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2006.07.31

夕暮れの雨の中で。

 今は昔のことでございます。ある夏の日のことでございました。たくさんの殿上人が、涼みをとろうと、大極殿に参ったのです。するとそこには、多くの滝口の武士達も涼みをとっておりました。
 しばらくすると、皆、充分に涼みがとれましたので、それぞれ大極殿を後にし、北の廊下を歩いておりますと、とたんに空が掻き曇り、夕立が降りだしたのでございます。
 そうなると、帰ろうにも帰ることができません。「もう、そろそろ晴れるんじゃないか」などと言って、雨上がりを待っておりました。中には傘を持ってきていた者もおりましたが、それだけでは数が足りません。「傘を持ってくるのを待つしかないな」と、そろって、廊下で空模様を眺めておりました。

 文書の管理官、えーと…、その頃、なんとかの得任という人がおりました。その人の家は西の京にあるのですが、滝口の詰め所からその家に帰り出したところに、夕立に遭ってしまったのです。着ていた束帯の袖をかぶって、走って西の京へと向かっておりました。
 そして、殿上人や滝口の武士がたくさんいる北の廊下の前を、得任が通りがかったのです。その滝口の武士たちの中に忠兼という者がおりました。

 さて、この忠兼なのですが、実は得任の子なのです。しかし、忠兼が子供の時分、烏藤太の某という者の養子になったのです。烏藤太は忠兼を実の子だと言い、忠兼もそのように名乗っていたのですが、忠兼が得任の実の子だということは、周知の事実でした。皆ははっきりと口にはせず、時々、そのことをこそこそと話し合っておりました。

 お話を戻しましょう。得任は夕立に遭い、くつも足袋も脱いで手に持ち、袖を被って、はだしで、北の廊下の前を走り抜けようとしました。それを見ていた一人の滝口の武士…、そうです忠兼です。彼は得任の姿を見て、とんでもなく慌て惑うが早いか、袴をたくし上げて、傘を手にして、雨の中に飛び出し、得任に傘を差しかけたのです。

 たわむれに、時任と忠兼の話をしていた殿上人や滝口の武士たちは、いつものように、薄笑いを浮かべるようなことはなく、その姿に心を打たれ、
「普通は、どんなに偉い人が通りかかり、あんな目に遭ってるところを見ても、あれほどまでに慌てふためいて、雨の中に飛び出すなんてことはしない! 皆、本当のことを知っている。得任も、忠兼が実の親ではないと普段は言っている。それに烏藤太という立派な養い親もいるのに。何もかもを知ってる人がこんなにいる前で、大雨の中に飛び込んで、傘を差しかけるなんて…!
 こんな時、いくら気遣いができる人でも、親子で顔を合わせないように、こっそりと人影に隠れるだけだろうに。それなのに大雨の降る中、自分から飛び出して傘を指しかけて、家まで送るようなことをするなんて…。このようなこと、他に誰ができるだろうか!」
 親を持つ人も、そうではない人も、忠兼が濡れそぼって、傘を差し掛ける姿を見て、ただただ、涙を流すだけでした。

 得任は、「皆が、忠兼が私の実の子なのを知っていることは分かっている。それでも、やはり隠しておかなくてはならないことなんだ」と思っておりました。
 雨の中、走っておりますと、忠兼が滝口の武士たちの中にいるのを見つけました。しかし、そこを避けて通るわけにはいきません。
「あぁ、早く、早く! こんなにいたたまれないことはない…」
 時任は北の廊下から、顔をそむけて、忠兼がいることに気づかないような振りをして、ぬかるんだ路を、少しでも早くと、走り抜けようとしていたのです。そこに、忠兼が傘を手にして、外に飛び出したのです。
 得任は、瞬間、何が起こったのか分かりませんでした。そして、差し掛けた傘の持ち主を目にしたのです。忠兼はにっこりとして、何も言わずに傘を手にしておりました。その時、時任の顔が濡れていたのは雨のためだけだったのでしょうか。

