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2008.11.20

あまりに痛いナンパ

 今は昔の話しです。二月の初めの午の日は、「稲荷詣で」といって、伏見稲荷に、身分を問わず、たくさんの人が集まります。ある年の稲荷詣では、例年よりも多くの人が集まっていました。
 その日、近衛府の若い役人が何人か連れ立って詣でていました。尾張兼時、下野公助、茨田重方、秦武員、茨田為国、軽部公友、といった、みんな、高貴な方たちです。その方たちが、食べ物やお酒を持って、一緒になって歩いておりますと、伏見稲荷の中の社の近く、人々でごった返す中に、綺麗に着飾った女性を見つけました。女性は、艶のある上着に、紅梅・萌黄の衣を重ね着して、上品な様子で歩いています。

『今昔物語集』巻28・第1話

 先の若い方たちが、寄って行きますと、その女性は脇にそれて、木陰に隠れたのです。彼らは、それを見ると、わざわざ近づいて行き、少々下世話なことを言い掛けたり、かがんで女性の顔を見ようとしました。中でも茨田重方さまは、色好みの方で、奥様はそれを憎らしく思い、よく言い争いをされていたのですが、重方さまは、その女性にたいそう気が引かれたらしく、熱を入れて口説き始めました。すると、女性は、
「奥様がいらっしゃる方が、通りすがりの、浮気心でそのようなことをおっしゃるのは、いけませんよ」
と、言うのです。ですが、その声が、また、たいへん魅力的だったのです。
 そのため、重方さまは、ますます心が惹かれて、声を掛け続けました。
「ちょ、ちょっと、ちょっと。待ってよ。奥さんはねぇ、いるにはいるんだけどね。その顔はサルみたいで、厚かましくて…。そんなのだから、もう、別れたいと、ずーっ、と思ってるんだよー。でもね、そうすると家の事なんかが不自由するだろうなぁ、とか思ったりもしてね。けど、僕と気持ちが合うひとと出逢えば、もう、今すぐにでもそのひとと一緒になりたいと思ってたんだ。いや、もちろん、家の事を押し付けようなんてことじゃなくて、心から惹かれるからだよ。だから、あなたに声を掛けたってわけなんだ」
「あら、それ、本当におっしゃってるの? 口だけってことじゃないかしら?」
「いやいやいやいや。違うよー。ここのお稲荷様にもお聞きになってもいいよ。前からそう思っていて、ちょうどあなたに会ったってことは、こうやってお稲荷様を詣でた御利益があって、そのおかげだと思うんだ。これより、嬉しいことってないよ。もしかしたら、あなたは、結婚してるの? それとも、まだ一人?」
「いえ、わたしは決まったひとはいませんわ。宮仕えをしているのですが、以前、縁がまとまりそうな時がありました。ですが、知り合いが止めるように言いましたので、結局、その人に嫁ぐことはなかったのです。その後、その男性は、地方でお亡くなりになったそうです。それで、この三年、良いお相手と巡りあえますようにと、こちらに詣でているのです。あなたが本当に心からそのようにおっしゃるのでしたら、わたしの家をお知らせいたします。どうでしょうか? その心はおありですか? …いや、通りすがりの方のおっしゃることを頼りにするなんていけませんわね。どうぞ、このまま、お行きになってくださいませ。わたしも去ることにいたしますわ」
 女性は、そう言うと、木陰から離れようとしました。重方さまは、慌てて、手を合わせて額に当てて拝むようにしながら、女性の胸元に烏帽子を当てるようにすがり付いて、
「神様! 助けてください! そんなきついこといわないでよ! もう、家には帰らない。一歩も戻らない。すぐにここからあなたの家に行くから!」
とまで、言って、しゃがみこんで引き止めようとしました。
 すると、女性は、すがりつく重方さまの髷を、烏帽子のまま引っつかんで、山びこが響くくらいに、ほっぺたをひっぱたいたのです。
