白いカラスと角の生えた馬のお話
今は昔のことでございます。震旦が戦国の世でありました時に、燕の国に丹という太子がいらっしゃいました。この方は、勇ましいだけではなく、思慮も深かったそうでございます。
太子は幼い時分に、趙の国で、秦の太子であった政と、この方は後の秦の始皇帝でいらっしゃるのですが、共に人質として捕らわれており、不遇を託つ友としてお過ごしになっていたのでございます。
時が経ち、太子政は祖国に戻り、秦王となられたのでございますが、虚虚実実の駆け引きがなされた戦国の世、旧友であったはずの太子丹を、今度は燕の人質として秦に引き連れたのでございます。太子丹は燕の国に戻ることを望み、秦王に求められたのですが、それが許されることは無く、懐かしい父君、母君にお会いすることは叶わなかったのでございます。太子丹の父母への思いは日ごとに募っていかれ、秦王に帰国を再びこいねがわれたのでございますが、秦王からお許しの沙汰が下されることはございませんでした。
それでも、太子丹は諦めきれなかったのでございましょう、深く悲嘆にくれ、泣き暮らし、たびたび帰国の願いを秦王に願っていらっしゃいましたら、秦王は、
「よし、それならば、白いカラスの頭を持ってくるんだ。そして、角の生えた白馬も連れて来い。ともに叶えられたら、その時こそ、お前を燕の国に帰してやる」
と仰ったのです。白いカラスに角を持つ白馬とはなんという無体な御下知でございましょう。
太子丹は、秦王の非情なお言葉を聞き、さらに深い悲しみにさいなまれたのでございます。滂沱と涙を流し、ひたすらに国を思い、天を仰いでおりましたところ、にわかに一羽の鳥が飛んでまいりました。見ると真っ白なカラスではありませんか。続いて地に伏せ、祈りを深くされたところ、角を持つ馬がどこからともなく駆け寄ってきたのでございます。
秦王のお言葉通りのものを手にした太子丹は、秦王にお目通りをなさいました。カラスと馬を御覧になった秦王は「なんと不思議なことが起こったのだ」とたいそう驚かれ、約束の通り、太子が燕の国に戻ることをお許しになったということでございます。
願いが叶った太子丹は、故郷の国に帰り、長い間、想い続けていらっしゃった父君、母君にお会いし、たいそういとおしみ、お喜びになられたと、語り継がれているのでございますよ。
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『今昔物語集』巻十、第三十九話「燕丹、馬に角を生ひしめたる語」です。
燕の国に戻った丹は、この後、刺客荊軻を派遣して始皇帝の暗殺を謀りますが、失敗に終わります。映画にもなっているので有名なお話ですね。
秦王が丹に持ってくるように言った「白いカラス」。そんなん持ってこいって無茶言わないでよって思いますが、「白いカラス」は日本で見ることができるようです。動物園で。
普通は有色ですが、メラニン色素が抜けて白色になる動物のことを「アルビノ種」といいます。からすのアルビノが上野動物園にいるにとのこと。見てみたい。
先日読んだ「パラドックス大全」という本に「白いレイブン」(レイブンはワタリガラスのこと)のパラドックスについて書かれていました。白いレイブンは果たしてレイブンと言えるのか?ということらしいですが、アルビノカラスはカラスのようです。
もう一つの「角の生えた馬」は「伝説のユニコーンだけでしょ、これはさすがにいないだろうなー」と思って検索したら、こんなのが引っかかりました。すごいぜ、チベット!すごいぜ、ラマ僧!すこしは珍しがってちょうだい。
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コメント
>うえるりゃさん
羨ましいですわ。気持ち悪いということで、ますます惹かれます。ずいぶん前からアルビノ種は素敵だなと思っております。目が赤い蛇なんて最高です。
カラスに近寄ることなんてあまりないですからね。人間にアタックするカラスは瞬間的に近寄るだけですし。じっくりしっかり間近で見ると、カラスの意外なでかさにびびるのやもしれません。知恵もあるみたいだし、体だけでかい鷹には勝てるかも。ゲリラ戦だったらなお有利っぽい。
投稿: 桜濱 | 2005.05.10 19:59
この前、白いカラス、上野動物園で見ましたよ!
ホントに真っ白で綺麗やら気持ち悪いやら。
どっちにしても、檻の中にいるカラスってのも不思議なものです。違和感。
関係ないけど、カラスってやけにでかいって感じるようになった。本気出したら鷹とかに勝てるんじゃなかろか。
って妄想してます。
投稿: うえるりゃ | 2005.05.10 00:37