「申し訳ない…、申し訳ないっ…!」
「どうして、申し訳ないなんておっしゃるのですか。さぁ、帰りましょう」
 時任と忠兼は、強く降りしきる雨の中、ともに西の京へと消えて行ったのでした。

 殿上人たちは、内へ戻り、関白様に、この事の有様を申し上げたのです。このお話をお聞きになった関白様は、たいそう心が打たれ、帝にも申し上げられたと聞いております。
 その後、忠兼の評判はあがり、帝をはじめとして、下々の者たちまで、褒め称えたらしいですよ。
 そして、忠兼を見知っている、悟りを開いたある僧侶は、この話を耳にして、忠兼にこのような教えを説いたということです。
「あなたの、親孝行の心はたいへん尊いものです。これはお寺や仏塔を建てたり、写経をするよりもはるかに大切なことなのですよ。あらゆる仏様、菩薩もあなたの行いをお褒めになり、もろもろの天神が、あなたを守護されることでしょう。多くの寺や塔を建てたり、数え切れないくらいお経を唱えたとしましょう。しかし、孝行の心を持っていなければ、それらのことをしても、なんの意味もないのです」
 忠兼は、この言葉を常に心に保ち、ますます孝行の心を深くしたと、語り継がれておりますよ。

――――――――――

 『今昔物語集』巻第十九・第二十五話「滝口藤原忠兼、実の父得任を敬う語」です。
 名古屋も30日に梅雨明けをして、本格的な夏になりました。しとしとといつまでも続く鬱陶しい雨は降らなくなります。
 その代わりに、たまに、昼下がりから夕方にかけて、ざーっと強く降る雨に遭うこともあるでしょう。その時、我が身を顧みず、傘を差しかけてくれる人、その人が誠心から自分を大切に思ってくれる人なのかもしれません。


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2006.07.22

二度あることは三度あるかもしれません。

 あぁっ、去年と同じあやまちを犯してしまいました。

 去年のあやまちとはこのことでございます。

 今年も、うっかりとスルーしてしまっておりました。去年も2日後に思い出しました。
 少々、形態は変わったものの、「九州男児のにくばなれ」は7月20日をもちまして、無事に2周年を迎えることができました。
 記念に特別な記事を用意しておくべきでした。もう一つのブログを立ち上げたことが2周年記念と言えなくもありませんが…。いや、いくら言葉を費やしても、言い訳にしかなりません。他にいくらでも、言い訳はいくらでも立ちますが、それを申し上げても詮無きことでございますので、ここでとどめておきましょう。

 前年同様、間隔はばらつきながらも、この一年、記事を書き続けることができたのは、読者の皆様のおかげでです。私の文章に目を通して下さる方がいらっしゃると感じ取れることが、どんなに励みになったかわかりません。

 本当に、ありががとうございます。
 そして、これからもどうかよろしくお願いいたします。

 たいしたお礼にもなりませんが、パソコンの中のコネタ写真フォルダのモノを、放出いたします。大蔵ざらえです。もしかしたら、以前公開したモノもあるかもしれませんが「とぼけたやつだなぁ」とお目こぼしくださいませ。

 では、何の脈絡もないコネタたち。おいでなさい。

――――――――――

ドリアンキャンディのポップ?
 小さい字は「ちょっとくさいかも でもおいしい!!」

 愛知県犬山市の「リトルワールド」内です。
 「ドリアンキャンディ」自体はたいしたものではありませんが、段ボールの無造作な切り方、へろへろ具合、そして、上のもしゃもしゃしている何物か分からない飾りが気になります。また行かなくては。

トレッタッテ市場
 トレタッテ新鮮

 愛知県安城市のテーマパーク「デンパーク」の売店です。安城市は「日本デンマーク」と呼ばれていたそうです。公式サイトに書いています。初めて聞きました。この素敵なネーミングの由来は、

 日本デンマークの「デン」、田園の「デン」、伝統の「デン」と公園の「パーク」を組み合わせて名づけられました。(デンパーク公式サイトより)

 日本デンマークの「デン」だけで良かったのでは?

