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2008.08.20

踊る油瓶

 今は昔のことでございます。小野宮の右大臣、藤原実資さまとおっしゃる方がいらっしゃいました。学識は豊かで素晴らしく、思慮深くてあられましたので、世の人々は「賢人の右大臣」とお呼びしておりました。
 ある日、実資さまが参内の後、大宮大路を下っていらっしゃいますと、牛車の前に、小さな油瓶が右に左に飛び跳ねながら、まるで踊るように「歩いて」おりました。実資さまはこの様子をご覧になり「これは、奇怪な。一体どういうことだろうか…。ふむ…、おそらく物の怪の仕業であろうな」とお考えになりました。
 しばらく、踊る油瓶を追うようにして進んでいらっしゃいましたら、とある屋敷のぴったりと閉じた門の前まで辿り着きました。油瓶はその門の真下でくるりくるりと踊っております。やがて、油瓶は、門の前で飛び上がり始めました。その高さはだんだんと高くなっていきます。どうやら鍵穴に飛びつこうとしているようです。そして、とうとう鍵穴に触れたと思うが早いか、その鍵穴に吸い込まれるようにして油瓶は消えてしまいました。
 実資さまは、この一部始終を見届けて、お屋敷に戻られてから、家来に、
「かしこの家に行き、素知らぬふりをして、様子を見て参れ」
とお命じになり、油瓶の忍び込んだ屋敷に行かせました。
 家来が子細を調べて、戻ってきますと、
「お指図の屋敷に行ってまいりました。そこには若い娘がいたのですが、ここ最近、病に伏せっておりまして、今日の昼に亡くなったそうでございます」
と、申し上げました。実資さまはこれをお聞きになり、
「やはりな。あの油瓶は物の怪だったのだ。鍵穴から入った後、そいつが娘を殺したのだろう」
と、お思いになられたのでした。このような物の怪が見えた実資さまも常の人ではいらっしゃらなかったのでしょう。
 このように、物の怪はいろいろな物に変化して現れるのでございます。この油瓶は何かの怨念を晴らしたのだろう、と語り継がれているのですよ。

――――――――――

 『今昔物語集』巻27・第19話「鬼、油瓶の形と現じて人を殺す語」の現代語訳です。原文では表題以外では「鬼」の語は使われず、「物ノ気」と書かれています。「物」にしても「気」にしても実体が不明瞭な存在を表わしています。そのような存在を一括して「鬼」と呼んでいました。
 この説話で、何故「油瓶」に変化したのかはよく分かりません。不可思議な要素が「油」にあるのか「瓶」にあるのかも判然としません。しかし、夜、火を灯すための油が昼に現じていることに物の怪らしい違和感が生まれているとも言えるでしょう。
 原文「其レヲ見給ケム大臣モ、糸只人ニハ不御ザリケリ」から分かるように、踊る油瓶は実資だけに見えていました。これにより、不思議な油瓶の怪異が語られるとともに、「賢人」実資の超人的能力を語り伝えている説話にもなっているのです。



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