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2006.09.27

傍目八目、油断大敵

 今は昔のこと。上総国の守に平維時という人がいたんだ。この人はたいした武者という評判だったんだ。だから、お上のお仕事のときも、自分のことにしても、どんなときでも、いつでも、ちっとも油断してなかったし、怠けることもなかったらしい。
 この人に使えている者の中に、紀二郎という男がいた。維時にはたくさんの武者が使えていたんだが、この紀二郎はそんな中でも抜きん出ていた。背は高くて、顔かたちは光るように綺麗で、力は強く、足は速く、肝が据わっていて、思慮は深くて、腕が立って…。とにかく、悪いところが見当たらないくらいだったんだ。そんな男だったので、維時も一番の家来としていて、その様子は威風堂々というにふさわしかったらしい。

 ある日、維時の家で紀二郎は同僚と双六を打っていたんだ。そこにみすぼらしくて、もみあげがばらりと乱れただらしない年若い侍がやってきて、その双六をそばで見始めた。
 しばらくして、相手が良い手を打ってきて、紀二郎はどうやって駒を進めればよいのか分からなくなってきた。それで悩んでいると、横で見ていた若侍が、
「こうやって打てばいいじゃん」
なんて口を挟んだんだよ。それがまた良い手でね。
 紀二郎は怒るの怒らないの。怒髪天を衝くっていうのかね。
「この野郎! 余計な事をいいやがって!」
と、双六で使う壺でもって、若侍の目の横を思いっきりぶっ叩いたんだ。
 紀二郎の馬鹿力で殴られたものだから、若侍はふっとんで、涙がぼろぼろとこぼれ始めた。そして、しばらくうずくまっていたかと思うと、すっくりと立ち上がって、突然、紀二郎の頭を突き飛ばしたんだ。紀二郎はさっき言ったように、たいした力持ちだったんだけど、とっさのこと、しかも思いも寄らなかったことだったもんで、ばったりと後ろに倒れこんでしまった。
 若侍は、なんの得物もなかったんだけど、紀二郎が差していた刀を抜き取って、倒れこんだ二郎の上に飛び乗り、ぶるぶると震える手で、二郎の胸を刀の切っ先で突いてしまったんだ。
 そのときはじめて、若侍は自分がとんでもないことをしたことに気づいたんだろう。そのまま刀を持って、慌てふためいて逃げていってしまった。紀二郎の双六の相手をしていた男は、とにかく驚いたもんだから、その間なんにもできないまま。我に返ると、そいつも逃げ出してしまったんだとよ。
 紀二郎の傷は浅かったんだけど、刺されたところが急所だったみたいで、起き上がることもできないまま、体をのけぞらせて死んじまったんだ。

 その後いくらかして、誰かが紀二郎が転がって死んでいるのを見つけたのさ。もちろん、維時の家は大騒ぎ。「あの若侍が見当たらない。あいつがやったんだ」となって、家中の人であっちこっちと探したんだけど、もう手遅れ。どこにいったものやら分からなくなって、それっきりさ。もうどうしようもないやね。

 いなくなった若侍は、力はもちろん、どんなことでも紀二郎の爪の先にも及ばないやつだった。しかし、紀二郎は油断したばっかりに、どうにも手の打ちようも無く、刀で一突きされた後、一言も声を出せないままに死ぬことになってしまっただな。
 維時は、かわいがっていた第一の家来がこんな死に方をしたことを、たいそう惜しんで悲しんだんだそうだ。

 紀二郎は、たいへん立派な武者だったんだけど、油断したことで、全部が駄目になってしまった。
「こんな風に、壺を目に叩きつけたら、誰でも心穏やかにはいられやしない」
と、思い至らなかったもんだから、こんなつまらないことになっちまったんだな。だからみんなはこの話を聞いて、
「やっぱり、どんな相手に対しても軽く見ちゃいけないんだ」
と思い、油断した紀二郎を悪く言ったと、語り伝えているんだよ。

