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2005.10.15

陸の王者対海の王者の戦いや如何に

 今は昔のお話です。九州の…、いや、こまかいところは言わずに、あるところとしておきましょう。そこに一人の商い人がおりました。その人は、新羅の国に商いに行くために、船を手に入れ、多くの者を連れて、北の海へと漕ぎ出したのです。

 首尾よく、新羅に付いたその商い人は、商売も上手くいき、多くの利を得て帰りの途につくことができたのでした。
 せっかく、たくさんの財宝を手に入れても、無事に帰りつかなければ何になりましょうか。少々、道のりは長くはなりますが、大海原で迷うことがないように、新羅の山すそに沿って、船を漕ぎ進めたのです。

 数日後、船に積んでいた水が乏しくなりましたので、汲み足そうと、水の湧き出ているところの近くに船を寄せて、下仕えの者たちを水汲みに向かわせたのです。
 その時、船に残っていたうちの一人が、船の縁から海の面を覗いていると、大きな山が映っていたのです。「あ、水汲みに行っている山が映っているな」と思いましたが、何か様子がおかしいのです。なんと、それは山が映っているのではなく、岸から三、四丈ほど上で、小さく身を縮めて、物を伺うように目を光らせている虎の姿が映ったものだったのです。

 船の縁にいた者は、虎が今にも襲い掛からんとしていることに気付き、慌てて近くの者たちに告げ、水を汲みに行っている者たちにも、急いで船に戻るように呼びよせたのです。
 幸いにも、すぐに皆が無事に船に戻ることができ、手に手に艪をを持って、力の限りに漕ぎ出したのでした。
 ところが、なんとしたことでしょう。虎はその時を待っていたかのように、伏せていた身をがばりと起こすが早いか、岸へと舞い降りて、船の上めがけて飛び上がったのです。船の者たちは、目の前の覆いかぶさってくるような虎の姿を見て、皆覚悟を決めたのでした。
 しかし、船を漕ぎ出すのが早かったからでしょう、わずかに一丈ばかりを残して、虎は船に飛び移ることはできずに、海に落ち込んだのです。

 船に乗っていた者たちは、肝を冷やすということばでも足らないほどに、恐れおののいて、力を尽くして沖の方へと船を漕いで行ったのです。

 その間、やはり虎のことが気にかかり、海に浮き沈みする虎を見ておりました。するとその虎は、しばらくは海にいたのち、岸に泳ぎ着き、陸に上がると、近くの大きく平らな石の上に登ったのです。
 何をしているのだろうかと思い、よくよく見ると、虎の左の前足は、ひざより下が切れて無くなっており、血が流れ出ているではありませんか。
 「きっと、海に落ち込んだ時に、鮫に食いちぎられたんだろう」と思って見ておりますと、虎は切れた足を海に浸け込んで、じっと動かなくなりました。

 そうして、恐ろしくも静かな時が、いくばくか流れたころ、沖の方より、一匹の大きな鮫が虎の方へとまっすぐに向かってきたのです。
 ものすごい速さで岸に近寄ってきた鮫が、今にも虎に飛び掛ろうとした時でした。なんと、虎は右の前足で、鮫の頭に刃のような爪を打ち立てて、そのまま鮫を陸に撥ね上げました。鮫は一丈ほど投げ上げられて、砂浜にどすりと落ちると、ばたばたと跳ね回りました。
 そこに虎は走り寄り、暴れまわる鮫に飛び掛り、食らい付いて、右に左に二度三度、鮫を振り回すと、たちまちのうちに鮫は弱っていったのでした。
 虎は力が抜けて、だらりとなった鮫の体を、首にかけるようにくわえたまま、五丈も六丈もあるような、切り立った崖を、残った三本の足で、坂を下るかのように、駆け上がっていったのです。なんと、虎は己の血で鮫をおびき寄せて、片足を奪った仇を討ったのですよ。

 沖の船の上にいた商い人の一行は、このすさまじい虎の姿を見ると、半分命を奪われたかのような心地になったのでした。
「あぁ、なんということだ。虎のこんな姿を見るとは…。もし、あの虎が船に飛び込んでいたとしたら、私たちは一人残らず食い殺されて、家に帰って妻や子供たちの見ないまま死んでしまっていたんだろうな。千人の兵が、それぞれに素晴らしい弓矢や刀を持って防いだとしても、全く役に立たなかっただろう。こんな狭い船の上だったら、刀を手に虎と向き合っても、あんなに強くて素早い虎なんだから、全く何のしようもなかったはずだ」
と、口々に言い合い、身も心も凍り付いてしまい、うわの空のまま船を漕ぎ、九州の港に帰り着いたのでした。そして、家についてからは、船で目にした恐ろしい有り様を妻や子に話して聞かせ、運よく生きて帰ってこられたことを喜び合い、虎の話を聞いた他の人たちは、大変な恐ろしさに身を振わせたということです。

 さて、このお話をどのように思われましたでしょうか。鮫は海の中にあっては、強くて頭の働くものでございますので、海に落ちた虎の足を食いちぎることができたのでしょう。そこで止めておけば良かったものの、もっと虎を食おうなどという下手な考えを起こして、陸の近くまで来たために、反対に虎にやられてしまい、命を失ってしまったのです。
 全てのことは、皆これと同じなのです。人々はこのお話を聞いて、
「身に過ぎたことは止めておくに限る。ほどほどにしておくのが良いんだ」
と、語り継いだということですよ。

――――――――――
 『今昔物語集』巻二十九・第三十一話「鎮西の人、新羅に渡りて、虎にあう語」の現代語訳です。
 このお話は、もっと早く載せるつもりでおりました。半月ほど前に。
 そう、「阪神タイガース優勝」に合わせる予定だったのです。それが、いろいろと立て込んでしまいまして、時機を逸してしまいました。

 ところが、阪神の優勝が決まっても、野球の外での阪神をめぐる戦いは終わりません。株がどうのこうのというのは、苦手なのでよく分かりませんが、少なからず阪神球団はダメージを負うことになりそうな気がします。でもきっとそこから這い上がり、来年もまた素晴らしい雄姿を現すことでしょう。海から上がった虎のように。

 追記.
 ここまで書いておきながら言うもの気が引けますが、私は野球ファンではありますが、阪神タイガースのファンというわけではございません。

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コメント

>まひろさん
 あらっ、行動を読まれていましたね。まさにレポートで四苦八苦しておりましたわ。ボロボロです。

 この説話は前半の写実的な動物の描写から、「身の程を知れ」という教訓への移行は、やや違和感を感じはしますが、これが「今昔流」だと思っています。
 虎の理知と強力は、読者に大変強い印象を与えます。それだけに、教訓が生かされるのでしょうね。

 今回も逃避でした。ただ、レポート書き中は、これを訳す力もないほど萎えていただけございます(笑)

投稿: 桜濱 | 2005.10.18 01:30

最近、なかなか更新されてないので、
「もしや、レポート関係でお忙しくなさってるのでは。…ということは、現実逃避の産物(今昔物語)が期待できるのでは!」
などと思いつつお待ちしておりました。(笑)

「身の程を知る」って、難しいですね。
欲や見栄は慎むべきでしょうが、向上心、挑戦する気持ちがなければ寂しいですし。
ま、命がけの時は慎重に。命あってのものだねです。
この虎、深手を負っても冷静沈着、かなりの人物(?)ですね。
「山月記」の李徴さん…私のイメージではそういうことになってしまいました。

今回は現実逃避ではないご様子。失礼致をば致しました。

投稿: まひろ | 2005.10.17 17:27

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