2009.07.05

賛美さる藪の中での悪行

 今は昔のこと。京の男が妻を連れて、丹波の国へ行った。妻は丹波の国の出の女だったんだ。妻を馬に乗せて、自分は、矢十本ほどを背中の箙に入れて、弓を持って、その馬の後ろを付いて行った。そして、大江山に差し掛かったときに、長い太刀だけを腰に差した、若くたいそう強そうな男と出会って、共に山を越えることになったんだ。
 そうやって、二人の男は「どこへ行くのか」などと語らいながら、連れ立って山道を行っていると、若い男が、
「実は、俺の持っているこの太刀は、陸奥の国から伝来の、名のあるものなんだ。どうだい、見てくれよ」
と、言って、太刀を抜いて、京の男に見せた。その太刀は、言葉通り、実に美しく立派な太刀だった。京の男は、この太刀に瞬く間に魅せられてしまった。欲しくて欲しくてたまらなくなったんだ。若い男は、そんな京の男のありさまを見て、
「この太刀が要りようですかい? そんなに気に入ったのなら、持っていってくれて構いませんぜ。ただ、そのおまえさんが持っている弓と取り替えっこならね」
と、申し出た。京の男が持っている弓は、そうたいした品ではなかった。どこにでもあるもんだったんだ。太刀の立派さには、とうてい及ばない、ただの代物。おかしな話だろ。でも、この素晴らしい太刀に目が眩んだんだろうね、欲しいばかりの気持ちで、若い男の話に乗って、「これは、いい儲けものだ」と思いながら、さっさと取り替えたんだ。
 そうして、しばらく、道中を行っていると、また、若い男が言い出した。
「俺が、弓だけしか持っていないというのはおかしくないかい? 人が通りかかったら笑われやしないか? この山にいる間だけでいいから、矢を二本貸してくれやしないかな。おまえさんのためにもなることじゃないかい。こうやって、一緒に山越えをしているんだから、どっちが矢を持っていようと同じことじゃないかな」
 京の男はそれを聞くと、確かに言うとおりだな、と思って、また、いい太刀を手に入れて浮かれてたこともあるんだろう、言われるがままに、矢を二本、若い男に渡したんだ。そうして、若い男は、両手に弓と矢を持ち、京の男は、残りの矢を箙に入れただけで、弓を持たずに、太刀を腰に差していくことになった。
 日が高くなり、昼飯を食べようと、藪の中に入ろうとすると、若い男が、
「こんな人が近くを通りそうな所で飯を食べるのはみっともないぞ。もう少し、奥に入ろう」
と、行って、二人の男と女は、藪の奥へと、どんどん入っていった。
 ここらでいいだろう、となり、京の男が、妻を馬から降ろそうとしたところ、若い男は、突然、弓に矢をつがえて、引き絞り、京の男の真ん中に向けた。
「おい、おまえ。動くなよ。少しでも動いたら、あっという間に、お前の体をこの矢が突き通るぞ」
と、吐き捨てた。京の男は、こんなことは思ってもみなかったことだったので、体を動かすどころか、何も言うことさえできなかった。ただ、矢の真正面に突っ立っていることしかできなかった。若い男は、言葉を続けた。
「そのまま、奥の方へ行け。山奥に入れ」
と脅すと、京の男は、命が惜しいばかりに、言われるがまま、さらに七、八町ほど、山の奥へと進んでいった。そこまで来ると、さらに、
「さっきの太刀と、お前の刀をこっちへ投げろ」
と言い付けた。京の男は言われるままにするしかなかった。
 若い男は、投げ捨てられたその刀をすぐに取り上げると、京の男に飛び掛り、馬の引き縄で、木に強く縛り上げた。
 それから、若い男は、京の男の妻に目を向けた。妻は、年は二十歳ほど、身分は低いながらも、天性のものであろうか、魅惑する眼差しと、美しい顔つきをしていた。若い男は、この女の姿を見ると、心が奪われ、他のことも考えられなくなり、女の衣を引き脱がした。それでも、女は嫌がる風を見せなかった。ただ、強そうな男に言われるがまま、されるがまま、衣を脱いでいった。それを見て、若い男も着物を脱ぎ散らし、女を犯した。女は何も言わなかった。気に縛り付けられた京の男はそれを見ながらも、どうすることもできなかった。皆、どういう思いでいたんだろうか…。
 事が済み、若い男は立ち上がり、着物を着て、京の男の箙を背負い、太刀を腰に帯びて、弓を片手に、馬に乗った。そして、二人に淡々と言った。
「女、おまえが不憫だと思うが、他にしてやることは無い。俺は行く。おい、そこの男。お前に免じて、殺さずに、このまま行ってやる。ただ、人が来ないうちに早く行かないとならん。馬はいただいていく」
 そして、若い男は、馬を駆って姿を消した。行き先は分からない。
 若い男が遠くに行った後、妻は、男の縄を解いた。男はなんとも言いようの無い顔つきをしていた。女はぽつりぽつりと、だがしっかりと言った。
「あなたのお心は、何も言えないほど、情けないばかりです。今日からこの先々、あなたのようなお心では、きっと、頼みにできないでしょう」
 男は返す言葉が無かった。黙って、妻と共に丹波山を越えていった。
 若い男の心持ちは、なんとも太く、見上げたものだ。奴は、女の着物を奪っていくことが無かった。京の男の心は、どうしようもなく情けない。山の中で、たまたま行き会った男に弓矢を渡すなど、愚かとしか言いようが無い。
 若い男の行方か? 知らんな。噂にも上っていない。掻き消えた、としか言いようが無い。そういう風に語り継がれているな。

