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2008.09.20

汚職、証拠隠滅、口封じ

 今は昔のことでございます。日向守の某という者がおりました。
 その日向守、任期が満了し、新しい国司が来ることになりました。引継ぎの文書をまとめていたのですが、色々と自分に都合の悪いことが書かれてあったようです。そこで、文字が上手く、仕事のよくできる書記官を呼び出し、その部分を細工して書かせたのです。書記官は、日向守が在任してからの記録を修正しながら、
「このように、私が細工をして書いたことを、守は新しい国司様に知られてはまずいと思うのではなかろうか。きっとそうだ、疑い始めるに違いない。守はこんなに悪いことをするような心構えの人だから、恐ろしいことをするだろう…」
と、思ったのです。「どうにかして逃げなければ」と思いはしたものの、屈強な者を四五人、見張りに付けて、夜昼無く目を光らせていたので、少しの間も身動きが取れないでおりました。
 このような日が二十日ほど続いた頃でしょうか、書記官は全ての文書を書き改めました。すると、日向守は、
「一人でこれだけの量をこなすとは見事だ。よしよし。上京しても、私の事を忘れないでいてくれたまえ」
などと言って、書記官に多くの絹の反物を褒美として与えました。しかし、書記官は褒美どころではなく、恐怖でうわの空になっておりました。そして、書記官がその褒美を受け取り立ち去ろうとする時に、守は、子飼いの武士を呼び寄せて、小声でしばらく話し掛けたのです。書記官はその様子を見て、胸が張り裂けんばかりになりました。
 武士が守との話を終えて出て行くときに、
「さあ、書記殿、おいでなされ。お話しいたしたい事がございます」
と、呼び寄せました。書記官はそれを断ることも出来ず、恐る恐る近寄りました。すると、すぐさま二人の男が現れ、書記官の両腕を捕らえて、身動き出来なくしたのです。武士は、矢筒を取り出し、弓を引き絞り、矢先をぴたりと、書記官の胸に向けました。書記官は、びくりと身体が強張りました。
「な、何をなさるのですっ!」
「可哀想な事だと思いますがね。だが、我が主の仰ることですから、断れますまい」
「やはり、そうか…。では、どこで私を殺そうとしているのか?」
「人が来そうにないところを知っているのでね」
「そうか…。そこまで決まっているんでしたら、私が今からあれこれと言っても仕方ないようだ。それならば、長年、同じところで働いた仲。一つ、願いを聞いてくれままいか」
「事にもよるが…、まあ、言ってごらんなさい」
「私には、一つ屋根の下で長年暮らしてきた、八十になる母と、妻、そして十になる子どもが一人いる。その家族の顔を最後に一目見ておきたい。だから、我が家の前まで連れて行ってくれないだろうか。そうしたら、人をやって、家族を呼び出して、顔を見ることができる」
「そんなことか。いいでしょう。それくらいならば、どうということもないでしょう」
 書記官を馬に乗せて、逃げ出さないように二人で馬の口を引き、あたかも病人を運んでいるかのように見せて、連れ出しました。その間も、武士は馬に乗り、後ろからいつでも書記官に矢を放てるようにしていました。
 書記官の家に着くと、人を遣り、母親を呼び出しました。すると、母親は、弱弱しく、人にすがり、門の前まで出てきました。書記官の言うように、髪は灰色、ひどく年老いておりました。後に続いて、十歳ほどの子どもを掻き抱きながら、怯えた様子で妻も現れました。
 止めた馬の近くに母親を呼び寄せて、書記官は物静かに声を掛けました。
「お母さん、私は少しも間違ったことをしておりません。しかし、前世の報いなのでしょう、もう、死ななければなりません。どうか悲しまないでください。幼いこの子は、そのうち、養ってくれる良い人が出てくるでしょう。ただ、お母さん…、お母さんがこの先どのようになられるのか。それが…、それが心残りです。殺されるよりもそのことが心苦しい! 悲しい! …もう、時間のようです。お体に障ります。さあ、家にお入りください。最後にただ一度お顔を目にしておきたかったのです」
 この様子を見ていた武士も、その部下も、皆、ただ涙を流すばかりでした。老いた母親は、あまりの悲しさに、倒れこみ、起き上がることができなくなりました。
 しばらくの時が流れ、武士は、このままでいるわけにもいかないと思い、「…もう、いいでしょう。行きましょう」と、言い、再び馬を引いて、書記官の家を離れました。
 そして、武士は、栗林の中で、書記官を射殺し、証拠の首を取り、日向守の元へ戻っていったということです。
 この話しで思われるのです。日向守の罪はどれだけ重いかということを。偽の文書を作ることでさえ、たいそう重い罪です。まして、無理矢理に書かせた罪無き者を口封じのために殺すなんて…。これは、悪行でしかありません。これを聞いた人々は、日向守をたいそう憎んだ、と語りがれておりますよ。

――――――――――

 『今昔物語集』巻29・第26話「日向守□、書生を殺す語」の現代語訳です。
 なんとも救いの無い、もやもやした気分になる説話です。巻29は悪行譚が収められている巻ですので、行われた悪そのものに視点が置かれることが多く、それに報いがあるかどうかはあまり問題とされていません。たぶん、日向守は上京してからも特に罪を受けることなく生きていったのでしょう。
 ただし、現世での報いは無かったとしても、来世での報いは受けたのかもしれません。原文の話末評では「日向の守、何ナル罪ヲ得ケム。詐テ文ヲ書スルソラ、尚シ罪深シ。況ヤ、書タル者ヲ咎無クシテ殺サム、可思遣シ。此レ、重キ盗犯ニ不異ズ」としています。『今昔物語集』の原理の一つに「報恩必罰」があります。罰は現世だけで下るものではありません。「可思遣シ(おもひやるべし)」から、堕地獄の可能性が見えてきます。

 それにしても、汚職、文書偽造、虚偽記載、証拠隠滅。どれも聞き覚えのあるような話しです。現代風だったら、事件がその後に発覚しても、「すでに当事者は公職を離れており、資料も処分され…」などという言い訳で逃れるのでしょう。



 現代語訳には、この本の原文・注釈を参考にしました。


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