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2009.08.10

打ち据えられる子の母思い

 今は昔のお話です。震旦の宋の時代に、韓伯瑜という者がおりました。
 幼い時に父親を亡くし、母親とともに暮らし、深い心づかいで母親の面倒をみていたのですが、母親は、伯瑜がささいな過ちであっても、たいそう怒り、持っていた杖で伯瑜を打ちのめし、痛めつけ、責め立てました。ですが、伯瑜は、杖でさんざんに打たれ、体が痛かろうとも、心におさめて、泣くことありませんでした。このようなことが、毎日のようにあったのです。
 それは止まることなく、長年続いておりました。ある日、いつものように、母親は少々のことで怒り、伯瑜を杖で打ち叩きました。すると、今までとは違い、伯瑜が泣き出したではありませんか。
 その有様を見て、母親は常のことではないと不思議に思い、伯瑜に訊いたのです。
「わたしは、長年の間、いつもおまえを杖で叩いておった。そうして叩かれても、おまえは泣くことなんかなかった。それなのに、今は、どうして杖で打たれてなくのかえ」
 伯瑜は、泣きながら答えました。
「長い間、私は、お母さんの杖を身に受けておりました。体はもちろん痛かったです。しかし、それは胸にしまっておき、泣くことはありませんでした。ですが、今日、お母さんの杖で叩かれたところが、全く痛くなかったのです。昔はそんな風ではありませんでした。『これは、お母さんが年を召されて、力が弱くなったからだ」と思いますと、悲しくて悲しくて、泣いてしまいました」
 それを聞いた母親は、
「私が杖で打つのが痛くて泣いたとばかりに思っていたのに、私の力が弱くなったのを身に感じて、それを悲しんで泣いたとは…」
と知って、母は伯瑜を、いつくしむ心でいっぱいになりました。この話しを聞いた人々も、伯瑜の心持ちを褒め称え、感心したのでした。
 親思いの心が深かったために、自らの体の痛いのを我慢して、母親の力が弱くなったことに心を打たれたのだと、語り継がれておりますよ。

――――――――――

 『今昔物語集』巻9・第11話「震旦の韓伯瑜、母の杖を負いて泣き悲しめる語」の現代語訳です。今で言えば、ドメスティックバイオレンスですので、絶対に、このようなことがあってはなりません。しかし、物語の中では、子が母を想う孝養譚として成り立ちます。
 この手の説話はよくある話型です。母の老いを、思わぬところから感じ取って、それが表明されることで、子の母思いの深さが分かるようになっています。
 この説話では、父親と死別して、母との二人暮らしであることが書かれています。父権というストッパーが無いことで、母の行動がエスカレートされたのでしょう。そして、時の経過により、「老いては子に従え」に似た、子の成長が示され、子の立場と親の立場が逆転していると読むこともできるでしょう。


 『今昔物語集 二 (新日本古典文学大系34)』 小峯和明校注 岩波書店 1999/03/19 ISBN:4002400344
 現代語訳には、この本の原文・注釈を参考にしました。

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