――――――――――

 『今昔物語集』巻二十九・第三十話「上総の守・維時の郎等、双六を打って、突き殺さるる語」の現代語訳です。
 ゲームに熱中していると、他のことがついついおろそかになってしまいがちです。いつどこで何が起こるか分かったものじゃありません。
 それに、どんな人に対しても軽んじてはいけませんね。何が起こるか分かったものじゃありません。
 油断は大敵でございます。


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2006.09.13

「BBフェスタin名古屋」にもおじゃましました

 先月は大阪で開催されたアット・ニフティBBフェスタおうかがいしました。名古屋から大阪までの移動(+大阪の甘いもの巡り)で、かなり多くの時間が費やされてしまい、開場からラストのデイリーポータルZのステージまで、全てを堪能することができませんでした。
 しかし今回は地元・名古屋。名古屋在住歴2年半の者が「地元」と言うなんて何事だと生粋の名古屋人の皆様は思われることでしょう。しかし、プロの野球選手やサッカー選手がドラゴンズグランパスに他チームから移籍をすれば、その時点で名古屋が「ホーム」となります。その線でお許し願えればと思っております。

 名古屋の会場となったナディアパークは、近所のバス停から、ちゃちゃっとたどり着くことができます。しかも、夏真っ盛りの8月とかなり気候の落ち着いた9月では大違い。大阪の時の苦労と比ぶべくもありません。

名古屋会場入り口
 アングルが大阪の時と同じですが、ちゃんと名古屋で撮ったものです

1.Tシャツ欲しさに
 開場時間30分前に到着しました。前から4番目です。しかも優待券持ちですので、ささっと入ることができるはず。ラッキーです。
 …と思ったら、横に並んでいた3列の方々も優待券を持っていらっしゃいました。ざっと数えてみると、私の位置は先頭から40番目くらいでした。ラッキー激減です。
 それでも、受付の方々が手際よく導いてくださり、スムースに入場することができました。目的はデイリーポータルZ展示ブースですが、大阪で既に一度見ておりますので、それほど気を急かすこともありません。まずは物販コーナーを目指します。
 大阪では出遅れたために、欲しかった「ねこぶくろTシャツ」のMサイズが売切れてしまっていました。名古屋では追加生産されているはず。真っ先に物販を目指しました。物販コーナー一番乗りです!
 
 …が、無い。Mサイズが無い。キッズL(160cm)しか無い。どうやら追加生産はされなかったようです残念。

 でも、私は背が高くありません。キッズL(160cm)で行けるか…。いや、肩幅が結構あるので難しいか…。あれこれ考えたり、見本を体に当てたりしながら考えた挙句、キッズL(160cm)を購入しました。賭けです。

Tシャツ2着
 石原道場主様デザインのTシャツも購入(こちらはMサイズ)

 家に帰ってから、ねこぶくろTシャツ・キッズL(160cm)を早速着てみたところ、難なく着ることができました。賭けに勝ちました。背が低くて得することが少ないだけに、余計嬉しいです。おそらく、男性でも、身長170cm以下、中肉の方でしたら、あまり違和感無く着ることができるはずです。「キッズL(160cm)しか残ってないから…」と購入を諦めた方のご参考になれば。

2.タイムリーな展示品
 目的のモノの購入を済ませましたので、ゆっくりと展示品を見て回ります。

DPZ展示ブース
 見覚えのあるものがいろいろと

説明書き
 解説もあります

 デイリーポータルZの過去の企画で用いられた、珠玉のあのモノやこのモノが並んでおりました。中でも、私の目が惹かれたのがこれらです。

・父親の服を着こなす(小野法師丸さん)

法師丸さん展示品説明
 お父様のアイテムを借りて

 展示されていたのは、ベルトとループタイ。

法師丸さん展示品
 意外といい感じに見える…のです。

 あれっ、結構格好良いですよ。馬のバックルのベルトは店頭に並んでいたら、買ってしまうかもしれません。ループタイもチョーカーにリメイクすれば、問題なさそうです。私のセンスは如何なものでしょう?

