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2008.08.30

日本最古のアラームクロックを作ろうとしたが…

 今は昔の話しです。小野篁さまが愛宕寺を建立された時、鐘を鋳ることになりました。そこで、鋳造師を呼んだのですが、その男はこんなことを言ったのです。
「この鐘を撞く人が居なくても一時毎に鳴らすようにしませんか。出来上がった鐘を、土に三年間埋めておくのです。埋めてから満三年の日の明け方、掘り出してください。その日より一日でも早かったり、遅かったりしてもいけません。それを守らないと、一時毎に鳴るようにはなりません。では、鐘を鋳たら、土に埋めて置いてください」
 鋳造師は念を押して帰っていきました。そして、鐘が出来上がり、男の言う通りに、土に埋めたのです。
 それから二年が過ぎた頃、寺を取り仕切る別当の法師は、鐘がどうなっているのか知りたくて知りたくてたまらなくなりました。とうとう我慢できず、鋳造師が言った日まで一年もあるのにもかかわらず、「今すぐ鐘を掘り出しなさい」と詰まらないことを言い出して、結局、鐘を掘り出してしまったのです。もちろん、それは普通の鐘のままで、一時毎に自然に鳴るような不思議なことは起こらずじまいでした。人々は、
「鋳造師の言うとおり、三年目のその日に掘ったならば、撞く人が居なくても鳴る鐘になっただろうに。そうしたら、鐘の音を聞く者たちは、正しい時間がちゃんと分かって、たいそう便利だっただろうに。本当にしょうもないことをする別当だ!」
と、口々に別当を批難しました。
 このように、落ち着きが無くて、じっと我慢できない人は、全くもって下らないことになってしまうのです。これも心構えが愚かで、正直さが無かったからです。人々は、この話しを聞いて、決して素直さや正直さを忘れてはいけない、と語り継いでいるのですよ。
――――――――――

 『今昔物語集』巻31・第19話「愛宕寺の鐘の語」の現代語訳です。昔話でよくある「開かずの部屋」のパターンですね。してはいけない、という「禁止」が破られることで話しが生まれます。
 この説話では、人智を超えた不可思議なものを作り出そうとしますが、別当(寺を管理する責任者の僧侶)の俗な心によって、人々は不可思議に触れることができなくなりました。別当の愚かさを戒めて、「撞かぬ鐘に鳴る鐘」への憧れが語られています。残念な話しですが、憧れが憧れのままで終わったからこそ、この話しが語り継がれることになったのでしょう。
 今では、アラーム機能が付いた時計は珍しいものでは無いどころか、時計機能が付いているものはアラーム機能も付いているくらいです。この話しの当時の人々が見たら、それはそれは驚いたことでしょう。現代の技術は、昔の不思議に到達しているのです。
 アラームは珍しいものではなくなりましたが、機械式の腕時計で、ボタンを押すとチャイムの音で時間を知らせてくれるという高級時計があります。この機能は「ミニッツリピーター」と呼ばれるもので、「ブレゲ(Breguet)」のものが有名です。ブレゲのミニッツリピーターは数千万円します。高嶺過ぎます。お手頃な価格の腕時計を3年間土に埋めたらブレゲに変わればいいのですが…。



 現代語訳には、この本の原文・注釈を参考にしました。


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2008.08.20

月夜の闇の妖しき逢瀬

 今は昔、光孝天皇の御世のことでございます。八月十七日、月がたいそう明るい夜のことです。武徳殿の松原を若い女が三人、連れ立って歩いておりました。
 その時、松の木の陰から男が現れました。男は一人の女の手を引き、松の木蔭で語らいを始めました。他の女は、すぐに話しは終わるだろうと待っておりましたが、なかなか女は戻ってきません。そのうち、声どころか物音もしなくなったので、「どうなっているのでしょう?」と怪しく思い、二人は恐る恐る松の陰に近寄りました。しかし、女も男もいません。どこに行ったのだろう、と辺りを見回しますと、地に落ちた女の手足だけが、暗闇に仄かに浮かび上がっていたのです。
 二人の女は声も出せないほど恐れおののき、松林から走り逃げました。そして、衛門の詰め所で松原の有様を告げると、役人たちはたいそう驚き、そこへと確かめに行きました。すると、女たちの言葉通り、死体が散らばっているようなことは無く、ただ、手の先、足の先だけが落ちていました。そのうち人々が集まり、大騒ぎになったことは言うまでもありません。皆は「これは、人に姿を変えた鬼が女を喰ったに違いない」と言い合いました。
 ですから、女はそのような人気の無いところで、見知らぬ男に呼ばれたら、気を許して近寄ってはいけないのです。よくよく心がけをしっかりとして恐れなければならない、と語り継がれているのでございますよ。

