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2009.01.20

仏陀の最期の日―子の悲しみ、親の哀しみ―

 今は昔のことでございます。仏陀がまさに入滅されるときでした。仏陀の御子、羅睺羅は、
「私は仏陀が涅槃にお入りになるのを目にするというのは、あまりに悲しくて堪えられない。今から旅へ出て、その悲しみから遠ざかることにしよう…」
とお思いになり、いくつもの国々を過ぎて、遥か彼方へと行かれたのです。
 羅睺羅はそこで、一人の聖者に出会いました。聖者は羅睺羅の姿を見て、
「あなたのお父上、釈迦牟尼仏は、今、まさに涅槃にお入りになろうとしていらっしゃいます。どうしてあなたはその場に居て看取られないのですか。どうして、このようなところにいらっしゃるのですか」
と言いました。羅睺羅は、
「私は仏陀が涅槃にお入りになることが辛くてたまりません。悲しくて、悲しくて、かたわらに居るのが堪えられなかったのです。それで、旅立ち、ここへ至りました」
と答えると、聖者は厳しく羅睺羅を諭したのです。
「あなたのお考えは、たいへん幼く、弱く、愚かなものです。お父上の仏陀は、涅槃に今にもお入りになるこの時も、あなたをお待ちになられていらっしゃるのです。すぐにお国にお帰りなさいませ。ご臨終の時に、心して、お立会いなさいませ」
 羅睺羅は、聖者の言葉に従い、泣く泣く帰途へとつきました。
 仏陀が、弟子の僧たちに「羅睺羅は来ていますか」と、お問いになられた、まさにその時に、羅睺羅は帰り着きました。僧たちが羅睺羅に、
「仏陀は、もはや涅槃にお入りになられようとしていらっしゃいます。羅睺羅様がなかなかお見えになられないので、お待ちでございます。さあ、すぐに、おそばへ行かれなさいませ」
と勧めると、羅睺羅は、泣きながら、仏陀のかたわらにお寄りになりました。
 仏陀は羅睺羅の姿をご覧になられますと、静かにおっしゃいました。
「私は、今、完全な悟りを得ようとしています。永久に、この世界から遠ざかるのです。あなたが私を見るのは、今が最後となります。近くへいらっしゃい」
 羅睺羅は、泣き崩れながら、仏陀へとお近づきになりました。すると、仏陀は羅睺羅の手を取っておっしゃいました。
「この羅睺羅は、私の子です。十方の世界に住む仏たちよ。彼を哀れみ、慈悲を給え」
 このように諸仏と誓約なさると、入滅なさいました。これが仏陀の最後のお言葉でした。
 このことから思うのです。清らかな御身でいらっしゃる仏陀ですら、御子の羅睺羅に対するお振る舞いは、他の弟子とは違っていらっしゃいました。まして、濁りの多いこの世に住まう者たちが、己の子を特別に思い、その子のために心を尽くそうとするのは、当たり前のことなのです。そのことを、その弱き者たちに、仏は御身をもってお示しになられた、と語り継がれているのでございますよ。

――――――――――

 『今昔物語集』巻3・第30話「仏、涅槃に入り給はむとする時に、羅睺羅に遇ひたまへる語」の現代語訳です。久しぶりに、天竺部の説話を訳してみました。
 巻1・第1話から続いた釈迦の一代記が、いよいよ終わりに近づきました。俗な言葉で言えば、クライマックスです。釈迦の子、羅睺羅(らごら)が父の最期を見届けるのが悲しい、耐えられない、と言って、出て行ってしまいます。しかし、旅先で聖者に諭され、帰り着いた時は、釈迦の最期の時でもありました。我が子を想う釈迦の言葉、ただ泣き濡れる羅睺羅の姿。涙無しでは語られなかったでしょう。
 親が、死出の旅路の前に、子の幸せを願う、というのは、当たり前と言えば、当たり前のように思われます。しかし、この説話の話末評は、このようになっているのです。
「清浄ノ身ニ在マス仏ソラ、父子ノ間ハ他の御弟子等ニハ異也。何況ヤ、五濁悪世ノ衆生ノ、子ノ思ヒニ迷ハムハ理也カシ。仏モ其レヲ表シ給フニコソハトナム語リ伝ヘタルトヤ」(清らかな御身でいらっしゃる仏ですら、父と子の関係は、他の弟子たちの関係とは異なっていて、より深いものである。言うまでも無く、汚れた末世のこの世界に生きる者たちが、子どものことを気にかけて、あれこれと気の迷いを生むのは当然のことだ。仏もそれが分かっているので、自らその姿を見せたのだと語り継がれているのです)
と、言うのです。
 現代人の感覚からしたら、少し変だと思いませんか。子供の幸せを願い、子供を慈しむことは、美しい姿と思います。でも、仏法で規定されている『今昔物語集』は違うのです。「子が親を想うこと」は「孝養」として、ほとんど文句なく美徳とされるのですが、「親が子を想うこと」は「執着」の一つとされることがあるのです。子への愛情は、戒めの対象となっているのです。
 何故、このような考えがあるのでしょうか? ヒントになりそうな箇所が巻19(本朝付仏法)・第27話の孝養譚にありました。この説話は、ある法師が居て、その子供を深く愛していました。ある日、洪水が起きて、法師は、年老いた母もかわいい我が子も流されて、見失ってしまいます。一生懸命に流れに目を遣っていると、浮き沈みする我が子を見つけて、川に入り助け出します。そして、あと岸まであと少し、というところで、法師は、老いた母が流されているのも見つけます。一度に二人は助けられません。どちらかを助ければ、どちらかが助かりません。そこで、法師は、それまで助けていた子を投げ出し、母親を助け上げます。その様子を見た、法師の妻は、「なんて、とんでもないことをする人なの! 大切な目でさえ二つあるのに、子供は一人しかいないじゃない! このたった一人の宝のような子供を見殺しにして、今日死ぬか、明日死ぬかというような、枯れ木みたいなばあさんを助けるなんてどういうことなの!!」と泣き悲しみます。それに対して、法師は言いました。

 「おまえの言うことはもっともなことだ。だけど、明日にでも死ぬかもしれないと言っても、母親なんだ。どうして母が子に替えられようか。私たちの命があれば、子どもはまた授かる。泣くんじゃない」(「現ニ云フ事理ナレドモ、明日死ナムズト云トモ、何デカ母ヲバ子ニハ替ヘム。命有ラバ子ハ亦モ儲テム。汝ヂ悲ム事無カレ」)

 「親は一人だ。子供は産めば何人でもできる」なんて、現代ではとんでもない理論ですが、この考え方が「孝養」として尊ばれていたのです。
 でも、流された子の母親は納得しません。そりゃそうです。泣き叫んでいると、仏が哀れんで、子供を下流で助け出させてくれます。しかし、これも後で「老いた母親を助けたから、その心持ちに感心した」と法師の夢枕で告げられます。子供よりも老いた母親を大切にしたから、助けた、と念を押されるのです。

 我が子を愛する気持ちは分からないでもない。分かりすぎるほど分かる。釈迦もそれは認めている。だけど、それ以上に、親への孝行の方が貴い。それをやってのける常人はあまりいないから尊い、というのがベースになってるようです。




 現代語訳には、この本の原文・注釈を参考にしました。


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