・僕のクラスのデスノート(ヨシダプロさん)

ヨシダプロさん展示品説明
 もう一つのデスノート

ヨシダプロさん展示品
 丁寧な作りの表紙

 タイムリーですね。展示から外さないところがDPZらしいです。さて、探さなくては。

ごつい
 でっかいのを背負っています

 あっ、ありました、ありました。すごい武装。

・Zくん人形(林雄司さん)

Zくん人形
 後半は違う服装になっていました

 よくできています。これは大阪会場にはなかった(はず)。頭部を外さなかったので分かりませんでしたが、本体はピエールパパ? ボーイフレンドのかけるくん?

3.ここでも人気のかぶりものZくん
 相変わらずZくんのかぶりものは大人気でした。

Zくんかぶり
 思わずかぶりたくなる呼び込みがありました

 いや、Zくんかぶせの達人、平岩部長さんのお力でしょう。
 「ここでしかかぶれませんよーっ!」
 「Zくんどうですかーっ!」
 「かぶらないと後悔しますよーっ!」

 みなさん、徐々にかぶらないわけにはいかない気になってきていたようでした。
 私は、もう今年は大阪会場で一度かぶりました。このときのテーマは「甘味を摂り過ぎではないかと苦悩するZくん」でした。そして今回は、

 甘味を食べても はじけるZくん いいんだーっ!

 甘党Tシャツは着ていませんが、甘党としてはじけました。

4.サイン交換会
 大阪会場で好評を博していたサイン交換会が名古屋でも行われました。私が並んだのは、林さんと住さんの時間帯でした。

サイン交換会
 林さんと住さんとお話できました

 サイン用用紙に「好きな食べ物は?」の項目がありましたので、思いつくがまま「甘味」を羅列しました。枠からはみ出すくらいに。20個くらい。
 それをご覧になられた林さんと住さんは「甘いものがお好きなんですね」「お酒はいけるほうなんですか」などお尋ね下さり、楽しくお話することができました。
 大阪会場では、林さんのサインを頂くことができませんでしたので、この機会にいただきました。デイリーポータルZが誇る画伯陣のイラストに攻められてサルもひっくり返るほどバージョンアップしました。(赤い矢印が今回書いていただいたサインです。林さんと宮城さん)


 もっとバージョンアップしました

5.時間が空いた
 大阪では時間の制約のため、「ソプラノリコーダーでデイリーポータルZラジオのオープニング曲を合奏する」ステージに参加できませんでしたが、バスでひょいと帰られる場所に住んでいるために、時間の余裕がかなりあります。有り余るくらいにあったので、他のコーナーを見たりして、寄り道をしてきました。

ニフティサーブ
 ニフティサーブ! パソコン通信! 懐かしい!!

 会場内をふらふらと回っておりますと、だんだんおなかが空いてきました。お昼ごはんの時間です。会場のナディアパークビルに入っている「パステル」で「プリンケーキ」をいただきました。ケーキがお昼ごはんです。いいのです。先ほどはじけましたので。
 そして、ナディアパークから出て、スタッフの皆様への差し入れを求めに行きました。紙袋一杯のドーナツです。

差し入れドーナツ
 初めてミスドで大きな紙袋をもらいました

 一度、相武紗季さんが出演しているミスタードーナツのCMのように袋買いしてみたかったのです。いいのです。先ほどはじけましたので。
 ちなみに、CMと同じ数だけ購入すると、100個近くのドーナツが必要になるらしいです。

6.笛吹きステージに参加
 ようやく笛吹きステージの時間となりました。このステージに参加するには整理券が必要でしたので、いそいそと配布場所に向かうと、入場の時とは大違いで、早い番号を得ることができました。

DPZ整理券
 あちらこちらで整理券を写真に撮っている方がいらっしゃいました。さすがDPZ読者の皆様。分かっていらっしゃいます

 そのため、立ち位置はステージのまん前、ど真ん中に。

真ん前
 角度がきつい

 そして、私が受け持った音は、

「ファ」の笛
 ファ

 「ファ」でした。この譜面をご覧下さい。

テーマ曲譜面
 音楽不案内の人に優しい譜面です

 「ファ」はかなり出番が多いのです。あらかじめテープで穴がふさがれていて、そのまま吹くだけで、「ファ」が自動的に出るようになっています。間違って、己の指で穴をふさいで吹かないように心がけねば。

 この譜面どおりに指揮者の指示に従って吹かねばならないのです。指揮者は宮城さん。この日、エアギターの世界選手権大会が開かれていて、日本代表の方はフィンランドに行っていたのです。

フィンランドからの中継
 フィンランドからの中継?

