今日の「山」登りは「たらい氷」
登山会当日、私は一抹の不安を抱いておりました。その日は、たいそう夢見が悪かったのです。はっきりとした内容は覚えておりませんが、登山会に参加している夢でした。なんとも形容のし難い重苦しさを感じ、目が覚めると、じっとりと汗をかき、四肢の先まで疲労感に囚われていたのです。
このような夢を見たのも、知らず知らずのうちに「たらい氷」への恐怖をつのらせていたからなのかもしれませんし、反面「たらい氷」をあなどる心が己のどこかにあり、自らに「気を引き締めてかかれ」と警告を発するためだったからなのかもしれません。
恐怖感にしろ、警告にしろ、磐石の態勢をもって「たらい氷」に挑むために、アタック開始までの間、完全な空腹状態を作らない、水分を控えるなどの対策をとって、運命の時間を待ったのでした。
夕刻、雨のそぼ降る中、「たらい氷」という、どう考えてもまともではない山に登るために集まった参加者は、主催のリムさんをはじめとした7人(男性4人、女性3人)。「たらい氷」は通常のカキ氷の4,5人分くらいだという情報と、登山経験者が5人という好条件が揃い、私の不安も幾分晴れたのです。
いくらかの待ち時間の後、いよいよ「たらい氷」を注文する段となりました。ここが一つ目の盛り上がりです。店員さんから「氷カテゴリーの中から一種類選んで注文するように」と告げられました。
これは予想外の事態です。皆、数種類のシロップを選べると思っていたのです。ここでチョイスを間違えると、大惨事が起こることは確実。慎重に選択しなければなりません。
数分間の話し合いの末、シロップのお味は歴戦の猛者、リムさんにおまかせするということになりました。34種類の中から選び出されたお味は…
「巨峰でお願いします」
うむ、奇を衒わず、確実に食べ進めることができ、写真栄えのする色のシロップを選びましたね。さすがです。登山前にリムさんがおっしゃった「今のところ全て登頂に成功しているので遭難だけは避けたいです」という言葉が思い出されます。
これで、第一の山は越えました。あとは大量の氷が届くまで待てばよいのですが、そこは「奇食の館」読者ご一行様。それだけでは飽き足らず、思い思いの料理名を告げていきます。
私は前回の記事にあるように「お茶ピラフ」を注文しましたが、あとはこのようなラインナップでした。
サボテンピラフ
オムハンライス(赤)
玉子サンド
甘口キウイスパ
タコスピラフ
タカナベーコンピラフ
甘口あり、ワンコインあり、サンドイッチありとバランスのとれた布陣です。完全登頂を目指す心意気が見て取れますね。
7人分の“得物”
普通のカキ氷でも結構な時間待たねばならないことが分かっておりましたので、じっくりと腰を据えて、たらいが届くのを待ちます。徐々に高まる緊張感。
「どんなたらいで来るんですかね」
「赤ちゃんが入るくらいかしら」
「プラスチックの大きなものだったらどうしよう…」
などの、たらいトークが繰り広げられます。
そして15分後。第二の予想外の事態が勃発しました。各自注文した品よりも先に「たらい氷」がやってくるではありませんか。まさかこんな短時間で完成するとは…。
店員さんに抱えられてやってくるその姿は、まさに威容かつ異様。周囲の席からどよめきが起こります。そして、くっつけられた二つのテーブルの真ん中に…、
どすん。
大氷山「たらい氷」!