 トレタッテ市場の向かい側には、

デキタッテ工房
 デキタッテ美味しい

 パンなどが売っています。どうもできたてというほどできたてではないように見えました。しかし、雑誌などでは美味しいパンとして取り上げられることがあります。あなどれないのです。また行かなくては。

デンパークのレゴ
 新しい何?

 デンパークのレゴブロックです。「NEW」…、何だったのでしょう。お子様の手の届く高さだったことが敗因です。

パチンコ屋さん
 パチンコ台に関する張り紙

 おそらく、肖像権、意匠権などという言葉は念頭になかったのだと思います。

人間の許容限界事典
 書名が長すぎて2行になっています

 人間はどこまで耐えることができるのか!を追求している事典です。こんな写真が載っていました。

人間の許容限界事典・中身
 ほっぺの膨らみが痛々しいです

 絶対に持ち上がらない重さのものを持ち上げさせられているようです。世の中にはいろんな仕事がありますね。
 この本のデータは、
  書名:人間の許容限界事典 出版社:朝倉書店 著者:山崎昌廣・坂本和義・関邦博 発行年月:2005年10月 税込価格:¥39900 ISBN:4254101910
です。

笛とクレープ
 どっちを買うか迷います

 生まれはそうかもしれませんが、作っている人は間違いなく日本人でしょう。

ホームのはずれのお手洗い
 緊急時に困りそうです

 本物の「雪隠詰め」です。

――――――――――

 はずれまで行きましたので、今日はこれでおしまいにいたします。


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2006.07.14

模様替えのお知らせ

 前回の記事で、本ブログ「九州男児のにくばなれ」の記事数が200本となりました。この大台に乗ったことを良い機会と思い、これまでの記事を振り返ってみたところ、約半数が食べ物、特に「ミスタードーナツ」と「喫茶マウンテン」の記事でした。

 これまで、「『アカデミックくいだおれブログ』(コネタも在中)」というサブタイトルで、なんでもありの体制で記事を書いておりましたが、本ブログの傾向が固まったと判断し、ブログの改装を行うことといたしました。

 変更は以下の通りです。

 1.別ブログ「たらふく。」を立ち上げる。
 2.「九州男児のにくばなれ」に掲載した、「ミスタードーナツ」「喫茶マウンテン」他、飲食に関する記事は「たらふく。」に移行し、今後、飲食に関する記事は「たらふく。」に掲載する。
 3.「九州男児のにくばなれ」では、飲食の話題以外の記事を掲載する。ただし、分類が難しい場合は、時に応じて、掲載するブログを判断する。
 4.現在までに「九州男児のにくばなれ」に掲載した飲食に関する記事は、削除しない。
 5.移行に際して、掲載済みの記事のリライトを行う場合がある。
 6.サブタイトルを「ほほえみ追求ブログ」に変更する。

 「たらふく。」の詳細については、こちらに掲載いたしました。

 それでは、「たらふく。」ともども、これからもご愛顧のほどよろしくお願いいたします。


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助詞「ゎ」の効果 ―「ギャル文字『ゎ』の一般化の可能性―

 「わたしは買い物をしたかったけど、彼は海へ行こうって言った。」

 上の文章は何の変哲もありません。これを、少々変えてみます。

 「わたしゎ買い物をしたかったけど、彼ゎ海へ行こうって言った。」

 助詞「は」を「ゎ」と表記した文章を最近良く見かけます。特に若い女性が書いたと思われる文章によく現れるようです。この現象は、音韻(発音)と、仮名遣い(書き文字)を一致させた結果と考えることができそうです。

