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2008.10.20

竜宮城から帰ってきたら、こういうことも起こる

 今は昔のことです。京に若い侍がおりました。名前は伝わっていません。お金は無く、日々の暮らしにも困っていました。ですが、この男は毎月十八日の縁日に、身を清めて、観音様にお参りしておりました。また、その日には、百の寺を詣でて、仏様に礼拝をしてもいました。長年、男は、貧しいながらも、このように神仏を敬って過ごしておりました。
 ある年の九月十八日、いつものように、各所のお寺を詣でるために、南山階の街道を行く途中、山奥、ひと気が無いところで、五十歳くらいの男と出会いました。その男は、手にしている杖の先に、何かを引っ掛けています。侍は、「あれは一体何だろう?」と、よくよく見ますと、それは、一尺くらいの斑模様の小さい蛇でした。行き交う時に、小さい蛇を見ますと、その蛇はまだ生きていて、少し体をうねらせていました。奇妙に思った侍は、蛇を持った男に声を掛けました。
「もしもし、どちらへいらっしゃるのですか?」
「わしは、今から京へ登るところですわ。おたくさんは、どこへ?」
「私は、仏様を拝むために、お寺詣でをしております。つかぬ事をおうかがいしますが、あなたの杖の先の蛇は、一体、何ですか?」
「これは、ちょっとしたことに使うものでな。こんな山奥まで、わざわざ捕まえに行ってきたところなんだわ」
 侍は、それを聞き、しばらく考えた後、言いました。
「その蛇を、私に免じて、逃がしてやってくれませんか。生きているものの命を奪うことは、罪作りなことですよ。それに、今日は観音様の縁日です。このような日に、殺生はなりません」
「観音様と言ったら、蛇だけじゃなくて、人にも御利益をくださるだろう。わしも、必要があるから、この蛇を取りに行ったんだわ。おたくさんは、罪作りだと言うけどな、わしだって、生き物の命を取りたいからやっているわけじゃないんだわ。世の中のやつらは、みんな、いろんな手で世を渡らなきゃならないだろ。わしだって、仕方なくやってるんだわ」
「それなら、その蛇は、一体何に使おうというのですか?」
「わしは、ずっと『如意』という法具を作ってるんだわ。如意は牛の角から作るんだが、曲がってる角を真っ直ぐに延ばさなきゃならないんだわ。それに使うのがこの小蛇なんだわ。この蛇からな、油をぎゅーっ、と、しぼり取る。その油で角を延ばすってわけだわ。だから、わざわざ山奥まで来てるってことだわ」
「では、出来上がったその如意というのは、どのように使うものですか?」
「そんなのわしの知ったことかいな。おかしなことを言うお方だわ。わしは、如意を欲しがる人に売って、その金で着物や食い物を買ってるだけだわ」
「うーむ。確かにあなたの言うとおりです。生活するにはやむを得ないというわけですね。それでは、ただ逃すだけということではなく、代わりのものを私があなたにお渡しするということでどうでしょう?」
「…一体、何と替えてくれるのかい」
「私の、狩衣でも、袴でもいいですよ」
「いやいや、そんなのじゃ、代わりにならないんだわ」
「では、今着ている、この綿入りの衣ではどうでしょうか」
「よし! それとなら、替えてやるわ」
 こうして、折り合いがついて、侍は着ていた綿入れと、小さい蛇を取り替えたのです。別れ際に、侍は蛇を持っていた男に「この蛇はどこにいたのですか?」と問いかけると、つまらなさそうに「あっちの小さな池だわ」と言い残して、さっさと立ち去りました。
 侍は、男の言った池へと行きました。そこで、小蛇が居易そうなところの砂を掘って、そこに据えて、水を掛けるなどして、小蛇の体を冷やしてやると、しばらくの後、小蛇は、ゆっくりと池の中へと消えていきました。
 小蛇の様子を見届けて、侍は街道へ戻り、お寺詣でを続けることにしました。そして、池から二町ほど行ったところで、年は十二、三歳、顔立ち美しく、目映いばかりの衣と袴を着た娘と行き会いました。侍は、山深い中なのに、こんな様子でいる娘を不思議に思っておりましたら、娘が声を掛けてきたのです。
「私は、あなた様のお心の優しさが嬉しくて、お礼を申し上げたく、参りました」
「はて? あなたにお会いするのは初めてだと思うのですが、何のお礼でしょうか?」
「あなた様は、わたくしの命の恩人でいらっしゃいます。先程、お救い下さいました。そのことを父母に申しましたら、『是非とも、お迎えに上がりなさい。お礼を致さねばならない』と申しましたので、参りました次第でございます」
 侍は、さては、この娘はさっきの小蛇だな、と思い、お礼に来たことが嬉しくも、蛇の変化であることが怖くも思いつつ、
「あなたのご両親はどちらにいらっしゃるのですか?」
と、問うと、
「こちらでございます。さあ、どうぞ」
と、侍を先程の池の方へと誘いました。侍は、恐ろしくなり、逃げ出したくなりましたが、娘は、
「決して、決して、あなた様を悪いように致しません。どうか、父母にお会いくださいませ」
と、懇願しましたので、侍はしぶしぶ池のほとりにまで娘に付いて行きました。そこで、娘は、
「こちらでしばらくお待ちくださいませ。わたくしは、あなた様がいらっしゃたことを、父母に告げて、また戻ってまいります」
と言い終わると、瞬く間に消え失せました。