 重方さまは、何のことやら分かりません。狐につままれたように、ぽかんとしながら、
「い、痛い! い、一体、な、何を!?」
と、顔を上げるました。そこで女性の顔をしっかりと見たのです。見知った彼の妻の顔がありました。すべて、彼女の演技だったのです。重方さまは驚きで、どうしていいのか分かりませんでしたが、やっとのことで言いました。
「お、おまえは、どうかしてるんじゃないのかっ!?」
「どうかしてるのは、あなたですっ!! あなたは、どうして、こんな、やましいことをするのよっ! お仲間が『こいつはやましいことをするヤツですよ』とうちに来て言うのは、わたしをわざと怒らせようとして言っているんだと思ってたから、まともに取り合っていなかったのよ。…そ、れ、が、本当のことを言っていたなんてね…。分かりました。今日から私のところには帰っていらっしゃらなくて構いませんわ。もし、来たら、このお稲荷様の罰の矢があなたを射抜くことになります。何かこれ以上、言うことがあれば、そのほっぺたを引っかき傷だらけにして、この大勢の人たちの物笑いになるようにしてあげるわっ!」
「お、落ち着いてくれ。おまえの言うとおりだから…」
と、重方はひきつりながら笑顔を作って、なだめようとするのですが、妻は全く許そうとはしません。
 この間、重方さまのお仲間たちは、このような大ごとになっているのを知らないで、山の上の方まで行っていて、
「どうして、重方は遅れてるんだ?」
と、思っておりましたが、振り返ってみると、女性となにやら話しているのを見つけました。仲間たちは
「一体、何をしてるんだ?」
と、走って戻ってみると、そこでは、重方が妻に怒鳴りつけられて、腰を抜かさんばかりになよなよとして立ちすくんでおりました。その時、仲間たちは、
「よくやっちまったもんだ。これで奥さんもいつも俺たちが言っていた通りだって、わかっただろう」
と、笑いながら誉めそやしました。妻はこのように言われて、
「この方たちを見て、これであなたの本心は分かったわ、はっきりとね」
と言うと、ようやくつかんでいた髷を放しました。重方は、烏帽子がぐしゃぐしゃになっていたのを整えたりなどして、逃げるように山へ登って行きました。妻は、重方に、
「あなたは、その想いを寄せている女のところへでも行けば? もし私のところへ来たら、絶対に、足を、へし折る!」
と言って、山を下っていきました。
 さて、その後、重方さまは、そうは言われても、妻を放ってはおけず、家に帰って、いろいろと言い訳をしたり、妻の気に入るようなことを言うと、ようやく妻も怒りが収まってきました。重方さまは、
「あなたは、やはりこの重方の妻だから、このように立派なふるまいができるんだろうなあ」
と、言うと、妻は、
「おだまりなさいっ! このバカッ! 私がいつもどんな様子でいるかも知らなくて、私の声も聞いても誰だか分からなくて、それで、みっともない姿を人前にさらして、笑われたのよ。こんなばかげていることって他にあるかしら? あははっ」
と、重方さまをあざ笑いました。
 それから、この一連の「事件」は、世間に広まって、重方さまは、若手の貴人たちなどに笑われるようになってしまいました。そのため、そのような方がいらっしゃるところでは、顔を隠して避けて通るようになったのです。
 重方さまの妻は、重方さまが亡くなった後、大人らしい落ち着きをそなえた方となり、他の方の奥様になられたと、語り継がれておりますよ。

――――――――――

 『今昔物語集』巻28・第1話「近衛の舎人共稲荷詣でして、重方女に値ふ語」の現代語訳です。この説話は、たいへん良い筋のお話だと思います。場面、人物、展開、どれもがきっちりと作られています。だからこそ、編者は、「嗚呼話」=笑い話を集めた巻28の巻頭話に選んだのでしょう。よく似た話が、いくつもあったのかもしれません。