 …あきらかに嘘くさいフィンランドっぽさです。

 宮城さんは日本大会で7位だったために、フィンランドには行けなかったのだそうです。そのため、ニセモノ衛星中継っぽいものを作ったとのことでした。(世界選手権では日本代表のお笑いコンビ「ダイノジ」のおおちさんが優勝されました。出身県が同じなのでそれはそれで嬉しいです)
 バックステージから登場した宮城さんは、残暑厳しい日だというのに、汗だくでダウンジャケットを召していらっしゃいます。フィンランドっぽさを出すのも大変なのだなと思いました。

宮城さんと林さん
 テーマ曲演奏は宮城さんの指揮で

 その後、滞りなく合奏が終了しました。他の会場の演奏を聴いていないので、名古屋会場の出来はどうなのか。後日のデイリーポータルZラジオを楽しみに待つことといたしましょう。

 ステージが終了すると、BBフェスタも終わり。でも最後までデイリーポータルZブースは大人気でした。

終了後の人だかり
 終わっても人気

 ここで私も解散。ナディアパーク内の洋服屋さんを冷やかし、素敵なジャケットに目を付けた後、帰途につきました。

 今年も十二分に楽しませていただきました。デイリーポータルZおよび@niftyスタッフの皆様、どうもありがとうございました。そして、おつかれさまでした。

90°回転
 会場近く(大須)で見つけました。なんだか見覚えがあります


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2006.09.07

異形の父

 今は昔のことでございます。ある若い男がおりました。名は…、私には分かりません。ある男だとしか。その男、父母に早くに先立たれました。妻もおりませんでした。
「これから、どのように生きていけばいいんだろう…。せめて頼みにできる妻でもいてくれたらいいのにな」
などと思い、ふらふらとあてども無い暮らしをしておりました。
 そこに、
「親がおらず、その身一つだけなのに、結構な財産があり、華やかに暮らしている女がいるらしいぞ」
と、男に伝えた者がいたのです。男がこの話に飛びつかない訳がありません。その女のもとを訪れ、熱心に求婚をすると、なんと、女は容易にそれを受けたのです。その後、男はその女の家に通うようになったのでした。

 先ほども申しましたように、男は、女の財産の話をかねてより聞いてはいたのですが、実際にその様子は、男の思っていた以上でした。これより作りようがないほど立派にととのえられた家であり、多くの人々がにぎやかに立ち働いておりました。仕えている女は、年配の者、若い者、合わせて七八人ばかりいたようです。皆、たいそう綺麗な着物を着ておりました。召使の者たちもたくさんおり、活き活きと働いておりました。
 また、どこから手に入れたのやら分かりませんが、男の装束、その男に仕えていた童子の着物なども立派なものが用意され、きちんとした牛車まであり、なにかが足りないなどと思うようなことはまるでありませんでしたので、男は、
「きっと、仏様、神様のお助けに違いない」
とまで思い、喜んでおりました。

 妻のことを、もう少し詳しくお話いたしましょう。年は二十歳をやや過ぎたころでしょうか。姿かたちは見目麗しく、長くすらりとした髪が目を惹きました。
「あちらこちらの宮仕えの女を見たことがあるけど、これほどまでに美しい人に出会ったことは一度もない!」
 男は、財産と美人に恵まれたことで、天にも昇る気持ちでおりましたので、絶えることなく、その女のもとに通っておりました。すると、四、五ヶ月ほどした頃、女が身ごもったことが分かったのです。
 女の苦しげな様子が三月くらい続いていた、ある日の昼のことです。年配の者が二人、女に寄り添い、おなかを撫でたりさすったりしている様子を男は見ておりますと「子供が産まれる時、危ないことになったりしないだろうか」などと、早くから不安に思いながら、女の傍で横になっておりました。すると、先ほどの二人の者たちは次々と座を外し、男と女の他には誰もいなくなりました。男は、
「私が、このように添い寝をしているのを見て、気を利かせて座を外したんだな」
と考えて、そのままでおりますと、北側の遠くから人が来て、障子を閉めたのです。