――――――――――

 『今昔物語集』巻29・第23話「妻を具して丹波の国へ行く男、大江山にして縛らるる語」の現代語訳です。2009年9月公開の映画『TAJOMARU』に合わせて訳してみました。
 もちろん、この説話は、『今昔物語集』中で一二を争うくらい有名なものだと思います。芥川龍之介の短編小説『藪の中』の原案、そして、『藪の中』を映画化した、黒澤明監督の『羅生門』の元になっているからです。
 本説話が、現在のところ『今昔物語集』以外に見られないことから、芥川がこれを題材にして小説を書いたことは疑いようがないでしょう。また、黒澤監督の『羅生門』はこの説話に巻29・第18話「羅城門の上層に上りて、死人を見たる盗人の語」をミックスして作られていることも、知られています。さて、映画『TAJOMARU』はどのようにこれらの題材をアレンジするのでしょうか。興味があります。
 芥川『藪の中』から、「藪の中」という慣用句が出来ています。それぞれに、食い違う発言から、「真実」が分からない、という意味で使われていますね。その意味と「藪」の雰囲気が見事に合っていたからこそ、慣用句にも成れたのでしょう。
 本説話では、藪の中の出来事は「藪の中」にはなっていません。詳細まではっきりと語り継がれています。誰が語り継いだのか? それは、現場にいた夫婦の他にないでしょう。このようなことは、隠そうとしても隠し果せないことです。
 この説話をお読みになった方は、「若い強そうな男」(原文「若キ男ノ大刀許ヲ帯タルガ糸強気ナル」)への話末評をどのように思いますか? 違和感を覚えませんか? 京の男の武具を言葉巧みに奪い、縛り上げ、その妻を犯し、馬をも盗んで、姿を消した、若い男に「心持ちが、太く、見上げたものだ」(原文「今ノ男ノ心、糸恥カシ。男、女の着物ヲ不奪取ザリケル」)と、悪行を犯しても、女の衣まで盗んでいかなかったことを誉めているのです。また、京の男を不甲斐ない存在にしています。無用心、無計画、単細胞、さんざんにその愚かさを責めています。これは、巻29の特性と言えるでしょう。巻29の副題は「付悪行」です。この世界で、仏法に縛られず自由に生きる悪の存在。彼らへの畏怖を描いている巻です。それゆえに、このような話末評になっているのでしょう。
 最後に、訳するに当たって、使わざるを得なかったやや難しいことばの意味の補足を書いておきます。「町」は、距離の単位で、一町は約100m。説話中では、七八町(7,800m)ということなので、かなり山奥での出来事だったことが分かります。「箙」(えびら)は背中に背負う形の矢を入れる竹製の筒です。今で言う「メッセンジャーバッグ」のようなものだとお考えください。
 できれば、本説話の原文をお読みいただいて、それから芥川『藪の中』、黒澤『羅生門』、そして、新作の『TAJOMARU』をご覧になると、より楽しめると思います。
 ちなみに、私は、『TAJOMARU』の映画の主題歌、B'zの『PRAY』も楽しみにしています。



