2017.06.26

実は「帰れなくなった」のか? ―『ひよっこ』の日次から考える―

 折り返し地点の第13週に入り、『ひよっこ』最大の謎であり、この作品の芯とも言える「実は何故行方不明になったのか」、その理由の一端が語られようとしています。第12週までにみね子が(=視聴者が)分かっていることは、実が家族と連絡を絶った後もどこかで生きているらしいということです。その示し方も綿引が得た「実らしき人を見掛けた人がいる」という聞き込みの結果と、実らしき人が黙って振り向くワンシーンだけです。
 しかし、他に手がかりはないかと、疑り深く物語のおさらいをすると、ほんの少しだけ「何故か」が見えてきます。それを、前回作成した日次をたよりに整理してみます。
 まず、実の存在が確認されているのがいつまでかを考えてみます。まず、実は稲刈りのために奥茨城に帰省する前に、すずふり亭を訪れています。その時、彼はハヤシライスを食べていますが(第4回)、その注文伝票に「9/12」と記されています。ここから、この後の3日間の流れが分かります。実はすずふり亭の開店直後の11時頃に食事をしたあと、その日の夕方、奥茨城に帰ってきます。翌日の9月13日に谷田部家は総出で稲刈りをします。実は稲刈りの一日だけ休みを取っていたので、翌14日朝には東京に戻ります。この朝が谷田部家一同が実と顔を合わせた最後の時ですが、同じ日の午後に実はすずふり亭を訪れて、お礼の品が入った重箱を鈴子たちに渡しているので、みね子の知人にまで広げると、これが彼の足取りを確認できる最後の時点です。実の移動を簡単に書くと、

  • 9月12日…実は午前中にすずふり亭を訪れ、夕方、奥茨城に帰る。
  • 9月13日…稲刈りをする。
  • 9月14日…朝、実は奥茨城を発ち、午後、すずふり亭を再訪する。
 となります。
 第2週(第7回から第12回)では、実が行方不明になったことが徐々に明らかになってきます。実は第7回の最後、宿舎に帰った場面をもって視聴者の前からも姿を消します。第8回は第7回の終わりから数日経ったところから始まります。この回の終わりに実に宛てた郵便物が返送される場面が描かれるため、第7回と第8回の間の数日が、一番の問題となります。では、第8回は何月何日なのか。ヒントは三男がみね子と時子に聖火リレー大会を持ちかけた教室にありました。その教室の黒板の右端に、「二一(月)」とチョークで書かれています。同じ日にみね子たち三人は茂に聖火リレー大会の相談をして、その翌日以降に、美代子は返送された郵便物を受け取っています。よって、遅くても、9月22日には実は東京の宿舎からいなくなっていたと考えられます。
 この後、日付は明示されませんが、以下のように、物語は一日ずつ描かれていきます。
  • 9月22日…美代子が返送された郵便物を受け取る(第8回)。
  • 翌日(9月23日)…午前、美代子は東京に電話を掛ける(第9回)。午後、美代子は、茂、宗男と話し合い、1日だけ東京に行くことを決める。
  • 翌日(9月24日)…早朝、美代子は東京に向かう。正午頃、美代子が上野駅に着く(第10回)。午後、美代子が実の居た宿舎に行く。夕方、美代子は赤坂警察署に行く(第11回)。夜、美代子がすずふり亭を訪れる。
  • 翌日(9月25日)…朝、美代子は鈴子、省吾と共に上野駅で始発を待ち、奥茨城に帰る。午後、みね子が学校から帰ると、美代子は畑仕事をしている(第12回)。
 このように、第2週は第8回以降、一日のすき間も空いていません。
 この間、実の手がかりとして、重要だと思われることが二つ出てきます。ひとつは、第10回で、茂と宗男に対し、美代子が伝えた東京との電話の内容です。
「実さんがずっと泊まっているとこの人の話だと、稲刈りが終わって東京さ戻ってきて、3日目に仕事が終わっても帰ってこなくて……。連絡もないんだそうで」
 この電話の内容を確かなものとするならば、奥茨城から東京に戻ってから3日目の9月16日までは宿舎にいたことになります。では、17日に完全に行方が分からなくなったのか、というとそうではなく、もうひとつ、極めて重要な手掛かりが示されます。第11回で、美代子は実が働いていた工事現場にも行っています。そこで、実が最後に現場で来た日として「昭和39年9月19日」と記された帳簿を目にします。実が宿舎から居なくなった日と、工事現場に来なくなった日との間に、3日の差があるのです。
 これが何を意味しているのか。しっくりくるのは、実は「連絡を取れなくなった」のではなくて「連絡を取らなくなった」という考え方です。不慮の事故に遭うなどして家族と連絡したくても連絡できない(もしくは家族の存在を忘れる)事態に陥ったわけではなく、実は「自らの意思で」家族や知人と関わりを絶った可能性が高いのではないでしょうか。9月17日に実に「何か」が起こり、9月19日から20日かけて彼は「決心」をしたのではないかと考えます。
 「何か」「決心」の正体は今はまだ分かりません。だんだんと分かっていく仕掛けになっているのが、第13週以降なのだろう、そういう期待を抱きつつ、『ひよっこ』をどきどきしながら観ていくことといたします。

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2017.06.11

みね子の歴史年表 ―『ひよっこ』の日次・その1―

・はじめに
 平成29年度前期放送の連続テレビ小説『ひよっこ』では、いたって普通に生きていこうとする市井の人々が描かれています。とりわけ主人公のみね子は、特段に何か自ら目立って多くの人の目を引こうとする行動は取りません。その場その場で起こることに対して、黙々と取り組みつつ、感情を素直に表して生きていきます。それは刹那主義的な生き方ということではなく、自らの力を惜しまず、起こったことをそのまま受け入れて今を生きることで、むしろ、一歩ずつ先につなげていく姿を描いているように見えます。
 みね子とその周りの人々の姿を観ていると、視聴者である自分が彼女たちのすぐそばに居て、時と場所を共有しているかのような感覚に捕らわれます。そのようにして物語を追いかけていくと、「あの時は楽しかったねえ」とか、「あれは大変だったよねえ」と語り掛けたい気持ちまで沸いてきます。例えば、「奥茨城村聖火リレー大会のテレビは楽しかったけど、なんか感じ悪かったねえ」とか、「あの時食べたラーメンは美味しそうだったねえ」とかです。そうすると、「奥茨城の聖火リレーって、本物のオリンピック前、いつ頃に行われたんだっけ?」とか、「ラーメンてどの時の? 綿引くんが雄大にたかられた時? 澄子がぶったおれたときの? あれ? どっちが先だっけ」というちょっとした疑問が浮かんできます。「オリンピックの前だから、10月の初め頃かな。三人組が高校生だった時の」「綿引は結局何回も雄大にラーメンをおごってたよな」というように、“まあだいたいこのころ”という具合に思い出します。
 この「だいたい」が分かっているだけでもだいたい面白く観ることができますが、「だいたい」をだいたいで済ませずに、きちんと日付を踏まえてみると、物語の面白みが俄然増してきます。密に描かれた日、省略された期間が分かると、みね子たちの心の動きをよりしっかりと捉えることができるようになります。
 良い物語に触れるとその物語の時の流れを知りたくなるものです。長編小説や、古典の物語の本をめくると、終わりの方のページに「年表」が載っています。物語や小説世界により深く入り込むための手助けとなる本当にありがたい部分です(作品の年表と共に著者年表も収録されていることがあります。これがまた作品と同じくらい面白いので、私は著者年表を目当てに本を開くこともあります)。
 『ひよっこ』は現在、第二章の終わりから第三章の始まりといえるところまで進みました。奥茨城村での高校生活、向島電機での仕事と青春の日々、そして突然の別れ、新たな仕事と暮らしの始まり。放送日程では三分の一の二か月、作品内では約一年四か月が過ぎました。この区切りの良いところで、一度物語の流れを振り返ることにより、これからのみね子たちの新しい生活を見守っていきやすくなるのではないかと考え、ここまでの年表(日次・ひなみ)を作りました。この年表を傍らに置き鑑賞することで、現状の把握や物語を振り返りやすくなるのではないか、そして、なによりも、『ひよっこ』の人々により近づけるような感じを覚えることができるのではないかと考えております。

