私もいついかなることで命を失うか分からない。機を逃してはならない。琵琶には「流泉」と「啄木」という曲があったらしい。この二つの曲は、今は誰も弾くことができない。しかし、きっと蟬丸ならばこの秘曲を知っていることだろう。なんとしてでも、蟬丸が弾くところを聴いてみせる」
とお思いになり、その夜、逢阪の関に行かれました。しかし、蟬丸がその曲を弾くことはありませんでした。それから、博雅さまは、夜な夜な逢阪の関の蟬丸の庵に行っては、「今晩こそは、今晩こそは」と密かに耳を澄ませたのですが、蟬丸はいっこうに弾く気配をみせまん。
 そうしているうちに三年の月日が経ちました。八月十五日の中秋の夜、朧月、風がそよいでいます。博雅さまは、
「ああ、なんと風情のある夜だろう。きっとこんな夜にこそ、蟬丸は流泉や啄木を弾くのではないか」
と、逢阪の関に行かれ、いつもの通り粗末な庵の近くで身を潜めておられますと、蟬丸の琵琶の音が聞こえてきました。しっとりと心にしみ入る音色です。博雅さまはようやく蟬丸の琵琶が聴けたことを嬉しくお思いになりながら、耳を傾けておられました。すると、蟬丸が己の心を慰めるかのように歌を詠み始めました。

 秋深く、逢阪の関は、風強く、
 激しき風は、私を責める。
 それでも私は堪え忍ぶ。風が心を乱さぬように。
 そっと、この世を過ごすため。
 そっと、この夜を過ごすため。

 琵琶の音とともに流れてくるこの歌を聴かれた博雅さまは、流れ落ちる涙を止めることができませんでした。
 琵琶を弾き終わった蟬丸は、
「おやおや、趣深い夜だこと。私のほかにも風流を愛するものがいるだろうか。この夜の良さが分かる人がいたら良いのだがな。そんな人と語り合いたいものだよ」
と、独りごちたのです。それを聞かれた博雅さまは、思わず、
「ここに博雅というものがございます。王城より参りました」
と、お答えになりました。蟬丸は驚き、
「なんと。そのようなことを仰るのはどなたであろう」
と問うたので、博雅さまはこれまでのことをお話しになりました。
「私は、都に住む源博雅というものです。長年、音楽の道を極めようと精進しております。そこで、琵琶の上手でいらっしゃるあなたのお噂を耳にし、この三年の間、こちらの庵を訪ねておりました。今宵、ようやくあなたの琵琶を聴くことができました」
 これを聞いた蟬丸はたいへん喜び、博雅さまを庵に呼び入れました。博雅さまも長い間持ち続けていた願いが叶ったことをお喜びになり、蟬丸とじっくりと語り合ったのです。
 そして、博雅さまが「流泉と啄木を弾いてみたいのです」と望まれると、蟬丸は「亡くなられた敦実親王はこのようにお弾きになっていらっしゃいました」と、博雅さまにその手を伝えました。博雅さまはこのとき琵琶をお持ちではなかったので、ただ口伝のみでこれを習われました。このように、一晩中琵琶の話をされて、明け方に博雅さまは都に帰られたのでした。
 この出来事を思いますと、どのような道でも、このようにひたすらにそれを求めるべきなのだと分かります。しかし、近頃はそうではないようです。それで、道を極めたという人物が少なくなったのでしょう。本当に寂しいことでございます。
 蟬丸は身分が低いものでしたが、亡き親王のお弾きになる琵琶をつねに聴いていて、ついにはその奥義を身につけたのです。だた目が見えなかったがために、逢阪の関に住むようになりました。この後、盲目のものが琵琶の弾き手になることが世に広まったという話しでございますよ。

――――――――――

 『今昔物語集』巻24・第23話「源博雅朝臣、会坂の盲の許に行く語」の現代語訳です。この説話に登場する、源博雅と蟬丸は、あまりによく知られている人物ではないでしょうか。博雅は安倍晴明のパートナーとして、小説、それを原作としている漫画・映画の『陰陽師』の登場人物のイメージが強いと思います。また、蟬丸は百人一首の「これやこの」の歌で知られ、百人一首のかるた遊びの一つ「坊主めくり」では、特別な役割を持ったカードにされることがあるようです。
 博雅も蟬丸も音楽の才能に優れていて、その二人の邂逅と秘曲の伝授を描いた本話は、一種の感動を与えています(ただ、新大系の注釈では「貴族が三年間も逢阪まで通いつめるなど通常ありえない」「中秋の名月でややできすぎの設定」と、ちょっと冷めています)。
 この説話は、逢阪の関に琵琶法師が集まる起源譚にもなっています。逢阪の関が、都と外つ国との境界として機能していて、物語を持つ者たちが集まるような属性が付与されています。


 『今昔物語集 四 (新日本古典文学大系36)』 小峯和明校注 岩波書店 1994/11/21 ISBN:4002400360
 現代語訳には、この本の原文・注釈を参考にしました。

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