 歴史的仮名遣いと現代仮名遣いでは、音韻と仮名遣いが異なるものがあります。「顔」は、「かお」と発音しますが、歴史的仮名遣いでは「かほ」、同様に「火事」は「かじ」と発音しますが、歴史的仮名遣いでは「くゎじ」と表記していました。
 このような、音韻と仮名遣いの差は、現代では埋められていき、音韻と仮名遣いが一致するようになってきました。

 しかし、現代でも、音韻と仮名遣いが一致していない、しかも、それがごく自然に、多く使用されているのです。その代表格が、助詞の「は」「へ」「を」です。
 小学校に入学してすぐのひらがなの書き方で「『は』は『は』と言うのに、『わたしわ』は間違っている」「『がっこうえいく』もダメ」と教わった時、なぜだろうと思いませんでしたか?

 『岩波国語辞典 第五版』を見ると、助詞「へ」は「動作や作用の向きを示す。動作の帰着点。動作の相手」を表す格助詞、助詞「を」は「動作の対象を動的に見て示す」格助詞とあります。
 「格助詞」は、「事柄と事柄との関係(「格」)の認定を表現するもの」(『築島裕 『国語学』 東京大学出版会)という説明されていますが、分かりにくいです。「が」「へ」「に」「を」などが格助詞に分類されているところから、「助詞がくっついたものがどのような役割かをはっきりとさせ、そのほかのものにどのような意味合いをもって関係しているのかを表すもの」と考えることにしました。「『が』がくっつく語は、主語になって、動作する人、物をあらわす」「『に』がくっつく語は、動きが最終的に向かう物事をあらわす」という具合にです。助詞の種類が今回の主題ではないため、これ以上、深くつつかないこととしましょう。ぼろがでます。

 そして、今回の主役「は」は、「物・事を他と区別し取り立てて示すのに使う。他の物事(や状態)と対比して言うのに使」い、格を示さない「係助詞」と説明されています。「係助詞」は「陳述をなす用言に関係ある語に附属して、その陳述に勢力を及すもの」(『国語学』)と定義されています。これまた、よく分からない説明です。「読書百遍意自ずから通ず」ということわざをよりどころにして、上の説明を百回読んだ結果、「格助詞は文章の中の語の役割を決めるものだけど、係助詞は文章全体に影響を与えるもの」であると解釈しました。

 以上の助詞についての説明は、おそらく不完全だと思いますが、私には、これ以上考えることができませんでした。ご専門の方のご教示をお受けしたいと思っております。

 あらためて、助詞「は」の方に戻ることといたします。
 よく、外国人の方が日本語を学ばれるとき「『が』と『は』の使い分けが分からない」ということを耳にします。そして、その違いを説明するように求められたとき、日本人もよく分からないということも耳にします。
 悩んだ挙句、「『が』も『は』も主語にくっつくものなのだけど、ちょっとだけニュアンスが違うのよね…」という説明になってしまいます(実際は「は」は格助詞ではないので、主語を示すものではないようです)。
 前述の引用に拠りますと「は」は「他と区別し取り立てて示す」とあるので、「が」とは違って、「は」が付くものは強調されているように思えます。

 「は」についてのもう一つの大きな疑問は、小学校の例に挙げたものです。「なぜ、『わ』と言うのに「は」と書かないといけないの?」です。こちらは、いくらか説明が容易でしょう。「助詞のときは「わ」と言うけど、書くときは「は」なのよ」と。しかし、そのあとの質問が来たときに困ります。「なぜ、どっちも「わ」なのに、書き方を変えているの?」という質問です。ここでグッと答えに詰まります。なぜ「は」なのに「わ」なのか。なぜでしょう? 日本語史をたぐれば答えがでるかもしれません。日本語学の専門家の方にとっては説明が容易なのかもしれません。
 しかし、日本語学を専門的に勉強をしていない大多数の人にとっては、非常に難しい問題です。ニュアンスはなんとなく分かるのに、説明が上手くできないもどかしさがあります。