『今昔』巻16・第15話

 男は、池のほとりで、薄気味悪く思いながら、ただ待っておりますと、ふっ、と娘が現れました。
「さあ、こちらへどうぞ。父母のもとへお連れいたします。では、わたくしが合図をするまで、目をつむっていてくださいませ」
 男は、娘の言われるがまま、目をつむりました。その間、ほんのわずかだったのか、長く眠っていたのか、男には分かりません。
「では、目を開けてくださいませ」
という娘の声で、はっ、として目を開けると、そこは、素晴らしく飾り立てた大きな門の前でした。この門は、都の門でさえも見劣りするほどに見えました。娘が、
「こちらで、今しばらくお待ちください。父母にあなた様がいらっしゃったことを申してまいります」
と、言い残し、門の中へ入っていきました。男は進むことも逃げることもできず、娘のことばのまま待っておりましたら、再び、娘が出てきて、
「こちらへどうぞ」
と、男を門の中へ連れて行きました。男は恐る恐る、娘の後を追って、入りました。
 そこは、美しい宮殿がいくつもあり、いずれも金銀財宝で飾り立てられ、目映く光り輝いていました。男はあっけに取られながら歩いていると、中央の本殿らしきところに行き着きました。そこは、他の宮殿を遥かに凌ぐ美しさです。様々の宝玉が輝き、麗しい帳や床がきらめいていました。
 「ここは、極楽なのか!?」と、侍が思っていると、気品があり、厳かな風格を備え、長い髪をした、六十歳くらいの男が出てきました。彼もまた、宮殿と同じように、煌びやかに身を飾っています。この男は、
「さあさあ、こちらへお上がりください」
と、言いました。侍は、気が動転して、誰に向けられたことばなのか分かりませんでした。しかし、ようやく「自分が呼ばれたのだ」と気付くと、
「どうして、そちらのような立派なところに行けましょうか。こちらで仰せを承ります」と畏まって言いました。すると、男は、
「何を仰るのです。このように、お迎えして、お会いするのには、わけがあるとお思いになってください。どうぞどうぞ、お上がりくださいませ」
と、促されましたので、侍はびくびくしながら、本殿へ上がりますと、男は言いました。
「あなたのことをお聞きしまして、たいへん感動し、その立派なお心に、なんとしてでもお応えしなければ、と思いまして、お迎えに上がったのです」
「一体、何のことを仰っていらっしゃるのですか?」
「この世の者、皆、我が子をいとしいと想う気持ちに変わりはありません。私には、多くの子がおります。その中の末の娘が、今日の昼間、外で遊びたいと言い出したのです。私は強く止めましたが、言うことを聞かずに、この近くの池で遊び始めました。すると、帰ってきた時、『先程、人に捕まえられて、死にそうになりました。しかし、通りがかりのお方が命を助けてくださいました』と言うではありませんか。娘の言うことを詳しく聞きますと、なんとまあ、たいそうありがたく嬉しく思いまして、この喜びを是非とも申し上げたいと、お迎えに上がった訳でございます」
と、男は語りました。ここで、侍は「やはり、この男はあの小蛇の親なのだ」とはっきりと分かりました。
 男が、合図をすると、気品と威厳の満ちた者が数人現れました。男はこの者たちに「こちらのお客様におもてなしをなさい」と言いつけると、すぐさま立派なご馳走が用意されました。男は、それを口にして、侍にも勧めました。侍は、全くに気を許してはおりませんでしたが、勧められるままに料理を食べてみると、その味は言い表せないほどの絶品でした。
 食事が終わると、男は言いました。
「私は、竜王です。ここに住むようになって永い時が経ちました。今まで覚えたことの無い程の御恩にどのようにお応えすれば良いかと考えています。どのような願いも叶う『如意の玉』を差し上げるべきなのでしょうが、日本の人の心は移ろいやすく、良い心を持っている方でも、ふとしたきっかけで悪い心を持つようになります。ですから、『如意の玉』を正しく使い続けることは難しいのではないかと思っています。…そこにある箱を持ってまいれ」
 竜王は、綺麗に塗られた箱を取り寄せ、ふたを開けました。そこには、黄金の餅が一つ入っていました。竜王は、その黄金の餅を中ほどから割ると、半分を元の箱に戻し、半分を侍に渡しました。
「この黄金の餅は、一度に使ってしまうことはせずに、必要なときにだけ少しずつ割りとって、お使いください。そうすれば、お命が続く間、無くなることはないでしょう」
 それを聞いた侍は、大切に黄金の餅を懐に仕舞いました。
 盛大なもてなしが終わり、侍は「そろそろ、おいとまをいたしたいと思います」と竜王に告げると、例の娘が見送りに出てきました。そして、竜宮城に来た時と同じように、門の前で、「しばらく目をつむっていてくださいませ」と言われ、その通りにしていると、いつの間にか、池のほとりに立っておりました。竜王の娘は、
「私がお見送りできるのはここまででございます。こちらよりお帰りくださいませ。今日の嬉しさは生まれ変わっても忘れることはないでしょう」
と侍に言い終わると、ふっ、と消えてしまいました。
 侍が家に帰ると、家族は「どこに行っていたんだ? ずっと帰ってこないので、心配していたんだぞ」と騒ぎ立てました。侍はほんの少しの間、竜宮城にいたと思っていたのですが、実は何日も経っていたのでした。
 侍は、その後、竜宮城の事は、一言も人に語ることはありませんでした。そして、必要に応じて、こっそりと黄金の餅を割り取り、それで物を買いに行っておりましたので、貧しいどころか、持っていないものは無いほどの富豪になったのです。また、黄金の餅は、不思議なことに、何度欠き割っても、元通りの形に戻るのでした。
 侍は、それで、一生、お金に困ることがなくなりました。そして、このようにして富に恵まれたことで、ますます熱心に観音様を礼拝するようになりました。
 侍が亡くなった後、時を同じくして、黄金の餅も消え失せて、子に伝わることはありませんでした。
 これも、侍が、心を尽くして観音様を拝んだので、その霊験によって、竜宮城に行くことができ、黄金の餅を手に入れ、富豪になれたのです。このお話しは、いつごろとは無しに、いつの間にやら、人々に知れて、語り継がれておりますよ。

