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2009.02.28

助詞だけで作文

 このような、ことば遊びがあります。

 “uraniwaniwaniwaniwaniwaniwaniwatorigairu”

 日本語の文章ですが、ローマ字で書いてみました。これだけで、意味が通るように把握できるでしょうか。/niwa/ばかりが続いて、なかなか難しいと思います。
 それでは、もう少し分かりやすいように、これを仮名に変えてみましょう。

 「うらにわにはにわにわにはにわにわとりがいる」

 仮名にすることで分かることは、ローマ字の/niwa/に、助詞「に」+助詞「は」の「には」と、「にわ」の二種類が隠れていたということです。

 このように、助詞の使い方しだいで、ことば遊びができることが分かりました。例文では、文章に含まれる一部の助詞で、文章を難解にしていました。これに倣って、助詞を上手く使い、いや、助詞だけで文章を作ったとしたら、それなりに面白いことば遊びになるかもしれません。早速試してみましょう。

 まず、一般的な助詞の定義を記しておきます。
 「単語に付加し自立語同士の関係を表したり、対象を表したりする語句の総称。付属語。活用しない。」(Wikipedia「助詞」の項目より)

 自立語が無ければ、付属語である助詞は働かないのですが、今回は、助詞の中から、使えそうなものをピックアップして、自立語に仕立て上げます。

 では、作文をしやすいように、助詞をリストアップしておきましょう。

 格助詞…が、の、を、に、へ、と、から、より、で
 並列助詞…か、に、と、や、か、やら、か、なり、だの
 終助詞…か、かしら、な、の、や、とも、な、ぞ、や、わ
 間投助詞…さ、よ、ね
 副助詞…ばかり、まで、だけ、ほど、くらい、など、なり、やら
 係助詞…は、も、こそ、でも、しか、さえ
 接続助詞…や、が、けれども、ところが、のに、から、ので

 以上の助詞を、作文をする際に、文字を見つけやすくするために、五十音表に当てはめてみます。

あ行か行さ行た行な行
ア段 か、から、かしら
ばかり、しか
さ、さえ な、など、なり
イ段くらい しか に、のに
ウ段 くらい   
エ段さえけれども、だけ  
オ段 こそ、ところがこそと、とも
ところが
の、のに
ので、だの

は行ま行や行ら行わ行
ア段までや、やらから、やら
くらい
イ段   より、なり
ばかり
 
ウ段     
エ段  けれども 
オ段ほども、でも
けれども
よ、よりところが

が行ざ行だ行ば行ぱ行
ア段が、ところが だの、だけばかり 
イ段     
ウ段     
エ段  で、まで
でも、ので
  
オ段 ほど、など
けれども
  

 では、ここから、文章に使えそうな助詞を拾い上げてみましょう。

 短いものは、すぐにできます。

 は、な、の、ね、でも、と、も、さ
 =「花の根でも友さ」

 文章として間違いは無いと思います。しかし、悲しい雰囲気の文章になってしまいました。

 次に、長い文章に挑戦してみたいと思います。

 わ、しか、さえ、に、も、と、も、の、は、や、は、な、の、に、へ、も、から、から、の、よ、だけ
 =「儂、傘、柄にも、友の歯や鼻の荷へも、からからの節竹」

 途端に意味が分からなくなりました。ある人が、傘の柄や友人の歯や鼻が入っている荷物に、乾燥した節竹(=節の多い竹)を使う、と、読み取ろうと思えばできなくもないですが、厳しいです。その上、薄気味悪い状況と言いますか、気色が悪いです。

 わ、な、に、は、しか、しか、の、と、なり、に、は、しか、の、かしら、しか、の、とも、の、は、は、は、か、か、と、に、まで、さ、さ、や、くらい、と、は、くらい
 =「罠に麻疹、鹿の隣には鹿の頭、歯科の友の母は踵にまで囁く。ライトは暗い」

 ますます、ナンセンスを極め、気味悪さが倍増しました。助詞「しか」が使い勝手が良かったので、多用したのですが、鹿と鹿の頭が並び、鹿の母は踵に向かって小声でつぶやくという状況になってしまいました。最後は「囁く」で終わらせたかったのですが、「く」が助詞「くらい」の先頭にしかなかったので、仕方なく、後にもう一文付け加えました。

 この遊びで分かったことは、助詞にに使われている仮名は、ア段、オ段のものが多く、ウ段のもの極めて少ないということでした。上記の、五十音表でそれがお分かりいただけると思います。もしかしたら、この偏差に助詞の秘密が隠されているかもしれません。

 最後に、初めに挙げたことば遊びの解答です。

 「裏庭には、二羽、庭には、二羽、鶏がいる」

 助詞「にわ」、庭、二羽、鶏と、同じ音で違うことば、なおかつ関係性の高いことばで構成されていて、傑作だと思います。


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2009.02.20

やり残した聖なる仕事

 今は昔のことでございます。震旦に疑観寺というお寺がありました。そこの住職は法慶という僧でした。隋の文帝、開皇三年の時、法慶は、漆を塗り固めるというしかたで、一丈六尺のお釈迦様の立像を作り始めたのです。
 しかし、まだその像を出来上がっていないある日、突然、法慶は亡くなってしまったのです。また、同じ日のことです。法昌寺というお寺の住職、大智という僧も亡くなりました。
 その日から三日。なんと、大智は生き返ったのです。喜んだり、心配していたりする寺の僧たちに、大智は三日の間のことを語り始めました。