 ここで一番最初に戻りましょう。

 「わたしゎ買い物をしたかったけど、彼ゎ海へ行こうって言った。」

 この「は」を、「ゎ」に変えた文章は、そのもどかしさを無くして、文章を書いた人の個性を表現する手段だと思うのです。
 助詞「ゎ」は、若い女性が書いたと思われる文章に多く出てくると書きました。それをGoogleで検証してみましょう。自称(一人称)語に「ゎ」を付加したワードを検索し、そのヒット件数を比較します。

―――――――――――――――
 「私ゎ」…437,000件
 「僕ゎ」…25,100件
 「俺ゎ」…39,400件

 「わたしゎ」…25,900件
 「わたくしゎ」…1,070件
 「あたしゎ」…107,000件
 「ぼくゎ」…2,600件
 「おれゎ」…4,260件
 「おいらゎ」…205件

 「ワタシゎ」…707件
 「ワタクシゎ」…116件
 「アタシゎ」…30,900件
 「ボクゎ」…592件
 「オレゎ」…931件
 「オイラゎ」…3,626件

 「私ヮ」…11,900件
 「僕ヮ」…851件
 「俺ヮ」…1,100件

 「わたしヮ」…188件
 「わたくしヮ」…23件
 「あたしヮ」…1,490件
 「ぼくヮ」…27件
 「おれヮ」…21件
 「おいらヮ」…3件

 「ワタシヮ」…404件
 「ワタクシヮ」…1件
 「アタシヮ」…426件
 「ボクヮ」…379件
 「オレヮ」…370件
 「オイラヮ」…70件
―――――――――――――――
 自称語「おいら」は、「ブログの女王・眞鍋かをりさん」が使用されていらっしゃるので、加えてみました。

 この結果を見ると、明らかに女性の自称語の方に「ゎ」が使用されているのが分かります。自称語「わたし」「ワタシ」「私」は、中性的であると見ることができますが、自称語「あたし」「アタシ」は、女性の自称語の意味合いが強いとみられ、それをふまえると、「私ゎ」「あたしゎ」「アタシゎ」の、他に比べて飛びぬけて使用数の多い自称語は、女性の手によるものと考えることができるでしょう。

 では、「ゎ」はなぜ使用されるのでしょうか。一つは、前述の音韻と仮名遣いを一致させた結果と見ることができます。一致させるうえで、助詞であることを明確にするために、「わ」ではなく「ゎ」となったのでしょう。
 また、「は」に比べて「わ」は丸みを帯びているため、文字の印象が和らぎます。これは、角を持つカタカナの「ヮ」の方が、ひらがなの「ゎ」よりも格段に使用数が少ないことからも裏付けられます。それに加えて、「わ」を「ゎ」と小文字化することで、「かわいらしさ」の強調が為されていると考えられるでしょう。もともとの助詞「は」の強調の意味に加えて、書き手によって「かわいらしさ」の強調が意図的になされているのです。
 漢字では同じ「私ゎ」でも、「わたしゎ」より「わたくしゎ」がはるかに少ないのは、「わたくし」という読み方がフォーマルな要素を持ち、「かわいらしさ」とは逆ベクトルにあるためと言えるでしょう。

 助詞「は」から助詞「ゎ」への変化は、単純に、流行の一つ、一過性のものと断ずるには早いと思われます。「ゎ」が助詞であることを示すために小文字化させていること、音韻と仮名遣いの差を埋めていることから、一般化する可能性を大きく含んでいると思います。

 それでは最後に、「ゎ」を使えば、文章がかわいらしくなるのか、実験をしてみましょう。よく知られる文章に使われている「は」を「ゎ」に変えてみます。

―――――――――――――――
 吾輩ゎ猫である。名前ゎまだない。(夏目漱石『吾輩は猫である』)

 Kゎ自殺して死んでしまったのです。私ゎ今でもその光景を思い出すと慄然とします。(夏目漱石『こころ』)