・凡例
 本記事は、2017年6月10日時点で、連続テレビ小説『ひよっこ』第1週から第9週までの日次を作成したものです。よって、第1週から第9週までの作品内容に触れています。また、第10週の一部を参考としています。作品の中途で作成したものですので、今後の作品内容とは合わない部分が出てくる可能性があります。
 視聴に際し興を削がないよう、出来事の記述は簡略なものとし、台詞や場面の説明は最低限度に留めることを心掛けました。
 日次作成は、連続テレビ小説『ひよっこ』の総合テレビでの本放送(月曜日から土曜日の8時から15分間)をもととしました。
 総合テレビの再放送、BSプレミアムの各日の本放送と再放送、土曜日午前の一週間分の連続放送、および総合テレビ日曜日の『ひよっこ 一週間』を適宜参照しました。
 日付の確定、推定は、登場人物の台詞、作品に随時出てくるテロップ、解説放送、小道具等に印刷、記述されているもので行いました。台詞以外の情報には虚偽が無いことを前提としました。台詞についても、特別の理由が無い場合はその他の情報と同じく、虚偽はないものとしました。
 「テロップ」は映像に直接重ねて表示される文字情報を指し、データ放送で台詞などを表示する同時字幕とは区別しています。
 日付が明示されない場面は、ほかの場面の情報、一次的資料・文献などを総合して、日付を推定しました。
 日付を定めるために用いた情報のうち、特に注意すべき点がある場合は、注を入れ、各週ごとにまとめました。
 作品内で明示される日付と、他場面からの推定との間に明らかな齟齬が生じる場合は、各週の末尾の注で説明しました。
 日時が絞り込めない場合は「日付不明」として、可能性のある日付もしくは期間を付記しました。
 曜日は特に重要と思われる場面に限り、日付の後に記しました。
 公式ガイドブックや公式サイトの情報は参考に留め、放送された内容を主として判断しました。
 日付と曜日の対応などカレンダーの情報は、主に「こよみのページ」(http://koyomi.vis.ne.jp/)を参照しました
 その他、日付の推定に参考とした資料・文献等は、文末にまとめました。
 各回の順番と、それらの内容が前後する場合は、その都度、注により補足しました。

・「ひよっこ」の日次 第1週~第9週(2017年4月3日放送分~2017年6月3日放送分)

第1週「お父ちゃんが帰ってくる!」

  • 第1回
    • 昭和39年(1964年)9月4日[1]、みね子たち谷田部家一同は父の帰りを待ちわびる。みね子、時子、三男は高校生活最後の年を過ごす。
  • 第2回
    • 昭和39年(1964年)9月上旬(日付不明[2]。4日から12日までのいずれか)、時子の就職先が決まる。
    • 同日夜、みね子、美代子が電話で実と話す。
  • 第3回
    • 昭和39年(1964年)9月上旬(日付不明[2]。4日から12日までのいずれか)、宗男が谷田部家を訪れる。
    • 12日[4]朝、実が奥茨城村に帰省の日。谷田部家一同が実の帰りを待つ。実が赤坂のすずふり亭を訪れる。
  • 第4回
    • 昭和39年(1964年)9月12日[4]、実がすずふり亭で食事をする。
    • 同日夕方、実が奥茨城村に帰ってくる。
  • 第5回
    • 昭和39年(1964年)9月12日、谷田部家は家族揃って夕食を食べる。
    • 同日夜、みね子は茂、実、美代子の話しに加わり、谷田部家の経済状況を知る。
    • 13日朝、谷田部家の田の稲刈りを始める。
  • 第6回
    • 昭和39年(1964年)9月13日、谷田部家は助川家、三男、宗男の手を借りて稲刈りをする。

[1]第1回で、実が立ち寄った靴店に「オリンピックまであと36日」の貼り紙がある。
[2]第3回で、実が子供たちへの土産を買うために立ち寄った赤坂の靴店に「オリンピックまであと28日」の貼り紙があるため、9月4日(第1回)から12日(第3回後半)の間となる。
[3]注2参照。
[4]ハヤシライスの注文伝票に「9/12」と記されている。開店直後なので正午前か。

第2週「泣くのはいやだ、笑っちゃおう」

  • 第7回
    • 昭和39年(1964年)9月14日午前[1][2]、実が東京に戻る。谷田部家一同は名残を惜しむ。
    • 同日夕方、実がすずふり亭を訪れ、鈴子らにお礼の品を渡す。
    • 同日夜、実が宿舎に戻る。
  • 第8回
    • 昭和39年(1964年)9月21日午後[3]、三男、みね子、時子が奥茨城村で聖火リレーをする計画を立てる。
    • 同日夕方、みね子たち三人は茂に聖火リレーの相談をする。
    • 22日以降(日付不明)、みね子たち三人は聖火リレーの準備をする。みね子らが実に宛てた郵便物が谷田部家に返送される。
  • 第9回
    • 昭和39年(1964年)9月下旬(日付不明。22日以降[4])、みね子たち三人は、聖火リレーのための取材と調査を続ける。
    • 翌日(日付不明。23日以降)午前、美代子は実を安否を確かめるために、東京に電話をする。
  • 第10回
    • 昭和39年(1964年)9月下旬(日付不明。第9回終了時点と同日。23日以降)午後、茂、美代子、宗男は実のことを話し合う。美代子は実の安否を確かめに東京に行くことを決める。
    • 翌日(日付不明。9月24日以降)早朝、美代子が東京に向かう[5]。
    • 同日朝、みね子が美代子の嘘に気づく。
    • 同日昼、美代子が上野駅に着く[6]。
  • 第11回
    • 昭和39年(1964年)9月下旬(日付不明。第10回後半と同日。24日以降)、みね子、三男、時子は教室で聖火リレーの相談をする。
    • 同日昼、美代子が実の住んでいた宿舎に行く。
    • 同日夕方、美代子が赤坂警察署に行く。
    • 同日夕方、美代子が赤坂警察署に実の捜索願を出す。
  • 第12回
    • 昭和39年(1964年)9月下旬(日付不明。第11回終了時点と同日。24日以降)、赤坂警察署で美代子は綿引と出会う。
    • 同日夜、美代子はすずふり亭を訪れ、鈴子と省吾に会い、実のことを話す。
    • 同日深夜から翌日未明[7]、上野駅で美代子は、鈴子と省吾が持ってきた夜食を食べながら話をする。
    • 翌日(25日以降)午後、みね子が学校から帰ると美代子は畑仕事をしている。

[1]「お昼前の汽車で東京に戻ってしまいます」の語りが入る。
[2]実が東京に戻る日と同じ日に三男が授業中読んでいる新聞が「昭和39年9月17日」付けとなっており不審。
[3]三男たちが聖火リレーの相談をする教室の黒板に「二一(月)」と記されている。
[4]第8回および注3から22日以降と考えられる。第10回で美代子が「実さんがずっと泊まっているとこの人の話だと、稲刈りが終わって東京さ戻ってきて、3日目に仕事が終わっても帰ってこなくて…。連絡もないんだそうで」と話す。また、第11回で実が最後に工事現場に行った日が「昭和39年9月19日」と帳簿に記録されている。したがって9月20日以降に実は行方不明になっていると考えられるが、第10回と第11回との間に齟齬があり、やや不審。宿舎に戻らなかった日と最後に出勤した日に開きがあるか。第3週注2参照。
[5]美代子が6時39分発の上りの列車に乗ることを次郎に話す。
[6]美代子が出口を探す場面で、正午ごろの発車時刻表が映る。
[7]鈴子が「(美代子は)始発まで駅にいるんじゃないかって」と話す。美代子が奥茨城にいなかったのは一晩ということが第10回のみね子と美代子、また、みね子とちよ子、進との会話から分かる。

