« まだ許される頃 | トップページ | さぁ、マミちゃん。どうでしょうか? »

2007.04.30

あなたが落としたのは、この銀の器ですか?

 今は昔…とは申しましても、それほど古いお話しではございません。白井の君という僧がおりました。聞くところによると、最近亡くなられたそうでございます。
 白井の君は、初めは高辻小路と東洞院小路の交わる所に住んでおりましたが、その後、烏丸小路の東側、六角小路の北側に移り住んだようでございます。そこは、六角堂と背中合わせの所でした。
 白井の君は、その住まいに井戸を掘ることにしました。土を鋤いては投げ上げる。これをしばらく続けておりますと、投げ上げた土から「かんっ!」という音が聞こえたのです。土に混じった小石が金物にぶつかったような音でした。白井の君は気になって、音のした所に近寄ってみると、掘った土の山の中に、銀のお椀を見つけたのです。「これはいい物があったわい」と、その銀のお椀を取っておいたのでした。そして、しばらくして、そのお椀に銀をつぎ足して、小さい鍋に作り変えたのでした。

 白井の君の知り合いに、備後守・藤原良貞という方がいらっしゃいました。ある時、白井の君の住まいに、備後守の姫君方が、湯浴みと髪を洗いに行かれたのです。そこで、備後守の召使いが、例の井戸に、例の銀の鍋を持って行き、その鍋を井戸の囲いの上に置いて、井戸で仕事をしていた女に、水を入れさせたのです。
 その時、ふとしたはずみで銀の鍋を井戸の中に落としてしまったのでした。銀の鍋が落ちるさまを白井の君もちょうどそこで見ておりましたので、慌てて人を呼び出して、「あの銀の鍋を引っぱり上げてくれ」と申し付けたのです。一人の男がすぐさま井戸の中に下りたのですが、全く見当たりません。「これは、深くまで沈んでしまったんだな」と思われましたので、さらに幾人かを呼び出し、彼らも井戸に下ろして探らせたのですが、それでも見付かりません。「これだけ探しても見付からないなんて…」と、皆、不思議に思いました。それで、とうとう、総出で水を全部汲み上げて、井戸を空っぽにしてしまったのです。「こんなに手間をかけさせて。さて、どこにあるかな」と井戸の中を見たのですが、銀の鍋はどこにもありません。結局見付からなかったのです。消え失せてしまったのです。

 この話しを聞いた人たちは「もともとのお椀の持ち主は、何かこの世に名残を持った怨霊だったんだ。そいつがお椀を取り返したんだな」と言い合ったのです。もし、その通りだったとしたら、お椀を見付けたまでは良かったものの、それに銀を足したのを取り返されたのは、全くの大損でしたね。白井の君もつまらない目に遭ったものです。
 今では「絶対に怨霊が取り返したんだ」と皆は思っているようです。こんな怖ろしいこともあるんだと、語り継がれているのですよ。

――――――――――

 『今昔物語集』巻二十七・第27話「白井の君、銀の提を井に入れて取らるる語」の現代語訳です。原文では、白井の君が見つけ出して銀を足して作り変えたものは「提」(ひさげ)となっています。今回の訳では「鍋」としましたが、もともとの形状は、「つる」と注ぎ口があって、薬缶に近いです。「でも、『薬缶』とか『ヤカン』とすると、ちょっと雰囲気が出ないなぁ」と思いましたので、やむを得ず「鍋」としておきました。

 イソップ童話「金のおの銀のおの」では、湖に普通の斧を落として、出てきた女神様に落としたものを正直に答えると金の斧をもらえるのですが、この説話では落とした銀の提が金になるどころか、返してもくれませんし、「これを落としたのはお前か」と井戸から出てきてもくれません。ケチなお話です。


人気blogランキング

ほめられて伸びるタイプなので、押していただけるとすごく喜びます。

|

« まだ許される頃 | トップページ | さぁ、マミちゃん。どうでしょうか? »

