「ホーロー看板」を観に行った…はずが
「『ホーロー看板館』というグッとくるところを見つけました。行ってみませんか」
すっかりと葉桜になった頃、「ササイうをのめ食堂」のササイさんからメールをいただきました。「右横書きフィールドワーカー」の私としましては、見逃すことができない情報です。
「それでは、お互い、時間ができたときに行ってみましょう」
とお返事してから2ヶ月半。ようやく彼の地を訪れることができました。
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名古屋鉄道・有松駅から、徒歩で約10分。何かが起こることを期待させてくれるような右横書きが迎えてくれたのです。
いいフォントです
「ごめんください」と入ると、そこには、壁面、天井を埋め尽くすホーロー看板。そして、幾種ものキャラクターグッズに、昔の雑貨に、実用品…。とにかく、昔のものが、たんとあったのです。
「先日、電話で予約した…」
「あー、どうぞ。ゆっくり見てってください」
「-プンャシ王花」もいいですが、「ひ洗髪」もなかなか
「元気ハツラツ」じゃないです
素敵です…! 右横書きのホーロー看板があっちにもこっちにも。右横書きじゃないホーロー看板もあっちにもこっちにも。もう書字方向はどうでもよくなってきました。
これらのモノたちを蒐集されたのは、館長の佐藤さん。なんと40年以上もかけて集めたのだそうです。そして驚くべきは、お金で買ったものが無いということ。
「自分が『面白いな』と思うものがあったら、誠意を示して、頼み込んで譲ってもらうんだよ。お金を出せばもっといろいろ揃うんだろうけど、俺はそれはしない。そして、俺のところにも『~円で売ってくれ』とか言う人が来るけど、売ることはしない。その代わり『俺の気に入りそうなモノを持って来てくれ』と言うんだ。代わりに持って来たものよりも、ウチにあるものの方が、普通は高い値が付く場合でも、俺が気に入れば、そんなことは関係なく交換するよ。要するに、『自分にとって価値があるかどうか』なんだ」
おぉ、蒐集家の精神の真髄を見た気がします。
それにしても、すごい数です。立錐の余地も無いほどにモノモノが集まっています。
「ここに展示しているホーロー看板は300枚くらいだけど、他に保存している分も合わせると、800枚くらいかな。でも、集めているのは看板だけじゃないから、そんなのも合わせると、もう幾つあるのか分かんないな」
「この中で一番古いホーロー看板はどれですか?」
「あの、『仁丹』が古いね。明治時代だよ」
最古のホーロー看板群
「僕は、今『右横書き』を調べているんですが、ホーロー看板が『右横書き』から『左横書き』に変わったのはいつからですか?」
「そりゃ、戦後だよ。戦争が終わっていっぺんに全部変わったわけじゃないけど、戦後の短い期間で右から左に変わったみたいだな」
やはり、横書きの書字方向は戦争が大きく関わっているみたいです。
展示物を見ながら、佐藤さんのお話をうかがいます。
「だいたい100件行って、譲ってもらえるのは60件くらいかな。誠意が大切だよ。心を込めて頼み込まなければいけない。」
「縦長の看板は室内用。裏面が無いんだ。普通の看板は両面に描かれているよ」
「自分が面白いと思ったものを集めているだけなんで、モノが新しいとか古いとかは問わないんだ。だから、ホーロー看板なんかも、昔は誰も目もくれなかったけど、自分が面白いと思って集めたモノなんだ。そういったモノは今では珍しくなって、みんなが欲しがる。大切なのは自分の感覚なんだ」
「人の付ける価値なんて、どうでもいいんだよ。自分の遊び心が大切なんだ」
はーっ…。やはりこれだけのモノを集める方の言ですから重みがあります。佐藤さんのエネルギーは並大抵のものではありません。
「最近はテレビの取材は断っている。朝っぱらから来て、近所に迷惑をかけることがあるからね。ずっと前、NHKに出たんだけど、NHKでは『しゃべっちゃいけない言葉』があるんだよね。でも俺はそんな言葉をいっこいっこ知らないから、関係なくしゃべっちゃった。ディレクターに『それはちょっとひかえて欲しい』と言われたんだけど、なかなか急にそんなことが治るもんじゃないから、その後もしゃべっちゃった」
