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2009.04.01

予言書『今昔物語集』

 今は昔の話でございます。尾張の国の某かという男が、商いのために国境にさしかかった時、道に迷ってしまいました。あちらこちらと彷徨っておりますと、不意に辺りが暗くなったか思うや否や、目の前が急に明るくなり、山々が目の下に広がっていました。男は驚きで身を固くしておりますと、上から声が聞こえてきたのです。
「これがおぬしの住んでいる世界だ。しっかりと見るが良い」
 上を向くと、普通の姿ではない者の顔が見え、その者が自分の身を抱えあげていることが分かったのです。恐れおののきながらも、問いかけました。
「おまえは一体何者だ? 早く下に降ろしてくれ」
「わしは天狗だ。降ろせと言うならば降ろしてやるが、家にはしばらく帰れないぞ」
と、言うと、男の身はさかさまに落ちていき、気を失ってしまいました。再び、気が付いた時、辺りは暗かったために、男は「とうとう死んでしまった。ここがあの世か」と思いました。すると、遠くに明かりが灯っているのを見つけ、「死んでしまったが、このままでいるわけにもいかない」と思い、その明かりのほうへと進んでいくと、突然、周りが光に包まれたのです。
 男は、何が起ったのか分からず、立ち尽くしておりましたが、すぐに、多くの人々が行き交う道の真ん中にいることが分かりました。しかし、そこは男が知っている場所とはまるで異なっていました。たいへん臭いにおいがして、耳をふさいでも聞こえるほどの大音声が響き渡っていました。多くの人がいましたが、誰も彼も、男が知っている人々の様子とはたいそう違っておりました。男は、
「天狗は、降ろしてやると言っていたが、元のところへは連れて行ってくれなかったようだ。人のように見えるが、人では無い者たちがいる国へ降ろしたらしい。死んでしまうより困ったことだ」
と、途方に暮れておりましたが、「一度死んだ身だ。もう怖がることは無い。誰かに話し掛けてみよう」と考えたのです。
 辺りにいるのは、男も女も異様な風体をしており、顔つきは男の住んでいた世界の人と似ていますが、鬼のような顔つきをしています。それでも、意を決して男は、ここは何という国か、と近くの男や女に問いかけましたが、返ってくるのは聞いたことの無いことばで、大声で笑ったり、怒鳴ったりされるばかりで、何も分かりませんでした。
 男はなすすべが無くなり、あたりを眺めることにしました。大路には、牛の引いていないのに、牛車よりも速く走る車が何十、何百と走り、その間を人々は煌く衣を着て歩いています。大路の両側は、石の塔がいくつも立ち並んでおり、門から人が出入りしていました。道も石になっており、土も木も見当たりません。
 石の道に沿って歩いておりますと、人が鳥のように飛び上がり、はるか遠くの空へ消えてしまいます。人の飛んでいった先を眺めておりましたら、空一面に絵が広がり、その絵は目まぐるしく模様を変えていました。
 男は、とうとう頭が痛くなり、動くことができず、道に倒れこみました。どれくらい気を失っていたか分かりませんが、寒さで目が覚めますと、日は沈んでいました。しかし、夜にはならず、石の塔は光り輝き、車や鉄の木が火を灯し、大勢の人が歩き回っていたのです。その人々は、大路の脇に立てられた小さな塔の穴に手を入れ、ものを取り出し、それを食べ始めました。男は、おそるおそるそれを真似て、穴に手を入れて、出てきたものを食べたのです。するとそれは、今までに食べたことが無い味でしたが、たいそう美味しく、何度も手を入れては、その不思議な食べ物をおなががいっぱいになるまで食べました。
「この国の人は鬼のようだが、自分を襲いそうにはない。地獄でもないようだ。どうやら、天人の国に来たようだ」
と、思い至りました。しかし、天人の国ではあるけれども、いつまでもここにいるわけにもいかない、家に帰る道は無いものか、と、石の道を歩いておりますと、空が明るくなりはじめました。すると、また、体が持ち上げられたのです。上を向くと例の天狗が男を捕まえていました。天狗は
「おまえは、先の世を見ていたのだ。あれは鬼でも無く、天人でもなく、皆、ただの人だ。先の世の者たちは、あのような世の中に住んでいるのだ」
と言うと、男を空からさかさまに落としたのです。男は地に落ちて死ぬ、と思ったところで、見知った家の近くの森の中に立ち尽くしているのが分かりました。家に帰ると、男を見て、家族はとても驚きました。妻は男がふた月も帰ってこなかったので、賊に襲われて亡くなったと思い、葬式も済ませたことを話して聞かせました。男もまた、天狗にさらわれ、子孫の住む先の世を見せられたことを語ると、皆は、驚きあきれたということです。
 この話しは、男から先の世の話を聞いた者から、聞き継いだことでございますよ。

――――――――――

 『今昔物語集』巻32・第21話「尾張の国の人、天狗に攫われ、先の世を見たる語」の現代語訳です。この説話は、未来を予知している話しとして、よく知られています。
 本文の記述を見ますと、現代よりも、数十年は先のことを書いているように思われます。「牛のいない牛車」=自動車や高層ビル、電灯のことなどが書かれており、平安の人にとっては、現代の空気は「臭いにおい(原文:「臭キ香シタル」)」であり、私たちが何気なく聞いている、雑踏、ざわめきは耳をつんざくものだったようです。
 また、まだ現代技術では実現していない、空に映像を浮かばせる、人が空を飛ぶ、食べ物の自動供給システムと思われるものも描かれています。現代に住む私たちにとっても夢のような仕組みが、近い将来に、もたらされるのかもしれません。このような暮らしぶりは、よくよく考えてみれば、「天人ノ国」にいるような、不思議だらけのものであり、極楽のようなものです。

 『今昔物語集』巻32には、このような「先ノ世」について書かれた説話が収められており、「予言の書」の意味合いが強いとされています。他の説話を見ますと、戦国時代の戦いの様子や、江戸文化が華やかだった頃の事を描いていると思われる説話があります。
 得てして「予言の書」は胡散臭さが漂うものですが、『今昔物語集』のそれは、かなり確度の高いものとして、最近は研究が進んでいるとのことです。


 ※本記事は、2009年4月1日のエイプリルフール用にでっち上げた嘘説話です。『今昔物語集』には、こんな予言はありません。そもそも、現存する『今昔』は「巻31」までで、「巻32」自体が存在しません。

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コメント

>みんたさん
つくづく地味なネタになりました。
一応は、『今昔物語集』らしい言い回しを使って書いてみました。そこが苦労したといえば、言えなくも無いですが、やっぱり地味です。
エイプリルフールの嘘は、コテコテの嘘がいいように思います。

投稿: 桜濱 | 2009.04.02 21:54

一日ゆっくりと、息子と楽しみました。やさしく知的なうえに練り上げられたこういう嘘はいいですねえ。

投稿: みんた | 2009.04.02 00:05

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