第3週「明日に向かって走れ!」

  • 第13回
    • 昭和39年(1964年)9月下旬(日付不明。第12回終了時点と同日。9月25日以降[1])午後、みね子は美代子から実が行方不明になっていることを聞く。
    • 翌日(日付不明。26日以降)朝、登校中のバス車内で、みね子は、時子と三男に実が行方不明になっていることを話す。
    • 同日、みね子、時子、三男は聖火リレーの計画を進める。
  • 第14回
    • 昭和39年(1964年)9月下旬(日付不明。27日以降の日曜日[2])、奥茨城村青年団の会合が行われる。みね子、時子、三男は団員たちを説得して、聖火リレー大会の開催が決まる。
  • 第15回
    • 昭和39年(1964年)9月下旬(日付不明。27日以降)から10月初め(3日以前)、奥茨城村の人たちは聖火リレー大会の準備を進める。
    • 10月3日土曜日、聖火リレー大会の準備の仕上げをする。
    • 4日日曜日、奥茨城村聖火リレー大会が開催される。
  • 第16回
    • 昭和39年(1964年)10月上旬(日付不明。5日から9日の間)、谷田部家、助川家、角谷家一同が集まり、テレビで奥茨城村聖火リレー大会のニュース映像を観る。
    • 10日、谷田部家一同は東京オリンピック開会式をテレビで観る。
  • 第17回
    • 昭和39年(1964年)11月5日木曜日[3]、みね子、時子、三男はそれぞれ悩み事を話す。
    • 11月上旬、綿引は実を探し続ける。
    • 11月上旬(5日以降)[4]、美代子は綿引から実の手がかりがつかめない旨が記された手紙を受け取る。
    • 同日夕方、ちよ子が家出をする。
  • 第18回
    • 昭和39年(1964年)11月上旬(日付不明。第17回終了時点と同日。5日以降)、夜、次郎がちよ子を谷田部家へ連れ帰る。
    • 同日夜、みね子は、正月に実が帰ってこなかったら東京に行くと、美代子と茂に告げる。
    • 12月下旬、みね子は実の帰りを願いつつ年末年始の支度をする。

[1]第8回から第12回参照。
[2]三男が奥茨城村青年団の会合が「次の日曜日」に行われると話す。昭和39年(1964年)9月は27日が最終日曜日(第4日曜日)のため、第2週から第3週前半は以下の日次となるか。
 9月14日(月曜日)…実が東京に戻る。
 9月16日(水曜日)…実が宿舎に帰らなくなる。(実が奥茨城から東京の宿舎に戻って3日目)
 9月19日(土曜日)…実が工事現場に姿を見せた最後の日。明示されているため確定。
 9月21日(月曜日)…みね子たちが聖火リレーの計画を立てる。明示されているため確定。
 9月22日(火曜日)…みね子たちが聖火リレーの調査・検討を進める。美代子が東京に電話をする。
 9月23日(水曜日)…茂、美代子、宗男が話し合いをする。
 9月24日(木曜日)…美代子が東京に行く。
 9月25日(金曜日)…美代子が奥茨城に戻る。みね子が実の行方不明を知る。
 9月26日(土曜日)…みね子は時子と三男に、実が行方不明になっていることを話す。
 9月27日(日曜日)…奥茨城村青年団の会合が行われる。10月4日以前の9月の日曜日は6日、13日、20日、27日のため。ただし、土曜日に翌日のことを「次の日曜日」(第13回での三男の台詞)と言い表すのは不自然さがあるため、やや不審。しかし、この日程でなければ10月4日(日曜日)の奥茨城村聖火リレー大会が行えない
[3]みね子たち三人が話をしている教室の黒板に記されている。
[4]美代子が受け取った綿引からの手紙に「赤坂 39.11.2 8-12」の消印が押されている。また、手紙文の末尾に「一九六四年十一月一日」と記されている。

第4週「旅立ちのとき」

  • 第19回
    • 昭和39年(1964年)12月23日、谷田部家一同は年始を迎える準備を進める。
    • 24日、餅つきをする。
    • 12月下旬(24日以降31日以前)、君子が美代子にお歳暮を持ってくる。
    • 31日夜、みね子、ちよ子、進はバス停で実の帰りを待つ。
    • 昭和40年(1965年)1月1日、谷田部家一同は新年を祝う。みね子は卒業後東京に行く決心を固めたことを家族に告げる。
  • 第20回
    • 昭和40年(1965年)1月初め(日付不明。三が日か)、宗男が谷田部家に新年のあいさつに来る。宗男がみね子にビートルズについて熱く語る。
    • 7日朝、三学期が始まる。みね子は時子と三男に、卒業後東京で就職する意思を告げる。
    • 同日夕方、みね子は担任の田神に就職の相談をする。田神は採用枠の空きを尋ねるために、向島電機の永井愛子に電話をする。
  • 第21回
    • 昭和40年(1965年)1月7日夜、田神は愛子から急遽採用枠が空いたという電話を受ける。
    • 同日夜、田神はみね子の就職先が見つかったことを知らせるために、谷田部家に駆け付ける。
    • 同日夜、みね子は向島電機に就職できることを知らせるために、時子に会いに行く。
    • 8日朝、みね子、時子、三男は共に東京で就職できることを喜ぶ。
  • 第22回
    • 昭和40年(1965年)3月15日、みね子、時子、三男が常陸高校を卒業する。卒業式の間、三人の母たちは谷田部家に集まり、子供のことを語り合う。
  • 第23回
    • 昭和40年(1965年)4月4日夜[1]、みね子はちよ子、進と名残を惜しむ。
    • 同日夜、みね子は美代子からすずふり亭のマッチとコートを贈られる。
    • 同日夜、みね子は母の横で眠りにつく。
    • 5日朝、みね子は茂から激励と餞別を受ける。みね子、時子、三男は家族の慈しみを感じつつ朝食を食べる。
    • 同日朝、三人はバス停で家族に別れを告げ、東京へ向かう。
  • 第24回
    • 昭和40年(1965年)4月5日、みね子、時子、三男は田神に引率され、集団就職列車に乗る。みね子たちは列車内で澄子に出会う。
    • 同日午後[2]、上野駅に到着する。
    • 同日午後、三男は安部米店の店主・善三に、みね子、時子、澄子は向島電機乙女寮舎監の愛子に迎えられる。「金の卵」たちは初めて東京の地を踏みそれぞれの職場に向かう。

[1]第23回冒頭に「みね子が奥茨城で過ごす最後の夜です」の語りが入る。また、第25回の冒頭、上野駅に着いたときの回想場面に「1965/昭和40年4月5日」のテロップが入る。
[2]上野駅の中央改札前に「15.54」以降の発車時刻案内が掲示されている。

第5週「乙女たち、ご安全に!」[1]

  • 第25回
    • 昭和40年(1965年)4月5日(第24回終了時点と同日)、奥茨城三人組が上京する。
    • 同日午後、みね子、時子、澄子は上野駅で同じく新入社員の豊子と出会う。
    • 同日夕方、向島電機新入社員の四人は愛子に連れられ乙女寮に入る。みね子たちは乙女寮の乙女たちや和夫に歓迎される。
    • 同日(月曜日)夕方、みね子たちは乙女寮の食堂でカレーライスを食べる[2]。
  • 第26回
    • 昭和40年(1965年)4月5日夜、みね子、時子、澄子、豊子は、先輩社員の幸子、優子と同室になり、こすもす部屋での6人の暮らしが始まる。
    • 6日朝、みね子たち新人四人は初出勤を前に慣れない手つきで準備をする。
  • 第27回
    • 昭和40年(1965年)4月6日[3]、みね子たち新人四人は幸子に説明を受けたのち、ベルトコンベヤーの前で仕事を始める。
  • 第28回
    • 昭和40年(1965年)4月第2週(6日から8日の間)、みね子と澄子は仕事で失敗を続ける。ライン長・松下は気をもみ、愛子は明るく励ます。
    • 9日[4]夜、こすもす部屋でみね子は時子、幸子、優子に励まされる。
  • 第29回
    • 昭和40年(1965年)4月9日夜、こすもす部屋でもめ事が起こるが、それをきっかけにして6人の仲が深まる。
    • 10日、みね子と澄子が初めて失敗せずに仕事を終える。
  • 第30回
    • 昭和40年(1965年)4月11日[5]日曜日、三男は安部米店で仕事に励む[6]。
    • 同日午前、こすもす部屋の新人四人は上京後初めての休日に心躍らせる。みね子はこすもす部屋の仲間と愛子に実のことを話す。
    • 同日午前、綿引正義が乙女寮を訪れる。

[1]第5週から第9週までの日次および注では、みね子、時子、三男は「奥茨城三人組」、みね子、時子ら乙女寮で同室の6人は「こすもす部屋の6人」、向島電機向島工場の工員は「乙女たち」とする。
[2]第25回で、優子が「カレーライスだば、毎週月曜日だ」と新入社員四人に説明する。よって、以降、特に言及が無い限り、乙女寮でカレーライスを食べるときは月曜日と判断する。
[3]みね子のタイムカードに打刻されている。
[4]第30回前半に「今日はみね子たちにとって初めてのお休みの日」「このころの工場は休みは日曜日だけ。週休1日制でした」の語り、第29回最後に「明日は初めてのお休みです」のみね子の台詞が入る。したがって、第28回の後半および第29回の前半が4月9日金曜日と分かる。以降、こすもす部屋の6人が昼に外出しているときは、特に言及の無い限り、日曜日もしくは祝日と判断する。
[5]注3参照。
[6]第41回で、善三が「日曜は、おめえ、定休日じゃねえだろうが」と三男に話す。

