日本最古のアラームクロックを作ろうとしたが…
今は昔の話しです。小野篁さまが愛宕寺を建立された時、鐘を鋳ることになりました。そこで、鋳造師を呼んだのですが、その男はこんなことを言ったのです。
「この鐘を撞く人が居なくても一時毎に鳴らすようにしませんか。出来上がった鐘を、土に三年間埋めておくのです。埋めてから満三年の日の明け方、掘り出してください。その日より一日でも早かったり、遅かったりしてもいけません。それを守らないと、一時毎に鳴るようにはなりません。では、鐘を鋳たら、土に埋めて置いてください」
鋳造師は念を押して帰っていきました。そして、鐘が出来上がり、男の言う通りに、土に埋めたのです。
それから二年が過ぎた頃、寺を取り仕切る別当の法師は、鐘がどうなっているのか知りたくて知りたくてたまらなくなりました。とうとう我慢できず、鋳造師が言った日まで一年もあるのにもかかわらず、「今すぐ鐘を掘り出しなさい」と詰まらないことを言い出して、結局、鐘を掘り出してしまったのです。もちろん、それは普通の鐘のままで、一時毎に自然に鳴るような不思議なことは起こらずじまいでした。人々は、
「鋳造師の言うとおり、三年目のその日に掘ったならば、撞く人が居なくても鳴る鐘になっただろうに。そうしたら、鐘の音を聞く者たちは、正しい時間がちゃんと分かって、たいそう便利だっただろうに。本当にしょうもないことをする別当だ!」
と、口々に別当を批難しました。
このように、落ち着きが無くて、じっと我慢できない人は、全くもって下らないことになってしまうのです。これも心構えが愚かで、正直さが無かったからです。人々は、この話しを聞いて、決して素直さや正直さを忘れてはいけない、と語り継いでいるのですよ。
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『今昔物語集』巻31・第19話「愛宕寺の鐘の語」の現代語訳です。昔話でよくある「開かずの部屋」のパターンですね。してはいけない、という「禁止」が破られることで話しが生まれます。
この説話では、人智を超えた不可思議なものを作り出そうとしますが、別当(寺を管理する責任者の僧侶)の俗な心によって、人々は不可思議に触れることができなくなりました。別当の愚かさを戒めて、「撞かぬ鐘に鳴る鐘」への憧れが語られています。残念な話しですが、憧れが憧れのままで終わったからこそ、この話しが語り継がれることになったのでしょう。
今では、アラーム機能が付いた時計は珍しいものでは無いどころか、時計機能が付いているものはアラーム機能も付いているくらいです。この話しの当時の人々が見たら、それはそれは驚いたことでしょう。現代の技術は、昔の不思議に到達しているのです。
アラームは珍しいものではなくなりましたが、機械式の腕時計で、ボタンを押すとチャイムの音で時間を知らせてくれるという高級時計があります。この機能は「ミニッツリピーター」と呼ばれるもので、「ブレゲ(Breguet)」のものが有名です。ブレゲのミニッツリピーターは数千万円します。高嶺過ぎます。お手頃な価格の腕時計を3年間土に埋めたらブレゲに変わればいいのですが…。
現代語訳には、この本の原文・注釈を参考にしました。
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