 現代語訳には、この本の原文・注釈を参考にしました。



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2009.06.30

泣きわめく子どもに行基は何を見たか

 今は昔のお話しでございます。大僧正・行基さまは、文殊菩薩の化身であらせられたといわれております。
 ある時、行基さまが難波津に行かれまして、人々ともに、そこに河を通し、船着き場をこしらえました。造り終わり、手伝いをした人々に、仏の教えを説いていらっしゃいますと、その説法を、財を持つ者、持たない者、身分の上の者、下の者が、皆々、集まってきて、聞き入っておりました。
 集まった人々の中に、河内国、若江郡の川派郷に住む女が、子どもを抱いて、その説法の場におり、教えを聞いておりました。しかし、子どもは泣きわめき、ぐずり、母親に説法を聞かせる間を与えませんでした。その子どもというのが、年は十歳を越えているのですが、自ら立つことができず、いつも泣きわめき、ただ、つかの間も置かずに、ものを食べ続けるだけでした。
 それをご覧になった行基さまは、母親に、
「そこにいる、あなたの子ども、ここから連れ出して、すぐに、川の淵に捨ててしまいなさい」
と、お命じになられたのです。このお言葉を聞いて、そこにいた人々は、
「慈しみが深く、お心の広い聖人さまなのに、どういうことで『この子どもを捨ててしまいなさい』などと仰られるのであろうか」
と小声で話し合いました。母親は、子を愛しいと思う心を捨てきれず、行基さまの仰る通りに、川に投げ入れることはせずに、そのまま抱きかかえて、説法を聞いたのでした。
 次の日、教えの場に、また、その母親が子を抱いて来て、説法を聞いていたのです。やはりまた、こどもは「ひぃ、ひぃ、ぎゃあ、ぎゃあ」とわめいて、泣いたのです。集まっていた人々が、この子どもの泣き声のせいで、行基さまの説法を聞き取れないほどの騒ぎようでした。
 その時です。行基さまは、
「そこの女人よ。やはりその子どもを川の深き淵に投げ捨てなさい」
と、強く仰ったのです。母親は、二日続けて、このように命じられたことで、子どもを連れていることに耐えられなくなり、そのまま川の淵に行き、我が子をそこに投げ捨てたのです。
 すると、どうでしょう。子どもは一度、淵に沈んだものの、また浮かび上がり、自分の二の足でしっかりと川底に踏ん張り立ち、腕を乱暴に振り回し、血走った目を大きく見開いて、激しく憎憎しく恨めしそうな声を張り上げたのです。
「こんちくしょう!! いまいましい!! 俺は、あと三年は、ふんだくるつもりだったんだよ! ちくしょう、ちくしょう」
 母親は、我が子のこの異様な姿をを見て、怖ろしく、不思議に思いながら、説法の場に戻ってきました。そこで、行基さまは問われられました。
「どうしましたか。あなたは、我が子を淵に投げ入れましたか?」
母親は、我が子の異様なありさまを事細かに行基さまに申し上げたのです。
 それを聞き終わると、行基さまは、
「あなたが前世で、あの子どもに物を借りたまま、返さなかったのです。そのため、今生で、あなたの子どもになり、返さなかった分を貪り食べていたということです。あなたも、あの子どもも生まれ変わり、あの子どもは借りを取り戻し、あなたは、知らず知らずのうちに、借りを負っていた分を返していたわけです」
と、理由を仰られたのでした。これを聞いた人々は、行基さまが前世のこともはっきりとお知りになり、道理を教えてくださっていることを、貴く思い、心を打たれ、
「まさに、このお方は、仏様の生まれ変わりでいらっしゃる」
と、信じて、ますます、うやまったのでした。
 このお話しから思いますと、やはり、人から借りたものは、そっくり返さなければならなりません。そうしなければ、生まれ変わっても、その責めを受けることになる、と語り継がれておりますよ。