 まず、舞台ですが、伏見稲荷の初午の雑踏の中。近衛府の若い役人たち(原文「近衛官ノ舎人共」)も、お料理や酒を持参しています。あちらこちらで宴会が開かれていたでしょう。喧騒、笑い声、歌、踊り、などが展開されている場面が浮かんできます。
 その騒ぎの中に、綺麗に装ってそっとたたずむ女性が一人います。雑踏のなかだからこそ、その静かさが浮かび上がったのかもしれません。だから、若い役人たちも目を留めたのだと思われます。しかし、それこそが罠。全て、茨田重方(まつたのしげかた)の妻の作戦でした。まんまと、重方はその罠に引っ掛かりました。妻の思う壺です。

 暴露の場面が面白いですね。さんざんと重方に妻の悪口を言わせた後に、妻は重方の髪を烏帽子ごと引っつかんで、こだまが響くほどのビンタを浴びせるのです(原文「低シテ念ジ入タル髻ヲ、烏帽子超シニ此ノ女ヒタト取テ、重方ガ頬ヲ山響ク許ニ打ツ」)。伏見大社のある稲荷山と「山響ク」を掛けているのでしょう。さぞかしお稲荷様も驚かれたと思います。また、喧騒の中でも響くほどのビンタの音という表現をしているわけです。なんともパワフルです。妻の気の強さが上手く表わされています。

 妻に笑われ、その場に居た人に笑われ、同僚、若手の役人に笑われ、語り継がれてさらに笑われる。重方はひたすらに笑われるという、さんざんな扱いをされています。そして、話末評「其妻、重方失ケル後ニハ、年モ長ニ成テゾ有ケルトナム語リ伝ヘタルト也」で締められています。重方は死んだ後、妻は大人っぽく、落ち着いた人になりました、というのです。
 ここには、重方の浮気心、妻の嫉妬心、笑った人々、それぞれが「良いも悪いも」などという評価は下されていません。『今昔物語集』の基本原則は仏法に則っていますから、「愛欲」や「執着」は強く否定され、禁を犯した者には必罰があります。しかし、本話の出てくる人々については、それらを当てはめていません。罰せられた(もしくは、死後罰せられただろう)などという記述は無く、ただ、現に「あったこと」が語られているだけです。これは、とりもなおさず、本話が「笑い話」だからです。巻28の副題は「付世俗」です。仏法とは一線を画した説話群が収められています。その「宣言文」代わりとして、第1話で、行動や心情が、仏法に支配されることが無い、ただ単に笑える世間話、しかも秀逸な展開の話しが置かれたのでしょう。



 現代語訳には、この本の原文・注釈を参考にしました。


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コメント

>みんたさん
このモチーフの話しは、各所にあるようで、どれを出典とすべきか特定もできないようです。私が参考にした本では、狂言『花子』が同源話として挙げられていました。
本当に、挿絵のおかげで、『今昔』訳をするのに張り合いができました。アクセス数は稼ぐのに、なんだかあまりに素っ気無くて、「いいのかな、これで」と思いながら訳していたものですから。

『貫八先生』は、観た覚えがあります。でも、誰が出ていたかまでは覚えていませんでした。川谷拓三さんだったんですね。それよりもよく覚えているのが、南こうせつさんが主役の『東中学3年5組』です。九州つながりですね。

投稿: 桜濱 | 2008.11.23 17:16

有名なお話ですが、楽しく読めるよう訳されているので毎日堪能しております。挿絵がなくても楽しいなーとおもっていましたが、毎回素敵な絵がつくようになってみると雅でとてもいいですね。(鬼に金棒というと意味はあってるけど武骨だわ、がっくり)

あ、今日限定ですけど…カンパチは無理でも貫八は教師になって主役張りましたから、無理はなさらないでください。せっかく努力させても貫八の後を追ってはかなくなってしまうと気の毒ですし。(不人気でしたけど好きでしたあのドラマ…)

投稿: みんた | 2008.11.22 15:27

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