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2006.11.22

年をとっても元気の秘訣

 今は昔のお話でございます。今はそのようには呼びませんが、昔は、金峰山寺では、最長老の僧を別当と呼んでおりました。この別当には、夏の修行の年数が一番多い者が充てられていたのです。この最長老は「一﨟」とも言います。二番目に修行の年数が多い僧は「二﨟」ということです。

 そのようなころ、ずーっと「一﨟」の別当がいらっしゃったのです。もちろん、かなりのお年を召しておられました。ずーっと「一﨟」の別当がいらっしゃるということは、ずーっと「二﨟」の僧もいらっしゃったということになりますね。
 この二﨟の僧が、ずーっと願っておりました事は、「別当になりたい」ということでした。しかし、年の功の順に列が決まっております。一﨟の僧がご達者であれば、二﨟の僧は二﨟の僧のまま。それで、とうとう二﨟の僧はとんでもないことを思うようになったのです。「くっ、別当め。早く死んでしまえっ! そうしたらわしが別当になれるんじゃい!」と。
 ところが、二﨟の僧の思いとは反対に、別当のそれはそれはお元気なこと。つやつやとして、お年を重ねるごとに、ますますご丈夫におなりになるようでございました。お亡くなりになる気配など、微塵もありませんでした。
 二﨟の僧は、自分の思い通りにならずにやきもきした挙句、ついに、
「別当は八十を過ぎているのに、なんとも無くて、ぴんぴんしていやがる。それなのに、わしは七十にもなってしまった。これじゃ、わしの方が別当になる前に死んでしまうわい。…よし、決めたぞ! …ヤる。殺るしかない。けど、ただ、別当を打ち殺してしまっては、あっさりとわしが犯人だとバレてしまうからのう。うーむ…、困ったわ。…あっ、毒を使ってみるか。こっそりと食い物に毒を仕込んで、殺してしまうのがよかろう。ひっひっひ!」
と、とんでもないこと計画したのでございます。

 もちろん、殺生は仏様の戒めの一番に挙げられることです。「仏様の罰は恐ろしい」と二﨟の僧は思いました。しかし、「このままでいられようか!」という思いが勝りました。とうとう、どのような毒を使えばいいかと思いを廻らすまでになったのです。
「『わたり』という茸を食うと、毒に中って、必ず人は死んでしまうと聞いたことがあるぞ。これを使わん手は無いな。『わたり』を取ってきて、上手い具合に料理して、『平茸でございます』とか言って、別当に食わせよう。死ぬぞ。そしたらようやく死ぬぞ。それでわしがやっとこさ別当になれるんじゃーっ!」

 はかりごとを廻らした二﨟の僧は、「わたり」が生える秋の頃合になって、ひとりで山奥に入って、これでもかというくらいに「わたり」を取ってきたのです。そして、夕方、人に見られないようにこっそりと、取ってきた山ほどの「わたり」を、それと分からないように切って、全部を鍋に放り込んで、美味しそうに炒めたのです。
 翌朝早くに、二﨟の僧は「すぐにお越しください」と別当のところに人をやったのです。すると、別当は杖をつきつつ、すぐに二﨟の僧のところにいらっしゃいました。二﨟の僧は別当に、
「昨日、知り合いから、たいそう美味しいという平茸をいただきました。これを炒りましたので、お召し上がりくださいませ。年をとると、このようなご馳走が欲しくなりますからに」
などと、申し上げたところ、別当はずいぶんとお喜びになられて、「うんうん、これはありがたい、ありがたい」とうなずかれましたので、ご飯を炊いて、例の「わたり」の炒めたのを汁物にして、別当に差し上げたのです。別当は、「わたり汁」をたくさん召し上がりました。もちろん、二﨟の僧はこの「わたり汁」を食べはしません。怪しまれないように、別に普通の平茸の汁を作ってそれを食べたのです。

 しばらくすると、別当は、すっかりと「わたり汁」を召し上がり終わり、湯を飲まれていらっしゃいました。この様子を見た二﨟の僧は、「とうとう、やったぞ!」と心の中で大喜びして、「すぐに別当は『わたり』に中って、食ったものを吐き散らして、頭が痛い痛いと転げまわるぞ」と、まだかまだかと別当を見ておりましたが、一向にそのような気配はありません。
 「これは、おかしいぞ」と思っていたところで、別当は歯が無い口でにっこりと微笑んで仰ったのです。
「この年になるまで、こんなに美味しく料理した『わたり』を食ったのは初めてじゃ」
 これを聞いて、二﨟の僧の驚いたのなんの。全て別当はお見通しだったのです。二﨟の僧は、それが分かり、あまりの恥ずかしさで一言も声が出せずに、自分の部屋に逃げ戻ったのでした。別当は、それをご覧になって、ゆっくりとまた、杖をつきつきお部屋に帰られたのでした。
 なんと、別当は、常々「わたり」を召し上がっていらっしゃり、その毒に中ることがなかったのです。そのことを二﨟の僧は知らずにはかりごとを廻らしたので、すっかり当てが外れたのでした。
 毒茸を食べても中らない人が世の中にはいるのですね。このお話は、その山にいる僧が語ったのを聞き継いで、このように伝わっているのですよ。

――――――――――

 『今昔物語集』巻二十八・第十八話「金峰山の別当、毒茸を食ひて酔はぬ語」を訳してみました。
 「平茸」に似た毒キノコとして「マツタケ目・キシメジ科・ツキヨタケ」というのがあるらしいです。
 原本では「わたり」は「和太利」という字が当てられています。毒キノコにもかかわらず、「和んで、太く、利く」という強壮剤のような名前になっています。だから、「和太利」を常食としていた別当は、80歳を越えても元気溌剌だったのかもしれません。
 だからと言って、くれぐれも別当の真似はなさいませぬように。


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コメント

>まひろさん
別当さまが、尋常じゃない生活をしていたことはうかがえますね。毒キノコを毒キノコだと分かって食しているのですから。この別当さまをつつけば、いろんな面白い話が出てきそうです。が、残念ながら、この人に関する説話は、この他には見つけることができませんでした。
最初に食べた理由は何なのでしょうね。修行の一つだったのかもしれません。そんな過酷な修行が出来たらからこそ、別当さまにもなれたのでしょう。

現代では、不用意にキノコ狩りはできませんね。キノコに詳しい人が一緒にいなければ、危険極まりなしです。それでも、毎年、キノコ狩りシーズンになると、1,2件はキノコに中ったというニュースが報道されます。恐ろしや。

投稿: 桜濱 | 2006.12.08 23:59

「毒を以って毒を制す」以上の効果ですね。
別当さまが最初にわたりを食されたのはどういう動機によるものだったのでしょうか。
元気溌剌、不老不死を願ってのことか、暗殺防止を狙ってのことか。
殺人を犯してでも別当の地位を欲しがる二﨟の僧と同じく別当さまもなかなかの生臭でいらっしゃいますね。
ところで、きのこ、あれはきのこ図鑑くらいではとてものことに種類の見分けがつきませんね。
「美味」なきのことそっくりな「毒」きのこがい~っぱいありますもの。
くれぐれも山で見つけたきのこを召し上がるような真似はなさいませぬように。

投稿: まひろ | 2006.12.07 15:49

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受信: 2008.10.26 19:53

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