――――――――――

 『今昔物語集』巻17・第37話「行基菩薩、女人に悪しき子を教へ給ふ語」の現代語訳です。聖武天皇期のヒーロー、僧行基の霊験譚です。民間で布教を始め(私度僧)、初めは政府の弾圧を受けたものの、後に政府の方から大仏建立のために要請され、大僧正にまでなった人物のお話しです。
 冒頭で、彼は文殊菩薩の化身であることが語られます。このような語りで、生き菩薩である彼の特殊能力を強調し、彼らのような僧の霊験のあらたかさを示し、仏法の布教に一役買わせたのでしょう。
 今回の素材は、その布教での一場面です。母親と不思議な子どもの存在を見せた後、行基に異常とも言える言葉を言わせています。母親には自らの子どもを川に捨てるなど、とうていできることではありません。しかしながら、行基はしきりにそれを勧めます。行基のことばに結局押され、母親は我が子を川に投げ入れます。
 それまで、泣き喚くばかり、ただ食事はしっかりと食べ、それなのに、成長していないかのように立ち上がることの無い不思議な子どもが、その瞬間「異形の子ども」であったことが判明します。
 この転換の場面が異常なほどの迫力を見せます。立ち上がることができなかった子どもが、川中にすっくと立ち、怨呪のことばを吐くのです。ここで、母親はたいそう驚くのですが、読者・聞き手もまた驚くところです。
 非常な事態の原因を、行基が解きほぐします。これにより、前世、来世につながる今生の生き方の大切さを人々にさらに強く印象付けます。また、行基自身の特別さもそこから導き出されています。このような書き方は、『今昔物語集』に良く見られる形です。このようにモチーフを変えて、様々な様相を見せる本書のあり方は、『今昔物語集』に「どこから読んでも面白い書」という代名詞を与えているのです。



 現代語訳には、この本の原文・注釈を参考にしました。


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2009.06.20

脱毛実感

 夏場になると、肌を露出する機会が増えます。女性はこの季節に合わせて、脱毛・除毛をするらしいですが、最近は、男性も露出する部分の体毛を気にして、脱毛などをすることが多いようです。

BOWZU

 「それ」と「脱毛」は別物だと思います。そこの永久脱毛を、確かなお覚悟があってされるのでしたら、止められることはないでしょうが…。誓約書を書かないといけないかもしれません。