第6週「響け若人のうた」

  • 第31回
    • 昭和40年(1965年)4月11日日曜日(第30回終了時点と同日)、みね子が綿引と喫茶店に行く。
    • 同日、みね子と綿引は実が居た宿舎に行く。
    • 同日夕方、思い思いの休日を過ごしたこすもす部屋の6人と愛子は、乙女寮の中庭に集まる。
  • 第32回
    • 昭和40年(1965年)4月11日夕方、こすもす部屋の6人は銭湯に行き、その帰りに駄菓子屋に立ち寄り、日中の出来事をそれぞれ話す。
    • 12日、みね子たち新人四人の上京から1週間が経つ。みね子、澄子も仕事に慣れる。
    • 4月第3週(日付不明。13日以降[1])、奥茨城三人組から家族にはがきが届く。この頃[2]、三男は自分が安部米店に雇われた事情を知る。
    • 12日夕方[3]、綿引が実の手がかりを得る。
  • 第33回
    • 昭和40年(1965年)4月12日月曜日夜、みね子たち新人四人は「向島電機コーラス部」に初めて参加する[4]。
    • 同日夜、みね子たち新人四人が初めて雄大と会う。
    • 同日夜、綿引が乙女寮を訪れる。
  • 第34回
    • 昭和40年(1965年)4月12日夜。みね子は綿引から実の手がかりを聞く。
    • 同日夜、時子、みね子が助川家に電話をかける。
    • 同日夜、綿引と雄大が屋台でラーメンを食べる。
    • 同日夜、みね子、時子からの電話のあと、君子は谷田部家を訪れ、実のことを伝える。
    • 4月19日昼[5]、休み時間に、こすもす部屋の6人と愛子が中庭で昼食を食べつつ話をする。
  • 第35回
    • 昭和40年(1965年)4月19日(第34回終了時点と同日)、向島電機コーラス部の日[6]。
    • 4月後半[7]、こすもす部屋の新人四人が初めての給料日を迎える。
    • 同日夕方[8]、郵便局で仕送りをする。
    • 4月後半(日付不明。給料日の翌日以降の昼[9])、乙女寮に訪問販売が来る。
    • 4月末から5月初旬夕方[10](日付不明)、みね子に美代子からブラウスが届く。
  • 第36回
    • 昭和40年(1965年)4月末から5月初旬[11](日付不明)昼、みね子が赤坂のすずふり亭を初めて訪れる。

[1]進宛てのはがきに「本所 45.4.12 12-18」、君子と角谷家宛てのはがきに「(局名不明)40.4.12 12-18」の消印が押されている。
[2]善三が読む新聞1面に「米中間選挙 民主党が圧勝 両院とも絶対多数 ア政権さらに微妙」とあり不審。アメリカ合衆国中間選挙は大統領選の無い西暦偶数年の11月に行われる。
[3]第32回終了時点と、第33回で走って乙女寮に向かい乙女寮に飛び込んだときとは、綿引は同じ服装をしている。
[4]第26回で「(コーラスを)毎週月曜日の夜にみんなで練習すんの」と幸子が話す。
[5]「1週間後」のテロップが入るため、4月19日月曜日か。
[6]コーラスに合わせて、乙女たちの暮らしぶりが映し出される。
[7]給料日は26日か。第8週注8、第9週注2参照。
[8]昭和40年当時、特定郵便局・無集配局の営業時間は平日17時まで。
[9]乙女たちが制服を着ているため、平日昼休みか。影が長くないため、終業後の夕方ではないと考えられる。
[10]。第8週注8にしたがい給料日を19日とした場合は4月26日から5月1日の間、第9週注2にしたがい給料日を26日とした場合は2日か。
[10](訪問販売から)「1週間後」のテロップが入る。給料日を4月26日とした場合、その1週間後は5月3日であり、祝日(憲法記念日)のため終業後とするのは合わない。
[11]給料日以降のみね子の休日は、4月29日(天皇誕生日)、5月2日(日曜日)、3日(憲法記念日)、5日(こどもの日)となるか。給料日が4月19日だった場合、4月25日(日曜日)も加わる。

第7週「椰子の実たちの夢」

  • 第37回
    • 昭和40年(1965年)5月上旬[1](日付不明。第36回終了時点以降)、みね子が綿引と共に実を探す。
    • 5月上旬月曜日(日付不明。10日か[1][2])、向島電機コーラス部の日。
    • 5月上旬(前の場面と同日か[1])夜、こすもす部屋で澄子がばあちゃんの話をする。
  • 第38回
    • 昭和40年(1965年)5月中旬(日付不明。11日か[2])、澄子が仕事で大失敗をする。
    • 同日夕方、終業後、澄子がいなくなったため、こすもす部屋の5人が上野駅で探す。
    • 同日夜、向島中央病院に澄子が救急車で運ばれる。[2]
  • 第39回
    • 昭和40年(1965年)5月15日[3]土曜日夕方、時子は川辺で一人で演技の練習をする。
    • 同日夜、時子は、こすもす部屋の5人、愛子とともに、オーディションの模擬練習をする。
    • 16日日曜日[4]、時子はドラマオーディション当日を迎える。時子はみね子と共に乙女寮からNHK放送会館に向かう。
  • 第40回
    • 昭和40年(1965年)5月16日日曜日、時子がNHK放送会館でドラマのオーディションを受ける[4]。
    • 同日夕方、時子はこすもす部屋でオーディションの顛末を話す。
    • 翌日(17日)以降、時子はオーディション失敗を引きずる。
    • 5月第4週[5](日付不明)、三男にみね子から手紙が届く。
  • 第41回
    • 昭和40年(1965年)5月第4週(日付不明。第40回終了時点以降)、三男が善三に次の日曜日に休みをくれるよう頼む。
    • 5月23日か30日[6]、奥茨城三人組は日比谷中央公園で会い、銀ブラなどをして、時子を励ます。
  • 第42回
    • 昭和40年(1965年)4月半ばから5月(日付不明)、奥茨城で美代子、君子、きよが女子会をする。
    • 同年7月上旬(日付不明)夕方、乙女たちは猛暑の中、仕事に励む。

[1]冒頭に「1965/昭和40年5月」のテロップが入る。第36回終了時点以降で該当する5月上旬の休日は、2日、3日、5日、9日となる。
[2]前日夜に、澄子はばあちゃんを恋しく思い、睡眠不足になっている。この日は向島電機コーラス部の活動があったため月曜日である。しかし、翌日病院に運ばれた澄子はカレーライスを食べられなかったことを悔やんでいる。コーラス部の活動の日とカレーライスの日とが別の曜日として描かれているため、齟齬が生じ、曜日不審となる。第37回で澄子がばあちゃんの話をして寝付けなかった日と第38回の病院に運ばれた日とが連続した日でなければ(どちらも月曜日だが週が異なっているなど)、食い違うことなく成立はするが、5月21日のNHK総合で放送された『ひよっこ 一週間』(ダイジェスト版)では、寝不足の日の「翌日」に澄子が失敗を続けたとナレーションが入っており、設定に反する。また、上野駅の忘れ物を知らせる黒板には5月5日までの分が書かれているため5日以降であり、病院の帰り道にラーメンを食べたことについて、第39回で愛子が「こないだ、ラーメンおごってあげたのに」と話すため14日以前(時子のドラマオーディションの前々日以前)であるため、第38話の内容は、5日から14日までの最長10日間のうち、いずれかの日を描いたもの(回想部分を除く)と絞り込むことができる。
[3]「オーディション前夜」のテロップが出た時と時子は同じ服装をしているため同日である。
[4]第32回で時子が持っていた申込用紙に日時などが記されている。
[5]君子に届いた手紙(東京からのものではない)に「40.5.22」の消印が押されている。三男が手紙を受け取る場面を同時期とする場合、5月第4週が適当である。
[6]5月の第4週以降の日曜日は23日と30日。