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 『今昔物語集』巻27・第8話「内裏の松原にして、鬼、人の形と成りて女を噉らふ語」の現代語訳です。先の記事に続き、怪異譚です。夏の夜、月の明々した風景と、松の暗闇の対比が恐怖感を煽ります。
 現場の様子から、ただの殺人事件では無いことが分かります。血が飛び散っているわけでもなく、野犬などに食い荒らされたわけでもありません。女の手と足だけがぽつんぽつんと落ちているだけなのです。(原文「凡ソ骸散タル事無クシテ、只足手ノミ残タリ」)このような所業は人外の者、すなわち「鬼」にしかできないことです。
 「鬼(おに)」は「陰(おん)」から来ていることばだと言われます。「明の世界」に鬼は出てこれないのでしょう。だから、夜であっても月の光の下には出てきません。月が届かない松林の闇に女を引きずり込んだのです。
 武徳殿は内裏の西、殷富門の東にあった御殿の一つで、武術や競馬が行われていました。その東に広がる「宴の松原」は、妖怪変化の出没する場所として知られていたそうです。



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踊る油瓶

 今は昔のことでございます。小野宮の右大臣、藤原実資さまとおっしゃる方がいらっしゃいました。学識は豊かで素晴らしく、思慮深くてあられましたので、世の人々は「賢人の右大臣」とお呼びしておりました。
 ある日、実資さまが参内の後、大宮大路を下っていらっしゃいますと、牛車の前に、小さな油瓶が右に左に飛び跳ねながら、まるで踊るように「歩いて」おりました。実資さまはこの様子をご覧になり「これは、奇怪な。一体どういうことだろうか…。ふむ…、おそらく物の怪の仕業であろうな」とお考えになりました。
 しばらく、踊る油瓶を追うようにして進んでいらっしゃいましたら、とある屋敷のぴったりと閉じた門の前まで辿り着きました。油瓶はその門の真下でくるりくるりと踊っております。やがて、油瓶は、門の前で飛び上がり始めました。その高さはだんだんと高くなっていきます。どうやら鍵穴に飛びつこうとしているようです。そして、とうとう鍵穴に触れたと思うが早いか、その鍵穴に吸い込まれるようにして油瓶は消えてしまいました。
 実資さまは、この一部始終を見届けて、お屋敷に戻られてから、家来に、
「かしこの家に行き、素知らぬふりをして、様子を見て参れ」
とお命じになり、油瓶の忍び込んだ屋敷に行かせました。
 家来が子細を調べて、戻ってきますと、
「お指図の屋敷に行ってまいりました。そこには若い娘がいたのですが、ここ最近、病に伏せっておりまして、今日の昼に亡くなったそうでございます」
と、申し上げました。実資さまはこれをお聞きになり、
「やはりな。あの油瓶は物の怪だったのだ。鍵穴から入った後、そいつが娘を殺したのだろう」
と、お思いになられたのでした。このような物の怪が見えた実資さまも常の人ではいらっしゃらなかったのでしょう。
 このように、物の怪はいろいろな物に変化して現れるのでございます。この油瓶は何かの怨念を晴らしたのだろう、と語り継がれているのですよ。

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 『今昔物語集』巻27・第19話「鬼、油瓶の形と現じて人を殺す語」の現代語訳です。原文では表題以外では「鬼」の語は使われず、「物ノ気」と書かれています。「物」にしても「気」にしても実体が不明瞭な存在を表わしています。そのような存在を一括して「鬼」と呼んでいました。
 この説話で、何故「油瓶」に変化したのかはよく分かりません。不可思議な要素が「油」にあるのか「瓶」にあるのかも判然としません。しかし、夜、火を灯すための油が昼に現じていることに物の怪らしい違和感が生まれているとも言えるでしょう。
 原文「其レヲ見給ケム大臣モ、糸只人ニハ不御ザリケリ」から分かるように、踊る油瓶は実資だけに見えていました。これにより、不思議な油瓶の怪異が語られるとともに、「賢人」実資の超人的能力を語り伝えている説話にもなっているのです。



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2008.08.10

アットマークの使い方の一例

@の使い方
 個人輸入の高価なお薬です

 「@」は伏せ字にも使えるようです。しかし、この場合は、伏せているようで伏せていないという巧妙な業が使われています。


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