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2009.06.10

因果に縛られし妖しき蛇

 今は昔のお話しです。信濃守の某という方がいらっしゃいました。信濃の国での任を終え、京に上っておりますと、大きな蛇が付いてきたのです。道中に休むことがあれば、その蛇も、近くの藪の中に入り、出立を待ち、昼は、前に回ったり、後ろに下がったりして、ぴったりと付いてきて、夜は、衣を入れる櫃のそばでとぐろを巻いていたのです。
 守の家来が、
「これは、たいへん奇怪なことでございます。この蛇を殺してしまいましょう」
と申し上げたのですが、守は、
「いや、待ちなさい。決して殺してはならん。これには訳がありそうだ」
と仰り、
「この蛇が私たちを追ってくるのは、信濃の国の神のなさることでしょうか。それとも悪霊がたたりなのでしょうか。私には全く訳が分かりません。もし、私が間違ったことをしていたとしても、愚かな私にはそれを何なのかさえも分かりません。どうか、すぐに夢告げで、真のことをお示しくださいませ」
と、念じたのです。すると、その夜、守の夢の中に、まだら模様の水干袴をはいた男が現れ、守の前にひざまずいて、申し上げたのです。
「実は、私の長年の、憎き敵が、御衣の櫃の中に隠れているのです。あやつを殺そうとして、上京の列にお付きして参っている次第です。もし、あやつを首尾よくしとめることができましたら、すぐにでも国に帰るつもりでおります」
水干袴の男がそう言い終わるとともに、守は夢から覚められました。
 夜が明けて、守は、家来の者たちに夢を話して聞かせ、すぐに衣の櫃を開けてみると、そこには、年老いた鼠が一匹いたのです。その鼠は、たいへん恐がっている風で、人を見ても逃げようともせず、櫃の隅に小さく丸まっていました。家来たちはこれを見て、
「すぐに、この鼠を出して、捨て置きましょう」
と、守に申し出ましたが、守は、
「この蛇と、鼠は、前世からの宿敵だったのだな」
と、分かり、すぐに憐れみの心が深くからわきあがり、
「もし、この鼠を、外に捨て置いたら、きっと、蛇が飲み込んでしまうだろう。そうしたら、また来世でも宿敵のままになってしまう。そうならないように、善い報いがあるように取りはからい、蛇も鼠も共に救おう」
とお思いになられたのです。そして、その所に留まり、一日、蛇と鼠のために、法華経を書き写し、それを捧げることにしたのです。供の多くの者たちがそれぞれにお経を写しましたので、一日でそれは書きあがり、さっそく、連れていた僧に、ただ蛇と鼠のためだけに、作法をきちんと守って、法華経を捧げたのです。
 その夜のことです。守の夢に、二人の男が現れました。どちらも姿かたちが美しく、微笑みを含んで、立派な衣を着ておりました。その二人は、守の前に進み出て、恭しく畏まり、守に申し上げたのです。
「私たちは、遥か過去の世から仇同士となり、生まれ変わるごとに、お互いに殺しあってきました。そして、この世でも、「殺してしまおう」と思って、お付きして参ったのですが、あなた様の憐れみのお心で、私たちを救うために、一日で法華経を書き写し、捧げていただきました。この善き行いのお力によって、私たちは畜生道から解き放たれ、ただいまから、忉利天に生まれることができます。あなた様の広いお心とご恩、これから幾度生まれ変わろうとも、お返しすることができないほどです」
 このように二人の男は言い残し、共に天上へと昇っていきました。二人が居る間は、素晴らしい音色の音楽が天空に鳴り響いておりました。
 夜が明けて、守は夢から覚め、すぐに辺りを見回すと、付いてきていた蛇が死んでおりました。また、衣の櫃を開けてみると、その底に鼠も死んでいたのです。これを見たお供の者たちは、皆、たいへん貴いと感じ、涙が止まりませんでした。
 本当に、信濃守のお心はめったにない素晴らしいものでございます。このようなお心をお持ちになられたのも、前世から仏の道をお伝えになられていらっしゃったからなのでしょう。また、法華経のお力も不思議なものでございます。このことは、信濃守が京に上られて、お話になられたものが語り継がれているのでございますよ。

――――――――――

 『今昔物語集』巻14・第2話「信濃の国、蛇と鼠との為に法花を写して救へる語」の現代語訳です。
 説話世界、特に『今昔物語集』では、蛇は、あまり良い象徴にはなっていません。もともと、仏教においては、人間から動物に生まれ変わることは「堕ちる」ことで、特に「堕蛇道」は、極めて甚だしい悪を犯した者が取ることになる道となっています。この悪は、瞋恚の情、物への執着、愛情(今でいう「愛情」とは違い、人や物に強いこだわりを持つことを意味しています)だったり、殺生だったり、と、多岐にわたっていますが、いずれも仏教の五戒に准じるもののようです。これらの「悪行」が強いものだと、その分、化身となる身が醜くなり、そこから脱することが難しくなります。
 しかし、この難しい状況から抜けさせることを示してこそ、仏の教え、つまり「経典」(この説話では法華経ですね)の威力の強さを知らしめることができるというわけです。 この説話で、悪から善への転換の様子は、夢告げに現れた蛇の化身の姿で分かります。はじめは「まだらの水干」(今で言うカジュアルウェアです)と袴を着て(原文「守ノ夢ニ、斑ナル水旱袴着タル男」)を着て、蛇の化身が上京の行列に付いてくる次第を述べて、鼠の存在を明らかにします。鼠は鼠で、衣を入れている箱(原文「櫃」)の隅っこで、老いさらばえた姿で登場します。
 蛇の夢告げのあった朝から、総出で、法華経の写経が行われます。その甲斐があり、次の日の夢告げで、蛇と鼠が仲良く、綺麗な衣を着て登場し、信濃守にお礼を言います(原文「守ノ夢ニ、二人ノ男有リ。皆形皃直クシテ咲ヲ含テ、微妙ノ衣ヲ着テ」)。毒々しいまだら模様の水干から、微笑みを浮かべて「微妙の衣」に身を包んで登場して、視覚的に転換したことを読者に知らせています。もちろん「微妙」というのは、現代語の「ビミョー」とは違って、元々の「立派な美しい」という意味です。カジュアルウェアに対して、礼服、タキシードに当たる服になるでしょうか。
 さて、この現代語訳を読んでいただいた方の中で、「あれ? 同じような話しがあったような…」とお思いになられた方もいらっしゃると思います。同じような話しというのは、あの有名な「道成寺説話」「道成寺縁起」のことでしょう。若い僧に恋慕の情を抱いた女性が、約束を破ったその僧に対しての怒りで蛇に変化し、結果、僧を焼き殺します。その現場となった寺の僧の夢に若い僧が、女と共に堕蛇道し、それを救って欲しいと懇願します。それを聞いた聖人は、二人の為に法華経を書写することで、二人ともに、天界に生まれ変わることとなります。
 今回、現代語訳した説話と、道成寺説話は、モチーフもテーマも、極めて似ています。実は、この巻14の第2話の次、第3話が道成寺説話なんです。『今昔物語集』は「二話一類」と呼ばれている、説話同士の繋がりがあることが分かっています。この二つの説話は、それが顕著に見て取れる一例として、取り上げてみました。