 御釈迦様ゎ地獄の容子を御覧になりながら、この犍陀多にゎ蜘蛛を助けた事があるのを御思い出しになりました。(芥川龍之介『蜘蛛の糸』)

 小僧ゎ少し思い切った調子で、こんな事ゎ初めてじゃないというように、勢よく手を延ばし、三つほど並んでいる鮪の鮨の一つを摘んだ。(志賀直哉『小僧の神様』)

 今戸口を出ようとするごんを、ドンと、うちました。ごんゎ、ばたりとたおれました。兵十ゎかけよって来ました。(中略)ごんゎ、ぐったりとめをつぶったまま、うなずきました。兵十ゎ、火縄銃をばたりと、とり落しました。(新美南吉『ごん狐』)

 隴西の李徴ゎ博学才穎(中島敦『山月記』)

 「それじゃ断然お前ゎ嫁く来だね! これまでに僕が言っても聴いてくれんのだね。ちええ、腸の腐った女! 姦婦!!」
 その声とともに貫一ゎ脚を挙げて宮の弱腰を礑と踢たり。(尾崎紅葉『金色夜叉』)
―――――――――――――――

 名作の力が強いか、「ゎ」の力が強いか…。ご覧下さった皆様のご判断にお任せいたします。

・参考文献
 築島裕著 『国語学』 東京大学出版会 1964年5月
 西尾実他編 『岩波国語辞典 第五版』 岩波書店 1994年11月


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2006.07.03

「ホーロー看板」を観に行った…はずが

 「『ホーロー看板館』というグッとくるところを見つけました。行ってみませんか」

 すっかりと葉桜になった頃、「ササイうをのめ食堂」のササイさんからメールをいただきました。「右横書きフィールドワーカー」の私としましては、見逃すことができない情報です。

 「それでは、お互い、時間ができたときに行ってみましょう」

とお返事してから2ヶ月半。ようやく彼の地を訪れることができました。

――――――――――

 名古屋鉄道・有松駅から、徒歩で約10分。何かが起こることを期待させてくれるような右横書きが迎えてくれたのです。

ホーロー看板館・入り口
 いいフォントです

 「ごめんください」と入ると、そこには、壁面、天井を埋め尽くすホーロー看板。そして、幾種ものキャラクターグッズに、昔の雑貨に、実用品…。とにかく、昔のものが、たんとあったのです。

 「先日、電話で予約した…」
 「あー、どうぞ。ゆっくり見てってください」

ホーロー看板(1)
 「-プンャシ王花」もいいですが、「ひ洗髪」もなかなか

ホーロー看板(2)
 「元気ハツラツ」じゃないです

 素敵です…! 右横書きのホーロー看板があっちにもこっちにも。右横書きじゃないホーロー看板もあっちにもこっちにも。もう書字方向はどうでもよくなってきました。

 これらのモノたちを蒐集されたのは、館長の佐藤さん。なんと40年以上もかけて集めたのだそうです。そして驚くべきは、お金で買ったものが無いということ。

 「自分が『面白いな』と思うものがあったら、誠意を示して、頼み込んで譲ってもらうんだよ。お金を出せばもっといろいろ揃うんだろうけど、俺はそれはしない。そして、俺のところにも『~円で売ってくれ』とか言う人が来るけど、売ることはしない。その代わり『俺の気に入りそうなモノを持って来てくれ』と言うんだ。代わりに持って来たものよりも、ウチにあるものの方が、普通は高い値が付く場合でも、俺が気に入れば、そんなことは関係なく交換するよ。要するに、『自分にとって価値があるかどうか』なんだ」

 おぉ、蒐集家の精神の真髄を見た気がします。

 それにしても、すごい数です。立錐の余地も無いほどにモノモノが集まっています。

 「ここに展示しているホーロー看板は300枚くらいだけど、他に保存している分も合わせると、800枚くらいかな。でも、集めているのは看板だけじゃないから、そんなのも合わせると、もう幾つあるのか分かんないな」