第8週「夏の思い出はメロン色」

  • 第43回
    • 昭和40年(1965年)7月下旬[1](日付不明)、乙女たちは仕事に励む。
    • 7月下旬(日付不明)[2]、乙女たちがそれぞれ東京での生活を謳歌する。
    • 8月第1週[3](日付不明)夕方、こすもす部屋の6人が海水浴の計画を立てる。
  • 第44回
    • 昭和40年(1965年)8月8日日曜日[4]、こすもす部屋の6人が水着を買いに行く。
    • 9日夕方、向島電機コーラス部の日。
    • 同日夜、雄大が綿引を海水浴に誘う。
    • 12日[5]、みね子はちよ子と進から送られてきた水彩画を見て、海水浴を楽しもうと思う。
  • 第45回
    • 昭和40年(1965年)8月13日夜[6]、こすもす部屋の6人は海水浴を楽しみにする。
    • 14日朝、大雨が降り、海水浴を取りやめる。
    • 同日午前、こすもす部屋の6人と綿引、雄大は映画『ウエストサイド物語』を観に行く。
    • 同日昼、乙女寮に戻った8人は、食堂でお弁当を食べながら映画を思い返す。
    • 同日夕方、雨が上がったため、急遽、8人は海岸に遊びに行く。
  • 第46回
    • 昭和40年(1965年)8月半ば、三男はお盆休みに奥茨城に帰省する。
    • 同年11月18日[7]夜、こすもす部屋の6人は給料日を楽しみにする。
    • 19日金曜日[7]、給料日に松下が向島電機の業績悪化とそれに伴う給料の減額を乙女たちに告げる。
  • 第47回
    • 昭和40年(1965年)11月19日金曜日[8]、給料が減額となり乙女たちは気が沈む。
    • 21日日曜日[9]昼、みね子がすずふり亭に食事に行く。
    • 28日日曜日[10]昼、みね子が喫茶店で綿引と会う。
  • 第48回
    • 昭和40年(1965年)11月28日日曜日[10]昼(第47回終了時点と同じ)、みね子が喫茶店で綿引と会う。
    • 同日夜[11]、綿引と雄大がラーメン屋台で会う。
    • 29日月曜日、向島電機コーラス部の日。
    • 30日火曜日[12]、綿引が茨城に帰郷する。
    • 12月5日[13]昼、みね子が一人で喫茶店に行く。

[1]前半の作業の場面は16日か18日か。始業時に松下が「皆さんもご存じかもしれませんが、昨夜も巨人が勝ちました。絶好調ですね。(中略)いいですか? 巨人が強い。そうすると後楽園球場は連日満席になります(攻略)」と話している。この発言から、巨人が後楽園球場で連勝した翌朝とするのが適当と考えられる。1965年7月中旬から下旬にかけて後楽園球場では巨人は15日(対サンケイスワローズ)、16日(対サンケイスワローズ、18日(対中日ドラゴンズ)に3連勝している(『プロ野球70年史 記録編』)。14日は対サンケイスワローズで負けているので、松下の「昨夜も」の勝利を15日のこととするのはやや難しい。したがって、前述の松下の「風が吹けば桶屋が儲かる」風の朝の挨拶は、16日か18日のいずれかの日に行われたと絞り込める。
[2]昭和40年の夏土用入は7月20日のため「暑中お見舞い」はそれ以降。
[3]「1965/昭和40年8月」のテロップが入る。第44回でみね子が海水浴に行くことを書いてちよ子と進に送った手紙に「本所 40.8.5 12-18」の消印が押されているため、1日から4日の間のいずれかの日。
[4]第43回で、幸子が「(水着を)じゃ、日曜日、買いに行ぐか」と言う。
[5]その日の工場での作業中、松下が「明日から盆休み」と言う。
[6]第44回で綿引が自分のお盆休みを「14日」と言う。
[7]第49回に合わせると給料日は11月26日となる。注8参照。
[8]こすもす部屋の6人が仕送りのために行った郵便局から帰る途中、焼き芋屋のおじさんのラジオから、昭和40年大相撲九州場所(11月場所)13日目、大鵬の取り組みの中継が流れる。この場所の日程は11月7日から11月22日の15日間であるため、13日目は19日金曜日である(『毎日新聞(東京版)』昭和40年(1965年)11月7日、同11月20日)。したがって、第49回のテロップ「(11月28日の)2日前」)と齟齬が生じる。
[9]第49回に合わせると、みね子がすずふり亭を訪れるのは、11月26日の給料日後の日曜日、28日となる。
[10]第47回ですずふり亭を訪れた時と、第48回(第47回終了時点)喫茶店で綿引に会った時とは、みね子の服装が異なるため、別の日と考えられる。注13参照。
[11]綿引の服装が喫茶店でみね子と会った時と同じ。
[12]綿引が喫茶店でみね子と会った時に「あさってには帰る」と言う。注13参照。
[13]綿引の帰郷後の最初の日曜日は12月5日である。ただし、注8に記したように、第49回以降にテロップで示される日付に従えば、第48回はすべて1週分後にずれることとなる。また、給料日が11月19日、26日いずれであっても、綿引の帰郷後にみね子が一人で喫茶店を訪れるのは、向島電機倒産が乙女たちに知らされた後の日曜日である。

第9週「小さな星の、小さな光」

  • 第49回
    • 昭和40年(1965年)11月28日日曜日[1][2]昼、愛子と和夫がいつものように乙女寮の仕事をする。
    • 同日夜、こすもす部屋の6人は思い思いの時間を過ごす。
    • 11月29日月曜日[3]、乙女たちは普段通りに出勤し、黙々と働く。
    • 同日夕方、松下から愛子と乙女たちに向島電機の倒産が知らされる。
    • 同日夕方、乙女寮で愛子が乙女たちを励ます。
  • 第50回
    • 昭和40年(1965年)12月11日土曜日、乙女たちは残りの材料でトランジスタラジオを作りつつ、次の暮らしに向けてそれぞれ動き始めている。
    • 12日日曜日、みね子と澄子がせっけん工場に採用される。
    • 同日夜、優子が向島電機を辞めた後の身の振り方を、こすもす部屋の仲間に告げる。
  • 第51回
    • 昭和40年(1965年)12月15日水曜日夜、こすもす部屋の6人が浅草の街で夜遊びをする。
    • 16日から18日(日付不明)昼、優子が雄大に会いに行く。
    • 19日日曜日、優子の母が乙女寮に優子を迎えに来る。
    • 同日[4]午後、乙女寮でコーラスをする最後の日。
  • 第52回
    • 昭和40年(1965年)12月19日午後(第51回後半のコーラスの後)、雄大が幸子にプロポーズをする。
    • 同日夕方、優子が母と共に帰郷する。
    • 20日月曜日、乙女たち、松下、愛子は、向島工場での最後の仕事に励む。
    • 同日夕方、終業後、乙女たちは松下から記念の品を受け取る。
    • 同日夕方、豊子が一人作業室に立てこもる。
  • 第53回
    • 昭和40年(1965年)12月20日夕方、豊子が作業室に立てこもるが、間もなく自ら鍵を開ける。
    • 同日夕方、向島工場の設備が業者の男たちによって運び出される。
    • 同日夜、向島工場の乙女たちは乙女寮の食堂で和夫の作ったカレーライスを食べる。
  • 第54回
    • 昭和40年(1965年)12月22日水曜日[5]昼、みね子と時子は喫茶店で三男と会い、向島電機の倒産と、新しい仕事が決まったことを話す。
    • 同日昼、幸子、豊子、澄子はこすもす部屋の整理をする。和夫が乙女寮を去る。
    • 27日[6]昼、幸子、豊子、時子は別れを惜しみつつ乙女寮を去る。
    • 同日夜、乙女寮に残ったみね子、澄子、愛子は三人で夕食を食べる。

[1]冒頭に「1965/昭和40年11月28日」のテロップが入る。また、愛子は同日について日誌に「十一月二十八日(日)(中略)給料の減額がひびいているのだろう」と記している。
[2]回想場面に「2日前」のテロップが表示され、第48回後半部分(松下が乙女たちに給料の減額を告げる場面)が流れる。したがって、第46回および第47回の内容から推定されるとは齟齬が生じるが、第49回以降は11月26日を給料日として日次を定めることとする。第8週注8参照。
[3]出勤時、みね子のタイムカードに「29 7 42」と打刻される。
[4]特別に日曜日に行われた。
[5]三男とさおりが昼間に外出しているので、安部米店は水曜日が定休日か。
[6]第55回の冒頭(第53回の最後と同じ。三人だけの夕食の場面)で「1965/昭和40年12月27日」のテロップが入る。それぞれの別れの場面で、みね子たちの服装が変わらないため、同じ日に三人が順次乙女寮を去ったと考えられる。