 現代語訳には、この本の原文・注釈を参考にしました。


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2009.05.30

三百六十五日、玉子焼きごはんの果てに

 今は昔のお話しです。震旦の隋の世、文帝の代の頃のこと。冀州のはずれに、ある一家がありました。その家には、十三歳の子どもがおりました。この子どもは、心持ちがいささか悪く、いつも、隣の家の鶏が卵を産むたびに、こっそりと盗み出して、焼いて食べておりました。
 そんなある日、朝早く、まだ村の人々が起き出す前のことです。家の門を叩き、子どもを呼び出す声を、父親が寝室で耳に留めました。父親は、子どもを起こして、それを聞かせました。子どもが恐る恐る門を開けて出てみると、一人の役人が立っていて、子どもに「役所より参った。おぬしを召しだす。すぐに付いて参れ」と言いつけました。子どもは、「僕を役人にしてくれるためにお召しになるんですか? それでしたら、ちょっと待ってください。今、服を着ていなくて裸なんです。部屋に戻って、服を着てからまた来ます」と答えました。しかし、役人はそれを全く聞き入れず、引き出すようにして子どもを連れ出し、そのまま、村の門を出て行きました。村の外は、もう何の種も蒔かれておらず、桑畑になっています。
 子どもは、役人に連れられて、村の外に出ると、すぐその道の脇に、小さくはありましたが、一つの城があったのです。その城の東西南北には、門があり、その城門、楼閣は、全てが真っ赤に塗られており、たいそうものものしい有様でした。こんなところに、このような城があるというのは、全く見たことがありません。子どもはこれをいぶかしく思い、引き立てる役人に「いつから、ここに、こんな城ができたんですか」と訊きました。しかし、役人は、厳しく叱りつけるだけで、それに答えることはありませんでした。城の北門に着くと、役人は子どもをそこから城の中に押し込みました。子どもはされるがままに城の門をくぐると、門はたちまち閉じてしまい、誰一人居なくなりました。不思議なことに、城壁の中には、建物が一つもありません。城壁がぐるりと囲むだけの、空っぽの城でした。
 子どもは、呆然とその空っぽの城の中に立ちすくんでいると、足元がおかしいことに気付きました。地面がだんだんと熱くなり、一面が焼けた灰になり、火が上がってきました。子どもの足は、ずぶずぶと熱い灰に飲み込まれていき、くるぶしが埋まるほどです。子どもは、すぐさま叫び声を上げて、開いている南門へと走っていきました。しかし、そこから出ようとするや、ばたりと閉じてしまうのです。そして、他の三つの門を見ると、開いていたので、そちらへと走ります。たどり着くと閉じる。振り返ってみると、他の門は開いている。それを繰り返して、ただ火に焼けた灰の地を走り回るだけで、城から出ることはできませんでした。
 村では、働きに出る時間になっていましたので、人々が田に出てみると、見知っている子どもが、桑畑の中を、大騒ぎしながら走り回っているのを見つけました。村人たちは、これを見て、「あの子は、いったい、どうしちまったんだ? 服も着ないで桑畑の中を一人で走り回ってるぞ」と言い合いました。しばらく、見ておりましたが、一向に走るのを止めるようではありません。村人は、子どもを放っておいて、畑仕事に行きました。そして、夕ごはん時になり、村人はまた、家へと帰っていきました。
 その時、村人たちは、子どもの父親と出会いました。父親は「おまえさん方、わしの子どもを見やせんでしたか? 今朝早くに、役人に呼び出されて、そのまま帰ってこんのですわ」と話すと、村人たちは「おまえさんのところの子どもは、南の桑畑の中で走り回って遊んどりましたぞ。呼んではみたが、答えようともせんかったな」と、朝の子どもの姿を話してきかせました。父親はそれを聞いて、桑畑に行ってみると、村人たちが言うとおり、子どもは必死に走り回っていました。父親が大声で子どもを呼ぶと、ふっ、と、子どもは立ち止まり、父親の方を向いて立ち尽くしていました。
 子どもは、父親の声が聞こえたかと思うと、目の前の全てが消え失せ、桑畑の真ん中に居ることに気付きました。そして、そのまま、父親のほうに倒れこみ、泣きじゃくりながら、一部始終を話しました。父親はそれを聞いて、たいそう驚き、薄暗い中で子どもの足を見ると、ふとももは血まみれで焼けただれ、膝から下は、真っ黒に焼け焦げていました。父親は子どもを抱きかかえて家に帰り、子どもともども泣きながら、長い間をかけて、足のけがを治しました。ようやく、ももから上は傷口はふさがり元のようになりましたが、膝から下は、結局、焼け切って、骨だけになってしまいました。この話しを聞き、村人たちは、子どもが走り回っていた桑畑を見に行ってみると、子どもの足跡はたくさんありましたが、灰や炭は、粉一粒もありませんでした。
 この一件で、鶏の卵を焼いて食べて、孵すことをさせない罪を知ることとなったのです。村人たちは、皆、「このような殺生をすると、生きている間にその報いをうけることになる」と考え、戒めを守り、永らく殺生をしなかったと語り継がれておりますよ。