「テレビに出るときは台本をもらうんだけど、俺は台本は全く読まない。自然にしゃべらなきゃ面白くにゃーだろ」
「君はジーパンはいているだろ。俺はみんながジーパンをはき始めるよりもずっと前からジーパンを集めている。ここには出していないけど、ビンテージ物が30本くらいあるかな。ジーパンは全部水洗いだけだ。色落ちしちゃうからね」
「とにかく、楽な服装が好きなんだ。スーツは着ない。ネクタイなんて、ほっとんど締めないね。お通夜の時くらいだよ。この前も、息子と買い物に行ったんだが、息子がいいシャツを見つけてね。自分で買おうとしてたけど、その前に俺がさっさと買っちゃった。早いもん勝ちさ」
「海外旅行にはよく行く。やっぱり世界のあちこちを見ておくのが大切だ。そして、アメリカではジーンズを買って、ハワイではアロハを買うね」
「子どもからは、父の日、誕生日にはプレゼントをもらっている。やっぱりプレゼントはすべきだな。高いものじゃなくてもいいんだ。持っているお金のほんの少しを使ってでもいい。『贈る』ということで親子のコミュニケーションができるんだ」
「自分で楽しいと思うことすればいい。だけど貯金はしておくべきだ。俺は20代のころからきちんと貯金をしていたから、今は隠居して楽に暮らしてるんだ」
「いま住みたいところは、オーストラリア。それかカナダだな」
「君たちは、一番強い動物を知っているか? トラだ。トラが一番強いんだ」
「前に、東山動物園に行ったときに、飼育員さんに声を掛けて、肉食動物にえさをやるところを特別に見せてもらったんだ。近くを歩いていた4,5人の女子学生にも声を掛けて一緒に見たよ。あそこは裏に、えさをやるための小さい穴があって、そこからえさを放り込むんだ。それで飼育員さんが『これはブタの肝臓です』って言って、それを放り込むだろ。そうすると、ガーッ! って猛獣がそれに飛び掛る。その隙に『これはウサギです』って言って、放り込んで、別のヤツにえさをやる。すごい迫力だったよ。学生の子たちも驚いてたよ」
「今度のワールドカップは、日本は一つも勝てなかっただろ。こう言っちゃ悪いが、俺は始まる前からそれが分かってた。なぜなら、日本人はトラみたいに肉を食わないから。米ばっかり食ってるだろ。それに比べて、ヨーロッパ人はみんな肉を食う。もともとのパワーが違うんだ。優勝するのは…ブラジルかフランスか…。とにかく肉を食うところだな。」
「次は南アフリカでワールドカップがあるだろ。その時はアフリカの国が勝つはずだ。なんせ暮らしている環境が違う。大地に生きているからな。今持っているパワーにテクニックが加われば、優勝する」
「今まで馬術とか飛行機とか、いろいろとやってきたけど。今度はヨットに乗りたい」
…とにかく、佐藤さんは凄いパワーの持ち主でいらっしゃいました。3時間もの間、間断無くお話できる方はそうはいらっしゃいません。「コレクター即是パワー」なのです。
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他にも、このような珍しい展示がありました。
リーバイス501のパッチを模したポスター。かっこいいです。欲しいです。
コカコーラのロゴ入りちょうちん。かっこいいです。欲しいです。
「味の素」三段。一番下が右横書きです。
「たばこ」三段。一番上が右横書きっぽいですが、文字を斜めにずらしているため、「一行一字の縦書き」と見ることもできるでしょう。
雑誌などもありました。これは戦時中のものでしょう。右下の箱は「手榴弾消火器」のようです。
アダルトな「ガチャガチャ」もありました。佐藤さん「500円入れれば、まだ出てくるよ」
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初めは、30分くらいで全部の展示を見て回れるかなと思っていたのですが、気が付けば3時間…。さ、佐藤さん、もうこの辺でおいとまいたします。
「おっ、そうかい。それじゃ、これお土産に」
何故か買い物袋いっぱいに黄色いボールが入っていました。
「これは、ワンちゃんのおもちゃに丁度いいんだ。普通のゴムボールだと、穴が開いて空気が抜けちゃうけど、これは大丈夫。これを投げてやれば、ワンちゃんは喜んで取りに行くぞ」