「私は、死んだその日。閻魔大王の御前に参りました。そこで、疑観寺の法慶師がいらっしゃり、先に閻魔王のお裁きを受けておられるのを目にしました。法慶師は、たいへん苦しげなご様子でした。
 そこに、たいへんご立派な様子の僧侶がいらっしゃったのです。その僧侶は、閻魔王の前でも臆すること無く、すっ、と立ち、閻魔王に『ここにいる法慶は、私の像を作っていたのですが、それが作り終わるまえに命が果てました。どうして、法慶を死なせるのですか』とおっしゃったのです。
 閻魔王は、驚いた様子で、脇に控える冥官に『法慶は、このように死んでいる。それとも、まだ、天命は残っていたのか』と問いかけたのです。すると、冥官は『法慶は、まだ、命が果てる時ではありませんでした。しかし、食べ物が底を尽いたのです』と答えました。閻魔王は、それをお聞きなると、すぐに裁きを下しました。『早く、蓮の葉を法慶に与えなさい。これで、善き行いを全うできるであろう』
 すると途端に法慶の姿が消え失せたのです」

 このように、生き返った大智が寺の僧たちに語ったものですから、僧の一人が、本当なのかどうかを確かめようと、疑観寺に行ってみました。そこでは、法慶がよみがえりを果たしたことで、大騒ぎになっていたのです。大智が語ったことは、一つとして間違っていなかったのです。

 その後、法慶は、蓮の葉しか口にしなくなりました。法慶は、蓮の葉を「たいへん美味しいものです。他には何も要りません」とまで言い、蓮の葉だけの食事を満足していたそうです。
 そして、法慶は、念願のお釈迦様の漆像を作り終わると、数年の後、息を引き取りました。彼の像は、頭から足の先まで、細かく作られており、お釈迦様のお姿の生き写しのようで、光を放ったということです。
 今でも疑観寺には、法慶が作ったその像が在ると、語り継がれておりますよ。

――――――――――

 『今昔物語集』巻6・第12話「震旦の疑観寺の法慶、釈迦の像を造るに依りて活を得たる語」の現代語訳です。
 これは、震旦(中国)部の説話ですが、本朝部でも同様のモチーフの説話が収録されており、比較的理解しやすい説話と言えるでしょう。
 釈迦の霊験譚で、法慶(ほうきょう)が釈迦立像を作りかけたまま、飢え死にしたために、閻魔庁で、釈迦が閻魔を説得し、法慶は立像を作り終わるまで命を永らえることができました。同様のモチーフの説話では、観音様が出てくることが多いので、釈迦が直々に出てくるところが珍しいように思います。
 閻魔王が法慶に渡した「蓮の葉」は、仏法の象徴であり、聖性を持っています。そのため、復活後に法慶はその、蓮の中に込められた力、それだけの食事で十分だったのでしょう。
 法慶が死んだが生き返った、生き返った後は、蓮の葉だけを食した、という故事が基本です。それを「合理的に」(あくまで説話世界での出来事だということを前提として)裏付けしているものが、法慶と共にあの世への一時旅行をした、大智と彼の見聞録です。この語りがあって、初めて、釈迦や、仏法に帰依した法慶の行い、蓮の葉などに、聖の属性が明確に付与されて、霊験譚となりえているのです。



 現代語訳には、この本の原文・注釈を参考にしました。


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2009.02.10

本当のことを知らせようと頑張っている

 二人でポーカーをしているとしましょう。お互いに五枚の手札は見せません。しかし、対戦相手は秘密の印で、自分の手札も、相手の手札も分かっていたら、どうなるでしょうか。もちろん、相手は、この手札で勝てると思ったらオープンするでしょうし、勝てないと思ったら流すことができます。勝てる時だけ勝負すればいいのです。
 しかし、そんなことをしたら、対戦相手ばかりが勝つこととなり、勝負になりません。ゲームにならないのです。この仕掛けが分かろうと分かるまいと、秘密を知らない者は、面白くなくて、さっさとゲームを止めてしまうでしょう。
 では、秘密の印が分かっている方が、この仕掛けを利用して、お互いに勝ったり負けたりを繰り返すようにしながら、相手が止めてしまわないようにゲームを続けさせて、最終的には、勝つようにしたらどうでしょうか。これだと、負けてはいても「ゲームだし、時の運だし、仕方が無いか」と思うかもしれません。ですが、秘密の印の仕掛けが分かったときは憤慨するでしょう。どちらにせよ、こっそりと裏の仕掛けを作ることが良くないということになります。でも、この仕掛けを知らない限りは、どちらも幸せでいられるのです。
 もともとは、このようないきさつだったようです。広辞苑を引いてみると、

 明治初年、通称八百長という八百屋が、相撲の年寄某との碁の手合わせで、常に一勝一杯になるようにあしらっていたことに起るという

と、あります。そうです、「八百長」です。

 八百長というと、スポーツでたまに話題になるようです。裏取引があって、真剣に勝負をしているように見せかけて、初めから勝敗が決まっている、というものです。八百長を取り上げているニュースを見ると「あってはいけないけど、あってもおかしくないな」という印象をどこか受けてしまいます。

 八百長は、スポーツに限らずあるようです。私は、唐突に知らされました。

八百長

 「そういえば…」と思い当たる節が無いわけでもありません。最近の報道を見ていると、特にそう思います。あってはいけないことですが、普段メディアを通じて見せられていないところで、何かあるのだろうな、と考えることはある意味自然とも言えるでしょう。
 私たちが組み込まれている社会で、このようなことがあっては困るのですが、先に述べたポーカーの例のように、知らないでも困らないですし、知ることが、幸にも不幸にもなるのです。
 どちらが良いのでしょうか。これは大切なことのようなので、知っておいた方が良いような気もします。

 この張り紙の書記者氏もそう思ったのかもしれません。だから、何気なく、電信柱一本にはがき大で一枚だけ張る気になったのでしょう。知ることが良くもなり悪くもなり、知らないことが良くもなり悪くもなるということを、この小ささが教えてくれます。


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