――――――――――

 『今昔物語集』巻9・第24話「震旦冀洲の人の子、鶏の卵を食して現報を得たる語」の現代語訳です。
 「物価の優等生」とも呼ばれ、毎日のように、私たちの食卓に上がる玉子。その玉子を食べたら、殺生戒を破ったということで、足が丸焼けになるという報いを受けるというお話しです。こ、怖いですね。これで、足丸焼けの刑になるのでしたら、現代では、日本中の人が足丸焼けです。
 興味深いのは、盗犯の罪ではなく、殺生の罪だけに対して現報を受けているというところです。仏教の戒めの中でも、より上位の殺生戒が適用されたのでしょう。
 村の外に突然現れた城壁。震旦(中国)の城壁ですので、日本のお城の城壁とは違い、街全体をぐるりと囲むようにできている城壁のことです。その門をくぐると、子どもだけが異界の幻想へと誘われます。一歩外は現実世界で、村人は普通に生活をし、城壁の中=桑畑が、異界であることを強調する目撃者の役割を負っています。『今昔』では、異界に入り込んだ人を目撃させることで、説話化させることが多々ありますが、普通は目撃者を同じ異界へと連れ込み、その様子を見させます。しかし、この説話は、当事者である子どもだけが異界へと行き、その他の人は異界を外から見る、という珍しい形を取っています。
 子どもは、受けた罰のために、膝から下は骨だけ、太ももから肉が付くという結果になります。この形は、鶏の足そのものです。現報を、原因にちなんだ形で表し、鶏の卵を食べるという罪の結果、というのをさらに強調しているわけです。
 ちなみに、現在は、この鶏の足も「もみじ」と呼ばれ、食材として売られています。コラーゲンたっぷりで、出汁を取るのに良いのだそうです。鶏に感謝して、お肌をつるつるにしましょう。



 現代語訳には、この本の原文・注釈を参考にしました。



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