 「この中で一番古いホーロー看板はどれですか?」
 「あの、『仁丹』が古いね。明治時代だよ」

ホーロー看板(3)
 最古のホーロー看板群

 「僕は、今『右横書き』を調べているんですが、ホーロー看板が『右横書き』から『左横書き』に変わったのはいつからですか?」
 「そりゃ、戦後だよ。戦争が終わっていっぺんに全部変わったわけじゃないけど、戦後の短い期間で右から左に変わったみたいだな」

 やはり、横書きの書字方向は戦争が大きく関わっているみたいです。

 展示物を見ながら、佐藤さんのお話をうかがいます。

 「だいたい100件行って、譲ってもらえるのは60件くらいかな。誠意が大切だよ。心を込めて頼み込まなければいけない。」
 「縦長の看板は室内用。裏面が無いんだ。普通の看板は両面に描かれているよ」
 「自分が面白いと思ったものを集めているだけなんで、モノが新しいとか古いとかは問わないんだ。だから、ホーロー看板なんかも、昔は誰も目もくれなかったけど、自分が面白いと思って集めたモノなんだ。そういったモノは今では珍しくなって、みんなが欲しがる。大切なのは自分の感覚なんだ」
 「人の付ける価値なんて、どうでもいいんだよ。自分の遊び心が大切なんだ」

 はーっ…。やはりこれだけのモノを集める方の言ですから重みがあります。佐藤さんのエネルギーは並大抵のものではありません。

 「最近はテレビの取材は断っている。朝っぱらから来て、近所に迷惑をかけることがあるからね。ずっと前、NHKに出たんだけど、NHKでは『しゃべっちゃいけない言葉』があるんだよね。でも俺はそんな言葉をいっこいっこ知らないから、関係なくしゃべっちゃった。ディレクターに『それはちょっとひかえて欲しい』と言われたんだけど、なかなか急にそんなことが治るもんじゃないから、その後もしゃべっちゃった」
 「テレビに出るときは台本をもらうんだけど、俺は台本は全く読まない。自然にしゃべらなきゃ面白くにゃーだろ」

 「君はジーパンはいているだろ。俺はみんながジーパンをはき始めるよりもずっと前からジーパンを集めている。ここには出していないけど、ビンテージ物が30本くらいあるかな。ジーパンは全部水洗いだけだ。色落ちしちゃうからね」
 「とにかく、楽な服装が好きなんだ。スーツは着ない。ネクタイなんて、ほっとんど締めないね。お通夜の時くらいだよ。この前も、息子と買い物に行ったんだが、息子がいいシャツを見つけてね。自分で買おうとしてたけど、その前に俺がさっさと買っちゃった。早いもん勝ちさ」
 「海外旅行にはよく行く。やっぱり世界のあちこちを見ておくのが大切だ。そして、アメリカではジーンズを買って、ハワイではアロハを買うね」
 「子どもからは、父の日、誕生日にはプレゼントをもらっている。やっぱりプレゼントはすべきだな。高いものじゃなくてもいいんだ。持っているお金のほんの少しを使ってでもいい。『贈る』ということで親子のコミュニケーションができるんだ」
 「自分で楽しいと思うことすればいい。だけど貯金はしておくべきだ。俺は20代のころからきちんと貯金をしていたから、今は隠居して楽に暮らしてるんだ」
 「いま住みたいところは、オーストラリア。それかカナダだな」

 「君たちは、一番強い動物を知っているか? トラだ。トラが一番強いんだ」
 「前に、東山動物園に行ったときに、飼育員さんに声を掛けて、肉食動物にえさをやるところを特別に見せてもらったんだ。近くを歩いていた4,5人の女子学生にも声を掛けて一緒に見たよ。あそこは裏に、えさをやるための小さい穴があって、そこからえさを放り込むんだ。それで飼育員さんが『これはブタの肝臓です』って言って、それを放り込むだろ。そうすると、ガーッ! って猛獣がそれに飛び掛る。その隙に『これはウサギです』って言って、放り込んで、別のヤツにえさをやる。すごい迫力だったよ。学生の子たちも驚いてたよ」