 しばらくすると、思ってもみなかった方の障子が引き開けられたので、
「一体、誰がこんなまねをするのか」
と、思う間もなく、そちらに目を遣ると、紅の衣の上に、さらに暗い紅の水干を重ねた袖口が伸びてきたのです。
「な、なんだっ!? 誰だっ!」
と、思ったものの、声にもなりません。その間、徐々に袖の持ち主の姿が浮かび上がってきました。髪を後ろでひっつめ、烏帽子を被らず、顔はまるで落蹲の面のようでした。この異様ないでたちを見た男は、
「盗人だ!」
ととっさに思い、枕元の太刀を握り締め、
「きさま、何者だっ! おいっ、誰かいないかっ!」
と、声高らかに、人を呼んだところ、女は、衣を頭から被り、水のように汗を流しながら、床に臥せたのです。
 男がこのように言うと、落蹲に似たものは、音も立てずにさっと近づいて言ったのです。
「お静かになさいませ。私はあなた様が恐れるような者ではございません。このような姿をご覧になられ、恐ろしく思われるのは道理でございます。しかし、私の話をお聞きいただければ、哀れとお思いくださることでしょう。恐ろしくお思い下されるのは、私の話をお聞きいただいた後でも遅くはございません」
と、滂沱と涙を流したのです。
 すると、その様子を見て、女も泣いているではありませんか。男は、落蹲と我が妻がともに泣いている由を解しがたく思いながらも、いずまいを正し、心を静めてから、
「これは、どういうことなのでしょう。このように現れたあなたは、一体誰なのですか?」
と、落ち着いたさまで問うたものの、心の中では、
「昼間から盗人が入ったのか、殺しにやってきたのかと思ったのだが、そのような感じでもなく、ただ泣くばかりというのはどういうことだ」
と、怪しんでおりました。落蹲は、静かに、しかし重く男に答えたのです。
「これから申し上げることは、我が事ながら耐え難いものでございます。しかし、申し上げなければならないことでもございます。あなた様が妻とされたこちらの者は、私のただ一人の娘でございます。母は既に亡くしております。それゆえ、どなたかにたいそう不憫だと思ってくださればと、このように家屋敷をととのえて、住まわせておりました。
 しばらくして、あなた様がいらっしゃったものの、果たして最後まで娘とともに暮らしてくださるかどうか分からぬと、私の事を申し上げずにおりました。しかし、娘が身ごもり、あなた様の娘への御想いも深いものと心得ましたので、『いつかは分かることだ。このまま姿を隠しておくことはできまい』と思い、このようにして参った次第でございます。
 今、あなた様にお目にかかることができ、何の気兼ねも無くなりました。もし、あなた様が娘を『あのようなものの子なのだ』とお思いになり、心が離れ、この家から去るようなことがございましたら、そののち、この世で暮らせるものとお考えにならないほうがよろしいでしょう。必ずその恨みは晴らしますぞ。しかし、このことをお知りになったいまでも、あなた様の娘への慈しみがお変わりにならねば、こののち、あなた様はなんの不自由も無く、満ち足りた日々を送ることができましょう。
 そのためには、ただ一つ、お守り下されねばならないことがございます。この娘が、私のようなものの子であることを、誰にもおっしゃってはなりません。
 私は、もうこの後、二度とあなた様の前には姿をお見せいたしません。こちらをあなた様に差し上げます。私のような者が持っていたものだ、きっと盗んだ物に違いないなどとお考えになさいませぬよう。あなた様のお思いのままお使い下さいませ」
 落蹲は五つ六つほど、蔵の鍵束を取り出し、男の前に置いたのです。さらに、
「近江国に持っている土地の証でございます」
と、文を三束も合わせて取り出しました。
「もう、これであなた様にお目にかかることはございますまい。ただ、我が娘より離れた時は別ですぞ。あなた様がこの世で最後に目にする者が私となりましょう。そのようにならぬ限りは、私は影となり、姿を現すことはございません」
 落蹲は、このように言うが早いか、現れたときの如く、すっと姿を消したのです。
 男は、落蹲の話を聞き、驚きながらどのようにすれば良いのかと考えあぐねておりますと、女は男が悩んでいる様子を感じ、はらはらと泣き始めましたので、男はなだめ慰めながら思ったのです。
「命より大切なものは無い。もし、この女から去れば、あの落蹲に間違いなく殺されてしまう。あいつは、人に知られること無く、私の影となり、付きまとうことが出来る者なんだ。逃げ切ることはできないだろう。
 命は何者にも代え難い。この女も妻として申し分は無い。ここにとどまろう。こうなるさだめだったんだ」
と、思う一方で、
「私が外に出た先で、誰かがこそこそと話しているのを目にしたら…。今日のことをどこかで知って、話していると疑ってしまうんじゃないだろうか…。あぁ、これは大変なことになったぞ。一体、どうしたらいいんだ…」
などと、いろいろと思いが巡ったのでございますが、命惜しさにまさることがありましょうか。男は、この家にとどまることを心に決めたのでございます。

