鬼のデザート
今は昔の話しです。六条左大臣・源重信さまという方がいらっしゃいました。
重信さまが方違えのために、一晩、朱雀院へとお泊りされる際に、重信さまにお仕えしていた、石見守・藤原頼信いう滝口の武士を、お連れになったのです。重信さまは、頼信に「朱雀院へ先に行って、待っておれ」と、お命じになられました。そして、大きな布袋を用意して、果物をその袋に入れて、組紐で袋の口を固く結び、「これを持って行き、部屋に置いていなさい」とお渡しになりました。頼信は、布袋を受け取り、付き添いの者に持たせて朱雀院に向かったのでした。
頼信は、朱雀院に着いたら、正殿に行き、準備を整えて、重信さまがいらっしゃるのを待っておりました。だんだんと、夜が更けていきましたが、重信さまはなかなかお着きになられません。頼信は、待ちきれずに、弓矢を脇に置いて、果物が入った布袋をしっかりと手で押さえていたのですが、とうとう、その袋に寄りかかって、眠ってしまいました。
しばらくすると、重信さまがお着きになられたのですが、頼信は気付きません。それを見た、重信さまは、頼信を起こしたのです。頼信はとても驚き、飛び起きて、服を整えて、脇に置いていた弓矢を手にとって、あわてて部屋の外に出たのです。
その後、重信さまのご一族の方々が、重信さまの周りに集まりました。そして、「一休みしよう」と、果物の入った布袋を引き寄せて、紐を解いて、中をご覧になりましたら、その袋の中には、何一つ入っていませんでした。
どういうことだ、と、重信さまは頼信を呼び寄せて、問い質されましたら、頼信は、
「わたくしが、ほんの少しでも、袋から目をそらしておりましたら、如何様にも、罰をお受けいたします。しかし、お屋敷を出ましてから、袋を部下の者に持たせて、道中、一切、目を離してはおりません。こちらに着きましたら、しっかりとわたくしが、袋を押さえておりました。このようにしておりましたものを、どうして失くしたりしましょうか。もしかしたら、わたくしが袋を押さえて眠り込んでしまったときに、鬼が来て、中身だけ持っていったのかもしれません…」
と、申し上げましたら、皆様、たいそう恐れおののいたのでした。
このことを耳にした者たちは、「本当に、珍しい話だ」と、言い合ったのです。もし、道中、布袋を持っていた頼信の部下が盗み取ったのだとしても、少ししか取らなかったことでしょう。それに、初めから何もものが入っていなかったかのように、袋から果物が消え去っていたのです。
この話しは、直接、頼信が語ったことを聞いた者が、語り伝えているということですよ。
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『今昔物語集』巻27・第12話「朱雀院にして、餌袋の菓子をとらるる語」の現代語訳です。
この説話の前後は、「鬼」にまつわる説話が収められています。どれも、おどろおどろしい話しなのですが、この第12話だけ、なんだかうさんくささを感じてしまいます。
「おい、頼信。お前が果物を食べたんだろう! 嘘つくなよ」
と、言いたいです。多分、当たっています。自分からこの話しを広めているのも、計算だと思います。唐突に「鬼」なんていう存在を持ち出すのも、変です。その雰囲気に一番効果的な存在を持ち出したのでしょう。
この説話の雰囲気は、狂言『附子』に似ているような気がしました。
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