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2009.03.10

一心不乱の誦経三昧

 今は昔の話。比叡山に山王院というところがございます。そこに広清(こうじょう)という名の僧が住んでおりました。広清は幼い時分から比叡に入り、師の教えに従い出家をして、法華経を学び、その意味するところ、筋道を悟り、絶え間なく、お経を口にしておりました。また、仏の教えの道へひたすらに進むことを望み、常に我が身が滅した後のことを心にかけておりました。前世からの縁で、俗世間のことに係わって暮らしてはいおりましたが、本心は、俗世から離れたところで、ひたすらに修行に励みたいと願っていたのです。そして、日々、朝から夜まで、お経を唱え続けることで、その徳を、後の世で悟りの境地へ至るためのしたいと考えておりました。
 そのような暮らしをしていたある日、広清は、お堂で夜を徹して法華経を唱えて、後の世のことを祈り続けていたのですが、さすがに疲れていたのでしょう、そのまま眠り込んでしまったのです。すると、その夢に、八菩薩が現れたのです。いずれの菩薩も、黄金に輝いており、金銀や、さまざまな宝石を身にまとっていらっしゃいました。まさにことばでは言い表せないほどのありがたいお姿です。広清はそのお姿を見て、恐れ多く、また有り難く思い、拝み奉っておりますと、一体の菩薩が、お告げを下さったのです。
「広清よ。そなたは法華経の教えを深く心に留め、それを守る、この善き行いによって生死の輪を離れ真理の極みに達することを願っておるな。これは実に正しいことである。このまま疑いの心を持つこと無く、ますます仏の教えの道へ深く進むが良い。そうすれば、我々八菩薩がそなたを必ずや極楽世界へと導くであろう」
 菩薩はこのようにおっしゃると、たちまちそのお姿は消えたのです。それとともに、広清は夢から覚めました。そして、広清はこの尊いお告げに、ただただ涙を流すばかりでした。以来、さらに心を込めて法華経を唱え続け、ひとときも気をそらすようなことはありませんでした。広清は夢告げを心に持ち続け、それを忘れることなく、後の世での悟りを目指しておりました。
 その後、広清は、縁により、比叡山を下りて、京の一条の北にある堂に住むことになりました。そこで、変わらず修行に励んでおりましたが、ある時、重い病にかかりました。それでも、広清はなおいっそう心深く法華経をたよりにして、夢告げを信じ続けたのです。しかし、ついにその病は治ることなく、命は果て、そのなきがらは、弟子たちにより手厚く葬られました。
 すると、毎夜、広清の墓からは、法華経を唱える声が聞こえてきたのです。その声は、必ず、法華経一部を読み通していました。弟子たちは、占いにより、広清のしゃれこうべを墓から取り出し、改めて、山の中の清いところへと葬り直しました。その後、その山の中でもなお法華経を唱える声が響き続けたのです。
 このことは、尊く、不思議なこととして、語り継がれておりますよ。

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 『今昔物語集』巻13・第30話「比叡の山の僧広清の髑髏、法華を誦せる語」の現代語訳です。
 墓場でしゃれこうべが夜な夜なお経を唱えるのですから、一見するとこれはホラーです。しかし、この説話が収録されている巻13は、主に法華経の霊験譚を集めているので、ホラーではなく、ありがたいお話として伝えようとしていることが分かります。
 『今昔物語集』ではこのように髑髏が話したり、お経を唱えるという説話がいくつかあります。どれも尊い話しとして語られているようです。今はどちらかというと、髑髏は、やや怖くて、気味が悪いというイメージを持っていますが、この説話などから考えると、髑髏、しゃれこうべは、肉体という「俗」がそぎ落とされて、「聖」が現れ出たものだと考えることができるでしょう。

 リングやピアスなど、アクセサリーでは、よく、スカルがモチーフになったものがあり、人気も高いようです。髑髏が、人を惹きつけるというのは、洋の東西を問わず、前記のような共通認識があるからなのかもしれません。



 現代語訳には、この本の原文・注釈を参考にしました。


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