 心が固まった男は、落蹲が置いていった鍵で蔵を開けてみました。すると、その中はいずれも財宝で一杯だったのです。さらに、近江国の領地も思いのままに使うことができました。
 男は、美しい妻と、限りない財宝を手にし、豊かに暮らしておりました。そのようなある日の夕暮れ時、綺麗な紙で上奏文のようにして、誰とも知らぬ者が持ってきて、男の前に置き、去っていったのです。
「一体、何の手紙だろうか?」
と、思いながら、開いてみると、かな交じりの文がつづられておりました。

「私の異様な様をお見せした後も、娘を嫌うことなく、蔵の物もご自由に使って下さり、近江の国も遠慮なさらず、ご自分の領地となされたことを拝見し、これに増さることはないほど嬉しく思っております。私は死んでからも、あなた様の守護となる所存でございます。
 私は元々は、近江のとある処に住む者でございました。ある時、思ってもみない者に謀られて、頼りになる者に見られようと思い、用心棒のようなことをしておりました。しかし、その者は盗人で、私は知らぬ間に盗みの片棒を担いでいたのでございます。私は、あさはかにも、ただ、敵討ちをしているだけなのだと思っておりました。
 そして、ついには捕らえられてしまいましたが、どうにか逃げ出すことができ、命だけは永らえることができました。しかし、一度縄目の恥を受けたこの身。このようなことがあった者だということを人に知られぬうちに「あいつは、もう死んでしまった」と人づてに知らせ、このように隠れて生きるようになったのでございます。
 私が世にはばかることなく暮らしていた時は、たいへん裕福であり、都にこちらの家を造り置き、蔵には財宝を貯えておき、ここに我が娘を住まわせたのでございます。そして、娘を大切に想ってくださる方に差し上げようと、蔵の鍵をずっと持っておりました。近江の土地も先祖から伝えられたものでございますので、他人にとやかく言われることもございません。これらのものを、あなた様がお思いのままにお使いくださることを、ありがたく思っております」
などと、事細かに書かれているのを読み、そのような訳があったのかと、男はようやく心得たのでございます。

 その後は、男は心置きなく、蔵の中の財宝と近江の土地を使い、豊かに暮らしたということですが、落蹲の目があるということで、少しは妻に気兼ねがあったようでございます。
 男は生きている間、落蹲のことを、一切口にはしなかったようですが、自ずから人の知るところとなり、このように語り継がれるようになったのでございますよ。

――――――――――

 『今昔物語集』巻題二十九・第四話「世に隠れたる人の聟と成りたる語」の訳です。
 普通は、このようなパターンのお話では、秘密を口外して、破滅するという結果になるのですが、あまりに恐ろしかったのでしょうか、主役の男は落蹲の事を生涯口にすることなく、裕福に一生を終えたようです。

 本文中に出てくる「落蹲」というのは、本来は、

落蹲
 落蹲の面と衣(『角川古語大辞典』より引用)

 こんな姿で、目が出て、大きな口、上下に牙を持つ鬼の面を付ける舞楽を指しますが、今回は、そのまま訳すとややこしくなると思いましたので、このような恐ろしい姿の男のことを「落蹲」としました。


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