コメント

>KATOさん
私が、お芝居を「知的」なものと感じているのは、能や狂言がNHK教育で放映されているからだと思います。長年の刷り込みですね。
歌舞伎がエンタテインメント性の高いお芝居だというのも、分かってはいるのですが、それもまた、歴史と伝統の重みといいましょうか、高い壁を感じてしまいます。
あと、最も厳しいのは、「鑑賞料」ですね(笑) 歴史と伝統よりも、今の私には高い壁となっています。もうちょっと、お財布に余裕があればなぁ…。

投稿: 桜濱 | 2007.06.14 17:56

お芝居は知性とは関係ありませんよ。
所詮昔の流行ですから、オペラや歌舞伎なんか、お昼のメロドラマより安っぽい、子供に見せられない展開の事が多々あります(笑)。
NHKの舞台中継は堅苦しい演目が多いですが、ライオンキング(演出にはインドネシアの人形劇を取り入れているらしい)がお好きなら鶴屋南北とか黙阿弥のお芝居、多分お好きだと思います。先日御園座でやってた南北のお芝居は、初めて歌舞伎をみた友人も驚いていました。歌舞伎がこんなエンタテイメントだとは思わなかったって。先月はシネマ歌舞伎の野田版ねずみ小僧(すっごく面白かった)を見て、今月はスーパー歌舞伎も見に行くの。宙吊りもありますよ~(笑)。お芝居は高いですが、学生の時、もっとみておけばよかったなと思うのです。学生券は安いので。東京は新作も見られるし、変わった古典演目(四谷怪談とか岩藤とかの幽霊ものとか)も上演されるし、歌舞伎座で一幕立見なら安く見られるし、勿論オペラやミュージカル、狂言も沢山上演されるし、引越したくなっちゃうことがあります(笑)。

投稿: KATO | 2007.06.05 15:48

>KATOさん
コメントをいただいていたのに、長らくお返事ができませんで、まことに申し訳ございませんでした。なんだか、身辺が慌しく、身心ともに、20年乗り回した車のクラッチ板の如く磨耗した状態になっておりまして、ブログに手を伸ばす気力・体力が無い状態でして…。ブログの記事を書くどころか、まともに管理も行き届きません。気が付いたら、トラックバックスパムまで増えていて、ガッカリです。
私の場合、こんなときこそ、甘くて美味しいものをいただくのがいいのでしょうね。先日、ようやく池下にできた「フォルテシモアッシュ」さんでケーキをいただきました。オーナーパティシエ辻口さんの代表作「セラヴィ」に感動! その感動にうながされて、レアチーズケーキをおかわりしました(笑)

お芝居はほとんど観たことがありません。NHK教育で狂言や能をしているときがありますが、もっとくだけた民放のバラエティに変えてしまいます(笑) 知性が磨かれないなぁとは思いつつ、くだけてしまいます。
名古屋で劇団四季が『ライオンキング』を上演していたときは、誘われて観に行きました。初めてのミュージカルで、大興奮したのを覚えています。あれは楽しかったですわぁ。

投稿: 桜濱 | 2007.06.03 01:11

最近の私の逃避は専らお芝居を見ることでしょうか。オペラやミュージカルもよいですが、歌舞伎や狂言は一応言葉も分かるし、でも異文化気分で
ご満悦です(笑)。

投稿: KATO | 2007.05.15 18:30

>KATOさん
ありますねー。神頼みというか、メルヒェンの世界に潜り込みたいというか。
今の私は、「長者になれる藁しべ」が欲しいです。この気持ちを反映して、今度の今昔現代語訳は「藁しべ」にしましょうかね。やはり逃避行動です(笑)

投稿: 桜濱 | 2007.05.08 01:50

仕事をしておりますと、スタッフ懐柔のために”泣いた赤鬼”作戦を遂行したり、今この瞬間泉の精が現れても、金銀製品ではなく絶対正直に必要物品を答えるのにと思うほど切羽詰まったり、今晩中に仕事終わるとは思えないけど、逃避して居眠りしている間に親切な小人さんが片付けてくれるかもと幻想を抱いたり、大人になってもなかなか夢から覚めません(笑)。

投稿: KATO | 2007.05.04 12:54

この記事へのコメントは終了しました。

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/44489/14869745

この記事へのトラックバック一覧です: あなたが落としたのは、この銀の器ですか?:

« まだ許される頃 | トップページ | さぁ、マミちゃん。どうでしょうか? »