私たちは共に借り部屋住まいです。お話の途中で、佐藤さんに住みかを尋ねられて、そのようにお答えしたはずなのですが…。犬飼えない環境なのですが…。でも、ありがとうございます。犬と共に暮らすことになったら、まず最初にこのボールで遊ばせます。
「いろいろと見せていただきありがとうございました」
「いやいや、また来てください」
最後に記念撮影
左が私が撮った佐藤さん、右は佐藤さんが撮ってくださった私たち。佐藤さんから神々しい光が発せられています。
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有松駅までの道中。看板の話はちっとも出ませんでした。二人とも佐藤さんの事しか考えられなかったのです。
「すごかったね。佐藤さん」
「すごかったですね。佐藤さん」
館も館主もすごい「ホーロー看板館」。溢れ漲るパワーに圧倒されますよ。
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「ホーロー看板館」
住所:愛知県名古屋市緑区有松町字橋東南2-2
開館時間:8:00-17:00
休館日:土・日・祝日
要予約
アクセス:名古屋鉄道有松駅から徒歩10分
イオン有松SC南西側の十字路を南西方向に約300m、長坂南交差点を左折して300m、桶狭間交差点を右折してすぐ。
詳細はJTBさんのこちらのページでご確認ください。
更新履歴
2018/07/31
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コメント
>リムさん
キャラ物とか、ジッポーとか、明治時代の三輪車なんかも置いていました。360度どこを見ても飽きません。
佐藤さんは「なんでも鑑定団」にも出演されたとか仰っていらっしゃいました。佐藤さんの息子さんと、鑑定団の北原さんが対談されている雑誌も拝見しました。このようなレトログッズ界では大御所でいらっしゃるようです。
名前は「ホーロー看板館」ですが、看板を主にした「近現代民俗文化資料館」とでもいえそうなところでしたよ。
501ポスターはすごく綺麗で状態はばっちりです。ピン穴は開いていますが。
もし、訪問の機会がございましたら、佐藤さんのお気に召すような食べ物を是非とも。それだけで、5時間くらいはお話を聴くことができるはずです。
投稿: 桜濱 | 2006.07.21 01:02
おぉー!
これは貴重なコレクションの数々!
(だと思う)
お宝鑑定団でこういうのに凄い値段が付いていた記憶があります。
マニアには垂涎なんでしょうね。
個人的には、資料館的な、社会科見学のような視点で楽しめそうな感じです。
501のポスターは俺も欲しいですw
投稿: リム | 2006.07.20 23:42
>みんたさん
とにかく佐藤さんに圧倒されっぱなしでした。館内は佐藤さんのお力が隅々までいきわたっているようでした。
有松駅一帯は、今は「有松の町並」という名称になっていて、あちらこちらのお店や公共施設がレトロな雰囲気を持つものになっていましたよ。絞り染めのお店もいっぱいでした。今回は絞り染めはパスしましたが、風情があって、美味しいパン屋さんに寄りました。数日中にそのレポートも書こうかなと思っております。
ホーロー看板館内には「写真撮影は行わないでください」の看板も下げられていたのですが、お願いしたら、「あれはうちの看板を撮って、商売にする人がいるから書いてるんだ。個人で何枚か撮るだけなら構わないよ」とOKを頂きました。佐藤さん感謝です。
投稿: 桜濱 | 2006.07.06 02:56
いつもながら読み応えのあるレポ、楽しかったです。
それにしても、有松にこんな素敵な施設が…10年ばかり前に東海道の町並みと絞り染め目当てに行ったことがあるのですが、そのころは大正ふうの郵便局建物が売りのひとつになっている程度で、あまりガイドもありませんでした。もう一度行ってみたい町のひとつだったのですが、楽しみが増えましたよ。
写真が撮れるというのも太っ腹ですね。佐藤さん凄い。
そういえば駅に出ている看板も独特の味があったし、駅員さんが親切だったなあ~。中京は魅惑の地域です。
投稿: みんた | 2006.07.05 12:23