・日次から見える『ひよっこ』の姿勢
 時間経過がどのようになっているのかに注目すると、『ひよっこ』がそれに、とても気を配っていることが見えてきます。作品内では「1965/昭和40年4月5日」のように随時テロップを付して、その場面の日付を明示しています。日次をまとめる気になったのはそのテロップがやけに「引っ掛かったから」というためでもあります。「ここまで日にちを絞り込む必要があるのかな」という思いです。そこで、録画したものを見直していくと、パズルのピースがはまるように、各回が何年何月何日なのかが、ほぼ分かってきました。「日付不明」としたところも少なくないのですが、それも数日の範囲内です。
 日付が明示されなくても、手がかりが散りばめらています。例えば、実がお土産を買うために立ち寄る靴屋さんの「オリンピックまであと36日」の貼り紙だったり、みね子のタイムカードだったり、ラジオから流れてくる大鵬の取り組みだったり。このように「気づけば分かる」という示し方も合わせると、みね子たちが時間軸の上で、いまどこにいるのかを「いつでも」知ることができるようになっています。
 『ひよっこ』の時間の流れはとてもゆっくりです。そして、ゆっくりが際立つように、ほとんどの回はその終わりで区切りが付いています。「次回に引っ張る」ということが極めて少ないのです(意味ありげに引っ張ったのは、東京の街中で実らしき人が振り向くときと、せっけん工場社長の原田が夜に乙女寮を訪れるときくらいでしょうか)。そのような作りになっていることで、観ている自分が作品に入り込みやすくなっているように思われます。描かれている人々のすぐそばで、共に暮らしているような感覚になってきます。
 時間が大切に、丁寧に表されることで、描かれる人々もまた大切に、丁寧に、そして等しい重みを持って描かれていきます。第53回で乙女たちがカレーライスを食べる場面の、

お父さんへの心の手紙では、どうしても私の近くにいる人の話になってしまうけど、ここには大勢の乙女たちがいました。みんなそれぞれに、私とおんなじように物語があります。何だかそれってすごいなぁと思います。そんな物語が、ものすっごくたくさんあるのが、東京なのかなって思いました。
 というみね子のことばは、時間のかけがえのなさと一人一人の重みを見つめるという、この作品のあり方の宣言であるように思えます。
 ただ、注に書きましたが、日付を厳密に描こうとしたがために、食い違いが生まれてしまっているところが二つ三つあります。それを含めて、日次から分かることをもう少し詳しく書ければと思います。長くなりましたので、改めて。

・『ひよっこ』を初めからご覧になりたい方は……
 録画したものをお持ちでない場合は、こちらをご利用ください。
 『連続テレビ小説 5分でひよっこ』
 一週間分の内容を5分にまとめたダイジェスト版。番組公式サイト(http://www.nhk.or.jp/hiyokko/story/)と、NHK・どーがレージ(http://www.nhk.or.jp/d-garage/program/?program=90041)で公開中です。
 「NHKオンデマンド」
 第1回から全編配信中です。(http://www.nhk-ondemand.jp/program/P201600146800000/)
 8月末以降に、DVD/ブルーレイがNHKエンタープライズから発売される予定です。(https://www.nhk-ep.com/)


・参考文献・資料等
 「連続テレビ小説「ひよっこ」」(公式サイト) http://www.nhk.or.jp/hiyokko/ 2017年6月11日閲覧
 「こよみのページ」 http://koyomi.vis.ne.jp/ 2017年6月11日閲覧
 『NHKドラマ・ガイド 連続テレビ小説 ひよっこ Part1』 石川夏子・遠山由美子・砂原謙亮・徳田夏子・一井久司 編 NHK出版 2017年4月30日
 『プロ野球70年史 記録編』 ベースボール・マガジン社 編・発行 2004年12月25日
 「毎日新聞 〔東京版〕(縮刷版) 昭和40年11月号』 毎日新聞社 1965年
 『国技 大相撲の一〇〇傑』 株式会社ア企 編 講談社 1980年5月10日
 『今日の郵政 昭和四二年版』 郵政大臣官房秘書課広報室 編 郵政省 1967年3月24日

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2013.04.13

『多崎つくる』の巡礼地を巡礼するための雑考

 ※以下、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』(村上春樹著・文藝春秋・2013年4月)の内容に触れています。

 「もう、3年も経っていたのだなあ」というのが、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』発売決定のニュースを目にしたときの思いでした。『1Q84』の印象があまりに強く、あまりにボリュームがありました。そのためか、目の前に、ぽん、と置かれている一冊が村上春樹さん三年ぶりの長編作品に思えません。
 事前の情報がほとんど無かったためかもしれません。予告や広告などはほとんど何も無く、さあどうぞ、と目の前に置かれました。何も構えることなく、それを開きました。最初の一文で、瞬間、引き込まれました。あとは、終わりまでひといきに読み進めるだけでした。
 読み終えた皆様は、それぞれ感想と、それぞれの読み解き方をされていることでしょう。私も、それに漏れておりません。
 本作品では、私と関わりの深い地名が二つ出てきました。それで、つい、にやけてしまいました。「喪失と再獲得」が作品のテーマと言えるのかもしれません。それは的確では無く、もっと深遠なものがそうなのかもしれませんが、どちらにしても、軽いものではありませんので、「にやけ」てしまうのは相応しくないでしょう。でも、にやけてしまいました。
 折角、知った場所が出てきたのです。難しい読み解き・考察は抜きにして、私がにやけた箇所を辿っていきます。

 1.つくるとアオが久しぶりに会った名古屋
 つくるは、沙羅の勧めから、十六年ぶりに高校時代の友人四人に会う決心をします。最初に会うことにしたアオは、名古屋市内のレクサス販売店でセールスマンになっていました。三日間の休みを取ったつくるは、名古屋に帰郷し、二日目にアオの働くレクサスショールームに向かいます。
 そのショールームの場所は、「名古屋城に近い静かな一画」(152ページ)と書かれています。
 さて、どのレクサスショールームでしょうか?
 レクサスの販売店検索により、名古屋市内には、「レクサス星ヶ丘」「レクサス守山」「レクサス高岳」「レクサス名古屋西」「レクサス昭和」「レクサス中川」「レクサス植田」「レクサス緑」の8店舗があることが分かります。(愛知県 レクサス販売店
 この中で、「名古屋城に近い」が当てはまるのは、東区の「レクサス高岳」(名古屋市東区東桜2-1-1(Googleマップ) レクサス高岳詳細)か、西区の「レクサス名古屋西」(名古屋市西区児玉3-8-13(Googleマップ) レクサス名古屋西詳細)でしょう。他ショールームの住所は「近い」とは言い難いです。
 ショールームで対面したアオから、つくるは、場所を変えて話しをしよう、と言われます。

 三十分くらいなら話ができるだろう。ここを出て左にしばらく歩いたところにスターバックスがある。そこで待っていてくれ(156ページ)

 さて、どのスターバックスでしょうか?
 これもまた、スターバックスの店舗検索から近づいてみます。仮に、アオが「レクサス名古屋西」に居たとしたら、一番近いスターバックスは、「スターバックス 名駅地下街 サンロード店」(名古屋市中村区名駅4-7-25(Googleマップ) 店舗詳細)か「スターバックス 名駅地下街 ユニモール店」(名古屋市中村区名駅4-5-26先(Googleマップ) 店舗詳細)です。2店舗はかなり近い場所にあるため、よりショールームに近い方の判断を付けにくいのですが、店舗名から分かるように、どちらも「地下街」にあるため、目印になりにくく、待ち合わせの場所には適していません。
 次に、アオが「レクサス高岳」に居た場合を考えます。最寄りのスターバックスは、「ベストウェスタンホテル名古屋栄4丁目店」「栄公園 オアシス21店」「桜通り大津店」です。このうち、「オアシス21店」は地下(吹き抜けですが、高岳からの歩道沿いにはありません)にあるため、ここも目印にはできません。また、「ベストウェスタンホテル名古屋栄4丁目店」も、「レクサス高岳」から、名古屋高速に沿って南下した後、一度交差点を曲がり100mほどのところにあるため、候補から外します。残った「桜通り大津店」(名古屋市中区丸の内3-20-17 店舗詳細)は、「レクサス高岳」前から桜通に沿って西に約850mのところあります。桜通を横断しなければなりませんが、一本道ですし、角地で歩道に面した店舗ですので、目印にできます。850mという距離も「しばらく歩いたところ」の範囲内でしょう。
 つくるとアオは、スターバックスで飲み物と食べ物を買った後、「二人で歩いて近所にある公園」(157ページ)に、移動します。
 さて、どの公園でしょうか。
 アオは昼休みに出てきています。ショールームからスターバックスまでは800m以上あるため、そこからさらに遠く移動はできません。帰りやすいように、ショールーム方面の公園へと移る可能性が高いです。そこで、「スターバックス 桜通り大津店」と「レクサス高岳」の間にある公園を探します。……が、探す手間など必要もなくすぐに目立つ公園に行き当たります。名古屋の商業の中心地・栄地区に南北に広がる「久屋大通公園」です。名古屋テレビ塔があることでも知られる公園です。前記のようにアオがショールームに戻りやすいようと考えていれば、「スターバックス 桜通り大津店」から桜通を渡り、久屋大通公園の名古屋テレビ塔のすぐ下辺りに座ったとするのが自然です。そこでしたら、「何人かのジョガーが、城の方に向かって走っていった」(160ページ)、「制服姿の女子高校生が三人、グループで公園を横切っていった。短いスカートの裾を元気に振り、大きな声で笑いながら、二人の座ったベンチの前を通り過ぎていく彼女たちは、まだほんの子供のように見えた」(167ページ)は、久屋大通公園の地理的特性に適っています。(ただし、私は12時頃に久屋大通公園でジョギングしている人を見掛けたことはありません)
 以上から、

