年の暮れの大惨事
今は昔のことでございます。下野守、藤原為元という人がおりました。為元の家は、三条大路の南側、西洞院大路の西にあったということです。
年の暮れ、十二月の晦日の頃でした。為元の家に強盗が押し入ったのでございます。その大騒ぎは、為元の屋敷だけではなく、近くの屋敷ににも知れ渡りました。あまりの騒ぎになりましたので、盗人は「このままでは、屋敷を囲まれて、逃げられなくなってしまう」と考えたのです。そこで、ろくに物も盗むこともできないまま、為元の家に仕えていた一人の女房を人質に取り、その女房を抱きかかえ、その屋敷から逃げ出したのでした。
盗人は、用意していた馬に人質とともに乗り、三条大路を西へと駆けたのです。そして、大宮大路との四辻に出たところで、追っ手が来ていると思い、この余計な人質を抱えたままでは逃げることがままならないと考えたのでしょう、女房の着ていた衣を引き剥がして、女房はその場に棄てて、身軽な身となって、逃げ去ったのでした。
棄てられた女房は、今まで身に覚えのない気持ちを味わい、裸でただ、「怖い、怖い…」とばかりに、ただ辺りをうろつくしかありませんでした。真夜中、目のすぐ先に何があるかも分かりません。女房は、足を踏み外して、大宮河に落ち込んでしまったのです。晦日の夜でございます。水の冷たさはいかばかりでしたでしょう。川の面には、氷が張っておりました。吹く風の冷たさは、身を切るようでございます。川から這い上がった女房は、言い尽くせない恐ろしさと寒さに身を震わせつつ、近くの屋敷の門を叩いて、助けを求めたのでした。しかし、真冬の夜中に門を叩く音…。それもまた怖ろしいことではございませんか。屋敷の中から女房を助けようと出てくるものなどおりません。女房は、いくつかの屋敷の門を同じように力弱く叩き、か細い声で助けを求めたようでございます。しかし、とうとう女房を助けようと出てきたものは一人としておりませんでした。そして、力尽きた女房は、大路に倒れこみ、凍え死んだのでございます。さらに不幸なことは、その亡骸が夜中の内に、犬どもに食い散らされてしまったことでした。翌朝のおぞましい有様は…、申し上げたくはございませんが、長い髪が伸び、血に染まった赤い頭と、紅の袴の切れ端だけが、氷の張った地にあったということです。
その出来事の後、「盗人を捕えた者には、莫大な賞を与えよう」という宣旨が下り、大騒ぎとなりました。初めから、この犯人として荒三位という藤原某に疑いがかかっておりました。世の人が言うには「あの荒三位が、亡くなった女房に求婚をしたものの、女房はそれを受けなかった」ためだと。
あれこれと、噂が飛び交っている時、検非違使の左衛門の四等官であった平時道という人が、犯人探しをしておりますと、大和の国に下る途中、山城の国、「柞の杜」というところで、一人の男と出会ったのです。その男、どこか妙な気配を持っていたようです。検非違使を見て、畏まってはいるものの、怪しげな様子だったのです。時道は、その男を捕えて、奈良坂へと連れて行き、「お前が、犯人だろう」と厳しく問いただしたのですが、男は、「身に覚えの無いことでございます」と答えるばかりでした。問答をしても埒が明きませんでしたので、時道は男の体を痛めつけながら、続けて問いただしたところ、
「一昨年、十二月の晦日の頃だったか…。人に誘われて、藤原為元という人の家に押し入った。けど、ろくに物を盗み出すことができないで、位の高そうな女房を人質にとって逃げ出す羽目になっちまった。その女房は、大宮の四辻に棄てて、逃げてきた。…その後の話を聞くと、どうやら凍え死んで、犬に喰い散らかされたらしいな」と白状をしたのです。
これを聞いた時道は、とうとう犯人を見つけ出したことに大喜びをし、犯人の男を連れて、京に戻り、それを奏上したのでした。宣旨で莫大な恩賞が出ることは皆が知るところでしたので、「時道を三等官にするべきだ」との声が世に上がったのですが、何故か、約束されていたはずの恩賞が下されることはありませんでした。これには、時道よりも世の中が納得しませんでした。「必ず恩賞が下されるということだったんじゃないのか」と、騒ぎが大きくなってきましたので、お上もそれに目をつぶることができなくなったのでしょう。時道には三等官の任が下ったのです。この不手際を、世の人々は、悪く言うことが多かったということです。それにしても、何故に、すぐに初めの宣旨通りに賞が下されなかったのでしょう。何か訳有りなのだと思いますが、不思議なことでございます。
この一件を顧みますと、女房の死に様の恐ろしさばかりが際立ちます。女は、家の奥にあって、男よりも危なくはないのですが、それでも、寝所などは用心深くするに越したことはございません。「寝床をおろそかにしていたために、あのように人質にも取られたのだ」などという人がいたとも、語り継がれているのでございますよ。
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『今昔物語集』巻二十九・第8話「下野守為元の家に入りたる強盗の語」の現代語訳です。
このブログは「ほほえみ追求ブログ」と言っておりますが、今回のお話はちっともほほえむ要素はありません。ただ、ちょうど時節が合っているからという理由だけで現代語訳をしてみました。
女房の死に様の描写がリアリティを持っています。原文では「朝見ケレバ、糸長キ髪ト赤キ頭ト紅ノ袴ト、切々ニテゾ凍ノ中ニ有ケル」と書かれています。淡々と、その様子を記しているところに、迫力を感じました。
実は、この説話は、『小右記』という当時の貴族の日記の記述により、実際に起きた事件が元になっていることが分かっています。後半、恩賞が下されるのが遅れたという、若干腑に落ちない展開も、『小右記』によれば、犯人逮捕後にさらに主犯という者が自首してきたことが記されており、そのどたばたした顛末のためのようです。
昨晩、油断して、薄着で外に出ますと、耳がちぎれるのではないかと思うほど寒うございました。暖冬とはいうものの、やはり冬です。しっかりと防寒をしなければならないなと思いました。皆様も、この寒さに体をやられ、お風邪など召されませぬようお気をつけ下さい。
それでは、この現代語訳記事をもって、今年最後の更新と致します。最後の最後で、暗いお話しを持ち出して恐縮しております。それでは、皆様、よいお年をお迎えくださいませ。
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