 「今度のワールドカップは、日本は一つも勝てなかっただろ。こう言っちゃ悪いが、俺は始まる前からそれが分かってた。なぜなら、日本人はトラみたいに肉を食わないから。米ばっかり食ってるだろ。それに比べて、ヨーロッパ人はみんな肉を食う。もともとのパワーが違うんだ。優勝するのは…ブラジルかフランスか…。とにかく肉を食うところだな。」
 「次は南アフリカでワールドカップがあるだろ。その時はアフリカの国が勝つはずだ。なんせ暮らしている環境が違う。大地に生きているからな。今持っているパワーにテクニックが加われば、優勝する」

 「今まで馬術とか飛行機とか、いろいろとやってきたけど。今度はヨットに乗りたい」

 …とにかく、佐藤さんは凄いパワーの持ち主でいらっしゃいました。3時間もの間、間断無くお話できる方はそうはいらっしゃいません。「コレクター即是パワー」なのです。
―――――――――――

 他にも、このような珍しい展示がありました。

リーバイス・ポスター
 リーバイス501のパッチを模したポスター。かっこいいです。欲しいです。

コカコーラ・ちょうちん
 コカコーラのロゴ入りちょうちん。かっこいいです。欲しいです。

味の素
 「味の素」三段。一番下が右横書きです。

味の素
 「たばこ」三段。一番上が右横書きっぽいですが、文字を斜めにずらしているため、「一行一字の縦書き」と見ることもできるでしょう。

雑誌とマッカーサー
 雑誌などもありました。これは戦時中のものでしょう。右下の箱は「手榴弾消火器」のようです。
 

18禁ガチャガチャ
 アダルトな「ガチャガチャ」もありました。佐藤さん「500円入れれば、まだ出てくるよ」

―――――

 初めは、30分くらいで全部の展示を見て回れるかなと思っていたのですが、気が付けば3時間…。さ、佐藤さん、もうこの辺でおいとまいたします。

 「おっ、そうかい。それじゃ、これお土産に」

テニスボール
 何故か買い物袋いっぱいに黄色いボールが入っていました。

 「これは、ワンちゃんのおもちゃに丁度いいんだ。普通のゴムボールだと、穴が開いて空気が抜けちゃうけど、これは大丈夫。これを投げてやれば、ワンちゃんは喜んで取りに行くぞ」

 私たちは共に借り部屋住まいです。お話の途中で、佐藤さんに住みかを尋ねられて、そのようにお答えしたはずなのですが…。犬飼えない環境なのですが…。でも、ありがとうございます。犬と共に暮らすことになったら、まず最初にこのボールで遊ばせます。

 「いろいろと見せていただきありがとうございました」
 「いやいや、また来てください」

記念写真
 最後に記念撮影

 左が私が撮った佐藤さん、右は佐藤さんが撮ってくださった私たち。佐藤さんから神々しい光が発せられています。

―――――――

 有松駅までの道中。看板の話はちっとも出ませんでした。二人とも佐藤さんの事しか考えられなかったのです。

 「すごかったね。佐藤さん」
 「すごかったですね。佐藤さん」

 館も館主もすごい「ホーロー看板館」。溢れ漲るパワーに圧倒されますよ。

―――――――

 「ホーロー看板館」
 住所:愛知県名古屋市緑区有松町字橋東南2-2
 開館時間:8:00-17:00
 休館日:土・日・祝日
 要予約

 アクセス:名古屋鉄道有松駅から徒歩10分
 イオン有松SC南西側の十字路を南西方向に約300m、長坂南交差点を左折して300m、桶狭間交差点を右折してすぐ。
 詳細はJTBさんのこちらのページでご確認ください。


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