――――――――――

 『今昔物語集』巻16・第15話「観音に仕りし人、竜宮に行きて富を得たる語」の現代語訳です。
 「助けた亀に連れられて~」のような、数多い竜宮伝説の一つですね。今回助けられたのは、亀では無く小蛇です。「竜宮」というくらいですから、亀よりも蛇の方がお話しに現実味が出ているように感じられます。こちらの方が浦島伝説の原型に近いのかもしれません。
 そのようにして見ていくと、「浦島太郎」のお話しとは相違点がいくつか目に付きます。「助けた亀」は「乙姫」、つまり「末娘の姫」(「甲乙」のように、「乙」には「末の」という意味があります)ですが、これは「乙蛇姫」ということが、竜王の語りで分かります。
 助けた後の歓待は、乙姫自身ではなく、竜王によって為されています。この歓待も、後でどんでん返しが待っているのでは無くて、侍が「黄金の餅」で一生の富貴を得ることで大団円を迎えています。
 これは、大団円を迎えなければなりません。なぜなら、この説話は「観音霊験譚」だからです。身は貧しくても、観音様をちゃんと拝んでいたから、その見返りが充分なされなければならないのです。そうしないと、観音様の霊験の意味が無くなります。

 面白いところは、最初に小蛇を捕まえていた男のことばです。「観音様は蛇を助けるだけじゃなくて、人も助けなければならないだろう。自分だって人だ。生き物の命を取りたいとは思わないが、この蛇がいないと生活をやっていけないのだ。みんな、いろんな事をして世渡りをしているんだ。だから、俺も蛇は渡せない」(原文「蛇持ノ云く、『観音ト申セドモ人ヲモ利益シ給フ。要ノ有レバ取テ行ク也。必ズ者ノ命ヲ殺サムト不思ネドモ、世ニ経ル人ハ様々ノ道ニテ世ヲ渡ル事也』ト。」)というのです。もっともな事を言っています。結果的に、この「蛇持」は、小蛇の命を助けて、侍から綿入りの着物を手に入れることができたのですから、観音様の霊験は少しは現れたのでしょう。
 もう一つは、竜王が侍にお礼の品として、黄金の餅を渡す前に、何でも願いの叶う「如意ノ珠」(如意宝珠、如意宝)を渡そうかと考えているところです。しかし、「日本の人の心は悪くて、如意宝珠を無事に持ち続けることは難しい。だから渡せない(原文:「此ノ喜ビニ、如意ノ珠ヲモ可奉ケレドモ、日本ハ人ノ心悪シクシテ、持チ給ハム事難シ」)」と言って、「如意ノ珠」は渡さなくて、代わりに黄金の餅を渡すのです。これは、仏教的な思想が、日本はまだ完全では無いことを言っていると思われます。

 なお、今回は、挿絵が入っています。友人のMagさんにお願いして、描いていただきました。今まで、本ブログの『今昔物語集』現代語訳は、文字だけの殺風景な記事でしたが(しかし、検索件数では一番の稼ぎ頭です)、お陰で、たいへん華やかになりました。
 予定では、今後も『今昔』現代語訳の回は、イラストを描いていただくことになっています。イラストと合わせて本文をご覧いただいき、『今昔』の雰囲気をより鮮やかに感じ取って下されば、と思っております。



 現代語訳には、この本の原文・注釈を参考にしました。

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