 ・アオは、名古屋市営地下鉄高岳駅前の「レクサス高岳」のショールームに居て、
 ・つくるとアオは、高岳駅から西に約850mの「スターバックス 桜通り大津店」で飲み物、食べ物を買い、
 ・「久屋大通公園の名古屋テレビ塔下」辺りで、座って話しをした

 と推測できます。
 高岳のショールームでアオと別れたつくるは、「六年前の新聞の縮刷版を請求」(177ページ)するために、図書館に向かいます。名古屋市内の大きな図書館というと、「愛知県図書館」か「名古屋市鶴舞中央図書館」が思い浮かびます。つくるはすぐに新聞を調べたい気持ちがあったでしょうから、高岳駅前から名古屋高速沿いに一直線に南下したところにある「鶴舞中央図書館」名古屋市昭和区鶴舞1-1-155 Googleマップ)を選んだ可能性が高いと考えられます。

 ・灰田父が緑川と会った大分県の山中
 つくるは、二学年下の灰田から、彼の父が体験した不思議な話しを聞きます。灰田父が1960年代末に放浪生活を送り、一時期、「大分県山中の小さな温泉で下働きの仕事をしてい」(74ページ)ました。そこで、緑川という四十代半ばのピアニストと出会います。
 大分県には温泉が多いです。由布院温泉、別府温泉がよく知られています。この二つのうちのどちらかが灰田父が居た温泉でしょうか。どちらも、1960年代より前から温泉地として知られていたため、「何よりそこは世間から隔絶された場所だった」(74ページ)には当てはまりません。また、別府は海に面し、由布院は盆地であるため、「山中」ということばに適いません。
 大分県で、「山中」のイメージの強い場所はいくつかあります。熊本県との県境にある「九重連山」、大分県北東部に丸く広がる「国東半島(くにさきはんとう)」、宮崎県との県境「祖母山・傾山(かたむきさん)」です。
 地の利の表現から考えると「九重連山」「祖母山・傾山」なのでしょうが、私は、灰田父が居た大分県の山中は「国東半島・両子山(ふたごさん)」と考えます。
 第一の理由は、「九重連山」「祖母山・傾山」は、熊本・宮崎の両県の県境に位置しているため、本文中で「大分県山中」と特筆していることとそぐわないように見えるためです。
 第二の理由は、こちらがメインの理由ですが、タイトルの「巡礼」とのつながりです。国東半島は古くから山岳信仰の場であり、国宝の大堂がある「富貴寺」など、多くの寺院が存在します。それらは「六郷満山」と呼ばれ、今でも信仰の場となっています。
 そして、10年に一度、国東半島の寺院を巡る、「峯入り」という修験が行われています。まさに、「巡礼の年」があるというわけです。本作品内では、そのような場面は描かれていませんが、主人公の死の意識した冒頭の一文から始まる、全体を覆う宗教的イメージは、国東半島の様相と重なってきます。

 ・多崎つくるの色
 名古屋市と大分県という自分と関わりの深い場所が次々と出てきましたので、にやけながらページを繰っていったのですが、場所以外にも、とりわけ気が惹かれたことがありました。本作品の顔とも言うべき「色」です。
 つくるの高校時代の友人四人の色。アオ、アカ、シロ、クロ。
 これは、「陰陽五行」と対応しています。木火土金水、というアレです。安倍晴明とかが、いろいろ操ったというアレです。
 青は、木で、東で、春。
 赤は、火で、南で、夏。
 白は、金で、西で、秋。
 黒は、水で、北で、冬。
 12章、13章で、沙羅に会う場面を挟んで、つくるは季節の順番に会いに行っています。特に「クロ」はそれがはっきりと表れていて、「北欧・フィンランド」に住み、つくるが訪問した時は、「湖」の近くのサマーハウス(夏が出てきてしまいました……)に居ました。
 では、つくるは何色でしょうか。
 つくるを追放したグループは徐々に崩れていきました。つくるという中心を欠いたからでしょう。陰陽五行では、東西南北の他に「中」があります。「中」は「土」です。つくるは土木建築のスペシャリストです(今度は「木」の字まで入ってきてしまいました……)。
 つくるは黄色なのでしょう。たぶん。それに、一応、「たざ『き』つくる」で、名前に「き」が入っています。

 私は、ネットで注文して、この本を購入しました。昨年、「本の短冊で七夕飾り」を作って以来、短冊(売上カード、スリップ)がどうしても気に掛かってしまい、できる限り、それが挟まったまま購入できるネット書店を利用しています。
 そして、『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』の中に在ったスリップとその色ですが……、

 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』とその短冊
 「初版」の文字入り短冊です

 黄緑色でした。惜しいです。

 (本文中では、一部敬称を省略いたしました。ご了承ください)

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2012.08.22

本との七夕 その三

 前記事(その二)へ。

 ●いよいよ飾り付け

 笹を手に入れるのに苦労しました。七月七日の前でしたら、そこここで手に入れることができたようです。ところが、八月も下旬になりますと、ありません。全く無い。本当に無い。ありません。ここまで無いとは思いませんでした。
 困ったなあ……、と思いながら、調べると、生花店で扱われていることが多いということが分かりました。しかし、それも七月七日頃の話しです。困ったなあ……、と、とぼとぼといくつかのお花屋さんの店先をのぞいてみました。笹が生い茂っているはずもありません。困ったなあ……。
 困ったなあ……、とぼやいてばかりでは仕方ないので、一軒のお花屋さんに入ってみました。綺麗な生花が並んでいますが、笹はやはりありません。
「ご、ごめんくださーい」
「はーい、ちょっと、お待ちくださいねー」
 十数秒の後、お姿を現したマダムに、旧暦に合わせて七夕飾りを作りたい、よって笹を探し求めている次第をお伝えしました。すると、困ったお顔で、
「笹はねえ、もう、無いですねえ。市場にももう出ていないはずですよ。ううん、どうしようかしらねえ」
 生花に囲まれて、困ったなあ、という二人。
 ところが、一転、光明が。
「あら、そうだわ。うちのお庭の奥に、まだ切っていない笹があったはずだわ。もし、それで良ければ」
 もしそれで、も、何も、それです。それが欲しいのです。是非是非、とお願いして、用意できたのがこちらの笹。


 千金に値する笹です

 今後、旧暦に合わせた七夕のおまつりを催すことをお考えの方は、あらかじめ笹を植えていらっしゃるお宅におうかがいして、予約しておくことをお勧めいたします。売っていません。
 これを、隣の竹垣に竹立てかけるように、笹を立てかけます。


 案外と、ふわりと先が広がるように見せるのは難しいです

 紆余曲折ありましたが、準備完了です。みずみずしい笹が天への祈りを支えてくれるのです。まずは、色紙で作った長いのを飾ります。

 夕暮れせまる中で、涼風にあおられて、まさに、笹の葉さらさら、です(後で、これが悲運をもたらします)。
 次いで、じゃばらから変じた天の川と、かっこいい赤い菱形、カササギも飾りました。いよいよ気分が高まってきました。風はますます涼しく心地よくなっていきます。

