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2006.10.20

羅城門の常闇

 今は昔の話…。摂津の国のあたりから、京に一人の男が上ったんだ。男の目的は盗み。京にはいろいろなものがあるからねぇ。
 京に着いたのはまだ日があるうちだったか。朱雀大路をたくさんの人がいったりきたりしていた。そんな人たちがいなくなるまでと思って、羅城門の下で隠れていたんだけど、都の外の方から、どっと人がやって来るのが見えたんだ。
「あいつらに見られてはまずいな」
と、男は思って、羅城門の二階にさっとよじ登ったのさ。京に来てまで盗みをしようとするくらいだから、身は軽かったみたいだな。
 さっきも言ったように、日はまだある時だったんだけど、そこには、光は入ってきてなくてね。たいそう暗かったんだ。いつでも夜みたいなところだった。
 だけど、その暗闇の中にぼんやりとした明りがあった。
 火。火が灯ってたんだよ。
 男は、不思議だと思って、その明りの方に近づいていった。そこには、一枚の戸があって、それの格子窓から火の明りが漏れていたんだ。
 何かが居る。男は格子窓の向こうに目をやった。
 女が見えた。若い女だった。しかし、その女はもう死んでいた。火を灯していたのは、その脇にいるやつだった。その女は死んだ女とは、まるで姿が違っていた。ひどく年を取り、髪は真っ白だった。
 その女は、死人のそばに座り込み、死人の髪を引きむしっていたんだ。
 男は、悪い夢を見ているような気になった。何が起こっているのかもよく分からなかった。
 鬼。鬼の仕業か。盗みをしようと思っているほど、心の図太い男だったけど、さすがに心が凍りつくような思いだった。
「鬼…、鬼…。鬼…か? 本当に鬼なのか? 鬼の仕業にしか見えないが、姿は人だ。…試すか」
 男は、体中の力を使って戸の向こうに乗り込むことにしたんだ。刀を抜き、戸を蹴破って、髪を抜いている女に走り寄った。
「貴様。何者だ!」
 すると、鬼ではないことが一目で分かったのさ。女は慌てふためいて、ぼんやりと火が灯っている辺りをうろうろと動き回っているだけだったんだ。
「何をしている。何のためにここにいるんだ」
 男は冷えた声で女に問うた。女は泡を吹き、切れ切れに、息もつけずにこう答えた。
「こ、こちらは、わたくしのご主人様でいらっしゃいまして、亡くなりまして、しかし、手厚く葬る方もいらっしゃらずに、それで、わたくしが、こちらに、こちらにお連れして、しかし、いかがしたものやら、髪が、髪が美しい方でいらっしゃいまして、背よりも長い髪をお持ちでいらっしゃいまして、たいそう美しう思っておりまして、あまりに美しうございましたので、鬘に、鬘にしようと、この美しい髪を抜いて鬘にしようと…、お、お助けくださいませっ」
 男は途中から何も聞いてはいなかった。女の枯れた声が響くにつれて、男の目は冷えていった。
 男がすることは決まっていた。死人の衣を全て剥いだ。老人の衣も全て剥いだ。老人の手に握られていた長い長い黒髪を奪い取り、羅城門を下りた。そして、盗人になった男は、人気の無くなった朱雀大路の闇に消えていった。
 …羅城門の二階には骸骨がたくさんあるんだ。亡くなっても弔いが出来ない人を、ここに置きに来るということだ。
 この話は、その盗人を知っている人から聞いたという人から聞いた…。そういうことにしておいてくれ…。

――――――――――

 『今昔物語集』巻29・第18話「羅城門の上層に上りて、死人を見たる盗人の語」の現代語訳です。この説話は芥川龍之介の『羅生門』の元ネタとして、よく知られていますね。
 芥川に適うはずもありません。けど、興味深いお話なので現代語訳を試みてみました。

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コメント

>まひろさん
平安京は、中国の都城をまねして作りましたが、城壁は無くて、門だけが存在していたそうです。それでも正式名称は「羅城門」。城をつらねている門を意識していたわけですね。
羅城門の構造には問題があったようです。建設後、わずか22年でぶっ倒れたとのことです。その理由は、形状にあり、横幅35.5メートル、奥行き10メートル、2階建て、平べったい板のようだったためだそうです。大風が吹いたら、耐え切れずに倒壊するのが、目に見えています。
一度倒れた後、再度再建されたものの、また倒れて、その後は放置されたとあるので、羅城門は、ボロボロでたいそう不気味な存在だったでしょう。気味の悪い逸話が生まれるのも頷かれます。
それをふまえて、芥川、黒澤作品を鑑賞すると、また違った感想を抱くことになるかもしれませんね。

投稿: 桜濱 | 2006.12.08 23:53

芥川の『羅生門』を初めて読んだとき(小学生だったか中学生だったか)大きな門といってもせいぜい近くのお寺の屋根付きの門くらいしか見たことがなかったので、人が何人もいられる部屋みたいなものがある門というものが想像できなくて、一層このお話に恐ろしさを感じたことを思い出しました。
また、芥川、ひっぱり出して読んでみようかしら。

投稿: まひろ | 2006.12.07 15:29

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