狂乱。騒乱。大混乱。
「うわーっ!」「すげーっ!」「でかっ!」などなどの賛辞が辺りから巻き起こります。そして、フラッシュの嵐。隣のテーブルのお客さんまで「撮らせてもらっていいですか」とパチリ。
「さぁ、溶けださないうちに食べましょう」
リムさんの声に促され、めいめいスプーンを取り上げ、標高40cmの山に突き立てます。果てしない山登りが始まりました。
記念すべき第一歩を踏み出す
できるだけ、こぼさないようにそっとすくい取り、口に運びます。荒く削られた氷は口壁を軽く刺激し、舌に痺れを感じさせたあと、すっと溶けると共に、シロップの甘さを残していきます。この「巨峰」シロップの甘さは何かに似ています。
「ファンタグレープの味ですよね」
あー、そうです、そうです。炭酸が抜けたファンタグレープに極めて似ていますね。また「サンキスト」などの紙パック入りのグレープジュースの味にも似ているような気もしました。要はあちこちで売られているグレープのジュース味と思ってくださいませ。
「たらい氷」到着から数分ごとに、各自注文の品がやってきます。「山」を代表する「甘口キウイスパ」も、「たらい氷」と比べると、
甘口キウイスパとの比較
こんなにかわいらしくなりました。「甘口キウイスパ」に限らず、普通なら特盛に見える「山」のお料理も、「たらい氷」の隣に置いてしまえばあら不思議。公園のお山のようになってしまうのです。
登頂開始から10分。40cmあった山は25cmの高さとなりましたが、山の先端のふわりと盛られた氷を食べただけですので、感覚的には2合目といったところでしょう。あせらず、手持ちの救いメニューをつつきながら先を目指します。
まだまだ2合目
開始から25分後。埋もれていたアイスをようやく発掘しました。掘れども掘れどもなかなか姿を見せなかったので、「もしかしたら『たらい氷』にはアイスは無いのかも」と思い始めていただけに、やや鈍りかけていた一同の手の再び活気が戻ります。
白い助け舟
残り少ない救いメニューを全員でつつき、口休めをしながら、もくもくと食べ進めていきます。でもそこは「たらい氷」に立ち向かう七人の侍。ペースががくりと落ちるなどということはありません。
たらいの縁まで達したところで、再び計測をします。たらいの直径は約28cm(内周)、高さは12cmでした。最初の高さ40cmも使うと、おおよその体積が求められるはずです。数学に強い方は算出してみてはいかがでしょうか。
たらいとしては小ぶりだが、氷の容器としては規格外
アイス発掘から10分後。ついにたらいの底が見えました。底部分には上からじわりじわりと浸み降りてきたシロップが、深い深い赤色となって蟠っておりました。
「たらい氷のシロップ泉期」と名付けたい
「たらい氷」は全体にシロップが行き渡っており、白い無味の氷を食べねばならないことはほとんどありません。ここにきてのシロップの泉は、幸と見るか、不幸と見るか。シロップが少ない部分を、じゃきじゃきと突き崩し、味の均一化を図りながら、ラストスパートに入ります。
9合目を駆け抜ける
そして、ついに登頂から55分後。偉大なるフィナーレを迎えることとなりました。氷とシロップとアイスの混合物をわずかに残すのみとなったたらいは…、
山頂はすぐそこ
リムさんの手によって持ち上げられ…、
最後は主催の手により…
一気に飲み干されます。
あの巨大な氷山が、7人の手によって制覇された瞬間です。
大氷山は制された
こうして見ると、底に段差のある容器はたらい以外の何ものでもないですね。
長時間のアタックになることは最初から予想されており、「溶け」が最大の問題点だったのですが、たらいが金属製だったために、予想よりもはるかに少ない量の溶けで済みました。
「たらい氷」の登頂成功を受けて、他の品の残りも後顧の憂いなく食べ進めることでき、完全登頂を果たすことができたのです。
あまたの空き皿を前にして、しばし達成感にひたった後、下山の仕度にとりかかります。あっ、そうそう伝票を確認してみましょう。
正式名称確定としていいかも
巨氷 まる「た」。「巨峰氷たらい」の略でしょう。やはり正式名称は「たらい氷」だったのです。
山を下りた7人は、お互いの健闘をたたえながら散会しました。登山者として、本当にいい経験をさせていただきました。リムさん、参加者の皆様、ありがとうございました。そして、お疲れ様でした。
帰り際、リムさんに感謝の意を込めて、お渡しした品。
ドリアンビスケット
私には開封の勇気がありませんでした…。
―補足―
この「たらい氷」、4人以上でなければ登頂は難しいという感じを受けました。1人、2人でのご注文はお控えになられたほうがよろしいかと思います。
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