 色紙の飾り付けが終わり、スリップ短冊の飾り付けです。準備は万端整えておりましたので、素早く、糸を通し、つまようじを引っかけ、笹にくくりつけます。

 次々に、くくりつけます。素早く。しかし、夕闇もそれ以上に素早く迫ってきます。

 素早く、つまようじ、糸、絡む、風吹く、外れた、素早く、暗くなる、見えにくい、焦る、ヤブ蚊。……できました。

 笹の葉、さらさら。飾りはなびき、短冊は舞う。
 ここで、手持ちのデジカメの限界です。以降、心は満足感で明るいですが、写真は暗いです。

 ●飾られたスリップ短冊は……


 暗闇に映えるタイトルです。


 「たのしみは……」


 甘いもの! 甘いものは楽しいです。


 最新刊です。登場人物がいろいろするのが面白かったです。


 コミカライズ版です。最新十巻。佳境に入りました。


 桜とあれば、つい買ってしまいます。下の『浪漫図案』は、昔の商品ラベルやポスターなどの写真が満載で、眺めるだけで楽しい本です。


「伝染るんです。」や「中の人」などのことばは、どのような暮らしを送ることで生み出せるのか知りたいです。


 豊島ミホさんは、今、電子書籍の可能性を試していらっしゃるようです。


 「紙の本」でなければ成り立たない作品。きのこだらけの名作を集めた名作です。

 他にも数冊分のスリップ短冊を飾ったのですが、笹の葉をさらさらさせすぎる風がひっきりなしに吹いていたため、ぶれた写真ばかりになってしまいました。以上がかろうじて判別できるものです。
 できる限り広い範囲、興味の幅を持てるよう、本を読むことにしています。しかし、こうしてみると、かなり偏りがあることが分かりました。その反省を込めて、天に祈りを。
 もっと本を読めますように。もっと本の世界が広がりますように。もっと本が親しまれますように。本よ永遠なれ!

 
 とどきますように

 ―カーテンコール―
 今回、ご登場いただいた、書籍諸氏です。ありがとうございました。
 

 あ……、

 

 お星様きらきら、金銀するの忘れてました。

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本との七夕 その二

 前記事(その一)へ。

 ●本のための短冊

 現在、本を読む方法は拡がって行っています。従来のように、町の本屋さんで買う、図書館で借りる、だけではなく、ネット書店で取り寄せる、データをダウンロードして電子書籍で読む、など……。もしかしたら、今後は、これ以外にも、思いもよらない方法で、本を読むことができるようになるかもしれません。本に限ったことではありませんが、新しい方法が生まれれば、得られることがあり、失われることもあります。
 本の場合、何が得られて、何が失われるか、少し考えてみましょう。町の本屋さんに行けば、欲しかった本、目的の本の他に、つい目にとまる本があり、それを先に買ってしまうことがあります。どのようなことが書かれているのか、立ち読みで目を通すこともできます。本屋さんに行けばこのようにして本を見て買うことができますが、そもそも、そこに行く労が必要になります。遠くにしか本屋さんが無い場合は、特にそれが難です。一方、ネット書店は配達をしてくれますし、その時々の売れ筋の本、全国的に話題になっている本が何かも分かりやすくなっています。けれども、本との思いがけない運命的な出会いはネット書店では起きにくいように思われます。立ち読みもできないため、届いて、手に取ったら、印象と違っていた、ということもあるでしょう。
 町の本屋さんでもネット書店でも、手に入れた本は、棚に並べたり、積んでおくことで、どれだけ読んだのか、手元にあるのかという、「量」が感覚的に分かります。読んだ実感が強く味わえるように思います。ただし、その実感が大きくなればなるほど、物理的なスペースは小さくなっていきます。電子書籍はそれを解決してくれます。部屋はすっきり広くなります。「あれは、何の本のどこに書いていたことだったっけ?」という場合も、検索して、すぐに見つけ出すことができます。数多くの本の内容も端末一つで持ち運ぶことができます。一方、「情報量」以外の感覚で「本を持つ」という印象が薄らぎます。装丁、紙の手触り、帯の有り無しなども、本の楽しみ方のひとつ、と考えていらっしゃる方には物足りないかもしれません。
 先に書いたように、どんな方法でも、一長一短があります。それまでのものと新しくできたものとの間で、善し悪しや要不要をすぐに断ずることはできないでしょう。
 しかし、ある一点、「電子書籍ばかりになれば、さすがに、あれは無くなってしまうだろうなあ」と思うものがあります。


 あれ

 これです。見覚えがおありなのではないでしょうか。立ち読みをしていて、中程のページに至ると、数ページまたいでいて、「邪魔だな、この紙」と思う、あれ、です。出版社のしおりや、新刊案内以外に入っている、あれ、です。
 ところが、本屋さんで、本の検分を済ませて、「では、今日はこの本を買うことにしよう」とレジスターまで持って行き、お会計を済ませて、帰宅し、書店の袋から本を取り出し、ページを開くと、あの邪魔な紙は消え失せています。
 時間を巻き戻してみましょう。レジスターに本を持って行きます。店員さんに本をお渡しします。価格が告げられます。
 その時です。
 シュッ、とされます。このように。


 挟まっているのを……


 シュッ!!

 抜き取られます。あの邪魔な紙を抜き取ってくれてありがとうございます、と思いますか? それとも、あの邪魔な紙込みで本は売ってもらえないのだろうか、と思いますか?
 あの紙は、本屋さんでは一般的に「売上カード」や「売上スリップ」、さらに略して「スリップ」と呼ばれたりしています。名前の通り、売り上げ管理のためのものでしたが、最近では、売り上げはPOSで管理していることが多いため、このカードで売り上げ管理をすることは少なくなっているらしいです。スリップは細長い紙片の二つ折りで、一方は売り上げ管理に使われますが、もう一方は、売れた本を補充するための伝票としての役割を持っています。他にも、スリップにはいくつか役割がありますが、いずれにせよ、本屋さんのためにあるもので、本を買った人のため、という意味合いは弱いと言えます。


 半分ずつ、役割が違います。書店でアルバイトをしていた時、連続してスリップを抜き取り忘れ、えらく叱られたことがありました…

 「それならば、なにゆえに、桜濱は、抜き取られ、本屋さんの元に残されるはずのスリップを持っているのか?」と問責されるかもしれません。悪いことはしておりません。言い訳はあります。スリップは、町の本屋さんで本を買った場合は、上記の理由により抜き取られますが、ネット書店で購入した場合は、スリップを用いた補充や売り上げ管理の必要が無いため、それが入ったまま送られてくるのです。
 購入者にとってほとんど意味のないものであるため、廃棄したところで、何ら支障は無いのですが、せっかく本と一緒にやってきたものなので、そうするのも忍びなく、「本屋さんで買ったら、入っていないものだし、捨てちゃうのも、もったいないなあ」という、極めて世俗的な理由で、本の奥付けの辺りに挟んだままにしております。
 お話を七夕に戻しましょう。意味なく、長々とスリップのことを書いたわけではありません。スリップには「別名」がいろいろとあります。本名の「売上カード」、又の名の「補充注文カード」、紙片という形状から「売上スリップ」、その略称「スリップ」まで書きました。他には、本から抜き取りやすくするために、半円状にくりぬかれた部分に由来して「坊主」。


 くりくり坊主

 そして、見たままの形から「短冊」とも呼ばれます。
 ようやく、つながりました。


 七夕よりもよく見かける短冊です

 そうです。今回は、スリップを短冊として使います。本の情報が書き込まれたスリップ。謂わば、スリップとは、本の魂の記録なのです。その魂を天の川に捧げれば、とこしえに本があり続けますように、という願いが叶えられるような気がします。
 それでは、スリップ短冊を飾り付ける準備をしましょう。坊主の部分に、ぶすり、と穴を開けて、こよりや糸を通すのは、これまたなんとなく憚られ、せっかく捨てずに挟んで取っておいたのに、という思いもあり、傷つけずに短冊化させます。
 穴は空いています。坊主のくりぬかれた穴です。これを利用します。

 つまようじをスリップ短冊の長さに合わせて切り、真ん中辺りに糸をくくり付けます。

 短冊を開いて、坊主をくりぬいた穴の裏側から糸を通し、スリップ短冊を元通りに折ると、

 ぶらーん、と、七夕カスタマイズ・スリップ短冊のできあがりです。これでしたら、紙を傷めません。外すのも簡単です。我ながら良くできました。


 スリップ短冊のできあがり

 これで、飾りも、短冊もできました。笹に着せて、さあ、星に願いを。

 その三に続く。

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